★ ハトとコピー機 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-5867 オファー日2008-12-14(日) 16:22
オファーPC 小嶋 雄(cbpm3004) ムービースター 男 28歳 サラリーマン
ゲストPC1 植村 直紀(cmba8550) エキストラ 男 27歳 市役所職員
<ノベル>

 小嶋雄は、会社員である。今日も携帯電話からさりげなくブログを更新しつつ、ビル群を抜けて歩いているところだった。……彼の会社はコピー機を売っており、彼は営業とメンテナンスを兼ねていた。正直な話、彼はこの仕事を天職のように……とは少し大袈裟だが、とにかく自分に向いていると思っていた。顔と名前をすぐに顧客に覚えてもらえるところなど、自分は営業に向いていると思わざるを得ないくらいだ。
 ……と、そこまで考えて彼はふとあたりの風景が見慣れないものであることに気づいた。考えながら(というか携帯片手に)歩いたので、歩きすぎたのだろうか。
「地下鉄の駅でも探すか……あれ?」
 その目の前を、奇妙な生き物……生き物? が通り過ぎて行く。よくよく見れば周りを颯爽と歩いている人々の中にはやけに顔の整ったものや、某電気機器街かと思わせるような奇抜な衣装のものばかりだ。映画の撮影でもあるのだろうかと困惑する小嶋の前に、ふと学校帰りらしい一組の少女たちが立ち止まった。片方の少女の方には奇妙なマスコットが乗っている。ぬいぐるみかと思えば、良く見ると生きているらしい。その少女が、ふと口を開いて声を上げた。
「ああっ! 小嶋家のハトのお兄さんじゃん!?」
(また、ハトって言われた……)
 そんなに似ているのだろうか。……というよりも、ここは? 逡巡する彼に対して、嬉しそうに写真撮らせてとか携帯を構える少女たちに困惑しつつ小嶋はやや首をかしげた。
 ――くりっと傾げられた首は、思わず豆をあげたくなるような、カワラバト。

 *

「なるほど、実体化の具体的な日時は不明なんですね」
 対策課のカウンタの中に立つ細見の男性が、下を向いていたために落ちてきた眼鏡を押し上げて呟いた。小嶋は少女たちにアドヴァイスされて、市役所……やはり住んでいた所とは違う……にやってきていたのだが、いきなりの耳慣れぬ言葉に目を瞬く。
「……ええと、実体化……? って何ですか」
「それについては、今から詳しくご説明しますね」
 植村、と名乗ったその職員はこの町……銀幕市の経緯と、そして小嶋自身に起こったことをひとつずつ説明していった。
「――というわけで、状況としては映画から現われて、この銀幕市にいるということになります。こういったスターの皆様には、住民登録をお願いしているのですが」
「はあ」
 手渡されたのは白い事務用の用紙だった。役所でよく見られる、名前とか、そう言ったもろもろを書き込む用紙。促されるがままに名前を書き込みながら、小嶋はふとあることに思い至った。
「あのー、俺の家族ってどうなってるんでしょうか?」
 その問いかけに植村がそうですね、と呟く。
「実体化なさっていればいるとは思いますが……。お調べしましょうか。えっと……」
 彼はカウンタの向こうから逆さまに書きかけの紙を覗き込みつつ、近くにあった作業用のパソコンに手を伸ばした。
「コバ……」
「えっと、コジマです」
「あっ、す、すみません! 逆から覗いたのでつい」
 つい小鳩かと読み間違え、慌てたように頭を下げながらご家族は苗字一緒ですかと尋ねる植村に小嶋は頷いた。
「はい。……あ、名前はよく間違えられるんですよ」
 うっかり間違えたくもなる名前ではある。小嶋ではなく小嶋であることがそれに拍車をかけているのだが、どうしようもないとはいえ本人は気付かぬままだ。
「あー……いらっしゃいません、ね」
 念のため検索条件の漢字を変えて調べていた植村が、申し訳なさそうに告げる。
「そうですか……」
 いつも一緒だった、まるでホームドラマのようなあの家族が今は共にないことが、小嶋にはひどく重く感じられた。もう会えないというのだろうか。
「ばらばらに実体化される方も多いので、可能性としてはゼロではなかったのですが……」
「ばらばらに?」
「そうですね、同じ映画から別々に実体化される方も結構いらっしゃるんですよ」
 植村のコメントに、小嶋はふと顔を上げた。
「ということは、いつか家族も同じように実体化する可能性も」
「ええ、十分あります」
 ならば単身赴任でもしていると思えばいい! 小嶋はひそかにぐっと拳を握りしめた。確実性はないが、希望はあるのだ。
「ありがとうございます植村さん!」
「はあ。あ、いえ私がどうこうできる話などではないのですが……」
 何やら小嶋が突然元気を取り戻した(ように植村には見えた。なによりちょっと彼が無表情なのだ)ようなので、植村は話を先に進めることにした。
「で……えっと、用紙の方はここに市での住所と、あとここに年齢を。生年月日はこちらと基準が異なる場合はなくて結構です」
 なるほど。住所を書こうとして、小嶋はペンの先を止めた。
「あの……住所、無いんですが」
「あぁ、そうですよね。実体化なさったばかりのスターさんは大抵そうなんですよ。では、そこは空けておいていただいて……。対策課では、家探しのお手伝いもできますからご安心を」
「そうなんですか?」
 普通市役所はそういうことはしてはくれない。吃驚して小嶋が聞き返すと、彼は少しだけ苦笑した。
「流石に至れり尽くせり、というわけにはいきませんけどね。――ここは『映画実体化問題対策課』と名のついた課ですから、困っているムービースターさんへの手助けも仕事の内です」
 言いつつ、あとこことここを埋めてくださいねと書類を示していた植村が、年齢欄を見て小さく呟いた。
「あ、年近い……」
「お幾つなんですか?」
 きょとんと顔を上げた小嶋に、植村が二十七ですと答える。
「あ、俺より年下なんですねー。落ち着いて見えますね」
「小嶋さんは……年相応ですよ、ね……」
 最後ちょっと疑問形に聞こえた気もしたが、書き込み終わった用紙をチェックしてから手渡す。受け取った植村は、課の中に何人か職員がいることを確かめてから地図を手に取り、カウンタを回り込んできた。
「それでは、外行きますか」

 *

「……といっても道案内ですけどね。不動産屋さんを斡旋しているわけではないので」
 市役所を出て並んで歩きはじめてから、植村が微笑む。地図を広げて、どこら辺にします? と首をかしげてくる。
「一応住みたい地域の近辺に行くのが一番でしょうから」
 地図は観光用のイラストが多く入ったものだった。このあたりがアップタウン、こっちの方はプロダクションタウンと言って……と彼が地図を指し示しながら説明する。
「夜暗くなるところは避けたいんですよねー」
 見知らぬ土地ではやはり治安が心配だ。やはりここでも仕事を探さねばなるまいと思っていた小嶋は、帰りが遅くなることを案じていたのだが、なにやら思案している植村は、ちらちらと小嶋の顔を気にしている。
「えと……俺の顔に何かついてますか?」
「やっぱり暗いと見えにくいんですか?」
「ええ、そりゃ明かりが届かないところとか、不安じゃないですかー」
「そ、そうですよね……」
 後に植村にも判明することだが、名誉のために言っておくと小嶋は決して鳥目ではない。
「このあたりとか、見てみたいかなーって思うんですけど……」
 小嶋が地図を示すと、にっこりと植村は微笑んだ。
「じゃ、行きましょうか」

 *

「どうでしたか? よさそうな部屋、ありました?」
「ええ、いくつか。まだ決めたわけじゃないんですけど、しばらくは取っておいてもらえるって話でした。また今度詳しく案内してくださるそうで」
 いくつか目ぼしい不動産屋を回った後、てくてくと市役所に向かう道をふたりは並んで歩いていた。
「でも、銀幕市は賑やかな町ですよね。楽しそうです」
 あたりを見まわしながら、嬉しそうな声音で小嶋が言う。それに、植村が安心したように口元をほころばせた。
「それは、良かったです。……銀幕市を気に入っていただくのが、一番ですから」
「仕事も見つかれば、言うことないんですが」
「お仕事は、何を?」
「コピー機の会社に勤めてたんですよ。営業がいいんだけど、雇ってもらえるかなー……」
「大丈夫ですよ」
 ぽつりと漏らした小嶋を励ますように、植村は重ねた。
「きっと、大丈夫です」

 *

 数日後。某コピー機会社。
 会議室に設えられた面接会場には、静かな空気が満ちていた。
「えー、では、特技は何ですか?」
 長机の向こうから、指を組んだ人事(らしき人)が訊ねてくる。
「特技は、人にすぐ顔と名前を覚えてもらえる事です」
 その言葉に人事が顔をあげ、しばらく小嶋の顔を見つめてから納得したようにまた紙に視線を落とした。
「希望する職務は営業とあるんですが……」
「はい。以前もこういう職種でしたので」
「ええと、看板キャラクターみたいなのは、うちはもう既に一人いるのですが……」
 そのコメントに小嶋は内心首をひねった。看板キャラクターなどという大それた役柄がなぜこんなところで出てくるかに思い至らなかったのだ。しかし人事としてはこれだけインパクトのある人間に営業と言われると、どうしても宣伝効果とかを考えないわけにいかなかったのだ。
「いえ、普通にメンテナンスとか、そう言った営業を――」
 戸惑いながらも答えると、急に安心したように人事は一人でうんうんと頷きはじめた。
「なるほど、ありがとうございます。面接は以上です」
 その言葉に、挨拶して会議室を出てから小嶋は首をかしげる。手ごたえが無かったわけではないが、なにやら微妙な感じもする。受かるといいのだが……

 ――しかしその不安もなんのその。
 その数日後、新しい名刺を手に銀幕市内を駆け回る小嶋が様々な所で目撃されるようになる。名刺に書かれた名前は小嶋雄。取引先にはコバト オスなどとよく読まれてしまう、名物営業マンの、銀幕市デビューだった。


クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました!
銀幕市での新たなスタート。お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-01-02(金) 17:20
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