★ 【怪獣島の冒険】意思の夢ダイノランド ★
<オープニング>

 銀幕市に着実に近づきつつある島は、ダイノランド。映画の中でも、かの島は暴走していた。しかし、それにしても――なぜあの島は、近づいてくるのだろう。まるで銀幕市を餌と見なして、まっしぐらに突き進んでいるようではないか。沿岸部や調査隊が集めてきたデータを整理して、マルパス・ダライェルは対策課の面々とともに、もう一度『ダイノランド・アドベンチャー』の設定を洗い直した。
 島ははっきりと航路をさだめ、銀幕市までの直線距離をひたすらに――ひたむきに辿っているようだ。タンカーや豪華客船など及びもつかない巨大な島だから、波の影響をほとんど受けていないのはわかるが、それにしてもその動きには迷いがない。
 コンピュータは暴走し、狂っているわけではないのか。まだ、正しい計算をつづけているのか。
 では何のために、近づいてくるのだろう。

「訪問者に危害を加えられないはずの怪獣が、現在はその制約に縛られていないことは、探索の結果からも明らかだ。島が銀幕港に『接岸』するにあたり、減速するかどうかの保証もない。ここはやはり、動力部に侵入し、島を停止させる必要があるだろう」
 多少の疑問があっても、マルパスの調子はいつもと変わらない。彼は机上に島の鳥瞰図を広げた。映画の設定資料の中にあったもので、動力部への入口が発見されたポイントにチェックが入っていた。
「動力部入口付近では攻撃的な個体を多数確認している。また、市民が1名怪獣の手で拉致されたという報告も受けた――高等学校の生徒で、冴木梢君という。この冴木君の救出には、動力部潜入とは別に班を設けたい。これまでこうして私が出張った作戦同様、それなりの危険が予想される。手を貸してくれる者は、準備と留意を怠らないでくれ」

 ★ ★ ★

「ハカセハカセ、みてみてみてえ! あたらしいかいじゅうかんがえたんだよ!」
「おお、アダム。わしのことは『おじいちゃん』と呼んでおくれ。おまえはわしの実の孫なのだから」
「だってハカセはせかいでいちばんてんさいなんでしょ? そんなすごいひとのこと、じーちゃんよばわりできるもんか」
「いや、アダム。わしはそこまで賢くはないのだよ……」

 これは、冒頭のシーンだ。

 白い部屋に、水色のパジャマの少年。白髪頭の老博士。ベッドの上ではしゃぎながらスケッチブックを広げる孫に、博士は寂しげな眼差しを向けている。年老いた天才博士は、スケッチブックを受け取り、クレヨンくさいページをめくっていった。
 描かれているのは、大人の発想では辿り着けない、奇妙で賑やかな怪獣たちの姿。
 いちばん新しい作品は、5つの首を持つ、竜のような蛇のような、いかにも強そうな怪獣だった。
「そいつね、そいつね、すごいんだよ。このあたまはひをはくんだ。これはみず。まんなかはどくをはいて――」

 ――わしは素晴らしい天才ではないのだよ、アダム。遺伝子とコンピューターをいじるのが少しばかり得意なだけだ。わしがおまえの思う天才であったなら、わしは、おまえの病を治し、この病院から救いだせるはずだろう。

 やがて場面は変わり、カメラは海に浮かぶ小島を、なめるように映しだす――。

 ★ ★ ★

 ダイノランドと名づけられた島の心臓部へは、そう簡単に辿り着けそうもない。うだるような熱帯特有の蒸し暑さの中、草木は生い茂り、まるで宇宙生物のようにユニークな風貌の怪獣たちが闊歩している。
 怪獣はその目を光らせ、動力部の周辺を見張っているようにも見えた。
 ジャングルにぽっかりと開いた入口は、濃緑の自然とは対なるものだ。鋼鉄とコンクリートの灰色がうかがえる。その人工的な穴ぐらの奥から、時おり不気味に絡み合う唸り声と、鼻息のようなものが聞こえてくるのだった。
 目をこらせば、見えるかもしれない。
 奥で輝く、10個の光が……。
 それはニーチェの言葉を表面だけなぞったような光景であるはずだ。
『深淵を覗くとき、深淵もまたおまえをのぞいている』

種別名特別シナリオ 管理番号148
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
クリエイターコメント怪獣島特別シナリオやります。よろしくです。
鴇家楽士WRのシナリオ『【怪獣島の冒険】三つの扉』とのリンクシナリオ(同時系列)となりますので、同一キャラクターでの両方への参加はご遠慮ください。
こちらのシナリオは、動力部に侵入して、島の進行を停止させるのが目的です。動力部周辺および内部には怪獣が多数控えているようです。
派手に暴れたい方はどうぞいらしてください。

参加者
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
エンリオウ・イーブンシェン(cuma6030) ムービースター 男 28歳 魔法騎士
<ノベル>

■入口■


 むっとする暑さと、鬱蒼とひとめく肉厚の緑の光景。南国の鳥の鳴き声も、藪の向こうから聞こえてくる唸り声も、まぼろしではない。すべて現実だ。
 怪獣島の草木は、潮風を受けてざわめていている。この島が動いているのは確実なのだが、波の揺れはまったく感じられない。時おり地響きはあるが、それはユニークな風貌の怪獣たちがそこら中を歩いているからだろう。島はタイタニック号よりも大きいのだ。ちょっとやそっとの波で傾くはずもなかった。
 山吹色をした六本足の怪獣が、ぽっかりと小山の中腹に開いた洞穴の前を、のっしのっしと横切っていく。それはステゴサウルスに似ていたが、ステゴサウルスには足が六本もなかったはずだ。
 剣竜もどきの頭上をぶんぶん飛び回っているのは、体長3メートルのカブトムシだった。これも「怪獣」と呼べるだろうか。
 洞窟のまわりを徘徊している怪獣は、どれも図体が大きく、牙や棘を持ち、見るからに獰猛であった。武士の鞘当てのように、すれ違って尻尾がぶつかったりすると、それだけでケンカを始めるものもいる。
 そんな怪獣たちの目を盗み、足元をすり抜け、動力部への入口に駆けこむのは、なかなか骨が折れそうだった。八之銀二と刀冴の義兄弟と、その間にちょこんと収まる太助の三人は、慎重だ。やみくもに突進するのではなく、策を講じようとしていた。
 しかし動力部侵入班に例のクレイジー・ティーチャーがいたので、結局、それも無駄な努力になってしまったが。
「オオオオオオO・Kエエエエエエィィ、ROCK AND ROOOoooooOOLL!!」
 ばすっ、ばす、ば、ば、ぶ、ぶぅるるるるるるるるるるるるンンン!
 怪獣という怪獣の視線が、突然のエンジン音と奇声のもとに集まった。煙を上げて唸るチェーンソーと、それを高々と掲げる狂った理科教師がそこにいた。彼は背の高い草を薙ぎ払いながら突進した。最初の不運な怪獣の首が飛ぶまで、3秒もかからなかっただろうか。
「あっちゃあ……」
 太助はがっくり肩を落とした。隣では、銀二と刀冴も頭を抱えている。
「誰だ、アイツ呼んだの」
「呼ばれなくても来るからなァ。暴れるチャンスを嗅ぎつけるセンサーがあるんだろ、きっと」
 銀二はぼやく刀冴にそう言ったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「まァ、おかげでいっつも、結果的に助かってるわけだが」
「だな。アイツが強いのは俺も認める」
「でもよー、モンドームヨーじゃんか。ああいうの、ギャクサツってゆーんだろ」
 太助が口をとがらせる。その視線の先で繰り広げられている惨状は、とても子供には見せられないものだったが――彼もすっかり、慣れてしまっていた。
 動力部入口周辺は、怪獣たちの阿鼻叫喚と怒号のるつぼと化している。怪獣の大きさに比べると、クレイジー・ティーチャーは虫ばりにちっぽけだが、右手にチェーンソー、左手にハンマーで暴れまわる彼は、ある意味怪獣以上の存在だった。
 逃げまどうものもいれば、怒り狂ってクレイジー・ティーチャーに襲いかかるものもいる。血と肉片と葉っぱが飛び散る修羅場を、しばらく銀二たち3人はなすすべもなく見守っていた。
「今のうちに行けば?」
 そんな3人の背中に、刃物のような声が投げつけられた。
 刃物のような、とは。聞いただけで身が切られそうなほど、凍りついていて、冴えていて、冷酷な声だったということ。
 驚いて、3人は振り返った。
「ア……」
 刀冴は、義理の息子の名前を呼びかけた。だが、そこに立っているのは、彼の息子ではなかった。それに気づいて、刀冴は一瞬口をつぐむ。
「ルアのほうか」
 刀冴は、その一拍のあとに訂正した。
 白いローブの少年は、ゆっくりと、酷薄な笑みを浮かべた。金色の目も、にやりと歪む。
「早く行きなってば。巻き添えくっても知らないよ」
 彼が放つ気迫が、空気を黙らせ、凍りつかせていく。太助は思わず身構え、ローブの少年――ルアを睨みつけた。この少年と同じ顔をしたムービースターを知っていたからだ。
「誰だ、おまえ」
「あ。記憶は嘘つかないや。本当にしゃべった……タヌキなのに」
 ルアはくすくすと笑いながら太助に近づいたが、太助はじりじりと後ろに下がった。こいつはある意味クレイジー・ティーチャーよりも危険だと、野生の勘が教えてくれるのだ。
「太助には俺から説明しとく。ここは任せていいんだな?」
 刀冴が言うと、ルアは笑みを大きくして頷いた。
 刀冴は愛剣〈明緋星〉を抜く。銀二と太助に、合図はいらなかった。3人はほとんど同時に走りだしていた――その背後で、黒い闇が音を立てて爆発する。チェーンソーの唸りもあった。動力部の入口をまっすぐに目指す3人に、怪獣たちは、構っていられなかった。
 2匹ばかりの怪獣だけが、3人の前に立ちふさがった。
 入口の両脇から飛び出してきたのは、石の身体と翼を持つライオンだ。狛犬のように、入口を守護していたらしい。
「行く手をふさぐと――『壁』ってことになっちまうぞ、お前らッ!」
 銀二が草を踏みちぎりながら足を止める。
「兄弟! 俺は右だ!」
「応!」
 ならば、刀冴は左。
 太助は二人の後ろで立ち止まった。
 銀二のヤクザキックが右の獅子を、刀冴の大剣が左の獅子を、一撃で粉砕する。だから、太助が立ち止まったのもほとんど一瞬だった。彼は舞い上がる石粉の中を突っ切り、ぼっかりと開いた闇の中へ、真っ先に飛び込んだ。
「どわッ!?」
 しかし、一番乗りかと思いきや、そうではなかったようだ。
 壁にもたれてうとうとしている男が――先客がいたのである。しかもその人物は、銀幕市で何度も見ている顔だった。
「どうしたァ、たす……おッ!?」
「なっ、こりゃ!?」
 太助に遅れること2秒、闇の中に飛びこんできた刀冴と銀二も、驚いてたたらを踏んだ。
 3人の驚愕の声で、居眠りしていた男が目を覚ます。
「……あぁ、こんにちはぁ。奇遇だねぇ」
「き、奇遇って! どうやってここに入ったんだ、エンリ!」
 エンリオウ・イーブンシェンは、うなじをかきながら大あくびした。
「散歩してたらいきなり大雨が降ってきたんでねぇ……こういうところじゃ、スコール、って言うんだっけ? だから雨宿りしてたんだよ。いつの間にか寝ちゃってたんだなぁ」
 あの怪獣たちの防衛網の、どこをどうしたらひとりで潜り抜けられるのだろうか。エンリオウは腰を叩きながら立ち上がった。銀二と刀冴、そして太助は、唖然として魔法騎士を見つめるしかない。
「……やっぱり、只者じゃなかったな……」
「ところで、きみたちは何しにここに来たの?」
「ま、まさか、この島が銀幕に近づいてるってこと、わかってねぇんじゃないよな?」
「あぁ。……あぁ、そうだっけ。マルパスくんがそんなこと言ってたような」
「――まぁとにかく、昼寝するくらい暇なら手伝ってくれ。この島を止めなきゃまずいことになるんだ」
 銀二が言うと、エンリオウは頷いた。島が銀幕市にぶつかればどうなるか、それくらいはさすがに理解できている。
 外からは、怪獣の咆哮と、爆音と、奇声が聞こえてくる。

 ごぉぉぉぉぉおう、

「!」
 大きな音は、外で起こっているものばかりではなさそうだ。それに気づいて、ムービースターたちは身構える――どこまで続いているかわからない、無機質な暗闇を見すえながら。



■おはよう■


 クレイジー・ティーチャーというモンスターは、平時から血にまみれているような男だった。今彼を汚している血は、真紅ばかりではない。アメリカ製マスタードのような山吹色や、おもちゃのスライムのような緑色、何かの冗談のような虹色を浴びている。
「ヒケケケケケ、皆殺しダ! キヒヒヒヒ、ヒヒヒ、キャハハハ、皆殺し皆殺し皆殺すァァアハハハハハハ、ハ!」
 突然、けたたましい哄笑がやんだ。
 有翼の、青い竜のような怪獣が、クレイジー・ティーチャーをさらったからだった。
「アハハハハ! アハハハ、I’m frying,キャハハハハ! 離せこの××××野郎ッ!!」
 殺人鬼は密林の上空で暴れ、頭上をチェーンソーで一閃した。彼の両肩をつかんでいた竜の足が切断された。クレイジー・ティーチャーはあちこちの枝をへし折りながら落下し、ティラノサウルスによく似た、一般的な形状の怪獣の頭部に激突した。派手にバウンドし、ようやく地面に激突して、彼の身体は深々と土にめりこんだ。
「大丈夫?」
 くすくすくす、
 金の目の少年が、笑いながらクレイジー・ティーチャーをねぎらう。ちっとも心配していないのは火を見るより明らかだ。しかし、当の殺人鬼は、ケラケラ笑いながら立ち上がる。立ち上がりながら、外れた左肩を入れ直していた。
「大丈夫だヨォ、これくらいでくたばってナンカいられないヨォ!」
「ねぇ、もっと苦しめてから殺してやってよ。君、一撃で殺しちゃうんだもの……つまんないや」
「ソレはお安い御用だケド、ボクの殺しは基本的にいちげ」
 また、突然、クレイジー・ティーチャーの声が途切れた。
 ルアは目をしばたき、そして笑った。
 腹ばかりが大きいピンク色の怪獣に、殺人鬼の首が食い千切られていたのだ。彼のまわりを浮遊していた人魂たちが、あわあわと狼狽している。
 一瞬よろめいた首なしのクレイジー・ティーチャーだったが、すぐに振り返った。無言で血みどろのチェーンソーを振りかざす。どうやら激怒しているらしい。くぐもった彼の罵声が聞こえてくる。恐らくは、あのピンクの腹の中から――。
 首なしの殺人鬼は、ひるまない。今度は胴体を喰ってやろうと迫った怪獣の首を、正確に蹴り飛ばす。のけぞった怪獣の腹に、怒りのチェーンソーを叩きこむ。ぶぃぶぃびりびり、ピンクの怪獣の腹は、生きたまま開かれていった。
 ルアの金の目が輝いた。ピンクの怪獣の痙攣を、烈しい悦びをもって見つめていた。
 ぞばッ。
 クレイジー・ティーチャーが、ピンクの臓腑と血液の中から、自分の首を引きずり出す。チェーンソーは、少し深く腹を切りすぎてしまったようだ。胃袋の中にあった彼の顔も、ちょっと切れてしまっていた。
「クククククククァハハHAHAHA,Good morning my body!! ハラショー! グラッツェ! マンマミィィーア! アヒャヒャヒャヒャヒャ……!」
 首を掴んだ腕をのばし、彼はのけぞって笑っていた。
「あれで血が赤かったらなぁ。もっときれいだったんだろうな」
 そのピンク色の光景を眺め、ルアが舌なめずりをしている。


 あくまでも忠実に再現された島の『表側』――熱帯の密林とはまるで対極の、無機質なコンクリートの通路が、4人の前にある。動力部までの道のりが長いのか短いのか、はたまた迷路状に入り組んでいるのか、それははっきり設定されていなかったようだから、わからない。
 ただ、肉眼ではうかがい知れない暗黒の向こう――そう遠くはないところから、風の唸りのような、咆哮のような音が聞こえてくるのだった。
「俺のリュックに懐中電灯あるぞ」
「お、準備いいな」
 太助の背中のリュックを、銀二があさった。
「おいおい」
 銀二が呆れた声と苦笑を漏らす。
「菓子ばっかりじゃないか」
 刀冴も太助のリュックの中を覗きこんだ。銀二が言ったとおりだ。リュックは、かつてのチョコレートキング騒動を彷彿とさせるほど、大量のお菓子でパンパンにふくらんでいる。エンリオウも横合いから覗きこみ、さりげなく水羊羹をひとつかすめ取った。
「ピクニックに来てるんじゃねェんだぞ、オイ」
「ち、ちがうっての。怪獣に食わせるんだよ」
「あんな牙あるやつらが菓子なんか食うか!」
「そんなのわかんねぇだろー!」
 ぼぉおおおおおおおううう!
 ひときわ大きな音が、通路内に響きわたった。太助は口をつぐみ、エンリオウがすたすたと数歩闇の中に進んだ。
「あー。向こうはもう、こっちに気づいてるようだねぇ」
 銀二が、太助のリュックから取り出した懐中電灯をつけた。

 ご対面。

 10の目が、こちらを見ている。
 目は、輝いた。



■ここはおもちゃ箱の中■


 コンクリートと鉄板でできたアナグラに、貧相な光が落ちる。天井の蛍光灯がともったのだ。それでも光は不十分で、通路の奥に陣取る大怪獣の全貌を照らしだしてはくれない。逆に言えば、それほど五つ首の怪獣は大きかった。
 胴体がほとんど見えない。見えるのは、のたうつ五つの竜の首。
 竜はそう広くはない通路に、その首を突き出している。身体はもっと奥にあるようだ。
「くっそぉ、ちょっと狭ェぞう!」
「なんだ、また巨大化してぇのか?」
 牙を剥いて唸る太助に、刀冴が笑みを落とす。
「よし、場所を移してやるよ!」
「! ちょっと待て、兄弟ッ!」
 気合を入れかけた刀冴の前に、銀二が飛び出した。
 竜が一本の首をグうともたげて、息を吸いこんでいた。あれは明らかに、息をつく前兆だ。銀二が刀冴をかばうようにして前列に出た瞬間、その首は通路を埋めつくすほど激しい火炎を吐いた。
 まるで灼熱の『壁』が、迫ってくるようだった。
 ――こいつは、壁だ。
 銀二は一瞬、笑みを浮かべて――前蹴りを繰り出した。
 空気とコンクリートを焦がしながら迫ってきた炎の壁は、下ヤクザの蹴りひとつで砕けて、かき消えた。霧散する熱気の向こうに、五つの首と10の目がある。炎を受けた蛍光灯が破裂し、破片が床めがけて落ち始めた。
 刀冴がそのとき、ロケーションエリアを展開した。
 コンクリートと鉄骨の天井が消え、夕日で黄金色に染まった空が現れる。壁はほんの一部が柱のように残っただけだった。五つ首の怪獣の全身が明らかになった。翼こそ持っていないが、その怪獣は金色のヒュドラと言っていい姿だった。
 五つの首が咆哮を重ねる。
 また、首のひとつが息を大きく吸いこんだ。火を吐いたものの隣の首だ。一拍置いてその首が吐いたのは、渦を巻く水流だった。
「こいつはなんとかできそうだ」
 エンリオウがのんびりと前に出て、さっと右手をひるがえす。口の中で何事か短く呟いていたが、誰もその言葉を聞き取れない。未知の言語であったし――彼らしくないほどの早口だった。
 4人を目指していた水流は、ギュるりとその軌道をねじ曲げ、あらぬ方向に飛んでいった。跳ね返して竜に当てることもできただろうが、エンリオウはそうしなかった。それが彼の主義だからだ。
 己が吐いたブレスが、己の意図したところに向かわなかったのを見て、五つの首がほんの一瞬たじろいだ。しかし、狼狽はすぐに怒りに変わっていた。首が三つばかり、同時に息を吸い込む――
「そーはいくかぁああッ!!」
 竜に向かって突進した太助が、ぼぇん、と煙に包まれた。
 煙の中から、八つの蛇の首が飛び出した。やけに尻尾が太いし、目のまわりは黒く、ちょっと愛嬌のある顔立ちではあったが、それは紛れもなく日本が生み出したヒュドラ――ヤマタノオロチだ。
 五つの首が五つの首に絡みついて、咬みついた。金色の首たちの目は怒りに燃え、喉の奥から怒号を絞りだす。
「おオ、向こうより頭の数が多いじゃねえか! やるな、太助君!」
 銀二が子供のような歓声を上げたので、横で明緋星を構える刀冴は露骨に呆れた。
「呑気に喜ぶなよ、向こうは火とか水とか吐けるだろ。他にもなんか吐くぞ、絶対!」
「魔法の王道で行けば、あとは毒と雷と氷かねぇ」
 エンリオウの言葉は相変わらず間延びしていたが、彼も腰の魔法剣を抜き放っていた。
 太助が化けたヤマタノオロチは、怪獣の首に自分の首を絡め、無い手のかわりにあぎとで押さえつけているだけにすぎなかった。その牙で怪獣を引き裂こうとはしていない。あまった首をもたげて、太助は怪獣に語りかける。
『おい! おい、通してくれよ。俺たち、この島とめに来ただけなんだ。このままだと町にぶつかっちまう。島なんかフッ飛んじまうんだぞ、おまえらだって危ねぇんだ!』
 答えは小さな稲妻だった。一番右端の首が、太助の拘束を振りほどき、まばゆい稲妻の吐息をついたのだった。「ぶわっ」と悲鳴を上げて、呼びかけていたオロチの首がのけぞった。
 首が八つあっても、化けているのは太助ひとり、脳はひとつ。
 ひとつの首が驚いてまぶしがれば、残りの7つも一緒にひるんでしまった。
 ヒュドラの真ん中の首がヤマタノオロチの拘束を解いた。息を吸いこみ、凶悪なあぎとを広げて、緑色の霧を吐いた。いかにも身体に悪そうな色だ。毒だ、と誰もが悟った。
『ぅえっ、ぷ!』
 ヤマタノオロチがたまらず五つ首から離れた。思わず息を止めたので、毒霧は幸い彼の肺に入らなかった。怪獣同士のプロレスを見守っていた3人は、一様に口を押さえて後ろに下がる。
「……なんだ、まだ動力部に行ってなかったの? 仕方ないなぁ」
 そんな3人の背後から、くすくす笑いが忍び寄ってきた。
 刀冴は振り返る。外の光を背負って立っているのは、ルアだ。逆光だというのに、ルアの笑みが見える。爛々と輝く金の目に、横たわった三日月のような酷薄な笑み。
 ルアの目が輝きを増した。
 生温かい風が渦巻き、緑色の霧が見る見るうちにかき消されていく。
 毒霧の真っ只中にいた太助は、ようやく目を開け、息をつけた。しかし、ずいぶんと至近距離で毒霧を受けてしまった。……くらくらする。
『う、ぅぅ、と、通して……くれよ。通して……』
 ヤマタノオロチは、よたよたと這った。彼はそれでも、五つ首に牙を剥こうとはしない。首を絡めて拘束するつもりだった。五つ首が息を吸い込む様子が、スクリーンの中の映像に見える。
「太助!」
 刀冴の声も、遠くから聞こえた。
 しかし火も水も毒も稲妻も氷も、太助には届かなかった。
 エンリオウの手のひとひねりで水流はねじれて火のブレスをかき消し、もうひとひねりで氷のブレスが水にもどって地面に落ちた。ムダだよ、と呟いたルアの目が光り、またしても毒霧はかき消えた。
 刀冴がヤマタノオロチの長い首を駆け上がり、明緋星を振りかぶる。稲妻の息はその刃に吸い寄せられていった。太助が垣間見た刀冴の目は、いつもと違って、白金色だった。彼は――覚醒していたのだ。
『ま、待って……こ、殺すなよぅ……、「ダイノランド・アドベンチャー」、み、観なかったのか、よぅ――』
 シぼん。
 刀冴の跳躍の直後、ヤマタノオロチの巨体は煙に包まれ、消えてしまった。ぽて、と地面に倒れたのは、ちいさな仔ダヌキにすぎない。背負っていたリュックから、お菓子がいくつも転がり落ちる。
 しかし太助は、倒れながら、五つ首の悲鳴を聞いた。
 刀冴が咆哮し、一刀のもとに、金のヒュドラの首を一本刎ねたのだ。明緋星がまとった稲妻が爆発し、斬り口を焦がす。
 いちばん厄介な、毒を吐く真ん中の首。太助を苦しめた首だ。それが真っ先に死んだ。
 首は吹き飛び、後方に控える銀二とエンリオウとルアの頭上に落ちてきた。銀二は慌てず騒がず、その首を蹴り飛ばす。首の大きさは『壁』並みだった。だから、銀二の蹴りで粉々に砕け散った。
 四つ首になった怪獣が後ろによろめいた。
 刀冴は、火を吐く頭の上に立っていた。明緋星を逆手に持ち、足元の頭蓋めがけて突き下ろす。大剣は深々と怪獣の頭に突き刺さり、脳を潰した。その首も死んだ。
 跳躍ついでに剣を引き抜き、その隣の、水を吐く首に斬りかかる。またしても一刀。三本目の首が飛び、刀冴は軽やかに着地した。
 五つ首だった怪獣には、何が起きたかわからなかっただろう。地上にいるエンリオウもぼかんと口を開けていた。覚醒した刀冴の動きは、あまりにも速すぎる。
 しかしすばやいのは彼だけではなかった。ルアが、いつの間にか、怪獣の胴のそばにいた。怪獣が刀冴の猛攻でひるんでいるうちに、気配もなく近づいていたのだ。
 ルアが笑って、手を振り上げた。爪があまりにも長く伸びていた。振り下ろされた爪はやすやすと怪獣の胴に突き刺さり、二つになった首が、同時に断末魔の叫び声を上げる。
 怪獣の魂が奪われていた。
 金色の巨躯はゆっくりと倒れ、地響きを立てる。
 夕日が消えて、コンクリートの壁が現れ――天井が現れ、無機質な匂いが戻ってきた。
「おッ、と」
 刀冴も怪獣ともども倒れるところだったが、銀二がその身体を抱きとめていた。
「お疲れさん、兄弟」


 クレイジー・ティーチャーは、ようやく我に返った。
 振り返る。
 何も見えない。
「ア、そうだった。ボクの目はこっちだったネ」
 左手にぶら下げていた首を回して、辺りを見回す。
 死屍累々であった。奇妙な怪獣の無残な死骸が、密林を埋め尽くさんばかりの、凄惨な光景だ。罪もない樹木もチェーンソーの餌食になっている。クレイジー・ティーチャーが見ている間に、瀕死だった樹木のひとつが、ばさりと倒れた。
「ナンだか静かになっちゃったナア。スッゴク面白かったのにィ。フフフ、マイク、見てごらんヨ!」
 くいっと手を上げて、掴んでいる首を人魂の高さに合わせ、殺人鬼は笑った。
「アノ怪獣たちのナイスデザイン! まるでミンナのお絵かき帳ダヨ。この島はまったく、キッズのオモチャ箱だネ!」
 クレイジー・ティーチャーの周囲に浮かぶ人魂たちは無言だったが、まるで同意するかのように激しくゆらめいた。
 理科教師は哄笑し、右手に下げているチェーンソーのスターターをくわえた。左手が首を引っ張った。また、チェーンソーのエンジンがかかる。
 狂った理科教師は、狂ってしまっているから、この島に来た本来の目的を、半分忘れてしまっていた。彼は新たな獲物を求めて、ジャングルをさまよい始めた。



■アダムの夢、島の意思■


 刀冴は、島の熱気に隠された悲壮感に気づいていた。島のすべて、島が在ること自体に意味があるような気がしていた。彼は今覚醒の反動で気を失い、銀二に担がれていた。筋肉質な刀冴はかなり重く、そのうえ〈明緋星〉という大剣も相当な重量だったので、銀二は必死の形相の一歩手前だ。
 太助は、エンリオウの頭にしがみついている。エンリオウの癒しの魔法が効いて、気分はすっかりよくなっていた。しかし、大事をとったエンリが彼を抱き上げた。元気になったのに抱きかかえられるのが気恥ずかしくて、太助はエンリオウの腕を離れ、なぜか頭によじ登っている。
「太助君、俺はちゃんと『ダイノランド』を観た」
 刀冴を担ぎなおし、銀二が言う。
「この島は……」
「僕も知ってるよ。アダムって子が病気で死んだんだ。この島はその子に捧げられたのさ。アダムは開発したひとの孫」
 ルアが銀二のかわりにつづけた。
「死んだ子にものをあげたってムダなのに。意味ないよね、こんな島」
「そうかねぇ。遊園地みたいなところにする予定だったんだろう? だったら、意味があるんじゃないかな」
「どうして?」
「アダムのかわりに、他の子供が喜んでくれるからさ」
 エンリオウがふわりと笑いかけると、ルアは目を見開き、無言で嗤ってみせた。彼は、その考えすら無意味だと考えているのだ。彼にとって、『希望』などは愚かしい概念だったから。
 通路はそう長くはなかったし、あまり入り組んでもいなかった。描写する必要のない場所だから、設定があまり作りこまれていなかったのだろうか。密林とユニークな怪獣たちとはあまりに不釣合いな、コンピューターとカジェットのかたまりが、ムービースターたちの前に現れた。
 ここが動力部だ。
 完全に無人であり、機械たちは熱を帯びながら、すべて自動で動いている。
 どこをどう操作すべきなのかはわからない。だが、とりあえず、彼らの足は液晶モニターの前に動いた。文字の羅列が見えたからだった。
『現在速度:50ノット 目的地:銀幕港』
 この無人の動力部で、そう設定したのは誰だと言うのか。
 50ノットと言えば、クルーズ船よりも速い。このままの速度で銀幕市の港にぶつかれば、相当の被害はまぬがれない。
 銀二と太助は、こくりと固唾を呑んだ。エンリオウはここでもぽかんとしている。彼には機械がさっぱりわからないのだ。珍獣を見るような目つきで、コンソールを眺めていた。
「どうして……、誰が――」
 銀二が呟くと、モニターに表示されていた文字が一瞬消えた。
 そして、カタカタと、キーボードが打ち出していくような速さで、新たな言葉が現れた。

『わたしは島の意思 わたしは銀幕市を望んでいる』

「!」
 ぐっ、と銀二たちは身を乗り出した。
「おまえは誰だ? アダムか? 博士か?」
 銀二が問いかけると、緑を帯びた白い言葉が消え、また現れる。
『わたしは島の意思 博士がアダムの魂に捧げたもの』
 島が、そう言った。

『アダムの夢は子どもたちの夢 子どもたちが望むのは夢』
『銀幕市には夢がある
 わたしは子どもたちとアダムを 喜ばせなければならない』
『海に留まっていても 誰も来なかった
 孤独はアダムが最も恐れていたものだ
 孤独のそばに夢はない』

「……そっか」
 太助は消え入りそうな声で呟いた。
「さびしかったんだな」
 モニターはしばらく、沈黙した。画面は真っ暗になって――機械の唸りも、心なしか小さくなったようだった。
「怪獣が暴れてるぞ。どこか壊れたのか」
 銀二が静かに尋ねると、モニターにまた言葉が戻ってきた。
『動力部入口のガーディアンは わたしの制御下にない
 自立プログラムにより 自動的に侵入者を攻撃する』
「あのコマイヌとヒュドラか、ガーディアンって」
「あばれてるのはあいつだけじゃないんだよ。人さらったり、襲ったりしてるんだ」
 モニターから言葉が消え、考えこむような間があった。太助と銀二には、その間が嫌になるほど長く感じられた。
 ようやく、島が答えを弾きだした。
『わたしの進化の影響かもしれない』
「進化?」
『本来 このダイノランドには わたしという意思などは 存在しなかった
 映画を確認されたし』
「……そうだ。そんな設定、なかったよな」
「主人公の脱出劇で終わってたからなァ」
『銀幕市では 実体化した人物が 設定を自ら書き換えていく
 わたしは進化と呼ぶのが ふさわしいと考えている
 進化には 代償が必要だ
 ヒトは道具を使えるが 身体能力はサルにも劣る』
 銀二と太助とエンリオウは、顔を見合わせた。
 確かに。
 ほんの端役で、名前さえまともに設定されておらず、性格も生い立ちも曖昧なムービースターが、銀幕市で実体化して生活していくうちに――性格が変わっていって、好きな食べ物や嫌いな食べ物ができて、友人を増やし、人と同じように生活している。彼らはものを覚えることもできた。だから、登場作で料理をするシーンがなかったムービースターも、料理を覚えて友人にふるまえる。それは、そのキャラクターに「料理ができる」という設定が加わったということだ。
 血も涙もないギャングスターが、銀幕市でヒーローにのされるのを恐れ、つましく大人しく生活しているのも珍しくはない。作中で友人がひとりもいなかった寂しい学生が、銀幕市では友人知人に囲まれていても、誰もそれを咎めない。むしろ、祝福してやるくらいだ。
 知らず、彼らは、自分の設定を銀幕市での生活に合わせて書き換えている。
 それを進化と呼ぶべきなのかどうかはわからない。ただはっきりしているのは、そうして設定を書き換えたことで、新たな弱点が増える可能性もあるということだ。この島は、意思を得たかわりに、少しだけ機能が壊れてしまった――。
『クリーチャー制御プログラムの破損を確認
 動力系統に異常負担
 環境制御システム一部応答なし
 >_
 バックアップポイント確認 システムを復元する』
 しばしの沈黙ののち、ダイノランドは言った。システムの状況を確認していたらしい。エンリオウが眉をひそめて首をかしげた。
「難しい呪文だねぇ。どういうことになるんだい?」
『システムは わたしが生まれる直前の状態に戻る』
「え」
「お、おい」
「ま、待てよ」
『すべての夢のためだ これが最善の処置だ』
「ま、待てって。せっかくできた設定、自分から消すなんて――」
『制御不能のクリーチャーを 銀幕市にこれ以上近づけるのは 危険と判断した』
「……その判断、海の上でだってできたんじゃないの。どうして今さら止めるのさ?」
 それまで沈黙を守っていたルアが、嘲りの笑みとともに言い放つ。
 意思は動じなかった。まるで感情がないかのようだった。
『頼みがある
 どうか わたしを 銀幕市の一部として 受け入れてほしい』
 銀幕市の住民たちは、押し黙った。
 少なくとも、太助と銀二とエンリオウの沈黙は、熟考のためのものではない。答えはすぐに声に出せた。だが、肝心の声が、喉に引っかかってなかなか出てこなかったのだ。
 言えば、「かれ」はすぐに消えるだろうから。
「かれ」は、誰かにそれを言いたかったから、今まで考えを実行に移さなかっただけだ。
「……街を、傷つけないなら……。銀幕市に、住むって言うなら……あんたも、俺たちの大事な『隣人』だ……」
 銀二に肩を貸されていた刀冴が、うつむいたまま、そう言った。銀二も気づかぬうちに、彼は意識を取り戻していたのだ。
『ありがとう。
 わたしを よろしく』

 ぶぅ、ん。

 ほんの数秒、動力部にある機械やコンピュータの電源が、一度にすべて落ちた。太陽の光もない無機質なアナグラは、その間、完全な暗黒の中に落ちた。
 すぐに人工的な光が戻ってきた。
 カリカリ、カタカタと、コンピュータの内部が呟いている。モニターにも文字が浮かび上がってきた。しかしそのビットマップフォントがつむぎだすのは、素人には呪文にしか見えないプログラム言語にすぎない。
 ダイノランドの言葉は、もう、意思を持っていなかった。


「ン? アレ? オヤ?」
 チェーンソーで伐採を続けながら、クレイジー・ティーチャーはとうとう怪獣島の岬に辿り着いていた。誰も彼を止められなかったからだ。
「アレぇ、コンナに近づいてたんだネェ。知らなかったナ!」
 岬からは、人っ子一人どころか船一隻いない銀幕港や、その後ろに広がる市街をはっきり見ることができた。荒々しい接岸は間近だっただろう。
 もはや銀幕市は目と鼻の先。泳ぎでも往復できそうなほどだ。港の周辺ががらんとしているのは、避難勧告が出ているからか。
 クレイジー・ティーチャーは振り返った。つい先ほどまで彼に襲いかかったり彼から逃げまどったりしていた怪獣が、まるで殺人鬼が見えていないような素振りで、呑気に密林を歩き回っている。
 ニヤリ、と殺人鬼は顔全体で笑った。
「あんなオモチャみたいナノ壊しても、面白くないヨネ」
 そして、血みどろのチェーンソーを投げ捨てた。
「Oops!」
 勢い余って、自分の首も一緒に投げ捨てていた。



■市長、承認。でも「充分注意してください」■


 ダイノランドの進行は止まった。
 もとより、島そのものに止まる「つもり」があったということは、市長に伝えられた。島が銀幕市の新たな区域として扱われたいと「望んでいる」ことも。
 怪獣たちの制御がほとんど正常に戻ったことも確認された。
 そう、ほとんど、だ。システムが破損した際の影響か、まだ怪獣島にはほんの少し、コントロールから外れた怪獣がいるらしい。気温や植物の環境調節がうまくいっていない区域もあるようだ。ダイノランドは、思わず探検してみたくなるような、ちょっとした危険を抱えている。
「取り消せないのさ。一度起こったことは……絶対に。血はいくら拭いたって、あとが残るんだ……」
 落陽の海に浮かぶ島を見て、港に立っていた白いローブの少年が、くつくつと嘲笑していた。


 夏の銀幕港。
 今では一日に何度も、ダイノランド行きのボートが往復している。




〈了〉

クリエイターコメントどうも、諸口正巳です。イベント『怪獣島の冒険』特別シナリオをお届けします。
もうすっかり夏ですね。ということで、夏にふさわしい新スポットが銀幕市に誕生しました。
ダイノランドはもうもの言わぬ島ですが、また遊びに行ってくだされば、きっと喜ぶでしょう。
思っていたよりバトルが派手になりました。楽しんでいただけたら幸いです。
公開日時2007-07-09(月) 23:00
感想メールはこちらから