★ 伸ばした手の先 ★
クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号364-7982 オファー日2009-06-07(日) 13:58
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
<ノベル>

 刀冴の変化に気付き、スルト・レイゼンは眉根を寄せた。
 「どした?」
 瞳孔を白金色に染めた刀冴はきょとんとしている。
 変じた瞳の色は覚醒領域展開の証。絶大な力の見返りとして凄絶な反動に襲われる、諸刃の剣の如き能力。
 「……その力を使わずに何とかならないのか?」
 「どういう意味だ?」
 「収束した後の反動がひどいらしいじゃないか」
 「あァ」
 案じるスルトの前で刀冴は大らかに苦笑いした。今更、とでも言いたげに。
 「そんなこと気にしてらんねぇよ。市民に被害が出てからじゃ遅え。その前に喰い止めねぇと」
 ――二人は今、杵間山の巨大な洞窟に実体化したハザードの前に立っている。元々あった洞窟の中に魔物が湧き出して人を襲うという危険な空間が現れたらしい。
 二人で臨むには些か規模の大き過ぎるハザードだった。しかし深刻な事件が頻発しているせいで人手が割かれていることもあり、対策課の呼びかけに応じることができたのはスルトと刀冴だけだったのだ。
 「悠長なこと言ってられる状況じゃねえ。そうだろ?」
 真っ直ぐに洞窟だけを見つめる刀冴の傍らでスルトは複雑な表情を浮かべている。
 「……なら、ひとつ頼みがある」
 「おう。何だ?」
 「少しゆっくり動いてほしいんだ」
 覚醒領域展開中の刀冴は人間には目視できないほどの速度で動く。置いてけぼりにはされたくない。
 刀冴は目をぱちくりさせたが、すぐに「分かった」と笑った。
 ――巨大な絶望の塊が空を塞ぐ前の、ごくごく普通の日のことであった。


 青と黒、二色の颯が暗闇の中を疾駆する。
 タールのような質感のスライム。禍々しい翼を生やした獣人。天井に張り付いて目を光らせる異形の大蛇。ありとあらゆる魔物が二人を目がけて押し寄せる。
 深紅の閃光は【明緋星】。刀冴の剣が唸りを上げる度に魔物が斬り伏せられる。160cmの大剣をふるえるだけの広大な洞窟であったことは二人にとっては幸運であり、魔物たちにとっては不運であった。巨大なムカデが胸の悪くなるような悲鳴を上げ、蝙蝠の姿をした異形が地べたに叩きつけられていく。【明緋星】の軌跡を追うように迸る銀雷は三日月の形。砂漠の民であるスルトが用いるのは特徴的な曲刀だ。
 スルトが先発するつもりだったが、刀冴がそれを制して先に立った。覚醒領域を解き放った刀冴ならば戦闘と探索を同時に行える。だから刀冴が前を行くのが合理的なのだと分かってはいるが、スルトは複雑な心情を拭い切れずにいた。
 「死にてェ奴だけかかってきやがれ!」
 刀冴の咆哮が岩肌に反響する。腕の一部であるかのような大剣が闇を斬り裂く。刀冴の剣は獣のように猛々しいが、舞のように優美でしなやかだった。スルトの目の前にある青い背中は大きく、屈強だ。清冽な風を従えた強靭な肉体は躊躇を知らぬ。翼竜の鉤爪に肩を切り裂かれようが一つ目の巨人の拳を腹に打ち込まれようが頓着せずに突き進んでいく。
 「無茶しないでくれ」
 スルトはたまらずに声をかけた。刀冴は血まみれの顔を肩越しに振り向けて笑ってみせるだけだ。
 こういう男なのだろう、刀冴は。もはや変えようのない根本なのだろう。頼るだけの力量がスルトにないだとか、スルトには頼れないなどと思っているわけではないのだろう。
 それでもやはり寂しいし、悔しい。届きそうで届かない。このもどかしさをどうしてくれよう?
 キシャアァ、という雄叫びにスルトははっとして目を上げた。翼を生やした三つ首の蛇が牙をむいて刀冴の頭上から襲いかかってくる。スルトの曲刀では届かない。
 「ち――」
 刀冴の舌打ち。同時に閃く深紅の光。
 【明緋星】ではない。
 両手から絶え間なく流れ続ける血で長剣を作り出したスルトが異形の蛇を真っ二つに断ち落としていた。
 「助かった。ありがとな」
 「……あんまり無茶しないでくれ」
 スルトは言葉少なに応じて刀冴の隣に立った。


 個々の魔物の力は大したものではない。しかし無尽蔵に湧いて出るとなれば話は別だ。おまけに、本能の赴くままてんでばらばらに襲い掛かってくるだけだった彼奴等は徐々に徒党を組み始めた。
 それでも刀冴は止まらない、躊躇わない。そんな彼を案じつつスルトも続く。目の前の広い背中を見つめながら。
 手を伸ばせば触れられる。声をかければ振り向いてくれるだろう。それでも、青い背中はどこか遠い。
 青と赤をきらめかせ、美しき武人が舞う。黒いマントと白い呪布を翻せて砂漠の民が剣をふるう。湿った闇の中で蠢く魔物たちは徐々に数を減らしているが、執拗に侵入者目がけて襲い掛かってくる。
 洞窟の最奥にある核を破壊すればこのハザードは消滅するだろうと対策課の職員は言っていた。核が魔物を生み出しているのだと。ここに来る前に映画の筋書きを調べていたスルトは核の正体を知っている。一方、刀冴はハザード発生の報を受けてこの場に急行したが、覚醒領域の展開によって洞窟の隅々まで瞬時に把握していた。
 「………………」
 魔物の群れを徐々に削り、最奥に辿り着いた刀冴はぴくっと眉を持ち上げた。
 「これが“核”だ」
 一歩遅れて追いついたスルトが呟いた。「魔王の弟のなれの果て……」
 洞窟の最も深く暗い場所。そこにしつらえられた石の台座。その上で石化した、猛禽の翼と一本の角、餓鬼のように膨れた腹を持つ魔物の姿。
 それは一見すればただの石像であった。血と涙を流す石の塊を“ただの石像”と呼ぶのなら、の話だが。
 「弟……って……どういう、こった」
 覚醒領域を収束させた刀冴は肩で息をしながら石像を見つめていた。立っていることすら辛い、ものを考えることすら億劫だ。しかしそれでもこの石像の姿をきちんと見なければいけないような気がした。
 青々とした茨にがんじがらめにされた石像の体からは血が緩慢に流れ続けている。石化した表情は涙と苦悶にまみれているのに、どこか安堵しているようにも見えるのはなぜなのだろう。
 「魔物の視点からの物語らしい。世界征服を企む魔王と、彼を尊敬する弟。魔王は立ちはだかる勇者に苦戦しながら孤独に戦い続ける。弟は兄をどうにか助けたいと思っていたけど、弟には力がなかったし、孤高の魔王も弟に頼ろうとはしなかった」
 足許をぐらつかせ始めた刀冴を気遣いながらスルトは手短に映画の筋書きを説明した。
 「弟はそのことでずっと悩み続けていた。やがて兄の役に立ちたい一心で力を望み……悪魔と契約を交わし、際限なく魔物を産み続ける体を手に入れた。己の魂と引き換えに」
 「………………」
 「まさに悪魔に魂を売り渡したわけだ。だからもう自我はない。ただ魔物を生み出すだけの石像になり果ててるらしい」
 刀冴は軽く瞑目して重い腕を持ち上げた。
 「……何も分からなく、なってる、なら」
 刀冴の声は唐突に途切れた。言葉の代わりに口から鮮血が溢れ出す。スルトは慌てて刀冴を支えたが、刀冴は【明緋星】を放そうとはしなかった。
 「せめて――……一瞬、で……」
 ぶおん、という大振りな一撃と同時に血まみれの体がぐらりとかしいだ。
 石像が打ち砕かれる。地面に叩き付けられそうになった刀冴をスルトが寸前で受け止めた。
 「刀冴。刀冴!」
 名を叫んでも揺さぶっても反応はない。しかし形の良い唇からは規則的な呼気が漏れ出している。気絶しているだけなのだと知ってスルトはほっと息をついた。
 腕の中の刀冴は血と土埃にまみれた顔で目を閉じている。まるで眠っているかのように静かに、無防備に。
 「……人の気も知らないで」
 スルトは思わず声に出してそう呟いていた。 


 そよそよと頬を撫でる風に刀冴はふと目を開いた。
 さわさわと囁く青葉。その隙間から覗く空と陽光。背中の下には柔らかな草。山の中の斜面に横たえられているのだと知った。
 体も心もずっしりと重く、けだるい。それでもゆっくりと記憶が戻ってくる。洞窟。ハザード。魔物の群れ。血と涙を流す石像。
 静かだ。長閑だ。ハザードは消滅したのだろうか。
 (……俺、死んじまったわけじゃねえ、よな?)
 暢気なことを考えながらぼんやり空を仰いでいると、荒い息遣いと足音が聞こえてきた。
 「ああ……やっと気が付いたか」
 汗を拭いながら顔を見せたのはスルトだ。「もう少し休んだほうがいい」
 言いながら、刀冴の額に沢の水で濡らした布を乗せた。自分のマントを引き裂いたらしい。刀冴は自身の体の傷口が綺麗に拭われてマントの切れ端で縛られていることにようやく気付いた。
 「ハザード、は?」
 「覚えていないのか? 刀冴が核を壊してくれたおかげで無事消えたよ。だけど、洞窟が崩れなかったのは幸いだった。もし崩れてたら今頃仲良くぺしゃんこだ」
 「もしかして……あんたが俺を?」
 ここまで運んで介抱してくれたのかと問いたいのに、声が掠れて言葉にならない。
 刀冴の傍に腰を下ろしたスルトは複雑な表情を浮かべて肯いた。安堵の表情にも見えたし、哀しんでいるようにも、憤っているようにも見えた。
 「そっか……ありがとな。大変だった、だろ」
 「おかげで汗だくだ。本当に大変だった」
 筋肉に覆われた刀冴の体はすらりとした外見に反して相当重い。痩せたスルトが抱えて運ぶのはさぞ難儀だっただろう。
 「悪ィ。世話かけた」
 「だったらこうなる前に覚醒領域を止めればいいじゃないか」
 「ああ……済まねえ。重かっただろ」
 「違う。そんなことを問題にしてるわけじゃない」
 珍しく語気を強めるスルトを怪訝に思い、刀冴はのろのろと彼に目を向けた。
 「……どうして頼ってくれない?」
 「あ?」
 「あんた、いつもそうだ。いつも一人で行ってしまう。自分の身も顧みないで……。たまには頼ってほしいし、甘えてほしいのに」
 膝に置いた手をきつく握り締めてスルトは視線を伏せた。刀冴はぽかんと口を開けてスルトを見つめることしかできなかった。
 何を言われているのか分からない。なぜそんなふうに言われるのか、分からない。
 我が身を削っての戦い方に何の疑問も疑念も抱いていない。それに刀冴は武人で、将軍だ。頼られ、守る側の立場にある。
 刀冴が呆気に取られたままでいると、スルトの面に何とも言えない色彩の感情が広がった。
 「……魔王の弟はこんな気持ちだったのかな」
 やがてスルトは伏し目がちのままぽつりと呟いた。
 「さっき話しただろ、映画のあらすじ。魔王の力になりたくて悪魔に魂を売り渡した弟のこと」
 「待て……待てよ」
 さすがの刀冴もスルトの言わんとすることに気付き、痛む全身に鞭を打って半身を起した。
 「俺はあんたに力がねえだなんて言ってるわけじゃ――」
 「分かってる。分かってるよ。……ちゃんと分かってるんだ。あんたのああいう戦い方はあんたの性格そのものなんだってことも。そういう真っ直ぐなところ、慕わしくも思ってる。でも……あんなふうに一人で走って行かれたら、寂しいし、歯痒い」
 「……ん、と。あー……」
 スルトは相変わらず目を伏せたままだ。しかし刀冴は場違いなくすぐったさに襲われてきまり悪そうに頭を掻いた。
 思いがけない言葉に面食らったが、とにかく、スルトが自分の身を案じてくれていること、たまには頼れと言ってくれていること、そしてそれらは自分の性質を理解し受容した上での言葉なのだということだけは遅れて理解していた。
 「つらそうな人がいたら手を貸したくなるのは当たり前じゃないか。ましてやそれが親しい人なら尚更で……一切頼られないんじゃやっぱり寂しいし、悔し――」
 スルトの言葉は唐突に途切れた。
 ――ぎしぎしと軋む腕を伸ばした刀冴が、スルトの薄い体を勢い良く抱き締めていた。
 「……ありがとうな」
 嬉しそうに、照れ臭そうに笑った刀冴の顔はスルトには見えていなかったかも知れない。刀冴はスルトの耳元でそっと囁いていたから。もっとも、スルトもスルトで自身の背骨が悲鳴を上げるのを感じていたのでそれどころではなかった。
 「……刀冴」
 「ん? どした?」
 「骨が……骨が折れる」
 「っと。わりわり」
 ようやく解放されたスルトは額に脂汗を滲ませている。覚醒領域の反動に苛まれていて尚刀冴の膂力は桁外れだった。
 「……とにかく、さ」
 やがてスルトは気を取り直すようにごほんとひとつ咳払いをした。
 「俺の勝手な感情かも知れないけど、一人で往かないでほしい」
 「ああ」
 夏空色の双眸を細め、刀冴はきちんと肯いた。
 「……魔王の兄弟とは全然違うけど、あの弟の気持ち、俺には少しだけ分かる気がするんだ」
 「ああ」
 再度肯いた刀冴は照れ隠しのように笑い、スルトの肩に腕を回した。
 「ありがとな、スルト」
 初めは驚きが。その後は気恥ずかしさと喜びが湧き上がり、くすぐったくてたまらない。守役以外の相手に甘やかされることに不慣れなせいもあるのかも知れない。
 己を顧みぬことは刀冴の根本で、胸の奥底に凝る『仄暗い場所』の命じる生き方でもある。本能のようですらあるそれは刀冴が刀冴である限り今後も決して変わらぬだろう。
 それでもスルトの言葉は嬉しいし、そんなふうに言ってもらえる自分がとても幸せなのだということは分かっている。
 「じゃ、早速頼らせてもらうか」
 「ああ。何だ?」
 「おぶって連れて行ってくれ。古民家まで」
 悪童のような笑顔で告げられた言葉にスルトはぴきりと固まった。
 刀冴はわざとらしい苦悶の表情を作りながら“怪我人ぶり”をアピールしてみせる。
 「この通り、反動と傷でまだろくに動けねえ。今にもぶっ倒れちまいそうなんだ」
 「俺の背骨を折りそうになるくらいの元気があるのに、か?」
 「腕力と足は別だろ。な、頼むわ」
 「……肩を貸すくらいなら、な」
 生真面目に肯くスルトに刀冴は闊達に笑った。
 スルトは他の特別な人たちとは違った意味で特別なのだと。刀冴がそう感じ始めていたことにこの時の二人が気付いていたかどうかは定かではない。


 ちなみに。
 スルトに支えられて帰宅した刀冴を待っていたのは心配性で過保護な守役だった。守役は傷だらけの刀冴を見るなり眉間に険しく皺を寄せた。
 「――若」
 「……やべ」
 「一緒にハザード破壊の依頼を受けたんだ。人を襲う魔物が湧き出す危険なハザードで、一刻の猶予もない状態だった。それで、覚醒領域というんだったか? 刀冴が最初からその能力を使って……」
 スルトは馬鹿正直に、つまびらかに経緯を説明した。身の危険を感じて逃げようとした刀冴は三千世界最強の天人である守役に呆気なく取り押さえられていつもの小言をみっちり頂く羽目になったのだが、それはまた別の話である。
 その後、迷惑をかけたお詫びにと守役が夕餉を振る舞ってくれることになり、刀冴とスルトは並んで食卓に着いた。
 「なあスルト。さっきの魔王の兄弟の話、な」
 「ん?」
 「兄貴のほうは弟に頼らなかったんじゃなくて、頼ることを知らなかったんじゃねえのか? そういう性格だったのか、上に立つモンが誰かに頼ることなんてできねえと思ってたのかは知らねえが」
 「……そうかも知れない」
 「それに、頼るも何も、弟が傍に居てくれるだけで支えになってたんだと思う」
 「ああ。きっとそうだ」


 (了)

クリエイターコメントご指名ありがとうございました。いつもお世話になっております、宮本ぽちでございます。
いつものお二人のノベルをお届けいたします。

魔物が湧き出すハザードの破壊…という文言に大いにたじろいだのですが、メインは戦闘ではなくお二人の心の動きだろうと感じ、恐る恐る引き受けさせていただきました。
一人で行ってしまう刀冴様と、刀冴様のお背中を見ながら複雑な心情をくすぶらせるスルト様といった描写を意識いたしました。

ラストは…その。出来心で。
スルト様は半分確信犯だと思います。
公開日時2009-06-24(水) 18:20
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