★ ルキャド・タパージュ ★
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
管理番号645-3793 オファー日2008-07-07(月) 22:58
オファーPC レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ゲストPC1 ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
ゲストPC2 須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
ゲストPC3 須哉 久巳(cfty8877) エキストラ 女 36歳 師範
ゲストPC4 八重樫 聖稀(cwvf4721) ムービーファン 男 16歳 高校生
ゲストPC5 ユウレン(cxba6072) ムービースター 女 26歳 海賊
<ノベル>

 ■肉球にもいろいろあるんです

 銀幕市某所須哉邸
 比較的裕福な家庭が多く、大きな屋敷が建ち並ぶ住宅街。その中でも一際目立つ屋敷が須哉邸だ。広い敷地は塀に囲まれ、歴史を感じさせる大きな門、大きな屋敷とは別に離れもあり裏手にはガレージと鶏小屋、広い中庭には道場も建っている。
 塀をぶったぎって増築されたガレージが音を立てて開けられると中には沢山の工具と鶏の餌や藁、真っ赤なバイクがキーも挿しっぱなしで置いてある。レイドは羽織っていた上着を置くと藁や箒、ゴミ袋をごそごそと持ち出す。ガレージのそばにある鶏小屋は直射日光を遮るため防風林の影を利用して建てられ、一般家庭に置かれる物でも大きな部類に入る。遠くから楽しそうに遊んでいる声が聞こえる中、レイドは一人鶏小屋の掃除にとりかかった。
 わしわしと箱に埋まっている古い藁や汚れたジャーナルをゴミ袋に詰め込み、新しくジャーナルを底に敷いて藁を入れ直す。十個ほどの産卵箱の中身を入れ替えた後、両手いっぱいのゴミ袋を抱えたレイドは小屋の外にいる相棒に扉を開けてくれと声を掛けた。真っ黒い犬が鼻先で扉を開けると、てんこもりのゴミ袋をかかえたレイドが小屋から出てきた。
「やれやれ、どうして産卵箱ってのは地面に近い場所にあるんだ。腰が痛ぇぜ……」
 赤髪に眼帯の剣士レイドも今はゴミ袋が飛ばないように大剣を重石につかい、使い魔である黒犬ヴェルガンダに扉を開けて貰っている。その姿に何を思ったのか、ヴェルガンダは小さく溜息をついた。なんとなく言いたいことがわかるレイドは気まずそうに視線を逸らし、そそくさと箒を片手に鶏小屋の中に戻る。
「ったくここに来るたびに毎回毎回なんで俺が掃除なんか……腰、いてぇ。横になりてぇ。何時もはまだユウちゃんと寝てるのになんでこんな朝っぱらからお出掛けーとか。ルシファも遊びに行くんなら一人で行けば……いや、ダメだルシファは一人にできん。いや、本当に腰いてぇな……」
 どっかりと地面に座り込み腰を軽く叩いているレイドの前に一匹の鶏が寄ってきた。他の鶏に比べ鶏冠が極端に短く鋭い目つきをしており、右目付近には傷も付いている。見分けがつかない鶏の中でもこの鶏だけはレイドも名前を知っていた。
「よう寅吉郎。お前のお陰で掃除もしやすいぜ」
 レイドが小屋にはいってからずっと寅吉郎が他の鶏をぞろぞろと引き連れて移動してくれるお陰で掃除がやりやすかった。はじめてレイドが掃除の為に小屋に入った時、寅吉郎以外の鶏は敵だと思ったのか、鳴くわ飛ぶわ走り回るわで大変だったのだ。レイドに近寄った寅吉郎がコケっと一鳴きすると鶏はぴたりと動きをとめ、掃除の邪魔にならないようになのか隅っこに全ての鶏が移動してくれた。それ以来、レイドは掃除に来るたび寅吉郎に声を掛けるようになっている。主に、レイドの愚痴だが。
「あ〜。また温泉行きてぇなぁ。あの後しばらく腰の調子良かったんだよな。すぐ逢柝にタックルされて元通りだが。……そういえばあの時のルシファは楽しそうだったな。面倒な事に巻きこまれたが、遊んでくれる人がいるのは助かるっちゃぁ助かるもんだ。あの後も皆に会いに行くって言えば出かけて迷子になるし、海賊に会いに行くって海岸で迷子になったし……どうやったら星砂海岸にある船を見つけられないんだろうな。それもでかくて真っ黒な海賊船を」
 一通りレイドの愚痴を聞いた寅吉郎はかくかくと首を動かした後、一鳴きする。それが合図の用にレイドは溜息混じりに掃除するか、と立ち上がれば寅吉郎も鶏の群に戻り、また箒を掃く音だけが聞こえるようになる。纏めたゴミを袋に詰めたレイドは細かいゴミを外に掃き出す為ヴェルガンダを呼んだが、返事がない。普段なら返事と同時に行動するはずの相棒の姿が見えない事が珍しく、レイドが鶏小屋から顔を出すと相棒は遠くガレージの傍で伏せていた。さらに珍しい事に鼻を前足で隠した格好でどこか恨めしそうにレイドを見上げている。
「……お前、そんな遠くで何してんだ」
―レイド……俺の鼻にその臭いは厳しい―
 人よりも何倍もある嗅覚を持ったヴェルガンダに鶏小屋の臭いは凄まじく、先程扉を開けた事で我慢の限界がきたようだ。自分が変わったからなのか、使い魔であるヴェルガンダすら犬臭くなった事に少し申し訳なさと寂しさを感じたレイドは項垂れ手で顔を覆った。
「…………悪かった。扉、開け放したいからそこらへんの石、飛ばしてくれ」
 持ってこいと言わない所がレイドなりの気遣いなのだろうが、そこを気にするなら頼むから鶏小屋の掃除とかしないで欲しいとヴェルガンダは思う。自身の支えるべき主が言いなりになったり足蹴にされたりする姿は見ていて情け無い。最近ではそれすら通り越して溜息しか出てこなくなったあたり、ヴェルガンダも諦め始めているのだろう。
 伏せたまま、横目で辺りを見渡すと大きな石の上に小さな石が綺麗に積み重なっていた。扉を押さえるには一番下の石が手頃だな、と思ったヴェルガンダが石に触れると瞬く間に煙が辺りを包んだ。
「何だ、この煙……」
―すまないレイド。どうやら変な物を触ったようだ―
「だな。特に何も感じないし、大した事は無さそうだが……久巳!まだこっちに来るな!」
 レイドとヴェルガンダだけならこの煙にどんな効果があってもどうとでもなる。ただ二人には効いてないだけなのかもしれない。異変を察知した久巳だけでなく、後からはルシファ達も走ってくるのが見えたレイドは立ち上る煙から彼女たちを遠ざけようと走り出した。
 獣の遠吠えが一声 煙の中で響いた
 
 

 家主である須哉久巳は中庭を一望できる和室から庭を眺めていた。一番弟子の須哉逢柝が夏休み最終日だから、と友人達と楽しそうに犬猫と戯れているのだ。久巳は屋敷の主にしては若い女性だが、単に屋敷が曰くつきな格安物件だったらしい。たまに誰もいない場所から物音が聞こえたり笑い声や話し声が聞こえてくるらしいが、この話しはまた後日。
 犬をなで回している逢柝の横では真っ白い洋服を着たツインテールの少女、ルシファが二匹の子猫を玩具でじゃらしている。両手にもった猫じゃらしをひょいひょいと動かす間に子猫が見あたらなくなりルシファがきょろきょろすると、しゃがんでいたルシファの身体を登り始めていた。楽しそうに笑う逢柝の横から、ルシファの頭に上り詰めた子猫を抱え上げた少年がいる。白いヘアバンドに押さえられた髪の隙間から見え隠れするピアスが時折光りを反射する少年は、ジーンズにTシャツというラフな格好だが細身に見える外見とは裏腹に、露わになっている腕は引き締まっており、片方の腕だけ筋肉が多くついていた。逢柝と同じ空手をするなら筋肉は均等につくだろうし、少年に見覚えがない。縁側にいる二匹のバッキーの隣りに座ると久巳がでてきた事に気が付いた逢柝達はすぐに近寄ってきた。
「こんにちは師匠さん!」
「いらっしゃいルシファ。そっちの少年は初めて見るね、このバッキーと犬や猫もあんたのペットかい?」
「はい、逢柝先輩と同じ高校の八重樫聖稀です。バッキーはぱんたでシベリアンハスキーがプラチナ、俺はぷー助って呼んでます。それと、黒猫がぼた餅、白猫が大福です」
「ぼたちゃんとふくちゃん!」
 ルシファが二匹の子猫を抱え上げると久巳は可愛いもんだ、と左手でルシファの頭をなで回してやった。
 頭を撫でられて嬉しいのか、照れくさそうにしているルシファの耳には逢柝がプレゼントした赤い桃の花を象ったイヤリングが、子猫を抱えている左腕には名前の刻まれたプレートの両脇にピンクの花の飾りが付いたシルバー製のブレスレットが輝いている。
「師匠、レイドのおっさんしらね? 気が付いたらいねぇんだけど」
「あぁ、あいつなら鶏小屋の掃除させてるよ」
「あ〜。そういやそろそろ寝床藁の交換だったな」
 聖稀は一緒に遊びに来た筈のレイドが見あたらなかったのに気が付いてはいたが、掃除をしてるとは思っていなかったらしく、微妙な表情で笑うしかなかった。
「レイドお掃除してるんだって。クロちゃんもそこにいるかな……あれ? どうしたのぼたちゃんふくちゃん」
 ルシファの両腕に抱えられていた子猫達が静かに毛を逆立て威嚇していた。気が付けば聖稀の足下にいるプラチナも、子猫達と同じ方向を見て僅かに牙を出して威嚇している。何事かと動物たちが見ている方を逢柝達が見たときには既にサンダルを履いた久巳が駆けだしていた。空高く、もうもうと立ち上る白い煙が逢柝達の足下にまで広がっていた。
「師匠! あっちは鶏小屋だ!」
 逢柝の一言で聖稀達も駆けだし久巳の後を追っていく。一歩進む事に煙の白さが増し、濃霧は鶏小屋どころか直ぐ隣りにいる筈の人も動物も誰も見えなくした。
「レイドー!師匠さーん!」
「おい! 二人ともいないのか! どうなってんだこれ! くっそ、聖稀もみえねぇ……ルシファは傍離れるなよ!!」
 真っ白な煙の中ではルシファを見失いやすい。逢柝が延ばした手をルシファはしっかりと掴み、二人の少女は身を寄せ合って友人達の名前を叫ぶが二人の声は霧に呑まれるばかりだ。すぐ隣にいるルシファの顔すら霞んで見える煙に逢柝はルシファの肩を軽く叩いて一緒にしゃがみ込んだ。
「煙は上に上ってるし、師匠も聖稀も上着は白かった。探すなら足下だろ」
「うん。でもこの煙なんだろうね?」
「おっさんがボヤでも出したかと思ったけど、焦げ臭くないしな……」 
 二人が目を凝らしていると、ぐるぐると逆巻く煙の流れの中、幾つもの光が現れては消えていった。
 一つはそのまま場所を取り替えるように、一つは三つの光にわかれ、同じ数だけ入れ替わり、一つは無数となって、残りの光と入れ替わった。光が消えた後も煙は無くならず、ルシファと逢柝にもこれといった変化は見られなかった。
 せめて煙が無くならないと何がおこっているのかもわからない。そんな少女達の願いを聞き届けたかのように、大きな音と共に風が吹きこんだ。薄くなり始めた煙の向こう、四角く切り取ったような光の中で一人の男の背が見えた。
「………… …………  …………」
 呆然と呟く逢柝の言葉ははっきりと形を持たないまま、僅かに後を見た男は颯爽とバイクに跨り走り出していった。



 ■人は獣に獣は人に

 開け放たれたガレージから入り込んだ風は徐々に煙を薄くしていった。呆けている逢柝を心配したルシファが小さくお姉ちゃん、と呟くと逢柝ははっとする。
「あ、っと……そうだ。師匠と聖稀達、ついでにおっさんは?」
「見あたらないよ。でもね、ぱんださんがいるの! ほら!」
 立ち上がったルシファは白と黒の毛玉に駆け寄ると、よいしょと毛玉を持ち上げた。えへへ〜ふあふあ〜と嬉しそうに笑うルシファが抱えているのは逢柝が知っているよりも小さめだが確かにパンダだ。
「なんだぁ? 今の煙で出てきたのか?」
 何がおこるかと焦った割に出てきたのがパンダ一匹かと半ば呆れていた逢柝の傍には一匹の犬が近寄って来た。体中に藁を付けた珍しい赤毛の大型犬はゴールデンレトリーバーにそっくりだが、近所で見かけたことは無い。これもパンダと一緒に今の煙から出たのかな、と逢柝が犬を見ていると、まるで逢柝を気遣うように犬が首を傾げてくぅんと一鳴きした。逢柝は両手で犬の頭をわしわしと撫で回しながら「なんだお前可愛いなぁ! どっからきたんだ? ほれほれ。パンダも犬もウチで飼ってやろうか、師匠も一匹や二匹五月蝿く言わねぇだろうし。あ、犬なら一緒にロードワークで走れるかな」
「犬はあまり長距離走らせるものじゃない、って聖稀が言ってた」
 ふいに知らない男の声がして逢柝とルシファはきょとんとする。二人とも撫で回すのを止めないまま声の主を見ると、一人の青年が二人の子供を押さえつけていた。
 薄い銀の短髪に学校の制服を着ているがどう見ても20半ばの青年が、ルシファとそっくりな白髪を後ろで2つ結びしている制服の少女と学校指定のジャージを来た黒い短髪少年をしっかりと捕まえていた。少年少女も高校の制服を着るには幼すぎるが、サイズはぴったりとあっている。
「え〜と、逢柝お姉ちゃんのお友達? あ、聖稀君のお友達かな!」
「いやいやいや、違うだろ。どう見てもコスプレに近いって。あんた、誰?」
 自分が誰かわかってもらえなかった事が寂しいのか、整った顔を悲しそうに歪めた青年は二人の子供を抱え直すと
「プラチナです。ルシファさんにはぷーちゃんと呼ばれてました」
「ぼたちゃんでーす」
「ふくちゃんでーす」
 青年の言葉に続き黒髪の少年と白髪の少女も手を挙げて自己紹介するが、ルシファと逢柝はぽかんと口を開けて呆けるだけだった。
「ちなみに、ルシファさんが抱えているパンダが聖稀です」
「ほえ!? えーと、聖稀君? あ、ヘアバンド」
 ルシファに撫で回された事で目が回っているのか、パンダの手が力無く挙げられる。犬だったプラチナと猫だった大福、ぼた餅の三匹が人になり、聖稀がパンダになっている。落ち着いて煙が晴れた辺りを見渡すと、鶏小屋の傍には大勢の女性が身を寄せ合って逢柝達の様子を伺い、少し離れたガレージ傍には肌も髪も黒い青年が腕を組んで立っている。たくさんいた筈の鶏は一匹しかおらず、その鶏も小屋から離れた場所にちょこんと座っているが、右の羽根だけ鋼になっていた。
「まさ、か……ぷっ、くっくっくっく、し、師匠!? 鶏になったのか!? ぶはッ」
 まじまじと鶏を見る逢柝は師匠の変わり果てた姿に耐えきれず笑い出すと、鶏になった久巳は逢柝の頭に飛び乗り、頭をつんつんとつつきだし、二人は言葉が通じてないのも気が付かずぎゃぁぎゃぁコケコケと言い合う。
「師匠さんが鶏になっちゃった! え? じゃぁクロちゃん……?」
 一人立ちつくしていた青年にルシファが声を掛けるが、むすっとした顔でそっぽを向く。ルシファのお気に入りだったふさふさの黒い毛並みは何処にもなく、レイドよりも気持ち大きめな彼の変わり様にルシファはショックを受けたらしくふるふると震えていた。
 つい笑い出してしまった逢柝も、状況を整理すると訳もわからないまま人もペットも姿が変わっているのだ。可愛い妹がショックを受けた事に笑うのはまずかったかな、と思った逢柝だったが、
「可愛くない!」
 の一言にまた笑い出した。
「別にお前にどうこう思われようとどうでもいいんだがな。娘、いい加減レイドを解放しろ」
 ヴェルガンダがルシファを無視し、真っ直ぐ逢柝を見据えてそう言うと、笑っていた逢柝の声がぴたりと止まった。
 聖稀はパンダになり、犬のプラチナと子猫の大福とぼた餅は人間になっている。師匠も鶏になっていて、小屋の傍にいるのは飼っていた鶏だろう。目の前には人になったレイドの犬がいる。そして、レイドだけが見あたらない中、逢柝の腕の中には赤毛の犬が収まっている。
 恐る恐る、赤毛の犬の顔を逢柝が覗くと見慣れた眼帯がしっかりとついていた。この犬がレイドだ、と頭で理解するよりも早く逢柝は犬をぶんなげた。
「ちょ、おぉぉぉぉおおおお!!! おっさん可愛がるとかありえねぇ…………!」
 逢柝が全力で悔しがる中、レイドはぐったりと地面に転がっていた。


 須哉邸の中庭は今、多くの人と動物でごった返している。自分たちの状況が何となくわかった後、騒がしくなった表にも入れ替わっている人達が軽いパニックを起こしていた。煙のせいならハザードだろう、という事で逢柝は対策課に電話をし、ルシファとプラチナは手分けして近くの人達に須哉邸の中庭へと集まってもらったのだ。
「どっかでこんな映画見たと思うんだけどなぁぁぁぁ」
 一段落ついた所で縁側に座った逢柝がうーーーんと頭を捻っている。同意するようにパンダの姿になった聖稀も頷き、その拍子でころんと後に転がった。人の姿になった動物達は普通に会話が出来るのだが、動物の姿になってしまった人間は鳴き声くらいしか出せなかった。逢柝達の言葉が通じてるだけ良かったのだろうが、現状では何も解決できていない。
「お姉ちゃ〜ん! 大変! 何人、えーと匹? えとえと! 居なくなっちゃったって! えとね、寅さんもいないって!」
「寅吉郎も!?」 
 慌てた様子で駆け寄ってきたルシファに抱えられた久巳はコケッ、と一鳴きする。改めて見渡し、須哉の鶏の数を減らすと若干動物の方が多いようにも見える。きっとペットが見あたらない飼い主なのだろう、どこかけばけばしいブルドックはぎゃんぎゃん吠えており、柴犬はオロオロしている。うろうろと動き回るインコや九官鳥に、こんなのもペットにしてたのかと疑問に思うワニやトカゲ、蛇も落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見渡していた。 
「探しにいってあげようよ。きっとひとりぼっちで寂しいよ」
 しょんぼりとしたルシファのお願いを断れる者は、ここにはいなかった。



 いなくなったペット達を探すため、逢柝達はまず銀幕動物専門学校にやってきた。ここはトリマーや動物看護士、動物園や水族館で働ける飼育士や映画の撮影に使う動物プロダクション等々動物関係の事は殆ど学べる場所で、アジリティー練習場もある数少ない大型専門学校だ。飼い主の一人がここのアジリティー施設を利用できる会員証を見せてくれたので、唯一当てのあるここに来てみたのだ。
「特徴とか、なんもわかんねぇけどみつかるもんか?」
「みんな同じ服着てるね〜。ぷーちゃん達は学校の制服だよね!」
「聖稀がいつも着てるから、着てみたかったんだ」
「……って事は他のペット達も着てる服は飼い主が着てた服か? とは言っても、みんな同じ様なツナギ着てるなぁ」
 フェンス越しに学校の校庭ぐらいはありそうな練習場を覗き込む。頭に鶏を乗せた子とパンダを背負った青年、真っ黒の青年は背中に二人の子供をぶら下げ、珍しい赤毛の大型犬の隣りには真っ白な少女。物凄く目立つ一行が見学しているが、中の人達も一瞬驚いただけでまた練習に戻る。これも銀幕市だからこそのことかもしれない。
 人と犬が一対一でパートナーとなり、人の動作や掛け声に促された犬がハードルを飛び越えタイヤをくぐり抜け、シーソーやトンネルを通って走り回っていた。犬の競技を初めて見る逢柝達が感嘆の声を漏らしながら見入っていると、プラチナに背負われた聖稀が逢柝の腕をつつき、一人の青年を指差した。
「ん?どうした聖稀。あいつが捜してるペットか?」
 もこもこの毛玉が上下に動く。聖稀が指差した青年は逢柝達が覗いているフェンスと中の練習場をさらに区切った小屋のような場所で立っており、よく見るとツナギの色が違う。出入りする際誤って他の犬が外に出ないよう創られているのだろう。ぱたぱたと駆け寄るルシファの横をレイドが一緒に移動すると、目当ての青年が二人の方を見た。
「あの! 犬千代くんですか!」
「そうだけど。何。帰らないよ、俺」
 え、とルシファが言葉を失っていると青年が舌打ちし、いきなりレイドを抱えた。予想もしてなかった事に皆が、抱えられたレイドすらぱちくりしていると
「すいませーん、今日予約の犬千代の変わりにこの子お願いしマース」
 と、レイドを練習場の中に放り投げた。ぽかんとして左右をゆっくり確認していたレイドに気持ちの良い返事を返した訓練士がかちゃん、と首輪をつけて練習場の奥に連れて行ってしまった。ルシファが青年とレイドを交互に見ながら混乱していると逢柝達も近くに寄ってきたが、奥で躾をされているレイドを見て逢柝と久巳は生暖かい視線を送り、ヴェルガンダは溜息をついた。
「ざまぁみろ。俺だってしたくもない事させられてんだ。人間も少しは思い知ればいい」
「そういう言い方はよくない」
 プラチナが窘めると犬千代は嘲笑う。
「お前も何かさせられてるだろう? カッコイイからフリスビーか? 可愛いから洋服着せられてるか? 健康に良いとかで糞不味い飯でも食わされてるか?」
「聖稀のご飯おいしーよ」
「聖稀いっぱい遊んでくれるよ」
「聖稀はそんな事しないし、聖稀がしたいなら別に良い。聖稀は大事な家族だからちゃんと俺達の事考えてくれてる。お前だってここが好きで、家族が好きだからここに来てるんじゃないか。だから、そんな言い方しちゃだめだ」
 真っ直ぐな思いを伝える家族に聖稀は恥ずかしさで顔を隠すが、大事な家族として暮らしてきた事がちゃんと相手に伝わっていた事もとても嬉しかった。
 何かを言い返そうとした言葉を犬千代は飲み込み、練習場を振り返る。動物同志の方が気持ちはよくわかるだろうと逢柝達は静かに、ルシファは不安そうに見守っていた。
「…………上手く、出来ないこと多くなったから、褒めてくれないんだ」
「馬鹿馬鹿しい」
 しんみりした雰囲気をばっさりと切り捨てたのはヴェルガンダの声だった。心底呆れた表情で子供二人をぶら下げている男は続けてこうも言う。
「逃げ出すくらいならもっと遠くに逃げればいいものを見つけて欲しくてこんな所で待ちぼうけか? 今なら言葉が伝わるのだ。さっさと帰って主に言ってしまえ」
 ふん、と軽く鼻を鳴らし腕を組むヴェルガンダの背中では大福とぼた餅が楽しそうに落ちる〜と言いながらぶら下がっている。お前他にも言い方あるだろうと逢柝が呟くと頭上の久巳もコケェと鳴く。
「帰ろ? 犬千代くんを待ってるよ」
「…………一匹で帰る」 
 一人じゃないあたりが何か微妙だなぁと思いつつ、とりあえず一匹は見つけたのだ。逢柝が次ぎ行くか!と叫ぶと慌てたようにレイドが練習場の奥から猛ダッシュし、フェンスにぶつかった。
「レイド大丈夫!? あの! えっと、レイド返して貰っていいですか!」
 ルシファが訓練士に一生懸命説明をしていると逢柝は小さく呟いた。
「……ちっ、置いていこうと思ったのに」
 本気じゃない。と思う。多分。



 ■意志疎通=パントマイム+枝+あいうえお表

 他のペットを捜しながら歩いていた逢柝達は海岸沿いの道路に辿り着いた。時間があるなら海で遊べたんだけどな、と苦笑する逢柝の頭上には久巳がちょこんとのかっており、しばらく歩いていると急に髪の毛を引っ張った。
「い、いってぇいてぇって師匠! 頼むからつついたり引っ張ったりすんなよ! ハゲる!」
 ハゲる、という単語にびくっと跳び上がったレイドを情け無いと言いたそうなヴェルガンダが見下ろしていると、ばたばたと飛べない羽根を動かした久巳が逢柝の頭上からルシファの腕の中に移動し、羽根を真っ直ぐ海岸に延ばした。真っ黒い海賊船の傍に太陽の光を反射して輝くバイクが一台、半分砂に埋もれた状態で倒れていた。バイクの傍に人が座っているのを見つけたルシファは嬉しそうな声を上げて走り出した。
「ユウレンさんだ! こんにちは!」
 鶏を抱えたルシファがにこにこと挨拶するのをユウレンは一瞥して頷き、また砂浜に目を落とす。逢柝も小走りに砂浜を駆け、バイクを起こすと
「間違いない。師匠のバイクだ」
 と呟いた。
「……お前のか? なら早く持って行け。確か……海の傍だと錆びるんだろう、その道具は」
「今、は無理かな。それよりバイクに乗ってた人見なか……なにしてんだ。あんた」
 砂浜に胡座をかいて座り込んでいるユウレンは片手に枝を持ち、傍らには重石の置かれたあいうえお表があった。ユウレンが座っている砂浜には歪なあいうえおがちらほらと書かれており、ルシファの足下にも半分消えた文字があった。
「わー! ユウレンさんもお勉強するん……はわわ、ご、ごめんなさい! 踏んじゃった!?」
 ぱたぱたと片腕を動かし、砂浜を見て文字の書かれていない場所を探したルシファはえいと掛け声をかけて一歩後に飛び退くと、今度は道路から跳躍してきたレイドが文字の上に着地した。砂浜が暑くて歩けなかった為飛び越えてきたのだが、ルシファがレイドの足下を見てあ、と漏らした。レイドの足下にはもはや文字と呼べない線が残っており、レイドは気まずそうにそろそろと避ける。新しい遊びだと思ったのか、ヴェルガンダの背中から飛び降りた大福とぼた餅はきゃっきゃと砂浜で遊びだし、文字は一つも残らなかった。ヴェルガンダはもう隠すこともせずはぁと溜息をつき、逢柝はバーカと言い、どうしていいのかわからないプラチナも背負われている聖稀も困った顔をしていた。
「……また書けばいいだけだ。……乗っていた人など知らん。私がここに来たときにはもう置かれていた」
「そっか。振り出しだなー。あ、悪いんだけどこれもうちょい置いといていいか? 今人っつーか、ペットっつーか捜してて」
「……置いておくだけなら断る必要もない。……しかし、変わった動物を連れているな」
 目の前で砂をかき集め、遊んでいる子供二人に枝を取られたユウレンはプラチナの背負っている聖稀をじっと見てそう言う。パンダを見たことが無かったのか、興味深そうに見ているユウレンに逢柝が大まかな事情を説明すると、
「……人が獣に変わり獣が人になる、か。随分珍しい呪いだな」
 と考え込んだ。呪いと聞いたルシファはぴ、と変な声を出しわたわたと慌てだした。どうしようレイド!呪いだって!とレイドの頭をわちゃわちゃと撫で回し、抱えてたままの久巳も目を回し始めている。
「落ち着きなってルシファ。呪いだろうとハザードだろうと解けばいいんだって」
「呪いって解けるのかな。あ! ユウレンさんなら何か知ってるよね! 頭いいもん!」
 きらきらと希望に満ちた目でユウレンをみるルシファにつられ、全員が先程までひらがなを練習していたユウレンを見ると、彼女は喉を鳴らして笑った。
「……海賊相手に頼み事、か? それなりの報酬はあるのだろうな?」 
「海賊風情が見返り要求とは恐れ入った」
 ユウレンの言葉に一番早く反応したヴェルガンダは彼女を見下ろして静かに言うが、ルシファに抱えられた久巳のついばみ攻撃をくらった。突き続ける久巳と平然としているヴェルガンダを余所に、大福とぼた餅の遊んであげるー!という言葉には逢柝が遊びたいのはお前らね、と二人の頭を鷲掴みにして撫で回した。ルシファはポケットから取りだしたキャンディを、聖稀も何故かバンダナからキャラメルとガムを取り出した。
「子供のお使いじゃねぇんだぞ」
 と逢柝は苦笑しているが、彼女もこれといって良い案が浮かばない。ハザードだろうと呪いだろうと、ペットを捜しながらこの事件は解決しなければならない。もし『何か』と戦うことになった場合このメンバーでは対応できるかどうかも妖しい。レイドとヴェルガンダだって何時もと違う身体で師匠と聖稀は動物、唯一何の被害もない自分だけが闘える状態だが、一人で勝てる自信は残念ながらない。それくらいは逢柝もよくわかっていた。
 逢柝が悩んでいるとユウレンはルシファの手からキャンディを一つ、聖稀の爪に挟まれたキャラメルを一つ取った。ルシファのキャンディはレイドとヴェルガンダの、聖稀のキャラメルは聖稀達の分だと言う。
「……コレでお前達の分は頂いた。……お前には一つ、頼み事をするとしよう」
「あ? まぁ手持ちもないし、出来ることならいいぜ」
「たいした事ではない。一人の男と手合わせし、打ち負かして欲しいだけだ」 
「へぇ、スターじゃないよな? 一応武道の心得があるやつじゃないと手合わせできないぜ?」
「……スターではないと言っていたし型もできていた。……強い方が良いのなら、少しは教えておこう」
「いいね! 楽しそうだ! 打ち負かせって事はあれか? 心が折れるほど完膚無きまでに叩きのめせって事だな?」
 ユウレンが頷くと逢柝は声を上げて喜び、ルシファと久巳は頑張ってねと激励している。対称的に彼女の強さを知っているレイドと聖稀は心の中で骨は折らないであげてくださいと対戦相手の無事を祈っていた。ユウレンが新しい木の枝を持ち砂浜に幾つもの丸と矢印を書き出すと、大福とぼた餅が興味深そうに枝の動きを目で追っていた。邪魔をしてはいけないと言われたのか、聖稀を一度見た後はヴェルガンダの足にしがみつき、飛びかかりたいのを堪えるようにじっとしていた。
「……一つずつ纏めていくぞ。……一つ目、レイドとヴェルガンダ、マサキとそこの三人、ヒサミと鶏。これらの姿が入れ替わっている事から主従関係だと推測される」
「しゅじゅーかんけい? お友達だよ?」
「そうそう。ペットと飼い主ってことだよな。だからあたしとルシファは変わらなかったのか」
 うにゅ?と首を傾げるルシファの頭を逢柝がお友達でも良いんだと良いながら撫で回すと、うん、とルシファは嬉しそうに頷いた。
「……二つ目、呪いだとしても身体に害はないと思われる。レイドにまでかかる呪いでありながら、これだけぴんぴんしてるのなら、人体に影響を及ぼすような呪いではない。……むしろ呪いの類なら何故『主従関係に限定されるのか』が問題だ。……ペットと飼い主、入れ替わりの二つで多少は原因を探せるだろう」
「ペット映画で入れ替わりものなんかあったか?」
 逢柝は聖稀を見ながら言うと、聖稀は全身を使って言葉を伝えようとする。逢柝は
「と?じゃぁは?」
 と一文字一文字確認するがさすがにジェスチャーでは意味が通じない。逢柝の頭上に移動した久巳もコケ!とは言うが、その言葉も正解かどうかわかるはずがない。
「あ! ユウレンさん、あいうえお表貸して下さい!」
 ユウレンが頷くとルシファは砂浜に置かれた表を拾い聖稀の前で広げる。短い爪で一文字ずつ指し示す姿は可愛らしく、前のめりになった聖稀がころんとでんぐり返しする事もあった。見かねたユウレンが枝を聖稀に手渡すと両肉球で挟み、プラチナは聖稀をしっかりとかかえ、ルシファは表を持つ。
「た、しか あにめ で あったのか?」
 指された文字を読み上げ逢柝が確認すると聖稀も大きく頷くが、タイトルが思い出せないらしい。
「……では三つ目だ。ペットを捜しているというがそれが正しいだろう。主従が入れ替わっているのなら同時に存在していないと呪いは解けない。呪いでないにしても、主従が揃っている事に意味がある。……目安としてはその動物が好みそうな場所と色の違いだ」
「そういえば、服の色も微妙に違うな。ん? どうぶつ は にんげん より みえる いろ が 少ない? へーー! そうなのか!」
 ぺしぺしと枝で表を叩き動物の見える色について説明する聖稀とあいうえお表を中心に人と鶏、パンダはわいわいと話し続ける。犬の視界は赤一色だとか、カラスは黄色が強く見える等、聖稀の動物知識を元に居なくなった動物がどんな色合いでいるか、いるとしたらどのあたりか、と相談しあう中、
「……で、お前は何もしないのか?」
 と、ユウレンは話し合いに参加しない レイドとヴェルガンダを横目で見る。レイドの言葉はヴェルガンダが代弁できるはずだが動こうともせず二人揃って成り行きを見守っている。ヴェルガンダは元から参加する気など無いのだろう。レイドが小さく唸れば、ヴェルガンダが
「ああいうのは任せる、だと」
 と代弁してきた。
「……頭を使うのは苦手か? 戦うことしかできない男はモテないぞ」
 少しばかりの憐れみを込められた溜息混じりの言葉にレイドは小さく吠え続けた。大声を出して話し合いを中断させないようにとしたのか、その長く小さな叫びは何を言ったのかとヴェルガンダに目配せをしても、聞き取れなかった、と苦い顔で言うだけだった。
 もちろん、ヴェルガンダにレイドの声が聞こえない事などない。ただその内容が『掃除も洗濯も買い物だってできるわ!消費税だって計算できるしお前よりひらがなも書ける!』というなんとも情け無いものだったのでヴェルガンダには言葉にできなかったのだ。
 話しが纏まった逢柝達は家に向かいながらそれっぽい所を辿っていく事になったが、ユウレンは同行しなかった。逢柝と手合わせする男に少しだけ武術を教えておくらしい。また後で、と元気良く声を掛けた逢柝や皆が進む中、海岸に一人ぽつんと残されたユウレンを何度も振り返って見ているルシファを聖稀とレイドが気に掛けていた。
 太陽は真上に差し掛かろうとしていた。
 

 

 海岸を後にしてからは動物が好きだった場所をじっくりと見渡し、順調にそれらしき人達を見つけていった。青や紫一色の洋服を纏った人や木の上で丸まっている人等に声を掛けるとどれもペット達で、煙や悲鳴にびっくりして逃げ出したらしい。他にも飼い主が怒ってるんじゃないかと戻れないものや帰り道がわからないのでのんびりしてた子もいる。
 数匹纏まったところで道を覚えているという犬を中心にちゃんと離れずについていくようにと念を押して先に須哉邸に向かわせていた。 多少の誘惑はあるだろうが、どのペット達も飼い主の元に帰りたいと言っていたので、他にも捜さなくてはいけない逢柝達は信用する事にしたのだ。
「次ぎはこの公園かー。しっかし、結構ペットって飼われてるんだな。あと何匹だよ」 
「ん〜とね、いちにぃ……あ! 見てお姉ちゃん! あそこに誰か隠れてる! あれ、どこまで数えたっけ」
「おし。数えるのは後にして先に捕まえるぞ」
 ルシファの見つけた人影は植木の影に隠れているつもりなのだろうが、小さな植木から赤一色の大きなリボンとフリルが乗っかっている状態だった。頭隠して尻隠さずとはよく言ったものだが、身体隠してリボン隠さずというのも初めて見る。
「こんにちはー。えっと、迷子さんですか!」
 ルシファが声を掛けると大きなリボンがびくっと跳ね上がり、がさがさと植木の中に入ろうと動き出した。余程慌てているのか、右に左にと動く手足のせいで大小沢山のリボンとフリルで縁取りされた洋服がどんどん汚れていくのでルシファが慌てて止めに入った。
「だ、大丈夫だよ! あのね、ルシファ達お迎えにきたの! だからもう隠れなくて良いんだよ、お洋服汚れちゃうから、ね!」
 本当?と小さく呟いた声の主に、ルシファは満面の笑みで名前を聞くとレミーマルタンくん!よろしくね!と新しいお友達ににこにこしている。本来なら小型犬らしいレミーマルタンくんはとても臆病な小さく可愛い子でオーダーメイドのお洋服を着ている犬。だが、今はその可愛らしい洋服の裾からすね毛の生えた足がにょきっと伸び洋服とお揃いのリボンを付けた髪の毛も角刈りの、どうみても工事現場系のおっさんが銀幕市名物の餌食になったとしか見えなかった。某女王陛下の触手が動くのかどうかは別としてだが、それくらいのインパクトだ。
 ルシファ以外は頬を引きつらせ静かに数歩後に下がった後示し合わせたように円陣を組んだ。ぼそぼそ人の声と犬、鶏の声が混ざり会話は出来ていないはずなのだが、この時ばかりは全員一致の思いだった。
 あの姿で飼い主に会わせて良いのかどうか
 飼い主は小型犬故のかわいらしさを求めていただろうが、ちょと考えてみれば年齢的にはオヤジだ。チラリと様子を伺ったレイドが、全身の毛を逆立て目を丸くして固まった。ワゥゥと小さく鳴いた後、ヴェルガンダすら真っ白に固まった。
「な、何だよ。何があった。言え。早く!」
 これ以上何があるんだと言わんばかりに逢柝がヴェルガンダを揺さぶると、やっと絞り出したような声でこう言った。
「 は い て な い 」
 まだ残暑も厳しい夏の終わり、太陽がギラギラと輝いているというのに公園のなんと寒い事か。思考どころか存在自体も真っ白になった後、全員の行動は素早かった。ルシファとレミーマルタンをその場に座らせ一歩も動くなと言い、残りは全力で公園内外を走り回って近くにいるペットを捜しだした。一匹、また一匹と増えた友達が先に須哉邸に向かうのを、ルシファだけが笑顔で手を振って見送った頃には、疲れよりも安堵の溜息が逢柝達から零れた。。
「友達たくさんできちゃった〜。えへへ、嬉しいな。あ、ねぇお姉ちゃん、とりみんぐってなぁに?」
「あ? 犬の美容室だよ。シャンプーとか毛のカットとかしてくれる事」
「へぇ〜! レミーマルタンくんそれ嫌いなんだって。いっつもいっつも行くのが恐いんだって」
「そんな事話してたんだ」
「うん。だからね、クロちゃんが言ったみたいにせっかくお話出来るからお願いしてみたら、って言ったの! レミーマルタンくんのお願い叶うといいね!」
「そうだな。おねが……お願い? …………聖稀! 願い事だ! ほら、あれ!実家離れてた間にペットが死んじゃって何でか動物の願い叶えるアニメ! あーあーあー!! タイトルでてこねぇ!! 映画鑑賞会だかで見たやつ!」
 頭をガシガシと掻きながら逢柝が悩んでいると、聖稀も『す』の文字を何度も叩いては悩んでいた。二人そろってあとちょっと、が出てこないのか、何度も『す』を呟いていると、ぺとぺとと歩いてきた久巳が羽根を延ばして6つの文字を示した。
「す すー? 延ばすのか? えっと、スーヴニール……? だっけ?」
 聖稀が何度も頷いた後、両肉球で挟んだ枝でサブタイトルが思い出だった事を告げると、そうだそれだ!と大きく頷いて納得した。同じ映画に辿り着いた逢柝が映画のあらすじを確認すると、三人は慌てて立ち上がった。訳がわからないままのルシファ達は何事かと驚いて三人を見ていたが、逢柝の叫びに全員が走り出した。
「走るぞ! 休んでる暇なんざねぇんだよこのハザード!! 日没がタイムリミットだ! 太陽が沈んだら元に戻れねぇ!!」
 全員が纏まって、時に手分けをしてペット探しに走り回る。延々と穴掘りをしている子供を捕獲し、急に聞こえてきた電話の着信音を真似する声を辿りベンチでぼうっと座ってた人を捕まえ、噴水の中に入り込んで全身に水を浴びているのを引きずり出す。無理しすぎだろうと思う程身体をくねらせ枝に巻き付こうと必死な人と、その更に上ではどう見ても食用じゃない木の実を食べている子供を捕獲し、細い金網の上に座り込んでいる人をしていった。
 すでにどれだけ見つけてどの動物を見つけていないのかわからなくなってきた逢柝達は、ぜぇぜぇと肩で息をしながらも相談を続ける。見落としがないかと見つけたペットの確認を同時に終わらせるため二手に別れる事にした。
「あたしと師匠、ルシファが向こうをもう一度見て廻る。今までの道を戻って、海岸沿いから家に戻るから聖稀達はこのままペット達連れて家に向かって、んで、えーと、どのペットが居ないのかわかったら携帯に電話」
 呼吸を整え終えることが無いまま、全員が顔を見合わせて頷く。急がなければ自分たちも含め大勢の人が元に戻れなくなる。
 太陽はもう、沈み始めているのだ。


 
 ■本能は心と同一か否か
 
 須哉邸へと戻る途中、レイドとヴェルガンダは別行動をとり他にもペットがいないか探し回った。何人もの人を連れて帰る聖稀達が先に須哉邸に到着すると、大勢の人と動物が座り込んでいた。見つけた覚えのない人も数名いるので久巳の鶏達に聞いたところ、対策課経由で近隣住民が協力してくれたらしい。だが皆疲れたせいか、戻れないのではと思い出したのか中庭はどこかどんよりとした雰囲気に包まれている。
 まだ見つかってないペットがいるかをプラチナと大福、ぼた餅は久巳の鶏達と手分けして聞き回っているとレイドとヴェルガンダが戻ってきた。二人は他のペットを見つけなかったらしく、首を振って聖稀の傍によってきた。聖稀が足下の石を持ちヴェルガンダに見せる仕草をすると、ヴェルガンダはひょいと聖稀を抱え、ガレージ傍の防風林へと連れて行く。 
「触ったのはこの石だ。確か、そこに散らばっている石が積み上がっていた」
 何度か頷くような仕草をした後、聖稀は周りの石を手に取った。比較的平べったい石を手に取り、レイドとヴェルガンダに見せた後大きなものから順に積み上げていく。捜せばいいのか、と理解した二人は周りにある平たい石を聖稀の手が届く所に運んだ。
 ヴェルガンダが触ったのは石を積み上げた墓。ハザードの原因となった映画で主人公がもう一度話がしたい、せめて一言だけと最後を看取れなかったペットの墓前で願った所、女神があらわれ他のペット達の願いを叶えたら少しだけ会わせてくれるというものだ。その時も主人公はペットと同じ姿になり、飼われている動物はその願いを飼い主に苦労して伝えるなどのシーンがあったのを、聖稀は鮮明に思い出していた。
 映画を見たときからペットの事を第一に考える余り自分本位にならないようにしよう、と動物の事を色々調べた程だ。それから聖稀の大切な家族であるプラチナと大福、ぼた餅の食事は手作りを続けている。
 石を集め終わったレイド達にプラチナ達が最後の一匹が足りない、と言うとレイドはヴェルガンダを見上げる。ヴェルガンダは預かった携帯を取りだしてレイドの目線に持っていくと、言われたとおりボタンを押していく。何回かのコールの後、波の音と逢柝のいつもの返事が聞こえた。
「聞こえているか娘、残りは寅吉郎だけだそうだ おい? ……レイド、繋がっているんだな?」
 ディスプレイには通話中の文字と通話時間が一秒ごとにカウントされ、チカチカと通話中ランプも光っている。レイドが頷き、何かあったのかと携帯に皆で耳を傾けると小さく、戸惑っている二人の声を無視するような声が真っ直ぐに全員に聞こえてきた
「マツヤアイキ、お前の相手をするトラジロウだ」
 盛大な鶏の声が聞こえた。放り投げられた携帯が地面に落ちる頃にはレイドとヴェルガンダの姿は無かった。

 

 水平線に沈み始めた太陽は遮る物のない海にオレンジ色から青のグラデーションを綺麗にのせていた。久巳を抱え、意味が解らないという顔で立ちつくすルシファの前には呆然と立ちつくす逢柝の姿があった。酸欠か疲れからか、廻らない頭を無理矢理フル回転させて逢柝はレイド達と別れた後から思い出す。 あの後、逢柝は頭に久巳を乗せたまま今まで通った道をルシファと共に走り抜けてきた。自分たちが通った後にペットが来ていないか、見落としはないかと目を凝らし続け、気が付けば海岸まで戻っていた。
 海岸のバイクを目にして、それから、そうだ。寅吉郎がここに戻ったんじゃないかと聞きにきたんだ。そうしたら、
―丁度良い、手合わせをしていってくれ―
 そうだ、そう言われて、男が出てきたんだ。今は時間がないって言ったら
―……バイクに乗ってきた人物でも、か?―
 おかしな事を言われた。あたしが捜してるのは寅吉郎で、ウチにいるのは全部メスで、寅吉郎から取った卵は格別にうまくって。なのに、どうして目の前の男に寅吉郎とそっくりな傷があるんだ 静かなさざ波の音を消すように、逢柝の持っている携帯が鳴り響く。3回4回、5回目のコール音で通話ボタンを押した逢柝の耳に聞き慣れない声がする。
『聞こえているか娘、残りは寅吉郎だけだそうだ おい? ……レイド、繋がっているんだな?』
 受話器の向こうからヴェルガンダの声と、レイドらしき犬の声が聞こえた。そう、後は目の前の。
「嘘、だろ?」
「え、え、なんで? え? あれ??」 
 やっとでた二人の声に返答が無いまま、ユウレンが男をちらりと一瞥すると男は数歩前に歩み寄った。真っ赤な短髪を逆立て、見間違うことのない右目を中心におでこから顎まで通った傷。濃紺の甚平と草履を履いた男が、どこか苦しそうな顔で逢柝をじっと見据えた。
「マツヤアイキ、お前の相手をするトラジロウだ」
 ココケコケッッコケーーーと今まで静かに抱かれていた久巳が大声を上げた。その声は逢柝とルシファの意識もはっきりとさせ、二人は声を揃えて叫んだ。
「オスかよ!」
「寅さん男の子だったの!?」
 ある意味久巳の叫びを代弁したのだろうが、頷いた後の久巳はそこじゃない!と言いたげにまた一鳴きする。
「あ、うん。そうだった。時間無いんだ。おっし! いいぜ、手合わせしてやるよ。あたしが勝ったら大人しく一緒に帰るんだぜ!?」 
「構いやせん。あっしも、そう簡単にやられるほどヤワじゃぁありやせんぜ、お嬢」
 逢柝と寅吉郎はまったく同じ構えを取った。


 
 何度か打ち合った逢柝と寅吉郎は汗だくになり体中に砂がついている。足下が砂浜だから、というのもあるだろう。慣れない足場での手合わせと、徐々に落ちていく日が気になっているのもある。だが今日、数時間前に人間になった寅吉郎相手にここまで苦戦するとは逢柝も思っていなかった。
 最初は小手調べに正拳突きを中上中段に繰り出し、上手くいけばそのまま肘打ちか足払いで転ばせるつもりだった。寅吉郎は2度目の正拳突きの後一歩距離を置いたため追撃できなかったのだ。簡単に負けないと言っただけはある。最初はそう思っていた。時間制限が無かったらもうちょっと楽しむのにな、と少し残念がった逢柝は、その余裕がまったく無いことに、三回目の撃ち合いで気が付いた。どの流れで持っていっても塞がれる。まるで逢柝が出す技を見抜かれているようだった。
 当たらない事と次第に暗くなっていく周囲に焦りだした逢柝に、初めて寅吉郎が攻撃を仕掛けた。逢柝が始めに仕掛けた技と同じく正拳突きを中上中段に繰り出し、逢柝が一歩後に下がるのを大股で間合いを詰めて来た。
―正拳中段……じゃない!手刀!―
 腹部めがけて真っ直ぐに伸びる寅吉郎の手を逢柝は膝と肘で挟み止めるが、寅吉郎の攻撃は止まらなかった。痛みに顔を歪めたものの思い切り挟まれた手を無理矢理抜き取るように肘を曲げ、逢柝の腕めがけて肘打ちをぶつけてきた。寅吉郎が今まで型通り受け続けたのは、単に彼が寸止めというルールを知らないからだ。確認しておくべきだったかと心の中で愚痴った逢柝の視界には寅吉郎の追撃が見えていた。肘打ちを受けたことで丸見えになった逢柝の背中めがけて、寅吉郎は身体全身の反動を利用した回転鉄槌を振り下ろす。
 まともにくらったらマズイのは逢柝にもわかっていた。殆ど条件反射で逢柝は寅吉郎とは逆向きに身体を回転させ、得意の回し蹴りで応戦する、はずだった。 身体を半回転させ、狙いを定める為蹴り上げるより先に寅吉郎を視界に捕らえた逢柝は、そこでバランスを崩している寅吉郎を見て蹴り上げるのを止めてしまった。
 このまま蹴れば勝てるが寅吉郎にモロに入る。蹴るのを止めたら負けて寅吉郎は帰らないし、あたしもヤバイ。手合わせも喧嘩も怪我しないように、なんて思わない。けど、シャレにならない怪我はやっぱいやだろ? つか止めてんだからあたしヤバイだろ? あー。ま、いっか。ほら、やっぱ家族なんだからさ怪我させるくらいなら、慣れてるあたしがするべき、だろ。って、思ってるのにさぁ
 びっくりした時や理解できない事が起きた時、人は物事がスローモーションの用に見える事がある。今、逢柝が見ているものも、その一つだろう。
 逢柝に向けられ振り上げられた寅吉郎の腕を赤毛の塊が遮った。
―本当、なんであんたが××じゃないんだろな?―



 ガウゥ!と獲物を捕らえにかかった怒れる獣の声がすると、逢柝はヴェルガンダに抱えられていた。先程まで手合わせしていた寅吉郎はユウレンの腕に抱えられ、犬の姿のままのレイドが器用に大剣を口に銜えて襲いかかっていた。つい数分前に逢柝が立っていた場所でユウレンの扇とレイドの大剣が何度も弾かれては鳴りあう。犬の姿で戦い憎いのだろうレイド相手にユウレンが攻撃を返さないのは、腕に抱いてる寅吉郎を庇ってくれてるようだ。逢柝はヴェルガンダの腕から降りるとまた直ぐにでも飛びかかりそうな姿勢で砂浜に着地したレイドに向けて、掃いていた靴をぶんなげた。レイドはユウレンの攻撃だと思ったのか、後から飛んできた逢柝の靴を無数に切り刻み、砂浜に落ちた靴の残骸を見てまずい、という顔をする。まさか靴が飛んでくるとは思わなかったユウレンも驚いて呆け、ルシファもぽかんとしていた。ルシファに抱えられた久巳だけがコケコケと笑うように鳴いていた。
「なに邪魔してんだよオッサン!! 寅吉郎まで殺す気か! つか攻撃してんじゃねぇ! 靴も弁償だぞ!」 ぷんすかという擬音が似合いそうな程怒りを露わにして歩く逢柝は、レイドの傍に行くとボゴッと頭を殴り砂浜にレイドを埋めた。ふん、と一息ついた逢柝は殴りつけて多少はスッキリしたのか、もう片方の靴を脱ぎ捨てユウレンに向かって歩き出す。
「邪魔が入ったけど、続けようぜ」
「……お前の勝ちだマツヤアイキ。トラジロウは既に気を失っている」
「あ〜〜〜!? っくそ! 時間も無いし寅吉郎は戻っちまうしオッサンは余計な手出しするし!! うがーーーー! 納得いかねぇーーー!」
「でもでも! お姉ちゃんかっこよかった! 寅さんもかっこよかったし、二人とも怪我なくてよかったね!」
 ルシファが無邪気にそういうと久巳もやれやれ、といった風に身体を膨らませた。憤慨していた逢柝は深呼吸を数回するとま、しかたねぇか、と諦めたように呟いた。
「ね、ね、急いで戻らないとお日様沈んじゃうよ!」
「そうだった! おいクロ! お前バイク持ってこい! 寅吉郎はレイドが背負え……ないか」
 砂に埋もれたレイドの首根っこ掴んでひょいと持ち上げたヴェルガンダは今日何度目かわからない溜息を吐くとレイドを砂浜に降ろし、バイクを持って帰る準備に取りかかった。砂から救出されたレイドはぷるぷると身体を振るわせ砂を飛ばすと、寅吉郎を抱えているユウレンを恨めしそうに見上げた。ふむ、と小さく息を吐いたユウレンは寅吉郎の草履を逢柝に放り投げると、寅吉郎を抱え直した。
「……履け。急ぐのだろう?」
 最後のペットを連れ、街灯のつき始めた道を走り出した。



 ■届けこの想い

 逢柝達が戻ると須哉邸の中庭は人数の多さと反比例してどんよりとした空気だった。逃げ出したペット達はちゃんと飼い主の傍にいる。だが、ペット達はどこか気まずそうな居心地が悪そうな余所余所しい感じで居るため体調が悪いのかと飼い主達は不安そうに見上げる。
 プラチナに抱えられた聖稀があいうえお表を使って逢柝達と会話をする。墓は直し終わったというのに、全員がそろってもハザードが収束する雰囲気はない。ユウレンが抱えていた寅吉郎が目覚めてもそれは同じだった。何か足りないのか、まだ見つかってないペットと飼い主がいるのかと沈む夕日を睨み、焦ったように会話していると、寅吉郎が地面に座り込み、逢柝と久巳に頭を下げた。
「姐さん、勝手に姐さんのバイクを乗り回した挙げ句お嬢にまで手を挙げちまい、申し訳ありやせんでした」
「ちょ、寅吉郎良いって! あたしは楽しかったし、師匠だって気にしてないって。な」
 そうだよ、と言うように久巳が一鳴きするが、寅吉郎の気は済まないらしい。地面におでこを擦りつけるような土下座をしている寅吉郎とどうしたもんか、と悩んでいる逢柝達を他の鶏達は心配そうに見ていた。
「あ、寅吉郎。あんたなんでバイク乗ってまで逃げ出したんだ? あたし達がずっとメスだと思ってたからむかついたとか?」 
「滅相もない。育てて貰った姐さん方にそんな事は思っていやせん。ただ……あっしは外にでてみたかったんでさぁ。あの小屋から何時も姉さんがバイクに乗って出ていくのを見てたんで、それで、つい」
「人間になれたから乗っていった、か? 寅吉郎、それだけじゃないだろ?」
「姐さん…………」
 気が付くと久巳は人の言葉を話していた。薄く発光した久巳の身体はまだ半透明のまま、人と鶏の身体が同時に存在している。いつのまにか変わっていた師匠の姿に逢柝が驚いていると、聖稀が静かに『ねがい』の3文字を指し示す。口からでそうだった言葉を逢柝が慌てて飲み込む。ハザードを解決するには、映画と同じようにペットの願いを飼い主に伝えなくてはならない。今の状況を壊してはいけないと逢柝が両手で口を抑えると、ルシファやプラチナ達も真似をする。
「…………はい。あっしは……あっしは一度でいいから空を飛んでみたかったんでさぁ」
 いや、それは無理だ、という言葉を誰もが飲み込んだ。久巳と寅吉郎の行く末を誰もが固唾を呑んで見守る中、しんと静まりかえった中庭に、成る程ね、と久巳の声が響いた。
「わかった。外に出たいってのはそうだねぇ、今度散歩用に首輪かなにか用意する。それを付けるなら良しとしようか。空を飛びたいってのはあたしじゃ無理だね。どうだいユウレン。あんたならこいつに空飛ぶくらいさせてやれないかい? 勿論、御代は用意しとく」
 久巳が笑顔でユウレンを見ると、そこにいる全員も後を追うように視線を動かした。全員を確認するように見渡したユウレンは最後に寅吉郎を見る。彼は微動だにせず頭を下げ続けている。
「……高くつくぞ」
「なぁに、大事な家族の願い事、それも一生に一度かもしれないんだ。それくらい何とでもしてやるさ」
 楽しそうに笑う久巳の声に寅吉郎が顔を挙げると、久巳は普通の人間に戻っていた。だが寅吉郎はまだ人間の姿をしていた為、よっしゃ!とガッツポーズを取る逢柝を後目に周りの人達は元に戻ったのかどうかわからず戸惑っている。
「お、お姉ちゃん、これで元通りなの? 寅さんまだ人間だよ?」
「これで良いんだ。あの映画は最後に飼い主とペットがもう少し話せたり一緒にいられるようにだったか忘れたけど、暫くしたら寅吉郎は鶏に戻るぜ!」
「そんなだったかい? あたしはてっきり飼い主が動物になったんだからペットも人間にしないとバランスが悪いんだと思ってたよ。まぁいいか。さぁさ! あんたらもさっさと腹ぁ割って話しな! こんなチャンス滅多にないよ!」 
 久巳の一声で中庭は一気に騒がしくなった。あっちらこちらでもっと水槽広くして欲しいや水浴び沢山したいという少々困ったお願いから日当たりのいい場所で寝たい帽子は嫌だという可愛らしいお願いまで、様々な要望が飛び交った。
「「あのねー!ふくもちはもっと聖稀とあそびたーい!」」
「俺は、たまには聖稀と二人でゆっくりしたい、かな」
 大福とぼた餅のお願いとプラチナの願いを聞き届けた聖稀は半透明の姿のまま空を仰いで悩んだ。もっと遊んで、は叶えてあげられるが、ふくもちを誰かに預けてプー助との時間を増やすには誰かの手助けが必要だ。子猫二匹を預けられそうな友人を頭の中で捜していると、横から
「うちに置いてけよ。散歩の間とか、たまに泊めるのは大丈夫だぜ?」
「本当ですか逢柝先輩!」
「おうよ。たーだし! 障子に穴あけたり悪戯したら聖稀んトコに帰さねぇぞ?」
「「ぎにゃ!! イイコにしまーっす!」」
「よーっし! なら問題無しだ。連絡くれたら遊び相手にルシファとクロも呼んでおくぜ!! 良かったなプー助!」 
 大福、ぼた餅とは対称的に静かに喜ぶプラチナも表情は嘘をつかない。今までで一番嬉しそうな笑顔になると、聖稀は元の人間の姿に戻っていた。
「わーい! ルシファもぼたちゃんふくちゃんと遊ぶー!」
「「クロさんとも遊ぶー!」」
「よし、今度は俺達が誰かの願いを手助けしよう」
「そうそう、三人寄れば、って言うしな!」 
 願い事を叶えられたペットと元の姿に戻った人達は、まだ叶えられない願い事をどうすれば解決できるか協力しあう。誰もが、ペットを大事な家族として迎えている事がよくわかる光景だった。




 賑やかな中庭で沢山の人と話し合い笑いあう逢柝達を嬉しそうに眺める久巳は、帰ろうとしていたユウレンを引き留めた。
「まだ時間あるんだろ? 一杯つき合いな。まだ寅吉郎と逢柝の礼も言ってないんだ。本当に、ありがとう」
「……別に礼を言われる事はしていない」
「そう言うと思ったけどね。礼くらいさせな。あたし達にとっちゃ物凄く助かったんだ…」
 まだ何かを聞きたそうな久巳は言葉を選んでいたが、やがて諦めたように溜息をついた。久巳の隣りには土下座こそ止めたものの、今も地面に膝を付いている寅吉郎が申し訳なさそうにユウレンと久巳の様子を伺っていた。
「そういや寅吉郎は弟子になったんだね? あの短時間で逢柝と渡り合える程鍛え上げるなんてどうやったんだ?」
「姐さんあっしは! ……いえ、確かにその御仁の弟子になったとも言えやす」
「……私が鍛えたわけじゃない。トラジロウがアイキの型を見て覚えていた。その払いのける方法を教えただけだ。……それに、主がいる人間などいらん。鶏もな」
「……そうかい。なら安心して寅吉郎はウチの子だ。そこの縁側に座ってな。今上物の酒持ってくる」
 ユウレンの背中をばしんと叩いた久巳は小走りに屋敷の中へと入っていく。寅吉郎は無言で頭を下げると、ユウレンは静かに縁側に腰を下ろした。



 徐々に帰っていく人達の影を僅かに顔を出している太陽が長く延ばす。中庭の隅、ガレージの傍にはヴェルガンダと半透明のレイドが肩を並べて立っていた。
「で、お前のお願いは」
「俺の願いなどレイドに筒抜けだろう」
「だったらもう俺は元に戻ってるんじゃないか?」
 二人の目の前でまた一組と願いを叶えられ、飼い主とペットは嬉しそうにしている。この光景を見るまで ヴェルガンダの望みは『昔のレイドに戻って欲しい』というものだった。出会った頃、自分が主と認めるには充分すぎる力と惹きつけられる物があった。今も主である事は変わらないが、ルシファという天使と出会いがレイドを徐々に変え、この銀幕市に来てさらに変わっていった。見ていられなくなるような、主の不甲斐なさに慣れるたびヴェルガンダの願いは『昔のレイドに戻って欲しい』から『もう少ししっかりしてくれ』まで格段に下がっている。良くも悪くも、ヴェルガンダもレイドの変化を受け止めているのだ。
 だからこそ、今のレイドにしっかりしろと言っても無理なことがわかる。自分の主がこの、目の前に広がる笑顔と笑い声の溢れる場所を気に入っている限り、ヴェルガンダの願いは無理無茶無謀な物だ。
「では主殿、一つ願いを」
「良いだろう。何でも言ってみろ」
「あの天使や娘を筆頭に、俺をクロちゃん呼びするのを止めさせてくれ」
 レイドは顔を覆い、悪かったと呟くと身体は元に戻っていた。



 ■叶えられた願い 一部を除く

 太陽が沈みきると人の姿を保っていた動物達が次々と元の姿に戻っていった。映画の中で願い事を聞き入れた女神は太陽の化身だったのかもね、と聖稀が言えば逢柝もかもな、と笑いあう。
 ペットと話し合えるのはとても素敵なことだ。家族として一緒に暮らしている人なら尚のこと、一度は言葉を聞いてみたいと思うだろう。だが、大勢の人を巻きこんだハザードとなったこの墓を残しておくことは危険だ。誰かが、心ない人が悪用しないように小さな墓は逢柝と聖稀のバッキーに半分ずつ食べて貰った。後日どちらのバッキーからフィルムが出ても、みんなで届けに行こうと約束をして。



 バッキーが全てを食べ終わったにも関わらず、須哉邸の中庭ではヴェルガンダだけが人の姿を保っていた。一応、悪魔に仕える魔犬ヴェルガンダ。今回の呪いで人の姿になる事を覚えたようだ。
「クロちゃん、もう戻らないの?」
 寂しそうに見つめるルシファから目を逸らし、ヴェルガンダはレイドを睨み付けると、レイドはわざとらしく咳払いをする。
「あー、あのなルシファ。クロちゃんって呼ばれたくないのが願いなんだ。今度からちゃんとヴェルガンダって名前で呼んでやってくれ。」
「なんて小さい願い事だ」
 逢柝の呟きにレイドとヴェルガンダは遠くを見る。聖稀はプラチナを撫でながら苦笑するだけだ。
「そうなの? 可愛いのに〜。あ! でもちゃんと名前で呼んだら元のクロちゃんに戻る?」
「…………なんとなく覚えただけだ。直ぐ戻る」
 直ぐ戻る、と聞いたルシファは効果音が聞こえそうな程明るくなった。
「わかった! じゃぁね、えっとね、んーーーと、ヴェルガンダだから、ヴェルちゃん!」
「お! じゃぁこれからはヴェルちゃんだな! よろしくなヴェルちゃ〜ん」
―ヴェルガンダ! だ!―
 時間切れにより犬の姿に戻ったヴェルガンダの声を気に入って貰えたと思うのがルシファだ。明らかに面白がっている逢柝と、心の底から喜んで貰えてると信じているルシファがヴェルちゃんと何度も呼びながら撫で回していると、大福とぼた餅もヴェルガンダの背中によじ登る。
 主に抗議する元気もないヴェルガンダは諦めた。色々と。



 久巳とユウレンは縁側で日本酒を酌み交わしていた。仲良しだねぇ、と笑う久巳は薄く目を細めて逢柝達を見つめている。
「……難しい、か?」
「……そうだね、言い過ぎも突き放し過ぎもダメ、無関心は論外。何事も程々にとはわかっているけど、こればっかりはねぇ」
 何を、とははっきりと言わない。明確な言葉に表せない事は、お互いが何となく理解し合うしかない。くいと杯を傾けたユウレンは暗闇の中に溶け込んだ鶏小屋の方を見る。空になった杯に久巳が酒をついでいるとふいに
「……もし、友人と約束をしている日に恋人が予定を開けろ、と言われたら、どうする」
 と言い出した。久巳からしてみれば恋人だろうが友人だろうが先に約束した方を優先する。それが、どうしてもその日でなくてはならないような重要な事ではない限り。素直に言うのも面白くないと思った久巳は
「あんたと同じだろうよ」
 とだけ答えた。少なくともユウレンは寅吉郎の手助けをし、彼のどこで学んだかわからない義理人情をたててくれた。寅吉郎にとって、姐さんと慕う久巳以外の誰かの下につくのは彼の心情に反する。結果的には逢柝にとっても、良い経験になった。その彼女が恋人最優先という考えを持っているとは、思えない。
「……なら、お前の疑問も同じだ」
「そうかい。これでまた一つスッキリしたよ。ところでその例え、誰から聞いたんだい?」
「……友人に。銀幕市でならこの例えが通じやすい、と」   
「へぇ、お前にも友人なんていたんだな」
「乙女の会話に無断で混ざるなんざいい歳した男のすることじゃないよ」
 誰が乙女だと軽口を叩きながら空いている杯を一つ取るレイドの腹に一発、拳をめり込ませてから久巳は酒を注いでやる。辺りが暗くなり遊びづらくなったからか、縁側へと歩いてくる逢柝が注いでやるなんてやっさしーいと棒読みで言うと、聖稀は余計なこと言わなければいいのに、と苦笑している。
「レイドもルシファもユウレンさんのお友達だよ! えっとね、友達の友達も友達だから、お姉ちゃん達も友達!」
「あ、丁度良い。寅吉郎では馬鹿の邪魔が入ったから今度あんたが手合わせしてくれよ。一回でいいから聖稀の放った矢とかたたき落としてみたいんだ」
「いや、逢柝先輩、それできたらスター疑惑まっしぐらだから。できなくていいから。お願いだから出来ないままでいてください」
「えー? 聖稀もアーチェリーの練習とかしてみたいだろ? プー助達も連れてってさ、砂浜で遊ばせてる間に〜、とか」
「ルシファがふくちゃん達と遊んでるよ! ヴェルちゃんも一緒に! レイドは釣り上手だよ!」
 色々と想像したのか、聖稀は真顔で確かにと考え込み、久巳は久巳で釣りたての魚で一杯ってのもいいねぇ〜と既に酒盛り気分に入っている。
「だろ? 師匠とは呑み友達にもうなってるし…………レイドはやめといた方がいいぜ」
「わざわざ指名するなよ! みんなのひとくくりでいいだろうが!」
「うっさい! そんなにユウレンと遊びたいのかよ!」
「俺だってたまにはのんびりしたいんだよ! 釣りくらいさせろよ!」
「わー。お船にお泊まりできるかな。レイドのユウちゃん持っていけるかな」
「え? レイドさんのユウちゃんって?」
「抱き枕のユウちゃん! すっごく可愛くてね、レイド毎日一緒に寝てるの!」
「ばっ! ルシファお前余計なこと言うな!」
 無邪気な天使ルシファのとんでもないプライベート暴露よりも、慌てて隠そうとする三十代独身男性レイドによる行動の方が生々しく、逢柝と聖稀は一歩引いた。
「え、ユウちゃん、って、何? ユウレンさんの、ユウちゃん?」
「聖稀ーーーー! 変な事言うんじゃねぇゴブァ!!」
 必死に弁解するレイドの横っ腹に逢柝の飛び膝蹴りが決まるとレイドは地面に突っ伏した。途中、レイドの手から放り投げられた杯は壊れないようヴェルガンダがきちんと取っている。 
「こんの変態! 幼女思考にロリコンな上デカメロンマニアか! どこの上級変態紳士だこのヒゲ!」
「誰が幼女思考でロリコンだ! 何だよデカメロンと上級変態紳士ってのは! ヒゲか!? ヒゲがダメなのか!? ヒゲで眼帯だとだめなのかよ!?」
「いや、そこまで言ってないよレイドさん、落ち着いて」
「え、えっと、あれ?」
 激しい口論と一方的な殴り合いをなんとか止めようとした聖稀は途中で諦め、現状を理解出来ていないルシファと並んで応援を始めた。
 久巳は苦笑しつつも仲良しだねぇと笑い、ユウレンと酒を飲み始めた。
 

 ハザードが無かったかのように、その日も何時もと同じように終わっていった。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
この度はオファーありがとうございました。

また、制作期間を長めに頂いたにもかかわらず納品が遅れ、長い間お待たせしてしまい申し訳有りませんでした。

全力で書き上げましたので、どこかで笑っていただけたり、心の片隅に残ってふと思い出していただければ、と思います。

口調や名前の呼び方などで何かございましたら、事務局経由でご連絡くださいますよう、お願いいたします。

改めて、オファーありがとうございました
公開日時2008-09-23(火) 12:50
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