★ 燃えよ!妖怪アパート! ★
クリエイター西向く侍(wref9746)
管理番号252-7481 オファー日2009-04-27(月) 02:49
オファーPC 岡田 剣之進(cfec1229) ムービースター 男 31歳 浪人
ゲストPC1 赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ゲストPC2 ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
<ノベル>

−壱−

「おや? 竜ではないか」
 背中から話しかけられた赤城竜(あかぎ りゅう)は、声の主を認めて自然と表情をゆるめた。
「よぉ、ゆきじゃねぇか」
 そう言って片手を挙げると、ゆきもまた笑顔で手を振った。
 赤城竜はベテランのスーツアクターである。スーツアクターとは、簡単に言えば着ぐるみの中の人だ。古今東西のさまざまな特撮物に、怪人役や怪獣役として出演している。
 もちろん、ふだんから悪役の着ぐるみをかぶっているからと言って、中身まで恐ろしげな人間とは限らない。彼は無類の子供好きとして知られており、また子供に好かれる普通のおじちゃんだった。
 それに対して、ゆきと呼ばれた少女は、あどけない姿をしているものの、ただのお子様ではない。彼女はいわゆる妖怪であり、どちらかと言えば人間から恐れられる類の存在だ。幸運をもたらす座敷童を怖がるなどもってのほかかもしれないが、得体の知れないものを忌避するのが人というものだ。
 とてとてと歩み寄り、「今日もお疲れ様じゃったの」とねぎらいの言葉をかけるゆきに、赤城は「おう」と応えて姿勢を低くした。目線を合わせたのだ。どうやら赤城にとっては、妖怪でも人間でも子供は子供ということらしい。
「今日は、どこでなんのショーがあったのじゃ?」
「にこにこタウンの屋上でな。ワルトワマンの――」
 そこで赤城は両手でピースをつくってカニのハサミのようにチョキチョキやってみせた。
「パルタソ星人じゃな!」
 ゆきは嬉しそうに手を叩いた。
「ああ。ゆきも見に来ればよかったのにな」
 そこで、少女の様子があからさまに落ち込んだものになった。
「わしもヒーローショウというものに行ってみたいんじゃがの……」
 ゆきは座敷童だ。ゆえに親はいない。子供だけでヒーローショウを観に行くのはなにかと問題も多い。迷子と間違えられて警備員に呼び止められでもしたら面倒だ。
 もちろん彼女にも身内と呼べるモノたちはいる。この銀幕市に来てからは市ノ瀬荘という古アパートに住んでおり、そこの住人たちは家族も同然だ。ただし、そのほとんどは外出するだけで騒動を起こしてしまうような外見や性格をしていた。
 一度、人間に化けることができる猫又の同居人に同行を頼んだことがあるのだが、恥ずかしがって一緒に行ってくれなかったという経験もある。
 しゅんとうなだれるゆきを見て、赤城は困ったように頭をかくと、
「よぅし、わかった! オレがヒーローショウがどんなもんか話してやるよ。なんでも聞いてくれ」
 どんと胸を叩いた。
 ゆきの表情がぱあっと明るくなる。
「本当か?」
「ああ。本当さ」
「だったら、わしの住んでいるアパートに竜を招待するぞ!」
「お、いいのか?」
 ゆきは一も二もなくうなずいた。
「そいつぁ、嬉しいなぁ。おじちゃん、張り切っちゃうぜ」
 言うが早いか、赤城は少女の脇を両手でつかまえると、ひょいと持ち上げて、そのまま自分の肩に乗せた。
「な、なにをするのじゃ?!」
 いきなり肩車をされて、ゆきは頬を赤らめている。
「がっはっは。いいじゃねぇか、オレがゆきの家まで連れてってやるぜ」
 威勢の良い大笑に、周囲の人々が何事かとふり返る。中には口元を押さえてくすくすと笑う者たちもいた。
 少女はさらに朱色を濃くして訴える。
「こ、これ、やめぬか! だれも今日招待するとは言っておらぬのじゃ!」
 じたばたと暴れるゆきを、「んあ? 今からじゃねぇのか???」と言って下におろす。
「客人を招待するのじゃ。それなりの準備というものが要るんじゃよ」
 羞恥のため憮然とするゆきに、赤城は「すまねぇ、すまねぇ」と謝りつつも「がっはっっは」と笑っていた。
 その笑顔を見ていると、ゆきもまた微笑まずにはいられないのだった。
 そしてこの数日後、スーツアクター赤城竜は、座敷童ゆきの招きにより市ノ瀬荘――妖怪アパートへと赴くことになるのだった。



 赤城が市ノ瀬荘を訪れるその当日、ゆきは茶菓子を買いにスーパーまるぎんへと足を運んでいた。
 妖怪アパートには実に多種多様な友人たちが出入りする。それゆえ、おもてなしの類は切らしたことがないのだが、今回は特別だった。管理人が風邪で寝込んでしまっているのだ。ゆえに、買い出しはゆき自らが行わなければならなかった。
 ゆきはお目当ての団子を手に入れ、ほくほく顔で帰途についた。
「――っ!」
 時間を気にして急いでしまったのがいけなかったのだろう。少女は道半ばで、つま先を地面にひっかけてしまった。
 とっさに身を庇って両手を投げ出す。当然ながら、手にしていたスーパーのビニール袋は宙を舞った。
「あっ!」
 後悔してももう遅い。小さな身体とお団子が、それぞれ別々にアスファルトに叩きつけられそうになる。
 身体と心と、両方の痛みを覚悟して目をつむったとき、
「よっ、と」
 軽妙な掛け声とともにそれら二つともを受け止めた男がいた。ゆきの腰帯を右手に、団子の入った袋を左手に、器用にバランスを取っている。
「危ないところでござった」
 ゆきが顔を上げると、見知ったお侍が胸をなで下ろした表情でいた。
「お侍殿!」
 岡田剣之進(おかだ けんのしん)は武士らしく会釈すると、まず少女を地面に立たせ、次に団子の袋を返した。
「ありがとう」
「いやいや、たいしたことではござらん」
 しかつめらしく襟を正したのは照れ隠しだったろう。
 二人は知己だった。ゆきは剣之進の剣技を純粋に尊敬していたし、剣之進もゆきのことは可愛らしいお友達だと思っている。
「おや? 鼻緒が……」
 剣之進がはたと気づく。ゆきの履く下駄の鼻緒が切れてしまっていた。これが原因で転んでしまったのだ。
「傷んでおったのかのう」
 少女は困り果て、足下を見下ろしている。これでは下駄を履いて歩くことは難しい。おもいきって足袋で歩くか、ケンケンしながら帰るか。思案していると、お侍が無言で背中を差し出した。
 とつぜんのことに、ゆきは戸惑ってしまう。
「ゆき嬢の住む屋敷は、この近くでござったな」
 うながすように剣之進が言った。要するに、おぶされ、ということなのだ。
 意図が分かっても、ゆきはまごまごしていた。おぶさるのが恥ずかしかったのもあるが、お侍の厚意に甘えて良いのか迷ったのもある。
「童が遠慮などするものではない」
 剣之進は前を向いたままそれ以上は無言だった。女子供を助けるのは武士として当然の務めなのだ。そして、武士に二言はない。
 ゆきは「ありがとう」とつぶやいて、お侍の背につかまった。ひょいと持ち上げられる感覚は、数日前に肩車してもらったときのものによく似ていたのだった。



−弐−

 赤城は市ノ瀬荘の門前で時間を潰していた。
 どうやら彼を招いた本人が留守にしているようなのだ。日にちを間違えたかと思ったが、確かに今日だ。時間を間違えたかと思ったが、確かにこの時間だ。
 応対に出てきた女性は、中に入って待つことを提案したが、固辞した。それは礼儀に反すると思ったし、なにより気恥ずかしいものがあった。相手は京都弁の美人だったからだ。
 特にすることもないので、ヒンズースクワットで身体を鍛えてみる。「よっ、はっ、ふん!」といった熱苦しい掛け声が響く中、招待者の少女がようやく戻ってきた。
「人の家の前でいったいなにをしておるのじゃ?」
 さすがの座敷童も白い目を向けている。
 おかまいなしに赤城は大笑した。
「スーツアクターは身体が資本だからな」
「おぬし、おとなしく待つという選択肢はないのか?」
「時間がもったいないだろう?」
 そう言われれば、時間に遅れたのはゆきの方だ。なんとも反論しづらい。誤魔化すように、少女はお侍を紹介した。
「こちらは赤城竜殿。わしの客人じゃ。こちらは岡田剣之進殿、わしが困っておるところを助けてくれた優しいお侍じゃ」
 剣之進は「お初にお目にかかる」と頭を下げ、赤城は「よろしくな!」と手を差し出した。
 どうにもちぐはぐな行動に、一瞬顔を見合わせ、思わず笑いが漏れる。
「そうじゃ! お侍殿も寄っていくとよい」
 ゆきが名案とばかりに声を大にした。
「いやいや、俺はこれで失礼する」
「遠慮などせんでもよいのじゃ」
「そうだぜ。遠慮なんかするなよ」
 なぜか同じ客の立場である赤城までもが、家人のように振る舞う。
 ううむと渋る剣之進の手をゆきが取り、仕方ないと相好を崩した剣之進の肩を赤城が叩いた。
 そこでようやく剣之進は「では、御言葉に甘えて」と首肯し、三人は仲良く並んで妖怪アパートの門をくぐったのだった。



 玄関の戸を開けると、上がり口に和装の女性がふたり、三つ指をそろえて待ちかまえていた。一様に頭を下げているので顔は見えないが、艶やかな着物の着こなしや、しなやかな指先から、たいそう優美な印象を受ける。
 剣之進は感嘆の声を漏らし、赤城は少し不審に思った。最初に訪れた際玄関口で出迎えてくれた美人とは、また別の女たちだったからだ。最初の女性は洋装だったし、日本髪も結っていなかった。
「ようこそ、おいでくださいました」
「ようこそ、おいでくださいました」
 計ったかのようにぴったりそろった言い回しに、赤城は「もしかして双子か」などと訝しみ、鈴の音のような愛らしい声音に、剣之進は「これはよほどの美人に違いない」と隠れた面(おもて)に思いを馳せた。ゆきはその隣でにこにこしている。
「本日はごゆっくりしていってくださいませ」
「本日はごゆっくりしていってくださいませ」
 これまた計ったように、二人ともが同時に頭を上げた。
「お!」
「あ!」
 赤城も剣之進も似たような形に口を開いた。
 女たちは双子でも美人でもなかった。いや、正確には、双子なのか美人なのか判断できない。なぜなら、彼女らの顔には目も鼻も何もなかったからだ。つるっとした表面に、ただ口だけがぽっかり空いている。しかも片方など、歯を真っ黒に塗っており、不気味ですらあった。
 どこか期待に満ちあふれた空気が流れ――
 ――赤城も剣之進も見事にそれを打ち砕いた。
「うおっ! 大江戸戦隊ゴヨウジャーから怪人カオナシ花魁のコスか! 渋いチョイスだな!」
「お歯黒とは、このご時世になんとも風流! 懐かしい!」
 今度は、女たちの口がぽかんと開けられる番だった。
 予想外の反応に狼狽する二人に、なおも大江戸戦隊ゴヨウジャーとお歯黒についてウンチクを語るスーツアクターとお侍。ついに堪えきれなくなった、のっぺらぼうとお歯黒べったりは、泣きむせびながら(当然涙は流れないが)身を翻した。のっぺらぼうに至っては、化け続ける気力が失せたのか、狢の本性を現して逃げていく。
 唖然とする二人に、「それはこっちの反応じゃ」と小さくツッコミを入れてみるゆきだ。
「なにか気に障ることでもしてしまったか?」
 真剣に悩む剣之進。
「オレたちに褒められて嬉しかったんじゃね」
 まったく見当違いの結論をくだす赤城。
 妖怪アパートの住人は、その名のとおり妖怪たちだ。彼らは人間を化かすことを楽しみにしており、客人が訪れるたびにあの手この手で驚かせようとする。つまり、今回の客人の反応は、彼らにとっては敗北も同然だった。狢などは普段あまり使わない変化の術まで使ったというのに、まるで良いところがない。
 ゆきは、仲間たちが二人を驚かそうとしていたことを告げようかとも思ったが、やめた。知ってしまったら驚かせることなどできなくなってしまう。
 他の仲間たちはまだあきらめていない様子だ。戸板や天井の隙間からチャンスをうかがっている。どうやら赤城と剣之進の対応は、妖怪たちの闘志に火をつけてしまったらしい。
「これも客人の楽しみのひとつじゃからの」
 しきりに首をかしげる剣之進と、さっさとスニーカーを脱いでいる赤城を、ゆきは奥へと案内した。



 二人が案内されたのは、ゆきの居室だった。
 ちゃぶ台のうえには、まるぎんで買ってきたお団子の乗った小皿が並べられ、その隣では、ゆきが手ずから煎れたお茶が温かな湯気をたてている。
 剣之進は行儀正しく楊枝をつかってお団子を切り分けてから口に運ぶ。武士である以上、こういった場での行儀作法にはこだわっているようだ。
 一方赤城は、お団子のど真ん中目がけて豪快に楊枝を突き刺し、一口で丸飲みにしていた。
「赤城殿、お団子はこうして黒文字を使って味わったほうがよいでござる」
 ごほんと咳払いして、さりげなくたしなめる。
「そんな、かてぇこと言うなよ。というか、くろもじってなんだ。くろもじって。がっはっは」
 大笑いするたびに、団子のかけらが飛び散っているわけだが、本人はあまり気にしていないようだ。
「黒文字とは楊枝のことでござる」
 なんとも不作法な、と眉をひそめてみたものの、主人であるゆきが黙っているどころか、むしろ楽しそうにしていたため、それ以上はなにも言わなかった。
「のぅ、竜。そろそろ話をしてくれぬか?」
 ゆきがそう切り出す。
「おっと、忘れるところだったぜ」
 赤城も、市ノ瀬荘を訪問した本来の目的を思い出し、笑いを止めた。
 話を聞かされていない剣之進だけは、なにやら落ち着かない。これからなにが始まるのだろうと不安にさえ思った。なにせあの赤城が真剣な目をしているのだ。
「そうだなぁ、なんのショウがいいか……」
「ワルトワマンはどうじゃ?」
「ワルトワかぁ。戦隊モノはどうよ?」
「だったら、バキレンジャーかゴヨウジャーかの」
 二人のやりとりを聞きつけても、剣之進はますます混乱するばかりだ。
 理解不能で苦悩している剣之進に気づき、ゆきがフォローを入れる。
「子供っぽい話ですまぬの。お侍殿はこういったものには興味がないじゃろ?」
「い、いや、あの、その、俺は横文字が苦手で……」
 うつむき加減で口ごもる。
「ああ、そっか。すまねぇ」
 そこで、ゆきではなく赤城が深々と頭を下げた。
 とつぜんの丁重な謝罪に、剣之進の方が動揺してしまう。
「か、顔を上げられよ、赤城殿。おぬしが謝る必要などないではないか」
 しかし、赤城は頑として頭を上げない。
「オレの仕事は子供たちが相手だ。だから、いつでもなんでもわかりやすく伝えることを目標にしてる。なのにオレはあんたのことが頭になかった。すまねぇ」
 そこはスーツアクター赤城竜として譲れない部分なのだろう。
 無遠慮の塊のような男だと思っていたが、案外と律儀なところがあるようだ。剣之進もあわてて言い募った。
「俺こそ、突然ここに押しかけたのだ。頭になくて当然でござろう」
「いや。ショウってのはな、会場に来ている全員に楽しんでもらわなくちゃいけねぇんだ。会場の隅でつまらなそうにしてる子供がいたら、それだけでオレたちの負けなんだよ……って、ショウってのはな、つまりそのぅ……」
 途中で英語を使ってしまったことに気づく。
「それくらいなら俺にもわかる。能や狂言のたぐいであろう?」
 能や狂言という表現に、ゆきですらも思わず吹き出してしまった。
「そ、それはちょっと……いや、だいぶ違うような気がするのぅ」
「うっ……ち、違うのか?」
「そ、そうじゃのぅ、ヒーローショウというのはじゃな、なんというか……」
 わたわたと手を振り、身振り手振りもまじえて説明しようとするのだが、うまくいかない。横から赤城までもが補足しようとしゃしゃり出てくるので、なおさら剣之進の頭上にはクエスチョンマークが踊っていた。
「じゃから、そもそも子供向けテレビ番組のひとつとして特撮物というのがあってじゃな――」
「って、ここが一番燃えるところだ! 男ならわかるだろう? いや、あえて男の子と言うべきか――」
 赤城は感情優先で伝えようとするし、ゆきはなるべく筋道を立てて教えようとする。
 五分ほど説明をつづけて、それでもお侍が怪訝そうな表情を崩さなかったので、ついにはゆきも赤城も黙り込んでしまった。
「す、すまぬ」
 剣之進がわけもわからず謝る姿を見て、赤城が叫んだ。
「ええい、めんどくせぇ! ゆき、紙と鉛筆!」
「う、うむ」
 迫力に押され、疑問を差し挟む余地もなく、ゆきは文机からノートと筆箱を持ってきた。
 赤城は筆箱から鉛筆を二本取り出し、なぜか一本を耳の後ろに挟み、もう一本でなにかをノートに書き始めた。
「なぜ鉛筆を耳に挟むのじゃ?」
 たまりかねてそこだけはツッコむ。
「この方が気合いが入るだろうが」
 さらになにやらツッコもうとしたゆきだったが、赤城の記す内容を目にして、言葉を呑み込んだ。徐々に瞳がきらきら輝き出す。
「これは……」
 手を止めて、にやりと笑う。
「実際見てもらうのが一番手っ取り早いだろ」
 赤城の笑みは、いたずらっ子のそれだ。
 そして、やはり剣之進だけが事態を飲み込めずにいるのだった。



−参−

 ゆきと剣之進が見守る中、赤城は満足そうに筆を置いた。
「これで、よし」
「すごい! 竜はこういうこともできるのじゃな!」
 ゆきが小躍りするのも無理はない。汚い字でノートに書き殴られたのは、まさしくヒーローショウの脚本だったのだ。そう、赤城はここでヒーローショウを実演してみせようというのだ。
 ようやく事情がわかってきた剣之進も、この短時間で台本を書き上げた赤城の手腕に感心する。
「なるほど。これがその『ひーろーしょう』とやらの元になるのだな」
 そこまで言って、あることに気づく。
「はて? どうやら俺の名が書いてあるようだが……」
 ノートには役者の台詞や動きが書かれているわけだが、その中にはっきりと自分の名前がある。
 赤城が力強く、剣之進の肩を叩いた。
「宇宙犯罪組織マブーの大首領、ダーク・サムライ。それが、おまえだっ!」
「よし。拙者、今日からだーく・侍に……って、いや、それはいったい何の役?!」
 思わずノリツッコミのお侍に、ゆきが拍手をする。
「お侍殿がダーク・サムライ、ぴったりじゃ!」
 褒められて嬉しくないはずもなく、剣之進は「いやぁ、それほどでも」と照れているうちに配役が決定してしまい、赤城は次の準備にとりかかっていた。
「そこのおまえ!」
 びしぃっと、誰もいない襖の方を指さす。すると、勢いに乗せられたのか、白い着物を着た冷たい感じの美人が襖の隙間から顔を覗かせた。客人を驚かそうとスタンバっていた雪女だ。
 赤城はどたどたと雪女に駆け寄ると、「司会のお姉さん役をやってくれ。これは美人でないと務まらん」と襖を開け放った。おっさんのあまりの熱苦しさに、一歩引いた雪女だったが、美人と言われて悪い気はしない。
「そこのおまえ!」
 今度は天井を指さす。天井板の隙間をすり抜けてすぅっと現れたのは、一反木綿だ。
「おまえ、ワイヤーアクションって知ってるか?」
 ふるふると首(?)を振る。
「よし、じゃあ、教えるからこっち来てくれ」
 こうして、次々と隠れ場所を言い当てられた妖怪たちが、赤城の前に出てくるわ出てくるわ。玄関でしてやられた狢とお歯黒べったりの仇討ちとばかりに、赤城と剣之進を化かす算段をつけていた彼らだったのだが、むしろ逆に驚かされていた。いったい赤城はどうやって彼らの居場所を知ったのだろうか。
「スーツアクターの勘だ」
 答えになっていない。
 理不尽なものを感じて、いまいち釈然としない妖怪たちだったが、もともとノリはかなり良い方だ。お祭り騒ぎも嫌いではない。監督が指示するままに、台本を覚えたり、演技の練習を始めるモノたちもいた。
「わっはっは。拙者はまぶーのだいしゅりょうだーく侍でござる」
 当然ながら剣之進も必死に台詞を覚えている。こちらは若干、嫌々やっている様子が見て取れたが。
 他の妖怪たちが着々と準備を進める中、ゆきだけがちょこんと取り残されていた。
 ゆきはしばらく所在なげに立ちすくんでいたが、
「なぁ、なぁ、竜。わしは何をすればよいのじゃ?」
 期待に胸をふくらませながら、思い切って赤城に尋ねてみた。
「司会のお姉さんは雪女の綾子さんじゃとして、大首領がお侍殿じゃろ。そうじゃ! わしはさしずめマブー兵かの?」
 すると赤城は、ぱちんと下手くそなウィンクをして、「お嬢ちゃんはここに座ってな」と部屋の隅っこに案内した。
「わしは座っておるだけなのか?」
 寂しげに落胆するゆきに、「ヒーローショウを見たかったんだろ? そこが観客席だ」と赤城はあくまでも座敷童をショウに出演させる気はないらしい。まだ何か言いたげなゆきを放って、演技指導に戻る。
 ちょこんと座って薄く涙を浮かべるゆきの隣に、ぶつぶつと自分の台詞を呟きながら剣之進がやって来た。
「赤城殿は、会場に来ている全員が楽しまなければ自分たちの負けだと言っておった」
 ぽんとおかっぱ頭に手のひらを乗せる。
「かの御仁のことだ。ゆき嬢だけに悲しい想いはさせまいよ」
 確かにお侍の言うとおりだ。あの赤城が、ゆきのことだけ何も考えていないはずはない。
 ゆきは赤城のことを信じようと思い、まぶたをごしごしとぬぐった。
「なにを言うておる。そのようなこと当然じゃろう。わしはヒーローショウを見たかったのじゃ。竜はきっとわしの望みを叶えようとしてくれているのじゃ」
 ゆきが笑顔を向け、剣之進もまた笑顔で応える。
 こうして、ゆきを観客としたヒーローショウ――『宇宙探偵バリバン』が、妖怪アパートの住人たちの出演・演出によって開催されることになったのだった。



「みんなー、元気ー?」
 舞台袖(廊下)から飛び出してきたのは、赤城の熱血演技指導ですっかり元気ハツラツ系お姉さんへとチェンジした雪女だ。女優としては一皮剥けたのかもしれないが雪女としてはどうだろうと、誰もが思うほどの変貌ぶりだ。
 雪女がマイク(しゃもじ)を観客席(部屋の隅)に向ける。
 ゆきはここぞとばかりに「元気!」と返事をした。
 ところが、雪女は「うーん」と小首をかしげて、「まだまだ元気が足りないなー」と困った顔した。
「もう一回いくよ! みんなー、元気ー?」
「元気ー!!!」
 今度は先ほどの数倍の大きさで返事がかえってくる。
 あまりの声量に、雪女もゆきも耳を塞いでしまったほどだ。姿は見えないが、妖怪うわんが持ち前の大声で観客代わりをしているのだ。
「お、お友達もみんな元気いっぱいみたいね。今日はまず最初にお約束があります。みんな、よく聞いて守ってねー」
 ゆきはうんうんとうなずいた。
「ひとつめは、ショウの途中に写真は撮らないこと。ショウが終わったあとに、お友達のみんなとバリバンでいっしょに写真を撮ることができるので、それまでは待っててね」
 襖の陰からシャッターチャンスを狙っていた油すましが、あわててデジカメを懐にしまう。管理人室からこっそり拝借してきたものだろう。かすかに頬を赤らめているところを見るに、お姉さんファンらしい。
「ふたつめは、バリバンが悪者にやられそうになったときには、みんなで応援すること。さっきみたいに大きな声でバリバンを応援してねー お友達が応援してくれたら、バリバンがどんな悪者だってやっつけちゃうから!」
 裏方で監督の指示が入ったのだろう。うわんの「はーい!」という返事は、つい先ほどよりも音量がマイルド調整されていた。
「よーし、じゃあ、さっそくみんなでバリバンを呼んでみよう! せーの……」
 そこでどこからともなく不気味な音楽が流れる。微妙に和風アレンジされていたが、悪の宇宙犯罪組織マブーのテーマだ。演奏は、楽器系付喪神のみなさんだ。
「わっはっはっはー ここが地球かー」
 舞台袖(廊下)から、蛇男が半分人間、半分蛇の姿で現れた。その姿は、まさに宇宙探偵バリバンの第三十五話に登場した、宇宙犯罪者ヘビラーと瓜二つだった。本人はちょっとめんどくさそうに演技していたが。
「みんな、宇宙犯罪組織マブーよ! マブーのヘビラーよ!」
 雪女がここぞとばかりに悲鳴を上げる。
 ゆきもまた「本当じゃ。へビラーじゃ」と感心したように言った。
「わっはっはっはー この会場は我々マブーが占領した! マブー兵よ、行けぃ!」
 すると、壁やら天井やらいろいろなところから、あらゆる妖怪たちが「ヒー! ヒー!」と叫びながら登場する。
 さすがにマブー兵にまでは演技指導が行き渡っていないようで、みんな好き勝手に暴れているだけだ。中には、何を勘違いしたのか、盆踊りを踊っているモノさえいる。
 それでも、子供たちの――ゆきの心を即席の恐怖で満たすには十分だった。
「さぁ、子供たちよ、怯えろ! そして、マブーに忠誠を誓うのだ!」
 このあたりは演技でなくとも妖怪の本質と通じるものがある。蛇男は恐ろしげに舌なめずりした。
「みんな、早くバリバンを呼ぶのよ! せーの、バリバーン!!」
 雪女の掛け声に合わせて、ゆきもまたバリバンの名前を精いっぱい叫んだ。会場が一体となる瞬間だ。
「バリバーン!!」
「マブーの宇宙犯罪者よ! 悪逆非道はそこまでだ!」
 どこかで赤城の声がする。
 ゆきはきょろきょろと会場(部屋の中)を見回したが、赤城がどこにいるのかさっぱりわからない。
 がたんと天井板が一部はずれた。
「とぅっ!」
 さっそうと飛び降りてきたのは、赤城――いや、宇宙探偵バリバンである一文字絶(いちもんじ ぜつ)だ。
「おおおお、絶じゃな! 一文字絶じゃな!」
 ゆきの目には赤いジャージが一文字絶の衣装に映っていた。その胸には宇宙探偵の証である星形のバッジが輝いている。段ボール製だったが、たしかに輝いて見えた。
「おのれ、バリバン! またもや我らの邪魔をする気か?」
 だんだんノってきたのか、蛇男の演技にも熱が入る。
「マブーの影がある限り、俺はどこへでも現れる!」
 赤城は登場のポーズを決めていた。
「かまわん! マブー兵よ、奴が変身する前に倒してしまえ!」
 そこかしこで「ヒー!」という掛け声が上がり、赤城目がけて妖怪たちが殺到しかける。
 子供たちの誰もが一度は思うことだ。変身する前に倒しちゃえばいんじゃね?
 まさしくその疑問を体現するかのように、一文字絶は敵に襲われようとしていた。
 ゆきは思わず「危ないのじゃ、絶!」と手に汗握って立ち上がっていた。
「ぬぅん! 爆着!!」
 赤城が変身ポーズをとる。途端に、すべてのマブー兵が動きを止めた。
 赤城から説明を受けたものの、この動きを理解できずに困惑する妖怪たちに「だるまさんが転んだ、と同じでござるよ」とアドバイスしたのは剣之進だ。ゆえに今、妖怪たちは動いたら負けだと思っている。
 すかさず渋い声でナレーションが入った。ぬらりひょんの爺さまだ。
「バリバンスーツを爆着するタイムはわずか0.05秒にしか過ぎない。では爆着プロセスをもう一度見てみよう」
 ナレーションに応じて、赤城がもう一度変身ポーズをとる。駆け寄ってきたのは狢だ。
 彼は空中で一回転すると、赤城の背中に張り付き、そのままバリバンの着ぐるみに変化した。
 これぞまさしく変身シーンだ。
 メタリックボディが室内灯の光を照り返す。狢の記憶だけが頼りだったため、微妙に本物とは違っていたが、ここにバリバンは爆着を終えたのだった。
 変身シーンまで再現されていることに、ゆきはいたく感動した。まるっとテレビと同じだ。
 赤城が変身ポーズを解いたことにより、だるまさんが転んだが終わったと判断した妖怪たちが再び一斉に襲いかかる。
「ヒー!」
「とうっ!」
「ヒー!」
「とりゃ!」
 予定通りバリバンの一撃で倒されていくマブー兵たち。殺陣がやたらとカッコイイのは剣之進の指導もあったからだ。
 ゆきもまたバリバンと一体になり、力一杯手足を振り回した。
「おのれ、バリバンめ! やはりマブー兵では相手にならんか!」
 ここまで後方で待機していた蛇男が、ようやくバリバンに向かって突進する。真打ち登場というわけだ。
 赤城が「とうっ!」と軽くジャンプすると、その腰に巻き付くものがあった。一反木綿の尻尾(?)の先だ。空中に持ち上げられ、バリバンの身体が浮く。一反木綿は顔(?)を真っ赤にして踏ん張った。これぞ、ワイヤーアクションならぬ、布アクション。
「バリバン・キィィィィィッック!!」
 そのまま斜めに振り下ろされるキックに、当たったふりをして蛇男は吹き飛んだ。
「うぎゃああああああ!」
 輪入道が舞台袖(廊下)から軽く火花を飛ばした。ヘビラーが爆発しているように見せかけるためだ。
 うわんの爆発効果音もともない、さらには舞台後ろの壁が真っ赤に染まる。
 実は、舞台の後ろには、ぬりかべがずっと立っていた。そして、タイミングを計り身体の色を赤に変えたのだった。
 爆発を背に、赤城がシメのポーズを決める。テレビ放送であればスローモーションになっていることだろう。
「バリバンが勝ったのじゃ!」
 興奮したゆきは盛大な拍手をバリバンに送った。
 悪は滅ぼされたのだ。
 ――いや、まだ、だ。
「バリバンよ、そこまでだ!」
 突然、ゆきの手を誰かがつかむ。座敷童はびくりと身を振るわせた。ショウに夢中で近づかれたことにまったく気づかなかった。
「お、おぬしは?! あわわわ!」
 座敷童を小脇に抱きかかえたのは、顔に派手な隈取りをした剣之進だった。これぞまさに宇宙犯罪組織マブーの大首領の扮装だ。
「ダーク・サムライ!」
 ゆきの呼びかけに「いかにも」と応じて、剣之進はゆきをかかえたまま舞台へと走った。
 いまステージ(部屋の中)には、司会である雪女、バリバンである赤城、ダーク・サムライである剣之進、そして、マブーに捕えられたゆきの四人がいる。
「この子供の命が惜しければ、刃向かわぬことだ」
 剣之進が悪役然とした口調で刀(おもちゃ)を構える。
「子供を人質にとるとは……ダーク・サムライ、卑怯な!」
 対して赤城は憤然とした口調で歯ぎしりする。
 ゆきはようやく理解した。
 赤城は、『悪役にさらわれてステージに上がる観客』という役を、彼女に与えていたのだ。
 この役は、本来なら数十人という規模の子供たちの中から、戦闘員役や怪人役のお兄さんたちによってランダムに選抜されるべきものであり、一種宝くじに当たるかのような、非常に特別な役だ。選ばれし者たちには、次の日に一時的に学校で人気者になったりするという副次的な特典もある。
 見上げると、剣之進が演技上険しい表情をしていたが、瞳は優しく微笑んでいた。
 赤城がバリバンマスクの向こうで、下手くそなウィンクをしているような気がした。
 ゆきは嬉しくなり力一杯声を出した。
「バリバンはおぬしになど負けぬぞ! きっとわしを助けてくれるのじゃ!」
「威勢のいい子供だ。だが、バリバンはもうすぐ拙者の悪魔刀の錆となるのだ!」
「そうはいかんぞ!」
 バリバンとダーク・サムライが対峙する。
「さぁ、みんな! 今こそバリバンを応援しましょう!」
 雪女がマイク(しゃもじ)を差し向けると、いつの間にやらすべての妖怪たちがゆきの部屋に集まっており、「バリバンがんばれー!」と応援し始めた。倒されたはずのマブー兵役の妖怪たちまでもが立ち上がり、役を忘れて声援を送っている。うわんもまた指導を忘れて全力投球だったが、誰も気にはならなかった。
「バリバン・ブレード!!」
 赤城が剣(おもちゃ)を取り出す。
「剣で拙者にかなうものか!」
 剣之進もまた悪魔刀(おもちゃ)を振り回した。
「子供たちよ、いま助けるぞ!」
 赤城が宣言し、ゆきは剣之進に捕まったまま、本当に嬉しそうに大きくうなずくのだった。



−四−

「今日は本当に楽しかったのじゃ。二人ともありがとう」
 玄関先でぺこりと頭を下げるゆきに、赤城と剣之進は顔を見合わせ
「オレも楽しかったぜ」
「拙者も楽しかったでござる」
 同時に同じようなことを口にして、笑いあった。
「是非ともまた遊びに来てほしいのじゃ。皆もそう思っておる」
 ゆきが振り返ると、妖怪たちが総出で手を振っていた。雪女などは、しゃもじを持ったまま、さめざめと氷の涙を落としている。別れを惜しんでいるのだ。
「ああ、また邪魔するぜ」
「ご迷惑でなければ」
 赤い夕日を背に、スーツアクターとお侍は妖怪アパートをあとにした。
「ところでよ、もうヒーローショウは終わったんだから、ダーク・サムライの演技はやめていいんだぜ?」
「ぬ? おぬし、俺のことをなんだと思っているのだ? 俺はもともと侍だ」
「おっと、いけね」
 ぺしっと自分の額を叩く。
「俺は侍。そして、おぬしは子供たちに元気を与えるすーつあくたーであろう?」
「それなら、剣之進は子供たちに元気を与える侍だな」
 どこまでも木霊する二人の笑い声を聞きながら、ゆきも妖怪たちも、いつまでも飽きることなく手を振っていたのだった。

クリエイターコメント前半と後半のテンションの差が激しすぎる件。調子に乗ってスミマセン。

ヒーローショウのお話ということで、ノリノリで書かせていただきました。
ゆき嬢の出番が少ないような気がしますが……そこは妖怪アパートの住人込みということで。

なにかツッコミどころがあれば、ご連絡ください。
今回は楽しいオファーをありがとうございました。
公開日時2009-05-21(木) 19:20
感想メールはこちらから