★ 一年遅れの ムリョク ★
<オープニング>

 太陽が顔を出したばかりの早朝は、夏といえども肌寒い。歩いているのは犬の散歩の人や、ラジカセを持った大人がちらほらと。そんな人達とすれ違うたび、おはようございます、と挨拶だけ交わして動いている一人の女性がいた。
 彼女は太いタイヤのついた椅子で動いている。一般的な車椅子よりゴツく、タイヤが四つもついた電動車椅子だ。微かにエンジン音が聞こえている。
 「そっか、夏休みだっけ。アサミは知ってる? 夏休み」
 膝の上でのんびりとしていたバッキーにそう声をかけるが、バッキーはきょとんとしている。真っ黒なはずのバッキーは、その小さな身体にぴったりなウェスタン調の靴と洋服を着ていた。落ちそうな帽子はベストに結ばれているようだ。
 「学校に行ってる子供達のお休み。早く出てきて正解だったね。お昼近くなったら海にも人が沢山来るだろうし。最近は、人も増えたから……」
 前を真っ直ぐ見ながら話すが、右手はしっかりとレバーを握っていた。道を進んで行くと、潮の香りと共に波の音が聞こえてくる。
 「ほら、アサミ。星砂海岸についたよ」
 穏やかな波が砂浜を濡らしてはひいていく。彼女はレバーをゆっくりと動かしながら砂浜の中程で止まった。彼女が何をするのかわかっているのか、バッキーはちょこちょこと動いて左側の肘掛けに移動すると、彼女は右側の肘掛けに取り付けられていたポケットから長い棒を取り出した。
 くるくると回し、長さを調節した棒の先には手がついていた。手元にはグリップ。玩具よりは頑丈なマジックハンドだ。使い慣れているのか、彼女はその場から動かないまま器用に手を使い、砂浜から貝殻を拾い始めた。
 手の動きを追って見ていたバッキーが、ぴょこんと砂浜に飛び降りた。
 「あらあら、どうしたの? 手伝ってくれるの?」
 手伝いがしたかったのか、それとも面白そうだったからなのか。バッキーは初めて歩く砂浜に足を取られて転びながらも貝殻を探し、帽子の中に集めていく。


 
 それから2時間程、気が付くと最初にいた場所よりかなり移動していた。バッキーが夢中になって貝殻を拾うので少しずつ移動はしていたが、このままではプライベートビーチに入ってしまいそうだ。
 「アサミ、そろそろ帰ろう? 砂だらけになっちゃねぇ。あら?」
 バッキーが拾い集めた貝殻を膝の上に広げると、金色に輝くコインが混ざっていた。誰かの落とし物か、と思った彼女が廻りを見回すと、いつの間にか浜辺に大きな船が一隻あった。
 見上げるほど大きな真黒の船は一カ所だけ、砂浜に向かって板が続いていた。他の入り口らしいものもなく、甲板は高すぎる。黒一色でありながら美しいと感じるその帆船は、大量の砲台すら豪華な装飾の一部だった。
 「まぁ、なんて見事な帆船……まるでソブリン・オブ・ザ・シーズみたい。こんなに大きな物を用意するなんて、大掛かりな撮影でもあるのかしら。ね、アサミ。行ってみようか。撮影だったら、お仕事もらえるかも」
 バッキーはコインが気にいったらしく、両手でしっかりと掴んだまま彼女を見た。そんなバッキーが転がり落ちないように座らせ直して、彼女は船の入り口で大きな声を上げた。
 「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー? お邪魔しまーす」
 返事は無かった。が、これだけ大きなセットなら奥に居て聞こえないのだろうと考えた彼女は中に入ってしまった。後ろで声をかける人物には気付かずに。
 振り返っても、誰も見あたらなかったので、気のせいだと思ったのだ。


 
 「た、たいへんですへんしゅうちょう〜〜!!」
 ぜはぜはと肩で息をしながら編集部に戻ってきた七瀬は、扉に寄り掛かったまま中にははいれなかった。
 「遅い!お前がのんびりしてる間に写真も元の映画の特定も終わったぞ!今までドコで何してた!!」
 「そ、その船の、件で、海岸にぃ〜」
 デスクの周りで数人が同じ書類を見ていた。写真には真っ赤な太陽を船尾につけたあの帆船が映っていた。
 「まったく……何情けない声だしてんだ。お前の撮った写真な、拡大したら船だったが、どうも「謳を奪われた吟遊詩人」って映画の海賊船らしい。船だけならまだいいかもしれんが、中にムービースターが居たら大変なことになりそうだ。それで……」
 編集長の話を聞いた七瀬は顔をどんどん青くし、ばたばたと慌て出した。落ち着かせようと貰った水すら、むせて咳き込んでいる。
 何してんだ、と誰もが溜息をついた時、悲鳴にもちかい叫び声で七瀬が言った。
 「その船に、人がはいっていきましたぁぁぁぁ!!」
 「もっと早く言え!誰か!至急依頼を出せ!」



 真黒の帆船は甲板も真っ黒だった。どこもかしこも綺麗に掃除がされているのに、誰にも会わなかった。初めて会ったのは、人かどうかわからなかった。
 船よりも黒い影は自分が居る甲板より一段高い場所に、船と同じように気が付いたらそこにいた。面というには装飾がついて大きい。何と言っただろうか、何処かの国の神話で聞いた鳥の神様みたいだが、羽根と思われる部分は、どうも魚の鱗のような気もする。後頭部は布があるだけで、兜というにはその用途が満たされてない気がする。
 「――――この船に、何か用か」
 声は、何故かハッキリと聞こえた。まるですぐ傍で話をしているように。スピーカーでもあるのかと、周りを見ても何もない。それよりも……今はまだお昼前で、太陽はまだ、頭上で白く輝いているのに……。 
 闇の後ろにも、真っ赤な太陽が見えた。

種別名シナリオ 管理番号181
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントはじめまして、桐原千尋です。

OPからして長いですが、中身も結構複雑です。

目的は海賊船に乗っちゃった女性の発見、救出です。
他は深読みしても良いですし、気にしなくても大丈夫です。
全ては皆様のプレイング次第で、ガラっと中身がかわりそうです。

もう少し詳しい情報が必要でしたら、ブログを見ていただけると、ありがたいです。

皆様のご参加、お待ちしております。

参加者
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
<ノベル>

 毎日が暑い。夏だからと言えばそれまでだが、それでも暑いものはあつい。流石にコートは置いてくるべきだったか、といつも通り仕事をサボってきた来栖香介は呟いた。
 立ち止まればどっと汗が噴き出しそうだ。仕事をサボられた彼のマネージャーや関係者は今頃違う汗をかいているだろうが。
 細身の身体に黒い洋服を身につけ、銀色のアクセサリーはぎらぎらと輝く太陽の光を反射していつも以上にその存在をアピールしている。
 後ろで括った黒い長髪と黒いコートの裾をはためかせ、無言で歩き続ける彼の姿は、端から見れば涼しげに歩いているようにも見え、また一つムービースター疑惑を産んでいたが、当の本人には良い迷惑である。
「さ……て。浜辺ったって、どの辺りにあるんだろうなぁ……」
 いつもの喫茶店か映画でも見にいくか、と町中をふらふらしていた彼の耳に「浜辺に得体のしれない船がある」という話しが飛び込んできたのは小一時間ほど前の事。なんでも船自体は数日前から沖で漂っていたらしいのだが、現れたり消えたりと存在が不安定だったため対策課も未だ動いてないらしい。
 らしい、というのは話しているのを聞いただけで、対策課の動きも早くなってきている今ではもう依頼として誰かが動き出しているかもしれないな、と彼は思ったのだ。
―ちょっとだけ見に行ってみるか―
 多少の危険なら自分でなんとかできてしまう彼は――だからこそムービースター疑惑が消えないのだが――噂のせいか夏の浜辺らしくない、人影の無い浜辺を見渡す。
 噂の船はすぐに見つかった。不自然に傾き影を創っている船に近づくと、その大きさと装飾に溜息を零した。
「こんだけでかかったら噂にもなるわな…。この船、『ソブリン・オブ・ザ・シーズ』…? じゃねぇな。なんだったっけ……ん〜。見た覚えはあるんだが」
 傍に寄ればその巨大な帆船が創った影に飲み込まれ、気持ち涼しく感じる。彼が見上げていると足下で鼻息を荒くした彼のバッキー、ルシフが帆船に突っ込んで行こうとするので、手でがしっと砂に埋めるように押さえつける。それでもルシフは邪魔するな、と言いたそうにばたばたと砂を巻き上げている。
―ルシフがやる気になってるってことは、ムービースターがいるんだろうが……さぁて、この船が、か、それとも他にもいるのか、何にせよ―
 良い暇つぶしになりそうだ、と楽しそうに唇を歪めた彼は、手足をせわしなく動かし続ける相棒をつまみ上げながら、船の中へと入っていった。


「こりゃすげぇ、オーケストラでもするきか? この船の持ち主は」
 彼が船の内部に入ると次から次へと罠が作動した。矢が飛んできた壁は叩いてみると薄っぺらい音しかしなかったり、足下がぽっかりと開いた落とし穴は覗いてみると海が見えたりと、船の構造をまるっきり無視したものばかりだった。
 罠が作動する時に発せられる軋んだ音を彼の耳は逃さず聞き取り、どの罠も彼には通用しなかった。ただ、面倒くさいのは違いなく、廊下を歩いているからか、と手近な部屋に入ってみた所、大量の楽器に出迎えられたのだ。
 「木管、金管の管楽器に弦、鍵盤と打楽器と。何でもあるんじゃねぇか? ここ。しかも馬頭琴と胡弓って……どっかに尺八とか三味線とかありそうだな」
 部屋は楽器が置いてあるのに狭いと感じない。それくらい広く、壁にも額に入った楽器も飾られている。額に入った楽器は殆どがフルートで、どれも大粒の宝石がごてごてと付けられていた。
「こりゃ、完璧に観賞用だろうなぁ。趣味ワリィ……」
 その下には大きさの違うヴァイオリンがいくつか並べられているのだが、こちらは楽器として使われているようだった。綺麗な弦とは裏腹によく指が接する場所は色が抜けているが、全体の艶に差はない。
「バロックとモダンを一緒に置いてるってのは、違いを知ってるのか…。古いなぁ……いい音出すんだろうなぁ。ん?」
 ふと目に入った珍しい楽器、本来なら教会や大きなコンサートホールに置かれているはずのパイプオルガンを見つけた彼は手を延ばし、普通なら音を出すことすら出来なさそうな楽器を難無く弾きだした。が、適当に何音か音を出すと不満そうに首を傾げる。
「さすがに、小型のだと物足りねぇ……」
 楽器達を見回していると、ルシフが入ってきたのとはまた別の扉に体当たりをしていた。まだ他にも楽器があるんだろうか、と思った彼は扉を開けてからぽかん、と口を開けて呆けた。
「…なんで隣りにこんな部屋?」
 ある意味、先程の楽器達と同じく様々な物が置いてあるのだが、だからといって、楽器の隣りに武器というのはどう考えても変だろう。こちらも歴史を感じさせる武器ばかりで、どれも大切に手入れされているのがわかる。何よりも彼が気に入ったのは、使われている感じがすることだった。
「武器に観賞用は無し、ね。流石に明熾星以上のはなさそうだが……こんな部屋が俺も欲しいぜ」
 槍や斧も長さや大きさが様々なら、知り合いが好きそうな鈍器や使い方の解らない古い銃まである。さっきの楽器の部屋は一日潰せそうだと思ったが、この武器庫なら同じ趣味の知り合いを連れてきたら何日でもいれそうだ。
 そんな事を考えながら目の前に並べられているナイフ―自分が一番使い慣れている武器―を一つ手に取った。ナイフの使い手は自分と似た体躯なのか、大きさといい重さといい、とても手に馴染んでくる。何本か試していると、またルシフが興奮しだした。いい加減にしろと言うよりも先に、先程自分が入ってきた扉が開きだし、ルシフが飛びかかろうとしていた。
―ったく、これだから本当にバッキーかって言われんだよ―
 ルシフが飛びかかるよりも先に、来栖は持っていたナイフを開き続ける扉に投げつけた。



 車で来れば良かった、とシャノン・ヴォルムスは後悔していた。今日も暑くなりそうだと思い、ジャケットは置いてきたものの、彼の着ている黒い洋服は容赦なく太陽の恩恵である熱を吸収する。歩けば重い音がするブーツは仕込んでいる鉛のせいで熱を持ち、他にも色々と仕込んでいる物もブーツと同じように熱くなっている。後ろで一つに纏められている長く伸ばした髪は普段よりも輝いて見えるが、緑色の瞳は少々陰っているようだ。
 太陽の光にも負けないヴァンパイアハンターといえど、慣れない気候には負け気味なのか、いつもより多めに開けているシャツの前から覗く胸元のネックレスと右腕にあるブレスレットはコンクリートの照り返しできらきらと、真っ直ぐな光をあちらこちらに飛ばし続けていた。 
「…涼しかった建物から出ると尚更暑い気がするな」
 海賊船に女性が入ってしまったから救出して欲しいと依頼を受け――朝が苦手な彼にしては早起きだった時間なのだが――色々と話しを聞いている間にすっかり太陽が一番元気な時間になってしまっていた。
「…海賊船か。砂浜には金貨らしき物もあったそうだし色々持ち帰りたいところだな。記念に…な。」
 砂浜にどんと居座る帆船を見ながら呟く。聞いていた場所から動いていなかったその船に違和感を感じるのだ。
 何かが、違った。場所は動いていないが、何か…
「……写真で見たときは、あんなもの付いてなかったと思うんだが」
 漆黒の船尾――そこに無かったはずの紅い物が付いていた。


「…失敗したか? これでは罠がどんな物だったのか解らないな……それに、下の階層に行く階段もないというのが気になるが」
 船内に入ってからは外の熱さがウソのように涼しく、静かなものだった。色々と物色、もとい探索をするまえに女性をみつけようとしたのだが、「合い言葉」を言ったせいか罠どころか廊下のランプが灯され、道を示されている。
―歓迎してくれるのはありがたいのだが、これでは斉藤美夜子を見つけるより先に船の関係者に会ってしまいそうだな―
 階層を一周し、途中部屋も開けてもみたが誰もおらず、なのに埃一つない船内は異様としか言いようがない。しかたなくランプが示す道を進み、今までとは少し違う扉を開けてみると、今度は楽器に出迎えられた。
「ここが娯楽室、か」
 絨毯の敷き詰められた部屋には大小様々なピアノとアルトサックスが一つ置かれていた。ぐるりと部屋を見渡してから一番目を惹かれたグランドピアノに近寄ると、鍵盤蓋をあけ、屋根を突き上げ棒で支えてから鍵盤を一つ押す。ハンマーが押し上げられ弦を叩き、ぽーん、と控えめな音がした。
「……ちゃんと調律されてるのか」
 誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた言葉はピアノの音と共に壁に吸い込まれていった。
 ふいに、外から船を見たときと同じような違和感を感じた。気が付けば廊下とは反対方向の扉がある。資料として見た娯楽室は廊下以外に扉は無かったはず。そして、先程見渡した時にも見ていない。
―来いというのなら、行こうではないか―
 扉を開けると、隙間から鈍い光が見えた 



 カッ と扉にナイフが刺さると同時にシャノンは銃を構え、来栖は新しいナイフを投げようとしていた。
「なんだ、シャノンさんか」
「おや? くるたんじゃないか」
 どちらもお互いを認識すると武器をしまう。くるたん言うな!と叫んでいる来栖をほったらかし、シャノンは自分に突撃してくる来栖の相棒、ルシフを静かに避けた。
「おかしいな。娯楽室の隣りに武器庫とは…」
「まぁ、普通じゃないよな。何、仕事? 何かあったのか? この船」
「まだ調査前の船なんだが、ムービーファンの女性が一人、入ってしまったらしくてな。その救出なんだが、見なかったか?」
「いや? オレもちょっと前に来たけど誰にも会ってないぜ?」
 そうか、と言いながらシャノンは武器庫を見回す。すごい数だな、と感嘆し、二人揃って武器を手に取りその感触を確かめたり軽く降ってみたりし始めた。
「で? くるたんは何でここにいるんだ? 依頼は俺しか受けてないはずだが」
「だからくるたん言うな! 普通に! …砂浜に変な船があるって聞いたから見に来ただけだ」
 手に持った長槍を弄びながら聞いていたシャノンは、では付き合え、と言い出した。ルシフが突進してくるのを避けながらどうせ他も見るんだろう? とも付け足して。
「ん〜。まぁ、いっけどさ。ルシフ、いい加減にしとけ」
「では行こうか。早いとこ見つけてしまおう」
 シャノンを狙い続けるルシフを捕まえると、扉が開いたままの娯楽室が見え、来栖は不思議そうな顔をした。先程見た楽器が殆ど無く、部屋も狭い。
 身体半分、娯楽室への扉を潜らせると一瞬だけぐにゃりと部屋が歪で見えた。瞬きをした後には来栖が見た「娯楽室」がそこにある。急に動かなくなった来栖を見てシャノンも娯楽室を覗くが、彼もまた、動きを止めた。
「俺が見たときはピアノとサックスしかなかったが?」
「オレがみたのは、この部屋だぜ。どうなってんだこの船…まぁ、銀幕市らっしいっちゃぁ、らしいわな」
 説明しようのない事など日常茶飯事な二人は気を取り直し、部屋を後にした。
「で、噂を聞いただけということは、罠にかかったりしたのか?」
「あぁ、何か、矢が出てきたり落とし穴があったり、色々物理的に有り得ないもんが………のぁ!!」
 来栖が扉を潜ると頭上で音がして何かが落ちてきた。素早く明熾星を振り上げて切り裂いたのだが、真っ二つに割れたそれからばしゃっと水が降りかかってきた。廊下にはごわぁんごわぁんと虚しい音が響く。
「〜〜〜〜〜なんで! 金ダライ!? どこのコント!?」
 反応できた事が良いことだったのかどうか、頭にたんこぶはできなかったが、変わりに水を被った来栖を見て、シャノンは堪えきれずに大笑いした。ルシフが嘲笑っているように見えるのは来栖の気のせいではない、かもしれない。なんとも芸達者なバッキーだ。
「シャノンさんは罠に掛からないのかよ」
「人様のお宅に入るときは挨拶するもんだぞ。くるたん」
「だからくるたんってのは! …あいさつぅ?」
 はっと何かに気が付いた来栖は、ソブリン・オブ・ザ・シーズにそっくりな船、色は黒、入るときに挨拶、とぶつぶつと呟いている。
「あれ、何だっけ。あ〜〜イライラする。歌? えーと、謳う詩人、違うな。」
「ヒントでも出すか?」
「まった、もうちょい。んーーーー」
 単語をいくつか呟いた後、来栖は天井を見上げて「おじゃまします」と言った。するときしきしと壁や天井から音がしてから廊下のランプが一斉に灯された。すっきりした顔で歩き出す来栖の隣りをシャノンも歩き出す。
「そうか、この船「謳を奪われた吟遊詩人」の海賊船か。どうりで」
「知ってたのか?」
「まぁ、知ってると言えば、知ってる。海賊物の映画が流行ったからネットで色んな海賊映画が流れたんだよ。そん時にあらすじとかいろいろ見たんだけど」
「映画自体は見なかった、と」
 歩きながら 見たんだけどさ、となんともいえない顔をした来栖が言葉を続けた。
「興味もあったし、写真で見たら古い割にセットは豪華だったし、最初の歌とか曲も良かったんだけど…」
「……ど?」
「途中でダレた。曲もあんま使われなくてさ、フランス映画みたいな、日常的な風の音とかそういったものばっかりでBGMって音が無くて、話しは吹っ飛びすぎてわかんねぇし、見たけど、見てないってとこか?」
「それは見てないのと一緒じゃないか?」
 かもな、と笑いながら言う来栖と、半ば呆れて返答したシャノンの足が同時に止まった。階段が見えたのだが、何故かその前を塞ぐように真っ赤な太いものが階段を半壊させ遮っていた。
 船の壁が外から突き破られており、欠片が廊下に散らばっている。隙間から漏れている光でぬらぬらと鈍い光を反射させているソレは微かに動いていた。
「…この船に紅い装飾品はついていたか? くるたん」
「いや、闇と同化するくらい真っ黒だったぜ。それ以前に動く装飾ってどんなのさ。 てかさぁ! その当たり前のようにオレの事くるたん言うの止めない!? ねぇ!」
「委員長の俺が呼ばずしてどうする」
「だから! 何の活動!? それ!」
「さて、上に行くか。外からもこの紅いのは見えたから甲板にでれば全貌が見えるだろう」
 必死の来栖の言葉も委員長には焼け石に水か、まったく聞き入れて貰えない来栖は呻き声を漏らしながら邪魔な紅い物体を切り裂いた。
「八つ当たりはよくな…… 来栖。今、何をした?」
「人の話を聞かないシャノンさんが悪い! って、ただ切っただけ…… どうなってんだ」
 縦一閃、切り裂いたはずの紅い物体は、大きさこそ多少小さくなっているものの切り口から同じモノが伸びていた。二つに増えて。
 外から中へ。切り口から伸びた二つの物体は船内の壁をばきばきと壊しながら中へ中へと伸びていった。切り分けられ残された方はといえば、ルシフがあんぐりと口を開けて喰おうとしていた。
「こんな意味わかんねぇもん喰うな。…なぁ、シャノンさん。色々と聞きたい事もあるんだが…」
「今は先に人捜し、だな」
 顔を見合わせ頷きあった二人は、シャノンが階段に背を向けて立つと彼に向かって来栖が駆け寄っていく。来栖がシャノンの手に足をかけるとタイミング良く押し上げられ、来栖は崩れ落ちそうな階段に飛び上がった。来栖が上がったのを確認するとシャノンは軽く床を蹴り、階段の上に降り立つ。
 二人揃って階段を駆け上がった。




 雲一つない青空と白く輝く太陽、対照的な漆黒の船と真っ黒な二人の男。
 不思議なことに甲板に、外にでたというのに涼しさは変わらなかった。そして、ここまできて二人は気が付いた。傾いている筈の船が、真っ直ぐだったという事に。
「挨拶したら歓迎だわ構造が変化するわ変な船だけどさぁ、やっぱ、魔法でもかかってんのか? ならさっきのアレも魔法か何か使うって考えた方がいいってことじゃねぇの?」
「かもな。ま、俺達なら敵がなんであろうと遅れは取らん」
「確かに」
 甲板をぐるりと見渡すと甲板から続いている部屋とその上に舵、そして真っ赤な円が見えた。先程廊下で見たモノと一緒なのだろう。遠目から見ても船首には何も無さそうだ。
 気が付くとルシフが真っ直ぐに、甲板から続いている部屋の前にいた。扉が開いていたのか、真っ白なルシフが見えなくなると、二人は慌てて部屋に向かう。いくら「らしくない」とはいえバッキーである事に変わりはない。
 二人が少々乱暴に部屋の扉を開けると、かしゃんと陶器がぶつかる音がした。
 年代を感じるさせる艶を持った大きなテーブルは脚の彫り物もしっかりしており、同じデザインを模した椅子が綺麗に収まっている。廊下や他の部屋よりも飾られたランプ、天井には小型のシャンデリアが優しい光で部屋を明るくしており、キャビネットの上に並んでいる観賞用の皿や瓶がソファやカーテンに反射させた光を落としていた。
 中央の大きなテーブルには燭台が置かれ、果物や焼き菓子が並べられているのが見えた。他にも食器がいくつかある向こう側で女性が少し驚いた顔をしてから、にっこりと笑い
「まぁ、こんにちは。海賊さんのお友達?」
 と、挨拶をしてきた。その手元では白と黒、二匹のバッキーが大きなリンゴにかじりついている。お茶やパンの良い香りが鼻を擽る中、女性はティーカップを受け皿に置く。先程の音は急に開いた扉にびっくりしてカップをぶつけてしまった音のようだ。
 扉を開けたら探し人はお茶してました。そしてルシフはちゃっかりおやつ食べてました、とは想像していなかった二人は少し遅れてから首を横に振った。
「…何やってんだ?」
「海賊さんが戻るのを待っているのですが……あ、中に入りませんか?今、海賊さんがタコさんに水を掛けに行ってるので……」
 言ってる途中で二人の頭上から水が落ちてきた。来栖は本日二度目になるが、今度は二人そろってずぶ濡れだ。彼女の言っていた水とは海水だったらしく、二人とも磯臭い水にまみれた。
「濡れますよ、って言いたかったんですけど、遅かったですねぇ」
「……もうちょっと早く言って欲しかった。斉藤美夜子さん、だな? 迎えに来たんだが……」
「ぜんっぜん迎えが必要な状況じゃないと思うぞ。オレは」
 ぽたぽたと長い髪から雫を落としながら、二人は長い髪を留めていたゴムを取り、髪の毛を絞って海水を拭う。足下に水滴を垂らしていると、二人の背後にゆっくりと降りてくる影があった。床に接する前にぴたりと動きがとまった影は微動だにせずそこに佇んでいる。
「…ようこそ、海賊船…ファントム・アメシストへ。歓迎しよう。クルス・キョウスケ、シャノン・ヴォルムス」
「…そりゃどーも。あんたが海賊さんだな」
 大きな仮面、とでも呼ぶべきか。不思議な面をつけた影はどこから声が出ているのか来栖にもわからなかった。直接頭に響いてるのとも違うが、耳には聞こえる。少々奇妙な音に来栖は少なからず興味を持ったようだ。
 足音もさせず、すぅっと二人の間を通り抜け部屋の中に移動した海賊は振り返り、二人を中へと誘っているようだ。面がなければ振り返った事もわからない影は、浮いたまま移動しているようだ。
「海水をかけてしまった詫びだ。着替えを貸そう。必要であればシャワーも使え。話はそれからでも遅くないだろう」
「貴様の前で丸腰になれ、と?」
「必要なら武器の類は持っていれば良い。それとも……既に解っている事を私の口から事細かに説明が必要か? シャノン・ヴォルムス」  
 静かに対峙していた黒衣の三人の向こうでは、バッキーと遊んでいる物凄く場違いな女性が見えた。


 

 本来ならありえないのだろうが、ベタベタと身体にまとわりつく海水の気持ち悪さもあり、来栖とシャノンはシャワーを借り、着替えた。敵かどうかわからない、しかも海賊船の中でする行動とは思えないが、本人も言っていたように魔法らしきものが使える相手が、二人が侵入してきたのを知っていながら何もしてこなかった事、そして救出対象であった女性が思いっ切りくつろいでいたので気を削がれたのもある。
 上質で手触りの良いシャツは持ち主のセンスなのか時代の違いなのか、ギャザーやタックでふんわりとしている。レースやフリルが無いのが幸いだと思うべきか。ズボンにいたってはファスナーが無く、ほぼ筒状の物をベルト代わりの共布で締め付け、ウエストに縛り付けている状態だ。
 武器の類はもちろんだが、二人とも大事なネックレスは付けたまま、シャノンは右腕のブレスレットも外していない。二人が選んだのもやはり黒い洋服だった。
「シャノンさん、コスプレみてぇ」
「同じような服着てるだろ。くるたん」
 叫ぶ来栖を楽しそうに見ながら、シャノンが扉を開けると部屋には海賊しか見あたらず、テーブルの傍で佇み、置かれている本を眺めていた。向かい側には先程女性が飲んでいたカップが、その間にはバッキーが食い散らかした果物がそのままほったらかしにされている。
「なぁ、あんた何で俺達の名前わかったんだ? さっきの様子だとあの人は知らないっぽかったぜ?」
 面が二人の方に向けられると、テーブルの上に置かれていた本がふわりと浮き上がり、二人の手元に移動してきた。『ムービースターの背景を知ろう:世界観総まとめガイドブックその11』と書かれたその本は黄色い電話帳並に分厚く大きい。開かれているページはシャノンの事が、そして番外編小冊子としてムービースター疑惑の来栖が写真付きで紹介されていた。
「おや、対策課に置いてあるあの本か。この分厚いのを持ち歩く人がいるんだな…この本、大事なことが書かれていないじゃないか」
 そう言って傍にあった羽根ペンで来栖のページにくるたんと書き足す。ぎゃーーと叫んだ来栖が書かれたばかりの文字を擦ってなんとか見えなくしようとしている。一仕事終えたような顔をしたシャノンは、脱いだ洋服を入れた籠がこの部屋にも無い事を確認する。
「おい、俺達の洋服が見あたらないんだが」
「……ミヤコが持っていった」
「ミヤコ? あぁ、さっきの……それより、オレ達が海水ぶっかけられたのはなんでだよ」
 既に読めなくなっている字をまだ擦っている来栖がそう聞くと面が部屋の奥、船尾の方に向けられた。
「…船尾にタコがしがみついてる。ミヤコに乾燥したら死んでしまうから水を掛けてやれ、と言われたので、な」
「あの真っ赤なのはタコの触手か。甲板から見えたのは頭か? 随分大きいな。貴様のペット…ではなさそうだな。魔法が使えるようだが、殺すなり剥がすなりしないのか?」
「……今の所、大きな事はしたくない。まだ感覚が掴めていないのか不安定だ。剥がしたいのだが足を切ると倍に増え、さらに酷くなっていく。これ以上壊されないよう船を止めに来たのが、今朝方だ」 
そして今に至るらしい。どうして足が急速に再生し、増えるのかはわからないという。大体の事情がわかったものの、さてどうしたものか、とシャノンが呟くとミィィィィと機械音を鳴らして彼女が戻ってきた。
「あら、お二人とも戻られていたんですね。お洋服でしたら良いお天気ですからすぐ乾くと思いますよ。」
 にこやかにそういう彼女の後ろ、開けられた扉の向こうでは甲板のマストから伸びた紐にシャノンと来栖の洋服が干されていた。
「って! あれオレの服!」
「はい。あのままだとごわごわになっちゃいますから簡単に洗って干してきました。あ、アクセサリーはこれから拭きますから大丈夫ですよ。銀はすぐ錆びちゃいますからねぇ。」
「いやいやいや! そうじゃなくて! パンツもあっただろ!?」
 慌てる来栖をよそに、斉藤はきょとんとした顔でありましたけど?と言う。もう何と言えばいいのかわからない来栖が口を金魚のようにぱくぱくさせていると、彼女はぱむっと手を叩き笑顔で
「あぁ!コートはクリーニングに出し直すか、ワックスつけないといけませんけど」 
 と、まったく違う事を言いだした。どうやら勝手に洗濯したので洋服の事を気にしたのかと思ったらしい。来栖はそっちを気にしてるわけではないのだが。
「俺は、斉藤さんを対策課に連れて行ければそれでいいんだが……」
 シャノンが溜息混じりにそう呟くと斉藤はまたきょとんとしている。どうやらまた最初から説明が必要な感じだった。



「なぁんでこうなるかなぁ……」
「乗りかかった船、だからだろう? 海賊船だしな」
「上手いこと言ったつもりかよ……」
 甲板で椅子に座り、コンサートハープを抱えてぼやく来栖の横ではシャノンが銃の弾丸を確かめていた。
 事の中心にいながら、何一つ理解してなかった女性、斉藤美夜子はシャノンが対策課の依頼を受けて自分を助けに来た、と聞いて驚いた。彼女にとって、銀幕市で日常的にジャーナルを飾っている事件や対策課との関わりなど自分には遠く、関係のない事だと思っていたのだ。
 そして、どこをどう考えればそうなるのか、彼女はシャノンと来栖にタコを助けて欲しいと言い出したのだ。大きいから困るのであれば、小さくしてしまえば普通のタコでしょう? と。
 具体的にどうするのか、と来栖が聞くと彼女は海賊の魔法と、二人の技量があれば大丈夫だと笑顔で言い切ったのだ。
「直接使えないなら俺達が間接的に使えばいい、ねぇ。よく思いつくよな。あの人」
 抱えているコンサートハープの弦ぴんと弾いて来栖は呟く。このハープには先程海賊が音色に睡眠効果がでるよう魔法をかけたものだ。
「確かに。あの口振りからすると俺の銃の特徴も掴んでいるようだ。それにしても、よく引き受けたな」
「ん? あぁ、滅多に弾ける楽器じゃねぇしな。」
 来栖が7本のペダルを順番に踏み弦の音程を確認し出したので、シャノンは船首の方で海賊に話しかけている斉藤の姿を見ていた。手を延ばしあちこちを指差しながら話しているのは場所や範囲の相談でもしているのだろう。一通り話し終えたのか、二人は来栖とシャノンの方に戻ってきた。
「お待たせしました。では、宜しくお願いしますね」
「っと、そういやルシフどこだ?」
 来栖が辺りを見回すと、海賊の面が斉藤の方に向けられた。シャノンと来栖が誘われるように目線を落とすと、二人揃って固まった。
「ありえねぇ……」
 彼女の太腿の上で白と黒のバッキーがぐーすか寝ている。
  


 
 
 
 ハープの優しい音色が響く中、シャノンはマストの上に立っていた。ばさばさとズボンやシャツが風に煽られる中でも、傍に浮いている海賊は微動だにしない。
「聞いても良いか。海賊」
 面がシャノンの方を向くが、彼は目標であるタコの頭を見据えている。動きが停止する気配は未だない。
「何故、彼女の提案に乗った? 貴様ならあんな化け物くらいどうとでもなっただろう」
 暫くハープと風の音しかしなかった。
 


「なぁ、あんた。あの映画みたのか?」
 ペダルを踏み変え、音程を操作しながら有名な子守歌を演奏している来栖は、後ろにいる斉藤に話しかけた。部屋が船尾に一番近いので、何かあったら面倒になるからだ。
「えぇ、見ましたよ。何回も」
「あの映画を? ある意味すげぇや。あんた」
 呆れた声を隠すことなく言う来栖に彼女はくすくすと笑っていた。彼女の手は二人のシルバーアクセサリーを綺麗にし続けている。
「知人はみんなそう言いますねぇ。…好きなんです。あの映画……歌も覚えてるんですよ最初の、ナクスィ〜って」
「あー。確かに、あの歌は面白かっ……」
 ぴたっと弦を弾く手を止め、来栖はじっとハープを見た。
―もしかして……―
 楽器にも相性がある。曲も歌もだ。
 来栖は椅子に座り直し、再度ペダルと音を確認すると深く息を吸い込んだ。

 

 音もなく、面がシャノンから真下の船へと向けられた。
「銀幕市とやら全てを敵にする理由が、私には無い」
「質問の答えになってないと思うが」
 今の答えは、彼女から銀幕市の事を聞いたからだ。シャノンが聞いているのは、彼女の言っていることを全て聞き入れているのは何故か、そして、彼女だけ名前で呼んでいる事も含めてだ。今日あったばかりの人間に信頼を寄せすぎている感じが、シャノンは腑に落ちなかったのだ。 
 海賊もその意味はわかっているのだろう。強い風が二人の間を突き抜けると、音色が一瞬止まった。
「ミヤコが、私の名を知っていた。それが全てだ」
「……だから、自己紹介は無し、か」
 二人の会話が途切れると、ハープ音と共に歌声が響きだした。その音色はマストの上にいるシャノンの耳にもはっきりと聞き取れる。風の音に負けることなく、それどころか徐々に大きく響きだした。

 naksipnarnarepinakoris naksipnarnarepinaknok
 naksipnarnarepinakoris naksipnarnarepinaknok

 海賊が半身前に出ると、シャノンの前に緑色の淡い光を放つ文様が浮き出た。
「その文様を撃ち抜け。引きずり出してくる」
「ここからでも撃ち抜けるぞ?」
「…これ以上船を壊されたくない」
 そう言うと影は遠く、日没の夕日のようなタコの頭に向かっていった。

 kotemaryumak yumakesepa
 katehekek katehekek katehekek
 nayeyateako

 それからは、あっという間だった。
 来栖が想像したように、楽器自体が海賊の映画と影響されていたようで、彼の映画で流れていた歌を歌った瞬間、タコは爆眠した。深い眠りについたタコは船にしがみつくこともなく、あっさりと海賊に引きずり出され、撃ちやすい標的を前にシャノンがミスをする事などありえない。
 何発か適当に打ち込み、小さくなれば終わり。相談した時間を含めてもタコに掛けた時間は2時間もないだろう。
 やっと全てが終わったと言える今になって、本物の夕日が水平線を紅く染めていた。



 

 シャノンと斉藤は市役所が閉まるギリギリの時間に対策課に訪れた。他の窓口は全てカーテンが閉まったり、本日は終了いたしました、とプラカードが置かれているにも関わらず対策課は今も
ばたばたと動いている。
「どうも、お騒がせしたようで申し訳ありませんでした」
斉藤は深々と頭を下げると植村は疲れた顔を精一杯笑顔にして対応した。彼は今日も残業決定らしい。
「ご無事でなによりです。では、今の所問題は無さそうですね。近い内にそのムービースターが登録に来てくれると良いのですが……」
「気が向いたら来るだろう。あぁ、船の修理で暫くあの場所には留まるそうだ」
 正直なところ、シャノンは暫く来ないと思っていた。海賊は国に追われる者で役所は国の直轄なのだ。難しいだろう。
「わかりました。また何かありましたら、宜しくお願いします。斉藤さんも、お気をつけてお帰り下さい」
 植村と別れ、市役所を出ると辺りは薄暗く、月が輝きだしていた。シャノンにも改めて礼を言う斉藤に送って行くかと聞いたが、ここまでくれば大丈夫だ、とやんわりと断られた。
「…では、これを」
 シャノンは懐から一枚の名刺を取りだし、斉藤に手渡した。名刺には携帯番号と社名なのか、ヴォルムス・セキュリティと書かれていた。
「また何かあったら連絡をくれ。それなりの金額はするがな」
「まぁ、それならPHSを買わないといけませんね」
 頭を下げてから帰る斉藤の背を見ながら、PHSってなんだ?とシャノンは心の中で呟いた。  




 見事な歌と演奏を披露した来栖は今も海賊船の中に残っていた。
 シャノンと共に手を貸した為海賊から礼を、と言われたのだが、欲しい物が出てこなかったのだ。シャノンは市役所に寄らねば行けなかったので、今度酒でも取りに来る、と言って斉藤と共に帰ってしまった。
 そして、来栖が思いついた事は……
「なぁ、試し切りできそうなもんねぇの?」
「先程のタコの足がそこらへんに転がってるぞ」
「いや、もうちょっとこう、動く物とか堅い物とか」
「あぁ、鍛錬用の部屋がある。」
「いいじゃんそれ。罠みたいに矢とかでてきたりすんのか?」
「一応。ついてこい」
「そういやなんで金ダライだったんだ」
「ミヤコが、怪我しないように、と」
「………………謎な人だぜ」
 これといった物欲が無かった来栖は、楽器と武器を好きなときに使わせてくれ、と言ったのだ。仕事はサボりがちだが、彼は音楽から離れることはできないタチだ。同時にここなら武器もあり、振り回す場所も困らない。
 一番の理由は、人目もなく見つからないという事かもしれない。

 
 ちなみに、小さくなったタコは宝石で飾られた壺の中で眠っている。
 

クリエイターコメントこんにちは、桐原千尋でございます。

書けば書くほど長々となってしまい、読むのが疲れそうですが、少しでも楽しんで頂けましたでしょうか。


ご参加くださった来栖さんシャノンさん、そして読んでくださってる皆様、ありがとうございます。
一カ所でも気に入って頂けるシーンがあると嬉しいです。


宜しければ感想など下さると今後の参考にさせていただきます。

また次のシナリオおでお会いできることを願って(礼)
公開日時2007-08-18(土) 08:10
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