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<ノベル>
夜の帳が下りる頃。
かつかつかつと廊下を歩く音がする。
綺羅星学園の廊下を1人の少女が生気のない顔で、歩く。
美しい容貌、だがその表情には生きる気力がない。
今回問題になっている、椎名 華音だ。
彼女は、彼女が在籍していた高校3年のクラスに入ると、親しかった友人達の机を抱きしめていった。
「あなた達は、もう卒業してしまった。私だけ取り残されて、私はどうすればいいの?」
悲観に暮れる少女。
そうこうしているとクラスの扉が開いた。
その音に彼女は、びくんと身体をすくませる。
「あ〜、驚かせてしまいましたか?椎名 華音さんですね?私、式 純也 と申します。椎名さん、折角ですから夜のお茶会としゃれこみませんか?」
と、純也は、ほうじ茶を封された魔法瓶と湯呑みを取り出し、彼女に勧める。
そうすると彼女はすがりついていた机から離れ、月の見える窓に寄り添った。
「有り難うございます」
そう言って、純也からほうじ茶を受け取り、ゆっくり自分の顔を映す華音。
綺麗な容貌。
高校生独自の張りと艶。
自分が高校生として生まれてきた証。
永遠に高校生でいなければいけない証。
「綺麗な月ですね〜」
純也が呟く。
「華音さん、貴方は、卒業を迎えたい、でしたっけ。それを思うのは疲れないかい?」
華音の指がぴくんと動く。
「貴方は、高校生とは違う生き方をしたい、ということだと思うけど、どうでしょうか。」
純也のその言葉に華音はほうじ茶を落とした。
「貴方に何が分かるって言うの!私には高校生でいるしか選択肢がないんだから!」
そう言って華音はクラスを飛び出し走り出す。
「……高校生でいるしかないねえ」
純也がぼそりと呟いた。
「毎晩首吊りって、傍迷惑な話だな…。しかも、学園側は卒業させても良いっつってんだろ? 別に留年した訳でもねぇのに勝手に思い込んでるだけなんて参るよな」
秋津 戒斗が対策課の依頼を受けて、自分の通っている綺羅星学園にやってきた。
俳優を目指すものの今は、彼もただの高校2年生。
学園に愛着もあるし、自分の学園がムービーハザードに犯されているなんて、ゆゆしき事態だ。
しかも、このムービーハザードは、1人のムービースターの思いが形になっているという。
それも、毎夜首吊りをするというムービーハザード。
一刻も早く解決しなくてはならない。
そんなことを考えながら中庭を歩いていると、1人の少女が走り去った。
「あれは、椎名華音!しまった!首吊りに行く気だ!止めなきゃ不味いぜ!」
そう言って戒斗も華音を追って、走り出すのだった。
首吊り大銀杏に向かって!
藤田 博美は、ただひたすらに待っていた。
軍人だった頃の我慢強さと忍耐力でただひたすらに待っていた。
今回のターゲット椎名華音を自殺から救い出す為に。
首吊り大銀杏の傍らの茂みで軍で慣らした隠匿術を使って、地面に伏せて待っていた。
そして数刻が経っただろうか、少女の走ってくる足音が聞こえてくる。
華音だ!
そう思った瞬間!
大銀杏から大きなものが落ちてきた。
「何?」
大銀杏だけを目指していた華音も、突然の落下物に驚きを隠せない。
「あ痛た……」
「貴方、何?」
「あんたこそ誰?」
いきなり落ちてきた来訪者に驚きを隠せない華音と、大銀杏から落ちてきた、シュウ・アルガ。
華音も驚くはず、その格好は、綺羅星学園の制服を着ているが、シャツはズボンから出してボタンは2個外し、ネクタイは緩めてブレザーの代わりに黒いパーカー、ピアスなどもしっかりつけたまま、と着崩している 。
どこから見ても不良である。
「何をやっているの?」
華音が問いかける。
「俺は、担任が素行がなってないとかぬかしやがって、罰掃除させられそうになったんでここで昼寝してたって……周り、暗っ!?」
すぐに携帯で時刻を調べる。
もう夜の十時を回っている。
シュウは、担任から逃げ回っているうちにこの首吊り大銀杏に辿り着き、よじ登って昼寝をしていたのだ。
春の風に誘われて、今の今まで寝こけていたのも凄いが、この学園生なら誰もが知っている、曰く付きの首吊り大銀杏の上で昼寝出来るのだから、大したたまものだ。
「貴方が誰でもいいわ!早くここから居なくなって!」
華音が声高に言う。
「なんだよ?そんなに声張り上げて?」
「私には、生きている価値がないの!だから、ここで首を吊って死ぬの!」
「何ーー!?」
いきなりの華音の発言に、腰を抜かすシュウ。
そうこうしている間にも手際よく、首吊り大銀杏にロープをかけていく華音。
華音が作業をしていると、首吊り大銀杏の周りの芝生が紫色になり枯れていく。
銀杏にも赤々とした葉が生い茂る。
華音の負のオーラに呼応してムービーハザードが発生したのだ。
「おい、ちょっとマテって!」
シュウが華音に叫ぶ。
だが華音は、ロープをしめ終わると、どこから出てきたのか、円状の椅子をロープの下に置いた。
「その首吊り待ったーー!」
急いで追いかけてきた、戒斗だ!
だがその制止を、振り切って華音は首をロープへと通す。
もう駄目だと誰もが思った瞬間、一本のナイフ投げられロープを切り裂いた。
「あなたの実力で自殺を行使しようとしても、無駄よ」
ナイフを投げたのは、そう、芝生に隠れていた博美だった。
「大丈夫か?」
芝生に投げ出される形になった、華音をシュウが助け起こす。
「……何で……何でみんな邪魔するの?私なんて生きてたってしょうがない!死にたいのよ!」
華音の悲痛な叫びに。
「貴方に、死んでほしくない人達が居るからですよ」
そう言って淳也がムービーハザード化した芝生に現れた。
「貴方の元クラスメイト達が泣くんじゃないですか?それでも貴方は死にたいんですか?」
そう言われ、華音は涙を流すのだった。
「……クラスのみんなは優しかったわ。だから、私は、彼女たちと一緒に卒業したかった。……でも駄目なの。映画の私は、永遠の高校3年生なんですもの。もう一度3年生をやって、その次も3年生をやってみんなを見送り続けなきゃならないのよ!」
華音の悲痛な訴えだった。
「お嬢さん、この銀幕市に来た時に誰が永遠の高校3年生で居なければいけないと言ったんです?」
淳也が問いかける。
「え!?……誰も言ってないけど。……綺羅星学園の高校3年生に編入させたのがその証拠でしょ」
「何だ、別に留年した訳でもねぇのに勝手に思い込んでるだけ何だな」
華音の言葉に戒斗が続ける。
「俺のダチなんか一生学生で居たいとか言ってる奴ばっかだぜ?」
「そうだよ!そんなに可愛いのにさ、死んだらもったいないって」
シュウも同調する。
「そうね、あなたは良くても、あなたを卒業させる為に払われた学費はどうするのよ。あなた、このままじゃ市の財政の捨て金で、税金の無駄よ。公共の敵とも言い換えれる。
受験は?進学するなり就職するなりして、税金を払って、学費分を返してから自殺なりすると良いわ」
過激な発言をする博美に対して。
「博美さん、ちょっとそれは、言い過ぎですよ」
純也が間に入る。
「ま、悩みは人それぞれだよな…。とにかく、どうしても卒業したいってんのなら、すりゃあ良いだろ。そんだけ思い込みが激しいなら、今度は『自分は卒業出来るんだ』って考えてみろよ。本気でやる気を出せば、出来ない事なんて無いと思うぜ? …常識の範囲内でなら、な」
戒斗がぶっきらぼうに言う。
「高校生と違う生き方……?」
華音が口ごもる。
「つーか、そこまで悲観するってことは、何か卒業した後にやりたい事でも決まってんのか? そうでなきゃ卒業に拘る意味が解んねぇし。ムービースターは社会人にならなきゃいけねぇって訳でもねーだろうよ」
戒斗がぶっきらぼうな中にも優しさを乗せて言葉を述べる。
「私のやりたいこと……」
華音が呟く。
「小さい頃はお花屋さんになりたかったわ……」
「ほうら、なりたいものがあったんじゃない」
華音の言葉に博美が言う。
「それじゃあ、明日にでも卒業証書を校長先生にもらいに行きましょう」
純也が笑顔で言う。
「そしたら、明日にでもミッドタウンの花屋に面接に行こうぜ!丁度、今バイト募集してるはずだから」
シュウがそう言うと。
「……ええ」
一呼吸おいて華音が頷いた。
「俺、毎日通って常連になっちゃうね」
シュウが言うと、
「……嬉しいわ」
と、初めてほんのり華音が笑顔を見せるのだった。
「そんじゃま、いらなくなったムービーハザードは山吹に食べてもらおうか」
そう言って戒斗はバッキーの山吹に首吊り大銀杏の周りのムービーハザードを食べさせるのだった。
そうして数分、ムービーハザードは山吹にすっかり食べられてしまった。
帰り際。
「そう言えば華音ちゃん、市長秘書の上井さんとは知り合いなの?あの人が依頼持ってきたらしいんだけど?」
「……あっ、上井さんは私が綺羅星学園には入れる様にって交渉してくれたんです。キャッ、恥ずかしい」
1人照れる華音。
その様を見て4人は、思った。
結局この事件って上井秘書が原因じゃなかったのってね。
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クリエイターコメント | こんにちは、冴原です。 いやあ、とうに卒業シーズンが終わっての納品になってしまいました。 申し訳ありません。 皆様個性のあるプレイングで書きごたえありました。 華音ちゃんを見事説得して下さり有り難うでした。 ご参加有り難うございました。 また、機会がありましたらお会いしましょう。 |
公開日時 | 2008-04-15(火) 19:30 |
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