★ 約束 〜永遠が花であるならば〜 ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7097 オファー日2009-03-15(日) 02:05
オファーPC シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 アル(cnye9162) ムービースター 男 15歳 始祖となった吸血鬼
<ノベル>

「約束通り、戻って来ました」
 アルの第一声が、それだった。
「――……ただいま、シャノン」
 目の前に立った純白の少年は、たった二週間離れていただけのはずなのに、ずいぶん大人びたように見えた。
 彼を見上げてきらり、と輝く双眸は、太陽のような金の色だ。
 それらすべてを目にするだけで愛しさが募り、心の中が――思考が、アルたったひとりのことで埋め尽くされる。
「……おかえり、アル」
 シャノン・ヴォルムスは、万感の思いに胸をいっぱいにしつつも、静かに微笑んで頷き、アルを抱き寄せた。
「帰って来てくれてありがとう……逢いたかった」
 以前は華奢さばかりが強調されていたアルの肩に、紛れもない力強さを感じながら、シャノンが囁くと、アルは嬉しそうに……ほんの少し照れたように、はにかんだように笑い、彼の腕に身を委ねた。
「待っていてくれてありがとう、シャノン。僕も、逢いたかった」
 互いに、色々と言いたいことはあった。
 伝えるべき思いもあった。
 アルの変化に気づかぬシャノンではなかった。
 しかし今、この瞬間において、互いのぬくもり以外に必要なものも感じられず、シャノンはアルを抱擁し、アルはシャノンを抱き締め、しばしその至福の瞬間を享受する。
 シャノンは、ようやく再会できた、誰よりも愛しい少年の体温に感無量の思いを抱いていた。同時に、この二週間に渡って周囲に心配をかけたことが思い起こされ――ようやく、そのことを考える余裕が出来て――、シャノンが戻ったら皆に謝らないと、などと思っていると、
「あ、そうだ、シャノン」
 唐突に声を上げ、アルが彼を見上げた。
「どうした、アル」
「ええ、あの時預かってもらっていたネックレスを返してほしいのですが」
「ああ……そうだったな」
 恋人という関係になった初めのころ、シャノンが愛情の証として贈ったクロスのネックレスは、アルが姿を消す前に、相棒を頼みます、と言って預けていったものだ。
 アルが大切にしていたからだろう、彼が消えたあとも、クロスにはほんのりとぬくもりが残り――と言ってもそれは物質的な温かさではないが――、シャノンは時折それを握り締めて孤独と不安に耐えたものだった。
 それを守ることがアルを守ることに、ひいては彼との再会につながる気がしていたから、もちろん今も、シャノンはクロスのネックレスを肌身離さずに持っている。
 しかし、
「それなんだが……あとでもいいか?」
 思うところあってシャノンがそう言うと、
「……? はい、構いませんが……」
 アルは訝しげに首をかしげながらも頷いた。
「なら、少し、俺のわがままに付き合ってくれ。――行きたいところがあるんだ」
 構わないか、と目線だけで問うと、アルは静かに微笑んで再度頷く。
「シャノンのわがまま、好きですよ、僕。なんだか、温かい気持ちになれますから」
「……そうか」
 アルの無邪気な笑みに、面映い思いを味わいつつ、シャノンは純白の少年を促した。
 そして、懐にある小さな箱、アルが帰って来たら即座に渡そうと思って常に持ち歩いていたそれの感触を確かめて、歩き出す。

 * * * * *

 初めにシャノンがアルを誘(いざな)ったのは、星砂海岸の近くにある小さな水族館だった。
「ああ……綺麗ですね。魚たちが泳いでいる姿を見ると、こちらもゆったりした気持ちになれます。ほら、シャノン、すごく大きな魚ですよ……でも、愛敬のある顔をしていますね」
 小さいながらも整った設備と豊富な展示物のお陰で日々賑わっているそこを、他愛ない感想など交わしつつゆっくりと見て回る。
 ユーモラスな顔のマンボウが、水槽の前を横切っていく。
 その近くでは小魚たちがくるくると方向を変えながら水槽のあちこちを行き来し、別の水槽では色とりどりの、かたちも様々なくらげたちがゆらゆらと漂っている。
 熱帯魚の色鮮やかさ、川魚の素朴さ、甲殻類のユニークさ。
 シャノンがここにアルを連れてきた意図は判らないが、そもそも根底に恋人の隣を歩く喜びがあるとして、命の活き活きとした営みは見ていて飽きないし、魚たちが予想外の動きをするのは、楽しい。
「ここは……深海魚のブースですか。……幻想的ですね……」
 踏み込んだ先は、全体的に薄暗く、青いほのかな明かりが周囲を照らす深海魚のスペースだった。
 不思議な形状をした魚たちが、ゆらゆらと海底を漂っている。
「……あ」
 それらを興味深く覗いていたアルは、水槽に写った自分の顔とシャノンの顔が近いことに気づき、ああ自分は背が伸びたのだ、と実感していた。
「どうした、アル?」
「いえ……顔が少し近くなったなぁ、と」
「……ああ、そうだな」
 水槽に映るアルを見つめ、シャノンが微笑む。
「だが……俺の背に届くには、まだ足りないな」
 くす、と笑ったシャノンが手を伸ばし、アルの頭を撫でた。
「そうですね。でも、これからもっと大きくなりますから」
「おや」
「え?」
「……怒らないんだな、子ども扱いされている、と。前は、よく拗ねていたのに」
「ああ……そうですね。でも、シャノンが言うことなら、という気持ちになったので」
「そうか、それは少し……面映いな。同時に少し物足りなくもあるが。しかし、やはり……」
「はい、なんですか?」
「いや、アルも変わったのだな、と」
「……ええ」
「俺のために、と自惚れてもいいのか?」
「ええ」
 くす、と笑い、アルは頷く。
 シャノンが善意の……愛情のゆえに口にする言葉であるなら、それが何であっても愛しい、という、素直に受け止め、受け入れて、また素直に思いを返す気持ちが、アルの中には生まれている。
 シャノンの愛が、真っ直ぐに自分を向いていることを、きちんと理解しているからかもしれない。
 そしてそれは、その愛情を吸収し育む土壌が、アルの中で整った、ということなのだ。
「シャノン、次はどこに?」
 深海魚のスペースを抜ければ、展示はもう終了だ。
 アルがシャノンを見上げると、シャノンはそうだな、と呟き、土産物を販売しているブースの向こう側にある、小さなスタジオを指差した。
「折角だから、記念撮影をしていこう」
「記念……ですか」
 覗いてみると、そこは、規模こそ小さいものの、設備の整ったよい撮影所で、水族館であるという理由から、南の海と海底の背景が自由に選べるのだった。
「衣装も借りられるようだぞ、……どうする?」
 シャノンの乗り気な声を聞いてアルは微苦笑し、頷く。
「あまり派手ではないものであれば、何でも」
 選んだ背景は紺と藍の中間のような海の底。
 選んだ衣装はジーンズにポップなロゴが入ったTシャツ、そしてシャノンがオレンジ、アルがパープルという揃いの、カジュアルなパーカー。
「なんだか……照れ臭いような、浮き足立つような、変な気分ですね。……楽しくてわくわくしているというのも、事実なのに」
「そうだな、あとからあとから笑みが込み上げて、妙な顔になってしまいそうで困る」
「……それって結局、幸せすぎてどうしよう、っていうことですよね」
「まぁ、言ってみれば、そういうことか」
 顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
 ふたりの睦まじい様子に、撮影所のスタッフたちが微笑ましげな視線を向けた。
 ラフで構えない、兄弟のようにも親友のようにも見える出で立ちで記念写真を撮影してもらい、後日住まいに写真を届けてもらうよう手配をしたあと、ふたりはすぐ近くの星砂海岸を散策していた。
 時刻はすでに、午後五時を回っている。
 太陽は赤さを増して西の彼方にあり、日没が間近であることを告げている。
 ざああん、と、波が寄せては返す。
 寄せて返す波も、夕焼けの色だ。
 美しい、静謐な光景だった。
「……」
「……」
 ふたりは、夕日を眺めながらしばし沈黙し、ややあって、
「――アル」
「あの、シャノン」
 同時に、互いの名を呼んだ。
 あまりに同時過ぎておかしくなり、顔を見合わせて笑う。
 それだけで幸せな気分になれるのだから、単純に出来ているものだと思う。
「なら……俺からだ」
 言って、シャノンが懐からクロスのネックレスを取り出し、アルの首にかけた。
「お前が帰って来たら告白しようと思っていた」
 それと同時に、もうひとつ、小さなジュエリーボックスを取り出す。
「アル……どうか俺と、生涯をともにしてほしい」
 そこには、白く輝く指輪が自己主張していた。
 それからシャノンは、指先で指輪をつまんで光の元にかざし、恭しい手つきでアルの白い右手を取ると、白金に輝くそれを、その薬指にそっと通した。
 恐らくプラチナであろうその指輪には、目を射るような強い光を持ったダイヤモンド、決して大きくはないし派手さもないが素晴らしい輝きを放つ永遠の石がはめ込まれ、シャノンの愛を声高に謳っている。
「愛している……真実永遠が存在するのなら、その永遠を超えて、ずっと」
 静かに、真摯に告げ、シャノンがアルの手の甲に優しくキスをする。
 アルはそれを、頬を上気させて見つめていたが、
「僕も、愛しています」
 やがて、幸せをかたちにしたらこうなるのではないか、という満面の笑みを浮かべて頷き、少し背伸びをして、身をかがめたシャノンの額に啄ばむようなキスをした。
「どうか僕と、この長い旅路をともに。永遠が花であるのなら、僕は、あなたとの永遠を守ります、すべてをかけて」
 そう言って、シャノンの右手を取り、指輪代わりにと、彼の薬指に噛み痕をつける。
 シャノンはアルの一連の動作を愛しげに、どこか眩しげに――アルが始祖として覚醒し、確かに変わりつつあることを敏感に感じ取っているからなのだろう――見つめていた。
「お前の存在が、俺の魂を永遠にしてくれる、アル」
「あなたの存在が、僕の魂を花で彩ってくれます、シャノン」
 同時に言って微笑み、どちらからともなく顔を寄せて、触れるだけの……しかし深い深い思いのこもったキスを交わし、ふたりはそっと寄り添った。
「ああ……」
 思わず漏れた溜め息に、シャノンが目を細めて見下ろした。
「どうした、アル」
「……いえ」
 アルは微苦笑して首を横に振り、シャノンの鼓動を確かめるように、ぬくもりを自分だけのものにしようとでもするように、我が身を――そして頬を、シャノンのすらりとした身体に押し付け、委ねた。
 何よりも、誰よりも大切な人が、すぐ隣にいる。
 手を伸ばせば届く場所に、生涯の伴侶となった男が立っている。
 自分は何と幸せなのだろう、とアルは思った。
 シャノンもまた同じことを感じていると判るから、尚更幸せで、愛しい。

 終焉の兆しが見え始めている銀幕市において、永遠などという言葉は虚しいだけだと嘲る者はいるかもしれないが、ふたりで歩む日々の、満ちたりた果てこそが永遠なのだ、と、沈み行く夕日をうっとりと眺めながら、確信とともにアルは思った。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
いつもご贔屓くださってありがとうございます。

世界を異にする吸血鬼おふたりの、約束と愛の物語をお届けします。
シャノンさんとアルさんに関しては、これまでにも色々と書かせていただいていますので、おふたりの辿り着かれた境地、同時に出発点でもあるこの物語をお任せいただいたことに感慨を禁じ得ません。

しかしながら、賢しく書き立てるよりも、ただ、お幸せに、と一言祝福することの方が相応しいようにも思います。

終焉に向かいつつあるこの街の中で、それでも、ただただお互いが大切で大好きで、最後の瞬間までそばにいたいと思える伴侶と出会えたおふたりを羨ましく思い、そしてまたその物語の一端を担えたことを、心から嬉しく思う次第です。

どうかおふたりの道行きに温かな光がありますように。


それでは、ご依頼どうもありがとうございました。
また機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-04-01(水) 19:00
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