★ ロスト・ドラゴン ★
<オープニング>

 対策課にその連絡が入ったのは、朝も早い時間だった。
 だが、彼らはすでに、その頃には事態をあらかた把握していたのだった。
「はい対策課」
「すまんが、息子を連れ戻してもらいたい」
「あの〜、そういうのは警察に行ってもらえますか?」
「あれを捕まえられるのは、ムービースターしかおらんと思うのだ」
「……どういうことなんですか?」
 電話口に出た青年は事態が把握できずに問い直した。
「簡潔に言おう。ドラゴンの子供が町へ逃げた。すでにそちらにも被害の連絡が入っていると思うが」
 確かに、一時間ほど前からドラゴンが暴れているとの連絡が何件も入っていた。彼らはその応対で忙しかったのだ。
「で、くだんのドラゴンがあなたのご子息……というわけですか」
「その通りだ。まだ生まれたばかりの乳飲み子だが、動物に照らし合わせると象五十頭分の力はあるだろう」
 青年はゾッとした。五十頭の象が町を暴れ回る映像が脳裏に浮かぶ。そしてそれは現実のものとなっているのだ。
「わ、分かりました……でも、あなた自身が出てくるわけにはいかないんですか? その方が事は早く収まると思うんですが」
「残念ながら私は封印されていてここから出て行けない。だからわざわざ君たちに頼むのだ」
 封印されたドラゴンが電話を……青年はこんがらがってきた頭を必死に整理しようと試みる。
「一体どういう事なんですか? なぜ子供のドラゴンだけが出て行けたのですか」
「詳しくは『ラスト・ドラゴン』という映画を見てもらいたい。とにかく、息子を無傷で、無事に私の住む迷宮まで連れてきていただきたい」
「迷宮、それはどこにあるんですか?」
「息子を無事確保できたら教えよう。いいか、一つだけ言っておく。息子に傷一つ付けたり、ましてやフィルムに戻すようなことがあったら、銀幕市に草木一本残ると思うな。息子に何かあれば封印などどうにでもしてくれるわ」
「わ、わかりました……最大限善処します」
 電話は切れた。
 すぐにドラゴン対策本部が設置され、住人には避難令が出される。同時に、ドラゴンを絶対に傷つけないことが何度も広報された。
「さて、問題の『ラスト・ドラゴン』ですが、あらすじはこうです。世界からドラゴンが滅びたとされた時代、ある冒険者が前人未踏の火山に入り込みます。そこが実はドラゴンの巣、だったというわけでして。
 這々の体で逃げ帰った冒険者は、ドラゴンの討伐隊を組み、その火山に向かいます。中には十数頭のドラゴンがいました。あるものは殺され、あるものは封印される。
 で、ここからが今回の事件に関わるシーンです」
 画面には最後のドラゴン三頭と冒険者が対峙する場面が映し出されていた。
 赤い一頭は翼をたたみ、小さなドラゴンを覆い隠している。さらにその二頭の前に、巨大なグリーンドラゴンが牙をむいて立ちはだかった。
「愚かな、この世界がお前たちだけのものだというのか」
 ドラゴンの言葉に冒険者が応える。
「それは分からない。俺たちに悪も正義もないのだろう。そして、この世界は誰の所有物でもない。ただ、俺たちが平和に生きるために、お前たちの死が必要なのだ」
 冒険者が光る玉をかざす。それは一筋の光明をドラゴンに向けて走らせていった。
「ならば我らも戦おう。自らの生命のために」
 光がドラゴンを撃つ。それに負けじと翼を羽ばたかせるが、体が動かない。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」
 グリーンドラゴンの咆吼が火山を爆発させる。冒険者が剣を抜いた。その首をめがけ、大きく振りかぶる。
 そこへ……つがいであり母親である赤い竜が首を伸ばした。牙は彼のはらわたを食い破る。
「ぐぅぅ」
 しかし、同時に冒険者の剣も、赤き竜の首を断ち切っていた。ゴロリと二つの死体が転がる。
 グリーンドラゴンは光の枷に閉じこめられたまま、声も出すことができなかった。
 ただ、一頭の幼きドラゴンが、切り裂くような声を、上げ続けていた。
「これが最後の場面です。おそらく、実体化したのは父親のグリーンドラゴン、そして町で暴れている子供のドラゴンだけだったのでしょう。そして、子供は封印されていないがために外に出た。
 たぶん、母親を捜すために。
 しかし、とにかく危険なことに変わりはありません」
 こうして、対策課は数名の精鋭で構成されたチームで、ドラゴンを捕獲することに決定したのだった。

種別名シナリオ 管理番号455
クリエイター村上 悟(wcmt1544)
クリエイターコメント 村上悟です。ファンタジーの王道へようこそ。
 大変です。ドラゴンが町で暴れています。
 何とかしないと銀幕市は壊滅です。
 ということで、参加者の皆さんにやっていただくことは単純です。
 子供のドラゴンを捕まえてください。
 方法はどんな風にされても構いません。
 ただし、小さくても幻獣の王です。以下のような特徴があります。

 1.象五十頭分のパワー
  (大きさは人間の大人の倍くらい)
 2.魔法には耐性があり、直接攻撃は効かない
 3.多少の攻撃では傷付かない
  (大砲くらいなら跳ね返します)
 4.人間の言葉が通じない

 お父さんは大丈夫みたいですが、まだ赤ちゃんですから(笑)
 攻撃も人間が扱う兵器くらいでは傷つけることはできそうにありません。だからお父さんの心配は杞憂であるとも言えます。

 捕まえるためのヒントはオープニング中にもありますが、各自で色んな方法を考えてみてください。
 楽しいプレイングを待っています。

 あ、そうそう。
 バッキーに食べさせる、殺してフィルムに戻す、という解決法もありです。
 ただし、その場合は、続き物となる次回のシナリオが大変なことになります。
 ということで、シナリオ分岐の要素も含んでおりますので楽しみにしていてください。
 ではでは、たくさんのご参加をお待ちしています。

参加者
アディール・アーク(cfvh5625) ムービースター 男 22歳 ギャリック海賊団
風轟(cwbm4459) ムービースター 男 67歳 大天狗
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
アーネスト・クロイツァー(carn7391) ムービースター 男 18歳 魔術師
ファーマ・シスト(cerh7789) ムービースター 女 16歳 魔法薬師
<ノベル>

「うう、なんてかわいそうな! 待っていてくださいませ、すぐに探してまいりますわ」
 そう言ってキュキュは対策課を飛び出していった。魔物なのでドラゴンに同情したのだろう。彼女を見送って、残った四人はさらに話を続ける。
「良いんかの〜、さっきのお嬢ちゃんそのままにしといて」
 風轟が心配する。
 しかし、ここで全員が飛び出していくわけにはいかないのだ。まだ聞かなければならない情報はたくさんあった。
「それじゃあ、魔法も効かないし、人間の言葉も話せないんですの?」
 ファーマが一番聞きたかったことを問う。
「そうみたいです」
 対策課の職員が答える。
「薬なら効くんでしょうか。ふふ、楽しみですわね」
 あくまで興味を満たすために聞いたようだ。魔法薬師としての彼女のプライドが刺激されているのだろう。
「で、母親のドラゴンが実体化していないのは間違いないんだね」
 アディが少し沈んだ口調で問い質した。
「今のところは、としか言いようがありませんが、間違いないと思います」
「そうか。そうだな。そうでなければ迎えに来ているはずだからね。彼女は封印されている様子がない」
 昔のことを、彼は思い出していた。その記憶が、自身の説を正しいと確信させていた。
「しかし問題はないだろう。これだけのメンバーが揃っているんだ」
 それは暗にアディのことを指していた。アーネストがそう言うと、影の中から使い魔の白竜・カルトが顔を出す。
「ま、任せとけって。同じドラゴン同士だぜ。あっという間に片付けてやるよ」
 竜とは言っても、現在はバッキーくらいのサイズになっている。本来は二十数メートルの巨大なドラゴンだ。
 それでも、誰も確信は持てなかった。幻獣の王・ドラゴンを傷つけもせずに捕獲、もしくは手懐けなければならないのだ。
 魔法も効かず、象五十頭分のパワーを誇り、大きさは三〜四メートルほどもある。おまけに人間の言葉は理解できないと来ている。だが、やらなければ今度はドラゴンの親が出てくる。そうなれば、ドラゴンとのハーフであるアディや、竜を使い魔に持つアーネストでさえも手出しは難しい。
「考えててもしょうがなかろう。とりあえず、そのドラゴンとやらを見に行こうかの」
 風轟ののんびりした声で、一行は現場へと向かったのだった。

★★★

 銀幕市の中で、その一帯だけが静かだった。対策課の広報によらずとも、すでに住民は退避した後だった。
「探さんでもすぐに分かるの」
 風轟の視線の先に、重低音が響き渡っていた。地面をえぐるような豪放な声。ドラゴンは彼らの十メートルほど先で家屋を破壊しながら歩いてきている。
「紛れもなく、ドラゴンだな」
 アーネストが太鼓判を押す。
「隆々とした竜の声だね」
 続けて放ったアディの駄洒落に反応するものはない。声を無くしていたのだ。ドラゴンは子供だというのに、堂々とした咆吼を響かせている。
「新薬の材料に血が欲しいですわね。制限さえなければ」
 ファーマが身震いした。ともすればぷっつんしてドラゴンに針を刺しかねない勢いである。
「まあまあファーマお嬢ちゃん。ここはひとつ竜の親子のために穏便にいかんかの。まずはこの場から離れるように誘導するのが先決と思うがいかがかな?」
 老練の天狗は、年の功で導き出した至極まっとうな意見を披露する。
「風轟の言う通りだね。それで、何か妙案が?」
 アディが問うと同時に、風轟の姿が好々爺のそれから山伏のようなものへと変わっていく。鼻は高く伸び、左手には羽団扇、右手には錫杖を持つ。顔は真っ赤に染まり、優しげな表情が厳ついものへと変化していった。
 大天狗としての姿を現した彼は、羽団扇を振るうと、自らの姿をドラゴンと同じくらいの大きさにした。見上げるようなその体からは先程までののんびりとした姿は想像できなかった。
「では、ひとつ幻術を使うとしよう」
 急に現れた大天狗を見て、ドラゴンは威嚇していた。チロチロと舌先が見える。挑みかかろうかどうか迷っているようだった。
 そんな彼の目の前に、突如赤い竜が現れる。体長は十メートルほどもあり、翼を広げると、幼いドラゴンの体は隠れてしまった。
「ほお、映画の母親竜か」
 アーネストが顎を撫でる。それを見て、小さな竜は喜びの声を上げた。
「ぐおおおぉぉぉぉ」
 その咆吼は先程までのものと区別はつかないが、何となく理解できる。
「ママ、って言ってるぜ」
 その時、アーネストの影から出てきたカルトが言った。それを確かめ、風轟は赤竜を空へと飛ばす。
「さあ、坊主たちも一緒に行くんじゃ」
 そう言うと、背中から大きな白い翼が生えてくる。三人はその広い体につかまり、赤竜たちの後を追って杵間山へと向かう。
「そう言えば、キュキュさまはどこに行かれましたのかしら」
 誰もその疑問に答えることができるものは、いなかった。

★★★

 杵間山の中腹にある広い平地に、竜たちは降りた。
 そこにはすでに、キュキュの姿があった。
「どこに行ってたんだい?」
 アディの問いに、キュキュが顔面を覆いながら答える。彼のバックに咲いている(ように見える)バラが恥ずかしいのだ。
「その……お家でケーキを……子供さんなので好物かな、と。で、外に出てみたら……皆さんが空を……だから、追いかけて……きゃあ」
 ごにょごにょと喋るので聞き分けづらいが、どうやらドラゴンのためにケーキを焼いてきたらしい。ついには恥ずかしがってうずくまり、触手で顔中を覆ってしまったキュキュは、アディをまともに見れないでいる。
「恥ずかしがり屋さんなんだね。そうやっている君はバラのように美しい」
 触手の一本をそっと持つと、キュキュを立ち上がらせる。それが恥ずかしくて、彼女の表情はますます赤らんでいった。
「それくらいにしておけ、アディール。ドラゴンの様子がおかしいぞ」
 アーネストの声で二人は状況を理解する。風轟の出した幻像の竜が消え、ドラゴンがそれを訝しんでいるようだ。
「カルト、何と言ってるんだ」
 主人の命に、使い魔が答える。
「まずいぜ、騙したな人間どもめ、なんて言ってやがる。俺たちのことを敵だと思っているようだぜ」
 ドラゴンはこちらに向けて威嚇の声を上げている。それを見て、誰もが臨戦態勢を取った。
 だが、その中で一人、ファーマだけが地面に座り込み、縮小薬で小さくしていた道具を取り出す。
「とにかく薬を作ってみますわ。申し訳ありませんが、少しの間、時間を稼いでいただけます?」
 そう言って作業に取りかかる。
 次の瞬間、ドラゴンが火を噴く。アディはファーマの前に躍り出てレイピアを振るう。耐火性の剣は炎を真っ二つに切り裂いた。
「炎はほのかに暖かいね」
 そう言ったアディの髪の毛がチリチリと焦げている。
「あらまあ、お上手ですこと」
 ファーマが製薬の手を休めて拍手した。が、どことなくおざなりだ。
 次々に吐き出される炎、それをアーネストは自らのマントで遮る。防刃、防火の力を持つもので、幼きドラゴンのものくらいであれば十分に防ぐことができた。
 一方、風轟に向かった火は、彼の羽団扇から繰り出される風によって散らされた。天狗である彼にとって、風を操るなどお手の物だ。
 そして、キュキュは魔法系の防御呪文を持たないために苦戦していた。なんとかアーネストの陰に入ってケーキを守り通そうとしている。
「このままじゃ埒があかない。カルト、なんとかするんだ」
 彼がそう言った時、アディが一歩前に出た。
「私が少し彼と話そう」
 炎を避けた彼の体が、金色に輝いていく。
 彼はドラゴンの父親と、人間の母親との間に生まれたハーフだった。父親は掟を破って人間と結ばれた代償に、呪いによって死んでしまった。そして、その呪いは彼の体をも蝕んでいたのだ。
 だが、海賊としての旅立ちの時、母親は自らの魂を犠牲にしてその呪いを封じてくれた。普段の彼はその優しき魂への負担を考えてドラゴンになることを控えている。
 しかし、今は謂わば同族とも言える彼のために何かをしてあげたいと思ったのだ。
 見る間に巨大化していくアディは、ちょうどドラゴンと同じくらいの大きさで輝きを留める。
「ぐるるる」
 唸り声に反応し、子供のドラゴンが足を止めた。いきなり現れた金色のドラゴンに警戒し、また安堵をも抱いているようだ。
『あなたは誰?』
 ドラゴンの言葉で辿々しく喋る。
 対してアディもドラゴンの言葉で伝えた。
『初めまして、私はアディール・アーク。アディとお呼び下さい』
 その言葉は、カルトが翻訳し、皆に伝わっていった。
『僕はお母さんを探しているだけなのに』
 ドラゴンは戸惑いを隠せないでいる。
『分かっている。だが、この世界に母親はいないのだよ。それにお父さんも待っている』
 アディの胸に、昔のことが思い出された。
 幼い頃、父親に会いたい一心で泣きながら探し回ったことがある。そのきっかけは、母親が自分を見て哀しげな表情をするからだった。段々と父親に似てきた自分を見て。
 会わせてあげたい、そして自分も父親に会いたい。叶えられない願いと知りながら彼は歩き回った。歩き歩いて疲れ切った頃、背中から誰かに抱きしめられた。母親だった。
「もういいのよ。貴方までいなくならないで」
 その言葉が、今でも胸に突き刺さっている。そして、その母親はこの胸の中にいる。
『お父さんを悲しませないで。さあ、私たちと一緒に行こう』
 手を差し伸べるが、それを受け取ろうとしない。諦めきれないのだ。
「できましたわ」
 ファーマが叫んだ。出来上がったのは「言語の疎通を可能にさせる薬」だった。
「話ができないとしようがありませんものね」
 アディはそれを受け取り、竜に飲むよう促した。彼はなおも警戒していたが、同族の勧めでもあり、渋々口にする。
「これで、僕の声がお兄さんたちにも聞こえるのか」
 ドラゴンの声は、咆吼であり続けてはいたが、その意味は彼らに把握できていた。どうやら、同時翻訳をする作用があるらしい。
「そして、わたくしたちの声も貴方に届くはずですわ」
 ドラゴンは頷いた。ファーマの声が理解できたのだ。どうやら、今回は副作用もないらしい。
「成功してわたくしも嬉しいですわ」
 その表情は若干の疲れを見せている。やはり、炎に迫られた中での製薬は精神を疲労させていたらしい。
 それを知って、アディが元の姿に戻る。カルトも成竜になろうと考えていたのだが、その必要はなさそうだ。
「まず君に知ってもらいたいのは、俺たちは君に危害を加えるつもりはないと言うことだ」
 アディはいつの間にか素の自分として話しかけていた。皆に率先してドラゴンに話しかけるのは、自分と彼に重なる部分が多いからだ。
「お父様が心配なさっているのは本当ですわ。わざわざ対策課に電話をかけてまで、貴方を捜すよう言われたのですよ。ご自身は封印されているというのに」
 さめざめと泣きながら、キュキュが語った。同情心からか、羞恥心は影を潜めているようだ。
「帰った方が良いんじゃないかの。それがドラゴンの坊ちゃんにとって、一番の幸せじゃ」
 風轟がえびす顔で語りかけた。天狗にえびす顔は、なぜか風轟には似合っていた。
 人々の声を聞いて、ドラゴンは迷っているようだった。
「でも……」
 何か不安があるのだろうか。
「こいつらの言う通りだぜ。この世界も悪いもんじゃない。大人しく帰った方が良い。同族の俺からも忠告しておくぜ」
 カルトがまた、アーネストの影から出てきて言った。しかし、ドラゴンの不安はそこには無かったようだった。
「でも……」
 次第に表情が沈んでいき、眉根が下がる。次に待っていたのは、果てしない鳴き声だった。
「うわあああああん」
 いきなりのことに誰もが慌てた。なにしろ、四メートルの竜が全力で鳴き続けるのだ。その破壊力は先程の炎の比ではない。
「おお、よしよし、泣くでない」
 真っ先に動いたのは風轟だった。巨大化し、ドラゴンを抱きかかえてあやす。
「よしよし、坊やは良い子だ」
 子守歌でなんとか落ち着かせようとする。
 丸まって抱かれている姿は、子供そのものだ。
「落ち着いてくださいませ。私たちがついています」
 キュキュが触手を伸ばしてドラゴンの頭を撫でる。そして彼女も子守歌を歌い始める。風轟が歌うそれよりも、落ち着くようだ。段々と声のトーンが落ちてきて、しゃくりが治まってくる。
 キュキュの触手は柔らかかった。さらさらしていて、まるで優しいタオルに包まれているようだった。
 次第に眠りに入ろうとするドラゴンを、風轟は地面に下ろした。
「さあ、どうしたんじゃ。何を悲しがっておるのじゃ」
 彼の言葉に反応するように、ドラゴンが言った。
「僕、帰り方が分からないんだ」
 実体化したばかりの彼は、自分の住処を知らなかった。それどころか、自分が通ってきた道すら、もうすでに分からなくなってしまっていたのだ。
「仕方ないな。風の精霊に探索させよう」
 アーネストが申し出て、風の精霊を走らせる。巨大なドラゴンが封印されている洞窟など、市街地に出現できるわけがない。おそらく杵間山中、もしくは郊外にできているのだろう。捜索範囲は広いが、銀幕市全体でないだけ、可能性は高かった。
「よかったですね、彼が探してくれるそうですよ」
 アディの言葉に、ドラゴンも頷く。
 そして、ほっとしたのか、こんなことを言い出した。
「僕、お腹すいた」
 と、その瞬間、キュキュが待ってましたとケーキを差し出す。
「お口に合うか分かりませんが、どうぞお召し上がり下さい」
 子供が好きだろうから、とチョコレートケーキにしてある。
「ほお、チョコレートでデコレートしてあるね」
 すかさずアディが駄洒落を言う。誰もが予想していたネタだけに、突っ込むものもいなかった。
「ありがとう」
 そう言って大きな手でつかみ、一口で食べる。
「ああ、美味しかった」
 あまりに一瞬のことなので、キュキュも反応できずにいた。
「あ、あらあら、どういたしまして」
 そう言うのがやっとだ。さらにドラゴンは次を求めた。
「でも僕まだお腹いっぱいじゃないよ」
 舌なめずりをして周りを見回す。
「お菓子なら懐にあるがのお。飴ちゃんでいいかの」
 風轟が懐を探って差し出すが、ドラゴンはそれを断る。どうやら食べられないようだ。
「わたくしがお腹の膨れる薬を作ってもよろしいんですけど……」
 ファーマも申し出るが、ドラゴンは首を振る。
「困ったね、俺も何も持ってきていない。もしかして、何か欲しいものでもあるんじゃないかな」
 アディの推測は当たっていた。
 ドラゴンは一点を見つめて離れない。その視線の先には、キュキュがいる。
 自然と、皆が彼女の方を見た。
「え? わ、私ですか? もう何も…………私……ですか?」
 そこには、うねうねと動く彼女の触手がある。
 ドラゴンが頷く。
 アーネストが頷く。
 ファーマが気の毒そうに頷く。
 風轟が寂しげに頷く。
 アディが言った。
「イカは美味いかい」
 シャレにもなっていなかった。

★★★

 現在描写できない状況になっています。
 しばらくお待ち下さい。

★★★

 お腹いっぱいになったドラゴンは、ファーマの縮小薬で体長を子犬程度にされていた。食べ物の力と彼らの熱意が通じたのか、すでに暴れる気はないらしい。
 一人、キュキュだけが再生した触手を撫でている。
「イカじゃありませんのに……」
 かわいそうで誰もそちらを見れない。
「とりあえず、これで任務完了だな」
 アーネストが呟いた。しかし、まだ終わった気がしない。風の精は帰ってきておらず、それはドラゴンの住処が見つかっていないことを示唆していた。
「後は対策課に任せるのがよろしいですわ」
 ファーマが嬉しそうに言う。彼女は縮小薬を作る代わりにアディの血を薬剤としていただいていた。ドラゴンハーフの血液は滅多に見つからないのだという。
 風轟は元の好々爺に戻り、小さくなったドラゴンを抱きかかえていた。今回、一番ドラゴンに同情していたのは彼かもしれない。
 アディは複雑な面持ちでドラゴンを見ていた。保護はされたが、住処は見つかっていない。親ドラゴンからの連絡か、アーネストの精霊を待つしかない状態で、彼の行く末が案じられたのだ。
「俺は……彼に何かしてあげられたのだろうか」
 仮面の奥で、瞳が揺れる。胸が痛い。だが、彼は見守るしかなかった。
 小さなドラゴンだけが、無邪気に風轟と遊んでいた。

クリエイターコメントお待たせしました。
ドラゴン捕獲劇、いかがだったでしょうか。
今回、プレイングに重なる部分があったため、多少アレンジを加えさせていただきました。
このドラゴンの話しは、次回の「デリバリー・ドラゴン」へと続いていきます。
果たして、子供ドラゴンは親と会えるのか。
どうぞそちらのシナリオへの参加もお待ちしています。

なお、口調や行動にキャラクターと異なる部分があれば申しつけ下さい。変更いたします。

それでは、次のシナリオで会いましょう。
公開日時2008-04-13(日) 23:40
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