★ A day after the "GINCOMI". ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-923 オファー日2007-10-03(水) 22:36
オファーPC 七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
<ノベル>

Thursday

○Night
 熱めの風呂を満喫して、居間に戻ると姉がいた。
「おかえりー」
 七海遥は声をかける。茶色く柔らかな髪を、タオルで拭きながら。
「ん、ただいま」
 姉はちょっとだけ笑みを浮かべて、テーブルの上に置きっぱなしだった遥の携帯電話を手に取った。
 先日巡り会ったばかりの、バッキーのミニぬいぐるみがぷらんと揺れる。姉はそれをつついて目を細めた。
「可愛いストラップじゃない。どこで売ってたの?」
「銀コミ、ってイベントで売ってたんだ」
 えへ、と笑いながら遥は答える。瞬間、姉の形相が変わった。やおら立ち上がり、遥に向かって突進するなり両肩をわし掴みにする。
「あそこへ行ったの!? 行ったの!!? 新刊とか限定配布とかあああ私だって出張がなかったらさまよえるハンターに――」
 目が据わっている。
「お、お姉ちゃん?」
 おびえた遥の声に、姉はふと正気を取り戻した。
 意を決して、王道となったあの質問してみる。
「……ねえ、遥」
「うん」
「『攻め』の反対は?」
「守りだよ? なんでそんなこと聞くの?」
 レベル一の問題に引っかからなかったことに、姉は安堵と落胆のため息をついた。が、妹はその思いを知るよしもない。あの時の熱気を思い出して、目が輝く。
「すっごく面白かったよ。お祭りみたいで……みんなで騒ぐって言うより、売ってる人とお客さんが一対一でものすごく盛り上がってたな。なのに、一体感があって。最後は拍手で終わったの。よくわからなかったけど、達成感があって」
 遥の無邪気な感想に、姉は肩の力を抜いた。が。
「でも、なんでかなぁ。知ってる人に会ったんだけど、みんなとっても慌ててたんだ。どうしてかなぁ。その後で会った時に、銀コミの話をしようとすると逃げていくし」
 悲しげに、遥は目を伏せる。姉はその人達の気持ちがよくわかる。だが説明するわけにはいかない。絶対にいけない。あれこれ出してはいけないものが出てしまう。
 葛藤する姉をよそに、その道に関してはまだピュアな遥は顔を上げた。
「そうだ、みんなに何を売ってたのって聞い――」
「駄目よ! 駄目。一歩踏み入ったら最後、この道は底なし沼なんだから。どこまでも深みへはまるだけなのよ……っ!」
 姉はみなまで言わせなかった。
 とても比喩とは思えない重みに、遥はぎこちなく頷く。
「わかった」
「……ならいいわ。じゃ、次は私のターン」
 姉は足取り軽く、風呂へ向かう。
 空いたソファに座って、遥はテレビをつけた。幽玄な雰囲気の画面を、赤と黒の金魚が横切っていく。
「『アヤカシ怪奇譚』だ」
 ほぅ、とため息をついて、見入る。沢山の人間の、夢と希望と理想(とBonnou)の結晶。
 楽しかったりつらかったり、でも胸がいっぱいになったり。まるで銀幕市のように。大勢の祈りが重なって出来ている、形。
 不意に、銀コミの雰囲気を思い出した。あれも皆で織り上げる、一つの結晶。
「私も、何か作ってみたいなぁ」
 遥は呟いた。姉が聞いたら、卒倒するのは間違いなしだ。
「お店で売ってるようなグッズがあったり……マンガとか……」
 あの場所で売られていたものを思い出す。美術が苦手な彼女だから、絵を描いたり工作をしたりの作業が楽しかったとしても『他人の手に渡る』ことを前提としたら、ちょっとためらう。
 せっかくなら、人に喜んでもらえるもの。そして、相手に共感してもらえるようなもの。
「あ」
 映画が途切れCMになり、遥はいい案を思いついた。
 何も、マンガやイラストばかりが本ではない。文字を中心とした本を売っていた人もいた。いきなり小説や詩を書くのはハードルが高いが、映画の感想を本にしていた人がいた。
 そういうものを、作ってみたい。
 プロじゃない人が、あんなに色々作れるのだ。作り方がわかれば、後は頑張ればどうにかなる……気がする。
 よし。
 となれば大丈夫、心強い指導者がいる。
 遥は携帯電話を開いた。シオンと同じ色のバッキーが揺れる。
 アドレス帳からヒオウの名前を探し、家に遊びに行きたいとメールを送る。
 すぐに快諾の返事が来て、よし、と遥は電話を折りたたんだ。そして、心おきなく映画に熱中する。

 そして、幾度目かの楽園の扉が開かれる……。――どこへつながるのか、彼女はまだ知らない。





Saturday

○Morning
「いらっしゃーい!」
 休日、アパートのチャイムを鳴らすなり飛び出てきたのは緋桜で。
「いらっしゃい、遥!」
 上から緋桜を押しつぶしてヒオウが出迎えてくれた。
「お邪魔します。あ、これ、お土産」
 遥はクッキーの詰まったボックスを差し出す。二つ。一応明記しておくと、友達と一緒に作ったものだから割と大丈夫……なはずだ、たぶん。きっと。そんなところ。
 彼女達はめいめいに受け取ると、2Kの小さな城へ導いた。
 八畳の居間は、女の子らしくパステルカラーで統一されていた。
 遥は部屋を見渡す。こざっぱりと片づいていて、可愛いアイテムがそこここに散りばめられている。もちろん、見られたらやばいものはメールの到着から今朝にかけて撤収された。
「紅茶にする? コーヒー?」
「それじゃ、紅茶」
 緋桜は頷いて、キッチンへ向かった。
 ヒオウは遥の肩に手をかけた。
「座って座って」
 遥は猫の足跡が点々とついている柄のクッションに、腰を下ろす。バッキーのシオンは膝の上に。
 高価なものはないけれど。むしろ百均で探せばありそうなものばかりだけど。自分達の趣味を主張しつつ統一感を出している。緋桜とヒオウとでは好みの違いがあって、それがぶつかっているところがまた味がある。
 二人暮らし。なんだかどきどきする空間だ。
 遥の頬がすこし赤くなった。ヒオウは意味深に目尻を下げる。
 緋桜が戻ってきた。
「お待たせ」
 二人用にしてはやけに大きなローテーブルの上に、トレイが置かれる。
 紅茶は蔓薔薇のからまるティーカップ。二杯のコーヒーは、黒猫柄と白猫柄のマグカップ。
 ミルクが牛乳なのは気にしないとしても。スティックシュガーではなく、プラスチックの調味料ケースが二つ。同じ形で、どちらも白い粉。
 ヒオウと緋桜は一方の蓋を開け、大さじ三杯相当をコーヒーに入れた。金色のスプーンでくるくるとかき混ぜ、一口含んで笑みを浮かべる。
 遥も真似して、同じケースを選んで――吹き出すところだった。
「しょっぱ……っ」
「「コーヒーには塩じゃないの?」」
 きょとん、という擬音がぴったりの声と表情。
 そうだった。ムービースター……というか、個性が立たないといけない映画では、時折突飛な個性を持っている人がいる。きっと、『春の境界線』のアニメ版と実写版スタッフは談合したのだろう。
 待って、とヒオウは立ち上がり、淹れなおしてくる。
 ありがとうと受け取り、今度は間違えずに砂糖を入れた。ミルクもたっぷりで。
 二人はしみじみと遥を見つめた。
「この部屋に誰かを招くなんて久しぶりね」
「そうね。前は修羅場でアシぐふっ」
 脇腹に肘鉄がめり込み、緋桜は言葉を詰まらせた。
「それで、教えて欲しいことって何かしら?」
 ヒオウが何事もなかったかのように話題を変える。あのね、と遥は身を乗り出した。
「本の作り方を教えて!」
 ひっさつのいちげき。
 二人は倒れてしまった……。
「?」
 遥はわくわくと答えを待っている。
「るぅ」(おお ゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない)(意訳)
 シオンの声に、二人は再び起きあがった。
「ど、どのジャンルにはまったの?」
「ジャンル……? よくわからないけど、映画の感想を語り尽くしたいんだ」
 きらめく瞳には憧ればかり。掛け算はおろか、煩悩すらない。
 まぶしさに目を細めつつ、緋桜は頷いた。
「文字本ね。初めてだから部数は控え目にするとなると……気軽に作れるコピー本がおすすめよ」
 自家製本は手作りだけあって、いくらでも凝りようはある。が、シンプルで小数部なら入門としても最適だ。
 遥は驚いた。
「ええ? コンビニとかのコピーで本が作れるの?」
「そうね……最近は手差し禁止のところがほとんどだから厳しいけれど、ホームセンターなんかだと両面そこで印刷するのなら許可してくれるところもあるわ」
 もちろん、市内で両面印刷や手差しコピー可能なポイントはチェック済みだ。何故かは聞くな。
 本当はコピーサービスの専門店を紹介したいところだが、はち合わせたら逃げられないのでやめておく。それに、いきなり専門店は敷居が高いだろうし。
 緋桜とヒオウはアイコンタクトをとった。
「見本に何冊か、持ってくるわ」
 緋桜が立ち上がり、隣の部屋へ向かう。ドアの開閉がやけに素早かった。だからドアの裏側にビビットな色のポスターが見えたのは残像剣だ。じゃない、ただの目の錯覚だ。
 ヒオウはディスプレイラックから、コピー用紙とシャープペンシルを取り出して遥の前に置く。
「手にとってもらうには外見が大切だけれど、ね。どんなに綺麗な装丁や凝ったレイアウトにしてあっても、中身が伴っていなければ悲しいわ」
 まして、本として見たら安い値段ではないのだから。商業誌と同人誌では発行部数が(略)印刷コストも小ロットの方が割高に(略)だから宣伝費を加味しても(強制終了)。
 などと内心では熱く語っていたが、ドン引きされること確実なので沈黙という美徳を選んだ。
「映画の感想……となると、そうね。一つの映画に的を絞って書くのと、いくつかの映画を紹介するのと、が大体の選択肢だけれど」
「いっぱい好きな映画あるんだ。だからいっぱい語りたいな」
「そう。それでは、一ページか見開き二ページで一つの映画を取り上げるスタイルがいいかしら。いきなり分厚い本にしてしまうと手を出しにくいし製本が大変だから、文字本ということを考えても本文三十六ページ以下が無難な線かしら」
「うん」
 よくわからないまま、遥は頷く。ヒオウはそれじゃ、と次のステップへ進む。
「方向が決まったのなら、内容を考えましょう。感想を書きたい映画の題名とおすすめポイントを、紙に書いてみるの」
「わかった」
 遥は怒濤の勢いでペンを走らせた。最近、名画座で封切られた新作から、サイレントの名作まで。好きだから知識量は豊富で、愛もあふれていた。
 ほとばしる情熱は、厳密なる選別を終えた緋桜が部屋から出てきた時もまだあふれていた。
 ヒオウはコピー用紙をそっと追加した。




○Midday
「休憩して、お昼にしましょう?」
 声をかけられて、遥は顔を上げた。壁の時計は正午の手前を指している。
 神がかったシャーマンのように自動筆記をした結果、リストはなんだかものすごい量になっていた。これでさらに感想を全部詰め込んだら、どこかの新書版を越える厚さになるだろうことは容易に予想がつく。
「こんなに書いたら、いつ出来るんだろ……」
 はぁ、と遥はため息をついた。
 二人は笑う。
「最初だから、意気込んでしまうのは仕方ないのよ」
「いきなり超大作を作るのは無理よ。夢を見てしまうけれど」
「だから、この中から十本を選びましょう?」
「例えば神頼みであみだくじにするとか」
「そうそう、あみだくじ」
「それいいねぇ」
 遥が納得してくれたので、つっこみ待ちでボケていた二人は微妙な顔になった。どれだけ長い紙を用意すれば、これだけの映画名が選択肢に入りきるあみだくじを作れるのか。
 教訓、天然に向かってボケると大変なことになる。
「……ま、絞り込むのは後にして。たっぷりめしあがれ」
 ヒオウが両手に皿を持ってきた。
 和風のキノコご飯。
 洋風のキノコフリット。
 中華風のキノコ炒め。
 マタンゴ。……はさすがに食卓に並ばない。
「「「いただきます」」」
 さくらと山登りしたなあなんて懐かしいことを思い出しつつ、遥は箸をつけた。
 味を活かすためによく火を通したもの、食感と香りを大切にした生に近いもの。数種類を使っているとはいえ、キノコ一つであれこれ工夫されている。だが審査員の緋桜は厳しく、味が濃いとか切り方が小さいとか言っている。そのうち女将を呼ぶかもしれない。
 テオナナカトルの味はどうだっだんだろう、と遥はシオンを見る。何かがあるのか、パソコンデスクによじ登っている。
 乙女三人と聞いて想像するであろう倍の量を食べ尽くし、作業が再開された。
 気分転換に、緋桜所有の同人誌を参考資料として開く。
「こっちはマンガだけれど、フリートークのレイアウトなんか面白いでしょう?」
「これは悪い見本ね。文字が詰まりすぎて読みにくいもの。たっぷり書きたいのだとしても、これでは本末転倒よ」
「うわー……」
 遥は広げられた数冊を見比べて、感嘆のため息をついた。詰まりに詰まった熱と愛。行間から圧倒される。
「あ、これ『あなたのもとへ』だ」
 緋桜の所持品はアニメの二次創作がほとんどだったが、映画もやっぱり二次創作があるようだ。ネコ耳が生えていない状態の誰かさんが、主人公にやたらとつっかかっていってほのぼのコメディしている。
 ぺらりとページをめくって、首をかしげた。
 まあそういうこともあるのかな、と別の本を開いてみてもやっぱりそういうシーンがあって。
 遥はこの道の先輩に尋ねることにした。
「緋桜、どうして男同士でばっかり恋愛してるの?」
 クリティカルヒット!
 二人は力尽きた……。
「?」
 遥は不思議そうに二人を見下ろしている。
「るぅ」(コンティニュー or ゲームエンド)(意訳)
 ペンタブレットの上から、シオンが声をかける。二人はレベル1で復活した。
「愛の形はいろいろあってね……」
「種族とか性別を超えるようなね……」
 やっぱり、おしべとめしべがおしべとおしべになる話は避けて通れないのか。
 いやいやいや。いくら本人が踏み込みたくなくても、同人誌とかそういう関係を始めたら否応なしに手に入ってしまう情報だ。ここは正しく授業した方がいいだろう。小学生の保健体育程度に。
 ヒオウが腹をくくった時、遥は『Magic☆Medicine』の王子様中心過去話を手に微笑んだ。
「大切なのは愛だよねぇ。男女の恋愛だけが全部じゃないし。私と同じ姿をしている人間だけが人じゃないもん」
 わかる。いける。この子、大物の器だ。
 遥……恐ろしい子!
 白目に縦線で青ざめた二人をよそに、遥は仕様を比較していた。



○Afternoon
 鼎談の結果、映画の選抜はくじ引きに決まった。
 ヒオウがスチール定規とカッターで紙を切り、遥がタイトルを書き、緋桜が側面に不自然なガムテープを貼った段ボール箱にそれを入れていく。
 その作業だけで今日は終わってしまいそうだったが、それもまた楽しい。芸術とか娯楽なんて、つきつめれば不要なものだ。特に日本で素敵に暴走しているサブカルチャーなんて、なくても生きていける。
 でも、あったら毎日がとても楽しい。
 そして趣味を共有できたら、とっても嬉しい。
 遥の持ってきたクッキーと、ヒオウ秘蔵のヌガーとフロランタンをつまみつつ、膨大な数のくじを作っていく。
 B4の箱は、たちまち半分ほどが埋まった。
「すごいわね、遥は」
 熱心にボールペンを走らせる姿に、ヒオウは驚きを隠せなかった。
「これだけの……いえ、もっと沢山の映画を見て、面白いと思ったタイトルを憶えているのだから」
「そんなことないよ。料理が上手だったり、銀コミを開催したりする方がすごいと思うな」
 遥は照れ笑いを浮かべる。
 そのまま互いをすごいすごい言い合う褒め殺し合戦に発展して、緋桜は沈黙を守り生温い瞳になった。
 のほほんとした泥沼試合は、チャイムの音によってコールドとなった。緋桜は箱を置いてインターホンに出る。
「はい?」
「小山さん、こんにちはー! いつもの宅配便ですー」
「ああ、お世話になってます。鈴木さん」
 ぱたぱたと玄関へ走り去る。
 ヒオウはそれじゃ、と立ち上がった。
「ちょっとトイレ」
「うん」
 二人がいなくなって、遥はペンを置いた。
 ずっと気になっていたのだ。二人が光速で出入りを繰り返している寝室に、どんな本があるのか。
 見本だけど、とがっちりホールドして指定ページのみ見せてくれたあの同人誌の、他のページにはどんな絵が描かれているのか。
 というか、じっくり時間をかけてセレクトしてくれるもの以外も見てみたい。
「お邪魔しまーす」
 尽きることのない『楽園』への興味が、何を生んだのか。
 その後、アパート中に乙女の絶叫ユニゾンが響き渡った、とだけ。
 そしてシオンがパソコンの電源ボタンを押してしまい、変え忘れた壁紙をばっちり見られました、とだけ。

クリエイターコメントご指名ありがとうございました。
染まるのか染まらないのかは、あなた次第です。
可愛い女の子のお相手ができて、とても幸せでした。

サブタイトル、eventでなくfunctionにした妙な意地。可能性の話ですが。予定は未定。
公開日時2007-10-21(日) 13:10
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