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<ノベル>
雨が降っていた。
春の曇天で、灰色の空が所々に白い光を持ちながら広がっている。
ファレルは隣を歩くコレットが濡れないよう、慎重に彼女の歩幅を推し量っていた。
傘の軸をコレットへと寄せているため、ファレルの肩は傘からはみ出して濡れている。それをコレットが心配そうに覗き込む。
「えっと……もう少し傘をファレルさんの方へ向けた方が?」
「いえ、大丈夫です」
ファレルは相変わらずの詰まらなそうな無表情で言う。
素っ気無い様子だが、これはいつもの事。彼のその何処か眠たげな表情が変わる事は滅多に無い。
コレットは顎に指先を当てて少し考えてから、本屋の紙袋を胸にカサリと抱え直し、くっとファレルの方へと近づいた。
「コレットさん?」
ファレルが彼女に目を向けながら首を傾げる。
「私がもっと近づけば良かったんだよね」
近いところで彼女の顔が申し訳なさそうに笑う。
「……何の本を買ったんですか?」
ファレルはコレットの笑顔から逃れるように視線を前へと向けながら問い掛けた。
コレットと出会ったのは買い出しへ向かう途中の本屋だった。
街角の本屋のウィンドウ越しにコレットの姿を見つけた時、彼女はしきりに外の様子を窺っていた。急に降り出した雨だったから、彼女は傘を持っていなかったのだ。
そんなわけで。
コレットを地下鉄駅へと送るまでの道のりを今、二人で一つの傘に収まって歩いている。
「風にのってきたメリー・ポピンズ。この前、久しぶりに映画を観てたら原作が気になっちゃって。図書館で借りても良かったのだけど、ゆっくり、読みたかったから」
コレットが楽しそうに言う。
「面白い映画なのでしょうね」
「知らないかな……?」
コレットがファレルの顔を少し覗き込んでから、幾つかフレーズを口ずさむ。煙突屋がどうの、とか、スパカリフラジ……、とか。
しかし、ファレルが首を傾げたのを見て、コレットは「そっか」と引き下がった。
「良い映画よ。思わずね、傘を持って高い所から飛び出してみたくなるくらい」
「……コレットさんが死んでしまったら、私はとても悲しいです」
至極真面目な口調でファレルが言う。
コレットは、こちらをいつもの表情の無い目で見てくるファレルの顔を見て、ぱちくりとしてから、つい笑ってしまった。
「今度、持ってくるね。とても楽しくて、夢のある……映画だから」
そう言って微笑んだコレットが、ふと足を止める。
雨の匂いに混じって香った薔薇の匂い。
「もう咲いてるんだ」
通り掛った庭先に足の早い薔薇が蕾に混じって数輪咲いていた。
赤い薔薇だった。重たげに雨を受けながら咲いている。
しばらくの間、二人は雨の中で言葉無くその薔薇の花を見ていた。
ファレルは思い出す。
(……あの時も)
「あの時も……急に雨が降ってきたのよね」
コレットがぽつりと、口に零す。
「……ええ」
頷くファレルの横を車がゆっくりと通り抜けていく。
そう、あの日も最初は晴れていたのだ。
◇
青い空には白雲も疎らで、昼にはまだ早い午前の陽射しがぽかぽかとした陽気をつくっていた。
暖かな陽気に誘われて、ファレルは当ても無く散歩に出掛け、町外れの方まで足を伸ばしていた。
その内、大きな敷地を囲う柵が続くところに差し掛かる。見れば、古ぼけた洋館が敷地の中に建っていて、屋敷に寄り添うよう設けられた花園に赤い花が咲き誇っていた。遠目からでも、その鮮やかな赤の艶やかさが判る。
目を引かれ、気侭に足を止めて眺める。穏やかな風に、何処か遠くを飛ぶ鳥の暢気な声が抜けていく。
と、薔薇園にひょっこりと揺れている麦わら帽子を見つけ、ファレルは目を細めた。
ひさしの陰から覗いているブロンド髪の雰囲気には見覚えがある。
「コレット、さん?」
玄関を回って中に入り、蔦の絡まるアーチを幾つか潜って花園の方へ抜けてみると、赤い薔薇の咲き誇る中に居たのはやっぱり彼女だった。
白いワンピースから伸びた手に軍手をして、大きなブリキのジョウロをうんせと持ち運んでいる。
「あ、ファレルさん」
気づいた彼女がこちらに笑んで、ジョウロを地面に置いた。たゆん、とジョウロの中の水が涼しく鳴る。
「お知り合いの、家ですか?」
「あ、ううん違うの。えと……ここね、ムービーハザードなの」
ファレルは首を傾げる。
ええと、とコレットは考えながら両手を絡め、ンと伸びをして。
「お屋敷だけで実体化しちゃったみたい。誰も居なくて。でも、すごく綺麗な薔薇園でしょ」
言って、コレットは組んでいた手を離して、赤く綻ぶ薔薇の花々の方へと広げる。
柔らかな風に浮く草切れ、揺れる麦わら帽子とブロンドの髪先。
「このまま駄目になっちゃうのが勿体無い……だから、時々勝手にお水をあげにきているの」
と、そこでコレットはじっとファレルの方を不思議そうに見た。ファレルから反応が無い。
「……ファレルさん?」
呼ばれて。ファレルは、はたと自分が花に見入っていた事に気付いた。
(……この風景に彼女が居たから?)
そんな気もするし、薔薇の赤さが余りにも妖艶だった所為とも思える。
ともかく、なんとなくそんな所を誤魔化す気持ちで視線をスゥとジョウロの方へと向け。
「手伝いますよ」
腕捲くりをしながらそちらの方へと歩いていく。
「え?」
「いいんです。どうせ今日は何の予定もありませんし……それに、私もこの薔薇たちが朽ちるのは勿体無いと、思う」
水のたっぷりと入ったジョウロは案外重かった。
薔薇園の傍にはハンドル式の井戸があって、水が無くなればそこから汲み上げた。
ファレルは何度目かの井戸への往復を終え、ジョウロをまた傾けた。
良く使い込まれたブリキの口から、水の糸がしらしらと降って陽光に瞬く。
「本にね、薔薇を綺麗に咲かせるのは、とても難しいんだって書いてあったの」
コレットはしゃがみ込んで雑草をぷつりぷつりと抜いていた。
「まず植える土と場所、それから不要な枝や花の剪定、その日ごとの水のあげ方……ね」
「随分と気を使うものなんですね」
「うん。それで、たぶんここの薔薇園は完璧。すごく愛されてる感じがする」
コレットは軍手の掌を土に置きながら、心地良さそうに薔薇の花々を見上げる。
僅かな上昇気流が薔薇の香りをやわらかく散らしていた。
「……ここは、どんな映画に出てきた場所なのでしょうか」
ジョウロの鼻を持って彼女の方を見る。
えっと、とコレットが首を傾げ。
「まだ分かってないんだって対策課の方が言ってたけど……でもきっと、素敵な映画なんだと思う」
少し陰った陽射し、空へと向かう風に混ざる僅かな雨の気配。
昼を過ぎた辺りで、空は曇り、小雨が降ってきたので洋館の中へと入る。
そこでリビングを拝借してコレットの持ってきたお弁当を一緒に食べる事にした。
広い床の中央に絨毯が敷かれており、その上にクッションの柔らかな多人掛けの大きなソファと、こじんまりとしたテーブルと椅子が置かれていた。
隙間の少ないしっかりとした造りだから外の音と気配は遠い。
古い窓ガラス越しに外の様子を見て、コレットが溜め息を漏らす。
「せっかく、ファレルさんも手伝ってくれて水をあげたのに」
「楽しかったですから」
ファレルはコレットが用意してきたバスケットのサンドイッチを手に取りながら言う。
外の雨模様とは違って、ここの空気は停滞しているようにそこにあった。淀んでいるのとは違う、ただ静かな落ち着き。
コレットが、隣接しているキッチンの食器棚から借りたカップに水筒の紅茶を注ぎ、ファレルの方へと置いた。緩く立つ湯気。
そうだ、とコレットが呟いて。
「薔薇の花言葉って知ってる?」
「いえ……不勉強なもので」
「あ、ううん。男の人はあんまり興味がないものね」
コレットはぱたぱたと手を振りながら軽く首を振って、それから「えっとね……」と続ける。
「薔薇って実は色によって花言葉が違うの。チューリップもだけど」
「それは……考えた方は、大変でしたね」
ファレルが、ふむと頷きながら言った。
その少しずれた感想に、コレットはつい息を漏らすように笑ってしまう。口元を押さえながらファレルを見上げ。
「言われてみれば、確かに。でも……そういうこと聞いたの、初めてかも」
コレットは、首を傾げるファレルを楽しそうに見遣ってから、自分の前のカップに紅茶を注ぎながら続ける。
「赤い薔薇の花言葉は、愛情や美、情熱。映画やドラマでも愛を伝える時、赤い薔薇の花束を持つことがあるでしょう?」
「そういうものですか」
「そういうものです。あ、そうそう、花言葉って組み合わせでもまた意味が違ってくるの。えと、例えば……赤い薔薇に白薔薇を添えた時は、温かい心。3つの蕾に花を一つ添えたら、『あのことは永遠に秘密』」
「まるで、暗号ですね」
「本当にそう。それこそ、考えた人たちは――あ」
水筒の蓋を閉めようとして、蓋を取りこぼしてしまう。
コレットの手から落ちた蓋はころころとファレルの足元を過ぎて絨毯の上を転がっていく。
席を立ってそれを拾いに行こうとしたコレットを制して、ファレルが蓋を拾いに立った。
と――。
「どうしたの?」
蓋を拾い上げたファレルがテーブルに戻らずに、床を足の裏でトツトツ鳴らしているのでコレットは首を傾げた。
「ここの床……」
ファレルがしゃがみ込んで、絨毯の端を捲りあげる。コレットもそちらの方へと向かう。
絨毯の退いた板張りの床には、正方形の切れ込みがあった。結構大きい。
「これは、扉ですね」
言ったファレルが伸ばした手の先、確かに小さな取っ手の窪みがある。
「こんな所に、なんで……?」
「開けます」
ギ、と木の擦れる音。
跳ね上げ式の扉の開いた奥の暗闇からは、篭もった重い空気が零れた。
「貯蔵庫、かな……?」
「どうでしょうね。梯子もありますし、行ってみますか?」
コレットは少し考えてから、こくりと頷く。
ファレルが先行して梯子を降りた。
そして、頭上の入り口から漏れる僅かな明かりの中、小さなテーブルに置かれたランタンを見つけ、それに火を灯す。
ぼんやりとした明かりが生まれる。
レンガの埋め込まれた壁によって通路が造られていた。その先の奥には重たげな扉が見える。
上で待つコレットに合図する。
「あ、あの、上、見ないでね?」
ファレルの無表情が首を傾げる。デリカシーが行き届かない。
「いいから!」
言われて、ファレルは素直に返事を返し、ランタンの明かりで照らし出された床を見回した。
板張りの床の上には奇妙な跡がある。何かを引き摺ったような。
とつ、と後ろでコレットの足音。
梯子を降り切ったコレットがファレルの肩越しに奥の扉を見て、
「……何があるのかな」
ファレルの服端をひっそりと摘む。
「大丈夫ですか?」
ファレルが後ろのコレットを見やりながら問い掛けると彼女はゆっくりと神妙に頷いた。
扉の方へ行く。
ひやりと淀んだ匂いと耳の奥を抑えられているような閉塞感の中、ファレルの手が扉の取っ手を掴んで軽く押した。
硬い音。鍵が掛かっている。
ファレルは僅かに目を細めながら、その物の分子配列を頭の中に引き出し、それを組み替える。ファレルの手の触れている部分を中心に僅かな範囲が光を放ち、鍵はその構造を変化させた。
改めて、扉をゆっくりと押す。
耳を擦る音と共に扉は開いていく。その奥にある暗闇。じわりと漏れ出してきたのは、覚えのある臭気、感覚、濃さ。
ランタンの明かりの端が闇の中へと落ちて広がっていく。
コレットの悲鳴。
ランタンの光が照らし出したのは、横たわる幾つもの。
気付いた時、外は大降りの雨になっていた。
建物を包む雨の音が大きい。
高い天井。
「私……」
「気付きましたか」
ファレルの声がして、コレットはゆっくりと視線を巡らせる。
サンドイッチを食べていた場所だった。ファレルがカップを持ってコレットの寝ているソファの傍へと来る。
コレットは体を起こしながら、うんと軽く頭を抑えて目を細めた。体に掛けられていたファレルの上着が膝へと滑る。
ファレルが勧めてくれた紅茶を断ってから、コレットは床に目をやった。絨毯の端が捲られており、やはりそこには扉があった。今は閉められているが。
「あれって、やっぱり本物の……」
「ええ、死体でした」
青ざめていたコレットの顔から一層血の気が引く。
「そう……」
「対策課に知らせなければいけません」
「……う、ん」
ランタンの柔い光の中に浮かび上がった光景を思い出し、コレットは知らず、膝の上の上着を強く握り閉める。
ファレルが傍にしゃがんで、強張るコレットの手に手を重ねる。
「大丈夫ですか?」
「……あ、ごめんなさい――私、しっかりしなきゃ」
は、と顔を上げてファレルを見る。
無表情の顔が小首を傾げながら見返してくる。
「いえ、無理はしないでください」
そうして、ファレルは手の中でコレットの手が緩く解けるのを待ってから、手を引いて立ち上がった。
雨の音は更に強くなっていた。
厚いガラスの嵌められた窓の方を見遣る。
「凄い雨……水やり、本当に無駄になっちゃったね」
「少し、外に行ってきます」
「え?」
「タクシーをつかまえてきます。携帯で呼ぼうと思ったのですが、ここは電波が無いようでしたので」
「じゃあ、私も」
「いえ、コレットさんはまだ休んでいてください。すぐに戻ってきますから」
言いながらファレルは既に玄関の方に続く部屋の出口へと歩み始めていた。
あ、と掛ける言葉に迷っている内にファレルは行ってしまう。
やがて、ゆっくりと訪れたのは雨音による静寂。
コレットはソファに背を預けながら、膝の上着をお腹の辺りに引き寄せて息を付く。
あの死体達は一体何だったのだろうか。何故、地下室に。この屋敷の実体元の映画と何か関係が……。
考えていたら薄ら寒さを感じて、コレットは腕を摩った。
「……あんなに綺麗な薔薇が咲いている場所なのに」
桜の木の下には死体が眠っていると云ったのは誰だったか。今、思い返せば、あの薔薇の綺麗な赤には気の狂れた気配が潜んでいたように思えてしまう。勿体無い。溜め息を零す。
と、部屋の入り口の方で床が鳴った。足音。
「――ファレルさん?」
そちらの方へと振り返る。
立っていたのは見知らぬ男だった。男は大きな鋏を持っていた。刃には赤黒いものがこびり付いていた。男の服にもそれは何重にも染み付き固まっていた。男が近づいてきて、分厚い金属が空を切った。
男の突き出した鋏がソファの背を突き破り、コレットは短い悲鳴と共に床に転がっていた。打ち付けた肩や頬骨の痛みを奥歯を噛んで堪えながら、絨毯を引っ掻いて男から逃げるように床を這う。
男がソファの背を蹴って、そこから腕と鋏を引き抜いたのが気配で判る。テーブルの足を頼りに立ち上がり、そこに置いてあった水筒を取って、男の方へと投げつける。
それは男の顔面に当たって、男の首から上をグランと揺らした。それだけだった。男は歩みと走りの中間の速度を変えずに床を鳴らしながら近づいてくる。
コレットはキッチンの方へと逃げ込み、扉を閉めた。ドアノブを必死に握りながら半身を扉に押し付ける。
ドツ、と扉の向こうに音が聞こえ、不穏な揺れが扉に押し付けている肩に伝わった。食い縛った歯の奥で鳴る短い悲鳴。
再び、痙攣するように揺れる扉。
軋み。暫く、ギ、ギ、と削るような音が扉越しに聴こえる。
と――扉の向こうの音が消えた。
ふいに訪れた静けさの中、自分の体が本能で呼吸を止めて気配を探っている。
扉に押し当てた耳に意識の大半を向けながらも、ノブを握る手は堅い。
何も聴こえない。
ゆっくりと体が細く細く思い出し始めた呼吸は、微かな嗚咽のように胸が震えて定まらない。
鼻先を。
鋏の先が、扉を突き破って掠めた。
その瞬間の音と振動は後から思い出した。
扉から体を弾くように逃げる。僅かの差で耳を付けていた場所が貫かれる。細い屑が舞った。
鋏が引き抜かれる。早くも遅くもない速さで。
再び静かになった扉から目を逸らす事の出来ないまま、後ずさっていく。後ろ腰が、トツとシンクに当たる。後ろ手をそこらに伸ばして、使えそうなものを感触で探る。そこに掛けられていた調理器具が床に落ちては堅く音を立てて転がった。
回されるノブ。押し開けられる扉。覗く鋏と男の姿。
その後ろ、遠く、リビングの入り口に姿を現すファレルとその声。
「コレットさんッ」
後ろ手に触れた堅い感触。男がこちらに向かいながら振りかざした鋏。
コレットは後ろ手に掴んだそれを凪ぐように振った。それはフライパンで、騒いだ高い金属音、手に圧し掛かる衝撃、肩の傍を突き抜ける鋏の鋭角。
ファレルの素早く軽やかな足音と、風を突く音が聞こえる。
視界に覆いかぶさる男の体、それがドと一つ揺れた。
そして、男の姿は消え、カタンと床に落ちたフィルム。刃を突き刺した形のファレルの姿。そこに残る古い血と土と――
「薔薇の、香り……?」
床に落ちたフィルムを見つめて震える。
◇
実体化の元になった映画の事を対策課から聞いたのは暫く経ってからの事だ。
古いホラー映画。
物静かな屋敷の主人が自分の元を去って行った恋人に贈るため、美しい赤い薔薇を咲かせようとする。
しかし、恋人は彼の薔薇を受け取ってはくれない。何度も薔薇を贈り断られる内に、やがて、より美しい薔薇を求めて彼は人の血を花に与え始める。
淡々とした殺人劇の向こうで、音の少ない旋律が終始細々と流れている、そんな映画だった。
雨が傘を打つ。
雨水を吸って重く垂れているクリーニング屋の幟、あの角を曲がれば地下鉄駅。
二人の歩む足元では、濡れたアスファルトが雨垂れの波紋で光を揺らしていた。
「そういえば……あの映画は、実際に起こった事件を元につくられたものらしいの」
コレットが、歩む二人の足先へと視線を落としながら言う。
「初めて聞きました」
「この前ね、昔の映画を特集していた雑誌を見ていたら……偶然、あの映画の事が載ってて」
「なるほど」
「実際の事件の方では、血は薔薇の花弁に塗るために使われていたんだって」
「……どちらも理解出来る行為ではないですね」
角を曲がった所で、ほつりと零す。
「私……彼はより赤い薔薇にしたかったんじゃないかな、って」
コレットは光をくゆらす黒々としたアスファルトから、僅かに視線を上げながら言う。
「より赤い薔薇……?」
「黒薔薇って呼ばれている薔薇があるの」
ファレルが緩い瞬きをしてコレットの方を見る。コレットもファレルの方を見上げる。
「ブラックバカラという薔薇。黒薔薇と呼ばれてはいるけれど、実際には濃い赤。黒に近い赤い色をしている」
と、コレットはファレルが立ち止まったのに気付いた。地下鉄駅の入り口に着いたのだ。
コレットはファレルの傘からコンクリートの屋根の下に入り、ファレルに送ってくれた礼を言ってから続ける。
「黒薔薇の花言葉は、憎しみ、恨み……そして、『貴方は永遠に私のもの』」
傘に、コンクリ屋根の端から落ちた水塊がパタタと落ちた。
ファレルは、今年もまた咲き乱れているだろう薔薇園の赤を思い出す。
狂気だと思う。そうでなければ、永遠に縛り付ける事など望める筈も無い。
そう、思う。
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クリエイターコメント | この度はオファー有難う御座います。 可愛らしいお二人をまた描かせて頂きました。 洋館って良いですよね(?)
心理描写、言動などなどイメージと異なる部分があればご連絡ください。 出来得る限り早急に対応させて頂きます。 |
公開日時 | 2009-04-18(土) 13:20 |
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