★ 黄金の路 巡る約束 ★
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
管理番号151-4801 オファー日2008-09-27(土) 20:06
オファーPC ディズ(cpmy1142) ムービースター 男 28歳 トランペッター
ゲストPC1 桜夜(cfyd8813) ムービースター 女 9歳 夜桜に涙する姫君
<ノベル>

 朝夕の冷たい空気が、秋の訪れを告げるころ。
 その日も銀幕広場は穏やかな賑わいを見せ、秋晴れの休日を数多くの市民が憩いに訪れていた。
 傍らで響く金管楽器の演奏は、すでに四曲目に入っただろうか。
 広場の一角を陣取り、ディズが青メッキのトランペット『ブルーノート』を演奏している。
 ディズの演奏を聴きにやってきた桜夜は、楽曲を耳に、ぼんやりと人の流れを見送っていた。
 昼の日差しはまだ暖かいとはいえ、人々の装いは夏から秋へのそれへと変わりつつある。
 広場を訪れるまでに見た店先の品々も、四季を先取りするよう、ぬくもりを感じるものへと入れ替えられていた。
 ディズを囲むように並んだ観客から拍手が起こり、すぐに五曲目の演奏が始まる。
 軽快で変化に富んだメロディラインに、観客の合いの手が重なる。
 盛り上がる演奏をよそに、桜夜の視線は空を見上げていた。
 薄雲のたなびく空は青く、冷気をはらむ風が漆黒の髪を撫でる。
 桜夜の故郷にも四季があり、季節ごとの美しい情景があった。
 銀幕市に実体化した今となっては、もはや遠い景色となり果ててしまったふるさとの姿。
 たとえ別世界の情景であろうとも、季節の移ろいを重ねて故郷の情景を思い返さずにはいられない。
 折々に変化する色彩を、桜夜は今も鮮やかに思い出すことができる。
 銀幕市の四季も好きだ。
 しかし、生まれ育った故郷の風景は、そこで過ごした様々な想い出を優しく呼び起こしてくれる。
「……故郷の木々は、今も色鮮やかであるかのぅ」
 眼にすることの叶わない情景を想い、ぽつりと零す。
 トランペットの音はやがて穏やかに収束していき、締めの一音を高らかに響かせ、幕を閉じた。
 足を止めて聴き入っていた人々から歓声と拍手が沸きおこる。
 ディズはブルーノを掲げて深く一礼すると、人の流れに紛れていく観客達に礼を告げ、桜夜を振り返った。
「そういや、今は紅葉の季節だったよな」
 演奏に夢中で聞き流されていたと思っていた。
 桜夜は、先のつぶやきの答えが返ってきたことに驚き、青年を見上げる。
「なんと。聞いておったのかえ」
「そりゃまあ。あれだけ大きな独り言なら」
 自分の声など演奏に紛れて打ち消されたと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。
「散策には良い季節だし、名所巡りなら付き合うぜ?」
「しかし、まだ紅葉の見ごろには早いようじゃ。広場の木々は、まだ色づき始めてもおらぬ様子」
 周囲を見回し、特に、広場の中心に植えられたヤシの木を見ると、少女はがっかりと肩を落とす。
 ヤシに罪はないが、こうも青々とした葉を見せつけられるとなんだか悲しいものがある。
「町中はこうでも、山まで行けばちょっとは違うんじゃねぇかな」
 ディズはブルーノを手にトントンと肩を叩くと、「よし」と声をあげ、桜夜に向き直る。
 不思議そうに見上げる桜夜に手を差し出すと、いたずらっぽく微笑んだ。
「せっかくのお天気だ。紅葉見物と決めこもうぜ、お姫さま?」
 故郷を恋しく想い募らせていた桜夜は、ためらわなかった。
 少女は迷うことなく青年の手を取り、二人は連れ添って歩き出した。



 ムービースターであるディズと桜夜は、銀幕市にかけられた魔法によって実体化した存在だ。
 ゆえに、銀幕市から外へ出ることはできない。
「市外にも名所は多いけど、銀幕市だって捨てたもんじゃないぜ」
 良い穴場を知っているからと、ディズは桜夜を連れ歩く。
 手近な場所でタクシーを呼び止め、ダウンタウンの北に位置する杵間山のふもとを目指す。
 辿り着いたのは、山が間近に迫った滝道の入り口だった。
 車を降りると同時に、銀幕広場とは違った静謐な空気を感じる。
「山登りになるからちょっとキツいかもしれないが、急ぐ道行きってわけでなし。のんびりなら行けるだろ?」
 ディズが指し示したのは、木々に埋もれるように続く山道だった。
 車二台分程の幅を持つ道は舗装され、滝壺までの一本道となっている。
 車両の通行は制限され、徒歩で行き交うひとの姿がまばらに見える。
 まだ色づきはじめとあって見ごろの場所までは歩かなければならないが、道に沿って登りきった場所に、目指す名所があるという。
 大人でもゆっくり歩いて往復で二時間の経路だ。
 今から歩けば、夕方までには十分往復が可能だろう。
 桜夜は紅葉鑑賞に来たことを忘れ、一時その景色に魅入っていた。
 滝の下流である現在地では、ほとんどの木々が青葉のままだ。
 しかし、青々とした葉だけでも目を奪われるほどの情景がそこにあった。
 山の傾斜を切り開くように作られた道は、紅葉していなくとも十分に見応えのある豊かさを誇っている。
 道の右手には自然のまま残した傾斜に並木が続き、傾いだ大地にしっかりと根付いた背高の木が、道の上まで折り重なるように枝葉を伸ばしている。
 見ごろともなれば滝道に落葉が降り注ぎ、路上を赤や金に塗り替えるのだろう。
 反対に、道の左手には川が流れていた。
 流れは紅葉の名所がある滝に続いているという。
 道と川には少し高度差があり、下流とはいえ河原には岩も多い。
 道の端には安全の為に木製の柵が設けられ、柵に手をかけた人々が上流から流れくる紅もみじに歓声をあげる姿も見られた。
「銀幕市にも、このような場所があるのじゃな」
 桜夜の感嘆をよそに、ディズも豊かな自然を前に感動を隠しきれないようだ。
「大自然の中で演奏できたら、最ッ高だろうな……」
 頭上をあおぎ、風を受けて鳴る葉擦れの音に耳を澄ます。
 ざあざあと寄せては返す葉音の波に、冷気をはらんだ風が心地良い。
 降り注ぐ木漏れ日の下を道なりに進んでいけば、出店が多いことにも気づく。
 経年の風情をかもしだす木造建ての店が、景色に同化しながらいくつも並んでいる。
 休憩がてら一杯の茶や甘味を楽しめる小さな茶屋もあれば、川の上に張り出した空中テラスを設け、そこから川と情景を一望できる趣向を凝らした店もあった。
 ディズは帰りにどこかへ寄って体を休めようと告げ、桜夜もそれに賛同する。
 とはいえ、帰りの話をする前に、まずは滝まで辿り着かなければならない。
 ディズに比べ、桜夜の歩みは上品そのものといえた。
 桜夜がまとっている装束は、宵闇に桜を散らした艶やかな着物であったが、趣はどうあれ山歩きには不向きなものだ。
 また、習わしによって定められているため、駆けることを良しとしない。
 先を行くディズとは裏腹に、桜夜の歩みはどうしても遅れざるを得なかった。
 それでも桜夜は急くことはなく、一歩一歩確かに歩んでいく。
 大地に満ちる力が、これほど充ち満ちた場所はそうあるものではない。
 桜夜は並木をあおぎ見ると、そっとまぶたを閉ざした。
 さやけし川のせせらぎ。
 鳴き交わす鳥の声。
 風にそよぐ葉擦れに、しなる枝。
 緑陰に踊る陽光。
 行き交う人々の足音と声。
 五感を研ぎ澄ますだけで、脳裏には精彩な情景を描くことができる。
「生命ある情景の美しさは、どの世も比べようもなく見事じゃ」
 先を行くディズが、桜夜を置いて歩いていることに気づき、慌てて駆け戻ってくる。
 落ち葉に足を取られ、倒れそうになる姿に思わず笑みがこぼれる。
「あ、笑うなよ!」
 扇で口元を隠し、ころころと笑う桜夜にディズの非難の声が飛ぶ。
 しかしすぐに少女の傍に辿り着くと、そっと左手を差し出す。
「支えがあった方が、少しは歩きやすいだろ」
 桜夜は礼を告げ、ありがたくその手を取った。
 秋晴れの午後は穏やかなに過ぎていく。
 青年は少女の手を引き、歩調を合わせながら、降り注ぐ光に目を細めた。



 滝道を辿り始めてどれだけたっただろうか。
 ディズは桜夜と他愛ない会話を交わしながら、少女に合わせて歩みを進めていた。
 そのうちに、道脇の川の流れが豊かに、勢いを増していることに気づく。
 先の方から、どうと響く水音も聞こえはじめた。
 並木の葉も下流より色合いを増しており、周囲は木々の緑と、変わりゆく暖色に充ち満ちていた。
「どうやら、終着地点は間もなくのようじゃの」
 この先に滝があるのだと気づき、桜夜の歩調もがぜん早くなる。
 ディズは頷き、急ぐあまり足を滑らせないよう注意をうながすと、握りしめた手を引き、再び歩きだす。
 やがて冷気にのって濃厚な水の匂いが漂うころ、二人はめざす滝壺へと辿り着いていた。
 滝が視界に入ってから、二人は手を取り合ったまま、その情景に魅入っていた。
 正確には、動けずにいた。
 滝は想像以上に大きく、雄々しく眼前に迫っていた。
 岸壁から勢いよく滑り落ちる水は周囲に大きな池をたたえ、うねる流れは下流へと続いていく。
 木々はここでも滝を覆うように枝葉を伸ばし、燃え立つような紅と水の対比が、まさに絶景といえた。
 耳と全身を打つ瀑布の音と、風雅を極めた色彩の美しさに、訪れた誰もが心を奪われている。
「……すごい」
 ディズはやっとのことで、それだけを口にした。
 胸に抱いた感動に、ぴたりと当てはまる言葉が思いつかない。
 どんな麗句を並べたところで、音で、色彩で、香りで全身に訴えるこの感覚を、伝えることはできないだろう。
 ふいに桜夜が手を離し、道の突きあたりとなる場所を指し示す。
「一曲、演奏してみてはどうじゃ」
 そこにはおあつらえむきに、観賞者のために用意された木製のベンチが並んでいる。 
 大自然の中で演奏したかったのじゃろうといたずらっぽく微笑み、その背を押しやった。
 他の鑑賞者が滝を見上げていたこともあり、最初はどうしたものか思案したディズだったが、その遠慮はすぐにどこかへ追いやることにする。
 この場で演奏をしたい。
 その想いが、ディズを滝の前に立たせていた。
 青いトランペットを持った青年の登場に、ベンチに座っていた人々の視線が向けられる。

 ディズは滝を見上げ、帽子を押さえながら優雅に一礼をすると、そのまま深く息を吸い込んだ。
 水音に添うように、ブルーノの音色が響き渡る。
 ゆるやかに始まった演奏に、それまで滝を見上げていた誰もがディズの姿に気づき、足を止めた。
 桜夜はベンチのひとつに腰をかけ、聴き入る。
 先ほど広場で聴いた演奏とはまた違う、楽しげな、そして伸びやかな音が響く。
 音色は葉の色と同じく、彩りを変えてきらきらと光るようだ。
 やがて演奏を終えて再び一礼をすると、周囲からわっと拍手が起こり、いくつもの賞賛の声がかけられた。
 壮齢の男性や、連れだって訪れた主婦、家族連れの子どもの姿もある。
 よもや紅葉の名所でトランペットの演奏が聴けるとは思っていなかったのだろう。
 風雅な情景を前にした演奏に、誰もが心を打たれたと口にする。
 ディズはこの場で演奏をできたこととともに、かけられる言葉の数々に心から感謝と喜びとを伝えた。
 しばらくして観客から解放されたディズが、照れたように桜夜の手を引く。
「見事な演奏じゃった」
 追い打ちをかける桜夜の言葉に、ディズは素直に破顔した。
 桜夜も微笑み、導かれるまま青年に続く。
 周辺を散策してみると、近くに別の登り口と道を繋ぐ朱塗りの橋を見つけた。
 滝の白、黄や紅の木々を背景に、朱の橋を視界手前に収める。
 そこは色彩の対比が絵になると評判の情景で、幾人ものひとが感動を一瞬に封じ込めようとカメラを構えていた。
 眼にして美しいものは、その場に佇んでも楽しいものだ。
 橋の上からは先ほどとは違った角度で滝を眺めることができ、趣を感じさせる。
 足下をとうとうと流れる川を見つめながら、二人は吹き抜ける夕暮れの風を受け、その場を後にした。

 帰り道、黄昏の情景はまた絶景だった。
 橙から群青へと変わりゆく空の下、色づいた葉を透かすように陽光が降り注ぐ。
 黄色の葉は、黄金≪きん≫に。
 赤色の葉は、朱紅≪あか≫に。
 薄闇に赤や黄の色が浮かぶさまは、行きに見た情景とはまた違った美しさがあり、幻想的だ。
「今度は桜を見に行こう」
 桜夜の手を引きながら、ディズが静かに告げる。
 足下に舞った紅の葉を拾いあげ、続ける。
「そうしてまた秋になったら、一緒にもみじを見にこよう」
 答える代わりに、少女は青年の手をしっかりと握り返した。
 まっすぐに顔を見上げ、微笑む。
 故郷の色彩が様々な記憶と結びついたように、銀幕市での想い出も、こうやってひとつひとつ、季節の彩りと共に重ねられていくのだ。
 故郷は愛しく、懐かしい。
 けれどこの世界もまた愛しく、優しい記憶を積み重ねていけることが何よりも嬉しい。
 二人は桜の舞う様子に想いをはせ、黄金の路を辿る。

 紅に、桜に。
 彩りを越え、幾度と巡る約束を――。

 闇の訪れとともに、冷たい風が吹き抜ける。
 間もなく、銀幕市に冬が訪れようとしていた。





クリエイターコメント この度はご依頼いただき、誠にありがとうございました。
 そして長らくお待たせをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 大切な約束の日、彩りにあふれた情景をいかに記すか試行錯誤し、
 一語、一語取捨しながら、大切に描かせていただきました。
 この作品がお二人の想い出のひとつとして、
 永く楽しんでいただけるものとなれば幸いです。

 それでは、またの機会にお会いしましょう。
 銀幕市の平穏と、PCさまの幸いを祈って。
公開日時2008-11-09(日) 21:50
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