★ 迷宮闘争 ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-7690 オファー日2009-05-30(土) 00:59
オファーPC シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 エリク・ヴォルムス(cxdw4723) ムービースター 男 17歳 ヴァンパイア組織幹部
ゲストPC2 ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
<ノベル>

 真夜中の午前零時。人間であれば、出歩くのに適した時間とはいえない。しかし、この場に居る三人は、皆が皆ただ人ではなかった。
 彼らはハンターであり、異形を狩るものだ。とすれば、深夜の強行も無茶にはあたらない。ましてや、それが必要なことであるとすれば、どうして躊躇おうか。
「なかなか立派な迷宮だ。破格の報酬に見合う、高い難度が予測される」
 ハンスが、その迷宮の外観を評して、こう言った。共に居るシャノンも、エリクも、まったく同感であるらしい。反論ではなく、肯定するような口調で言う。
「だからこその、この布陣だ。エリク、ハンスは前衛を。俺は後衛から銃の援護を行う。――気を引き締めていけよ?」
「了解。ファンタジー系のハザードは、やりがいがありそうです。……兄さんこそ、油断しないでくださいね?」
 そうして、ヴォルムス・セキュリティの面々は、迷宮へと入っていった。
 彼らがこの依頼を受けたのは、前日。時間にして、およそ十二時間も前の話になる。


 その依頼が舞い込んだのは、正午のことであった。シャノンはちょうど食後のコーヒーを楽しんでいるところで、ハンスは外出中。必然的に、エリクが対応することになった。

――ムービーハザードの解決依頼。報酬は……今までで一番、ですか。

 依頼は、書類形式で送られてきた。当人に直接会って問いただすことはできないが、それなりに訳ありなのだろう。金額の中には、口止め料も含まれていると、考えるべきか。もっとも、最初からプライベートな依頼を吹聴するつもりもないのだが。
「これは、骨が折れそうですね」
 依頼書を一通り目を通したところで、エリクはシャノンの元に行った。彼はまだテーブルについて、カップを手にしている。食後の余韻をたっぷりと楽しんでいるのか、中身はまだ半分ほど残っていた。
「兄さん、依頼です」
「そうか。まあ、お前も一杯どうだ。グァテマラ・ブルボンの中煎り、食後のコーヒーはこいつに限る」
 流石に真昼間から、アルコールは遠慮していた。最近、ヴォルムス・セキュリティへの持ち込み依頼が多いのも、その理由の一つだろう。
 終わりが、近づいている。
 それを誰もが予期しているがゆえに、不安や焦りも生まれるのか。質の悪い連中が、このところ良く騒ぐのだ。結果として、彼らの仕事も増える。ハンスが今外出しているのも、そのためであった。
「……僕も、それは好きですけど。コロンビア・フレンチローストの方が好みですね」
 エリクはどちらかといえば、コーヒーの苦味を楽しむほうであった。
 逆にシャノンは、微妙な酸味と芳醇な香りに重きを置く……といえば聞こえはいいが、実際には苦味を好まないだけである。それでいて、コーヒーが嫌いではないというのだから、エリクにはそれが少し理解しがたかった。
 実弟が言うのもおかしいが、ハンスもあれで好みはシャノンとまったく同じなのだから、血のつながりという物は面白いと思う。
「個人的には、あの深煎りは苦すぎると思うが」
「それもまた、味ですよ。さて、それはさておき」
 仕事の話を持ち込むのに、不都合はあるまい。エリクはそう判断して、切り出した。
「依頼内容は、ムービーハザードの解決です。元は迷宮を舞台にしたファンタジー映画で、その内部では様々なモンスターが待ち受けている……と言うものらしいですよ?」
「奥には財宝でもあるのか?」
「残念ながら、そんな生易しい物ではないようで。――最深部には、『災厄』が眠っている、とのこと。これを打ち滅ぼすのが、我々の役目です」
 ふむ、とあごに手を添え、シャノンは考えるそぶりを見せた。
 災厄とは、現象を表現する言葉である。しかし、ならば眠っている、というのはおかしい。まるで生物のような言い方だ。
 打ち滅ぼせ、と求められる以上、何らかの形で生命を宿しているのだろう。ファンタジー映画が大元である以上、想像の余地は幾らでもある。
「他に資料は? その映画のタイトルがわかれば、謎は解けるんだが」
「……残念ながら、他には何も。依頼人には、後ろ暗いところがあるかもしれません。ただ、報酬は破格です」
「口止め料か。詮索もするな、と言いたいのかもしれん。――やれやれ」
 金など、これ以上あってもなくても、似たような物だとシャノンは考えていた。しかし、客の要望には応えねばならぬ。
「場所はわかるな?」
「はい。流石にそれは記してあります」
 エリクが依頼書を差し出し、シャノンがこれを拝見する。
 なるほど、確かに聞いたとおり、胡散臭い内容である。目的地周辺の地図まで付けてくれているが、肝心の内部の情報はまったくない。迷宮の内部は、迷路のようになっているのが常。方向感覚を狂わされれば、それだけで致命的である。
「俺達を、この迷宮の餌にでもするつもりか?」
「だとしたら、依頼人は不見識きわまると考えねばなりませんね」
 さりとて、彼らが臆するわけもなく。特に気負わず、依頼を受けることにした。
「まったくだ。……ハンスはいつ戻る?」
「夕方には戻るものかと。そこから休憩を取って、準備して……出発は、深夜近くになるでしょうか」
 この手の仕事は、早めに片付けるに限る。二人は同じように考えたのか、すでに計画を練り始めていた。
「急な予定さえ入らなければ、不都合は何もない。三人揃えれば、不測の事態にも対応できるだろう。――ん、それでエリク、お前はなにを飲む?」
「……そうですね。たまには紅茶もいいでしょう。セイロンティーが、まだ残っていましたね」
「あの渋いやつか。香りは悪くないんだが――あれを砂糖なしで飲むなど、俺には考えられないな」
「ですから、それもまた、味ですよ」
 エリクは苦笑して、紅茶を入れに向かった。ハンスがここにいれば、ついでに入れてあげるのだが……やはり、砂糖は用意しなければならないだろう。それを思うと、やはりおかしかった。


 そうして、彼らは今、迷宮内に居た。不思議と、中は微妙な光で照らされていて、明かりがなくとも困ることはなかった。
 入り口から通路を真っ直ぐ行くと、いくつか道が枝分かれしていた。面倒だが、一つ一つ当たって、最深部への道を探さねばなるまい。
 といって、ここでバラけるような愚は犯さなかった。彼らは常に三位一体。エリク、ハンスは共に近接攻撃に長けている為前衛を。シャノンは後衛で背後の警戒に当たった。中に入れば、入り口は閉じられるのが常道だが、なぜかその気配はない。

――逃げるなら勝手にしろ、ということか。剛毅なのか傲慢なのか、果たしてどちらやら。

 シャノンは油断せず、気を張り詰めたまま進んだ。記憶力は悪い方ではないし、エリクもいる。道筋を覚えていけば、とりあえず最悪の事態はまぬがれるだろう。難しければ、マッピングしてもいい。
 ともかく、迷わないこと。そして、注意すべきはそこだけではない。彼と同じ感想を抱いているかはともかく、残りの二人も気を張り詰めている。現在、もっとも恐れるべき事態は何か、正しく理解しているのだ。
 まず一つに分断。互いが孤立すれば、確固撃破の目標となる。多対一は少人数の常だが、三人集った以上は、三人で戦いたい。
 もう一つは挟み撃ち。前後から同時に攻められると、なかなか厄介だ。技量に自信があっても、二体以上の敵を一度に相手にするのは難しい。
 迷宮の構造からして、複雑に過ぎるのだ。地理を把握できない以上、不利は不利と素直に認めねばならぬ。そして、このとき。後者の懸念が現実の物となった。
「来ましたか」
「後ろからもだ。――しかし、想定内だな」
 前からは、爬虫類型モンスターが三体。ファンタジー風に言うなら、リザードマンか。三体とも、トカゲの頭に深い鱗に覆われた上半身で、腰から下はぼろ衣を纏っているのみ。目に知性の欠片も見えぬことから、低級のモンスターとみられる。これはエリクとハンスが担当する。
 シャノンの後ろから忍び寄ってきたのは、黒い衣を纏った小柄の男。わかりやすく例えるなら、忍者のような格好をしていた。しかし顔はただれ、死臭が漂っている。いわゆるゾンビの類であろうが、あなどれぬ。
「死んでも力は衰えない、か。厄介だな」
 獣人型と違っこの男は気配の消し方さえも心得ていた。生前染み付いていた技術が、残っているのだろう。それでも一対一ならば、苦戦はするまい。
「後ろを片付けたら、援護する!」
「了解」
「わかった」
 シャノンの呼びかけを、二人が了承する。何の不安も感じ取れぬ返答であった。彼ならば、出来て当然。それほどの信頼を、シャノンは得ている。
 そして彼の銃声と共に、迷宮内で最初の戦闘が始まった。


 エリクとハンスは、極めて迅速、かつ寸分の狂いもない連携で、手前の一体に致命傷を与えた。
 事前に声を掛け合ったとは言え、ほぼ出会い頭の一撃である。エリクはファイティングナイフで首を掻き切り、ハンスが胴体を長剣で斬り飛ばす。相手の生命力を過小評価せず、即座に跳ね飛ばし、遠ざけた。最後のあがきに、反撃を試みぬとも限らない。この点、ハンスも経験上理解していた。
「これで、二対二……」
 つまり、負けはない。敵がこちらよりも強いはずがない――と、ハンスは相手を呑んでかかった。
 油断ではない。むしろ、余裕と言うのが正しいだろう。彼は冷静に長剣を構えると、振りかぶり、縦一閃。
「ふッ」
 リザードマンは、脳天から両断された。血と臓物をぶちまけながら、ソレは左右に別れて落ちる。残るは、エリクが担当する一体。
「真っ二つとは、剛毅ですね」
「あんたの手早さの方が、俺には驚きだ」
 ハンスが彼のいる方向を向いたとき。すでに勝敗は決していた。エリクが一体の首を掻き切って、ハンスがもう一体を両断するまで、二秒とかかっていない。その間で、彼は最後のリザードマンを潰していた。正確に急所を突かれ、倒れ伏している怪物が、足元にある。
「性格の違い、というやつでしょう」
「あるいは性質の違い、か。まあいい。さて、シャノンは――」
 二、三発銃声が聞こえたと思えば、こちらに向かってくる足音が聞こえた。シャノンの方も終わったのだと、彼らは察する。
「体が腐っていなければ、いい勝負ができたかもしれんな」
 シャノンが、首をさすっていた。手に、血の跡がついている。
 傷を負っていたようだが、すでに治癒されているらしい。手を放せば、彼の肌に、もうその痕は見えない。
「兄さんが、接近を許した? 手練だったのですね」
「正しくは、以前は手練であった、というべきだな。ゾンビなど珍しくもないが、ここまで生前の技を再現できる物は、始めてだった」
 改めて依頼の難易度を肌で感じながら、彼らはさらに先へと進んだ。道中、これと同等か、それ以下の手合いと遭遇したが、即時殲滅。以後は傷一つ負うことなく、迷宮の中ほどまで来ていた。
 入り組んだ地形に、細く枝分かれする通路。角度を変えれば、構造が一変したかのように見える建築様式。並みの人間であれば、自分がどこから出て、どこに来たのか。たちまち理解できなくなるだろう。されど彼らは、熟練のハンターである。多少は惑わされながらも、道を見失うことは無く、徐々に迷宮全体を把握していった。
 このままなら、問題なく最深部へとたどり着けるだろう。順調といえば順調だが、迷宮にはありがちな罠がまったく見受けられない。そのことが、ハンスにはどうしても気がかりだった。

――まるで、この場には罠など存在しないと、思わせたいような……。

 そうして、気が緩んだところで、横っ面を叩きに来る。予感だが、ありえないことではない。
 口には出さないが、シャノンもエリクも、似たような感想を抱いているはずだ。結局、油断しないことが最高の予防策になる。ハンスはこう結論付けると、さらに警戒を強めるように、周囲を観察。 
「……おいおい、まいったな、こいつは」
 結果、気付く。すでに手遅れだ、と。
「ハンス?」
「どうしたんです?」
 彼が真っ先に気付いたのは、単に残りの二人より、少しだけ慎重で、少しだけ運が良かったから。迷宮の構造に慣れてしまったゆえに、上部の異常を見逃してしまっていたのだ。
 頭の上から、石の粉末が舞い落ちる。しかし彼が警告の言葉を発するより早く、その罠は起動した。天井が、崩れる。
「うおッ」
「く――」
 とっさに三人は散らばり、崩落からの危機を脱した。だが、結果として皆が分断されてしまったのは、痛恨の極みでもある。これで彼らは、それぞれが単独で、最深部への道を探っていくしかない。
 ハンスは一応、声を上げて無事を確認しようとしたが、返事は無かった。
「まあ、どうせ無事なんだろうけどな」
 無駄に時間を潰している余裕はない。活路は、前に見出すべきであった。それは、他の二人もわきまえているはず。
 ならば迷う必要はない。ハンスは服についた埃をはらうと、改めて周囲を見回し、適当な通路を選んで進んだ。
 今は見当違いでもいい。どこかにつながっているなら、そこからまた探ればいいのだ。彼は前向きにそう考えると、より警戒を強めて、慎重に歩いていく。同じ罠に引っ掛かるのは、もう御免だった。


 ハンスのように、余裕を持って考察できるほど、シャノンは恵まれた環境にいなかった。
 通路に飛び出し、崩落を回避したと思った瞬間、彼はすでに死地にあったのだ。
「油断も隙もないなッ! まったく!」
 通路の先には、敵が待っていた。前置きも何も無く、鉄拳が彼の頭へと飛んでくる。
 間一髪で回避したシャノンだが、相手の姿を確認し、周囲の状況を理解した時。思わず愚痴りたくなった。

――鉄の巨人。アイアン・ゴーレムといったところか。この狭い迷宮、限られた空間で戦うには、いささか厄介に過ぎる。

 開けた場所、充分なスペースがあれば、自慢の脚力で翻弄できる。しかし崩落によって退路が断たれ、ゴーレムの大きな体躯で前の道を塞がれている、この現状。銃ひとつで切り抜けられるほど、甘いものではない。
「通常弾程度では、どうせ当てても豆鉄砲、か」
 回避ついでに二、三発打ち込んだが、ゴーレムの装甲を弾いただけで、ダメージは皆無。初めから、遠距離攻撃など試みるだけ空しい。となれば、手段は一つ。
「格闘が、苦手なわけではないんだが――趣味じゃないな、こういうのは」
 さりとて、必要ならば躊躇うべきではない。シャノンは銃をしまい、ナイフを取り出して構える。最悪、肉体が粉砕される覚悟を、このとき彼は決めた。
 まずは相手の反応を確かめるように、一足飛びにゴーレムへと近づく。間合いギリギリで止まったところで、目前を大きな拳が通り過ぎた。
「鈍くはない。しかし、正確でもない、か」
 攻撃の速度自体は、大したものだ。だが直後に隙ができる。これぞ好機と、シャノンはさらに飛び込んだ。
 もう一度、ゴーレムの腕が振るわれたが、これは危なげなくかわし、胴体を触れられる位置にまで近接。そして――肩の付け根、その間接部にナイフを差し込んだ。
「硬い奴は、間接を狙う。――定番だな」
 可能な限り深く入れ込み、切り裂く。切断こそできなかったものの、これで片腕はまともに動くまい。
 つまり、攻撃範囲もまた狭まる。これを奇貨として、シャノンはゴーレムの脇を抜け、後方へと回る。この際、足の間接も故障させ、機動力を減退させた。
 途中、ゴーレムが無事な方の腕を振り回すので、肝を冷やしたものの……幸運が味方し、重傷を負うことは無かった。

――止めだ。

 火炎弾を傷付いた間接部に打ち込み、内部から炎で焼き尽くす。念のため、地撃弾をゴーレムの足元へと撃つと、ゴーレムが大地の壁に飲み込まれて消えた。
 迷宮の中ではあったが、きちんと機能してくれたことに安堵する。いかに強靭な鉄の巨人といえど、焼かれたあとに土に埋められては、抜け出すことも叶うまい。
「さて……探すか」
 シャノンはエリク、ハンスらと合流するために、さらに深部へと足を向けた。再会までは、そう時間はかかるまい。あてもないのに、そうして確信が、なぜかあった。


 シャノンがゴーレムと相対している時。エリクもまた、なかなか厳しい立場にあった。
「遠距離での打ち合いでは、あちらに分がありますか」
 彼は、部屋の中の遮蔽物に身を隠しながら、銃を手に戦っている。入り込んだ部屋は、岩や儀礼用の台座などが散らばっており、これをいくらでも利用できる状況であったが――。
「数で押してくるとは、品がないですね」
 敵は、複数だった。影から身を乗り出して確認すれば、さまざまな種類の獣人が弓矢を手にし、やや上部にある高い台座に居座っているのが見える。
 一対一ならば、楽に討ち果たせようものを。……それでも、敵が用いている矢は、銀製ではない。力押しのごり押しで、どうにかならないわけではなかった。

――なるべくなら、こうした力技は、使いたくないのですが。

 ハンスとシャノンの力を信頼していないわけではないが、なるべく早く合流した方が、いいに決まっている。ここは高速再生の技能を活用してでも、速攻をかけるべき。
 そう判断したのなら、エリクの行動は限られる。こっそり近寄って、一網打尽にするか。強引に突っ込んで、格闘戦を挑むか。あるいは見晴らしの良いところに立ち、敵の攻撃を無視して狙撃に徹するか。再生の能力を持っている以上、我慢比べならばこちらが勝つ。痛みを伴う覚悟さえすれば、勝つこと自体は難しくないのだ。
「服が破れたら、言い訳に苦労しそうですね」
 エリクが苦笑する。やり方は、決めた。あとは行動あるのみ。
 遮蔽物から身を投げ、その体を敵の視界にさらす。注目され、的にされたところで、彼は持ち前の体術を駆使し、全力で走り回った。
 完全にランダムな移動と、目にとらえにくいほどの速度。これを両立させながら、エリクは獣人たちに接近する。
「もらいましたよ……!」
 そしてついに、手の届くところまで近寄ると、一体をナイフでしとめる。これを盾にしながら、また一体、もう一体を屠ると、相手も遠慮を忘れたのか。まだ生きている仲間ごと、矢で打ち抜いてくるようになった。
 冷徹な判断、というよりは、恐慌をきたしているのだろう。そうした状況でまともにエリクの相手になるはずもなく、ほどなく全滅。
 彼が再生能力を活用したのは、敵を殲滅したあと、休憩を取る段階においてのみ、であった。
「……ズボンが少々、上着はそれなり。やはり、都合よく無傷でとはいきませんか」
 まだ、余裕はある。銃弾も、体力も。ロケーションエリアを温存できているのは、いい傾向だ。奥の手は、取っておくべきだと思うから。


 ハンスは、己の得物が長剣であることを幸運に思っていた。武器の間合いの広さは重要だと、身に染みているところであるからして。

――拳銃と長剣。同時に使えないなら、信頼できるほうを選ぶべきだ。

 ハンスには、そんな器用さは無かった。だからエリクと同様、遠距離攻撃を主体とする敵が相手でも、己の剣にこだわった。
 この敵は、獣人のようなわかりやすい得物を持った相手ではなく、ゴーレムのように外観から戦術が想定できるような、単純さもなかった。
 彼が居る広間の構造は、エリクが戦闘を行った部屋とほぼ同様で、身を隠す場所には困らない。障害物にさえ注意すれば、剣を振り回すのもさほど困難ではなかった。単純に斬り下ろしたり、遮蔽物ごと断ち切るつもりで、横薙ぎに斬りつけることは、充分に可能だろう。
 それゆえに、身を隠しながら近づき、奇襲を行うというがもっとも確実である。

――だが、アレを斬れるか?

 ハンスは隠れた柱から顔を出し、遠めに敵の姿を確かめる。全身鎧で固めた、人型のモンスター。表現するなら、そんな形になろうか。
 もっとも全身鎧は、関節を除いて隙間無く体全体を覆っており、目の部分さえ兜で塞がれている。あれでようやってこちらを捕捉しているのか、興味はあるが、探ってみようとも思わない。
 重要なのは、相手が柔軟な体術の持ち主で、速度にも腕力にも不足が無く、水準以上の思考をもっているという事実。

――あんなに防御をがっちり固めていては、生身の点を突くのは難しい。自分の剣が、鎧を割って内部に到達できるかどうか、試してみるか?

 腕力には自信がある。だから、多少の不安があっても、自身が持つ最大の攻撃で、挑むのがよい。ハンスは結論付けたが、そうなると問題は、如何にして近づくか、である。
 すでに何度か試したが、あの鎧男、勘の鋭さが半端ではない。十歩手前くらいまで近づけば、即座に石つぶてを飛ばして牽制してくる。それも足か腕に直撃すれば、部位ごと持っていくであろう強烈な強さで投げてくるのだ。
 流石のハンスもこれには辟易し、最悪無視して進むことも考えたのだが……そうしてまた、挟み撃ちを喰らうことになっては間抜けすぎる。相手が追ってこないという保証は、どこにもないのだ。
 一度ため息をつき、己の境遇を嘆いたら、しっかりと長剣を握りなおす。やることは、決めた。ならば、もう迷いはいらない。
「ッ!」
 近接。間髪いれず飛んでくる石つぶて。
 一つ、身をねじって回避。二つ、長剣で叩き落し。三つ、柄で受け止めて。
 最後、脇腹を貫かれながらも、一足一刀の間合いにまで詰め寄る。敵の手元に、もはやつぶては残っていない。
「とった!」
 踏み込み、長剣を振り下ろす――その直前。
 鎧男の兜が、割れる。中に仕掛けられていたのは、小型のボウガン。狙いは違わず、ハンスの心臓へ向かって打ち出された。
 体勢は、すでに回避へと持ってこれる状況ではない。そのまま、ハンスは――。
「ハッ、ハッ……」
 強引にさらに前へと足を踏み出し、体をずらす。そして剣を振り下ろし、敵を床へと打ち据えた。
 心臓への直撃こそ避けられたものの、彼の胸には矢が食い込んでいる。忌々しくもこれを無造作に抜き取ると、改めて鎧男にもう一撃。ひしゃげた体からは、色々なモノがぼろぼろとこぼれ落ちていたが、意に介さず、止めを刺した。良く確認すれば正体まで理解できたかもしれないが、もはやそんな価値もないだろう。

――治癒が遅い……? 呪いでもかかっているのか?

 傷はふさがったが、痛みと不快感は、容易に消えてはくれなかった。これは、仕事に支障をきたすかもしれない。
 とにかく今は、それでも前に進むしかない。ハンスは胸にいやなものを抱え込みながら、奥へと向かう。二人が待っていると思えば、自然と足取りも速くなった。


 厳しい戦闘を潜り抜け、三人はその後も襲ってくる敵を撃退し続けた。
 傷は治りやすいが、疲労はいかんともしがたい。目に見えて動きが鈍ってくる中、ようやく最奥へと到達。ここに三人が集ったのである。
「どうやら、ここが終着らしい。やれやれ、苦労させてくれたな」
「派手な扉と、けばけばしい部屋の装飾。意味ありげな箱まで置いてくれているとあっては、そう察するのが打倒でしょう」
「……余裕だな、二人とも」
 疲れているとはいえ、シャノンとエリクには、まだそれを隠せるだけのゆとりがあった。
 ハンスは矢傷の痛みがまだ後を引いており、どうにも調子が悪い。
「ハンス、大丈夫か? 厳しそうなら、後方で援護に徹してくれても構わないぞ」
 珍しく顔を悪くしている彼を、気遣ってやりたいのだが……未だ仕事は終わっておらず、気を抜いていい場所でもない。結局、シャノンはそう言うことしかできなかった。
「問題ない。あんたが前衛に回るよりは、まだいい仕事ができるさ」
「それだけ元気そうなら、任せても良さそうですね。……構えなさい。『災厄』が、来ますよ」
 ひとりでに、箱が、開く。
 依頼書を真に受けるなら、あの中にこそ、災厄が眠っていると考えられた。
「……うん?」
 なにが起こっているのか、最初に気付いたのは、ハンスだった。
「黒い、煙……か?」
「さて、なんなのでしょうね?」
 そして、最良の判断をしたのは、シャノンだった。
「エリク、ハンス。ロケーションエリアを展開しろ」
「兄さん?」
「あれは、まずい。冗談抜きで、ひどい代物だ。……機会を見て、俺も展開する」
 勘に過ぎないが、シャノンは己の命令が間違っていないことを理解していた。そして、二人もすぐにこれに気付く。
「煙が、さらに濃く……広がっている?」
「来るぞ、散れ!」
 ロケーションエリアを展開する間もなく、三人は『災厄』と相対することとなった。
 ただ不吉なものしか感じさせない、部屋を覆い尽くしてゆく黒い煙。その正体は何か、ようやく明確に把握する。
「極小の、蟲の群れ……ッ」
 ある意味、最高の難敵であった。固体ではなく、群体で向かってくる、このおぞましさ。一つ一つは小さくとも、これだけ集れば、もはや強大な災厄といってよいだろう。
 外に放してしまえば、捕まえにくい分、大きな被害を街に与えるだろう。こんなものが、迷宮の最奥に押し込められていた原因は不明だが、四の五のといっている場合ではない。
 シャノンは、火炎弾で蟲を焼き、地撃弾で壁を作りながら、どうにかしのいでいた。しかし今もなお箱から現われ出でる群れを前に、現状では打つ手がない。幾ら倒しても、あとからあとから湧いてくるのだ。
 相手が相手である為、前衛を張ろうにもやりにくい。シャノンからの目配せに応じて、ここでようやく、エリクとハンスのロケーションエリアが発動する。

――これで、もう、逃さない。

 教会を象徴するかのような十字架が乱立し、ハンスの信仰心を顕すような邪気を祓う聖域が展開される。空には血の様に紅く輝く月。深い森が聖域の周りを囲み、三人の能力が上昇した。
 蟲が散らばって逃げるようなことがあれば、あまりよろしくない事態となる。それを防ぐ為の、能力の底上げだ。
「さて、蟲にはどこまで効いてくれますか……ね」
 エリクが、忘却の邪眼を発動。視界内の全ての蟲から、直前の記憶を奪った。蟲はどうして出てきたのか、わからなくなったらしく、箱の中へと戻ろうとする。
「おっと、逃がさないぜ? 少なくとも、今出ている分くらいは、潰させてもらう」
 ハンスが、シャノンの銃を借りて、氷結弾を放つ。箱は凍りつき、蟲の戻る場所がなくなった。そして――。
「今度は、俺のロケーションエリアだ。……準備は整ったな」
 シャノンの力によって、周囲に黒い霧が立ち込める。蟲の集団はこれに紛れてしまうと、帰って見づらくなると思いきや。
 なぜか、彼だけは正確に、蟲の姿を捉えていた。
「では、死ね」
 死の邪眼。対象を昏睡状態に陥らせ、死に至らしめる力。それが、全ての蟲に対して効果を発揮した。
 やがてロケーションエリアが消えると、そこは迷宮の最深で、凍りついた箱と、蟲の死骸だけが残っていた。
「災厄とは、具体的にどういう代物だったのでしょうね。あの蟲だけであったなら、拍子抜けですが」
「さてな、試してみようとは思わんよ。……長引かせれば、恐ろしいことになっただろうと思う。短期決戦を試みたのには、それなりに訳があるのさ」
「ただの直感、というには、シャノンのそれは的確すぎるか。俺も、嫌な感じはした。……大仰だったとはいえ、何事もなく事態を収拾できたのは、僥倖だったと思う」
 箱の形、装飾の傾向、それから蟲の死骸から、何かわかるかもしれない。彼らはそれぞれ記録をとり、資料となるものを持ち帰って、調べた。


 会社の伝手を用いて、魔術や呪術に詳しい人物からも意見を聞いたところで、ようやく災厄の恐ろしさを実感する。
「放っておけば、世界の全てを食い尽くす蟲、か。大陸のイナゴだって、そこまで悪質じゃあないだろうに」
 ファンタジー映画にしては、地味なボスであったことに違いはない。
 だが、その悪質さは極め付きだ。やはり、あのときの判断は正しかったとシャノンは確信する。
「依頼人から連絡は?」
「報酬だけ、振り込まれていました。それ以外は音沙汰なしです。……なにやら、元の映画でも、『迷宮依頼』を持ち込んだ依頼人は、姿を見せなかったようで」
 解決できるだけの力量を持った相手にしか、手紙を出さない。そうした存在がいた世界であるらしい。
「箱の処理はどうする? あのまま放置と言うのも、後味がよくない」
「これの封印に適した魔術師がいましたので、その方にお任せしました。定期的に見に行ってくれるそうです」
「そうか。まあ、終わったことはいい」
 エリクが紅茶をテーブルに置く。丁度三人分、茶菓子つきで持ってきてくれていた。
「ハンス、お茶の時間だ」
「わかった。……どちらかといえば、コーヒーの方が好みだけど」
「茶菓子のスコーンは、甘くておいしいですよ?」
「――なら、いい」
 こうして、事務所に日常が戻る。
 あと、どれだけの間、こうしていられるのか。それを思うと、いささか寂しくは思うものの――今は、この時間を楽しもう。
 世界が滅びるにしろ、生き残るにしろ、三人の絆の深さだけは、変わることがないのだから。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございます。

 シャノン、エリク、ハンス。
 この三人は、書いていて楽しい方々でした。
 これでお別れとなるのは、寂しく思います。
 次の機会があれば……といえないが、なんとも。

 楽しんで、いただけましたでしょうか?
 ご満足していただけたのなら、なによりだと思います。
 では、これにて。彼らに出会えたことに、感謝を。
公開日時2009-07-12(日) 18:00
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