★ 【崩壊狂詩曲・異聞】The Black Passion ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5456 オファー日2008-11-24(月) 00:03
オファーPC アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
ゲストPC1 ルア(ccun8214) ムービースター 男 15歳 アルの心の闇
<ノベル>

「やあ、来たね」
 無邪気に微笑むルアの前に、アルは立っていた。
 薄薔薇色の唇を引き結び、眼差しに凜と光を宿して。
 美しい女ムービースターの死に端を発し、渇望と不安と罪苦の織り成す三つの物語が終結して――無論それは、ひとまずは、という意味合いで、だが――半月ほどが経った。
 銀幕市では、銀幕市の中でという意味では特に変わりのない、事件と騒動と不思議に彩られた日々が、日常の顔をして続いている。
「うん……僕も、そろそろ、来る頃だと思ってたよ」
 アルは、あの事件のあと、皆の――特に、あの事件の最中に傷つけてしまった恋人の――前から姿を消していた。
 あの渇望の闇の中で、己が情念、愛欲、欲しいという気持ち、そんなものが増幅され、自失して暴走し、アルは大切な人を傷つけた。
 しかし、彼はアルを責めず、むしろ己を欲しがって我を忘れたアルに幸いすら告げたが、それはアルが自分を赦し、甘やかす理由にはならない。
 アルは吸血鬼としても始祖としても不完全だ。
 襲われ、喰らいつかれ、無理やり変質させられた恐怖が、今も彼をヒトの側に押し止め、アルに、自分は吸血鬼ではないし、そんなものではいたくない、始祖にはなりたくないと思わせ続けて来た。
 この多様な在り方を許された銀幕市において、その感情は多少和らいで来ているが、無論今も、アルは自分が吸血鬼にされた日のことを覚えているし、それは絶大で絶対的な恐怖だ。
 だからアルは吸血鬼である自分から目を逸らそうとしてきたし、始祖に近づくことを拒絶し続けてきた。
「ルア、僕は……」
 ――けれど、もう、それでは駄目なのだ。
 吸血鬼は血を吸う存在だ。
 当然ながら、食欲と吸血は密接に関係している。
 しかし同時に、吸血は、愛欲によっても引き起こされる。
 アルはあの時、彼を欲しいと思った。
 彼の何もかもを手に入れたい、彼とひとつになりたい、彼を自分のものにして自分もまた彼の中に溶けてしまいたいと思ったのだ。
 愛欲による吸血衝動は、吸血鬼としての血の濃さに左右されるため、始祖の血を持つアルの、その衝動の激しさは、他の吸血鬼たちの比ではない。
「理解したい、ルア。愛すること、憎むこと、欲しがることの、本当の意味を」
 アルは彼を、あの孤高のヴァンパイアハンターを欲しいと思った。
 それに驚き、戸惑いつつも、アルはその感情と向き合う。
「この先も、あの人と一緒に、歩いて行きたいんだ」
 ――彼の優しさに抱かれてここまで来た。
 父、伯父、祖父、相棒、そしてたくさんの友人たち。
 彼ら彼女らが、アルに、生きる喜びと、自分という存在の大切さを教えてくれた。
 家族の愛が、今のアルをかたちづくり、生かし、輝かせている。
 そして彼もまた、アルを受け止め、受け入れ、すべてを赦してくれる。
 そんなアルが好きなのだと、何も心配は要らないと微笑んでくれる。
 彼への慕情が、家族へ抱く愛情とは違う種類のものなのだと、はっきり自覚したのも、あの渇望の闇の中だった。惜しみなく注がれる愛に、彼を欲しい、あの愛に応えたい、そう思ったのもまた、あの渇望の闇の中だった。
 しかしそれは、まだ始祖になっていないアルにとって、とても危険なものだ。アルは、自分がこの感情とどう向き合っていくのか模索し、決断しなくてはならなかった。
 だからこそ、アルは姿を消したのだ。
 好きだからこそ、――本気で、自分のすべてで愛したいからこそ、一度距離を置き、真剣に考えなければならなかった。
 ただ好きでいるだけでいい、傍にいられるだけで幸せだという段階から進まなければ、アルは駄目になってしまう。受け入れてくれる相手に甘えるだけでは、いずれ関係は破綻し、自分も相手も破滅してしまう。
 アルはそれを耐え難いと思った。
 彼の注いでくれる愛情に応えなくてはと思うから。
 アルは、そのために、ここへ来た。
 自分の心の闇であるルアに、協力を求めるために。
 ルアは、そんなアルを黄金の目で見つめていたが、くすり、と笑って口を開いた。
「……ひとつ、訊くけど」
「ああ」
「愛欲を理解するって、どういうことか、判ってるよね?」
「……ああ」
「自分の一部、つまり僕を受け入れるってことは、アルがなりたくないなりたくないって思い続けてきた始祖に近づくってことだよ。僕を受け入れたら、もう、後戻りは出来ない。アルは始祖になる。――それ、判ってる? それでもいいの?」
 ルアの言葉は真実だった。
 必死で目を背け、拒絶してきた始祖の血の発露がルアだ。
 ルアを……己が内に根差す暗闇を受け入れ、理解することで、アルは始祖へと近づいていくだろう。
 けれど、アルはそれを、もう恐れるつもりはなかった。
 それは、アルが銀幕市に実体化したばかりの頃には思いもしなかった、強い強い感情だった。
 覚悟であり、決意だった。
「……ああ、判っている」
「そっか」
「それでも、ルア、協力してほしい。僕は僕が今までに目を背け続けてきたすべてのものと向き合いたい。――迷いがないと言えば嘘になる。そうやって何百年も生きてきたんだから。でも……僕は、もう、間違いたくない。闇も、痛みも、醜さも、全部受け入れたい」
 自分が始祖になることへの躊躇いは勿論ある。
 アルはその始祖によって運命を強要され、苦しい、孤独な道を歩んできたのだから。
 けれど、
「そうだ……それでも、一緒にいたいんだ。同じ道を歩きたい。同じ朝日を見て、同じ月を見たい。傍にいて、支えたい。あの人が、僕に、そうしてくれたように。――だから、僕は、自分を変える。そうやって、応えようと思う」
 彼を愛したい、彼とともに歩みたい、ともに生きたいというその思いを躊躇いはしない。
 彼はアルにたくさんのものをくれた。
 アルはそれに応えなければならないし、何よりもアル自身が応えることを望んでいる。
 だからこその決断だった。
「ふうん……」
 そこまで聞いて、ルアは興味深げにアルを見詰め、そして笑った。
「いいよ。アルのためだもんね」
「そうか……ありがとう、ルア」
「ううん。じゃあねぇ、アル、お願いがあるんだ」
「ん? 何だ?」
 無邪気な笑みがルアの口元を彩る。
「愛憎を、愛欲を、情念を理解したいなら、僕を殺して」
「そうか、判っ――……なっ!?」
 半身から唐突に突きつけられる、最後の選択。
 アルは何のことなのか理解出来ず、思わず硬直した。
「ど、ういう、ことだ……」
 自失しかけたのを何とか踏み止まり、掠れた声で問い返す。
 ルアはにっこりと笑った。
「僕がアルの願いを叶えてあげる。その代わりに、僕の願いも叶えて」
「お前の、願い……?」
「僕の願いは、アルの中に還ること。アルとひとつになること。そうすれば、アルはアルが理解したいと思っていることを全部理解できるし、僕の願いも叶う。――ほら、一石二鳥ってやつだよ」
 ねえ? と可愛らしく小首を傾げられても、すぐに頷けるものではない。
 この銀幕市で、ルアとして、一個の存在として生きているのに、ルアはアルの中に溶けたいと――それは即ち、ルアがアルの中に戻ること、ふたりがひとつになることに他ならないのだが――言うのだ。
 しかし、ルアの言葉から偽りは感じられなかった。
 そうすることでしか、アルは先へ進めないのだという事実にも、気づいていた。
 自分のためにルアを殺す。
 己が欲望のために他者を犠牲にする。
 その罪深さに、魂が慄く。
 アルは、たっぷり一時間沈黙し、自己と向き合った。
 向き合うことを余儀なくされた。
 ルアはそれを、無邪気に、楽しげに見詰めていた。
「……お前は、それで、いいのか」
 ややあって、搾り出すように言葉を紡ぐ。
 そう……本当は、悩むことすら許されないのだ。
 アルの心が、もう、たったひとつを選んでしまったと言うのならば。
「ん?」
「ルアはルアだ。僕は、お前を、僕の一部というよりは、ルアという一個の存在だと思っている。それなのに……いいのか。僕に吸収されて消えてしまうだけで、ルアは幸せだと?」
 アルにとってルアは、目を逸らしたい心の闇だった。
 彼が実体化した直後は、消えて欲しい、消してしまいたいと思っていたが、銀幕市での穏やかな日々を経て、アルは、ルアにも、自身の幸せや願いを見つけて欲しいと思うようになっていた。
 だからこそのアルの言葉だったが、
「……うん」
 ルアは、驚くほど無邪気で、嬉しそうな笑顔を浮かべて、それを肯定した。
「おとーさんも、おじーちゃんも、お兄ちゃんも、皆大好き。可愛がってもらえて、甘やかしてもらえて、幸せだったよ。――だけど、僕は、アルに還りたい。僕の意味は、そこにしかないんだから」
 アルはその笑顔を、生涯忘れることはないだろう。
 それは、黒々といびつな願いに裏打ちされながらも、無垢だった。
「……そう、か……」
 自分の願いを叶えるため、自分の欲望の……自身の存続や在り方のために、何かを犠牲にするということ。
 それはすべての生命が辿る摂理で、逃れようのない原罪だ。
 ――アルは、ルアを抱き締めた。
 ルアは至福めいた溜め息をつき、アルの華奢な腕の中に収まる。
「……」
 ほんの一瞬、何かを堪えるように瞑目したあと、アルは、無言でルアの首筋に牙を突き立てた。
 腕に中で、ルアが、わずかに震えた。
「ああ……」
 安堵と歓喜と充足の含まれた、ルアの呼気。
 腕の中で、ルアが希薄になる。
 存在としての重み、ぬくもりが、薄れていく。
「……」
 己が願いのためにルアを犠牲にする。
 ――それでも、もう、後戻りは出来ない。
 アルは選択してしまった。
 彼と生きる道を。
 だから、覚悟を決める。
 自分のために他人を犠牲にする、その原罪の深さを思いつつ、迷わない。
「ただいま、アル」
 ルアが無邪気に微笑み、そう、呟いた次の瞬間、ルアは、あっけないほど光の欠片になって消え、その光はすべて、アルの中に吸収されていった。
 それがルアの『死』でないことは、そこにプレミアフィルムが残らなかったことを見れば明白だ。ルアは、今、アルの中で生きている。アルの中で、アルの一部となって。
 そして、
(ああ、そうか……)
 アルの中に、足りなかったパーツが戻って来る。
 それで、ようやくすべてが、アルの中で、動き出した。
 かちり、かちりと、すべての歯車が噛み合い、ゆっくりと回り始める、そんな幻想を脳裏に思い描く。
(僕は、ルイスは、――そして、愛することとは)
 ほろり、と涙が零れた。
 歓びのためか、哀しみのためか、それ以外の感情ゆえなのかは、アルにも判らなかった。彼の中のルアが、流させたものなのかもしれない。
 開かれたその双眸は、すでに、黄金へと変化している。
「……おかえり、ルア」
 小さく呟き、アルは空を見上げた。
 青々と高く澄んだ空に、愛しい人の姿を見る。
 彼は、心配しているだろう、きっと。
 アルの帰りを待っているだろう。
「今戻ります……シャノン」
 もう、迷わない。
 振り返らない。
 罪を抱き締め、思いを抱き締め、アルは生きていく。
 愛する歓びを理解し、愛を返せる己を喜びながら。

 ――風のような速さで、一直線に恋人の元へ向かうアルの視界に、まるでそれを待っていたかのように佇む、背の高い人影と、眩しいほどの金の髪が映った……ような、気がした。
 愛しさと幸せのあまり、無邪気な笑みが、こぼれる。










「ただいま、アル。寂しかったよ……怖かったよ。だけど、もう、ずっと一緒だ。ずっとずーっと、一緒だからね」
「ああ……お帰り、ルア。寂しい思いをさせて、すまなかった。だが……もう、離さない。僕は、お前とともに、生きていこう。吸血鬼として、始祖として、すべてを受け入れて」
「うん、アル。アルがいてくれるなら、僕はもう、何も要らないよ。ああ、嬉しいな、なんて幸せなんだろう」
「ああ……そうだな、ルア。ようやくひとつになれた……ようやく、すべてが、動き出した」
「うん、うん。アル……僕の光、僕の心臓、僕の渇望。もう離さないで、ずっと一緒だよ。ずっと、ずっと、ずうーっと」

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
コラボシナリオに関連するプライベートノベル、【崩壊狂詩曲・異聞】をお届けさせていただきます。

アルさんの、愛しい方への思いを軸に、おふたりのこれまでの関係と別れ、再生、新しい始まりを描かせていただきました。

不器用で可愛らしいアルさんが、ルアさんとひとつになることで、これからどう変わってゆかれるのか、想い人や相棒氏、ご家族の皆さんとの関係の変化・進展と同じく、静かに見守らせていただきたく思います。

なお、同時公開の『白い祝福』と合わせてご覧いただければ、更に楽しんでいただけるかと思います。

ともあれ、楽しんでいただければ幸いです。

なお、今回も細々と捏造させていただいております。口調や行動などでおかしな部分がございましたら、可能な範囲で訂正させていただきますのでご一報くださいませ。


それでは、素敵なオファーをどうもありがとうございました。
また、機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-12-25(木) 00:00
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