★ ウィザード・ワンドとファウンテン ★
クリエイター亜古崎迅也(wzhv9544)
管理番号447-3217 オファー日2008-05-23(金) 00:23
オファーPC シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
<ノベル>

 ぱし、ぱしり。
 室内が一瞬、青白い光に包まれる。カーテンや乱雑なデスクの輪郭をなぞるように、ぱしぱしと細い針金のような閃光が走っていく。備え付けられたカレンダーはばさばさと揺れ、鏡は光をぎらりと強く反射した。
 ぱし、ぱし、
   ぱしん。
 水面を弾いたような軽やかな音色。何度か響いた後――それきり音は途絶えた。
 部屋から不思議な光が失せ、元の明るさに戻る。カレンダーやカーテンもゆっくりと静かになった。

「くそ……また失敗かよ」
 ちっと舌打ちして、シュウ・アルガは眉を寄せた。一度片手をぶんと振って魔力の残滓を払い落とし、不機嫌な顔のまま頬杖をつく。
 彼は苛立っていた。いや、焦っていたのかもしれない。
 胡座を掻いたシュウの膝元にあるのは、渋い、味のあるオークに似た木で作られた杖だ。正確には『杖だったもの』と言った方が正しいだろうか。それは今、二つに割れ、壊れていた。
「直んねえと困るっつーに…!」
 シュウが悪態をつく。
 先日のとある事件で損壊して以降、暫く魔術を施した護符で凌いできたものの……いわゆる応急処置では、あらゆる勝手が不便過ぎた。
 杖を直そうと彼なりに試行錯誤してみたのだが、何度やっても上手くいかなかった。
 桜やカボチャの接ぎ木とは訳が違う。
 切断面を凸凹に嵌め込んで栄養を与えていれば、自ずと継ぎ目は一つに繋がるが、杖は杖であって、植物ではない。材質は木ではあるが、あくまで工芸品(アーティファクト)なのだ。人の手が加わっている以上、そこに『息づく力』は流れない。
 いや、魔力と言う生きた動力を流し込む事は可能だ。それは彼ら、魔術の徒と呼ばれる者達にとって造作も無いこと。
「ったく……面倒な『作り方』しやがって」
 問題なのは、シュウが修復を試みているのが、お散歩用などではない『魔術師の為の杖』だと言う事実だ。
 魔術道具の修復は容易ではない。
 魔法、見えない動力に手綱を掛けられる者達が、より強い力を行使する為に、或いは力を抑える為に必要なのが、杖その他魔術道具だ。魔力を制御する為に、あらゆる術式・印・陣が施されている。
 道具の損壊はつまり、術式の崩壊を意味する。
 壊れた杖を繋げようにも、内部に織り込まれた複雑な魔術の欠片に邪魔されて、魔力が上手く結び付かないのだ。何とか繋げたとしても、それで魔術道具としての力まで直るかは怪しい所である。シュウほどの類い稀なる術者の道具なら、なおの事。
「……。コンビニで売ってたら苦労しないのにな」
 半ば諦め気味にぼやきつつ、シュウが部屋の床にごろりと寝転がった。
 と、その頭頂部にコンコンと軽い衝撃が加えられる。
「あ。空っぽの音がした」
「おい……お前なあ」
 ジュースの缶をシュウの頭に当てながら顔を覗き込んでくるのは、下宿先の友人だ。
「杖直ったのか?」
「いんや、直んねー…」
「落ち込むなよー。面白い話持ってきたからさ」
 マンゴー100%ジュースの缶をシュウに渡し、どっこいせと友人が床に座り込む。シュウは缶を受け取って体を起こした。
「まず、そうだなあ……シュウは奇跡とか信じるか?」
「何だよいきなり。何処の占い師の真似だそれ」
 友人はタピオカ100%と書かれたジュースを一口飲み、うーんと唸った。
「……旨いのそれ…?」
「なんかさ、『ルルドの泉』ってのが実体化してるらしいよ。壊れたものを直したり、傷を癒したり、若返ったりする奇跡の泉とかって。…観光地みたいには、なってないと思うんだけどさ」
 危ないかもしれない。と言って、友人が映画のパンフレットをシュウに寄越す。
「シュウが奇跡とか信じるなら、試しにその杖持って」
「ふーん。奇跡ねえ」
 魔法だとか超常現象の類いを操ってる人間に、今更可笑しな質問だよなと思いながら、シュウはしみじみとパンフレットを眺めたのだった。


〈少女の前に聖母が現れたのが物語の起源である〉
〈奇跡。と謡われし泉の力は、〉
〈あらゆる病を癒し、望みし者に不老を、失ったものは在るべき所へ、壊れたものはたちまち元の姿を取り戻すという〉
〈悪しき心を持つ者が泉に触れた途端、〉
〈守護者は泉の水を砂に変えてしまう――〉

 洞窟内は湿った匂いに充ちていた。
 岩肌は青く、仄かに光が宿っているようで、洞窟全体に、月光を浴びた水面のような淡い光が映っていた。
 金色の光の蝶を連れ、シュウが洞窟内部を歩いていく。蝶は道のりを照らし出し、シュウの行く道を指し示した。僅かに零れた、光を帯びた鱗紛が、洞窟の青白い光と重なり、不思議な緑の色味を作り出している。
「なーんか、如何にもって感じだよな」
 シュウは内部を見渡しながら、すんと鼻を鳴らした。
 強い水の気配を感じる。辺りに満ちた気は恐らく、例の泉から染み出したものなのだろう。
「不老の力だっけか。…って言うと、やっぱり――」
 大抵群がる奴は居るだろうな、と言い掛けて、シュウはぴたりと歩みを止めた。
 洞窟の向こうから……微かな話し声が聞こえてくる。
(ほんと、ありがちだって)
 苦笑か面倒臭さ故の溜息か、微妙な表情を残して、シュウは杖を握り直した。

「何処だ、そいつは何処にあるんだ」
「手柄は山分けだぞ」
「泉の水を手に入れて売り捌くんだ。ぼろ儲けだな」
「肥えた豚共の事だ、大金叩いてでも欲しがるぜ」
 斧やナイフを装備した小汚い格好の男達が、地図を囲んでぶつぶつと言い合っている。どいつも人相が悪く、明らかに悪党、と言った風情だ。ルルドの泉と同じ、もしくは別のファンタジー映画から実体化したヴィランズなのだろう。
「まあ慌てんな。歩いていきゃあ、そのうち辿り着けるんだから」
 白い剣を腰に提げた女が窘める。おうよ、と男達が頷いた。
「人間ってのは貪欲だねえ。マシなおまんま食えてるだけじゃあ、物足りないんだとよ」
「全くだぜ」
 青白い洞窟内に、げらげらと下品な笑い声がこだまする。

「ま。それは俺も同感」
「?!」
 突然、仲間の誰でも無い声が響いた。男達が振り向こうとした刹那――

『充たせ』

 さあああぁぁと、煙のような白く深い霧が満ち始め、あっと言う間に辺り一面が真っ白に埋め尽くされた。
「なんだ!?何も見えねえぞ!」
「くそ……誰の仕業だ!」
 噎せ返るほどの強い湿気の匂い。濃い霧に視界を奪われ、男達が喚き出した。
 その混乱の合間を走り抜ける人影。
「ちっ!待ちやがれ!」
 気配に気付いた男が、人影を捕まえようと手を伸ばす。相手はするりとかわして逃げてしまう。
「おい!そいつを捕まえろ!」
 男が叫んだ。仲間の一人が前のめりになりながら追い掛ける。
 がしりと人影の腕を掴んだ。
 が、掴んだのは腕ではなく、固い棒――杖だったようだ。
「うぉ、それは離せって!」
 杖を掴まれたシュウが慌てて男の手を払い退ける。
『ボルケーノ!』
 女の高い声が響いた。
「魔法使いが居たのかよ……!」
 炎と熱が吹き荒れる。霧が瞬く間に蒸発し、視界が晴れた。
「喰らえ!」
 シュウの杖を掴んでいた男が斧を振り翳した。ぎりぎりの位置で摺り抜け、シュウが膝を突き上げる。
 男の腹部に重い一撃がヒットした。
「ゴフ……ッ」
 僅かな血液の雫が飛ぶ。
「焼けちまいな!」
 女が叫び、剣を振り上げた。途端に女の白い剣が煙に包まれ、バチバチと紫雷を帯び始める。
「魔法剣士か!それとも剣はお飾りか!?」
「残念――あたしゃこっちも使えるんだよ!」
 バチバチ――ッ!!
 女はシュウに跳び掛かった。白い刃が迫り来る。シュウが杖で刃を受け止める。
 ガッ―――!
 硬い衝突音が響く。
 体重と跳躍分の負荷を受け止めながら、シュウがにやりと笑った。
「くく……なかなかやるじゃん、女盗賊の姉ちゃん」
 悪党に負けず劣らずの悪者っぽい台詞である。その額には、僅かに汗が浮いていたが。
「そりゃどうも……!あんた、何者だい?」
 女がギリギリと剣に力を篭める。シュウの運動靴が砂利を強く踏む。
「俺?只の通りすがりの天才魔道士」
 にやっと笑んで見せる。
「おかしな奴だね、あんたも――ッ!」
 女盗賊が背中に回していた手を振り上げた。
 銀線が煌めく。
 ナイフだ、と思うより早く、それは低い位置から滑るように――シュウの腹部に迫ってきた。
「………!『爆ぜろ』!」

 閃光。
 爆竹のような破裂音。
 シュウのすぐ側で小爆発が起き、女が一瞬怯んだ。
 その隙を着いてシュウがバックステップを踏む。背後に回避しながら、もう一度唱える。
『爆ぜろ、白き雷(いかずち)!』
 パシィィン――ッ!
 空気の摩擦による小爆発、プラズマが発生する。強すぎる光と破裂音が轟く。盗賊共が目を覆った。
「ぐぁ……!」

 暫しの圧倒感。

「…くそ!逃げられた!」
 目を開けた時には既に、シュウの姿は何処にも無かった。


「ふー……もう来ない…よな?」
 壁に手をつき、大きく肩で息をしながら、シュウは歩いていた。
 彼の歩んだ後の地面には……ぽたり、ぽたりと、赤い雫が滴っていた。
「…大の大人共がうら若き青年に寄ってたかりやがって…」
 陳腐な文句を言いつつ、額を押さえた。手に赤い血がべとりと付着する。結構出血しているが、間一髪で避けたから傷は深くは無いようだ。
 脇腹も少し服の生地が裂け、血が滲んでいた。これは最後に女盗賊がかましてきた、ナイフによる傷だろう。
「ちょっと乱暴に扱っちまったかな、杖……ん?」
 シュウが立ち止まって壁に凭れ掛かった、その時だ。
「……」
 何か気配がする。
 静かに佇んでいるような、動きの少ない、何者かの気配が。

 洞窟の奥を見据えてみる。変わらず青白い岩壁が続いているが、水の気配はより強くなっている。泉が近いのだろう。
 だがそれとは違う、別の気配。
 シュウがゆっくりと歩き出した。

「……何だ、これ」
 広場のように拓けた空間があった。その地面には、コウモリやトカゲ、不思議な姿の生き物が転がっている。
「な」
 何だ、ともう一度呟こうとして、シュウ自身も異変に気が付いた。
 視界が暗くなっていく。シュウの瞼が閉じかけているからだ。
 急激に意識が遠退いていく。
(やばいぞ、これ……)
 薄れゆく意識の中で、洞窟の向こうに、大きな水溜まりみたいな……泉が見えた。
 どさり。
 シュウの視界と意識は、底で暗転する。


 これは夢、だろうか。
「アストレアの宮廷魔道士団…に入りたいと思ってるんだ。まだまだ未熟だから、頑張らないと」
 宵の暗黒が窓の外に広がっている。奈落がぽっかりと口を開けているようだ。月は銀色に煌めいて、静かにこちらを見下ろしてくる。
「僕は…フォルローグに残りたいな。留年じゃないよ、先生になりたいんだ」
「皆、夢があっていいね」
「シレンは?」
 見た事がある光景だ。
 全てを飲み込んでしまいそうな宵闇の中、暖かいランプの明かりを囲んで、友人達は身を寄せ合った。
 並ぶ彼らの顔はまだあどけなさが残っている。とても懐かしい。
「シレン。聞いてるの?」
「聞いてるよ」
 魔道学院生だった頃、こうして仲間達と語らった事があった。将来への迷いや孤独感に押し潰されそうになりながら、若い彼らはお互いに励まし合った。
「シレンは卒業したらどうするの?」
 赤毛の少女が問い掛けてきた。
「俺は……研究を続けたい、かな」
「シレンは勉強家だね。あたしはね……此処を出たら、冒険者になるの」
 少女がにっと笑んで、肩を叩いてきた。
「あんたも頑張ってよ」
 貴族ばかりの学院だったが、友人達は皆、思いやりがあって優しかった。

 卒業試験の日が近付いていた。
 寝る間も惜しんで、個人課題である古代魔術の研究に没頭する日々が続いた。

『シレンは?シレンは卒業したらどうするの?』
『俺は……研究を続けたい、かな』
 それは――答えと呼べる代物だったのだろうか。

「………」

「シレン!シレン居る?」
 部屋をどんどんと叩く音が響いた。ノックとは呼べない、慌ただしいものだった。
 手早くドアを開く。
 友人が息を切らしながら見つめてくる。その顔は青ざめていた。
「……どうした?」
「彼女が倒れたんだ……!」

『シレンは?シレンは卒業したらどうするの?』
『俺は……』
 答えはまだ、見つからない。


 ぴちゃり。じゅる。
「………ん」
 頬に当たる冷たい砂利の感触と咀嚼音に気が付いて、シュウの意識は引き戻された。
 ゆっくりと目を開ける。
「…失ったものは在るべき所へ、壊れたものはたちまち元の姿を取り戻す……だったっけか?」
 洞窟内にゆらゆらと青白い光が揺蕩っている。その地面に横たわる生き物の姿。
 赤い雫。咀嚼音。
「ずっと忘れてたって事か……まだボケるには早いよな、俺」
 あんな大事な記憶を。
「あんたは――ベルナベッタか?それとも守護者(ガーディアン)か?」
 血の滲む手で杖を握り締め、シュウはゆっくりと立ち上がった。
 泉に半身を浸かった女性がこちらを見る。
 長い髪。麗しい頬の色。穏やかな聖母の微笑みを浮かべながら――彼女は口元を赤く染め、倒れる生き物の臓物を喰らっていた。
 半身は長く伸びている。蛇のような姿で、泉に浸かっている。背筋が凍るほどおぞましい、醜悪な異形だった。
 先程出会った悪党達の武器が散らばっているのが見えた。

〈悪しき心を持つ者が泉に触れた途端、〉
〈守護者は泉の水を砂に変えてしまう――〉

 映画の筋書と違う。第一、こんな異形は登場しない筈だ。
 考えられる事実は一つ。
 夢の反転。ムービースターのキラー化。
「なぁ。あんたは独りで悩んだり、迷ったりしてたのか…?」。
 じゅるるるる。ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ。
 杖を構え、シュウは跳躍した。


「迷うな」
 俺は迷ってなんか、いない。

『燃え尽きろ!!』
 ごぉぉぉと真っ赤な炎が燃え盛る。守護者の牙を避け、シュウが呪文を唱えた。
 ビシャアア――ッ!!
 髪を振り乱し、守護者が尾を振るう。泉の水が溢れ返る。滝のような水量で、瞬く間に炎が消されていく。
 
「お前の目的は何だ」
 ……。そんなの、決まってる。
 帰るんだ。俺の故郷へ。

『充たせ!』
 ばしゃばしゃと水浸しの地面を走りながら、シュウが叫んだ。濃い霧が現れ、守護者の周りを覆っていく。シュウが聞き取れないほどの速い呪文を紡ぎ、そして。
「ちょっと痺れるかも。――悪く思うなよ」
 シュウが壁に足を掛け、跳躍した。守護者に向けて杖を振り翳す。

『穿て―――ッ!!』

 バシィィィイィッ!!
 空間を切り裂くようにして、雷の竜が現れた。バチバチと甲高いリズムを刻み、鋭い顎(あぎと)で守護者に齧り付いた。
「マクラダ・カウンセプシウ、ギャアアオオオオオオオアアアアアアァアァッ!ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセ、カウンセプシウ―――ッ!」
 呪文のような言葉が混じった、悍ましい奇声が轟く。
 やがて地面には一巻の黒いフィルムが転がり……風に溶けるようにして、さらさらと消えていった。


「もう迷うな。お前はお前の思う通りに生きて、その為にその力を使え」
「……」
「これをお前にやろう。お前の道標となるように」


 ぴちょん。
 泉は青白い不思議な光を放っていた。シュウは杖の護符を剥がし、泉の中に杖を浸す。
「『もう迷うな、お前はお前の思う通りに生きて』か……いかにも自由人らしい台詞だよな、全く」
 ついでに顔を洗いつつ、血や汗を拭った。

 泉に浸した杖を持ち上げる。ぽたぽたと水の雫が滴る杖は、壊れた部分など何処にもなく、綺麗さっぱり修復されていた。

 一本の大樹。
 か細い芽から全てが始まり、根を伸ばし、枝を広げながら大きくなっていく。どんなに曲がりくねりながらも、太陽を目指して伸びていくのだ。やがては果実を実らせ、小さな始まりの種を落としていく。
 その揺るぎなき輪廻の恩恵の一部を切り、削り出したのがこの杖だ。
「お前の道標となるように」
 その意味が、ようやく分かったような気がした。

 ゴゴゴ……
「お、此処も危ないか。さっさと逃げないとな」

 杖を握り直し、シュウは走り出した。ぐしょぐしょの運動靴で地面を蹴りながらも、確かなステップを刻むように。

 その手はしっかりと、ウィザードの杖を握り締め。

クリエイターコメントお待たせしました、またしても遅くなって申し訳ありません……!!(血涙)
魔法使い、杖の修復、冒険ファンタジーなオファーを頂きまして、転がるように喜びながら書かせて頂きました(笑)忘れかけていた道標を、次第に思い出していく彼の姿が描けていたらなと思います。道に迷ったり傷付きながらも、一本の道標はきっと彼の中に根付いているのだと。
この度のオファー、誠に有難う御座いました。お気に召して頂けたら幸いです。
公開日時2008-06-15(日) 13:30
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