★ 世にもキュートなナイトメア ★
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
管理番号95-7239 オファー日2009-03-31(火) 23:35
オファーPC 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
ゲストPC1 流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ゲストPC2 桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
ゲストPC3 佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
ゲストPC4 珊瑚姫(cnhy1218) ムービースター 女 16歳 将軍家の姫君
ゲストPC5 平賀 源内(cmtd7730) ムービースター 男 34歳 からくり設計者
<ノベル>

 マニアに人気の高い映画というのは、関心のあるひとであれば、何もそんなに全てを捨てて研究し尽くさなくてもいいんじゃと思うくらい隅々までディープに知ってるが、そうでないひとは、だって俺の人生に何の影響もないもんね、と、ストーリーどころかタイトルすら正確に記憶していない。つまり両極端。映画に限ったことではないが。
「ナイトメアワールドの住人たち」という、シュールなクレイアニメがある。
 特異な作風で定評のあるホラー漫画家が、ある日突然、天啓だか電波だかを受けてしまい「俺はクレイアニメ映画を作る。そのために生まれてきたんだァァァーー!」といきなり思い立ち、しかしスポンサーはつかなかったので、結局は私財をつぎ込んで創った作品である。
 いったいどういう映画かというと。

 ――ダークで奇妙で不条理な悪夢世界が、憎むべき「ほのぼの菌」に侵されて荒廃していく。
 このままでは、陰惨や奇想は失われ、悪夢で構成されているナイトメアワールドは滅びてしまう。
 ほのぼのを駆逐するべく、今、住人が立ち上がった! 
 懸命に悪い夢を集める住人たち。しかし、その凄まじいパワーを押さえることはできず――以下略。

 主人公は、顔にも耳にもマスクメロンの柄が入った三白眼のうさぎ、マイメロン。
 マイメロンの双子の姉、垂れ目のメッフィー。
 双子の幼なじみの、着流し姿で眼帯をした猫、ハロー吉。
 いつも遠くを見つめている無職のクマ、ぷー太郎さん。
 このついていけなさ感全開の素敵なラインナップを見ただけでも、「……いやぁ、ウチには荷が重すぎますわ」と、広報に協力を求められた関連会社の営業担当が後ずさりしたのを、誰が責められようか。

「ナイトメアワールドの住人たち」のことを語るとき、マニアもマニアでないひとも決してタイトルでは呼ばない。
 マイメロン、メッフィー、ハロー吉、ぷー太郎。
 非常に奇妙なのだが、よくよく見ればある意味かわいいと言えなくもないキャラクターの特徴から、こう呼ぶのだ。


    きみょかわ映画、と。


 その日。
 対策課は、めちゃめちゃ忙しかった。
 きみょかわキャラクターズがモブも含めて20名ばかり、ばばーんと景気よくまとまって実体化したのである。ちょっとやそっとの個性派ムービースターには驚かない銀幕市民も「わぁ……。すごい……」と、感嘆と困惑の入り混じった声を上げてしまうくらいの大迫力だ。
「みんな、落ち着いて。慌てたり焦ったりしても、何も解決しないわ」
 代表的立場のマイメロンは、見知らぬ世界に動揺しているきみょかわキャラたちを励まし、勇気づけ、てきばきと指示を行っていた。
 ナイトメアワールド随一のクール・ビューティーと言われているだけあり、肝が据わっていらっしゃる。
「さあ、これで全員、住民登録は終わったわ。どういう事情でこうなったのかも、納得はできないけれど理解はできたつもりよ。それで私たちは、この世界でどう暮らし、どう生計を立てていけばいいのかしら? セーフティネットとしての市役所は、ちゃんと機能しているんでしょうね?」
 と、凄みのある三白眼で、冷静かつ堅実に対応を求めるのだった。
 対策課職員もそこはプロであるので、『銀幕市の歩き方』を人数分配布し、実体化→適応の流れについて、先輩ムービースターの例を参考として説明を行った。
 住居の確保は、仮設住宅の非公式紹介などにより何とかなるとして、マイメロンが一番心配しているのは、生活費の捻出についてである。
 詰め寄るマイメロンたんに職員は、
「皆さんで力を合わせて、カフェを経営してみてはいかがですか? ムービースターのお店は、どれも人気店ばかりですよ」
 と提案をした。
「たとえば、こちらとか」
『銀幕市の歩き方』の該当ページを、職員は指差す。そこにはカフェ『楽園』の写真が掲載されており、優美な女王と森の娘たちが魅惑的に微笑んでいる。
「……ふうん。私たちとよく似た立場なのね」
「……………いえ。そんなに共通点はないような………」
「いいお店じゃない。悪くないコンセプトだわ」
 カフェ経営はマイメロンたんのお気に召したようだった。
「ここは……、ベイエリアにあるのね。競合店を近くに出して『楽園』のお客を根こそぎ奪ってしまうと申し訳ないから、私たちは、そうね……ダウンタウンがいいかしらね。仕入れに使える安いスーパーのあるところ、ああ、銀幕ふれあい通り。ここにしましょう」
 そんなこんなできみょかわキャラクターズは、カフェ『ナイトメア・センセーション』を開店する運びとなった。
 そして事件は、そこから始まるのである。

  ★ ★ ★

 こちら、人間のクール・ビューティー流鏑馬明日は、きみょかわマニアであった。
 こときみょかわ関係については誰の追随をも許さず、銀幕市一、いや日本一世界一宇宙一造詣の深い彼女のこととて、「ナイトメアワールドの住人」が実体化し、ふれあい通り角のスーパーまるぎんから数えて4軒目の空き店舗を使用してカフェ経営を行うに至ったという情報を、光速キャッチしていた。
 そして彼女が、栄えあるお客様第1号となったのである。
 明日がカフェの扉を開け、出迎えたマイメロンと顔を合わせた瞬間。
 ……まるで雷に打たれたような魂の共鳴を感じたことは言うまでもない。
 たっぷり30秒見つめ合ってから、ようやくマイメロンが口を開く。
「あなたは……、誰?」
「銀幕署の流鏑馬明日よ」
「そう。私は、ナイトメアワールドのマイメロン」
「知ってるわ……。あなたのことは何もかも。誕生日も、好きな男の子のタイプも、本当は家庭的で……、お料理上手で、お掃除もお洗濯も大好きで、洗剤はすずらんの花の香りのものに限るって思ってることも」
「なぜそれを……!?」
 そう、マイメロンのキャラクターは屈折していた。言い当てられて、三白眼のうさぎは耳をぴくりと動かす。
「……お願い、誰にも言わないで」
「もちろんよ。秘密は守るわ……。ナイトメアワールドの月に誓って」
「ありがとう。明日さん」
「メイヒでいいわ。マイメロン」
「うれしい。私たち、もうお友達ね。メイヒ」
「ええ。親友よ」
「……おまえらなぁ……」
 メイヒたんと同行したおかげでなし崩しに栄えあるお客様第2号になった桑島平刑事は、メイヒたんとマイメロンたんがしっかと両手を握り合ったあたりで、やっとこさ口を挟む機会がめぐってきた。
 桑島さん、何かもう疲れちゃって(早ッ!)脱力してるのだが、それでも律儀にツッコむあたり、さすがは上司兼相棒の面目躍如である。
「秘密っても……映画見りゃわかることなんだろうし、それに、ここに居合わせた全員が聞いてるわけでなぁ」
 しかし桑島さんは、すぐに、もっと疲れることになった。
「素敵! 清らかな人間の女の子とピュアなファンタジー世界の住人の心が通じ合ったとき、魔法の鍵が生まれ、未来への扉が開き、世界は破滅から救われるのね! いいものを見せてもらったわ。ふたりともありがとう!」
 握手し続けている明日とマイメロンの両手に、すっげーハイテンションなお声とともに、別の両手が重ねられたからだ。
 偶然居合わせたお客様第3号、二階堂美樹である。
 実は美樹たん、ホントはきみょかわカフェを訪れる予定ではなかったのだ。
 このところ、ふれあい通りはムービースターの経営による店舗の出店ラッシュが続いている。
 ちょうど同じ日、この隣に、天下無敵の萌えゲー「けも耳メイド♪ 大好きご主人様」のアニメ化作品から実体化したメイドたちが、「メイド♪喫茶」なる、ベタこの上ないが吸引力抜群なお店を開店し、美樹たん、ぎゅいぃ〜んと吸引されたんである。
 女性向け恋愛ゲー大好きな美樹たんなれど、メイドは別腹。愛くるしいけも耳メイドちゃんたちに「お帰りなさいませ♪ 美樹お嬢様」と言ってもらうべく出向いたにも関わらず、はたとお隣のきみょかわオーラにえもいわれぬ不可思議な魅力を感じてしまい、ついついふらふら〜〜とこっち入っちゃったのだった。
 きみょかわキャラには失礼ながら、いわば「魔が差した」のだが、しかし今は心の底からきてよかったと思っている。
 とはいえ美樹たん、基本的に世界観を誤解してるっぽい気がした桑島さんは、
「おまえの思ってるのとはちょっとばかり違うんじゃねぇかー」
 などと言ってみたのだが。
「いいえっ、これは運命の出会いなのよ。世界滅亡の危機を知った少女は虹の橋を渡り、伝説と邂逅し、異世界の住人と出会う。やがて少女の心の扉は開かれ、自分の本当の力に気づくの。そして、ふたつの世界を救う戦士となるのよ……!」
 キラキラした瞳でここまで言われちゃうと、桑島さんだけでなく、明日もマイメロンもメッフィーもハロー吉もぷー太郎もその他きみょかわも、「二階堂さん二階堂さん。すんませんそれちょっと違うっす」と、突っ込むべきなのかな〜と思わなくもなかったが、よくよく考えてみれば、美しい誤解ゆえの弊害というのは発生しても微々たるものだ。
 そんなわけで、うんまあ、美樹さんがそう思ってるんならそういうことにしとこっか、と、見交わす目線で会話できるくらいには、メイヒたんもマイメロンも現実派なのだった。

  ★ ★ ★

 そんなこんなで。
 きみょかわたちと運命の出会いをした明日と、メイド喫茶以上のファンタジックな萌え(註:美しき誤解だが)を感じた美樹は、必然的にその日から、「ナイトメア・センセーション」の常連となった。
 桑島さんについては、まあその、きみょかわキャラが嫌いなわけじゃないけど、ヴィランズさんたちとのハードボイルドなお付き合いのほうを選んでしまって、そんなにしょっちゅうは顔出しできなかったのだが。
(……でも……。こんな素敵なお店、すぐに銀幕市中の評判になって、連日大行列ができてしまう。そのうち混雑して入れなくなるわ……。マイメロンもメッフィーもハロー吉もぷー太郎さんも人気者になって、あたしから離れていってしまうかも……)
 明日たんは、きみょかわを愛するあまりそんな心配まで暴走しちゃってたけど、それについては――うーん。世間様にマニアの比率は少ないものであって。

 1週間が過ぎ、2週間が経過した。
 だが、来客はいっこうに増えなかった。大評判の大行列になったのは、お隣のメイド喫茶のほうだった。
 きみょかわたちのシュールな外見は、一般受けしなかったのだ。
 マイメロンの接客方針が、クールでドライで事務的だったこともあったかも知れない。
 そんでもってこのカフェ、今どき珍しい『珈琲専門店』に特化した結果、無駄にマニア度を上げてしまったせいかも知れない。 
 いつ行っても店内は閑散としており、明日と美樹の貸し切り状態。ときどきそこに桑島さんが混じる的な日々が続いた、ある日のこと。
 まるぎんへの買い物帰りだという、珊瑚姫と源内がふらっと現れた。
「おお〜。明日と美樹ではありませぬか。桑島どのも。奇遇ですのう〜」
「美女ふたりが差し向かいでお茶してるのは、いい光景だな」
「……源内さん、珊瑚ちゃん。こんにちは」
「偶然ね! ここでふたりに会えるなんてラッキー!」
「よう」
「む? 桑島どのは、なにゆえそんなに、すみっこにおられるのですかえ?」
「何となくだ」
「……いらっしゃいませ。今日のおすすめは、スマトラ島アチェ産のコピ・ルアックよ」
 無表情にメニューを差し出すマイメロンを、珊瑚姫はじーーっと見つめる。
「むむっ? このかふぇは初めてなれど、何とも味わい深い……、良いきゃらくたーでいらっしゃいますな。それに、何となく……明日と雰囲気が似ているような……」
「ちょっと待てー! コピ・ルアックったら、ジャコウネコが作る幻のコーヒーじゃないか。珍品中の珍品だぞ。そんなものが普通にあるのかこの店」
「やはり、混んでいるお隣ではのうて、こちらのお店に来て正解だったでありましょう、源内?」
「……いやぁ、隣にももちろん後で行列に並ぶけどな! そうだ美樹、一緒にどうだ?」
「えっ、源内さん同伴でメイド喫茶? いいの?」
「君とは一度じっくり、萌えゲー話について熱く語り合いたいと思っていたところだ」
「そうなの? 実は私も前々から、源内さんとは話が合いそうな気がしてたのよ!」
「これこれ源内。娘御同士の楽しい時間を邪魔しては申し訳ないですえ。……すみませぬのう、美樹、明日。源内は、ぐっどるっきんな娘御を見たら脊髄反射であたっくする仕様になってましてのう〜」
「明日も誘いたいところだが、揃っていなくなるとマイメロンが寂しがりそうな気がしてな」
「源内さんらしい……。コーヒーを飲み終わったら、行ってくるといいわ。あたしはここで、珊瑚姫やマイメロンと話してるから」

 ……のような一幕もありつつ、しかし、事態は思わぬ展開を見せた。

  ★ ★ ★

「ただいま」
「やっぱり、戻って来ちゃった」
 源内と美樹たんは、意気揚々とお隣のメイド喫茶へ繰り出したわけだが……。
 小一時間も経たぬうちに切り上げて、きみょかわカフェに帰ってきたのである。
「……早かったのね」
 けも耳メイド喫茶の行列に並ぶために店を出たふたりを、少し寂しそうに(無表情だが)見送ったマイメロンは、早めの帰還にちょっぴり嬉しそうだ(無表情だが)。
 明日と差し向かいの椅子に腰掛けた美樹は、ほぉっと深呼吸をして、テーブルに突っ伏す。
「はぁ〜。落ち着くわー。マイメロンちゃんのミステリアスな三白眼とクールでドライな接客。気を使わなくていいからくつろげるわー」
「そうなんだよなー。隣のけも耳な美人さんたちの営業方針は、むしろ客側に機嫌を取らせるタイプの、カフェつーよりキャバクラ風つうか、ゲーム的な駆け引きがあってなあ。ちょっとした言葉ですぐ怒るし泣くし、気力に余裕のあるときはいいが、癒しを求めてるときは行く気にはならんなぁ。客同士を、ゆっくり話もさせてくれないしな」
「綺麗な女の子を見たいなら、ここで明日さんを見てればいいものね」
「まったくだ」
 ひとしきり、メイド喫茶体験の感想を述べ合っていたときだ。

 きみょかわカフェのドアが、ばーんと開いた。
 目が覚めるように華やかな、愛くるしい少女たちが数人、つかつかと入ってくる。
 リボンつきのカチューシャで飾られた柔らかな巻き毛からのぞく、ふっさりした猫耳。長い睫毛にふちどられた、ぱっちり大きな瞳。ふわりと広がる、フリルたっぷりなミニ丈のメイド服。細く長い脚をぴったり包みこむ、ピンヒールの編み上げブーツ。
 けも耳メイドたちだった。
「いらっしゃいま……」
 何事かと思いながらも、マイメロンは声を掛ける。
 しかし彼女らは、じろじろと店内を見回し、嘲笑を浮かべた。
 そして、さくらんぼのような可愛いくちびるは、辛辣な言葉を放ったのだ。
 
「……わたくしたちのお店から、早々に出て行かれたお客様がどこに流れたかと思ったら」
「まさか、お隣だったなんてね」
「ああいやだ。こんな店の隣っていうだけで、不愉快だっていうのに」
「ここにお客様が来るなんて信じられない。趣味悪ーい」
「好みは人それぞれだけど……。こんなみっともない動物の、どこがいいのかしら」
「見て、あの三白眼とマスクメロン柄」
「不気味ー」
 
「……何ですって」
 メイドたちの、失礼極まりない言いがかりに、真っ先に明日が立ち上がった。
 表情はまったくいつもと変わらないのに、背後に怒りのオーラが真っ赤に燃えている。
 美樹と珊瑚と源内も腰を浮かし、揃ってテーブルに手をつく。
「あんまりだわ!」
「ひどすぎますえー!」
「いくら君たちが可愛子ちゃんでも、許しがたいな」
「……聞き捨てならん」
 それまですみっこにいた桑島さんは、メイドたちの前に進み出て、マイメロンを後ろ手に庇う。
「いいか、けも耳の嬢ちゃんたち。そりゃあ、たしかにマイメロンはきみょかわの三白眼で無愛想で、おまえらみたいな萌えとは程遠い容姿だ。だがな、メイヒと同じくらい頭が良くてしっかり者で気配りに長けたいいヤツなんだ。マイメロンを侮辱すると、俺が許さんぞ!」
「「「「桑島さん……」」」」
 マイメロン、明日、美樹、源内が、桑島さんの熱血に息を呑む。
 珊瑚姫は、感動して涙ぐんでいた。
「桑島どの……。なんと漢らしい。妾は今、うっかり惚れてしまいそうになりましたえ〜」
「……惚れんでいいからな」
 来客全員がナイトメア・センセーション側に付き、形勢不利と見たけも耳メイドたちは、
「な、なによ」
「ひどいわ。わたくしたちのほうが、こんなに可愛いのに」
「きみょかわなんかに負けるなんて、屈辱だわ」
「見てらっしゃい、マイメロン」
「二度とふれあい通りでお店なんか開けないようにしてやるから!」
「吠え面かかせて差し上げてよ!」
 と、ちょーっ、あんたらどこのヴィランズやねんな捨てぜりふを吐いて去っていき――

  ★ ★ ★

 急展開が起こったのは、翌日の、まるぎんタイムセールの真っ最中だった。
 目玉商品に、さらに値引きシールが大盤振る舞いされる時間帯とあって、銀幕市素敵な奥様ズも、きみょかわたちも、珊瑚姫も、そしてけも耳メイドたちも戦場に突入していた。

 正々堂々、フェアプレイ精神に乗っ取って、戦士たちは特売商品を争っていた矢先。
 けも耳メイドのひとり、猫耳のシンシアちゃんが、マイメロンの腕をねじり上げ、叫んだのだ。

「この子、最低ですわ! 貼られたばかりの値引きシールを、片端から剥がしましたのよ!」
 
「……ちがう。私はそんなことしてない。はがしたのはシンシアさんのほう……」
「まあ。罪をなすりつけるなんて、いい度胸ですこと」
「これ、シンシア。妾はずっと、まいめろんの近くにおりましたが、そのような形跡はなかったですえ?」
「なんですの珊瑚姫。あなたもわたくしのせいになさるつもり? この子ではないという証拠はありますの?」
「そう云われますと……。この人混みではなんとも」
「じゃあ誰がはがしたのかしら? 現に、剥がされたシールは、マイメロンの手首にくっついてるじゃない」
「……いつの間に……! 知らない。私は知らないわ」

「あらあらあらあら。まあまあまあまあ」
 レジから身を乗り出して、まるぎんパート歴10年の佐藤きよ江さんは、その様子をチェックしていた。
「何だかもめてるわねぇ長崎さん。いやねぇ、最近の若いメイドは、見かけばかりが可愛くても淑やかさとか奥ゆかしさに欠けてて。おばちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいわ」
「ほんとねぇ佐藤さん」
「あれは、ふれあい通りのメイド喫茶の猫耳の子と、きみょんかわんカフェとかいうとこのへんてこうさぎと、カフェ・スキャンダルのドジなウエイトレスよねぇ。何があったか知らないけど、よりによってタイムセールの最中にもめるなんて、よっぽどの事情があるに違いないわ。ねぇ鹿児島さん」
「ええ、佐藤さんの読みは鋭いと思うわ。そうでしょ大分さん」
「そうね。若い娘があんなにいがみ合うのは、やっぱり男関係じゃないかしらね」
「それそれそれそれ! それよそれ。絶対そうよね。どうしたって若い娘は恋に生きちゃうものだものね。そういえばご近所だから見かけたことあるんだけど、この前ね、ほら源内さん、リュ・ジェヨンがやった、あの人と別の女の子が連れ立ってメイドの子のお店に入ってったのよー」
「えっ、リュ様がらみなの? そりゃもめるわ」
「そう思うでしょ熊本さん。いい男よねリュ様。若い女の子を振り回して、罪ねぇー」
 きよ江さんの脳内で、何かものすごい恋の相関図が壮大な輪舞曲を展開しているのをよそに、一報を受けた店長が、
「シールなら貼り直しますから、皆さん、そんなことで喧嘩なさらないでください」
 と取りなして、その場は収まったのだが……。
「うまく誤魔化していただいて、助かりましたわね。今日はこのくらいで、勘弁してさしあげるわ」
 シンシアは捨てぜりふを残して去り、
「何ですとー! これっ、しんしあ、まいめろんに謝りなされー!」
 追いすがろうとする珊瑚姫を、マイメロンは首を横に振って止めた。
「いいのよ、珊瑚姫。これは、シンシアだけでなく、この街と私たちが馴染まないだけなのかも知れない。……仕方がないわ。結局私たちは、ナイトメアワールドの住人だもの。『ほのぼの』と相容れなくて当然よ。……お店、畳んだほうがいいのかもね」

『ナイトメア・センセーション』の店頭には、【本日休業】の札が出された。
 収まらないのは、まるぎんから戻ってきてからずっとしょげっぱなしで(でも無表情)一言も口を利かないマイメロンを心配した、メイヒたんと美樹たんと桑島さんである。
 珊瑚姫から事情を聞き、まず、ごごごごごーーーっと燃え(でもいつもの表情)、暴走モード全開になったのは明日だった。
「マイメロンの冤罪は、あたしが晴らしてみせるわ。……待ってて、特殊部隊を呼ぶから」
 通常であればそれを止める桑島さんも、今回ばかりは明日に同調し、暴走中である。
「おう! 呼べ呼べ! 責任は俺が取る!」
 そんでもって、銀幕署刑事ズの熱血に感激した美樹も、
「もちろん私も協力するわ! 今から事件現場のまるぎん食料品売場を調査してもいいわよ!」
 と、超ハイテンション。
「妾のこの手が真っ赤に燃えますえ〜。敵を倒せと轟き叫びますえ〜」
 つられて珊瑚姫も、無駄にお不動くん召還体勢に入っている始末。
(うわ。このメンバー、止めるやつがいねぇ!)
 一同の大暴走をどうしたものかと源内が考えあぐねていると。
「あらあらあらまあまあまあ。たまにはお茶でもと思ってきたんだけど、今日はこのお店お休みなのねー。残念だわぁ」
 人が出入りした気配を感じなかったのに、気づいたときにはきよ江さんが、ちゃっかりと椅子に腰掛けていた。
「……吃驚した」
 その神出鬼没ぶりに、本当に心の底から度肝を抜かれた桑島さんに、
「まあまあまあ刑事さん。居合わせただけなのに悪いわねえ、お茶入れてくれるなんてそんな。焙じ茶なんかいいわねぇ」
 と、有無を言わせずお茶を出させるあたり、大女優並みのVIP感である。
「今日まるぎんで、女の子たちがもめてたでしょ。おばちゃん、あれ、恋のさや当てがこじれたんだと思うのよね。お茶の御礼に、刑事さんにだけこっそり教えてあげるわ。ずばり、この源内さんが原因ね!」
 びしっと指さされ、源内は慌てる。
「俺は無実だーーー!」
「いいえっ。源内さんがふらふら目移りしてないで、彼女をひとりに決めれば丸くおさまるのよ。ね、そうなさい。良かったら口利きしてあげる。どの子が本命なの? おばちゃんに打ち明けて。悪いようにはしないから」
「……いや、そういう複雑な話じゃなくてな……」
 ――そうだ。
 要は、単純なことなのだ。
 きよ江さんがカオス度を高め、二重三重に捻りを加えてくれたおかげで、かえって光明が見えてきた。

「なあ。いつぞやのまるぎん倒産回避プロジェクトのとき、売場の防犯カメラも最新型のにしたと聞いた。誰が値引きシールを剥がしたかなんてのは、その映像を確認すればいいだけのことじゃないか?」
 
  ★ ★ ★

 ……で。
 調査の結果。
 防犯カメラには、タイムセールのどさくさ紛れに素早くシールを剥がしてはマイメロンの手首にくっつけた、い け な い シンシアたんの映像がばっちり映っており――
 動かぬ証拠を突きつけられたシンシアたんとけも耳メイドたちは、全員できみょかわカフェに謝りに来たのだった。

 どうやら。
 メイドたちは、自分たちが提供している萌えがベタであることを認識しており、きみょかわキャラに脅威を感じていたらしい。

 とはいえ、ツンツンなシンシアたんの謝りかたは、すっごい偉そうだったので、明日・美樹・桑島・珊瑚は、まだ許してはいないようである。
 きみょかわカフェをメイド喫茶以上の人気店にして、そっちに閑古鳥を飛ばせてやると息巻く今日この頃だ。
 
  ★ ★ ★
 
【営業中】の札を出し、マイメロンは呟く。
 ほんの少し、三白眼をやわらげて。

「この世界では、ほのぼのを憎まなくてもいいのかも知れないわね」


 ――Fin

クリエイターコメントお待たせしましたーー!
このたびは、けも耳メイドたちにさえ危機感を与えたほどの、新たなる萌えの新天地、「きみょかわカフェ」にまつわる事件のご依頼をいただき、まことにありがとうございます。
美樹たんの、場をぱぁっと明るくするテンション、メイヒたんの、きみょかわへの深い造詣と燃えさかる情熱(でも無表情)、ツッコミ属性桑島さんの熱い漢気、そして桑島さんをも振り回すきよ江さま(さま?)の、圧倒的存在感と神出鬼没っぷり。きみょかわカフェは大人気店に成長することでしょう。
このゴールデンメンバーに珊瑚姫と源内も関わらせていただき、感謝感激です。銀幕市の魔法が消えた今も、こうしてありし日の楽しいエピソードを記事に残せることがうれしいです。

どちらさまにも、ごちそうさまでした。
公開日時2009-06-14(日) 21:00
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