★ 【眠る病】School of Memories ―dark side― ★
<オープニング>

 それは、なにかの不吉な兆しだったのだろうか――。
 銀幕市の医師たちは、運ばれてくる患者に、一様に怪訝な表情を浮かべ、かぶりを振るばかりだった。
 眠ったまま、どうしても目覚めない。
 そんな症状を見せる市民の数が、すでに数十人に上ろうとしていた。
 患者は老若男女さまざまで、共通点は一見して見当たらないが、ムービースターやムービーファンは一人も含まれていないことから、なにか魔法的なものではないかという憶測が飛び交っていた。
 そもそも、医学的に、これといった所見がないのである。
 ただ、眠り続けている。
 しかし放置するわけにもいかない。
 銀幕ジャーナルの読者と、中央病院の医師たちは、この症状にひとりの少女の名を思い出さずにはいられない。
 しかし彼女の難病とは、いささか異なる点もあるようだ。
 そんなおり――
 市役所を訪れたのは、黄金のミダスだった。

「ではこれが、ネガティヴパワーの影響だっていうんですか!?」
 植村直紀の驚いた言葉に、生ける彫像は頷く。
『すべてが詳らかになったとは言えぬが……そうであろうと思う』
 ミダスの手の中で、あの奇妙な、魔法バランスを図る装置がゆっくりと動いていた。
「では、いったいどうすれば」
『夢だ』
 ミダスは言った。
『眠るものたちはすべて夢をみている。そこに手がかりがあろう』
 装置をしまいこみ、かわりにミダスが取り出したのは、一輪の薔薇のドライフラワーだ。
『この<ニュクスの薔薇>を火にくべよ。立ち上る煙は人を眠りに誘い、同じ場で眠るものたちを、夢の世界へ導くだろう。そして人のみる夢は繋がっている』
「つまり、このアイテムを使って、眠ってしまった人たちの夢の中へ入り込んで調べる、と……そういうわけですね」

  ★ ★ ★

 陳情者が途切れぬ対策課だが、今日はいつにも増してごった返していた。
 その中に、グレーハウンドを連れた、本田流星の姿がある。
 ベイサイドホテルの総料理長は、オフであるらしく私服だった。高校生にしか見えない童顔は、しかし今は不安と憔悴の色が濃い。
「……植村は忙しそうだね、ペス。出直そうか?」
「わん! わわわん!(訳:何言ってんの。引いたら負けよ。ちょっと公僕! いつまであたしたちを放置するつもりよ!)」
「ああ本田、待たせてすまない。しかしその、一応、市役所はペット同伴禁止で――」
 激務に追われていた植村は、最新の依頼を掲示し終えて、ようやく流星らの元に来た。
 その場にいるペス殿に難色を示したものの、見回せば市役所のそこかしこに動物系ムービースターが出入りしている状況である。また、それを咎めている場合でもなさそうだ。
 植村の友人でもある流星が、対策課職員としての植村に会いに来る理由はひとつしかない。
 すなわち、異変の発生と、それに関する依頼である。
 案の定――
「実は、弟が眠ってしまったんだ」
「紅星(こうせい)くんが? ……それは」
 このところ頻発している謎めいた症状が、本田家の次男にも魔の手を伸ばしていると?
 しかし……、と、植村は思う。
 本田紅星、17歳。剣道部所属の高校2年生。腕前はなかなかで、予選を勝ち抜いて全国高校選抜剣道大会への出場が決まったばかり。
 さっぱりとした気性で友人も多いこと、また、バレンタインデーには山のようなチョコを持ち帰ってきたことを、植村は流星から聞き及んでいる。
 闊達な彼は、およそ、ネガティブパワーの影響を受けるには適さない少年ではないか。
「……うん。今まで病気ひとつしたことがないから、母さんもすごくショックみたいで……」
「心当たりは……、あるはずないな。愚問だった」
「紅星が起きるまで眠らない、って言ってる母さんを無理に寝かしつけて、僕も付き添ってはいるんだけど……。ちょっと気になることが」
 流星は口ごもり、考え深げな顔になる。
「……寝言で、のぞみちゃんの名前を呼んでいるんだ」
「のぞみ? 美原のぞみさんか?」
「だと思う。謝っている、っていうのかな、そんな口調で」
「紅星くんは、のぞみさんと親しかったのか?」
「いや、そんなはずはないんだ。たしかに同じ小学校だったけれどもね。学年も違うし、のぞみちゃんはあまり学校へ行ってなかったらしいから、せいぜい1、2度顔を合わせているくらいじゃないのかな」

  ★ ★ ★

 久方ぶりに、本当に久方ぶりに登校した日は、小学校の運動会の当日だった。
 晴れ渡った秋空の下、明るい歓声が響き渡る。
(来なければよかった……)
 後悔しながら、少女はたったひとり、教室の窓から校庭を見ていた。
 現在の種目は100メートル走。鉢巻きをなびかせ、懸命に走る生徒たち。
 我が子の勇姿をおさめんと、応援席のそこここでビデオカメラが回る。

 上級生の一群の中に、誰よりも速く走る少年がいた。 
 応援席には、優しそうな父親と、朗らかで可愛らしい母親、少年の兄と姉が、揃って声援を送っている。
 トップでテープを切った少年は、端正な顔を崩し、茶目っ気いっぱいのピースサインをしてみせた。
 そして今度は、家族に向かって走る。
 そろそろお昼どきとあって、応援席では趣向を凝らしたお弁当が並べられ――

 太陽が逆光となり、眩しくてよく見えない。
 校庭と少女との間には、目に見えない壁がある。
(もう、帰ろう)
 そう思ったときだった。
 いつの間にか当の少年が、教室に入ってきたのは。
 
(おい、美原のぞみ)
(……なに? どうしてわたしの名前)
(……いや、その、気にすんな。それより腹へってないか? ちょっと応援席に来ねぇ?)
(応援席……)
(弁当片づけるの、手伝ってくれよ。ウチの兄ちゃん、料理上手なのはいいんだけど、作りすぎだっつーの)
(いい。もう、帰るから)
(だったらさ、食べるだけ食べてけよ)
(いいの。帰るんだからほっといて)
(……うーん。そうかぁ? じゃあ、送ってやろっか? 次の種目まで時間あるし)
(送る……? わたし、病院にかえるんだよ……?)
(知ってる。身体弱いんだろ? でも、美原の父ちゃんも母ちゃんも、まだ迎えに来てないみたいだし、心配だからおれが――)
(ほっといてっていってるでしょ! かまわないで! あっちいってよ!)

  ★ ★ ★
 
 しあわせなくせに。
 めぐまれてるくせに。
 近づいて、苦しめないで。

 あなたなんか、大きらい。
 
  ★ ★ ★

 ――夢?
 夢か、これは? 小学校のときの……。
 いや……。
「本田! こら、本田紅星!」
「え? あ、はいッ?」
「授業中に居眠りとはいい度胸だな。剣道部のエースともなれば、歴史なんてどうでもいいということか?」
「や、そんな。すみませ――」
 歴史の教諭にしておくのは惜しいスピードとコントロールで、先生がチョークを投げつけてくる。
 紅星は間一髪、それを避けた。
「センセー。そんなんじゃ当たんねぇし、反省もしないって。本田にはこれっくらいやんないと」
 同級生の男子が、何か……、大きなものを手にして……。
 投げる。叩きつける。
「そうよね。本田くんは調子に乗りすぎなのよ」
 制服をひるがえして立ち上がった女子が、床に落ちたそれを踏みつける。

 踏む。踏みつける。
 
 それは紅星が、部活で愛用している竹刀だった。
 ――この違和感。この不条理感。

 おれは今、悪夢のなかにいる。
 そうはっきりと認識できたのは、先生やクラスメイトが、そして、教室の椅子や机までもが、おぞましいモンスターに姿を変えて、襲ってきてからだった。
 
  ★ ★ ★

 ぽつねんと校庭を眺めていたあの子にとって、学校は自分を除外する恐ろしい場所だったのかもしれない。
 話しかけてきたおれも、怪物に見えていたのかもしれない。

 ……畜生。
 ここに、剣があればいいのに。
 折れてしまった竹刀の代わりになるような。
 
 おれは――目覚めたい。
 目覚めてあの子に、言いたいことがある。

種別名シナリオ 管理番号948
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントこんにちは、神無月まりばなです。
えー、銀幕市に事件が頻発している昨今、お忙しい皆様には申し訳ないのですが、本田家次男が眠る病に罹ってしまいまして。
叩き起こしてやってくださいませ。
 
実はこれ、神無月の銀幕初、バトルメインシナリオです。
紅星はそもそも、のぞみちゃんがむかつくくらいポジティブシンキングなので、悪夢もシンプルです。
ただ、ダークな学園ハザード風世界のため、PCさまが学園設定になってしまうケースがあるかもしれません。
※そのままでもOKですよ。

襲ってくるモンスターはかなり大量ですが、遠慮なく、ばっさりざっくりやっちゃってください。
戦闘力のあるかたが有利かもしれません。でも、その辺はお気になさらず。
ムービーファンのかたは、ファングッズも持ち込めます。

それでは、本田家でコーヒー入れながらお待ちしております。
ご武運を!

参加者
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
コレット・アイロニー(cdcn5103) ムービーファン 女 18歳 綺羅星学園大学生
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
四幻 カザネ(cmhs6662) ムービースター その他 18歳 風の剣の守護者
<ノベル>

ACT.1★夢のなかへ

「随分とネガティブパワーの影響が深刻になってきたな。――厄介だ」
 人の出入りが慌ただしい『対策課』で、シャノン・ヴォルムスは、掲示板に貼り出されたばかりの案件を検分していた。【眠る病】に侵された人々についての対応依頼が、非常に多い。
「美原のぞみに関係があるのかもしれんが、果たして……。何にせよ、すぐに解決しなければならない問題だな。ずっと寝たままの状態が続けば衰弱するだけだ」
「まあ、シャノンさん。こんにちは」
 同じように掲示板の前にいた四幻カザネがシャノンに気づく。ふたりは、さる誘拐事件で、ともに探索隊に加わっていたことがあったのだ。
「カザネか。久しぶりだな」
「本当に。銀幕市にはいつも事件が起こっているというのにね。今日もこんなに……。本田さんの依頼を受けますの?」
「そのつもりだが、カザネもか?」
「ええ。大切な弟に何かあったなんて、人ごととは思えませんもの」
 植村と話している流星の姿をみとめ、シャノンとカザネは揃って歩み寄る。
「私もお手伝いしたいです。紅星さんが目覚めることができるように」
 別件で市役所に顔を出していたコレット・アイロニーも駆け寄ってくる。いち早く参加の意思を伝えた彼女は、すでに『対策課』でスチルショットを借り出していた。
「りゅーせーーーー! ペス殿ーーー! こーせーが大変なんだってーーー? 俺も行くぞーー!」
 人混みをぬって、すとととっと走って来たのは太助だった。非常事態とはいえやっぱりペス殿は怖いので、このグレーハウンドが絶対に吠えない相手、すなわち流星の頭にしゅわっちと乗っかる。
「くぅん。わん……(訳:あら、あたしの狩猟本能を刺激する子狸だわ……。だけど、紅星のために協力してくれるのなら、ここで吠えたり追いかけたりしちゃ悪いわね……)
(よしよし、ここでペス殿に恩を売っておけばあとあと……。い、いやいや、俺は正義のお助けキャラ! 『そんとく』関係なしに助けるんだ!)
 今日のペス殿は、ちょっとしおらしい。お茶目な損得勘定はさておき、太助は正義感を刺激された。
「皆さん……。ありがとうございます」
 名乗りを上げてくれた面々に、流星は深々と頭を下げる。ずり落ちそうになった太助は、慌ててその背中にしがみついた。

  ★ ★ ★

「散らかっていて、お恥ずかしいのですが」
 流星はそう謙遜するが、本田家の玄関も通された応接間も、さっぱりと片付いていた。
 いつも賑やかで笑い声が絶えないはずの家の中は、今はしんと静まりかえっている。
「父と妹は、何か手がかりや情報を得られればと、市内の医院を手分けして回っています。母は、このところずっと看病続きで不眠不休だったので、当分は起きてこないと思います」
 そうだ、皆さんにお茶を、と、キッチンへ行こうとする流星を、太助が押しとどめる。
「いいよいいよ、そんなの、こーせーが起きてからで」
「そうね。私たちはすぐに行動してかまわないのよ」
「さっそくだが、紅星のところに案内してもらおう」
 カザネとシャノンは、勧められたソファに腰を下ろさぬままだ。
「あの。紅星さんが無事に目覚めたら、私がキッチンをお借りして、お茶、入れますから――だから」
 コレットもそう言ったので、流星は無言で頷き、感謝を伝えた。

 廊下へと出、向かい側のドアを開く。
 そこが、紅星の部屋だった。

 いかにも男子高校生らしい殺風景な室内には、無造作にゲーム機が置かれ、ゲームソフトも乱雑に積み重ねられている。
 その隣に、洗濯したての剣道衣と袴がぴしりと畳まれて置かれているのが、何とも好対照だ。
「紅星はいつも、自分で練習着を洗ってるんです」
 誰に言うでもなしに、流星はぽつりと呟く。
 料理は食べる専門、洗濯は母さんにおまかせな紅星だが、練習や試合で使用する藍染めの剣道衣と袴だけは自分で洗う主義なのだそうだ。
 しかもすべて、手洗いだという。剣道衣は広げた状態で、袴は畳んだまま、ぬるま湯を張ったたらいに浸すやり方だ。
 洗濯機や洗剤を使用すると、藍が分解されてしまい、よろしくないのだそうである。
 ――やー、これも修業っていうかさー。
 その手間を惜しむどころか、紅星はそう笑いとばしていたらしい。
 
 ――今。
 少年は、深い眠りについている。
 自らの手で洗った藍の衣に袖を通さぬまま。

「夢の中には、装備を持ち込めるようだな。皆の用意が整っているなら、<ニュクスの薔薇>を、燃やすとしよう」
 愛用の銃に加えて、P90(プロジェクト90)を持参したシャノンは、流星を振り返る。
「流星、おまえは別室で待機していろ。この先は俺たちだけで何とかする。どんな悪夢を見ているのかはわからんが、たぶん、戦闘になりそうな気がするからな」
「わかりました。ぼくがいては足手まといですから、おまかせしたほうがいいと思ってました――よろしく、お願いします」
「待ってろりゅーせー! こーせーは必ず起こしてやるからなっ!」
 太助が、どんと胸を叩く。
「……私もがんばる。役立たずかもしれないけど……。みんなの援護ぐらい、できると思うの」
 目を伏せてスチルショットを持ち直したコレットは、紅星の剣道着に目をやり、ふと顔を上げる。
「夢の中では、紅星さん自身も戦いたいだろうし――戦えるんじゃないかな。剣道部でいつも使ってる竹刀があれば、持っていって渡してあげたいんだけど」
「竹刀、ですか」
 流星は思案顔になったが、すぐに、首を横に振る。
「残念ながら、紅星が愛用していた竹刀は、先日、折れてしまったんです。新しい竹刀は発注済なのですが、まだ届いてはいないようで」
「折れた……。どうして?」
「練習のしすぎでダメにしてしまった、おれがまだ未熟だからだと、本人はしょげてました。大会を控えて、少し焦りがあったのかも知れませんね」
「……剣を持つには、覚悟がいりますものね」
 風の剣の守護者であるカザネは何かを得心し、大きく頷く。
「紅星さんが望むなら、ふたつに割った風の剣をひと振り、お貸しすることもできますけれど。それは、お会いしてからの話ですわね。もしかしたら、必要ないかも知れませんし」

 そろそろ、まいりましょうか。
 流星が退出するのを見計らい、カザネは<ニュクスの薔薇>をシャノンに向ける。
 シャノンが差し出したライターが、それに火をともした。

 薔薇が、燃える。
 甘い香りが立ちのぼる。
 すべての風景は揺らめいてとろりと溶け――ゆるやかに再構成された。

ACT.2★School of Monsters

 見知らぬ学校の校庭に、4人は立っていた。
 何の変哲もない、RC造3階建の平凡な校舎だ。なのに、この禍々しさはどうだろう。
 まるで建物それ自体が、邪悪な意志を持った怪物であるかのように、神経を逆撫でる。
 季節は、わからない。
 青い空に鰯雲が広がっているところを見ると、もしかしたら秋口なのかも知れないが、時間が止まったかのように風は動かず、涼しさも爽やかさも伝えてこない。
 建物を囲むポプラ並木は、書き割りのように平面的だ。
「成る程。学園に関する悪夢なのか」
 シャノンはいつの間にかスーツを着ていた。その姿に見覚えのある太助は「お」と、声を上げる。
「おととしの七夕のときとか、去年の臨海学校のときみたいな学園せっていになってんな。数学教師のシャノン・ヴォルムス先生。的当て同好会こもんで机の引き出しの中には酒びんがぎっしり」
「ふむ、そのようだ。あのハザードのように無害なものではなさそうだがな」
「……まさか、私がセーラー服になるとは思いませんでしたわ」
 夏服に包まれた、はち切れんばかりの胸と腰を、カザネは困った風に見やる。
「ええと。カザネさんはこの高校の3年生で、四幻家6兄弟の長女なのよね。兄弟の皆さんは全員養子で同い年だから、同じ学年で――あれ、どうして私、こんなこと」
 コレットの口から、カザネの学園設定がすらすらと漏れる。そのことに驚くコレット自身も、同じ制服姿になっていた。
「コレットさんは2年生で、演劇部の部長でしたわね。どんな役柄も演じきることができ、777の仮面を持つと言われる天才少女」
「……そうだった、かな……?」
 今まで数々の依頼を受けてきたが、こんな羽目になったのは初めてで、コレットは整合性に戸惑う。
「今だけの現象だ。悪夢が終われば、元に戻る」
 ある意味慣れているので、割り切ることが可能なシャノンが苦笑した。
「紅星さんは中にいるのかしら。まずは、彼と合流して安全を確保することが先決ね」
「教室にいるのか、それとも別の場所か。ともかく捜してみるか」
 校庭に人影がないのを見て、カザネとシャノンは、校舎入口へと歩き出す。
「……待って。今、何かが……」
 後を追おうとしたコレットは、背後に異様な殺気を感じて振り返る。
 同時に、太助が叫ぶ。
「これっち、あぶない!」
 
   ば、ひゅん――
  ひゅ、ん――……!
    ひゅーーーん。
  びゅッ……―― ……ばしゅッ……!

 かまいたちのような鋭い風が、続けざまにコレットの頬をかすめた。
 スチルショットを構える暇はなかったが、それでも間一髪、太助とともに攻撃を避けることができた。
 地に伏してからそっと顔を上げたコレットの目に、想像を絶する怪物たちが映る。
 ちょうど、人の顔ほどの大きさで……。
 一瞬、本物の生首かと思い、身震いしたそれは……。
 
 いくつもの、バスケットボール、だった。
 凄まじい形相の目鼻と、鋭い牙を持ち、驚異的なスピードで空を切っている。

(帰れ、帰れ)
(出て行け、出て行け)
(俺たちが、怖いんだろう?)
(球技なんて、大嫌いなんだろう?)
(チームワークがいるもんな)
(ひとりだけ下手くそが混ざってると、つるし上げられるもんな)

 吹き付けるような悪意が、群れをなして向かってくる。
 1、2、3、4、5、、、、23、24、、、、31、32、、、その数、45。
「いやあああーー!」
「うっひょー、ちょっとたんまッ!」
 体勢を立て直せず、伏せたままのコレットと太助は、痛烈な猛攻撃を覚悟したが――
「私たちは、先を急ぎますの」
 ぼしゅ、ぼしゅっ、と、空気が抜ける音がした。切断されたボールがふたつ、地に落ちる。
 凛とした、カザネの声。その手には、ふた振りの剣があった。
「ボールは、ボールらしくしていてくださいな」
 目まぐるしい早さで風の壁が作り出される。『回風舞踏』を行っているのだ。壁は自在に動いて攻撃を封じ、コレットと太助の盾となった。
「まったく、この忙しいときに邪魔な球だ」
 シャノンは、容赦なくP90を構える。
 銃身長263mm、使用弾薬5.7mm×28、装弾数は、サブマシンガンとしては多めの50発。
 軍用短機関銃が火を吹く。
 45体、いや、残り43体のモンスターは、正確に撃ち落とされた。
 
  ★ ★ ★

 ようやく校内に足を踏み入れた4人だったが、探索は思いのほか難航した。
 モンスターの数が多すぎて、なかなか前に進めないのである。

 ○下駄箱前→
「俺の靴を隠したのは誰だ〜!」と叫びながら、学生靴軍団が片方だけ、大挙して来襲。
 コレットがスチルショットで動きを止め、シャノンが撃ち落として終了。

 ○廊下→
「あんた、生意気なんじゃないの。放課後、校舎裏に来なさいよ」と、顔のない女生徒集団が因縁をつけてきた。
 太助が妖怪のっぺらぼうに変化して撃退。

 ○職員室→
「追試だ追試だ追試だーーーー! キシャアアアーー!」と牙を剥くプリント群がみっちり。
カザネが双風と回風舞踏の併用で、ざっくざっく細切れに。

○美術室→
アリアドネ像とシーザー像が木炭とクロッキーノートを持ってにじりより「巧く描けるまでこの部屋からは出さない」と無理難題。
バッキーのトトが食べて終了。

○音楽室→
ピアノとベートーベンの絵が怪物化。
ちょっと苦しいけど、やっぱりトトががんばって完食。

 ○教室A→
 教室中の机と椅子に手足が生え、しかも合体して巨大化。
 コレット:スチルショット
 シャノン:火炎弾
 カザネ :回風癒合
 太助  :ドラゴンに変身
 
「巨大化モンスターを倒せて良かった……。ありがとう、シャノンさん、カザネさん、太助さん。私、お世話になってばかりでごめんね」
「そんなことないぞ。これっとっちも、ととも、さんきゅな!」
「俺も助けられている。礼には及ばん。それより、紅星が見つからんな」
「どの教室にもいないようですわね」
 次はどこを探そうかと、一同が考えあぐねたときだった。
 
 学校中を揺るがすような地響きと、少年の叫び声が聞こえてきた。

ACT.3★自意識

「今の声、紅星さんかな?」
「たぶんそうだろう」
「プールのある方向から聞こえましたわ」
「よし、すぐ行くぞぉ、こーせーー!」
 4人は、別棟にある屋内プールに駆けつけ、そして、見た。

 プール脇も、水の張られたプールの中も、無数のモンスターによって埋め尽くされているのを。

 ……不思議な、モンスターだ。今まで遭遇してきたものたちとは、微妙に違う。
 青い鱗で覆われた両腕の間には、水かきがある。腰から下は足の代わりに曲線を描いた尻尾になっている。
 シャープな切れ長の目。端正な顔立ち。短く切られた髪。
 コレットが目を見張る。
「紅星さん……? 紅星さん、人魚さんになっちゃったの?」
 いみじくもそう言ったように、その容貌は紅星を彷彿とさせた。どれもこれも同じ顔で同じくらいの背丈なのだが、プールの中心にひときわ――巨大な人魚がいるのだ。
 一般的な25.50mのプールが小さく見えるほどのモンスターは、水の中で長い尾を跳ね上げる。驚くほどの衝撃が建物全体を揺るがす。先ほどの地響きは、これが原因のようだった。
「いや、あれはやっぱモンスターだと思うぞ。本物のこーせーは別にいる。おぉぉーーい、こーせーぇぇーー! どこだぁぁーー!」
 ドラゴンに変身したままの太助が、大声で呼ばわった。
 ――と。

「はぁーーい。おれはここにいまーす。さっきから叫んでました。ちょっち絶体絶命でーす。救助求ム」

 プールが嵐の海のように逆巻いて、波しぶきがちぎれ飛ぶ中。
 人魚たちに追いかけられながら、学生服のまま泳いでいる少年がいた。
 どう見ても危険な状況であるのに、今ひとつ緊迫感のないSOSなのは、本人の資質によるものか。
 
 同じ顔の人魚たちは少しずつ距離を縮めながら、口々に紅星を罵倒する。

(どうせ、泳げねぇんだろ)
(そうだよ、医者に止められてんだろ)
(身体の弱いヤツは、さっさと帰れよ)
(物欲しげに眺めてられても、めざわりなんだよ)
(ここには、おまえの居場所なんかないんだよ)

「ったく失礼なモンスターどもだなおい! おれは健康体だし普通に泳げるよ、泳げるけどさぁ! おれ水泳専門じゃないからスパルタされても困るんだよー!」
 うわわわ、近づくなぁぁーー! と、バタ足しているところを、追いついた一体が掴もうとする。
 その瞬間。
「こーせー、さぁ乗れカモン!」
 大きな翼を広げ、ドラゴンが空を切った。
 水面すれすれに飛行し、その背にびしょぬれの紅星を掬い上げる。

 ドラゴンは盛大に炎を吐き、長い尾を一回転させた。
 人魚が何体も一度に倒れ、ぶくぶくと水中に沈んでいく。
 
「ふうー。助かったあ。どこの誰かはしんないけど、ありがとな」
「はっはっは、俺は太助。通りすがりのお助けキャラだ!」

  ★ ★ ★

 コレットは息を吸い込んで、スチルショットを放つ。
 シャノンは、P90を乱れ撃つ。
 カザネは、双風を繰り出す。
 太助は紅星をドラゴンライダーにして、巨大人魚に特攻をかけた。
 その爪を、その牙を、彼の剣とし、盾ともなって。
  
  ★ ★ ★

「なあ、こーせー。俺さぁ」
 切り裂かれてぷくーーっと浮いた巨大人魚を見ながら、太助が呟く。
「最初はさ、あのモンスターが、こーせーそっくりなのって、のぞみっちからすればああ見えてたのかなって思ってたんだけど、ちょっと違うのかな」
「んー」
 紅星はドラゴンの背の上で、腕組みをした。
「正確には『のぞみにはあんな風に見えてたんだろうと、おれが思ってた』んだな」

 ――そうだ、なあ美原、病院に帰るまえに、プール見ていかね?
 ――プール?
 ――ちょうど先週、改装が終わったばっかりなんだよ。おまえ、まだ見てないだろ。
 ――いかない……。
 ――美原?
 ――いかない。だってわたし、入れないもの。みたって、しかたないもの。
 ――美原……。
 ――きっと楽しいんだろうなって思いながらみてるのって、つらいだけだもの。

「あとでさ、反省したんだよ、病院通いのあの子に、残酷なことしたなぁって。ずっと謝りたかったんだけど、その機会もなくってさ」
 だから、この悪夢のなかで、モンスターと対峙したとき、無性に剣が欲しかった。
 未熟な自分を、打ち倒すために。

「紅星さん、誰かに似ていると思ったら、すぐ下の弟に似ているのよね――その覚悟があれば、大丈夫ですわよ。剣がなくとも」
 カザネが微笑む。
「そうだな。意思というのは全てにおいて重要な意味を持つ。目覚めたい意思があるのなら、それでいい」
 シャノンは構えていたP90を降ろす。すでに、モンスターは一掃されていた。
「紅星さん、一緒に帰ろう。モンスターさんがいなくなれば、きっときっかけができると思うの」
 コレットが、ふと辺りを見回したとき。

 チャイムが、鳴った。
 それは終業の合図であり――この悪夢の終わりでもあった。

ACT.4★希望への道

「ふぁぁぁぁーーー。よく寝たぁぁーー!!」
 大きく伸びをして、紅星は起きあがる。
「――紅星。よかった……」
 隣の部屋に待機していた流星は、皆が戻ってきた気配に駆けつけた。
「ありがとうございます、皆さん。……本当に」
 眠る病を排除した弟の、健康そのものの目覚めに涙ぐんだが、
「あー、喉かわいた。兄貴ぃ、お疲れ様なおれとみんなにお茶入れて」
 ちゃっかりとした言いように、ため息をつく。
「元気だな。今まで寝てたくせに」
「寝る子は育つって、言うじゃん」
「まだ育つ気か」
 自分よりも頭ひとつ高い弟を、流星は呆れ顔で見上げた。
  
  ★ ★ ★

「な、こーせー。のぞみっちに会いに行ってみたら? 眠ったままでも、気持ちは伝わるぞ」
「そのつもりだったけどさぁ。考えてみりゃおれ、あのころからあんま成長してねぇんだよな」
「未熟なままでいいじゃん。ガキなんだからさ」
「ほー、言うなあ、子狸」

 かたくなな鎧をまとっている、あの子に。
 学校はそんなに怖いところじゃないんだと。
 弱くて臆病で、不安のあまりに全身を棘だらけにして自分を守っている、
 きみと同じ、子どもたちばかりがいるのだと。
 
 明るく屈託なく、何の心配もなさそうに見える生徒たちにも、それぞれの悩みと痛みがあることを、
 少しずつ、伝えるところから始めよう。

クリエイターコメントお待たせしました。神無月サイドの【眠る病】、お届けいたします。
おかげさまで、本田家次男は無事目覚めました。ありがとうございました〜!
あ、女性陣がセーラー服なのは、記録者の趣味です(言い切った)。

★シャノンさま
お疲れ様でしたーーー! シャノンさまはやっぱり頼りになりますわーv

★コレットさま
コレットさまの学園設定は、記録者が! 勝手に! 捏造しました!
(このシナリオ内だけのことですので、今後のご活動や、他のシナリオへの影響は一切ありません)
記録者的には、コレットさまとは真逆の、タカビーでわがままでサドっ気のある役を是非、演じていただきたいと思います。意外性に学園中が萌え転がること必至かと。

★太助さま
ドラゴン! 学園内で太助さまのドラゴンが見れるとは。紅星をドラゴンライダーにしてくださり、ありがとうございます。

★カザネさま
考えてみれば、記録者の陰謀により、作中ではずっとセーラー服で二刀流を駆使していらっしゃるんですよね。何という萌え図。

それでは皆様、激動いちじるしい銀幕市ですが、これからもご一緒に過ごしましょう。
公開日時2009-03-23(月) 18:20
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