★ 笛吹きたちとオッサンの大特撮戦 ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-6851 オファー日2009-03-04(水) 21:01
オファーPC 桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
ゲストPC1 赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ゲストPC2 ケイ・シー・ストラ(cxnd3149) ムービースター 男 40歳 テロリスト
<ノベル>

 最近銀幕ジャーナルの片隅をにぎわせているのは、悪の組織・グログロ団だった。いまとなってはあんまりなネーミングだが、30年以上前に作られた特撮映画から実体化した組織なので仕方がない。ただ、『グログロ団事件捜査本部』と達筆で書かれた会議室前の垂れ幕を見るたび、桑島平とその相棒はビミョーな気持ちになっていた。
 実体化したグログロ団は幹部である怪人2名、そして「ニー!」としか言えない戦闘員30名あまりで構成されているらしい。銀幕市の一般市民を拉致っては、あやしい技術で人体改造している。拉致された人々はクモ人間やダニ人間に改造されて、数日後には道ばたで転がっているところを保護されていた。しかし人体改造とはいってもそれほど深刻なものではなく、2、3日安静にしていればもとの人間の姿に戻れる。理由は不明だが、改造技術が安定していないようだ。
 それだけでも十分ハタ迷惑なのだが、最近彼らは破壊活動も行うようになった。怪人製造がうまくいかないので、あきらめて手持ちのコマで暴れることにしたのだろう――というのが銀幕署の見立てである。
「どうせ港の倉庫アジトにしてんじゃねぇか?」
 なかば投げやりな桑島の考えは当たっていた。……ことに警察と桑島自身が気づくのはもっとずっとあとのコトだ。
 グログロ団が登場する『正義の超人パルサーマン』は、日本特撮の歴史の中に埋もれた作品のひとつだったが、桑島は幼少の頃に劇場版を観た覚えがあった。内容はほとんど忘れてしまっている。やはりウルトラマンと仮面ライダーとスーパー戦隊のインパクトにはかなわなかったのだろう。
 しかし、ほとんど忘れていただけで、すべて忘れたワケではなかった。
 決戦の舞台が港だったコトを、おぼろげに覚えていたのだ。


 銀幕市ベイエリアの倉庫街が占める面積は広大である。移動に車が使われるくらいだ。大きな倉庫がいくつも並んでいるせいか、見る者は正常なスケール観を狂わされて、倉庫街がまさに『街』に思えてしまうのは珍しくなかった。
 ここにはアズマ超物理研究所の支部があり、さらには各映画製作所が所有する「セット」としての倉庫もある。倉庫街の一区画がまるごと撮影現場として確保されている場合もあった。日によっては、そういった区画からハデな爆発音が響いてくることもある。
 今日はまさにその日だ。つい1分前まで、日曜朝に放送されている某特撮の劇場版の撮影が行われていた。「OKです!」の声が響き、どこからともなく溜息とまばらな拍手が起こる。
「フヒー! おつかれさーん!」
 ススだらけになった悪の幹部が、愛想良く他の出演者に挨拶しながら、カメラのフレームの外に出る。ススけたマスクを取ると、いわゆる中の人――赤城竜の汗だくの顔が現れた。
「すいませんねー、予定狂っちゃって」
 若い助監督が赤城のもとに駆けつけてきて、ペコペコ頭を下げた。赤城はまったく気にともとめていなかったが、今日の撮影は予定よりもだいぶ時間がかかってしまったのだ。赤城はタオルで顔をぬぐいながら時計を見たが、確かに40分も遅れている。
「いやいやいや、気にすんな! 昔から予定は未定っつーだろう。オレも今日は終わったあとの予定なんかないんだしな。でも、なんで遅れたんだ?」
「マイクが銃声拾っちゃいましてね」
「銃声?」
「近くで、ホラ、あのガスマスクのヤツらが訓練始めちゃったみたいなんスよ。確認取ったら案の定無許可でしてね。山でやれよって話です。でもホラ、怖いじゃないスかー、注意しに行くの。ソレでちょっとスタッフがモメましてね」
「ガスマスク……、あぁ『ハーメルン』か! なんだ、オレに言ってくれればすぐとんでったのによー」
「え、赤城サン、ヤツらと仲いいんですか?」
「おうよ、酒飲んだ仲でもあるし、いっしょに悪を倒した戦友でもあるんだぜ。話してみりゃ、けっこう面白いヤツらだぞ」
「……まぁ確かに、素直に訓練中断してくれましたけど……」
「中断? ってコトは、まだこのへんにいるのか」
「はい。4番倉庫のあたりですよ」
 助監督が指差した方向を確認して、赤城は頷いた。彼は出演者とスタッフに挨拶すると、首から下は悪の幹部の格好のままで、テロ集団がいるという場所に向かっていった。
 撮影は終わったということを、スタッフのかわりに彼らに伝えにいくつもりだった。


                    ★  ★  ★


 桑島は相棒と二手に分かれたことを後悔した。
 いくら倉庫街が広いからといって、そして人手が足りないからといって、普通は二手に分かれるべきところではなかったのだ。だいたい映画でも二手に分かれたが最後、どちらか一方はひどい目に遭うではないか。最悪の場合、死ぬ。
(でもまさかオレのあてずっぽうがドンピシャだったなんて思わなかったんだよー!)
 心の中で誰かにお詫びし、桑島はソロソロと追跡を再開した。
 倉庫街のはずれ、あまり使われていない古い倉庫群の中を、見るからにあやしげな格好で行進する集団を発見してしまったのである。全身タイツよりも若干マシな全身スーツに、なつかしいチープさのお揃いのマスク。桑島が見た『正義の超人パルサーマン』の記憶が、ジワジワとよみがえってきた。アレはグログロ団だ……間違いない。
 かれらは「ニー」「ニー」と呟きながら、ゾロゾロと列を成して歩いている。数は……20人か。いや30人はいそうだ。とても銃1丁が武器の人間ひとりで太刀打ちできる数ではない。だが、偶然とはいえ発見した犯人グループを、みすみす逃すワケにもいかない。せめて、ヤツらのアジトさえわかれば――。
(フン、こっちは何年デカやってると思ってんだ。尾行なんて基本中のきほ……)
「きさまァァァ……見ィたァなァァァアア!」
「ぅえっ!?」
 尾行中にヘマをした覚えはなかったが、桑島の背後で声がした。驚いて振り返ってみれば、そこにはいかにもカメレオン怪人と判断できるカメレオン怪人がいて、真っ赤な口を開いていた。怪人の姿は消えたり現れたりを繰り返している。おそらく姿を消してあたりを警戒していたのだろう。
「キシァアアア!」
「ニー!」
「ニーッ!」
「ぉわー、やめろ離せやめろーっ!」
 カメレオン怪人の叫び声に気づき、戦闘員もワラワラと集まってくる。先頭にはいかにもエビ怪人と判断できる怪人がいて、桑島を押さえつけたカメレオン怪人に声をかけてきた。
「なんだ、敵かカメーレオン!」
「ザリガーニ様。コイツは刑事のようです」
 エビではなくザリガニ怪人だったようだ。
「刑事だと……。一般人より身体能力が高いかもしれんな。よし、改造だ! 中に運べ」
「ニー!」
「離せ! はーなーせーっ!」
 桑島はもがいたが、たちまち戦闘員数十名に担ぎ上げられ、あちこち錆びついた古い倉庫の中に運びこまれてしまった。
 桑島のダミ声は、ひっそりとした倉庫街の一画に、むなしく響き渡った……が、声を上げたのはムダではなかった。ソレを聞きつけた者が、幸運にも拉致の様子を目撃していたのである。
「あ、あの茶色のスーツにあの声……。桑島か!?」
 ススけた悪の幹部スーツのままの赤城竜だった。ハーメルンが4番倉庫付近にいると聞き、そこを目指したつもりだったが、あまり立ち入らない区域だったので迷ってしまったのだ。
「待て! あー、クソッ!」
 悲鳴を聞くとほとんど反射的に身体が走り出していたが、集団の動きはすばやく、アッと言う間にボロい倉庫のひとつに駆けこみ、錆びついたシャッターを下ろされてしまった。
 思わず悪態をついてから、倉庫の手前にポツンと落ちていたものに駆け寄り、拾い上げる。
 ソレはまさしく警察手帳で、赤城の友人桑島平のものに間違いなかった。
「見たことある連中だったな……。クソー、特撮ならたぶん見てるんだが……。あー、アレだアレ、あー名前が出てこねぇ!」
 30年以上前にテレビや銀幕で見たような気もするし、最近銀幕ジャーナルで悪の組織が暴れていることも目にしている。しかし、いまはその組織の名前を思い出すより、連れ去られた友人を助け出すのが先決だ。
 このままひとりで突撃するべきか。いや、ソレは危険すぎる。ざっと見ただけでも連中は30人以上いた。特攻しても、ミイラ捕りがミイラになるだけだ。しかし対策課や警察に連絡を取っている時間はない。
「かー、めんどくせぇ! 突っ込むか、あとは知らん!」
 本当に単身突っ込みかけた赤城の耳に、かすかに号令じみた掛け声が飛び込んできたのはそのときだった。
 そして赤城は、ちょうど自分が会いに行こうとしていた武装集団の存在を思い出した……。



 テロ集団ハーメルンは4番倉庫の前にいた。ガスマスクは整然と並んで腕立て伏せをしているところだった。
「おーい! ここにいたかー!」
 赤城が声を張り上げると、リーダーのケイ・シー・ストラが振り向き、ガスマスクが全員腕立てを一斉にやめて立ち上がった。
「プリヴェット。熱血、その格好はなんだ」
 ストラは息せき切って駆け寄った赤城をマジマジと見て、ちょっと怪訝そうな顔で挨拶してくる。リアルな戦場のことしか知らない男にとって、特撮の悪の幹部の格好はなじみ薄いものだろう。
「ね、熱血ってのはオレのことか」
「貴様が着ていたシャツの漢字の意味を、以前誰かに教わった。今日はそのシャツを着ていないようだが」
「仕事が終わったところでよ」
「エイリアンでも演じているのか?」
「ちがうんだ、コイツは暗黒世界のガルド公爵……じゃなくていまはソレどころじゃねぇんだよ。力貸してくれ!」
 ストラは無表情だったが、赤城の大急ぎの説明に一切口を挟まなかった。ガスマスクたちもじっと赤城の話に聞き入って、ときたま赤城が指さす方向に全員揃って視線を向けたりしていた。
「ダ・ヤア。把握した。一般人を拉致する集団と聞くと少々耳が痛いが、頭数が足りないのであれば協力しよう」
 ストラは赤城にそう言い、次いで背後のガスマスクたちを振り返り見た。
「射撃訓練は明日に延期する。各自実弾を装填せよ。『人助け』に行くぞ」
「ダ・ヤア!」
 ガスマスクたちが、ジャカジャカと一斉に銃のマガジンを交換する。非常に頼もしいのだが、非常に物騒でもある。こいつらは桑島をさらった連中を皆殺しにするだろうな、と赤城は思った。血の惨劇が目に浮かぶようだ。赤城は確かに正義感の塊のような熱血漢だが、血なまぐさすぎるシーンはあまり好みではない。子供にも安心して見せられる映像がいちばんだ。
「オイオイ、気合入ってるのはいいんだが、虐殺はやめてくれよ。その……、晩飯がマズくなるからな。命乞いするヤツとかは見逃してやってくれ」
「フム。60年前に戦争を放棄した日本人にとって、血の海は刺激が強すぎるか」
 ストラが口の端をわずかに吊り上げた。ソレに合わせ、ガスマスクたちが小バカにしたように軽く笑ったので、赤城はちょっと――いや、かなりムッとした。
「あのなぁ! 確かに国は平和ボケしてるかもしんねぇが、このオレは違うぞ。腰抜けは『熱血』を座右の銘になんかしねぇんだ。そもそもいっしょにフランキーと戦ったじゃねぇか。殺し合いやら戦いやらが『怖い』のと『嫌い』なのは別だろ。どうなんだ、オイ!」
 赤城は反論を並べ立てるうちにすっかりヒートアップしてしまい、知らないうちにストラに詰め寄っていた。しかしストラも一歩も退いていなかったので、赤城に拳を突きつけられた彼は、軽くのけぞっていた。
「ハラショー、貴様の言い分は理解した。貴様を突き動かすモノが正義感だということも」
「そんな大層なモンじゃねぇや。桑島はオレの友人だ。だから助けるんだよ」
 赤城はストラの青い目から、桑島が連れこまれた倉庫のある方角に視線を移した。
 ブキミなくらい、辺りは静まり返っている。うんと遠くで、クレーンやリフトが動く、重い金属音が鳴っているのがなんとか聞こえるくらいだ。
「熱血。周囲に敵らしき気配はない……その一団は斥候も放っておらず、われわれの存在や動向を把握していないと考えられる」
「あー、つまり、どういうことだ?」
「奇襲が可能だということだ。音を立てずに移動するぞ」
 黒いテロリストたちの動きには、人間が立てるような音が伴っていなかった。彼らの足音は、まるで潮騒に溶け込んでいるようだ。赤城は生唾を飲み込む音さえ立てまいと、息を殺しながらハーメルンの後につづいた。


                    ★  ★  ★


 桑島は服を剥ぎ取られ、頑丈そうな鉄製の手術台に寝かされ、厳重に拘束された。手術台の周囲にはあやしげな機械がゴチャゴチャと並べられている。
 銃も携帯電話ももちろん取り上げられたが、なぜかパンツだけは履いたままにしてくれた。慈悲なのか意図があってのことなのかはナゾだ。しかしパンツだけ残されてもどうにもならない。頭もガッチリ固定されてしまい、動かせるのは目だけだ。
 用途のわからない器具や機械は、否応なしに不安感を煽る。真上から手術台を照らすライトは、見つめていれば目がくらむほど明るい。しかし、その手術台の周りは不自然にほど真っ暗だ。その闇の中から、音も立てずに、さっき桑島を拉致したグログロ団戦闘員があらわれた。チープなマスクはかぶったままなのに、ご丁寧にも白衣を着ている。
「さて、貴様はなにに改造してやろうか」
 闇の中から、低い笑い声が響いてきた。手術台を囲んだ白衣たちが発した声ではなさそうだ。
「オイこら、俺は警察だぞ! 手ェ出したら後々おまえらにとってめんどーなことになるだけだ。やめろ!」
「名を名乗れ」
「名前言ったらやめてくれるのかよ……って、うわわわわ、待て待て待て」
 とりあえず腐ってみた桑島だったが、キラリと冷たく光るメスを突きつけられては、質問に答えるしかなかった。
「く、桑島平」
「ほう。……クワと言えばカイコだ。よし、貴様はカイコ怪人に決定。始めろ」
「ニー!」
「ば、バカじゃねぇのかおまえ!? テキトーすぎるだろ! って、うわ、やめろ、糸なんか吐きたくねぇぇぇぇ!!」
 桑島はあらん限りの力で抵抗した。未知の器具による拘束はかなり厳重で、四肢も頭もまったく動かせなかったが、手術台のほうは違った。桑島が暴れると手術台はガタガタ音を立てて揺れた。どうやら担架のようなモノを改造したらしく、足にキャスターがついていて、いまはソレをロックしてあるだけのようだ。
「ニー!」
「ニー!」
 暴れるな、と言いたかったのだろうか。白衣戦闘員たちは怒りの声を上げ、暴れる桑島を押さえつけて殴りつけた。
 歯医者でよく聞くようなカン高い音を立てて、ナゾの器具が回りだす。注射器を持った白衣が近づいてきた。酸素マスクのようなモノをかぶせようとしてくる者もいる。押さえつけられても殴られても、桑島はあきらめず、死に物狂いで抵抗しつづけた。
 そのせいでオペの開始がほんの少しだけ遅れただけでも、抵抗は無意味ではなかったといえるだろう。
 鉄の扉かシャッターが壊れるような、そんな大きな音がした。
「なにごとだ!?」
「ザ……ザリガーニ様……申し訳ございま……せん……」
「カメーレオン!」
 ザリガニ怪人と戦闘員が何人か、バタバタと走っていく。頭も固定されているので、桑島はなにが起きたのかわからなかった。白衣を着た戦闘員たちは完全に改造手術の作業を止めて、オロオロしている。
「貴様ら何者――うぉあああああ!」
「ニー!」
「ニー!」
 軽快かつ物騒な銃声が何十にも重なって鳴り響き、怪人たちの悲鳴がこだました。火花が弾けるような軽い爆発音も聞こえる。これは、特撮特有のやられ効果音だろう。なぜか怪人もヒーローも攻撃を受けると血ではなく火花を散らして吹っ飛ぶ。
「ニーッ!!」
 なにが起きたか把握できない桑島のまわりにも、その火花が飛び散った。白衣を着たグログロ団戦闘員が、ほぼ1秒で全員吹っ飛んでいた。
「クワシマ・タイラだな!?」
「間違いない。ジェット・マロウズのロッジで会った。コイツだ」
「ケガはないか?」
「お、おまえら……助けに来てくれたのか!?」
 桑島はあやうく涙を流しそうになった。ベッドに走り寄ってきたのは、見覚えのあるガスマスクにアサルトスーツの男たちだったから。かれらは設定上はテロリストなのだが、いまは銀幕市の平和のために貢献してくれている。
 できれば飛び起きたかったが、相変わらずガッチリ拘束されているので、桑島はなにもできない。
 流れ弾が飛んできたらしく、桑島の頭のすぐそばにある器具が火花を散らして壊れた。ガスマスクたちがそろって軽く肩をすくめる。
「は、早くコレ外してくれ!」
「落ち着け、交戦中だ。ソレにリーダーの許可がないと……」
「おまえらぁぁ! こんなときまでリーダーって、カンベンしてくれ!」
「桑島! 桑島ぁ! そっちかー!」
「!」
 聞き覚えのある声が近づいてきて、桑島は目を動かした。
 身動きが取れない桑島に、まるで抱きつくようにして駆け寄ってきたのは、赤城だ。
「あ……赤城さぁん!」
 桑島は今度こそ、ジワッと目に涙をにじませてしまった。どんな激戦を繰り広げてきたのか桑島には見当もつかなかったが、赤城が着ているナゾの衣装はススまみれだった。
「無事だったか! 待ってろ、すぐ外してやるからな」
 銃声がやまない中、赤城は未知の拘束具と格闘し始めた。適当なところを適当にいじったら、まず頭の拘束が外れ、次に右腕の戒めが解けた。
 桑島はその間できるだけおとなしくして、パニックを起こさぬように努めていたが、唐突にガスマクのひとりが火花とともに突っこんできたため大声を上げてしまった。ガスマスクの大柄な身体は手術台に激突した。
「うわっ、いでででででで!」
「うおぉぉ!?」
 手術台は倒れ、赤城も見事に巻きこまれてしまった。桑島も赤城もガスマスクも、ほんの数秒ほどうめくことしかできなかった。
「だ、大丈夫か?」
「手首折れそうになった、いってぇぇ。でもたぶん大丈夫だ。ガスマスクのヤツはどうだ?」
「……ゴホッ、クソ……、あのロブスター野郎、ハサミからミサイル飛ばしやがった……」
 テロリストは苦しげに咳きこんでいたので、赤城はその顔からガスマスクを剥ぎ取ってやった。テロリストは胸を押さえながら大きく深呼吸した。ケガをしているかもしれないが、恐らく命に別状はないだろう。
 桑島は倒れた手術台の下でもがいた。どうやらいまの衝撃で、左手首の拘束も外れたようだ。しかし、左足の拘束はいまだに頑強だった。
「くっそ、ネジが曲がっちまってる! どうすりゃ……」
 桑島の足を戒める器具の調節ネジがまるで動かない。手首の器具とは逆に、壊れて余計に拘束が固くなってしまったようだ。赤城が焦りを感じ始めたとき、硬いブーツの足音が、駆け足で近づいてきた。
「離れろ」
 ジェリコ941。
 無骨なハンドガンがヌッと視界の中に割りこんできたので、赤城は慌てて手を引っ込める。乾いた銃声が1発響き、桑島の左足が自由になった。
 ようやく周囲の様子を見ることができた。軽い地獄絵図だ。壊れた手術台の周りには、壊れたナゾの器具。ガスマスクが数人倒れてうめいているが、ソレ以上にのびたグログロ団戦闘員のほうが多い。
 桑島のそばには、赤城とストラが膝をついていた。ここは手術台が遮蔽物になっている。
「ハサミからミサイル出すザリガーニに……『ニー』って鳴き声……。やっと思い出したぞ。『正義の超人パルサーマン』の、グログロ団だな」
「さっすが赤城さん。特撮には詳しいな。マイナーなのに」
「マイナーってのが残念だよ。オレぁけっこう好きなヒーローだった」
「俺も見てた。劇場版も見た」
「しっかし相手がグログロ団なら、ちと厄介だぜ、ストラ」
「なぜだ?」
「幹部級の怪人はパルサーマンの必殺技の『パルサーストライク』でないと倒せねぇんだよ。カメレオン怪人もたぶん気絶しただけだ」
「どうりでライフル弾を当てても火花しか散らないワケだな」
 ストラは言いながらガリルのマガジンを交換した。
 テロリストたちがこれほど撃ちまくっているのに、ザリガニ怪人ザリガーニは倒れないのだ。さすが甲殻類、カメレオン怪人より装甲が厚いらしい。
 赤城はしばらく考えこんだあと、さっきハーメルンのメンバーから剥ぎ取ったガスマスクを見て、大きく頷いた。
「よし、オレも役者だ。いっちょやってみるか」
「なにする気だ、赤城さん」
「なーに、悪役会に丸投げさせてもらうのさ」
 そう言ってガスマスクをかぶり、立ち上がった赤城を、ストラは銃撃の手を休め、訝しげな顔で見上げた。
「やめろ! ザリガーニ、話がある」
「何者だ、きさま!」
「儂は暗黒世界の公爵ガルド。おぬしらには、知らねばならないことがある」
「暗黒世界だと……?」
 怒りは消えていないようだが、ザリガニ怪人のミサイル攻撃がやんだ。
 グログロ団戦闘員はほぼ全員ダウンしている。
 そのチープなマスクやスーツ、そしてミサイル攻撃を得意とするザリガニ怪人のフォルムを落ち着いて見てみると、赤城の胸に懐かしさがこみ上げてきた。
 ザリガニ怪人にとって、赤城のいまの出で立ちは馴染み深いモノだったのだろう。S10レスピレーターはどことなく虫っぽいデザインのガスマスクなので、若干アンバランスではあるが、「中の人」の素顔が出ている状態よりはよっぽど怪人らしい。
 マスクは違うが、ガルド公爵は堂々とした足取りでザリガニ怪人に歩み寄る。
 そしてザリガニ怪人は、赤城の話に耳を傾け始めた。
「なるほどな……。ヤツら、市民登録もしてないし、ここが銀幕市で、自分たちがなんなのかもわかってないってワケだ……」
 桑島が固唾を呑んでガルド公爵とザリガーニのやり取りを見守る中、ストラは無線をいじった。
「――こちら『ハーメルン』。現在地、ベイエリア倉庫街2番倉庫。指導者ドウジに連絡を頼む。悪役会のメンバーが30名ほど増えそうだ――」


                    ★  ★  ★


 数時間後。
 繁華街の店が閉まり、逆に飲み屋のネオンや提灯が色づき始める頃。
 偉い人たちや若い相棒にこってり絞られた桑島は、ようやく銀幕署を出ることができた。
 飲まずにはいられない超ローテンションで帰路につこうとしたそのとき、明るく豪快な声に呼びとめられる。
 赤城とストラが、銀幕署の前で待っていたのだ。
「よう、どうだった?」
「週明けまでに始末書……。あーーー、あんなに上に怒鳴られたの久しぶりだったぜ。チクショー」
「なんだ、ソレだけですんだなら儲けモンじゃねぇか! しかも締め切り週明け? 今晩は思いっきり飲みまくってもいいってことだろうが」
「……ソレもそうだよな、モノは考えようだ。グログロ団事件も無事解決したワケだし。今日はとことん飲みまくってやるぅ! ……って、ストラ。おまえまでいるのは意外だなぁ」
「事件の当事者には経過報告を行うべきだと思ってな」
「なーーーに堅苦しいこと言ってやがる! 桑島のクビが飛ばないか心配してたって素直に言え、このっ!」
 赤城が豪快に笑いながらストラの背中を叩く。ものすごい音がしたが、ストラは仏頂面のままだった。
「どうなったんだ、連中?」
「全員が市民登録を済ませ、悪役会に在籍することとなった。貴様を始めとした被害者には後日正式に謝罪する予定だ」
「そうか、ソイツはよかった。……今日は赤城さんとハーメルンのおかげで、俺もグログロ団もみんな助かったんだもんな。1杯おごらせてもらうわ」
「おっ、ホントか? んじゃ、いつもンとこでやってくか」
「ああ、あの屋台な。安くてうまいしこっちも助かる。んじゃ行きますかぁ」
「――集合!」
 桑島が歩き始めようとすると、ストラが植え込みに向かってするどく号令をかけた。
「ダ・ヤア!」
 ガサガサガサッ、と植え込みの影から黒づくめのガスマスクたちが飛び出してきて、桑島は絶句する。ストラひとりだと思っていたら、ハーメルンは全員ちゃんとそばにいたのだ。
「お、お、おまえらぁぁ! なんで隠れる必要があるんだよ! ついてきてたんなら言ってくれよ! あーーー、奢るなんて言うんじゃなかった……!」
 赤城が大爆笑し、ガスマスクたちも笑い声を上げた。



 桑島平のその日の受難はまだ終わらない。
 その後立ち寄った、赤城と桑島行きつけの、ガード下のおでん屋からは、酒という酒が消えることになったのである。ガスマスクたちは全員大酒飲みで、赤城とストラは飲み比べなど始める始末。
「おう、どうだぁストラ。焼酎と日本酒もうめぇだろ!」
「ん」
「おら、どんどん飲め! 飲みまくれ! 桑島の奢りなんだからな、がっはっは!」
「ん」
 桑島は今度こそ泣いた。
 カイコ怪人にならずにすみ、警察をクビにもならずにすんだ安堵の涙とはちがう涙を、思いっきり流した。
「大将……大将……俺……俺……なにか悪いことしたのかなぁ……? 事件は解決したのに……まだ不幸な人間が出るなんて……」
「お客さん……。煮卵は奢りますよ……」
「大将……!」
 今宵のガード下は、大の男の慟哭と、何語なのかわからないナゾの国の歌で、とてもにぎやかだった。

クリエイターコメントニー! オファーありがとうございました。
それにしてもなんでかれらは血が火花なんでしょうか。その設定(?)のおかげで、血なまぐさいノベルにならずにすみました。桑島刑事に乾杯!
公開日時2009-03-28(土) 23:10
感想メールはこちらから