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<ノベル>
「ゆき。はやくはやくー!」
「待つんじゃよ、レン。この格好じゃ走り辛くての」
夕焼けに染まる街を走る二つの影があった。
「やっぱりレッドの家に着いてから着替えた方がよかったかな」
普段のような短パン+オーバーニーに、ネコ耳とネコしっぽをつけたレン。立ち止まって振り返ると、そこにはゆらゆらとした白をはためかせて迫ってくる白シーツのお化け。
「ここまで来たらもう一息なんじゃよ」
お化け……に扮したゆきがレンに追いついたところで答える。立ち止まった弾みでふわりとリボンが揺れる。
この日。レンとゆきはリゲイルの部屋でのハロウィンパーティに呼ばれていて、丁度今、銀幕ベイサイドホテルへと向かっている所だった。
「足元に気をつけるんじゃよ」
再び走り出したレン。危なっかしいものを感じてゆきが言う。
「うん。だいじょうぶだいじょ――!」
言い終わる前にどてん。と転んでしまうレン。ゆきがお化けの手で目を覆う。そしてすぐにレンに駆け寄る。
「えへへ。転んじゃった……あ、ゆき危なっ――」
笑い顔から急に目を見開いてレン。その声に横を向くゆき。向いた先には、普段と何も変わらない交差点。
「――!」
どさり。と、何かとぶつかって、ゆきは尻餅をつく。急いで相手を確かめようと視線を向けるゆき。
「……む?」
「あれ……?」
ゆきとレンの声が重なる。キョロキョロと辺りを見回す二人。そして不思議そうに顔を見合わせる。
なぜなら。二人がいくら辺りを見回しても、ゆきとぶつかった何かを確認できなかったからだ。
「だいじょうぶ?」
レンがゆきに手を差し出し、ゆきがその手を掴んで立ち上がる。
「お互いに気をつけないと、じゃの」
見合って、同時に笑い出す二人。
「それじゃあ。急いで、歩いていこうか」
そう言って、気持ち早く歩いてホテルへと向かう二人。
歩きながら、レンは考える。
ゆきが転んだ時、自分は何を見たんだろう? と。
何かを見たはずなのに、どうしてもそれが思い出せないレン。
「あれ、ゆき……?」
立ち止まったゆきに気がついて、レンは振り向く。
「……ハロウィン」
大通りの方を見据えてゆき。なんだろう、と首を傾げるレン。
「……む?」
突然に、ゆきがレンの方を振り向き、不思議そうな顔でまた大通り、レンと何度も交互に見る。そして最後に首を傾げる。
「ゆき……?」
思わず声を掛けるレン。
「何でもないんじゃよ……? さ、いこうかの」
ゆき自身、違和感の拭えないような声でそう言って、歩き出す。
ぼうっとゆきを視線で追っていたレン。数メートル先に進んだ所で、気がついて小走りでゆきを追った。
「いらっしゃーい」
ベイサイドホテルに着いたレンとゆきを迎えたのは、魔女に扮したリゲイルだった。黒い魔女服に帽子。そして手には竹箒。
「とりっくおあとりーと」
「とりっくおあとりーと。なんじゃよ」
どこかたどたどしく言うレンとゆきに、思わず頬が緩むリゲイル。Happy Halloween! と返して持っていたキャンディを一つずつ渡す。
「わ。レッド似合うね」
「そうだの。似合ってるんじゃよ」
「ありがとう。二人もすっごく似合ってるよ。かわいい」
レンのしっぽを触ったり、ゆきのリボンを整えたりしながら、リゲイルが返す。そして思いついたように続けた。
「そうだ。折角なんだから、この仮装のまま街を少し歩こっか?」
本当は部屋でパーティの予定だったけれど、それだけじゃ勿体無い、と。街を一回りしてから戻ってきてパーティをしようと提案する。
「おもしろそう」
弾んだ声で返す二人。
「それじゃ、準備しましょ」
そうして三人は一度部屋へと入り。軽く準備をしてから街へと繰り出した。
「お。チェスター。あれ見て。すっげー衣装」
「ん? へぇ。手が凝ってるな」
キョロキョロと辺りを色々観察しながら通りを歩く二人。ケトとチェスターだ。
日ごろから一緒にいることの多い二人は、今日も一緒にハロウィンを楽しんでいた。
衣装はと言うと。ケトは普段の服に、顔の上部を覆う隼の仮面に、ぴょんと飛び出た悪魔の角のカチューシャ。何故悪魔の角かというと、最初は仮面だけだったケトだが、所々に置いてある玩具のカチューシャをとっかえひっかえ付け替えて歩いているのだ。
そんなことを言っているうちに、ケトの角はいつの間にか鹿の角になっている。
「落ち着き無いな。一つに決めろよ」
「えー。だって勿体無いじゃん。折角色々あるんだから、全部試したくなんねー?」
面白そうに笑って、今まで自分がつけていた悪魔の角をチェスターにつけるケト。5秒くらいしてからチェスターが外して放り投げる。
チェスターの衣装はというと、吸血鬼とミイラ男が混じったような衣装。ベースは吸血鬼の黒い衣装なのだが、手や頭、それと衣装の上から所々にアバウトに包帯を巻いている。頭や手からたらりと垂れた包帯が歩くたびに不気味になびく。
「ぉ。あれスゲーぞ、ケト」
「え、どれどれ!?」
少しだけ悪戯心の色の滲み出たチェスターの声に、それに気がつかずにケトがチェスターの指した方向を見る。
「ひいやあぁぁぁぁぁぁ!!」
途端。大きな叫び声でチェスターの後ろに隠れるケト。右の肩に両手を乗せてそぉっと見る。
そこにはかなりリアルな衣装のゾンビがいた。どうやっているのだろうか、皮一枚で繋がった腕などがかなり生々しい。
「ななな、な、なぁチェスター。あれ本物じゃねぇ? 絶対本物だよな?」
ホラーが苦手なケト。震えた声で恐る恐る訊ねる。チェスターは堪えきれない笑いを小さく零して言う。
「あー。そうかもなぁ。ハロウィンの日は、出るらしいぜ? ホンモノが」
くらり。意識を失いそうになるのを必死に堪えるケト。
「ば、バカっ。そそ、そんな訳ないだろ。衣装だって知ってるし」
強がって返すケト。その言葉を無視してチェスターが続ける。
「もしかしたら……俺も、実はホンモノかもしれねぇなぁ」
「え……」
チェスターの肩から手を下ろし、二、三歩下がるケト。チェスターはケトに背を向けたまま振り返らない。
「…………」
「…………」
そして突然に、チェスターがケトを振り向く。
「があーーー!」
大声で振り向いたチェスター。その手には拳銃が握られていた。
「――――っっ!!!」
「なーんて。……ありゃ、ちょっとやりすぎたか?」
泡を吹いて気絶したケトを見て、チェスターは苦笑いでこめかみを掻いた。
「さぁさぁ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。あ、でも本気で見つめちゃ、イ・ヤ・よ(はぁと)今宵見せるは世紀のマジック。時間のある方見てってちょ」
通りで注目を集めていたのは、ルイスだった。タキシード姿にシルクハット付きカボチャをかぶり、ステッキを持った紳士な姿で通りでマジックを披露している。
「さぁ。この鳩籠にハンカチを被せて、ワンツースリー」
数羽の鳩が入った籠にハンカチを被せるルイス。見ている客がゴクリと息を呑む。
ハンカチを取って再び現れた鳩籠は、見事に空になっていた。おおお。と歓声があがる。
「さてさて。籠の中にいた鳩達がどこに行ったか気になら……あっ、イテ、イテテ。こら、突付くな。イテっ」
急に声を荒げたルイス。少しの間もがいて、カボチャの被り物を取る。すると、バサバサと数羽の鳩がそこから飛び立っていく。そしてあらかじめ用意していた絆創膏だらけのルイスの顔を見て、客たちはどっと笑う。
マジックを終えてぶらりと歩くルイス。次は何をしようかなと考えている所で、ネコとお化けと魔女の集団に声を掛けられる。
「トリック・オア・トリート」
レン、ゆき、リゲイルがルイスの前に立って期待を含んだ視線でルイスを見上げる。
「よ。ん? ……あ、ちょっ、まさかその目は」
含んだ期待の正体に気がついたルイスが後ろを振り返って逃げようとする。が、既にがしっと服が掴まれていた。三箇所。
「…………」
動けなくなり、ルイスがそおっと三人を振り向く。
「お菓子ちょーだい」
キラキラとした目でルイスを見る三人。そんな目で見られては、お菓子を持っていない。なんて言えないルイス。変わりに思いついて言う。
「世のため! 人のため! 可愛い子供たちの為!」
急なルイスの言葉に、驚いたように三人。特にリゲイルが目を輝かせている。
「ルイスお菓子強盗団。ここに設立!」
その場のノリで、おー。と腕を上げるレン、ゆき、リゲイル。
「我々、ルイスお菓子強盗団の最終目的は、貰った、もとい奪ったお菓子でお菓子の城を作り、すべての子供たちが自由に出入りし、好きに食べれるようにするという崇高な目的の元……」
うんうんと頷いて聞き入る三人。頃合を見てルイスが叫ぶ。
「レッド!」
リゲイルを指して。最後に衣装は黒いけど、とボソリと付け加える。
「ブルー!」
レンを指して。ボソリと、ネコだけど。
「ホワイト!」
ゆきを指して。ボソリと、お化けは悪役っぽいけど。あ、強盗団だし悪役か。
「最初の指令を与える! あのピエロからお菓子を強奪してくるのだっ!」
お菓子の沢山入ったバスケットを手にしたピエロを指してルイスが三人にけしかける。各々の返事を返して三人はそのピエロの下へと向かう。
「Trick or Treat!」
お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ。ピエロに話しかける三人。
「わお。それは困る。これで許しておくれ。可愛らしいネコとお化けと魔女さん」
ピエロは一人ずつにお菓子を渡してから頭を撫でる。
「Happy Halloween!」
ありがとう。とお礼をしてからルイスの下へと戻る三人。
「よーし。次はあっちだ!」
そんな具合に、ルイスお菓子強盗団はお菓子を集めるのであった。
ふらふらと、ディズは街を歩いていた。
正装に仮面にマント。オペラ座の怪人の姿に身を包み、愛用のトランペットを片手に。気の向くままに。
あっちで野外演奏を聞いていたかと思えば、今度はこっちで大道芸を見る。そんな風にハロウィンを楽しんでいた時。
「お?」
歩いていた視線の先。見知った顔を見つけてディズは足を向ける。
「よ。なにしてんの? コイツ」
ぐったりとベンチで気を失っているケトを見かけ、その隣に座っていたチェスターに話しかける。
「ケトの知り合い……? あぁ。トランペットが恋人の。ケトから聞いたことある」
チェスターはディズの持っていたトランペットを見て、ケトとの会話の中でよく出てくる人物の話を思い出して返す。
「はは。どんな風に話してんだ。ま、あながち間違っちゃいないけどな」
へらりと笑ってディズが返し、続ける。
「アンタのほうは、もしかしてチェスターって名前?」
ディズの方も、ケトの口からよく聞いていた名前を思い出して訊ねる。驚いたようにするチェスター。
頷いたチェスターに、ディズは一度仮面を取ってから握手を求める。
「よろしく」
二人が握手をした時、ケトが小さく唸って目覚めた。
「うぅ〜。あれ……俺どうしたんだっけ……あ! 思い出した! バカチェスター! お前が変な事するから――」
「うるさいバカケト! いきなり気失うし、運ぶの大変だったんだからな」
起きるなり、言い合いを始める二人。面白そうにディズは見ている。
「気を失ったのはバカチェスターのせいだろ! だいたい俺がああいうの苦手だって知って……あれ? ディズじゃん。なしたの?」
ディズに気が付き、呆け顔でケト。よ。と挨拶をしてからディズは再び仮面を被る。
「ハロウィンを楽しみに、な」
あーなるほど。とケト。
「じゃあさ、一緒に歩こうよ」
ぴょんと椅子から飛んで賑わっている方向を向くケト。
「もう平気なのか?」
訊ねたチェスターに。勿論。と返して歩いていくケト。残されたチェスターとディズは、お互いに見合って小さく笑い、ケトの後を追う。
「なぁ〜ディズ。聞いてくれよ。チェスターってばさ――」
「っはは。そりゃケトが慣れるしかないな。ほら、ちょっとあのフランケンと握手しに行こうぜ」
「そりゃいいや。慣れる為だ。ケト、ガンバー」
「や、ちょ………やめてぇぇぇ」
二人に肩を押されて連行されるケト。悲痛な叫びが辺りにこだましていた。
「街が騒がしいわね」
大通りを歩きながら、シャルーンはその人の多さに眉をひそめて呟いた。
少し散歩にと街へと繰り出したシャルーン。そこは、ハロウィンをねり歩く人々で混雑していた。
「……事件かしら」
そっと呟くシャルーン。シャルーンはハロウィンのことを知らなかったのだ。いつもより奇異な格好の人々が多いとは感じていたシャルーンだったが、割合さえ気にしなければ、銀幕市では別段おかしな事ではないと深く考えずにいたのだ。
「Happy Halloween!」
そうして歩いていたシャルーンの前に、突然にピエロが声を掛ける。
「――!」
急に視界に現れたピエロに、シャルーンは一歩距離をとってチェーンソーに変形させていた手を向ける。次に何かをしたら電気を流してチェーンソーを回し、威嚇をしようと。
ところがピエロは、突きつけられたチェーンソーを見て降参のように手を上げ、喋りだす。
「はは。降参降参。お菓子あげるからイタズラは勘弁してよ」
ごそごそとバスケットを探ってお菓子を差し出すピエロ。不自然なのに自然に振舞うその流れに、シャルーンは思わず受け取ってしまう。
「Happy Halloween!」
「Happy……Halloween?」
ピエロの言葉を疑問で返すシャルーン。それを返事だと勘違いしたピエロはにまりと笑って去っていく。
そう。ピエロは勘違いしていたのだ。シャルーンがハロウィンに参加している一人だと。
シャルーンは普段通りの格好だったのだが、ガントレットにグリーヴ。そしてチェーンソーに変形している手。勘違いしてしまっても無理はなかった。
去っていったピエロをの背を目で追ったシャルーン。やがて人ごみに飲まれて見えなくなると、今度は手のひらの上のお菓子に目を向ける。ありふれたチョコレート菓子。どうして自分がこれを渡されたのかが、まだシャルーンには理解できず、その意図が気になっていた。
「はっぴーはろうぃん」
そんなシャルーンに、掛けられた声があった。複数の人間の声の混じったその音源を探し、シャルーンが目を向けると。そこにはネコとお化けと魔女とカボチャ。レン達がいた。
また、その言葉だ。
ハロウィンというもの自体を知らないシャルーンは困惑に眉をひそめてレン達を見る。
「お嬢さん、一人?」
努めて陽気に、ルイスがシャルーンに訊ねた。
「……」
無言のままに歩を進めるシャルーン。
その言葉から入る会話は、シャルーンの経験上、意味の無い会話のことが多かったからだ。
「あ、まって」
その背にリゲイルが声を掛ける。シャルーンが立ち止まって振り返る。警戒させちゃったじゃない。とリゲイルが冗談っぽくルイスを突付いてからシャルーンに続ける。
「良ければ、ご一緒しませんか?」
「ご一緒………?」
四人を見て、予測をしてみる。が、見当がつかずに訊ねる。
「……どこへ?」
シャルーンのその返答は予想外だった四人は、顔を見合わせる。
「この付近、かの?」
首を傾げてゆき。だが、お化けの衣装の上からじゃその仕草は今一伝わらない。申し訳程度にリボンが揺れる。
「うん。はろうぃんの日は衣装を着て歩き回るとお菓子を貰えるんだよ!」
とりっくおあとりーと。にっこりと笑ってレンが言う。
その言葉に、シャルーンは自分の手にあるチョコレート菓子を見る。ようやく合点がいったのだ。どうやら今日はそういう日で、ハロウィンと呼ぶらしい。と。
「んー」
様子を見ていたルイスが、気がついて問いかける。
「もしかして、ハロウィン知らない?」
「ええ。知らないわ」
素直に答えるシャルーン。四人は色々驚いたようにして、次々とハロウィンのことをシャルーンに説明していく。
「なるほど。道理で今日はこんなに騒がしいのね」
ある程度説明を聞き、納得して辺りを見回すシャルーン。
「うん。さて、そこで一つ提案。このまま、わたし達と一緒に回らない?」
リゲイルが演技風に指を一本立てて言う。
思いもしなかったその言葉に、シャルーンは少し目を逸らし、さっきもこのことを言っていたんだ。と納得する。
そして。
「ええ、いいわね。行きましょう」
四人に同行することにしたのだった。
「ここは……本当に銀幕市なのだろうか」
すっかりとハロウィンに身を染めた銀幕広場を見て、セロリアンは呟いた。
確かに、建物や木々などは、昨日まで自分が見ていた銀幕広場なのだ。しかし、雰囲気と。そして集まっている人々がまるで違う。
セロリアンもまた、ハロウィンを知らない一人だった。しかし彼の場合は、また一つ状況が違った。
セロリアンは、ハロウィンというイベントこそ知らなかったが、その風景は誰よりも知っていた。何故ならば、今の銀幕市に広がっているハロウィンの光景は、彼の出身映画の中と大差ない世界だったからだ。
ミイラやサキュバスといった様々な人々。そしてジャックオーランタンなカボチャ。それはセロリアンにとって懐かしい故郷そのものだった。
「ここは……」
もう一度、呟く。もしかしたら自分は、ジャックオーランタンに誘われて故郷へと戻ってきたのではないかと。
そうなのだ。買い物に出ようと家を出たセロリアン。街を彩るジャックオーランタン誘われてふらりふらりと広場まで来てしまったのだ。もしかしたら、その途中で故郷へと戻ってきたのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
いや。そんなはずは無い。分かっているセロリアンだったが、確かめずには居られなかった。
「ちょっと、いいかな?」
たまたま目の前を横切った二人に声を掛けるセロリアン。
「ん?」
一人が気が付き、足を止める。それはハロウィンに参加していたソヨだった。
「私? あ、ちょっとユウキ。ストップストップ」
自分を指差し、すぐに気がつかずに歩いていたユウキを呼び止める。
「どうしたの?」
気がついて戻ってくるユウキ。そうして並んだ二人を見てセロリアンが言う。
「ええと、君達は……」
「あ、これ? あはっ。天使、のつもり」
ユウキの後ろに立って背中の小さな羽根を摘まんで広げるソヨ。ユウキは白の衣装を着て、背中には小さな天使の羽根。
「それで私のほうが――」
そう言って後ろを向いて黒い羽を見せるソヨ。
「悪魔、のつもり」
と、ユウキが続ける。ソヨの方は黒の衣装で背中には小さな悪魔の羽根と尻尾。
「おにーさんは、狼男?」
セロリアンの頭の狼耳を指差してソヨ。
「あ、あぁ」
頷くセロリアン。別段、仮装しなくてもハロウィンそのもののセロリアン。普段着のままだったが、ソヨもユウキも狼男の仮装だと思ったようだ。
「一つ、訊ねてもいいだろうか?」
セロリアンのその言葉に、ソヨとユウキははてな顔で返す。
「ここは、銀幕市なのだろうか?」
「え、うん。そう……だよね?」
真面目な顔でそう訊ねるセロリアン。答えたユウキは不安になってソヨに流す。
「うん。そうだけど」
「そうか……。いや、この風景が故郷の学校によく似ていて。変な事を聞いた、すまない」
そう言って手で挨拶をしてセロリアンは立ち去ろうとする。ソヨとユウキが顔を見合わせ、セロリアンを呼び止める。
「ちょっと待って、おにーさん」
呼び止めたソヨの声に、ピクンと狼の耳を動かして振り返るセロリアン。
「もし時間あったら、一緒にまわらない? ハロウィンの事、知らないんだよね?」
にこっと笑ってユウキがセロリアンを誘う。
戸惑ってソヨを見るセロリアン。ソヨも笑っていた。
「ハロウィン……?」
会話の流れから、このイベントの事だろうと予想したセロリアン。言葉に出してニュアンスを確かめる。
「決まり。それじゃあまず手始めに、パンプキンパレード見にいこ!」
セロリアンの腕を取ってぐいぐいと引っ張っていくソヨ。いつのまにかユウキも逆の手を取って引っ張っている。
「パンプキンパレード……、なんという耽美な響きだろう」
カボチャを愛してしまっているセロリアン。思わずうっとりと呟く。
「あは。おにーさん面白い」
そんなセロリアンを見ておかしそうにクスリと笑う二人。
「おにーさん、か」
生徒達のような年の子にそう呼ばれる事に違和感を感じて、小さく笑ってセロリアン。気がついたユウキにどうしたのかと訊ねられ、故郷の学校の事を少し話す。今に良く似た学校の雰囲気。セロリ先生と呼ばれていたということ。
「セロリ先生」
うん、いい響き。とソヨ。
「行こ。セロリ先生」
もうすぐパレード。とユウキ。
「あぁ。そうだな」
人ごみを縫ってパレード歩いてゆく三人。
しばらく歩いて着いたそこは、パレード目当ての人で溢れていた。定番の衣装は勿論、海賊、メイド、熊のきぐるみなど、あらゆる姿格好の人達。
セロリアン、ソヨ、ユウキの三人は、最前列を避けて少し離れた場所に陣取った。比較的見やすくて、あまり込み合っていない場所だ。
「あ、音楽が聞こえてきた」
と、ユウキ。その時、人ごみを抜けてユウキ達三人のいる場所に飛び出してきた集団があった。
「もう無理、勘弁してくれ! これ以上はブルーノが危ない」
そう言ったのはオペラ座の怪人。ディズだった。愛用のトランペットをいたわるように抱いて。
「えー。もっと前で見ようぜ。一番前でさ」
不満そうに言うのはケトだ。ぴょんと蝶の触覚が跳ねる。
「っても、これ以上は進めそうにないぜ」
前の方の混雑を嫌そうな目で見ながらチェスター。
ハロウィンを楽しんでいたケト、ディズ、チェスターの三人。そろそろパレードということで見に来たところだった。
「ん? ああ、騒がしくてわるいね」
自分たちを見る視線に気が付き、ディズは狼、天使悪魔の三人にへらりと笑いかける。
「お。すっげー! 本物みたい!」
ケトがセロリアンの狼耳の質感に気がついて触りにいく。急に耳を触られてぴくりと動いたのを見て、ケトが喜んで声をあげる。
「本物じゃないか? その耳」
見ていたチェスターの呟きに、ケトが嬉しそうに訊ねる。
「え、マジ、マジ? 本物なのこれ?」
無邪気に触ろうとするケトにセロリアンが困ったようにしている所に、新たな集団が来る。
「あ。ディズさーん」
とりっくおあとりーと。と、それはレンだった。
「よ」
Happy Halloween! と返してレンの手にお菓子を乗せるディズ。
「えへへ。ディズさんはどんな仮装してもすぐに分かるね」
レンの言葉に、笑って返すディズ。
レン、ゆき、リゲイル、ルイス、シャルーンの五人も、パレードを見に来た所だった。いい場所を探してこの場所へと来たのだった。
それぞれ知り合いを見つけての挨拶を済ませた後。初めて会う人も多いということで仮装の上からだけど、みんなで簡単な自己紹介をする。
名前を言って、衣装のことをみんなで話したりと進めていくうちに、ソヨの順番が回る。その時、ソヨの顔をちゃんと見たレンが、はっとする。
「――!」
思わず下げたレンの視線を、ソヨはつかまえて。にっこりと笑った。
「よろしくね」
その顔を見たレン。同じように、にっこりと笑って返した。
そのまま順番がまわり、最後の一人となったゆきが挨拶をする。
「わたしは……」
小さな声で、言いよどむゆき。ゆきを知る者は、その違和感に気がつく。
「…………」
シーツを被ったその表情は伺えない。心配になってリゲイルが手を伸ばそうとした時。
「わしはゆきじゃ。よろしくの」
今度は普段通りのゆきだった。
「お。きたキター!」
見えてきたパレードに、ルイスが声をあげる。
「おおおぉ。すっげぇな、チェスター」
「あんなでかいカボチャあるんだな」
一メートルは超えるサイズのカボチャに驚くケトとチェスター。中をくりぬいたジャックオーランタンとなって運ばれている。
「…………」
まるで王様の様に高雅に鎮座しているジャックオーランタンを見て、言葉すら失ってうっとりとしているのはセロリアンだ。
「あれをプリンにしたら、すごいだろうなぁ……」
同じように、うっとりと見つめるリゲイル。
「それ美味しそう。ね、ユウキ。帰ったらカボチャプリン作ろっか?」
リゲイルの呟きを聞いていたソヨが隣に居るユウキに言う。
「うん、そうだね。カボチャはまだ余ってるし」
一個まるまま残っているのを思い出してユウキ。
シャルーンはパレードの方はちらりとだけ見て、それからはそれを楽しむ人達を見ていた。
「いつになってもハロウィンは変わらないものだね……」
懐かしそうに、そして嬉しそうにパレードを見つめるゆき。同じように隣で嬉しそうにパレードを見ていたレンは、やっぱりゆきの違和感が気になっていた。
ディズはパレードの演奏を聴いているうちに、我慢できなくなり自分も混る。どこからか混じる音に気がついた奏者達が、ディズを見つけてサムズアップ。
やがてパレードが目の前を通っていく。すると目の前の人だかりがごっそりとその後を着いて行く。そうなのだ。このパレードはどんどんと参加者を増やして目的地まで歩いていくものだったのだ。
「レン。わし達も行くんじゃよ」
ゆきがレンの手を引いてパレードへと混ざる。
「あ、うん。みんなも行こっ」
後ろを振り向いてみんなを呼ぶレン。
「そう来なくっちゃ!」
飛び出すルイス。
「セロリ先生も、カボチャに見惚れてないで踊りましょ」
リゲイルが、カボチャに見惚れているセロリアンの手を取って踊りだす。
「それじゃこっちも、踊ろうか」
ディズがシャルーンに手を差し出す。少し迷い、シャルーンはその手を取った。片手でのダンス。ディズは空いた片手で器用にトランペットを演奏している。
「俺らも踊る?」
なはは。と笑ってケトがチェスターに言う。
「バカ言うなよ」
軽く笑って答えたチェスター。そこにルイスが戻ってきて二人の手を取る。
「いいじゃな〜い。踊りましょうよ〜」
妙に身体をくねらせてルイス。慌てて放そうとするチェスターだったが、面白がったケトがチェスターの逆の手を取り、逃げれなくなったチェスターと三人で輪になって踊りながらパレードを進む。
「みんな楽しそう。行こっ。おねえちゃん」
二人になったユウキとソヨ。ユウキがソヨの手を引いてパレードへと参加する。
パレードは進む。次々と参加者を増やして聖林通りを進んでいく。
次々と、全く知らない人ともパートナーを変えて、一人で、二人で。全員で踊りながらぐんぐんと進んでいく。
隣の声なんて聞こえないほどに、人々は笑い、騒ぐ。
やがて終着となり、パレードが終わる。大量に膨れ上がったパレードの参加者たちも名残惜しそうに戻ってゆく。
踊りつかれて休んでいる11人。ふう、と大きく息を吐いてリゲイルが喋りだす。
「ねぇねぇ。折角楽しくなってきたんだし、このまま別れるの、勿体無くない?」
きっと誰もがそう思っていたんだろう。近くの誰かと顔を見合わせ、笑ってリゲイルを見る。
「この後、私の部屋でハロウィンパーティするつもりだったんだけど、みんなも来ない?」
満場一致でその提案は可決される。全員でベイサイドホテルまで歩く事になった。
「よーっし。競争して行こうぜ」
長い距離を踊ったばかりだというのに、ケトが元気良く言う。
「動いたばっかだろ。俺はパス」
断るチェスターだが、いいじゃんいいじゃんと纏わりつくケトに、仕方無しに了承する。
「競争!? おっしゃああああ。昔はチーターのルイちゃんと言われた俺さまが」
屈伸運動をしながらルイス。
「他に参加者はー?」
「あたしも参加するわ」
高らかに叫んだケトの横、シャルーンがグリーヴに変形させていた足を電動ローラースケートへと変えていた。
「わたしは、参加したいけど、体力の方が限界かも」
「私も、遠慮しておこう」
リゲイルとセロリアンはパス。
「んー。私もきびしいかも。ユウキは?」
「僕もちょっと無理かな」
ソヨとユウキも不参加。
「それじゃ合図するぜー? あぁ、オレもパスな」
ディズがトランペットでスタートのファンファーレを鳴らす。そしてスタートをきると同時に、走り出す四人。
「……元気ねぇ」
微笑ましそうに笑いながらソヨ。一歩遅れてレンとゆき。
「パレード、楽しかったね」
レンがゆきに話しかけた時、レンはゆきが隣に居ない事に気がついた。
「……ゆき?」
レンが振り返ると、ゆきは後ろを振り返ったままぽつりと立っていた。寂しそうに風に揺れたリボンが、レンの心を不安にする。
「どうしたの? 早く行かないとみんな行っちゃうよ?」
言葉どおりに、もう結構な距離が開いてしまっていた。
ゆきの後姿をじっと見るレン。静かに、ゆきが振り返って答える。
「そう……だね。そろそろ行かないといけないね」
どこか寂しげな雰囲気を伴うその言葉に、レンは不安を掻き立てられて、急かすように言葉を搾り出す。
「うん。早くしないとボク達だけ遅れちゃうよ。さ、いこうよ」
けれどもゆきは動かずに、レンを見る。
「こうして、大勢で楽しんだハロウィンは久しぶりだった……。ありがとう。楽しかったよ。本当に、楽しめた」
違和感と不安が急激に膨れ上がって、レンは思わず駆け寄ろうとした。
――その時。一際強い、風が吹いた。
ぶわっ、と。ゆきの白シーツが風に煽られて膨らんで。
思わず目を閉じたレン。そして次に目を開けた時には、レンの視界にはゆきはいなかった。リボンのついた白いシーツだけがぽつりと地面に残されていた。
「ゆき……? ゆき……!?」
シーツに駆け寄り、何度も何度もレンはその名を呼ぶ。
「どうして……!? どこにいっちゃったの?」
辺りを見回してもその姿はどこにも無い。先に行ったみんなの背中だけが小さく見えていた。限界まで膨れ上がった不安は容赦なくレンの心を潰す。
「……っ!」
思わず駆け出そうとしたレン。その背中に、声がかかる。
「わしは此処じゃよ。レン」
聞きたかったその声に、レンが振り返る。
そこには、ゆきがいた。
「ゆき! 良かった、どこかにいっちゃったかと思ったよ……!」
不安の悲しみと、安堵の喜び。二つがぐちゃぐちゃに混ざり合ったような泣きそうな声でレンが言う。
「わしは何処にもいかんよ。ちゃんと此処におるからの」
レンを安心させるような優しい声で微笑んだゆき。その手には、古ぼけたカボチャのランタンが握られていた。
「……? ゆき? それ、どうしたの?」
レンの視線を追い、ゆきはそのランタンを優しげに撫でて答える。
「ハロウィンの、落し物じゃよ」
意味が分からずにはてな顔で返すレン。けれど深く考えようとした思考は、遠くからのみんなの呼び声に取り払われた。
「いけない! はやく行こう?」
手を取り合って、レン。
「また、来年会おうの」
ぼそりと。白シーツを拾い上げたゆきの口が小さくその言葉を紡いだ。何か言った? レンがゆきを向く。
「ううん。何でもないんじゃよ。さ、いこうかの」
振り返ることなく、二人は走っていく。
ゆきは気がついていた。自分を通して何度か現れた、それに。
ハロウィンの夜には、いなくなった人たちが帰ってくるという。
そう、きっとこんな夜には……。
ベイサイドホテルに着いた一行がリゲイルの部屋へと入ると、そこはもうハロウィンパーティの準備が整っていた。
「おぉ〜」
飾り付けられた部屋に並べられた料理を見て、一同は感嘆する。
「みんなで準備っていうのも楽しそうだったけど、時間も遅いから、準備して貰っちゃった」
携帯電話を持つジェスチャーで、リゲイルが言う。
料理や飲み物は中央のテーブルにあり、好きに食べれるようになっている。
最後の仕上げに、部屋の所々に置かれた小さなからのバスケットに手分けして戦利品のお菓子を入れていく。
「ちょっといいかの」
そんな中、ゆきがリゲイルに声を掛ける。
「どうしたの?」
「このランタン、飾ってもいいかの?」
古ぼけたカボチャのランタンを掲げて、ゆき。大事そうにランタンを持つゆきを見て、リゲイルは優しく笑って答える。
「勿論いいよ。それじゃあ、特等席に飾っちゃおうか」
中央のテーブル。その真ん中の盛り上がった一番の場所。そこにあったランタンをリゲイルが除ける。すると一連の様子を見ていたルイスが、その場所に手が届くようにとゆきを抱き上げる。
「ありがとうなんじゃよ」
その手でランタンを飾れたゆきが、リゲイルとルイスに笑顔で言う。
そして準備を終えたみんなが飲み物を持って中央のテーブルに集まり。
「かんぱ〜い」
乾杯を合図に、パーティは始まった。
「パーティといえば、う・ふ・ふ〜」
じゃーん。と、ルイスが取り出したのは、王様ゲームのセットだった。
「はいはーい。みんな引いて引いて」
中の見えないコップに王様ゲーム用の棒を入れて回していくルイス。
「……これは? 引けばいいのね?」
王様ゲームが分からないシャルーン。とりあえず言われた通りに引く。
「あ、これは王様ゲームって言って〜」
隣に座っていたケトが説明していく。その間に棒はみんなに行き渡り、みんな一斉にそれを見る。
「王様」
シャルーンだった。おお。と、ケトは嬉しそうに説明を始める。
「例えばさ、何番が何をする〜とかって、あ、分かり難いか。ほら。5番がマルマルをする。とかを命令すれば」
自分の棒を見せて説明する。そこには5の数字が書いてある。
「……バカケト」
小さな声でチェスターが呟き、うん? とケトが振り返る。
「丁寧な説明有難う。それじゃあ、5番が……」
「――!」
そんな流れにみんなで可笑しそうに笑う。ひでぇ! と叫んでいるケトも、やはり面白そうだった。
「そうね。なにか芸をして」
そう命令するシャルーン。
はいはーい。そう元気良く返事したケトは、座っているソファーの背に手を掛けて、そのままクルリと回転して後ろに立つ。
「ディズ。悪い、音お願い」
OK。そう返事してディズはトランペットでキレのいいBGMを奏でる。するとケトはテーブルからリンゴを3つ手にとってジャグリングを始める。
鮮やかに空を踊るリンゴに、一斉にみんなが拍手を送る。
「まだまだ。これで終わりじゃないぜぇ〜」
ケトのその言葉を合図に、チェスターがさらにリンゴを2個。ケトに向かって放り投げる。すると引き寄せられるにその2個がケトのジャグリングの中に加わる。
足をくぐらせたり、背を向けたり。ケトはリンゴをまるで手足のように操る。
「はい、はい、はい。それじゃあラストに、何でも好きなもの1個、俺に向かって放り投げて」
5つのりんごを放りながら、ケトがシャルーンに言う。それを受けて、シャルーンは部屋を見回し、テーブルへと歩いていく。そしてリンゴの入っていたバスケットをケトに向かって放り投げた。
見事に、ケトはそのバスケットもリンゴと同じようにジャグリングの輪の中に加える。そして見る見るうちにリンゴの数が減っていったと思ったら、最後にはバスケットだけになる。
「よっ、とぉ」
一つだけになったバスケットを、ケトがずしりと受け止めると。その中には5つのリンゴがきっちりと納まっていた。
優雅に一礼して笑うケトに、大音量の拍手が贈られてケトが席に戻ると。次のコップが回された。
「あれ? なんだろう?」
突然に鳴り響いたコールに、リゲイルが応対する。
「あぁ。オレの客かも」
ホテルに着いた時に連絡しておいたディズの楽団員の仲間達が着いたのだった。
仮面は外したが衣装はそのままだったウィズ。部屋へと入った楽団員達はその衣装を見て、ディズまで仮装をしている事に呆れる。
「ははっ。楽しまないと、な」
そしてディズを加えた楽団員達での演奏が始まる。
赤鼻のトナカイのジャズアレンジ。軽快に奏でられるその音に、みんな自然と身体でリズムをとったりしている。
「すっごーい」
演奏が終わり、拍手が沸きあがる。続いての曲は聖者の行進。今度はリゲイルがピアノで飛び入り参加する。
その後も、ディズと楽団員の演奏は続く。主にクリスマス定番の曲のジャズアレンジ。リクエストがあればそれを演奏する。
生演奏をBGMに、パーティは続く。
今度は別のテーブルでセロリアンが魔法を使ってカボチャ達に意思を持たせて遊んでいた。
「一口にカボチャと言っても、それぞれ個性があるんだ」
そんなことを言いながら、テーブルの上の数個のカボチャに魔法を掛けるセロリアン。
「お。なんだなんだ。あんたか、俺を目覚めさせてくれたのは。サンキューな」
「こら。そんな風に言い方をするものじゃありませんよ。もっと心を込めて、こう……」
「もー。カボちゃんはお堅いのよ。感謝が伝わればそれでいいのよ」
意思を持ったカボチャA,B,Cがそれぞれ話し出す。
「わ、すごい!」
「不思議なものじゃの」
レンとゆきが大喜びでソファーから身を乗り出してカボチャ達を見る。
「おう、ボウズ。カボチャ食ってっか?」
カボチャAがレン達に気がついて話しかける。
「カボチャは熱する事で甘みが増しますし、ビタミンAも豊富に含んでいて健康にも……」
「もー。カボちゃんはクドいのよ。美味しいよ。だけでいいのよ」
カボチャ達の遣り取りを見ていたソヨが、苦笑してユウキに話しかける。
「ユウキ……、今日のカボチャプリン。よしとこっか」
「うん……なんだか包丁なんて入れれないね」
同じように苦笑して返すユウキ。それを聞いたカボチャAがすごい剣幕で喋りだす。
「なんだとぉ!? ボウズ! そりゃ俺に喧嘩売ってんのか!? カボチャ食えよカボチャ!」
「カボチャプリンですか。有難い話ですが、寝る前に糖分を摂取するというのは控えておいた方がいいですよ。でないと……」
「もー。カボちゃんのバカー!!」
そんなカボチャ達にみんなが笑い、そのみんなを見てセロリアンは思う。不思議なものだ、と。今日初めて会ったばかりの自分を、こんなにも受け入れてくれる。
「どうしたの? セロリ先生」
感慨に耽っていたセロリアンに、リゲイル。
「ん? いや、なんでもない」
セロリ先生℃ゥ分を呼ぶ声が、セロリアンには故郷の学校の生徒たちのそれと重なる。
「ねぇねぇセロリ先生ー」
そんなひとときに。
こんなハロウィンのひとときに。
セロリアンは、確かに安らぎを感じていた。
「……マジ?」
箱を目の前に差し出されて、チェスターが深刻そうに訊ねる。
箱の中にはシュークリームが二つ。が、しかしただのシュークリームではない。そのうち一つにはクリームではなく、からしがたっぷりと入っている、ロシアン・シュークリームだ。
元は11個あったシュークリーム。まだ引いていないのはチェスターとルイスだけだった。
「マジもマジ。大マジ。生きるか死ぬかの二者択一」
自分もその渦中だというのに、ケラケラとルイス。
「……クッ!」
やけのようにしてシュークリームの一つを掴むチェスター。残った一つをルイスが持つ。
「せーので同時に食べてね」
リゲイルが言い、注目が集まる。BGMが一時止まり、緊張感を煽る効果音。
「ねね、どっちが引くと思う?」
壁に寄りかかってそれを見ていたシャルーンに、ソヨが飲み物を渡して言う。受け取って、シャルーンが答える。
「そうね。確率は二分の一…………でも、こういうのは得てして発案者に降りかかるものね」
「ぎゃあああああああ」
シャルーンが言い終わる寸前に、ルイスの絶叫が響く。見るとそこにはほっと胸を撫で下ろすチェスターと、口を押さえてのたうち回るルイスの姿。
「あばばばば、あふぃ、あふぃ」
熱い、熱い、と水を求めて彷徨うその姿に、申し訳なくもみんなが大笑いする。
「……ふぅ。さて、と」
水を飲んで落ち着いたルイス。振り向いたその手には、何故か新たなシュークリームの箱。
「二回戦目〜」
「ぅ……ん…………」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけばうとうとと舟をこぐ姿が多くなってきた。
「…………えへへ。こんなにお菓子もらったよぉ〜〜…………むにゃむにゃ」
ソファーに座ったまま寄り添うようにして安らかな寝顔を見せるレンとゆき。
「さて。そんじゃ、大人組は後片付けに入りますかー」
ゆきの横に畳んであったお化けシーツを、ゆきとレンにかけて、ルイス。
「幸せそうね」
ふふ。と笑ってリゲイル。
「遊びつかれたのだろう」
壁に寄りかかって眠っているケトとチェスターの近くのコップを避けながらセロリアンが小さく笑う。
「悪かったな、急に呼び出しちまって」
支度を終えて帰る楽団員にディズが礼を言う。
「なぁに。こんな楽しい演奏会ならいつだって大歓迎よ」
心底楽しんだようにそう言って帰っていく楽団員達。
テーブルで残った料理を纏めているソヨに、ユウキがふらふらと近づいていく。
「ん……手伝うよ」
今にも眠ってしまいそうなその様子に、ソヨは優しい声で言う。
「いいのいいの。今日は私達に任せて、ユウキは帰るまで寝てなさい」
ソファーまで連れて行ってユウキを座らせ、毛布を掛けるソヨ。力なく何かを言っていたユウキだったが、すぐにうとうとと眠ってしまう。
「楽しかったね」
一緒に装飾を外しているシャルーンに、リゲイルが言う。
「そうね。……楽しかった」
それぞれに 想い出を残し、
笑いあい。
ハロウィンの夜は 更けていった。
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クリエイターコメント | Happy Halloween!
依戒です。ハロウィンプラノベのお届けにあがりました。 まず最初に。 この度は素敵なプラノベのオファー。ありがとうございました。私自身、参加しているみたいに、とても楽しく執筆できました。 それと、非常に私信なのですが。私のNPC達、ユウキとソヨをありがとうございました……!
さて。言いたいことは山ほどありますので、長くなるのは後ほどブログで呟かせていただくとして。ここでは少し。
まず。呼称。 人数も多いですし、非常に不安な部分です。ちがーう。というのがあれば、訂正いたしますので、どうかお気軽に。
それと、仮装について。 今回、特に指定のなかった方の仮装は、私のほうで決めさせていただきました。仮装なしなのかな。とも迷ったのですが。
さて。心配事を綴ってしまった後で、もう一つ。 カボチャ達がものすごく好きになってしまいました……。と、呟いて。この場を去りたいと思います。
それではみなさま。素敵なハロウィンをお過ごし下さいませ。
オファーPL様。ゲストPL様。読んでくださった誰かが、ほんの一瞬でも幸せな気持ちを感じてくださったのなら 私は嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-10-31(金) 22:20 |
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