★ オーケストラパニック! ★
<オープニング>

 キュイイイイィ――ジャアアアァァン――!

 まるで爪音の後に金具を思い切り叩いたような、そんな腹の底にまで伝わる曲が響き渡った。
 住宅街の住民はその音≠否応ながら認識した。瞬間――ガラス窓や食器などが不可視の波に全壊する。
 揺れる部屋、波、そして曲によって生まれる頭の中の不可解な感覚に、住民の中には気絶する者もいた。
 住民の悲鳴が闇の中を支配した時。銀幕市の住宅街にてのことだった。

「ふぅ……しかし、ちょっと厄介な事件ですね」
 役所内のデスクに座りながら、植村直紀は深刻そうな顔で呟いた。
 報告書に書かれている、最近起きた事件。夜の住宅街に響く不快音曲のことだった。報告書の文面によればムービーハザードだと識別されているが、これは決して確実なものではない。
 何より、事件の発生源となるものが何一つ見つかっていない状態なのだ。ムービーハザードかヴィランズかという判別など、付くはずもないのだった。それでも体裁の為か、報告の文面には何か書かざるを得なかったのだろう。
「どうしますか? 植村さん」
「さすがにこの様子だと対策課だけでは少々手に余りそうですね。民間に調査をお願いしましょうか」
 尋ねてきた部下の女性に報告書を手渡すと、植村はデスク型パソコンへと身体を向けた。
 すると、見る者を圧倒させる速さでキーを打ち始める。対策課に入って以来、こういった調査依頼書を書くのにはあまりにも慣れてしまっていた。
「これを銀幕ジャーナルを中心に載せれるようにしてください」
 印刷を完了した調査依頼文書を女性に渡し、続けて説明するように植村は口を開いた。
「集った民間の人達に実態調査は任せ、僕達対策課は過去の映画に関して資料調査を行いましょう。曲、もしくは音に関する疑わしきものをピックアップしていきます。お願いしますね」
 元気良く返事をした女性はそのまま彼の傍を立ち去っていった。植村は今後の仕事を考えて、一人言葉を漏らすのだった。
「カコフォニー、か」

種別名シナリオ 管理番号167
クリエイター能登屋敷(wpbz4452)
クリエイターコメント初めまして、初シナリオとさせていただきます。能登屋敷(のとやしき)と申します。初めての作品なので、まずは理解しやすい物語にしようと考えました。

今回、銀幕市の住宅街を襲ったのはとある曲≠ナあり音≠ナす。正体不明のその襲撃に、住民は多大なる被害を被りました。
そ役所の対策課に報告書が届くのですが、そこで判ったのはわずかなことだけでした。そこで、民間への調査依頼へ進んだのです。

現在報告によって判っていることを羅列すると、
・被害者は曲≠ネいし音≠ノよって襲撃され、不可視の波のようなものが発生している。
・被害者の身体に物理的な損傷はないが、脳内へと直接ダメージとも思える不可解な感覚に襲われるらしい。
・そのダメージにはそれぞれに個体差があるらしく、全ての被害者がまったく同じではないらしい。
・発生源が判明していないため、ヴィランズかムービーハザードかは判別できていない。

前半はコメディタッチの調査などによって個々の印象や個性をはっきりさせていくことにしていき、後半をシリアスの比率が高いアクションにしていきたいと考えています。

あくまでこれらは輪郭であり、縛られることはありません。
参加者の自由で奇抜な発想、創造力によって、活躍したり出番を格好よくしたりしていくことが可能です。
そういった自由な夢の世界を作り上げることこそが、オンラインノベルRPGの醍醐味であり、面白さだと思っております。
奮ってご参加いただければ、ありがたいです。

参加者
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
来栖 香介(cvrz6094) ムービーファン 男 21歳 音楽家
クロス(cfhm1859) ムービースター 男 26歳 神父
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
ゲンロク(cpyv1164) ムービースター 男 55歳 ラッパー農家
<ノベル>

 市役所近くの喫茶店にて梛織(なお)を待っていたのは、一杯のコーヒーでもランチでもない、来栖香介(くるすきょうすけ)の圧倒的に自分を突き放す一言だった。
「オレは一人で調査する。……お前らは勝手にしろ」
「な、何でですか香介さんっ!? 同じ依頼を受けたはずでしょ! だったら――!」
 二人に挟まれるように席に座る少年、レドメネランテ・スノウィスは梛織の剣幕にたじろいでいた。どうやら子供の自分には入り込めないと思っているようで、挙動不審を思わせるように苦笑いをしていた。
「役所の植村に聞いたが……この事件はお前らには向かねぇよ。特にレドなんかにゃ荷が重いぜ。ま……、それでもどうしても依頼を受けるってなら勝手にしな。オレにはやることがあるからよ」
 椅子から立ち上がると、香介は闇に溶け込むような黒いコートを着込んだ。同じく黒の色彩に染められている長髪が、まるで流れるかのように靡く。ピュアスノーのバッキー――ルシフはそんな主人の後ろで従事していた。
 レジで勘定を払い始めた香介の姿に呆然としつつ、梛織は言葉を投げかけようとした。しかし、伝えたい何かは喉で止まってしまったかのように出てこない。消失感にも似た感情に捉われながら、気づけば、店内から香介は消えていた。
 残ったのは、少年と若者の二人だけであった。

                     ◆ ◆ ◆

 白に近い、空のように澄んだ青き髪。雪を彷彿とさせる肌には特徴的な雀斑(そばかす)が浮かんでおり、氷を思わせる青い双眸は垂れ気味で、彼の性格を如実に現していた。――それがレドメネランテ・スノウィス。映画『星に至る道』の主人公である。
 先刻まで目の前で繰り広げられていた小さな騒ぎも収まり、彼の慕う「梛織お兄ちゃん」こと梛織は彼に微笑を向けていた。
「ごめんなぁ、レン。別に喧嘩したかったわけじゃないだけど、怖かっただろう?」
 黒のジャケットに黒の革靴。加えて黒の非常時用バックを右太腿に身に付けている姿の中、唯一白を放つのは無地のシャツだけだった。いかにも万事屋という風体から、彼が何事も形から入る若者だと言うことは理解に難くない。
「大丈夫だよ。これでもボク、王子だから。……それに梛織お兄ちゃんがいてくれるし」
 頬を桜色に染めながら声を漏らす十二歳の少年の姿は、ある意味で破壊力抜群だ。とある方面の人間ならば、迷わず抱きしめているところである。そして、梛織はつい抱きしめてしまいたくなった自分の心に不安を抱き、飛び出そうになった両手を眺めて冷や汗をかくのだった。
「それにしても香介さんは酷いよなぁ。俺やレンにだって出来ることぐらいあるっての」
「それは、きっと、ボクらの身を案じてなんだと思うよ。多分……だけど」
 ボーイソプラノの声には信用と不安が入り混じっていた。香介――彼は彼なりに自分達のことを考えていたのだろうか。そう考えると梛織は先ほどまでの胸のつっかえが取れ、気持ちが楽になった。
 子供に助言されるようではまだまだである。
「さて、これからどうしようかなぁ……。植村さんに聞いた話だと、事件は夜にしか起きないらしいしな」
「じゃあ、夜の住宅街付近で待ち伏せる以外にないのかな、梛織お兄ちゃん」
「そうだなぁ……。一応昼間の内に事件が起こったところを調べてみるか」
 梛織は簡易地図を取り出し、事件起こっている数箇所に印をつけた。どうやら、それを見る限りではそれぞれの距離がさほど離れていない。つまり、ある一定の地域で起こっているものと推測できた。
 と、それを見ていた二人の間に、可愛らしい泣き声のようなものが聞こえてきた。何の音かと辺りを見回す梛織だったが、それがレンの腹の虫だと気づいたのは、彼が頬を赤く染めて俯いていたからだった。
「ハハ、腹減ったのか? レン。よし、じゃあパフェか何かでも食べていくか」
「ゴ、ゴメンね……、梛織お兄ちゃん」
「気にすんなって、ちょうど俺も小腹が空いてたしな」
 レンの小動物のような様子に愛くるしさを感じながら、梛織は店員を呼ぼうとした。
 そんな時だった。――黒の神父服に身を包んだ男が、梛織達に近づいてきたのは。
 男の姿はどこか神秘めいた雰囲気と共に、陰気な空気も漂わせていた。肩口まで伸びた金色の髪と、透き通るような緑の瞳。首からかけられたロザリオは、男がやはり神父だと言うことに確信を抱かせた。
「どうも初めまして、梛織さんと、スノウィス君ですね。私はクロス。この度曲≠フ襲撃に対して依頼をお受けした者の一人です」
 柔和な笑みを浮かべて物腰丁寧に頭を下げる男――クロスは持っていた古びた本を名刺代わりに示した。そこにはやはり古びた文字で教会の名前が刻まれている。
「実は私、こちらの教会にて神父をやらせていただいています。役所の方に足を運んだのですが、こちらで顔合わせをしていると聞いたもので」
「これは……ご丁寧に、どうも。俺の事は知ってると思うけど梛織、万事屋です。一応こっちの世界じゃムービースターってことで。で、こっちはレン。みんなこいつには色々と愛称を付けて呼んでますよ。何せ本名が長くって……」
 梛織からの紹介を受けながら、レンはおどおどと頭を下げた。どうやら初対面で緊張しているようだ。
「では、愛称ではないですが、私はスノウィス君と、こう呼ばせていただいて宜しいでしょうか?」
「あ、俺の事は呼び捨てか「君」でいいですよ。どう見てもそちらのほうが年上みたいですしね」
「ええ、判りました。では、梛織……と、そう呼ばせていただきますね」
 決して悪い印象を与えないクロスに、梛織とレンは打ち解け始めたようだ。何より、年齢よりも紳士的かつ徳に満ちた様子がそうさせるのかもしれない。例え、それが溶け込んでいたものだとしても。
 梛織とレン、そしてクロスはお互いのことを軽く話した後、席を立とうとした。
「あ、パフェ頼んでない」
 しかし、梛織の一言で彼らは再び腰を下ろすことになったのだった。

                     ◆ ◆ ◆

 ゲンロクと呼ばれる壮年がいるのを、香介は聞いたことがあった。その筋の界隈では有名な人物であり、何より彼の持つ資料、情報量には目を瞠るものがある。かつて存在したドキュメンタリー映画から実体化した農家の者であり、現在では農業に勤しんでいるらしい。
 銀幕市の農業地帯には、そんなゲンロクの姿がほぼ毎日のように現れる。香介は自分のことを場違いだなと認識しつつも、ゲンロクのもとを訪れた。
「んで、何が望みなんだべ?」
「まだ何も言ってねぇじゃねえか」
 出会い頭にゲンロクの口から飛び出た言葉に、香介は顔をしかめた。
 体格の良い壮年であった。筋骨な肉体に色黒。これで白髪でも生えていれば多少は老けて見えるのだろうが、麦藁帽子の下から見える髪は黒にしか見えなかった。作業を中断し、鍬を肩に持ち上げると、ゲンロクはまるで香介を無視するように歩き出した。
「お、おい! まだ用事は終わって……!」
「ええから付いてこんかい」
 土の上をのそのそと歩くゲンロクに、香介は戸惑いを隠せなかった。仕方なく自分も彼の後を追うように土の上を歩いていく。もちろん、ルシフも従うことを忘れていない。
 しばらく経って辿り着いたのは、彼の、いまだ作業が行われていない畑だった。一体何のつもりなのかといぶかしむ香介だったが、すぐにその理由は判った。
 ゲンロクは当たり前のように香介の手に鍬を持たせたのだ。
「んじゃ、ここ耕したら呼んでくれ」
「ちょっ……! おい、待てよ! なんなんだ、いきなりっ!」
「おめぇ、わしに頼みがあってきたんだべ? んならそれ相応の仕事はしてもらわねぇとなぁ。だろう? 来栖香介」
 名乗ってもいないのに呼ばれた自分の名前に、香介は驚きで目を見開いた。
 ――なぜ、なぜこいつはオレの名を知ってる?
 心を読んで……と言うよりは彼の心を予想して、ゲンロクはからかうような笑みを浮かべた。
「んなの、芸能界や音楽界に通じてる奴は誰でも分かるべ。様々な別称を持ちながら、多彩な作曲、編曲を行う音の申し子。わしでなくても、分かる奴には分かるもんだぁ」
「……なら、話は早いぜ。八十年代のあらゆる楽譜と、過去のカコフォニー障害の詳しい詳細を――」
「まぁ、待てぇ。わしはムービースターと言ってもこれで引退した身なんでなぁ。あまりそういったことに係わり合いになりたくないんべ。で、だ。世の中にはギブ……&テイクっつーたべかな。そういった便利な言葉もあるんで、おめぇさんにはここの畑を耕してもらいたいんよ。分かったべか?」
「あんた……! オレに喧嘩売ってんのか?」
 青筋を浮かべて、香介はゲンロクを見据えた。射抜くような赤眼の視線は、相手の感情を揺さぶるに十分なものだ。しかし、まるでゲンロクは動じていなかった。しかも、彼は香介に対して語りかけるような瞳を向ける。
 香介は、その瞳を窺って怒りを静めた。自分の眼に動じないばかりか、そのように試されては仕方がない。不本意なのは変わりないが、香介は溜息一つ……畑を耕し始めた。それを見守るのは、三白眼のルシフの双眸。そして、微笑みを浮かべるゲンロクだった。

                     ◆ ◆ ◆

 数日前の事である。神月枢(こうづきかなめ)は酷く頭をかき乱す、不快な音の軍勢に襲われた。住宅街全体を襲っていたそれはどうやら見境がないようで、彼の頭に激痛を走らせた。
 あまり口に出すのは憚られる掃除≠フ仕事をやり終えた矢先だ。これから報酬を受け取り、一杯やろうと考えていたと言うのに……!
 地面に膝をつき、彼は呼吸を荒げた。いや、荒がざるを得なかった。脳から走ったのは痺れの感覚であり、自分の左手が僅かだが震えているのを認識した。
「くそっ……! 何なんですかこれは……?」
 毒づいた彼は、そのまま蹲り意識が薄れていくのを感じ始めた。
 それは急速なる漆黒。視界が闇に覆われたとき――彼の意識は完全に途切れたのだった。

 数日後の事である。神月枢は復讐に燃えていた。もちろん、この復讐とは完全に公私で言えば私に属しており、更にはそれが「金」という人間の醜さを象徴するようなものであったが。何にせよ、彼は燃えていたのである。
 医者をも驚かせるあまりに早い回復力によって目覚めた彼は、そのまま夜の住宅街へ向かった。自分の仕事を台無しにし、「報酬」という掛け替えのない友を失わせたその元凶をあぶり出そうと考えていたのだ。
 童顔気味の端麗な顔立ちをしており、金髪の頭にはココア色のバッキー――ソールがバランス良く乗っていた。
 カツカツ――と、夜の住宅街を歩く足音が嫌に響く。静かな夜だった。まるでここまま何も起きないのではないか。そう思った瞬間――再び彼を襲ったのは、やはり同じ音≠ナあった。
「ガ、ガアアアアァァァ!」
 音が脳内に入り込んだとき、彼は気合を入れるように声をあげた。
 男性にしては透き通った声色が深く吐き出され、彼は何とか掻き乱される感覚に耐えていた。
 ドギャア――! 
 そんな頑張る青年を、まるで置物のように蹴飛ばして行ったのは一人の若者であった。そして、続けて倒れ伏した若者を踏みつけながら走り去ったのは二つの影。
「ク、クク……! 誰だあコラアアァァ!」
 邪まな笑みを浮かべて、枢は不気味なまでに元気良く立ち上がった。
 頭に広がる痛みや感覚を物ともせず、根性だけで彼は走った。それはもう思い切り走った。彼はいま、三人の人影を追いかけていた。

                     ◆ ◆ ◆

「レン、大丈夫か? つらくないか? 疲れたら言うんだぞ」
「大丈夫だよ、梛織お兄ちゃん。お兄ちゃんこそ、ボクばっかり心配しないでね」
 先ほどの青年のことに気づいていないのか。
 二人はお互いに言葉をかけ終えると、微笑み合っていた。いや、梛織のほうはどちらかと言えばときめいているようにも思える。
 少年に対し抱く感情としては多少首をかしげるものだが、これはこれで梛織らしいのかもしれなかった。
「お二方とも、そんな場合ではないかもしれませんよ」
 クロスは、右手を前にかざし術を施していた。左手に開かれる魔導書の字面が淡く光を放っている。宙に生まれる文字は、魔導書の文字を忠実に紡いでいるようであった。
「封印の呪文を施しているとはいえ、守りに徹しているだけに過ぎないのですから。私はこれ以上の行動は出来そうにありません。何とか、二人で元凶を見つけ出さなくてはいけないでしょう」
 彼らのいる空間は、どこか隔絶されたものであった。空気を押し出し、新たな空気を生み出している。そんな印象を抱かせるものだ。現に、彼らには曲が聞こえていなかった。
 守りを行うことを出来るが、これ以上の手立てがない。歯がゆい状態に思考を巡らせていたとき――青年の顔が梛織の眼前に現れた。
「うわぉっ!?」
「見つけましたよぉ! よくも人を足蹴にしたものですねぇ……!」
 枢は仰け反る梛織の胸倉を掴むと、丁寧な言葉とは裏腹に膝蹴りを与えた。わき腹に入った不意打ちのような攻撃に苦渋する梛織。それに追い討ちをかけるかのように邪悪な微笑で枢は近寄った。
 行動や言動、顔立ちなどが全てかけ離れている存在。梛織が枢を見たときに抱いた印象はそんなものだった。
「これで終わりと思わないことですよぉ……!」
 彼にも封印の呪文の効果が発動しているせいか、枢は梛織を踏み潰すかの如く足を振り上げた。
「や、やめてくださぃ! 梛織お兄ちゃんをそんなにいじめないでください。お兄ちゃんが何かしたんであれば、ボクも謝りますから。だからお兄ちゃんだけは許してください!」
「はい、わかりました」
 先ほどの邪悪な顔とは打って変わって、天使の微笑を浮かべた枢はレンに視線を合わせた。
 梛織は後にこの男をこう語る。神月枢――彼は天使の顔を持つ悪魔だ、と。

                     ◆ ◆ ◆

 頭の不快感に耐えながらも、香介とゲンロクは事件現場に辿り着いた。二人は魔術で作ったと思われる空間の中で、四人の人影が手を拱いているのが見えた。
「あいつは……?」
 どこかで見た顔がいることは感じつつ、香介は彼らの中に入り込んでいった。聞こえていた音は鳴り止んだかのように聞こえなくなり、これがどんな魔術なのか想像に難くなかった。
「来栖さん!」
 レンの声に反応した面々は、遅れてやってきた音楽の申し子と対面した。
 神父服に身を包んだ青年――クロスが柔和な微笑を向けた。知り合い……というほどではない。おそらく顔に見覚えがあるのはどこかで挨拶でも交わしていたのだろう。しかし、何故なのか。クロスの顔を見るたびに、香介のロザリオが鼓動しているような気がした。
 既視感――。揺らいだ視界に戸惑いを覚えた香介だったが、顔に出すことはなかった。
「来栖香介。一応……音楽家だ」
「クロスと申します。恥ずかしながら神父を務めさせていただいています」
 クロスの笑みを見たとき感じるのは、既視感だけではなかった。
 どこか違うものを見ているような気がする。まるで劇場に降り立つ役者を見ているような。
「どうも、初めまして。俺は神月枢。これでも医者でして、どうぞお見知りおきを」
 そんな香介の思考も、細身の青年によって閉じられた。医者を名乗る青年を見て、香介はこれが本職ではないのだろうと思った。身に着けている時計や靴などを見たところ、ナイフや針が隠されているようだ。それも、極めて殺傷能力の高い。だが、決してそれを口には出さず、香介は淡々と挨拶を交わした。
「わしはゲンロクっつーモンだ。よろしく頼むべ」
 ゲンロクは香介の紹介と共に爽やかな笑みを浮かべていた。
 街中では殆ど見かけることもない農作業服は、住宅街の雰囲気からかなり浮いている。これにはさすがに皆も苦笑するしかなかった。
「ほい、これはわしんとこで採れた野菜だべ。もらってくれぃ」
 それぞれに色鮮やかな野菜を渡しているゲンロクを背に、香介は辺りを見回した。そして見つけたのは、はしゃいでいるレドの傍にいる若者――梛織。
「梛織」
「……何ですか? 香介さん」
 今朝のことを気にしているのか、梛織は緊張の面持ちで返事を返した。
 実のところを言えば、香介はレドと梛織には手を引いてほしかった。音と言う不可視の存在であるが故に、事件は多少困難だろうと予想できたからだ。だが、それを口に出そうとしたところで、香介は思い至った。
「梛織、お前、万事屋だよな?」
「そりゃ、そうですけど……、それが何か?」
「いや、いいさ。てめぇは好きにやったんだ。それがお前の選択だろうよ」
 梛織は香介の言葉が理解できなかったのか、首をかしげた。
 めったに笑みを見せない香介は、自分の頬を触って気づく。自分が、いま微笑しているということを。
「いい夜だ……。さて、演奏の幕開けといこうか」

                     ◆ ◆ ◆

 八十年代に頻繁に発生した、カコフォニー障害を起こしたと言われる様々な事件がある。
 音というものは人間の聴覚を通じて脳に伝わり、少なからず人の内部に影響を起こすものだ。
 例えば、バラード調の曲を聴いた際に心が穏やかな気持ちになるのは、少なからず誰にでもあるものではないだろうか。音は周波数の他に大きさ、周期性など、様々な要素によって構成される。それらが波を作り出し、人の脳のメカニズムを作動させるのだ。
 実際のところ、音楽を音≠ナも言葉≠ナもなく音楽≠ニして認識するその脳の構造は、理解されていると言い難い。それでも、脳と音楽が密接な関係を生み出している事は確かなのだ。
 そして、カコフォニーとはそれらの構造によって起こる人間の不快感を示す。不協和音でもなく、協和音でもない音≠フ集合体、曲≠ヘ他人の意識、心にも多大な影響を与えることで話題となった。
 カコフォニー障害――映画の中で流れる曲に脳を支配された者は、苦しさにのた打ち回ったという。残念なことだが……その年八十年代は、優秀な編曲、作曲家が活躍した年でもあった。

 ゲンロクの口から伝えられる話を聞いて、香介以外の人間は息を呑んだ。
 それは彼らの知ることがなかった事件であったのと同時に、嫌悪感にも似た空気があったせいなのかもしれない。
「ということは、あれらは――」
 枢の言葉を遮るように、香介は一つの楽譜を皆に示した。それは所々に滲みの入った、古びた楽譜であった。
「ご明察だ。あれは曲を聴いたところこの〈オーケストラパニック!〉だろうな」
「ムービーハザード、ですか?」
「ああ……、古びたホラー映画『ヘルアイズ』の曲にもなった奴だ。カコフォニー障害を観客の半数以上に起こしたって言う半端じゃねぇ作品だよ」
 クロスの言葉に吐き捨てるような返答をした香介は、皆に説明を始めた。
「不可視の敵っつーても何も攻撃手段がないわけじゃねぇ。ただ、それは確実にオレ一人じゃあ無理だ。てめぇらも働いてもらうぜ。もちろんクロス……あんたもな」
 不敵な顔を見せた香介だったが、クロスはそれに笑みを返した。
 嫌な顔一つしない神父にもう一つ嫌味でも言おうかと思ったが、止めておいた。いまは分が悪そうである。
「でも、実際問題どうやって……?」
「慌てるなって、梛織。良いか、鍵になるのは王子様と枢、あんたのバッキーだ。よく聞けレド。お前はいまから氷の魔法を使ってオレの指示通りの空気を凍結させるんだ。その凍結された空気の中を枢、あんたが突撃しろ。……ああ、梛織、お前はレドのサポートに回れよ」
 スムーズに指示を進める香介だったが、聞いている本人達はその理由が判らない様子であった。
 面倒くさそうに頭を掻いた香介は、仕方なく説明も行うことにした。
「いいか、音には必ず波の形ってのがある。普通はそんなもんを曲だけで見分けるのは不可能なんだが、そこはオレが天才たる所以、不可能を可能に出来るってことだ。また曲には音源が必ずあってだな。まぁ、現実ならラジカセやプレーヤーなんかがそうなるんだが、これはハザードの厄介なところで、空気直接音源にして発生してる。氷で凍結された部分を縫って枢が行き着く場所。それが波の隙間となっている音源ってことだ。……判ったか?」
 納得したとばかりに頷く面々を見渡し、香介は「それじゃあ」と声をかけた。
「やるか、てめぇら」

「蒼白の氷より生まれ位でし、狡猾なる雹よ……! 解き放たれんッ!」
 瞬間――レンの身体を渦巻いた猛吹雪(ブリザード)の如き雹の風が、香介の指示した場所――ヴァイオリンの波を凍結させる。割れるような音が風の軌道と共に鳴り響き、空気は一瞬だが氷の壁を作り出したかに見えた。
 そんな空間に、枢は頭のバッキーを傷つけぬよう突撃する。ゲンロクはそんな枢を応援するかのようにロケーションエリアを展開し、ライヴステージと共に音感やリズム感を与えていた。
「いいか枢っ! てめぇはそのままレドと連携してヴァイオリンの音源を潰すんだ」
「わ、わかってますよッ!」
 周囲の音が塞がっているのはほぼギリギリであり、危うくなったところにレンが再び呪文を唱え始めた。波を作り出す一粒一粒を可視させるように、レンの唱えた魔術は雨粒サイズの氷を生み出していっていた。
 しかし、彼の詠唱時間は決して早いとは言えない。枢を守るために呪文を唱えているレンを守るのは、梛織の役目であった。
 以前にとある友人から譲ってもらった自動拳銃〈ベレッタM84〉をバックから取り出していた梛織は、慣れない動作だが音を撃ち破る。実体化能力によって出現している銃は、曲¢且閧ノも傷を与えられるようだ。
 全十三弾装填の癖のないこの銃は、まさに肉体派の梛織が持つには最適なものであった。タブルカラム――弾丸を二列にして並べること――のためか、多少大きめに感じる体躯も、決して悪い銃把(グリップ)感ではない。
 効果範囲が小さいため、レン一人を守るだけで精一杯だが、それでも梛織は愛するべき弟を守るために戦っていた。
「で、そっちの準備は出来たのか?」
「それはまかせておいてください」
 香介に頷いたクロスは、魔導書を目の前に掲げた。
 どこから沸いて出たのか判らぬ風が、穏やかに彼らを包み込み始める。風と共に魔導書は蛍のように光り始め、宙に浮かんだ。魔術と言うのは身近で見るととても神々しいはずなのだが、何故か香介は禍々しく感じられた。
 それは魔術のせいか、クロスのせいか……定かではない。
 パラパラと開かれる魔導書の字面が浮き出るように、文字が宙に大量に走り出す。
 旋律の魔術――音≠ノは音≠、曲≠ノは曲≠というわけだ。
「貴方がこの楽譜を歌にして読み上げたとき、魔術は発動します。申し訳ありません、私一人の力ではお役に立てず」
「いや、いいさ。だが、奴らのこともあるんでな。手短に終わらせるようにするぜ」
 香介は楽譜を一瞥すると、唇を湿らせた。
 準備は万端。肺から出てくる自分の呼吸を確認し、口を開いた。流れ出るは言葉のない歌、詞のない旋律の魔術曲は、まるで彼のために用意されたかのように美しく奏でられた。
 それを背後に聴きながら、梛織はレンを小脇に抱えて疾走していた。レンの作り出した氷の粒が、周りの空気に押し出されて飛んできたのだ。
「ヘイ、ヨー! ツッパシッテコウ!」
 ゲンロクのラップがリズムよくサビに差し掛かっていた。
 ライヴステージに上がった梛織は身軽な動きで回転蹴りを放つ。高速で飛んでくる粒は弾かれた玉のように返されるかと思ったが、そこは梛織の力がものを言ったのであろう。
 バギャ――というくぐもった音が鳴ったと思うと、大量の粒を一斉に砕かせていた。月光によって煌く破片は、ライヴステージのバックライトによって更に輝く。まるで精霊にでも導かれたような輝きの数は、梛織とレンを包み込んでいた。
「だ、大丈夫かレン? 怪我はないか、ほら、お兄ちゃんに見せてみろ」
「だ、大丈夫だよ梛織お兄ちゃん。ほら、ピンピンしてるでしょ」
 正直なところ疲労感はあったのだが、レンは梛織を元気付けるため笑顔で跳ねて見せた。
「こ、こっちも早くしてください。もう一歩なんです!」
 そこに水を差すような声は枢のものだった。
 頭のソールを守りながら、枢は先に進めなくなっていた。ひんやりした空気に包まれながらも、それが次第に圧迫によって失われているのが理解できる。音を刻むかのように割れる空気が、自分を蝕んでいるかのようだった。
「よーし、レン。お前の魔法を見せてやるんだ!」
「判りました、お兄ちゃん!」
 一歩前に出た梛織の耳に、ゲンロクの小刻みなラップが聞こえてきた。
 音感を鋭く高めたレンは、香介に指示されていた一筋の波を止めようとする。
「静寂なる粉雪よ、全てのものに冷酷な息吹を与えんッ!」
 雪の混じった吹雪が、雄たけびのように枢の周囲を絡め始めた。
 それによって生まれてくるのは形ある雪の壁。弾け去った壁から子供が産まれるように、空気の涼しい触感が感じられた。
「じゃあ、行きますかソールッ! あいつを喰ってしまいなさい!」
 頭の上のソールは、まるで自分が主人とでも言いたげな鋭い眼を一点に向けた。
 それは空気の隙間。音源が隠れるに値する波の隙間であった。
 口を大きく開けた喉に吸い込まれるように、空気が流れ込む。それをおいしそうに食べるソールは、腹を満たして満足な様子だった。
「ふぅ……、これでやっと終わりまし――って、えぇ!?」
 満足なのはソールだけだったようで、安心した枢を襲ったのは更に酷くなった曲≠ナあった。レンの氷を感慨もなく破壊した曲≠ヘ、枢の頭の中に進入を始めた。
 と、そのとき――
「伏せろッ!」
 聞こえた突き放すような声に、慌てて枢はソールと共に蹲った。
 次いで、天使の歌声かと錯覚する透き通るような声が、枢を含む全員を刺激した。美しいだけではない。力強く、そして一本の筋のように通った声の質が、皆を魅了した。だが、魅了するだけは終わらない。
 突然起こった暴風のような曲≠フ波は、〈オーケストラパニック!〉の曲≠相殺するが如く叩き始めた。
 旋律の魔術はクロスの魔導書から放たれており、歌の終盤に差し掛かった香介によって、その力は増大していた。音波が絡み合い、切り裂き、そして曲≠フ音≠消し去っていく。
 香介の口ずさむ歌が終わったとき、旋律の魔術も時を同じくして身を沈めた。後に残ったのは、戦闘の名残とも言える住宅の傷跡と、香介、クロス以外の呆然とする面子であった。

                     ◆ ◆ ◆

 戦闘を終え、最終的にプレミアファイルを手にした梛織は、香介に食って掛かっていた。
「じゃあ、こういうことですか。結局香介さんは、俺達を騙してたってわけですか」
「そうですよ、来栖さん」
 梛織に賛同するレンも、同じく香介に歩み寄った。
 だが、彼はと言えばまるで動じておらず、それどころか面倒くさそうにしている。
「騙してたなんて人聞きが悪いぜ。オレはより最適かつ効果的な戦術をお前らに提供してただけだ。結果的にハザードはお前らを中心にするかのように演奏してたからな。その隙を突いてクロスとオレで敵を一斉粉砕。これのどこが騙してるって言うんだ」
「だったらなんで教えてくれなかったんでしょうか! 俺はソール一匹で倒せると思ったからあんな場所まで一人で突っ込んだのに!」
 怒気のせいなのか、口調が微妙に変になっている枢は、目尻に涙を浮かべて詰め寄った。
「それならオレのルシフも一緒に連れていかせてる。教えなかったのは、教えたら確実にあんたが行かねぇってことが予想できたのと、ハザード自体を騙すのが難しいからだ。あいつは人の流れを読む曲≠フハザードだからな。本気に殺ろうと思わねぇと」
 納得のいく言葉に声の出ない三人は、それでも釈然としない顔を向けていた。
 そんな中で、ゲンロクだけは香介に何も言わない。更には、彼をフォローするように言葉を加えてくれた。
「まぁ、おめぇらもそんなに責めるもんじゃないべ。こいつはこいつなりに皆のことを考えてやったんだべ。その証拠に、おめぇら、被害や怪我も最小限で済んだべ。何のかんの言っても、時代はラブ&ピースじゃからなぁ」
 ゲンロクを白い歯を見せて、姿形に似合わない英語に合わせて親指を立てた。
 実際のところ、香介がどんな思いで彼らと共闘したのかは判らない。だが、反論をしないところから察するに、少なからず間違ってはいないのだろう。
 梛織達は完全にではないがそれを感じ取り、ゲンロクと共に親指を立てた。
 ラブ&ピース――そして、〈オーケストラパニック!〉の暴走は終わったのだ。


                エピローグ『柔和な神父と赤眼の音楽家』

 全ての騒動が収まった後、静まった住宅街に一人の神父が現れた。
 クロス――騒動に収拾をつけた人間の一人であり、今回の功労者と言えよう。
 彼の顔にはいつもの笑みが……なかった。他人といるときに常に被り続けているその笑顔は、既に消え去っている。残っているのは、まるで邪神のような狂った顔。双眸は眼球が飛び出るかのように見開かれ、口元は邪悪な微笑を浮かべていた。
「ククク……ハ、ハハハハハッ! ヒャアアハハハハァッ!」
 首のロザリオが揺れ、月光に反射した。
 狂ったように、いや、確かに狂った叫び声を上げる神父は、次第に声を収めていった。
 普段は一人とはいえあまりこういった体裁は見せないのだが。今日は愉快なのだ。何せ、強大な力と強大な素質。その二つを見つけられたのだから。これは笑わずにはいられない。
 叫びだけは収めたものの、口から漏れる僅かな声は途切れることがなかった。
 しかし、目的の現場に着いた時に彼は驚愕した。同時に、途切れるはずのなかった声が失われ、現場にいる一人の若者を見据える。
「どうした? そんなに驚いて。オレがいるのがそんなに不思議か?」
 来栖香介――クロスが目をつけた強大な器の素質を持つ者であった。
 だが、彼がいる程度ではそんなに驚くものではない。現場に置き忘れた何かを取りに戻った……そのような何かの事情があるのだろうと考えられるからだ。しかし、それすらも打ち砕いたのは、彼の持つ物体を見てのことだった。
 封印術の施されている水晶。片手で軽々持てる大きさの水晶は、いま香介の手の中にあった。
「ああ、これか? ここの陰に隠れてたやつでな。多分誰かが落として行ったか何かしたんだろうな。……誰か、がな」
 香介はクロスに不敵な顔を見せた。
 ――知っている。こいつは知っている。
 クロスの頭に戦慄が走った。まずは何故、という疑問。そして次に敵の真意。
 クロスの額に、自分がめったに掻かない冷や汗が浮かんでいた。そして、クロスの頭に描かれたのは、幾重もの残像だった。まるで巻き戻されるテープのように、彼の脳裏に全てが過ぎる。
 歌声だ――
 そんな、クロスの頭を知ってか知らずか、香介は彼に歩み寄った。一瞬後ずさりそうになるクロスに、香介は次の言葉を投げかけた。
「これ、てめぇのだろ?」
 そして、何も言わず、彼はクロスの胸の中に水晶を渡した。
 首の、クロスの物にも似たロザリオが月光を反射して煌いていた。黒いコートの若者は研ぎ澄まされた、窺うような視線をクロスに向けると、一瞥して去っていった。
 残ったのは、柔和だった神父と水晶だけであった。


                エピローグ『ラッパー農家とヤブっぽい医者』

 頭の上に乗るバッキー、ソールは、香介のバッキーであるルシフに敵対心を抱いていた。
 農作業……畑を耕す枢の近くを、ルシフは回りながら唸る。まるで香介の分身のようにも思え、枢は溜息を吐いた。
「こりゃあ! 真面目にやらんか、おめぇ」
 ゲンロクの声が疲れた身体に嫌なほど響いてきた。
「な、何で俺がこんなことしなくてはいけないんでしょうか……! 早く帰ってきてくださいよ香介さんぅ……」
 普通は夜に畑を耕すことなどしないのだが、どうやら今回の事件で日課が出来なかったことが頭にきたらしく、ゲンロクは枢を強制的に連行したのだ。
 本来ならば、これは香介の役目だったはずなのだ。
 それがなぜ自分になっているのかは、月に聞いても答えてくれそうにない。ルシフを置いてどこかに去った香介の姿を思い出し、もしやこのまま帰ってこないのではないか。そんな疑問に駆られる枢だった。
「手が止まっとるべ、手が。ほりゃ、さっさとやらんかぁ!」
「わ、分かってますよぉっ!」
 曲¥P撃事件の報酬もそこまで高いものではなかった上に、ここで自分は畑を耕している。
 ザク――鍬を下ろす音を聞きながら、枢を思った。
 自分は不幸な星の下に生まれたのかと。


                エピローグ『兄バカと小動物弟』

 事件を解決した後に二人が向かったのは、とある喫茶店であった。
 夜の喫茶店に子供を連れて入るのはどうかと少々躊躇いはしたが、梛織はレンの笑顔に釣られて入っていった。
「パフェが食べたいな……」
 帰路に着く途中で言った、レンの何気ない一言。
 梛織の「お兄ちゃんハート」を揺さぶるにはそれは十分な一言で、彼はすぐさまレンにパフェをご馳走することに決めたのだった。
 意気揚々とメニューを手にパフェを選ぶレンの姿は、おそらく梛織でなくとも心に響くであろう。それほどまでに愛くるしい彼は、付け加えるなら心優しいのだ。
「梛織お兄ちゃんは何か食べないの?」
「お、俺……? 俺は、そうだなぁ。レンがパフェを食べれればそれで良いんだけど」
「ダメだよ! ボクだけなんて。お兄ちゃん遠慮しないで。それに、食事は一緒に食べたほうがおいしいんだから!」
 プンスカ――そんな効果音が聞こえてくるようなレンの起こり顔を見て、これはこれで良いかもしれない、と梛織は感じた。
 とはいえ、弟がそこまで言うのならば選ぼうと、梛織はすぐに自分の注文を決める。
「えーと、じゃあチョコパフェ一つと、オムライスを一つ」
 しばらく経って注文が運ばれてきたとき、梛織はふと小さな疑問を抱くのだった。
 ――そう言えば、デザートって食事に入るのか?
 彼らの仲睦まじい様子は、見る者も和やかにさせるものであった。

クリエイターコメントご参加くださった皆様、ありがとうございました。当シナリオを担当させていただいた、迷いの森の執筆家、能登屋敷と申します。
初シナリオということで戸惑いあり不安あり、執筆している間にも心臓がバクバクしていたのは言うまでもありません。
それでも、何とか完成させることが出来ました。
物語として楽しむことを重点に、キャラクター性を理解した上で執筆を行ったつもりです。

しかし、粗く、そして拙い文章に加え、構成力さえも足りない自分で皆様を満足してあげられるのか。僕の思いはこの一つに尽きます。

叱責、感想などありましたら、遠慮なくお気軽にお寄せください。
それでは、またお会いするときまで。
公開日時2007-07-30(月) 20:10
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