★ Rock 〜Isolation cell〜 ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-3251 オファー日2008-05-29(木) 21:22
オファーPC エリック・レンツ(ctet6444) ムービーファン 女 24歳 music junkie
<ノベル>

 独房がある。
 床以外の全てが灰色に染められていて、床はくすんだ緑色の独房だ。
 そこではいつも轟音が響いていて、飲みかけた酒が空気の量と共に揺れている。
 雑誌、昨日食べたカップラーメン、煙草の吸殻。灰。パソコン機器は蛍光ピンクのビビットカラーが、攻撃的な単語の混じった英語ステッカーで埋め尽くされ、つけられたままだった。
「ローラ。 ろーぉらぁ!」
 木製の椅子はメタリックかつ、全く調和を無視した部屋の中で暴れた。細く白い死人のような腕と、鮮血色を振り乱して。

 確か、昔。これはまだアメリカに居た頃。
 オンラインゲームのストーリーとして紹介されていた雑誌に、こんな一文があった。
 主人公はある日突然町に飛び散ったウイルスによって両親や親友、町の全てを奪われていく。けれど、その主人公が始めての犠牲者――自分の母親が死んだ時、バスルームに転がった女の肉塊に言い放った言葉はこうだった。
『父さん、床に夕飯のビーフが落ちてる』
 批判を浴びたゲームの、そんなスタイルがエリック・レンツは大好きだった。終わる世界に一人、主人公は知り合いの感染者を次々と無表情に殺戮を繰り返していく。
 エリックの操作していた『主人公』もなかなかハイスコアを記録していたのも覚えている。

 生活感有り余るそこで喚き散らすエリックは本日、昼過ぎに起床。そうかと思えば、ものの一秒も経たずにシャワー室を脱出。その後ヘッドホンをつけ、パソコン覗き始めた。とはいえ、服は着ておらず。小さな生き物が、彼女に衣服を着ろとでも言うのか訴えかけるように首筋に鼻を押し付けて数回の後、身体に合わぬシャツと色褪せたジーンズを履くに至った。
「これ操作性最悪じゃね? パッド、ぱーぁっど!」
 パソコン付属のマウスを放り投げて、小さな生き物――シトラス色のバッキーへエリックは怒鳴りつける。
 苛められているわけではない、それを理解しているのか、ローラという愛称のバッキーは振り乱された髪の中でやつれている主人を心配そうにつついた。
「持ってきて。 そこにあるじゃん」
 持ってこないのがローラだ。知っていてもエリックはとりあえず言う。
 予備は手元付近に置いて、耳に当てるヘッドホン。パソコンから鳴る轟音とで部屋とエリックの全ては音楽でいっぱいだった。それを、飽きもせず見放す事も無く、寧ろ寄り添うようにして側にいるのがロッキー+。ローラである。

 そういえば、大好きだったオンラインゲームも進歩する一方、操作性が悪いという理由で放り投げただろうか。今となっては、名残はロッキー+だけになってしまった。

 銀幕市ダウンタウン。この町自体に魔法がかかったからと言って貧しさと裕福さが平等になったわけでもなく、結局エリックは一人。小奇麗な町の一番寂れ、汚いアパートの一室を借りて生活している。
 財産は有り余る程ある。けれども汚いアパートを選んだ、その理由はさしてない。
 住む場所が欲しいと思った時にたまたま空いていた。手持ちの金で寝泊りが出来た。これこそがエリックにとって部屋選びの基準だったのだ。
「あー、ヒマ。 すっげーひま。 だめだわ、俺もー座ってらんねぇかも。 外出るぞ外」
 エリックに休日は無い。逆に言えば忙しい日も無い。
 無職、親の築いた財産を食いつぶす存在。無くなる筈の通帳は何故かこの部屋の何処かしらに沢山落ちている。金が無くなればそれを拾う事もあるし、死に掛けそうになればいつの間にかローラが手元に持ってきている時もある。

「今日もうざってぇ外ですよ、ッと」

 耳から流れるへヴィメタルが脳内で響き続けている。よく映画にある治安の悪いダウンタウンそのもののようなアパートから出れば、同じようにオンボロで、排気ガスがとても多く出るバイクがエリックを待っていた。
 これは数週間前、夜のクラブで乱闘騒ぎがあった折の戦利品だっただろうか、耳元で何かを叫ぶ持ち主に札を数枚、渡せばそのまま笑顔で鍵を渡してくれた。
「はーーーーッしゃ、いぇぁーーー!!」
 野獣が遠吠えをするように、バイクはエリックと、その上に乗ったローラを乗せて走る。
 肺の中、頬に排気ガスが触れるのをものともせず、風を切る姿はロックそのものだ。ハイな低音リズムに心臓が波打つ。ばらばらと音を立てる髪は青空を否定しながら靡き、掴まるローラは少々驚きながら主人に付き添った。このまま宇宙へ飛んでいく。
 馬鹿げた騒ぎに加わりたかった。

 銀幕市。そこに、自分達の住む場所がある。
 アメリカでのエリック・レンツは今とあまり変わらなかった。
 無気力で誰とも馴染めず、言語の壁に苦痛を感じる、ただの若者がエリックだ。両親共にアメリカ人でありながら口から出る言葉は日本語。そこで起こるのは虐めか、それすらわからない。
 毎朝学校へ向かい、肩を叩かれても相手に良心があるのか、悪意であるのかも、エリックには分からない。笑っていても唾を吐く、それが人間だ。
 恐怖に支配されるにつれ、引き篭もっていく我が子に父が与えた唯一にして最高、最悪の殻が英語で歌われた音楽である。

 うぃ、うぃ。

 ロックの歌詞は不安定で、聴いた当初はわけの分からない単語の羅列をうわ言のように口ずさむだけだった。
 次第に、大きくなる男の掠れ声とギター、ドラムの脈拍がエリックを捕らえ、静かに独房へと導いてゆく。聴くもの、全てが元々彼女自身であったかのように、一つ一つ形成し食事よりも全ての生物的活動よりも重要なものへと。

 うぃ、うぃ。

 マザーグースにも童謡にもアニメソングにも、演歌にもあった。歌い手がアドリブで発する、息遣い。いつしか、音楽という生きがいを与えてくれた父が居なくなっても、外の世界にある音楽という心臓を持ったエリックにはそれが現実なのか、悲しいリズムの中にあるのかすら、理解が出来なくなっていた。

 町の路地裏、マフィア映画ご出身者や警察24時間ご出身者のムービースターが多い、爆音木霊するクラブへ行くと、エリックはまるで自分も彼らの世界観の一つが如く、溶け込み、やがて始まる途方も無い喧嘩を楽しみにする一員として加わる。
「酒ぇ、くれ。 酒! 勧めでいいぜーぇ」
 カウンターは青い照明が目に悪い発色をしており、エリックの髪色は紫色。瞳もどす黒く濁って映った。
「おいおい、ガキゃひっこんでな。 ったく、なんだ。 クソガキがこの店に入ってくるなんザぁ、やっぱ平和ってのは違うな」
「――あーー、ケッ……!!」
 酒は出せないと筋肉質のスキンヘッドがゾンビのように口を開けて威嚇してくる。それに悪態をつきながら、エリックはそれ以上何も要求せずに舞台の上で踊る女達と、その下で言い争うB級映画のムービースター二人に目をやる。
 自分が、二十歳を過ぎた既に酒も煙草も摂取して良いとされる年齢だと。そういった訂正をする気にはなれない。痩せ、やつれにも近い身体に豊満な乳房などあるはずも無く、ただ少年のように見える、ある種整った顔に吊りあがった目。どこからどう見ても、エリックはパニック映画にでも出てくる不良少年の姿に近かった。
「ローラぁ、つまんねー……。 そろそろあいつら殴り合いでもしてくんねーかなァ」
 エリックが静かにしているとローラはちょっとだけ穏やかに、自分の上で休息を取る。爪の伸びた指で頭を撫でてやれば痛いのか、身を竦めて主人の指を咥えている――痛くて噛み付いているのかもしれない。

 緑色のあからさまに人とは違う、けれど人形のムービースター。黄色人種の、マフィア物のムービースター。どちらもアクション物でエリックも観た事がある。
 暴力沙汰が日常茶飯事である映画の中、それは非日常だ。
 現実ではない夢の中で、そこから遠ざかっていく意識を欲したエリックは音楽の次に、映画の世界を夢見た。勿論、父が逝った後の母親はそれを殊更、危惧していたが、それこそ彼女の愛した夫が夢を見る事の大切さ、夢中になる娘を大切にしていたのだから、大きく口を挟めはせず。
 緑色のムービースターはまだ子供の頃、筋肉で全てが動いているようなヒーローが世界を救うストーリーで悪役を勤めていたし、マフィアのムービースターは父が逝って少し、日本に戻る間に見たこれもカンフーアクションに近い映画だった。
『貴女の居やすい場所にいきましょうね』
 銀幕市に移住すると決めた母はエリックにそう言っていた。言葉は、ヘッドホンから垂れ流される音量で聞こえない。分かるのは、自分が母の唇を読んでいたからである。

 ポケットに入れたMP3を指で最大音量にした。

 嫌なことを思い出す前に、エリックは音楽で全てを洗い流す。
 少しづつ悪化する目の前の険悪な雰囲気に、足でリズムを取りながら近づく。途中に置いてある、パイプ椅子を引きずりながら。メロディーは演歌歌手が女の情念を歌いながらしんしんと降る雪へ思いを馳せる、そんなシーンだ。
 大きく開く、口。男二人の殴り合いがスローモーションに見える。周りに居る客達の、歓喜の声、拍手音。
「っしゃあああああああ!! いっくぜぇぇえ!!」

 雪に散る、花びらに演歌歌手が声を張り上げる。

 ――……咆哮。

 一斉に暴力沙汰へ反応し始める男達の中。エリックは細い身体で椅子を振り回しながら応戦した。
 緑色のムービースターはマフィアのムービースターに殴りかかるのに必死だった。双方、同じでエリックが椅子で殴りかかろうと、他の客が殴りかかろうと互いの殴り合いをやめようとはしない。
 刹那、首元にしがみついていたローラがぽってりと膨らんでいる身体を右横に倒す、客を椅子で殴打。
「っローラぁ! つぅぎィ!!」
 二人の強敵がびくともしないと分かった途端、喧嘩の便乗客は同じ乗り気な客に敵意のような視線を向け始める。心地よい殺気と、人々の境界線。そこではムービースター、ファン、エキストラ。その全てが垣根を無くす。

 演歌のサビが怨みを歌い上げ。次に聴こえたのは兎がモデルのアニメソングだ。

 ぴょん、ぴょん。
 エリックもまさにその通りに、ローラが時折身体を傾ければ側に居る客を殴り、しがみつかれては攻撃を避けるなりした。ぶれる視界に重なる音楽が心地よく、手に残った感触までが非現実的だった。
 後頭部に一撃、エリックも受けた。けれど倒れないのは、一重に相手の力量がさほどではなかった事、人だかりでもみくちゃにされていた事。
 ぴょん。ぴょぴょん。
 笑い声か、悲鳴か、怒声か、エリックはそのどれかを上げながら一撃をくれた『誰か』に椅子を投げつける。右から出る手、左から出る手を割るようにして肘を食らわせると、また、椅子を拾いに行く。

 早いぞ、怖いぞ、今すぐ逃げろ。ぴょぴょぴょん。
 狼さんが、追いかけてくる。

『っテメエらぁあああああ!! 人の店で騒ぐんじゃねぇ!! 対策課がきたぞうぉらぁぁああああ!!』
 歌詞の中で兎は狼に追いかけられる。可愛らしいリズムにクラブのオーナーがいかつい声でマイクを取る。どうやら、対策課がムービースター、ないしそれ相応の騒ぎを治められる者を連れてきたようだ。

 逃げてゆくよ、逃げていく。可愛い兎さんは一人ぼっちだ。さぁ、さぁ。

 蜘蛛の子を散らすが如く、青いライトの下は黒から白に変わっていく。人の息で埋め尽くされていたクラブ内はライトと、倒れた数人が残るのみ。始まりを告げたムービースター二人も結局はどこかへ逃げ帰っていってしまった。そうだ、兎さんは狼には勝てないのだ。
(っちぇ、面白くねぇの……)
 ずらかるぞ、そんな一言にローラは肩の上。ギラギラとエメラルド色に輝き始めたエリックのシャツにしがみついている。軽い身体はまだ暴れ足りないと、バイクを回収するより先に店の外へと走り出す。
「……ヒーローだ、すっげぇ」
 エリックの身体は細いから、店の外へ出ても物陰で突っ立っていればさほど目立つ事は無い。吹き荒れる風でもあればその見事な鮮血色の髪が炎のように見えるから。多少は目立つのだろうが。
「ったく、羽目外しすぎだぜ、あいつら」
「いいじゃないですか。 若いって良い事ですよ?」
 多分、この二人が暴れるムービースターを宥める為に対策課から派遣されてきた、別のムービースターだろう。どちらも見た事の無い顔という事は、エリックの好きなジャンルの者でないのは予測できるが、如何せん着飾った姿の二人であるから、興味をそそられて仕方が無い。

 ラストのイントロ部分。アニマルアニメの癖に不気味な曲調に嗚咽を覚えそうだ。
 次にかかるロックが始まるまで、エリックは口をだらしなく開けたまま、騒ぎが収まったと帰っていくムービースターを眺め、それから。急に思い立ったようにして彼らへ向かい、走り出す。

 うぃ。うぃ。

 聴きなれた曲がエリックの足を軽くする。
 空へ浮いていく浮遊感、身体よりも心が踊り、エリックという存在は後ろの肉体から離れ、そこら中にある埃や空き缶、もしかしたらただのゴミ箱になって転がるような存在になる。唯一、現実と感じられるのがローラのゴム質な皮膚。肩に乗り、自分に身を寄せてくる唯一つの存在。

 青、濃紺、灰色、赤。空に色があるように、銀幕市へ来た。その時にも見上げれば星空が輝いていた。
 今とは違う、アップタウンの一軒に済み、耳を音で塞いだ自分と健気にもまだ希望を捨てない母と暮らした三週間。苦痛は無く、けれど他人が物語を読み上げるような本当に、現実離れした日々だった。アメリカで浮いた存在として扱われていたエリックは銀幕市では何処にでも居る、ちょっと変わった。それでも当たり前の存在になって。ヘッドホンは外さないものの、普通の人間のように暮らしていた。――多分。
 父に貰ったロックを聴きながら、相変わらず一日中徘徊する日々ではあったが、その暮らしはまるでクラシックのように、幸せな歌を歌いながら時に残酷なピアノに起こされるようだった。

 毎日起こる、楽しい事件と悲しい事件。ない交ぜになる中、ふと気づけばエリックの家には夕食のビーフが転がっていた。血の流れ、肉の破片。形は留めていて、昔ハイスコアを記録したゲームの主人公がそうしたように笑おうと思った。けれど。

 嗚呼。

 銀幕市に住んでから、エリックはよく外へ出かけた。出かけ、新しい物を見て、音楽と同じようにハイになった。帰るのはいつも遅く、母親はそれでも笑って出迎えてくれた。顔、その顔が肉塊の一つに名残のように残っている。
 ついて出た声は悲鳴のような泣き声だった。或いは、どちらでもないのかもしれない。全身を赤く染めながらエリックはもう冷たくなった塊に顔を埋めて喚き散らした。ロックの、ボーカリストがそうするように。
『あなたのお母さんは……、ヴィランズの被害にあわれたのです』
 何時間も何日でも、赤い海に沈んでいたエリックに誰かがそう言った。誰か、そんなものはどうでも良かった。知りたくもない。ただ、母だった『物』を置いてアップタウンを出たエリックにただ一匹。ついて来たものが居た。

「ローラ、行くぜ」

 エリックはロック+を連れて走っている。
 後ろにも前にも、誰かが居て、気づけば誰も居ない。あるのは音楽。耳の穴から入ったそれは鼻や口から渦を巻いて出る。小さな、肩の温もりと一緒に。人生において居た『誰か』を失い、絶望する筈のエリックが代わりに得た相棒は皮肉にも夢を象徴するバッキーだったのだ。

 うぃ。うぃ。

 現実世界、目の前に居るムービースター二人に追いついたエリックは息を切らせる。首の後ろではローラが自分の首を鼻で撫でるのを感じながら。肺に貯まった悪いものを吐き出し、前を向く。
 どうしたのだろう。そんな顔をしながら映画から出てきた住民はエリックを見る。
 力いっぱい、ぐ。と、サイズ余りのシャツを引き伸ばすとエリックは開口一番、大声で叫んだ。
「――…サイン貰えねぇ!?」

 うぃ。うぃ、いぇあ。


END

クリエイターコメントエリック・レンツ様

始めまして、オファー有難う御座いました。
設定を使用して過去を絡めつつお任せ、との事で書かせて頂きましたが如何でしょうか?
ギャグ、シリアス、シュールと三つ並んでしまい、どちらかと言えばシリアスの中にブラックユーモア漂う物になってしまった気が致しますが、気に入っていただければ嬉しいです。
また、作中の『うぃ』系は英語に置き換えても、日本人が歌っていてもおかしくないようにあえて平仮名表示となっております。
バッキーのローラちゃんとの雰囲気も楽しんで書かせて頂きました。少しでも、喜んでいただける事を心から願いまして。
また、お会いできる事を祈りつつ。

唄 拝
公開日時2008-06-02(月) 02:40
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