★ ミッドナイト・ファントム 〜黄昏の雫〜 ★
<オープニング>

 誰もが寝静まる夜。
 その影は躍り出た。
 ある建物の屋上でその影は立ち止まる。
 影を追うように当てられるのはサーチライト。
 眩しい明かりに影はその正体を現した。
 仮面の男。黒いタキシードに黒いマント。
 そう、彼は……怪盗。
「おやおや、見つかってしまいましたか」
 焦る様子も無く、かといって余裕を見せるわけでもなく。
 ただ、笑みを浮かべるのみ。
「ですが、このジュエルは頂きますよ。30カラットのガーネット……紅の雫をね」
 マントを翻し、屋上から飛び立つ。
 怪盗の前に現れたのは、一機のヘリコプター。
 追っ手の手が届く前に。
 後ろから放たれる弾丸が来る前に。
 怪盗はヘリコプターに飛び乗り、そして。

 彼は、追っ手から逃げおおせた。見事に。


 ※※※※


「彼の名は『ナイトファントム』といいます。映画『月影のファントム』の主人公で、義賊でした」
 植村直紀はそういって、対策課に来た者達に説明をはじめる。
「映画の主人公ってことは、ムービースターって事?」
 その言葉に直紀は頷く。
「そうです。ですが……妙なんです。義賊ならば、映画通りなら、手に入れた宝石は町の人々に贈ったりするのですがその気配はなし。それに……狙う相手は悪さを企む金持ちと決まっているのですが、今回は善良な市民から奪っているのです。ですから皆さんには、彼が次に狙う宝石を守っていただきたいんです」
 直紀は、一枚の写真を取り出してその場にいた者に見せた。
「黄昏の雫……30カラットの琥珀です」
「その宝石は今、どこに?」
 その言葉に直紀は続ける。
「現在は菱原さんが所有しています。町外れにあるお屋敷に住んでいらっしゃるのですが……もうご存知の方もいるかもしれませんね」
 一枚の地図を広げ、赤いペンで丸をつける。そこが菱原さんのお屋敷らしい。
「黄昏の雫は2階の菱原夫人の部屋にあります。こちらから話を通していますので、皆さんはすぐに屋敷に向かってください。……既にナイトファントムは紅の雫を手に入れています。これ以上、被害を増やさないよう、皆さん、よろしくお願いします」
 直紀はそう、対策課に来た者達に告げたのであった。

種別名シナリオ 管理番号61
クリエイター水樹らな(wnym5638)
クリエイターコメント お久しぶりです。水樹らなです。
 今回はナイトファントムが狙う黄昏の雫を守っていただくことになります。
 宝石が奪われば、失敗となりますので、充分に気をつけてください。
 何故、ナイトファントムが宝石を集めるのか。
 何故、黄昏の雫をほしがるのか。
 目的は不明ですが、何としても阻止してくださいますよう、お願いします。
 菱原夫人は皆さんに協力的ですので、その点は心配ありません。
 いろいろと対策を練って宝石をお守りください。
 皆さんの参加をお待ちしています。

参加者
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
秋津 戒斗(ctdu8925) ムービーファン 男 17歳 学生/俳優の卵
<ノベル>

▼ナイトファントム

 それは、現代に甦る華麗な怪盗。
 大胆不敵、彼の狙うものは、名の知れた美術品、芸術品。
 それらを所持しているのは、悪事を働くマフィアや政治家に、資産家達。
 彼らからその価値のある芸術品を盗み、力なき市民へと分け与える。
 その腕は、かのアルセーヌ・ルパンのように鮮やかで。
 宮廷の貴公子のように気高く。
 世界を制するアレクサンダーのように強かった。
 人は彼をこう呼ぶ。
 麗しき夜の幻影。

 ―――ナイトファントムと。


▼張り巡らされた蜘蛛の糸
 対策課からの案内を受け、彼らは菱原邸へと来ていた。
 噂どおりの豪邸。
 門から家まで歩いて10分。車で5分ほど。
 そんな距離もある立派な屋敷であった。

 ナイトファントムを迎え撃つ菱原婦人の部屋で、彼らはナイトファントムについて……いや、映画『月影のファントム』の話を聞いていた。
「それで、ナイトファントムって偽者とか出てくるのか?」
 途中で口を挟むのは秋津 戒斗(アキツ カイト)。
 彼は私立綺羅星学園高等部の2年生の学生である。一日でも早くアクション俳優になるために、高校とは別にタレントの養成所にも通っており、彼の肩には、シトラスのバッキーも乗っている。戒斗の正義感溢れる黒い瞳には、既にナイトファントムを捕らえているかのように見えた。
「いいえ、そのような話は一度も」
 即座に否定するのは、三月 薺(ミツキ ナズナ)。彼女も戒斗と同じく学生だ。だが、通っている学校が違う。薺の通う学校は銀幕専門学校音楽科。この専門学校を卒業する者の多くは、映画を陰で支える演奏家や作曲家。または映画に彩を添える歌を歌う歌手となる。彼女の肩にはラベンダーのバッキーがいた。
「いつも登場するのは、ナイトファントムの盗みを手助けする恋人、ティーア・ライトぐらいですね。とはいっても、毎回演じる役者が違うんですけどね」
 今回には関係ないかと思いますがと、薺は付け加えた。
 と、そこで準備を済ませた八之 銀二(ヤノ ギンジ)が戻ってくる。
「ちょっといいか?」
 灰色の髪をオールバックにまとめ、白のスーツにサングラスと……見事なまでにヤクザのような外見をしているが、実際に付き合ってみると、それほど怖い相手ではない。しかも今は一応、一般人ということになっている。……役柄上では、であるが。そう、彼は映画から生まれた存在、ムービースターなのである。
「薺君も戒斗君も、片手にこれをつけてくれないか?」
 銀二が差し出したもの、それは紅い手袋であった。
「手袋?」
「関係者だという目印のようなものだ。あ、手袋をはめる前に手を貸してくれ」
 銀二は差し出された掌にマジックで印をつけた。
「こうしておけば、万が一、変装してきても犯人がすぐにわかる」
「すっげー!! 良いこと考えたじゃん、おっさん!!」
 ばんと、その銀二の背中を叩く戒斗。
「……ふむ……おっさんは止めてくれないか、戒斗君」
「あ、わりーわりー。えーっと、八之さんだったな」
「ああ、よろしく頼むぞ」
 その隣で薺も準備を始めた。
「それでは、私も準備してきますね」
「あれ? 三月、それは?」
 薺の持つ、紙袋。
 その中には、たくさんのうさぎのぬいぐるみが入っていた。
「ちょっと罠を仕掛けようと思いまして。ね、ばっくん」
 薺のバッキーは突然、話を降られて首を傾げている。それだけじゃない、戒斗の視線に恥ずかしくなったのか、薺の紙袋の中に隠れてしまった。
「大丈夫なのか?」
「さてな……」
 ちょっとした不安を感じながらも、こうして準備は整ったのである。

▼二人の戒斗
 そして、夜を迎えた。
 夜の影が動き出す。
「このぬいぐるみは一体?」
 どうやら、自分を捕まえようとする者の中には、愛らしい趣味を持つ者がいるらしい。
 影はぬいぐるみの頭を撫でて、また歩き出した。

 一方その頃。
「ちょっくら、トイレ行ってくるな」
 菱原夫人の部屋から戒斗が外に出る。
「全く、何でこんなに広いんだ……迷子になりそうだぜ」
 歩く戒斗の側で、黒い影が踊った。

 ボーン、ボーン……。
 夫人の部屋にある時計が鳴った。
「ふむ……遅いな」
 銀二が呟く。
「そうですね……ちょっと見てきましょうか」
 宝石が展示されているテーブルの棚の中から、待機中の薺がひょっこりと顔を出す。
「いや、俺が行こう。薺君はそのまま……」
 と、遠くから足音が聞こえた。

 トッ……トッ……トッ………。
 薺はすぐさま棚の中に隠れる。
 銀二もすぐさま蹴りを出せるよう、身を屈めながら、様子を伺う。

 ぎぃ……。

 扉が開いた。
「あれ? どうかした?」
 そこに現れたのは戒斗。
「戒斗君か……遅かったから心配していたんだぞ」
「ごめんごめん。この屋敷って広くってさ……迷子になりそうで」
「それは同感だ」
 銀二はじっと戒斗を見つめる。
「何? 俺の顔になんか付いてる?」
 頬を擦ってみる戒斗。
「いや、顔じゃない」
 とっさに銀二は戒斗の腕を掴んだ。
 紅い手袋をつけた、その手。
 勢い良く手袋を抜き取った。
「ナイトファントム……」
 その掌には何も書かれていなかった。
 それは紛れもなく、目の前にいる戒斗……いや、怪盗ナイトファントムがいるという証拠。
「嫌だな、俺は戒斗だよ」
「戒斗君なら、その掌に印が付いている。俺がマジックでつけた印がな」
 と、そこでまた部屋のドアが開いた。
「ったく、誰だよ。俺を後ろから殴った奴は……いてて」
 入ってきたのは、先ほど入ってきた戒斗。
 二人の戒斗。
「うおっ!?」
「俺が二人っ!?」
 向かい合わせの鏡のように彼らはそっくりであった。
「手袋をつけた戒斗君。その掌を見せてもらおうか?」
「え? あ……そうだったっけ」
 銀二に言われ、すぐさま手袋を外した。
 その掌には星印が書かれていた……。

▼その口から紡がれる言葉は
「参りましたね。まさか2重のトリックを仕掛けられているとは」
 印のない戒斗。いや戒斗の偽者であり、その正体は。

 べりっ!!

 その顔のマスクと衣装が引き裂かれ、その中から表れたるは、黒いタキシードに黒いマント。
 そして、顔を隠す仮面。ナイトファントム。
 口元が笑みを浮かべていた。

「この、泥棒がっ!!」
 食って掛かる勢いで戒斗はナイトファントムに掴みかかろうとする。
 だがそれは、銀二の腕で止められた。
「聞いてもいいか? ナイトファントム」
「彼を抑えられるのなら」
 ナイトファントムは楽しげに戒斗を見た。銀二は頷き、戒斗を押さえる腕に力を入れる。
「ナイトファントム……お前はかつて義賊だったと聞く。だが今は違う。善良な市民から、こうして大切な宝を奪おうとしている」
「………」
 銀二の言葉にナイトファントムは、不思議そうに首をかしげた。
「どうして気が変わったのかはわからない。だがこれだけはわかる。目的があって、宝石を奪った。紅と黄昏、二つの『雫』、そこに理由がある。違うかな?」
 黙ってナイトファントムは銀二の話を聞いていた。
「そう、僕は目的があってここに来た。二つの雫、それが揃えば、更なる力が得られるのだから」
「力、だと?」
 ナイトファントムは笑う。楽しそうに、この喜劇が楽しいというかのようにナイトファントムの笑い声が響く。
「だから、そこにある黄昏の雫を頂く。僕の新しい力となる為に」
 ナイトファントムの伸ばした手。その手は遮られた。
「駄目ですっ!!」
 薺の手によって。
「おっと!」
 だが、それもすぐに躱されてしまった。
 いや、まだだ!

 ぽむん。

「ん?」
 ナイトファントムの肩に小さなバッキーが落っこちる。
 とたんにナイトファントムの顔が険しく歪んだ。
「バッキーだとっ!!?」
「さあ、ナイトファントムさん!! 大人しく捕まってください!! そうすれば、私のバッキーも……」
「うるさいうるさいうるさいうるさいぃーーーっ!!!」
 ばんとバッキーを叩き落し、ナイトファントムは身を翻す。
「逃がすかっ!!」
「逃がさんっ!!」
 銀二と戒斗、二人が飛び掛かった!!

 カッ!!

 それはまるでスローモーションを見ているかのようだった。
 あたり一面、閃光弾の眩い光に包まれ。
 銀二と戒斗が怯んだ隙に。
 ナイトファントムは鮮やかに。
 部屋の窓を割って逃げた。

「今回は見逃しましょう。その宝石はあなた方の手に預けておきましょう。でも……宝石はいくらでもある。そう、たとえば僕の手に入れたガーネット……紅の雫がね」

 笑い声が遠くに聞こえる。
 ヘリコプターの音が外に響く。
 夜の幻影は、夜の中に消えていく。
 それは手を伸ばしても届かぬ。

 夏の夜の夢のように………。


▼黄昏の雫
「すみませんでした。窓を割ってしまって……」
 そう頭を下げる3人に夫人は優しく微笑む。
「いいえ、気になさらないで。窓のガラスなんて、すぐに直せますわ。それに……」
 菱原夫人はつと、夫人の部屋にあった宝石を見つめた。
 嬉しそうに微笑んで。
「この宝石は夫が私の誕生日に買ってくれた大切な品だったのです。それを守ってくれたのですもの。もっと感謝しませんと」
 ああっと、夫人は手を打つ。
「この宝石を金庫に入れた後で、夜食にしましょう。うちのシェフは良い腕をしているんですの」
 こうして、3人は夫人に導かれるように、豪華な夜食を食べる事となる。

 彼らは無事に黄昏の雫を守りきるのに成功した。
 だが、忘れてはならない。
 彼は。
 ナイトファントムはまだ捕まったわけではない。

 そう、その名の通り、夜の闇に潜んでいるのだから。
 紅い雫を、その手に握って………。


クリエイターコメント 参加していただき、ありがとうございました。
 皆さんの活躍で、黄昏の雫は守られました!
 ナイトファントムの目的、捕縛はかないませんでしたが、それでも菱原夫人からは多大な感謝をいただけましたこと、心に留めていただけると嬉しいです。
 それでは、また次回、お会いできる日を楽しみにお待ちしています。
公開日時2007-01-30(火) 19:30
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