★ 【彼(か)の謳は響く】みらいのたまご ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7552 オファー日2009-05-07(木) 01:04
オファーPC 桑島 平(ceea6332) エキストラ 男 46歳 刑事
ゲストPC1 赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
<ノベル>

 ――わりぃな。

 空を埋め尽くす絶望が、その威容を見せ付ける街で。
 重苦しい選択と、先の見えない状況が、人々の心に圧し掛かる中で。
 桑島平(くわしま・たいら)が選んだのは、タナトスの剣だった。
「即決だった、って言ったら嘘になるけどよ」
 今の銀幕市に愛着がないわけではない。
 魔法がかかってからの日々に、たくさんのものをもらったことも否定しない。
 魔法によって出会った人々を、今でも大切に思っていることに偽りもない。
 しかし、身近な人々、魔法が消えてからも残る人たちを、危険な目に――そう、剣を使わない道には、濃厚な死の臭いがするのだから――遭わせるわけには行かない、と、平は、銀幕市民として……刑事として、タナトスの剣による終焉を選んだ。
 無論、悩まなかったはずがない。
 幾つもの親しい顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えして、胸の奥を掻き毟られるような――叫び出したいような衝動に駆られたこともある。魔法が消えることで、娘のようにすら思っている相棒が喪うもののことを思い、せつない気持ちになったこともある。
 それでも、平にとって一番大切なのは、自分の手が届く範囲の、守りたい人たちの安全と、彼ら彼女らや自分の、平凡だが幸せな日々なのだ。
 そのために犠牲になるもののことを思うと、咽喉の奥が塞がれるような、苦しい、寂しい、重苦しい心持ちになるけれど、平に迷いはなかったし、後悔もなかった。
「多くを語らずに選ぶのが、男ってもんよ……」
 この三年弱の時間で、よくも悪くも銀幕市は魔法に依存してきた。
 魔法の消えた街を、平自身、想像し切れずにいる。
 ――だが、魔法がなくとも、銀幕市民の絆に変わりはないと信じる。
 たくさんの思い出と喜びを糧に、前を向いて行けると信じている。
 だから、これからは、一致団結して未来のために進もう、と、平は思っていた。

 * * * * *

「お」
「あ」
 選択を終えた赤城竜(あかぎ・りゅう)が、桑島平とカフェ・スキャンダルで鉢合わせたのは、もしかしたら必然だったのかもしれなかった。
「……済ませて来たのかよ?」
「そういう桑島はどうなんだよ?」
「俺か? 当然だろ」
「はは、だろうな。俺もだ」

(おっちゃんはこれに一票)

 竜が選んだのは、どちらの剣も使わない道だった。
 ――正直に言えば、初めは、マスティマの巨大さに怖気づきそうになった。
 恐怖や絶望を感じなかったと言えば、嘘になる。
 しかし、友人知人たちと話をして、彼らの言葉に耳を傾け、空にわだかまるマスティマが『人間』の一部なのだということに気づかされ、納得もしてからは、それほど怖いとも思わなくなった。
 残った怖さは、待ち受ける戦いと、それによってもたらされる被害を思ってのことだったが、しかしそれも、絶対に守ってみせる、という武者震いのような覚悟によって、ずいぶんとやわらかくなっている。
「赤城さんは、剣は使わねぇってのを選んだんだな」
「ああ。六十七億の絶望が相手なら、こっちは六十七億の希望と、人間の希望の結晶であるスターで立ち向かうだけだ、ってな。絶望を希望で包み込んでやろうと思うのさ、俺は。桑島は、タナトスの剣か」
「ん、ああ。やっぱり……どうしても、な」
 竜に、それぞれの選択をどうこう言う資格はないし、そのつもりもない。
 今回の選択に臨んで、誰もが、自分の心と向き合い、自分の大切なもの、大切な領域と語り合って、そして自分が選ぶべきものを決めた。
 それらの心の在りようは貴ばれるべきで、決して誰も、その選択に口を差し挟むことは、出来ない。
 だから、自分と違う選択をした平に対して、竜がマイナスの感情を抱くことはなかった。
 竜は、竜自身の選択のままに、自分の絶望と向き合い、あのマスティマを、すべての人々の心に還してやろう、と思うだけなのだ。
「よし、景気づけにいっぱいやろうぜ、茶とケーキでな!」
 竜は、平の首にがしっと腕を回し、引き摺るように歩きながら上機嫌で宣言した。
「ぅおい俺の都合だの意志だのは無視かよ……!?」
 突っ込みつつも、平の声は笑っている。
 テーブルに着くと、ふたりは、早速ケーキとお茶を注文した。
 上にブルーベリーがずらりと並んだレアチーズケーキ、真っ赤で大きなイチゴが鎮座するショートケーキ、シンプルだが濃厚なガトーショコラ、三種類のベリーをふんだんにつかったタルト、生クリームたっぷりのミルフィーユ、中に洋梨の洋酒コンポートを閉じ込めたキャラメルのムース。
 思いつくままに注文したので、すごい数になってしまったが、同席したカレー屋店主やツンデレ少女へのお裾分けも混じっていたので、問題はないだろう。
「お、桑島、そのレアチーズケーキっての、美味そうだな。結婚二十周年記念にもらってやるから、一口くれ」
「記念にケーキ取られるって、それなんていじめだよ!? チクショウ、俺の幸せな結婚生活を羨んでるんだな、そうだな!?」
 ちょっと結婚二十周年を自慢したばかりに却って不幸な目に合う平である。
「二十周年ってことは、陶器婚式って奴だな。よし、これが一段落したら、コーヒーカップとか食器とか、祝いに贈ってやるよ!」
 がははと笑ってレアチーズケーキを一口どころか半分ほど奪い、一口で食べる。
 レアチーズの甘酸っぱさが、心地よい。
 身体の隅々に染み渡って力になるようだ、と思う。
「あー! 俺のケーキが半分にー!」
 この世の終わりでも来たかのような悲痛な声を上げる平に、桑島は大袈裟なんだからなーがっはっはと竜が笑っていると、カフェがざわっとざわめいた。

「決まったって」
「剣は使わないみたい」
「それで、リオネちゃんが、何か話があるって」
「……行ってみよう」

 あちこちから、そんな声が聞こえてくる。
 竜は自分のガトーショコラにがぶりと食いつき、咀嚼して飲み込んでから、両手で頬をぱちんと叩いた。
「ったく……銀幕市民ってやつぁよう」
 同じく、残りのレアチーズケーキを平らげた平が、呆れた声で言う。
 しかし、その目は、笑っていた。
「人間てのは、弱ぇ生き物だ。俺だって、ブルブル震えが来ちまうときもある」
「ん? ああ、そうだな……いきなりどうした、赤城さん」
「いや、俺たちはいつだってひとりじゃねぇし、いつだって希望を持ってる。それさえ忘れなきゃ、大丈夫だ。――そうだろ?」
 竜が言って、肩をぽんと叩くと、平はにやりと笑って頷いた。
「っしゃ……いっちょ、やるとするか」
「おうよ。希望ある未来、ってやつのためにな!」
 竜もまたがははと笑い、平と一緒に立ち上がる。

 ――彼らと同じく、戦いのためにカフェを出て行く人々に倣ったあと、空を見上げる。
 そこには、巨大な絶望がわだかまっている。
 だが、恐れる気持ちはなかった。
 未来。希望。
 ――この先にある、彼らの人生。
 なんとしてでも、掴み取ってみせる。
 竜や相棒、ツンデレ少女アオイや映画オタクの少女ルルの結婚式に出てみたい、お祝いのスピーチをして男泣きに泣きたいと、平は欲張る。
 竜の子どもの面倒をみたり、果ては孫を抱かせてもらったりして、……きっとその頃には妻の病気も治っている。そして、竜の一家と家族ぐるみで付き合いたいと思っている。
 別嬪の奥さんをもらっていて、子どももいる。子どもに自分の仕事を見せる。子どもに、夢や希望がどんなものであるのかを見せてやる。平の家族と一生付き合う。そんな未来を竜は想像している。

「よぼよぼのじいさんになっても、お前さんと一緒に、元気におでん屋で飲みてぇよな」
「おう、そうだよな。もちろん、玉子は半分こに分け合うんだろ?」
「そりゃあお前、醍醐味って奴だ。そこは譲れねぇな、がっはっは!」
「んじゃ、槌谷も誘ってやらねぇとなぁ」
「おうよ、オヤジトーテムポール再び、だぜ!」
「いや、そこは別に頑張らなくてもいいと思うんだが……」

 平凡で単純な、幸せな未来への展望。
 他愛ないからこそ、強い祈り。
 ――それがある限り、折れない。くじけない。
 だからこそ、彼らは、戦う。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。

桑島さん、赤城さんのお心を、このノベルに預けてくださったことに感謝いたします。

多くは語りません。
どうか、選択のすべてに救いと安息が満ちていますように。


ありがとうございました!
公開日時2009-06-07(日) 22:10
感想メールはこちらから