★ 【崩壊狂詩曲・異聞】The White Blessing ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5461 オファー日2008-11-24(月) 03:12
オファーPC シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ゲストPC1 ジョシュア・フォルシウス(cymp2796) エキストラ 男 25歳 俳優
<ノベル>

 美しい女ムービースターの死に端を発し、渇望と不安と罪苦の織り成す三つの物語が終結して――無論それは、ひとまずは、という意味合いで、だが――半月ほどが経った。
 銀幕市では、銀幕市の中でという意味では特に変わりのない、事件と騒動と不思議に彩られた日々が、日常の顔をして続いている。
 次々に何かが起きる銀幕市においては、あの大規模な事件ですら、結局のところ日常の一幕でしかなく、シャノン・ヴォルムスは、あの事件のあとも、そ知らぬ様子で仕事に精を出していた。
 ヴォルムス・セキュリティの社長である彼に、なすべきことは山積しているし、事件にまみれたこの街は、ヴォルムス・セキュリティに休む暇を与えないのだ。
 しかし、彼をよく知る一部の人々は、彼が、ひどく落胆し、不安や苦悩に苦しみながらも無理やり平静を保とうとしていることを敏感に感じ取り、誰の目から見ても気落ちしているくせに、それを素直に吐き出すことも出来ないシャノンを案じていた。
 仕事に没頭し、気を紛らわせることで、何とか自分を保っているシャノンを。
「……社長、大丈夫っすか」
 休息の時間をほとんど削り、がむしゃらに依頼をこなすシャノンに、コーヒーを持って来てくれた従業員の青年が心配げな表情をする。
「何がだ」
「いや、だから……その」
「余計なことは考えなくていい、貴様は貴様のやるべきことをやれ」
「でも、……いえ、何でもないっす。判りました」
 溜め息をひとつ落とし、青年が一礼して部屋を出て行く。
 ドアに身を潜らせる直前、彼が、やはり心配そうにこちらを見たのが判り、苛立ちが募る。
「……いかんな……」
 その苛立ちが八つ当たりであることに気づき、シャノンは指先で眉間を揉んだ。
 従業員たちが、皆、シャノンを気遣ってくれていることを知っている。
 シャノンは、映画内での冷酷さ、容赦のなさ、孤独で人を寄せ付けない厳しさを、この街に来てずいぶんと和らげ、他者を思いやる気持ち、他者を愛する歓びを手に入れた。
 そんなシャノンを、彼が心を砕く人々は愛し、たくさんの思いを向けてくれる。
 その人たちに行き場のない怒りを向けるようでどうする、という自己嫌悪が込み上げて、シャノンは溜め息をつく。
 それでも、どうしようもないのだ、この胸の内の澱を。
 たったひとつが足りないという、それだけのことなのに。
「アル……一体どこへ……?」
 ぽつり、と呟き、天井の隅を見詰める。
 そう、沈着冷静なシャノンが、傍目にも判るほど落胆し、不安に苛まれ、胸を切り裂かれそうな苦しみを味わっている原因は、恋人である吸血鬼の少年の失踪だった。
 あの時、渇望の闇の中で『声』に狂わされ、自分を襲った少年は、事件が終わった後、相棒を頼むと言って、シャノンの前から姿を消した。
 彼が姿を消した理由は、判るような気がするし、まったく判っていないような気もする。同じ吸血鬼とはいえ、故郷の違う彼らの前に横たわる、存在の根幹という溝は深く、シャノンが彼のすべてを理解することは恐らく出来ない。
 シャノンは彼に襲われたことを怒ってはいない。
 それどころか、彼が自分を選んでくれたことを、そして彼の渇望の方向がシャノン・ヴォルムスという存在を向いていたことを、この上もない幸せだとすら思っている。
「だが……お前は、そうではなかったのか」
 天井の隅を見詰めつつも、心では別のものを見ながら、シャノンは嘆息を落とす。
 彼が姿を消した原因が、あの時にあることは明らかだ。
 しかし、何故姿を消したのか、何故戻って来ないのか、シャノンにはそれが判らない。
 自分を責めているのか、これ以上シャノンに迷惑をかけまいとしているのか、それともこれ以上自分を見失いたくないと思ったのか、他に何かなすべきことが出来たのか。
 そのどれもが正しいようにも思うし、正しくないようにも思う。
 どちらにせよ、そのどれもが憶測の域を出ないこともまた事実だ。
 もう二度と逢えなくなるなどと、考えたくもないが、想像するだけで底なしの絶望と虚無に飲み込まれそうだ。シャノンの心は、もうすでに彼を選んでいるし、彼のいない世界を想像することは出来ないのだ。
「……」
 ぐるぐると胸中を回る苦い懊悩に、シャノンはまた溜め息をつく。
 と、そこへ、
「あの、社長」
 従業員の青年が顔を覗かせ、来客の旨を告げた。
 戸惑いの見える彼の様子に首を傾げつつ、シャノンが通すように言うと、ややあって彼は、ひとりの青年を伴って戻って来る。
「……ジョシュア」
 そこには、現代を舞台としたSFアクション映画『Hunter of Vermilion』の主人公、すなわちシャノン・ヴォルムスを演じたハリウッド・スター、ジョシュア・フォルシウスが、穏やかな微笑を浮かべて佇んでいる。
「……何の用だ」
 従業員の青年がコーヒーを運んで来て、丁寧に一礼して部屋を辞したあと、シャノンはジョシュアを見遣った。
「何か、仕事の依頼にでも来たのか?」
「いえ、様子を見に来ただけですよ。どうしているのかなぁと思いまして」
 まったく同じ顔でありながら、シャノンとジョシュアのまとう雰囲気は正反対で、シャノンを彩るものが厳しさと鋭利さなら、ジョシュアを取り巻くのは穏やかさと柔和さだ。
 ふたりが並ぶと、そこには、冬と春が同居するような不思議な空気が満ちる。
「何か大きな事件に巻き込まれたようですが……大丈夫でしたか?」
「半月も前のことだ、特に問題ない」
 素っ気なく返したあと、
「用事はそれだけか? なら……済まないが、帰ってくれないか。色々と、忙しい身の上なのでな」
 早々に会話を切り上げたくて、シャノンがそう言うと、ジョシュアはぱちぱちと瞬きをして――同じ顔の相手に言うのも何だが、そんな仕草ですら絵になる男だ――小首を傾げた。
 シャノンがむっつりと黙り込むと、ジョシュアはかすかに笑い、
「……行きましょう、シャノン」
 彼の腕を掴んで、強引に立ち上がらせる。
「ジョシュア……何を、」
「そうですね、ここで延々と頭を悩ませているよりは、多分有意義なことです」
 言ったジョシュアに半ば引き摺られるようにして歩き出す。
 ジョシュアに連れられて事務所を出て行くシャノンを、従業員たちが不思議そうな目で見ているのが判ったが、精神的に相当参っているのもあって、例え自分を演じた俳優であっても、決して百戦錬磨の猛者というわけではないジョシュアの手を振り解くことも出来ない。
「まったく……何だと言うんだ……」
 シャノンは溜め息をつき、思わず空を見上げた。
 この空の下のどこかに、あの白い少年がいるのだろうか、などと思いつつ。

 * * * * *

「それで、何があったんですか?」
 辿り着いた先は、ジョシュアが滞在しているホテルの一室だった。
 日本通のジョシュアが入れてくれた薫り高い玉露の、金と緑を混ぜ合わせたかのような水面を見詰めながら、シャノンはまたひとつ溜め息をついた。
 自分とはまったく違う性質の持ち主だとは思っていたが、こういう強引さは確かにシャノンにはないものだ。
「何、と言われてもな」
「貴方がそうやって、はぐらかそうとするのではなく誤魔化そうとするということは、何かがあったということですよね」
「……」
 シャノンとジョシュアの関係は独特だ。
 シャノンは、自分を演じた人間だから……というだけではなく、ジョシュアには敵わないと思っている。
 ジョシュアは自分のことを知り尽くした、シャノン・ヴォルムスという一個の存在にもっとも近い人間であり、同時に、深くシャノンを理解し、親身でありながらも、透徹した視線で彼を見る人間でもある。
 ようは、出来のよすぎる兄のようなものだ。
 行動パターンも思考の方向性も読まれているから、嫌いなわけではないし、彼が自分に寄せてくれる好意や誠意を疑いはしないが、やはりどうにもやりにくい、というのが正直なところだ。
「む……だからそれは、だな」
 それでも、ジョシュアが自分に一番近いというのは確かな事実で、他者に弱味を見せられない、見せたくないと思っているシャノンが、もっとも気を抜ける人間であることもまた事実だった。
「ええ、どうしました?」
 穏やかに微笑んだままのジョシュアに、誤魔化すことを諦めて、シャノンは口を開いた。
「……あの時、『声』が聞こえたんだ」
 先だっての依頼を、シャノンは今でもくっきりと覚えている。
 あの時感じた、重苦しい渇望を。
「あれは、確かに、俺の願望だった」
 かの白い少年に過剰なまでの渇望を感じ、何もかもを自分のものにしてしまいたいと強く願ったこと、喪って久しいリィナへの悔恨に苛まれ、彼女の足元に跪いて許しを請いたいと思ったこと、そして彼にならばすべてを差し出しても構わないと思い、彼が自分に渇望を向けてくれたことに幸せを感じたことなどを、ぽつりぽつりと告白する。

(愛しているからこそ、すべて自分のものにしたい。もう二度となくさずに済むように、自分だけのものにして、自分だけを見つめるように、自分だけが見つめられるようにしたい)

 内なる自分が吐露した、仄暗い欲望を、シャノンは今でも諳(そら)んじることが出来る。
 救われたいという思いと、赦されたいという願いと、喪いたくないという恐れ、それらが、シャノンに、醜い自己を突きつけた。しかし、その渇望に従いそうになった自分を、あの白い少年への純粋な思いが押し留めた。
 シャノンは、自分のそんな変化を驚き、戸惑い、同時に、自分が変わったこと、自分を変えてくれた存在を、深い感慨を持って思うのだ。
「……あいつが姿を消して、もう二週間になる。心配なのも確かだが、ただただ逢いたいという思いばかりが募って、いずれ俺を壊してしまうのではないかと、不安になるんだ」
 いつの間に、それほどまでに囚われていたのか、それほどまでに愛していたのか、シャノンにももう判らない。
 あえて言葉で飾るなら、それを運命と呼ぶのだろう。
 その運命が、シャノンと彼とを、そのふたつの魂を、分かち難く結び付けてしまったのだろう。
 それは何と甘美で切ない檻だっただろうか。
 故郷の吸血鬼たちを震撼させ、震え上がらせた孤高のヴァンパイアハンターは、今や、かの白い少年なしには生きられないのだ。彼を喪うことは、即ち、この銀幕市でのシャノンが壊れてしまうということなのだ。
「俺は……一体、いつの間に、こんなに弱くなってしまったのだろうかと、時々驚くよ」
 自嘲気味に笑いつつ、切なく深く、ただただ逢いたいと思う。
 顔が見たい、声が聞きたい、抱き締めたいと思う。
 きつく抱き締めて、名前を呼んで、キスをして、もうどこにも行くなと告げたい。
 それだけで、シャノンは満たされる。
 たった、それだけのことなのに、叶わない。
 それが、苦しい。
 腹の底から嘆息が込み上げ、爪先を見つめながら呼気を落とすと、
「……変わりましたね、シャノン」
 不意に、ジョシュアがくすりと笑った。
 シャノンが顔を上げると、ジョシュアは、弟を見るような慈しみの目で彼を見ていた。
「今の貴方は、私が演じていた『シャノン・ヴォルムス』とはまったくべつのもののようですよ」
「ああ……そうだろうな」
 情けないことだ、とシャノンが苦笑すると、ジョシュアは首を横に振った。
「それは貴ぶべき感情ですよ、シャノン。貴方は変わった……けれど、弱くなったわけではありません」
「……」
「貴方は、自分が彼を愛していることを気づけたじゃないですか。自分が思っているよりも、ずっと彼を愛しているのだという、ただそれだけのことです。たったそれだけの、とても幸せなことですよ」
 ジョシュアの物言いは静かだ。
 そこには、確信と真心が凝縮されている。
「否定しないで下さい、貴方が感じたすべてを。それは貴方を強くし、しなやかにしてくれます」
「……そういう、もの、か……?」
「ええ。彼に何があったのかは私には判りませんが……すぐに戻ってきますよ、必ず。山や壁があるのなら、それを乗り越えて、ね」
「……」
 一番欲しかった核心を与えられ、シャノンが言葉をなくしていると、ジョシュアは悪戯っぽく笑って、だから、と続ける。
「彼が戻ってきたら、一番に出迎えて、抱き締めてあげなくてはいけないでしょう。そんな貴方が、落胆した顔をしていてどうします。無理を重ねたあとの、痛々しい笑顔で、彼を迎えるつもりなんですか?」
「……いや」
 言葉の端々に見える、シャノンへの気遣いと誠意。
 ジョシュアが向けてくれるそれを貴く思い、同時に、ジョシュアと出会うことのできた自分をも、シャノンは幸運だと思う。
 シャノンは苦笑して首を横に振った。
「ああ、うん、……そうだな……」
 すとん、と、心の中に何かが落ちた。
 それは穏やかに、力強く彼の奥底で根を張り、シャノンの背筋を真っ直ぐにする。
「そうだな。俺は、信じていればいいのか……あいつが帰ってくることを。そして、その時が来たら、もう二度と離さないと抱き締めればいい」
 シャノンは彼を愛している。
 彼もまた、シャノンを愛している。
 その真実さえ判っていれば、何を恐れることもない。
 彼は帰ってくるだろう、シャノンの腕の中に。
 そして、はにかんだように笑うだろう、愛と誠を込めて。
 気づいてしまえば、笑ってしまうほどに簡単な、たった、それだけのことだった。
「ええ。……苦しい時は、言ってください。いつでも、力になりますから」
 ジョシュアの言葉に頷き、かすかに頭を下げる。
「……ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
 ジョシュアが微笑むのへ、落ち着きと余裕とを取り戻した笑みを向け、シャノンはソファから立ち上がった。
「帰るんですか?」
「ああ。……やることがあるからな。俺を待っている連中のこともある……そいつらの面倒を見てやらなくては」
「そうですか……では、気をつけて。貴方が、貴方の大切な人と、一刻も早く再会できることを祈っていますよ」
「……ああ」
 ジョシュアのもとを辞し、シャノンは歩き出す。
 そうだ、この先に、銀幕市で手に入れた日常が彼を待っている。
 再会を確信出来たから、待つことは苦ではない。
 少年を待ちながら、その日常をこなすのも悪くはないだろう。
 晴れ晴れとした気持ちでそんなことを思い、シャノンは、冬の、温度のない、しかしまぶしい陽光に目を細めた。

 ――陽光に照らされた道の向こうから、白い頬を薄紅に上気させた真っ白な少年が、こちらへ向かって駆けて来る……そんな気がして、シャノンは立ち止まり、目を細めて通りを見遣った。
 愛しさと幸福に、思わず、無邪気ですらある笑みが、こぼれる。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
コラボシナリオに関連するプライベートノベル、【崩壊狂詩曲・異聞】をお届けさせていただきます。

シャノンさんの、恋人さんへの狂おしい思いを軸に、彼の変化と、それを見守るジョシュアさんとの関係を描かせていただきました。

恋人さんと再会した時、彼は何と言って迎えるのか、それを思うととても微笑ましいです。おふたりが、いつまでも幸せであるよう祈ります。

なお、同時公開の『黒い情熱』と合わせてご覧いただければ、更に楽しんでいただけるかと思います。

ともあれ、楽しんでいただければ幸いです。

なお、口調や行動などでおかしな部分がございましたら、可能な範囲で訂正させていただきますのでご一報くださいませ。


それでは、素敵なオファーをどうもありがとうございました。
また、機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-12-25(木) 00:00
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