★ オーバー・ザ・モノクローム ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-7462 オファー日2009-04-23(木) 20:12
オファーPC 神凪 華(cuen3787) ムービーファン 女 27歳 秘書 兼 ボディガード
ゲストPC1 真山 壱(cdye1764) ムービーファン 男 30歳 手品師 兼 怪盗
<ノベル>

 彼女はAKを片手に、銀幕市を歩いていた。
 どこもかしこも瓦礫と人々の笑顔と安堵が転がっている。絶望の権化との、戦いの余韻だ。
 橙色の空は次第に暗くなり、夜へと向かっていった。
 彼女はくたびれた笑顔で、煙草を咥えた。
 そこへ、すっとライターの炎が差し出される。
 驚きに目を見開き、次いで細め、サンキュ、と片手を上げた。
「久しぶり」
「よう」
 戦場で互いの姿を確認していたものの、今まで彼と言葉を交わす機会はなかった。
 煙を吐いて、彼女は過去に思いを馳せる。
 はるか昔のような気がする、出会いの日を。


                 * * *


 神凪華(かんなぎはな)は振り返りざま、蹴りを放った。
 スカートから伸びるたくましい足が男の腹に吸い込まれ、その体を吹き飛ばす。
 男は路上の看板を巻き込んで、派手に着地した。真っ白なバッキーが転がり落ち、目を回している。
 衆目を一睨みで散らした華は、彼に目をやり――まばたきをした。
「……ん?」
 人違い、そんな単語が脳裏をよぎる。
 看板の残骸と共に転がっているのは細身の男だった。サングラスに隠れているが、面識のない相手だ。それに何より、同業者特有の日陰の気配がしない。
「すまない、大丈夫か?」
 まったくもって加害者らしくない声をかけ、華は膝をついた。
 彼は朗らかに笑って、首を振る。
「びっくりした……うん、大丈夫。怪我はないよ」
「人違いだ。本当にすまなかった」
 重ねて詫びながら手を差し出す。彼はその手を取り、立ち上がる――と見せかけて。
「うわっ?」
 華を投げ飛ばした。
 背中を地面につけて呆然としていると、明朗な笑顔が上から覗く。
「これでおあいこだね」
「おまえ、面白い奴だな」
 つられて、にやりと口元が歪む。
「私は神凪華」
「真山壱(まやまいち)」
「壱、お詫びにメシでも奢らせてくれないか?」
 立ち上がりながら華は誘う。初対面の挨拶が足蹴というのは、あんまりだ。
 壱は頷いて、バッキーを肩に乗せた。
「ご馳走になるよ。おすすめの店があるんだけど、」
 どうかな? と尋ねられ、華は二つ返事で承知した。

 案内されたのは、繁華街から一歩離れたカフェだった。
 華の毛玉と壱のヘルさん、バッキー達は床でじゃれあい、ツートンカラーのボール状になっている。
 壱が二匹をほぐしていると、ウェイトレスがプレートを運んできた。
「お待たせしました!」
 プレートは超巨大で、二人掛けのテーブルになんとか収まっている。乗っているのは段数を数えるのも気が遠くなるハンバーガーに、ボイルした図太いソーセージ、小山のようなポテトフライ、タマネギに換算して何個分か不明なオニオンリング。一緒に注文したドリンクは、置き場すらない。
「これ、頼んでみたかったんだよね。一人じゃオーダーしにくくて」
「確かに」
 華は真顔で頷く。量もさることながら、カロリーを考えると気が遠くなるメニューだ。
「ご注文の品は以上でお揃いですね? 失礼いたします」
 ウェイトレスが一礼して去っていった。
 華は店内をぐるりと見渡す。
 古ぼけたテーブルと椅子が並び、シーリングファンがゆったり空気をかき混ぜる。
 客は馬鹿話と食事に熱中し、キッチュな制服の女の子がその間を機敏に動いていた。
 嫌いじゃないな、と思いながら華はバーガーからバンズを誘拐した。口に運ぶとじゅわりと肉汁があふれる。
「ん、美味い」
「良かった」
 気に入ってもらえて、と壱は言う。
 ランチにしてはボリュームがありすぎる一皿を、二人で黙々と食べる。
「聞いていいか、壱」
「ん?」
 華は笑い混じりに、探るような鋭い目を向けた。
「あんた、なんで避けなかった?」
 あれは様子見の一撃だった。
 最近、華は誰かにつきまとわれていた。原因なら思い出せないほどある。てっきり壱がその相手だと思い、牽制の挨拶をしたのだ。素人なら当たるかもしれないが、お返しに投げ飛ばすような男が食らうようなものではない。
 壱は苦笑を浮かべ、仮定の話をする。
「避けたら、さらに攻撃されたんじゃないかな?」
「確かにそうだ」
 華はあっさり認めた。下手をすれば、命を賭ける展開になっていたかもしれない。それを思えば、初撃で戦意を削がれたのは有り難かった。
「だが、なんか腹立つな。わざと食らいやがって」
 華が複雑な乙女心をぼやくと、壱は笑ってごまかした。
 些細な不満は、美味い料理と気の置けない相手との会話で溶けてゆく。
 皿の上が空に近づいた時、女の悲鳴が店内に響いた。キッチンの方からだ。
 二人は椅子を蹴るように立ち上がり、顔を見合わせた。
 ここは夢と魔法の銀幕市。いつ何が起こっても不思議ではない。
「行ってみよう」
「ああ」
 駆けつけた華と壱は、騒ぎの原因を知って天を仰いだ。
 キッチンでは悲鳴の主とおぼしきウェイトレスが尻餅をつき、立派な腹をしたシェフが顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「うっかりボイルしちまうとこだったじゃねーか!」
 シェフは両手に一匹ずつ、バッキーを掴んでいた。色はミッドナイトとピュアホワイト。
 コンロではぐらぐらと熱湯が沸き立っている。おそらく二匹は、ダイブする寸前だったのだろう。
「悪い、そいつは私の連れだ」
「その子は僕の」
 ばつの悪い顔で挙手すると、シェフは怒りの矛先をバッキーの相棒に向けた。
「目を離すなよ! 何しでかすかわかりゃしない」
 まったく、と憤慨して二匹を放る。
「毛玉、この馬鹿」
「ヘルさん、お湯は熱いからね?」
 キャッチした華はバッキーの頬をむにょりと引っ張り、壱はこつんと額をくっつけた。
 事件でないことに胸をなで下ろし、席へ戻って食事を再開する。
 途方もない量に思えたランチだったが、気づけばあとわずかで完食してしまう。
 壱は壁の時計を見上げ、切り出した。
「この後、予定はあるかな?」
「いいや。夕方まで暇をもてあましている」
「投げちゃったお詫びと腹ごなしに、手合わせなんてどうかな?」
 華はにんまりと笑った。
「大歓迎だ」

 二人が向かったのは、春先の星砂海岸だった。
 水温は低く映画の撮影も行われていないため、砂浜は閑散としている。
 昼下がりの穏やかな日差しと、凪ぎの海。青く麗しい景色が、終わりなく続いている。
 華はスーツのジャケットを脱ぎ、ガンホルスターと共に放った。
 壱はヘルさんとヒップバッグを置いて、背伸びをした。
 軽く身体をほぐし、そして。
「さて、手合わせ願います、か!」
 華は俊敏な動きで、壱に襲いかかった。今度は彼も計算しない。
 目前に迫る拳。叩き落として反撃に出る。
 彼女は懐に飛び込み、回し蹴りを放つ。
 とっさに交差させた腕が足を受け止め、鈍い音を立てた。
「……へえ」
 楽しそうに、華は声を上げる。細いからてっきり、流すと思っていたのに。嬉しい誤算だ。
「危ない危ない」
 壱はにっこり笑い、足首を掴んで引いた。よろめいた華に足払いをかけ、体勢を崩す。
 華は手をつき、後方に回転する勢いで振り払う。伸び上がった片足が、壱のサングラスをかすめた。
 距離を置く壱に、彼女は猶予を与えない。固めた拳で急所を狙う。
 矢継ぎ早に繰り出される拳を、壱は軽快なステップでかわす。
 隙を見て反撃に出れば、あっという間に攻守が逆転する。
 まるで、二匹の獣のじゃれあいのようだった。

 日が傾き、海岸は夕焼けに染まる。
 汗だくの華は、息を切らせて座っていた。
 決着はついていないが、時間切れだ。帰らなければならない。
「はい」
 壱がミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。わずかな間に自動販売機まで往復してくれたらしい。
「サンキュ」
 キャップをひねり、華は一息に煽った。冷えた感触が体の中心を通り抜ける。
 潮風が、楽しかった高揚をだんだん拭い去っていく。
「帰ろうか。……ヘルさん?」
 腰を浮かせた壱は、白い姿を探した。またもやバッキーが行方不明になっている。
「毛玉?」
 華も立ち上がり、砂浜を捜索する。
 二匹はほどなく見つかった。
 砂に埋められたヘルさんと、その横で得意げな顔をしている毛玉。
 砂山を叩いて何かを誇示するバッキーに拳骨を落とし、華は襟首を掴んだ。
 壱はヘルさんを発掘する。白い体は砂まみれで、払ってもじゃりじゃりしていた。
「っは、はは」
 華はヘルさんの頭上でペットボトルを逆さにし、水洗いした。ヘルさんは嫌そうな顔で身震いした。水滴が飛び散る。
 華は毛玉も同様に洗って、なあ、と壱に声をかける。
「前にどこかで会ったこと、あるか?」
「僕もそう言おうかと思ってた。初対面だよ」
「そうだよな」
「でも、初めてとは思えなかった」
「まったくだ」
 手がしびれるほどの握手を交わし、二人は別れた。
 次の約束はしなかった。連絡先の交換も、何も。


                 * * *


 互いに、薄汚れてくたびれたみすぼらしいなりだった。
 けれど生きている。
「元気だったか?」
「それなりにね」
「そりゃいい」
 なあ、と華は誘う。
「ヒマならメシでもどうだ?」
「よろこんで。営業している店はあるかな?」
「あるだろ、どこかに」
 街灯もまばらになり、闇の深みが増した市街へ、二人は歩いていく。

クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
青と赤から、黒と白へ。
お二人の、銀幕市での出会いをお手伝いすることが出来てなによりです。

誤字脱字や口調の違和感などありましたら、気軽にご連絡くださいませ。
お気に召していただければ、幸いです。
公開日時2009-05-29(金) 22:20
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