★ 【カレークエスト】 目指せっ 『銀幕市』カレー ★
<オープニング>

 おお、見よ。
 聖林通りを地響きを立てて駆けているのは、なんとゾウだ。
 そのゾウには豪華絢爛たる御輿のような鞍がつけられており、その上に乗っているのがSAYURIだと知って、道行く人々が指をさす。彼女はいわゆるサリーをまとっており、豪奢なアクセサリーに飾られたその姿は、インドの姫さながらである。
 きっと映画の撮影だ――誰もがそう思った。
「SAYURI〜! お待ちなさい! あまりスピードを出しては危ない」
 彼女を呼ぶ声があった。
 後方から、もう一頭のゾウがやってくる。
 こちらの鞍には、ひとりの青年が乗っていた。金銀の刺繍もきらびやかなインドの民族衣裳に身を包んだ、浅黒い肌の、顔立ちはかなり整った美青年である。
「着いてこないで!」
 SAYURIが叫んだ。
「いいかげんにしてちょうだい。あなたと結婚する気はないと言ったでしょう!」

 ★ ★ ★

「……チャンドラ・マハクリシュナ18世。インドのマハラジャの子息で、英国に留学してMBAを取得したあと、本国でIT関連の事業で国際的に成功した青年実業家。しかも大変な美男子で、留学時代に演劇に興味をもち、事業のかたわら俳優業もはじめて、インド映画界ではスターだそうですよ」
「はあ……。で、そのインドの王子様がSAYURIさんに一目ぼれをして来日、彼女を追いかけ回している、とこういうわけですね」
 植村直紀の要約に、柊市長は頷いた。
「事情はわかりましたが、そういうことでしたらまず警察に連絡すべきじゃないでしょうか。ぶっちゃけ、それってムービーハザードとか関係ないですよね?」
 植村がすっぱりと言い放った、まさにその時だった。
 低い地響き……そして、市役所が揺れる!

 突如、崩れ落ちた対策課の壁。
 その向こうに、人々は一頭のゾウを見た。
 そしてその背に、美しいサリーをまとったSAYURIがいるのを。
「♪おお〜、SAYURI〜わが麗しの君よ〜その瞳は星の煌き〜」
 彼女を追って、別のゾウがやってきた。誰あろうチャンドラ王子が乗るゾウだ。
 王子がSAYURIに捧げる愛の歌を唄うと、どこからともなくあらわれて後方にずらりと並んだサリー姿の侍女たちによるバックダンサーズ兼コーラス隊が、見事なハーモニーを添え、周囲には係(誰?)が降らせる華吹雪が舞う。
「♪私のことは忘れてインドに帰ってちょうだい〜」
 SAYURIが、つい、つられて歌で応えてしまった。
「♪そんなつれないことを言わないで〜」
「♪いい加減にしてちょうだいこのストーカー王子〜」
「なんですか、この傍迷惑なミュージカル野外公演は!」
 SAYURIの騎乗したゾウの激突により、壁が粉砕された対策課の様子に頭をかかえながら、植村が悲鳴のような声をあげた。
「おや、貴方が市長殿かな?」
 チャンドラ王子が柊市長の姿をみとめる。
「彼女があまり熱心に言うので、それならば余としても、その『銀幕市カレー』とやらを味わってやってもよいと思うのだ。期待しているよ。……おや、どこへ行くのかな、わが君よ〜♪」
 隙を見て、ゾウで逃走するSAYURIを追う王子。
 あとには、壁を破壊された対策課だけが残った。
「あの……市長……?」
「……SAYURIさんから市長室に直通電話がありまして。王子との売り言葉に買い言葉で言ってしまったらしいんですよ。この銀幕市には『銀幕市カレー』なる素晴らしいカレーがある。だから自分はこの街を決して離れない、とね――」
「はあ、何ですかそりゃ!?」
「チャンドラ王子は非常な美食家でもあって、中でもカレーが大好物らしい。それで『カレー王子』の異名をとるくらいだとか。……植村くん。市民のみなさんに協力していただいて、あのカレー王子をあっと言わせる凄いカレーが作れないだろうか。そうしなければ、SAYURIさんがインドに連れ去られてしまうかもしれないし……」 

 そんなわけで、今いち納得できない流れで緊急プロジェクトチームが招聘されることとなった。ミッションは、極上のカレー『銀幕市カレー』をつくること、である。

 ★ ★ ★

「むー、やっぱりどう頑張っても、普通のカレーなのでございます……」
 借りたキッチンにひとり立っている、長い白髪の、青年とも娘ともつかない顔立ちの人物は、お玉を握りしめたままむむうと唸った。名前はフェアガンゲン・フェアシュピーレンというやたら長く噛みそうな名前。その目の前にはおなじみ、寸胴の鍋があり、その中では食欲をそそる香りとともにカレーが入っていた。
 お玉でぐるぐるかき混ぜられることによってわかるのは、それがいたって標準的な……身も蓋もない言い方をすれば教科書的で独創性のない中辛のカレーであることだった。具は肉……おそらくは鶏? に、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎが入っているらしかった。丁寧に面取りがしてあるようだ。

「なにかこう、足りない気がするのでございますよね……」

 彼は……実際は『彼』でも『彼女』でもないのだが、ともかく彼は、天を仰ぐようなしぐさで天井を見上げた。実は映像であるためその仕草に特に意味はなく、水やカレーがかからないよう少し離れた場所に本体であるノートパソコンが、静かにファンを回す音だけがしばらく響く。
「作り方だって間違ってはございませんが……やはりそれでは一般的すぎるのでございましょうか……? 『極上の』カレーとは一体……」
 と、ぼうっと天井を眺めていたにもかかわらず突然がばっと首を戻して、手を打った。ご丁寧にも、ぽむっという軽快な音まで入る。
「愛情でございましょうか?」
 何を思ったのか鍋に投げキスをし、その上でぐるぐるかき混ぜて味見をし、首をひねる。
「私のではだめなのでしょうか? あまり変わりませんね」
 むむっと小さく唸って再び、今度は反対側に首をひねる。そうしてからまたぽんっと手を打った。
「……テーマのようなものが必要なのでございましょうか……となると」
 今回プロジェクトチーム……参加する市民に求められていたのは確か『銀幕市カレー』だ。となると、と彼は考えた。特産物がいいのではないか? しかし銀幕市の特産は映画のような気がしたのだ。映画は残念ながら食べられない。バッキーなら食べられるかもと不届きなことを思い、ふと答えに思い至った。

「……銀幕市民の皆さんの好きなものを入れればよろしいのではっ!?」

 それこそ銀幕オリジナル!! カボチャやトマト、入れられるものは思えば何でもある。そう言えば映画ではキムチ鍋にシュークリームを入れたのが懐かしい。あの時はショートケーキがやや厳しかったが、今ではいい思い出だ。
 底が焦げないようにお玉を握りなおして鍋をかき混ぜつつ、彼はさらに瞳を輝かせた。かき混ぜつつもまだカレーを検索していたその中に、この標準的すぎるカレーを救う一言を見つけたのだ。
 ――それは『隠し味』という名の調味料。
「隠し味に何か入れればよろしいのでございますねっ……ん?」
 しかしふと、その眉根が顰められる。
「なにやら、たくさん『隠し味』があるようなのですが」
 しかもハーブから調味料から果てはお菓子など、なにやら多岐に渡りすぎてはいないか? それに……
「愛情が最大の隠し味とは……プロが使ったらどのような味になるのでございましょう……?」
 初恋の味とか言われたら非常に困ると意味もなく思いつつ、彼は首をひねった。選択に困った揚句に、はじき出した答えは……
「……どなたかに助けていただきましょう。きっとほかにもカレーを作っている方がいらっしゃるはずでございますっ」

 かくして、銀幕市の掲示板に、とある貼り紙がやや控え目に出されることとなった。

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銀幕市カレーの調理をご一緒しませんか

条件:銀幕市民(今回カレー調理に参加する方)
持ち物:自分の好きな食べ物・好きな『隠し味』

銀幕市カレーの制作には皆様の協力が必要不可欠です。
ぜひ、いらしてください。

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種別名シナリオ 管理番号674
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
クリエイターコメントこんにちは、有秋です。

皆様でのんびーりと、
皆様の好きなものをすべてイントゥしたカレーを作りませんかのお誘いです。
具によっては闇カレーでのんびりどころではないですが、
うまくいけばかなり美味しい具沢山の『銀幕市カレー』になるかと思われます。

お好きな食べ物は、何種類持ってきていただいても構いません。
基本的な材料類は、こちらで用意できるかと思います。

隠し味を何にするかで、
味の方向性が決まるかと思います。

皆様のご参加、お待ちしております。

参加者
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
ハウレス・コーン(cxxh9990) ムービースター 男 32歳 悪魔
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
<ノベル>

◇まずは、準備から。
「では改めて皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
 銀幕市の、市民に貸し出しなども行われているキッチン。そこに、五人の人々が集まっている。自己紹介を互いに済ませた後で仕切りを入れた青年……フェアガンゲン・フェアシュピーレンは、ぺこりと頭を下げた。丁寧にも割烹着に三角巾姿である。
「えっと、楽しくできたらと、思う所存でございます」
「そうだね。楽しくやれるのが一番だよ」
 同意したのは、ハウレス・コーン。彼は『美味しいカレーの作り方』という本をテーブルに乗せると、自分の持ってきた袋から次々に野菜を取り出し始めた。
「肉も好きだけど、たまには野菜もいいかなと思ってね」
「夏野菜も多いね。なかなか季節感が出そうだ」
 それを横から覗き込んだのは続歌沙音だった。一見すれば少年とも見間違えそうになる彼女は、腕まくりをしながらその野菜をあらためている。
「珍しい。トウモロコシはないのか」
「……ところで、エプロンは貸してもらえたりするのかな!」
 ハウレスがフェアのほうを振り返る。声をかけられたフェアは、隣のテーブルに積んだ布の塊を示した。
「一応借りてきたものがございます。柄はバラバラなのですが……」
 どこから借りてきたのか、柄にもデザインにも統一性が見られない。皆がそちらによって、めいめいエプロンを手にした。
「うん、これがいいかな、可愛らしくていい感じだ。……あなたもどうかな?」
 なぜか可愛らしいピンクのハート柄エプロンを選んだハウレスが歌沙音に同じ柄を勧めるが、遠慮しておくよの一言で断られてしまった。
「皆で『銀幕市カレー』作りなんてすっごく楽しそうですね♪」
 上機嫌で言ったのは七海遥。彼女は薄紫色、彼女のバッキーであるシオンと同じ色のエプロンを腰の後ろで結びながら、
「街の名前が付いたお料理を作るなんてドキドキしちゃいます。精一杯頑張りますから、改めてになりますけど、よろしくお願いしまーす!」
 彼女は言いつつ、自分の持ってきたものを袋から取り出し始める。その手元を何気なしに眺めていた梛織が、取り出されたものを見て思わず突っ込んだ。
「……って、ポップコーンかっ!」
「え? だって好きなものですし」
 きょとんと遥が尋ね返すのに対し、梛織は自分もエプロンをつけながら続ける。
「参加しようと思ったときから薄々考えてはいたんだけど、銀幕市民の好きなもの入れるって、それかなり無謀だよっ! ポップコーンとか博打過ぎるでしょ!」
「ピザもありますよっ」
「ピザもか!」
「独創性があっていいんじゃないか?」
 笑いながらハウレスがコメントをする。
「博打なら、打ってみるのも手かも知れないしね」
 歌沙音が言いながら、エプロンを身につけた。と、遥が思い出したようにパンと手を打つ。
「あっ、そうだ!」
「な、まだ何か持ってきてるの?」
「持ってきてますけど、そうじゃなくってスターの皆さん、調理始める前にサインお願いしちゃってもいいですか!?」
 
◇いざ、料理開始!
「まずは、具材の下準備から、だね」
 『美味しいカレーの作り方』を見ながら、ハウレスが言った。
「そう。野菜の類は洗って切ればいいかな。……ああ、アボガドは皮を向いた方がよさそうだね」
 歌沙音が手際よくまな板でキノコの石突を落としながら応える。
「何か、お手伝いすることはございますか?」
「あーっと、じゃあさ、ニンジン、星型に抜いてもらえないか?」
 首をかしげたフェアに、梛織がニンジンと型をパスした。
「ところで皆は何をもってきたんですか?」
 遥が、自分も包丁で何か切るべきかとまな板を探しながら訊ねる。
「俺は野菜と、隠し味には果物を中心に持ってきたよ」
 ハウレスが見事にトマトを角型に切り刻みながら言うのを見つつ、梛織が続けた。
「俺は隠し味用に、林檎とかチョコとか、あと蜂蜜持ってきたけど……いや、それって爪? 刃物になってんの?」
「見事な切れ味だろう?」
「あ、うん……」
 にこやかにカボチャを半分に割りながら、ハウレス。梛織は曖昧に頷いて自身は玉ねぎの皮をむき始めた。
「私はいろいろ。好きなものって張り紙に書いてあったしね。隠し味には同じく林檎とか蜂蜜だよ」
 ざっくりとほうれん草を切りながら、歌沙音が言った。ジャガイモを洗い終えた遥は、包丁をとって握る。
「あまり力入れると危ないよ。――ところで君は?」
「私はポップコーンとピザです♪ 両方ともカレー味があるからあうかなって思って」
「そう言う考え方もある、か」
 呟くように言った歌沙音は、どのように切ればいいのか考えているらしい遥の手元を見てぴたりと動きを止めた。
「あの……包丁、逆手になってるけど」
「逆手?」
 今にもジャガイモに包丁の先端を突き刺そうとしていた遥の手を取り、歌沙音は正しい方向に握らせてやる。
「で、自分の指を切らないように気をつけて」
 言ってから歌沙音は肉を一口大に切り始めた。ジャガイモと格闘し始めた遥の向かいでは、ハウレスが彼女の持ってきたピザを賽の目に切り分けている。
「隠し味には何か持ってきたのかい?」
「健康に良さそうなものにしてみましたっ。夏バテなんて吹き飛んじゃいますよっ」
 遥はジャガイモを切っていた手を止め、持参したビニール袋からなぜか小柄なガラス瓶をいくつか取り出した。
「……栄養ドリンク?」
「たっ……確かに、夏バテは吹っ飛ぶだろうけど……」
 隠し味用に林檎をすりおろし始めた梛織が目をぱちくりとさせる。
「あと、サプリメントもいくつか持ってきました。カレーの王子様がびっくりして飛びあがっちゃう様な素敵なカレーになること間違いなしですよー」
「うん、それは飛び上がりそうだ」
 小さく苦笑して、歌沙音が包丁をとん、と置いた。
「さて、炒めようか……」
「鍋はいくつかございますよ。……どれにいたします?」
 ニンジンを星型に抜いてからはブロッコリーの下ゆでをしていたフェアが、寸胴鍋をいくつか出してコンロに乗せながら言った。
「フライパンもあると嬉しいんだけど……」
 皿に移した刻み玉ねぎを示しつつ、梛織が言う。
「ええ、もちろんございますよ。玉ねぎに使うのですか?」
「うん。鍋は火の通らなくちゃいけない肉から炒めるけど、玉ねぎを黄金色にするまで炒めるとカレーの味が違うんだよ」
「左様でございますか」
 フェアは感心したように言って、フライパンをごそごそと探してきた。
「玉ねぎか。なるほどねぇ」
 ハウレスも感心したように言いつつ、ドリアンに包丁を突き立てて割る。
「……ん? ああ、ドリアンか」
 歌沙音が寸胴鍋に火を入れて様子を見ながら、ふっとそちらを向いた。遥が興味深げにドリアンのほうを見ている。
「においは少しきついけど、味はいいからね」
 言いつつ次の果物……バナナに取り掛かるハウレス。なぜかさっきと違い、包丁を使っている。その手元は先ほどとは打って変わって危なっかしかった。
「あ、そっ、それ以上やるとペーストになるよ!?」
 玉ねぎを炒めていた梛織が、ハウレスの手元でみじんになっているバナナを見て思わず制止をかける。
「ん? ああ、包丁ってやつはすこし使いづらいんだよね」
 呟きながら、ハウレスはバナナをほかの果物とまとめた。手の中で包丁を握りなおしている。
「バナナはそんなに形が無くなっちゃっていいのか?」
 梛織が今度は鍋で牛肉を炒めはじめながら訊ねた。
「まあ、隠し味だし。……そうそう、隠し味には果物がいいと聞いたからね」
 パイナップルに手をかけながらハウレスがふふっと微笑んだ。
「隠し味ですか。私、料理には毎回たっぷりと愛情を込めてるけど、お姉ちゃんには『愛情だけで何とかなると思ったら大間違いよ!』っていっつも言われてて……でも今回思ったんですけど」
 遥がぐぐっとこぶしを握りしめる。
「もしかして私の料理に足りなかったのは隠し味だったんじゃないかって気がついたんです! 今回は食べられるカレーが作れそうな気がしますっ。しかも、入ってるものが皆の好きな食べ物だったら、絶対美味しいカレーになるはずですよね!」
 彼女はなんとか一口大に切り分けたジャガイモを皿にまとめてから、梛織が炒める鍋に何やら肉を追加している歌沙音のほうにとたたと駆け寄った。
「続さんの好きなものって何ですか?」
 歌沙音はその問いにさらっと、
「バッキーかな」
「バッキーって可愛いですもんね!」
 遥がにっこりとするその横で、しかし歌沙音はぽそりと呟く。
「好きなものを入れていいんだよね」
「……え?」
 ぴたりと固まる遥を気にせず、歌沙音は手にしていた肉を梛織の炒める牛肉に投入する。
「えっ、そそそれ、バッキーの肉なんですか!?」
「まさか」
 あまりに慌てふためく遥に、少し困ったように小さく微笑して歌沙音が否定する。……実は鶏肉っぽく見えているそれはカエルの肉だったりするのだが、皆には内緒だ。
「肉類、全部入った?」
 梛織が鍋で炒めながら声をかける。
「ああ、あとは野菜だな」
 ハウレスが山盛りの野菜を示してから、ふとその脇を示す。
「――と、ピザとポップコーン」
「……ピザとポップコーン、ほ、本当に入れるのか?」
「勿論でございますよー」
「あまり煮込むと、形が無くなってあまりよくないかもしれないね」
 こっくり頷くフェアを横目に、歌沙音が鍋に根菜類を入れていきながら呟く。
「葉物と一緒に入れればいいかも」
「タイミングなんですね」
 遥も一緒になって鍋を覗き込みながらこくこくと頷いた。
 軽く炒めた鍋を覗き込んで梛織が水を足し、遥がそこに栄養ドリンクとサプリメントを投入する。
「うわー、効きそうだなぁ、これは……」
「さて、と。根菜に火が通るまでは、少し待たなくてはならないね」
 『美味しいカレーの作り方』をぱたむと閉じて、ハウレスがにっこりとした。ヤギの角のようなものを頭に持ち、いかにも悪魔然としている格好にもかかわらず、似合う微笑みとエプロンのせいなのか、その笑顔はいやに家庭的に見えたという……。

 煮込む間、ほんのしばし、料理人たちに休息の間が訪れた。
「……あれ? 梛織さんどうしたんですか?」
 使っている寸胴よりふた回り小さな鍋をかき混ぜる梛織に、遥が声をかける。
「ん? ああ、一応保険だよ。これ、一応王子様に食べてもらおうって企画だろ?」
 梛織は蓋を閉じて、椅子に腰かけて休憩している一同に合流した。
「そうですねっ。目指すは銀幕市名物! なんて、えへへ」
 にこっと笑う遥。
「そうでございますね、極上のカレーができるといいのでございます」
 米をといでから圧力釜に入れつつ、フェアが同意した。
「食べてもらう人のことを考えて一生懸命やればできるさ」
 ハウレスはにっこりとしたが、後ろに小さく「……多分ね」と付け加えた。少し考えるようにしてから、続ける。
「愛情っていうのは、多分それだけ丁寧にやれって言う事なんじゃないかな」
 その人のことを思ってさ、と彼は言った。
「極上のカレーか。……母が作った、家族で食べるカレーが結局一番美味しかったな」
 歌沙音がぽつりと言う。彼女は何かに思いをはせるようにほんの少しだけ視線をよそにやったが、すぐに戻してきた。
「カレーではないけど、銀幕市の皆でわいわい食べた料理。それも、美味しかった」
 歌沙音は家族への思いを抱きつつ、声には僅かに苦笑をにじませて、続けた。
「何を入れるか、ってのもあるけど、でもやっぱり一番は誰と食べるか、だよ。……よく言う意見で悪いけどね」
「じゃあ、銀幕市の皆で食べるんですし、きっとすごく美味しくなりますねっ」
 にこにこと遥が言う。梛織が立ちあがって、鍋を覗いた。
「――そろそろ火も通ったし、ルーを入れようか」

「あ、ルーって辛さは?」
 そのことを失念していたとばかりの仕草で、ハウエルがフェアのほうを向く。
「それが……決めかねて、いろいろ用意したのでございます。多くあって困るものでもございませんから」
「甘口とか中辛とか、二種類のルーを入れると美味しいよ」
 かつて母に習ったその割合を思い出しつつ、歌沙音は提案した。それにぽんっと梛織が手を打つ。
「じゃ、そこらへんは任せたってことで」
 彼は言いつつ、蜂蜜や林檎を並べた。そこにレモンを少し絞って黒くならないようにしたバナナなどが続く。歌沙音はいくつかのルーを選んで適当に割って割合を調節し、鍋のそばにいた遥とハウエルにそれをパスした。
「それでお願い」
「鍋に入れればいいんですねっ」
「そっとね、そっと」
 遥がそっと鍋にルーを入れた。やわらかくなったジャガイモや、星型のニンジンが煮られている中にルーが落ちていく。とたん、キッチンにカレーのえも言われぬ香りがふわりと仄かに漂った。
「ルーが入ると、鍋に焦げができるようになるからかき混ぜないと。……あ、でも、あんまり乱暴に混ぜると煮崩れするから気を付けて」
 梛織の指示に、ハウレスが承知と応えて鍋をそっとかき混ぜ始める。
「隠し味とかは、いつ入れるの?」
「……葉物とピザは今入れていい様な気がする。あと、ルーが溶け切ったら蜂蜜とかも入れていいかな」
 腕を組んで歌沙音が首をかしげた。
「じゃあ、入れるよ?」
 遥が一口大に切り分けられたピザを入れる。
「ほ、本当に入れたし」
 梛織が目を見張って鍋を覗き込んだ。すっかりルーも溶けたところを見計らって、チョコレートに蜂蜜や林檎、南国の香りたっぷりのフルーツが投入される。
「わあ、いい匂い」
 遥が顔をほころばせた。鼻孔をくすぐるのは、スパイシィなカレーの香り。
「後いくらか煮込めば、完成だね」
「……ポップコーンは?」
「一緒に煮込むと跡形もなくなるだろうから、出来上がり直前に入れればいいかなと思ったんだが」
 ハウエルが一つつまみながら言った。
「それがいいかもね」
 歌沙音が同意する。やっぱり入れるのかという梛織の突っ込みは、見事にスルーされた。

◇完成! 銀幕市カレー
「……そろそろ、かな」
 ふたを開けて様子を見ているハウエルの横に、すいっとポップコーンが差し出された。
「食べる分だけいれて、溶けないうちに食べたほうがいいと思う。……試食はするんだろう?」
 歌沙音がフェアを振り返った。いそいそと皿を用意していたフェアが満面の笑みで肯定する。遥が、肩のシオンと一緒に嬉しそうに両手を広げた。
「とうとう食べれるんですね!」
「飾りも準備したしね」
 煮込んでいる間に準備されたのは梛織が提案した星型の薄焼き卵や、ハウエルが渾身を込めたニンジンと卵の飾り切りである。
「わあ、可愛いですね♪」
 ハート型にされたライスを見て、遥が歓声を上げた。続いて星型を作りながら、作った張本人……ハウエルはにこりと微笑んだ。
「可愛いのは見てて和むだろう? 件の王子様もきっと気に入るんじゃないかな」
「カレー乗せるから、皿貸して」
 お玉を構えた歌沙音がすっと手を差し出す。彼女が受け取った皿に、銀色のお玉からとろりとカレーがかけられた。甘い様な、辛い様なカレー独特の香りが辺りにより一層強く立ち、ニンジンでできた星がするりと皿に流れ込んだ。
「おお……」
「わあ……」
 誰からともなく、歓声が上がった。
「で、このトッピング、と」
 梛織が言いつつ、薄焼き卵をはじめとした飾りを盛り付けていく。

「それでは皆様、スプーンの用意はよろしいですか?」
 フェアが、ぎゅっと銀の匙を握りしめて号令をかけた。それぞれが皿を前にして、匙を握る。
『いっただっきまーす!』

 匙で掬って、一口。また、一口。それでも止まらずに、一口。果物が多かったからなのか、深みのある甘味がかったスパイシィなカレーの香りが、口の中にふうわりと広がる。コクはもう申し分なく、全体的に舌あたりが良くまろやかだ。煮込まれた根菜類も舌で潰せるほどにやわらかいのに、煮崩れを起こしていない絶妙さ。様々な具材を、最後にカレーがすべて掬いあげてまとめてくれているかのようだった。しつこさはないのに、ついついもうひと匙と後をひく味。
「うん、なかなか美味しいじゃないか」
 しばし続いた無言の末、やっとハウレスが口を開いた。
「一緒に作ったとなると一層違うように思われますね」
 フェアが嬉しそうに匙にカレーを掬って応えた。
「そうだね、これは美味しい」
 微笑む歌沙音の隣で、にこにこと同意しつつ匙をまた口に運んだ遥が、ふときょとんと首をかしげた。
「ん? どうした?」
 その様子に首をかしげつつ、向かいの梛織も匙を咥える。
「……あっ、ピザだったんですね♪」
 こくりと飲み込んでから、遥がにっこりとした。
「小さいナンが入ってるみたいで面白いです」
 梛織はそのコメントを聞きながらさくさくと口の中のポップコーンを咀嚼した。カレーに入れてすぐ食べるために、食感が残っているのだ。ちょっとトリッキーな感じがしなくもないが、この食感は新しい……かもしれない。
「その顔は、もしかしてポップコーンに当たった?」
 歌沙音に問われて、梛織は頷いた。笑い交じりに続ける。
「まあ……面白いよ。銀幕市らしいといえば、らしいかも」
 そう、突拍子もないことが起こる、何でもありなこの街らしい。

 ことん。……五人が取り囲むテーブルの中央に、その皿は置かれた。
 つやつやと輝くご飯にかかるのは、香ばしい香りを漂わせているカレールー。飾られた薄焼き卵で作られた星や星型のニンジンが、魔法にかかった銀幕市を思わせる。どこを掬っても二つ以上の具がスプーンに乗るであろう程の具沢山。その中に潜んでいるのは、突拍子のないハプニングにも似たユニークな具と、見えないが力を発揮する隠し味。
 五人は顔を見合わせた。どの表情も達成感に満ちている。せーのと、誰かが小さく掛け声をかけた。
『銀幕市カレー、完成っ!!』


クリエイターコメントこのたびはカレー作りにご参加いただき、
ありがとうございました。

どんなカレーになるのか、
はらはらしながら書かせていただきました。
やや長めとなってしまいましたが、
とても楽しかったです。

皆様で作ったカレーですが、
隠し味に果物や蜂蜜など、甘くまろやかになるものを多くお持ちいただけたために、具沢山でありながら、味に統一性が出たのかと思います。
機会があれば皆様も、ぜひお試しください。
公開日時2008-08-08(金) 19:50
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