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<ノベル>
銀幕広場にあるハンバーガーショップで、ストローを口にくわえながら、悠里は憂鬱な表情で求人誌を見ていた。
「いいの、無いな……」
悠里は自分に合った仕事が載っていない求人誌を閉じ、ストローを捨てて重い足取りで店を出る。
「何あれ?」
外で悠里が見たのは、1枚の紙を持って、行き交う女性を鋭い目付きで見ている鷹の獣人だった。
「どこかで見たような……」
「あ――!」
悠里が思い出そうとしていると、1人の少女が大声を上げ、鷹の獣人に向かってまっすぐ走って行く。
「すいません! 『獣人達の挽歌』に出てたブライさんですよね?」
少女は自分が好きな映画のムービースターに会えた事に興奮気味で、ブライに近付く。
「そうだが……お前、誰?」
少女の勢いにブライは圧倒されながらも、聞いた。
「あ! 失礼しました。私は七海遥って言います!」
ブライの質問に遥は元気一杯の声で応え、ポケットから小さな手帳を取り出して、差し出す。
「サインして下さい! 私、あの映画凄く……」
「ちょっとだけ待ってくれ!」
出された手帳を手で押しのけながら、ブライは持っていた紙と遥の顔を見比べる。紙は雑誌の切り抜きで、アニメのヒロインが描かれていた。
「まぁ似てなくも無いか……」
ブライは紙をポケットにしまい、遥と向き合って話し出す。
「お前、今、暇か?」
「あ、ハイ……」
「なら、オレ達の所でバイトしないか? 今ウェイトレス募集してんだ」
突然なブライの申し出に遥はキョトンとしていた。
「で、どうなんだ?」
「エッ! ハイ……私やります!」
一瞬、戸惑った遥だが、すぐに元気な声で返事をする。
「『獣人達の挽歌』の皆と仕事出来るなんて感激です! あとで皆さんのサイン良いですか?」
「それは後で話し合ってくれ、良いなら早速行くぞ」
「ハイ!」
ブライは遥を連れ『アルトリア』に戻ろうとした。
「あの! すいません……」
2人のやり取りをずっと後ろから見ていた悠里が、話し出した。
「そこってまだ募集していますか?」
「ああ。バイトを大量に入れるそうだ」
「なら、あたしも雇って下さい! あたし悠里って言います!」
悠里はブライに頭を下げる。
「良いよ。付いて来な」
「私、七海遥! これから、よろしくね!」
悠里の採用はあっさりと決まり、悠里はブライに付いて行きながら、親しげに遥と話した。
銀幕市民達の憩いの場である銀幕市自然公園、快晴の空の下、1人ベンチに座っている少年は頭を抱え、憂鬱そうにしている。
「またバイトをクビになってしまった……」
そう言い溜息を吐いているのは、ファンタジー時代劇映画『戦華』から出たムービースターの結城元春で、先程までレストランで働いていたが、皿の割りすぎでクビにされた。
「生きるとは厳しいな……」
「お前、暇か?」
落ち込んでいる元春の前に現れたのは、2m近くあるサイの獣人だった。
「ハイ。仕事をクビになったばかりなので」
「なら、オレ達の所で働け!」
サイの獣人は元春の返事も聞かず、手を取り歩き出す。
「待って下さい! 仕事をもらえるのはありがたいが、どう言う事を……」
「オレはバルター。お前が働くのはレストラン『アルトリア』の厨房だ。心配するな、メシだけはたらふく食わせてやる!」
困惑する元春を無視して、バルターはズンズンと進んで行く。
「ちょっと待て。お前、暇か?」
バルターは鳩に餌をやっている少女の前で止まり、少女に聞く。
「ハイ、一応は……」
「なら、オレ達の所で働け! メシはたらふく食わせてやる!」
バルターは、右手に少女、左手に元春を連れて『アルトリア』に向け歩き出す。
「俺は結城少輔次郎元春だ。そなたは?」
「私は三月薺です。何か大変な事になりましたけど、やるだけやりましょうか?」
「そうだな……」
元春も薺も不安はあったが、バルターに言っても無駄だと思い、連れられるままアルトリアに向かった。
アルトリアに着いた遥と悠里は、その宮殿を思わせるような外観に圧倒されていた。ブライはそんな2人に構わず裏口へ回り、2人もブライを追う。
「連れて来たぞ。『もえけいびじょ』2人だ」
「ご苦労さんブライ。こっちは大収穫だぞ、同族が働きたいと言ってな」
「後の事はそこに居るライラに聞いてくれ」
ブライは2人を女性用更衣室に居れ、去って行った。残された2人は、見た目が人間に近い黒豹の獣人ライラに目をやる。
「少し待ってくれ。今、この子の衣装合わせをしている所だから」
「にゃ〜ん……くすぐったいよ〜」
ライラは耳を揺らしながらクネクネと動く、うさぎの獣人に手を焼いていた。
「あのニーチェさん?」
うさぎの獣人は遥に呼ばれると、瞬く間に笑顔になって、遥に向かって飛び付いた。
「お〜! 遥〜!」
ニーチェは遥に会えた事が嬉しく、笑いながら彼女の顔に頬擦りをして、再会を喜ぶ。
「遥ちゃん、知り合い?」
「うん。前にハンバーガーショップでアルバイトをしていた時に一緒だったの」
着くまでに遥と打ち解けた悠里は、ニーチェの事を聞き、遥はニーチェの頭を撫でながら答える。
「お前も遥と友達なのか? ならアタシとも友達だ! これから、よろしく……」
「新人同士のスキンシップは良いが、こっちが終わってからにしろ!」
ニーチェは悠里にも抱き着こうとしたが、ライラに首根っこを掴まれ、メイド服の着付けに戻された。
「まぁ、こんな物で良いだろ」
「カワイ〜!」
着付けを終えたライラは溜息を吐いたが、それも2人の黄色い声で報われた。ニーチェもピンクを基調としたフリルがたくさん使われたデザインのメイド服を気に入って、鏡の前で何度も回転し、幸せそうに笑っていた。
「や〜ん! 超エロカワ〜! でも、ちょっと胸がキツイかな……わぁ!」
ニーチェが言ったと同時に、胸の部分だけが破け、ニーチェの胸が露になる。
「オイ! 誰かワンサイズ大きいのを持って来い!」
「ニーチェちゃん、隠して! 隠して!」
ライラは慌てて替えを用意させようとし、2人はタオルでニーチェの胸を隠そうとした。周りの慌て方が理解出来ず、ニーチェは1人とぼけた顔をしていた。
「さぁ、ここがお前らの職場だ」
バルターが2人を入れた厨房は、怒号が飛び交い、多くの獣人があくせくと動き回り、常に緊迫した空気が張り詰めた戦場のような所だった。
「凄いですね……」
雰囲気に薺は圧倒される。
「3日もすればなれるさ、皆様、私の名は結城……」
「そんなのいい! これを着て皿洗ってくれ!」
自己紹介をしようとした元春に、バルターは自分達と同じコック服を投げる。
「ほら! ボケッとしてないでお前も!」
薺にもコック服を投げ、バルターは2人の背中を押して厨房へと放り込ませた。
「バイト。早速だけど皿洗え!」
2人はまだコック服に袖も通していないが、コック長のワニの獣人ドーガは、構わず2人の前に使用済みの皿を並べる。2人は慌ててコック服を着て、次々と出される皿をスポンジで洗って行く。
「まだ何も言っていないのに……」
「習うより慣れろだ。やっていけば、どうにかなるだろ」
厨房の雰囲気に圧倒される薺に、元春はぶっきらぼうに言う。
「全く……うぉ!」
元春が少し気を抜くと、元春の手から皿が滑り落ち、それが地面に落ちた。
――またやってしまった!
その瞬間、クビになった事を思い出し、元春の表情は凍り付く。
「ボサッとするな! こんなもん、拾ってまた洗えばいいだろ!」
だが皿には傷1つ無く、ドーガは乱暴にそれを取って、再び元春の流し台に放り込んだ。
「お皿、頑丈ですね……」
皿を洗いながら、薺は元春を気遣うように小声で話す。
「多分、獣人が扱う物だから、普通よりも頑丈に出来ているのだろう」
元春は軽く頬を染め、一心不乱に皿を洗って、自分の動揺を悟られないようにしていた。
新装開店したばかりの『アルトリア』には、物珍しさから来る客で一杯で、全員が客の対応に追われていた。
「ありがとうございました!」
「また、来てね〜」
帰る客に遥は丁寧におじぎをし、ニーチェは友達を見送るように手を振り、見送る。
「ダメだよニーチェちゃん。お客様にあんな態度取っちゃ」
「何で〜?」
ニーチェの接客姿勢に、遥はダメ出しをするが、ニーチェは口を尖らせ、不満そうにしている。
「私達はもてなす側なんだから、あんな態度じゃ……」
「ぶ〜! 態度で言ったら、あっちの方がヒドイじゃん!」
ニーチェが指差したのは、ライラが客に注文を取ろうとしている所だった。
「何しに来た? 注文は何だ? さっさと決めろ!」
ライラは客を見下した目で睨み、高圧的な言葉遣いで接し、客を完全に怯えさせている。
「ほら! これを食べたら帰れ!」
その隣では、ジョージが乱暴に料理をテーブルに置き、レシートをテーブルに投げ付ける。それを見ていた遥は目を丸くして驚く。
「これは……ちょっと待って下さい!」
一瞬、呆気に取られた遥だが、すぐにライラとジョージを連れて、裏口に回った。
「何だ? 仕事の邪魔をしないでくれ」
「そうだ。俺達は働かなくては……」
「あんな態度ばっかり取ってたら、お店潰れますよ!」
仕事に戻ろうとするライラとジョージに、遥は必死に訴えた。
「2人ともダメですよ! あんな、お客様に不快感しか与えないような接客したら、あれじゃ、皆の為にここを作ってくれたアーサー王に悪いですよ!」
「当然だ。だから我々は王の為、この身を全て捧げ、王に尽くすつもりだ」
遥の訴えに、ジョージはき然とした態度で答える。
「だったら!」
「何をそんなに怒っている? ここでは、今のような接客が望まれているのだろう?」
ライラは遥が何に怒っているのか分からず、困惑しながら聞く。
「何をどうすれば、そうなるんですか?」
「新装開店に辺り、マニュアルが配られた。これの通りにやっただけだぞ」
そう言い、ライラが出したのは『僕たちの大好きなツンデレ大全集』と言う本で、そこには、初めの内は嫌うが、後々、その人にデレデレの状態になる女の子達が描かれていて、ツンデレに付いて事細かに書かれた本だった。
「あの……これはどなたから?」
「ホロックだが」
遥は半ば呆れながら聞き、2人同時に言われてガックリと肩を落とす。
「私、皆さんの事はファンです。でも、間違っている事は正さないとダメです」
遥は気合を入れ直し、2人の肩に手を置いて真剣な表情で話す。
「良いですか? 人間でも獣人でも真心を込めた接客をすれば、必ず誠意は伝わります。皆さんだって、それは経験していますよね?」
「しかし、この本では……」
「こう言うのを好む人は、ここには来ませんから。取りあえず私の話を聞いて下さい」
「あ、ああ……」
遥の迫力がある笑顔にジョージは圧倒され、黙って遥の話を聞く。
「おーい水くれ」
「すいません、俺の料理まだですか?」
「ハイハイ! 少し待って下さい!」
遥が2人に説教をしている間も、客は増え続けて悠里は1人で客の対応に追われている。
「おじ様のおヒゲとってもセクシー、ちょっとだけスリスリしていい?」
「や、あの……」
ニーチェはテーブルの上に乗っかり、初老の紳士の顔に自分の顔を近づけ、艶かしい表情で紳士を見て、困らせた。
「もう! ニーチェちゃん仕事してよ! 遥ちゃんはどこに行ったのよ!」
悠里の叫びは店内に響き、周りの客を驚かせた。
新装開店から1週間、店は以前と大して変わらず、経営をギリギリ保てられる状態だった。スタッフルームでは、現状にホロックが頭を抱えて悩んでいた。
「おかしい、こんなはずでは……」
「そう悲観ばかりする事も無いだろう」
ホロックとは対照的にアーサーは、窓からの景色を見ながら、作中で見せた雄々しい姿を取り戻しながら言う。
「あの衣装はどうかと思うが、人間を入れたのは成功だ。もうすぐ、結果が見える。俺にはそんな気がする」
アーサーの態度と表情は堂々としていて、これから変わろうとしている自分の店に希望を抱いていた。
「ありがとうございました」
ライラ、ジョージ、遥の3人は並んで帰って行く、客を丁寧なお辞儀で見送った。
「そうですよ! 今のお客様、見ました? とても気持ち良く帰ったと思いませんか?」
2人の接客態度を遥はベタ褒めし、跳ね上がって喜ぶ。
「そうなのか?」
「前は逃げるように帰られたからね。それに比べれば良くなったんじゃないの?」
ジョージもライラも、自分達が正しい接客をしているのか不安で、お互いに聞く。
「絶対にそうですって! 自信を持って下さい!」
「まぁ遥がそう言うならな……」
「ところで、ニーチェと悠里はどこに行ったの?」
遥に褒められ、ジョージは照れていたが、ライラは厨房に行ったまま帰って来ない、2人の心配をしていた。
厨房は相変わらず怒声が響いていて、そんな中、ニーチェは耳をピコピコと動かしながら、1人の獣人を笑顔でジッと見ていた。
「何です? 仕事に戻らなくていいんですか?」
自分を見続けるニーチェを妙に思っていたのは、リスの女獣人シェルで、ニーチェの視線を感じながら、皿を洗っている。
「ん〜やっぱ、もったいないよ」
「何の事ですか?」
「これ!」
シェルが聞くと、同時にニーチェは後ろからシェルの胸を思い切り揉む。
「な! 何をするんですか?」
「だって〜シェル、カワイイ顔してて、スタイルだって結構良いのに、こんなむさい所でお皿を洗っているだけなんてもったいないよ〜」
胸を揉みながらニーチェは言い、それにシェルは半泣きで言い返す。
「ダメですよ! フロアはニーチェさんのようにカワイイ人だけの特権でして……」
「シェルだって、そうだよ。だ〜か〜ら〜あたしと一緒にフロアへ行こう。楽しいよ〜」
「止めて下さい〜」
ニーチェは半泣きのシェルに構わず、彼女をフロアに誘った。
「何たる破廉恥な……」
自分しか聞こえない程度の小声で、元春は耳まで真っ赤にしながら、皿を洗う。
「ちょっと調子に乗りすぎですよね」
「それはそなたも同じだろう! 何だその耳は?」
元春が軽く怒りながら聞いた薺の頭には、大きなうさぎの耳があしらわれたカチューシャが付けられていて、薺が動くたびにピコピコと耳は動いていた。
「ここでは私達の事を良く思っていない獣人さんも居るから、少しでも話しやすくしようと付けた物でして……」
「分かったから、こっちを向くな!」
それは幼さの残る薺の顔と合っていて、愛くるしすぎて元春は薺の顔をまともに見れず、恥ずかしさのあまり怒鳴ってしまう。
「何ですか。もう……」
元春の態度に、薺は少し不満で、口を尖らせながら仕事に戻った。
アーサーに呼ばれ、悠里はスタッフルームで、彼の指示を受けながら掃除をしていた。
「すまないな。こんな事まで」
「大丈夫です。ハイ」
自分に気を使うアーサーに、悠里は笑顔を返してテキパキと掃除をする。
「この本は片付けていいですか?」
悠里は、テーブルの上に散乱している本を片付けて良いか、難しい顔をしながら本を読んでいるホロックに聞く。
「全部、大事な資料だ! 余計な真似をするな人間!」
苛立っているホロックは、悠里に手を振り上げて、追い払う。
「ホロック! 呼び出しているのは我々だ! そう言う言い方をするな!」
アーサーはホロックを叱るが、構わず本を読んでいた。
「本当にすまない。呼んでおいて、こんな……」
「いや、それは良いんですけど……」
「やはり、おかしいと思うか?」
アーサーの質問に悠里は黙って頷く。ホロックが資料と言い張る本は、いわゆるアキバ系のガイドブック・専門書ばかりで、それを人間界で商売を成功させるバイブルだとホロックは信じきっていた。
「ああ言うのが好きな人も居ますけど、ここはちょっと違うと思いますが……」
「やはり、そうか……」
悠里の言葉を聞き、アーサーは顔を手で覆って頭を軽く振る。
「一度、皆で話し合いをした方が……」
「大変です!」
アーサーが決断をしようとすると、息を切らせながら、遥が大きな音を立ててドアを開けた。
「どうした?」
「食い逃げです! すいません!」
アーサーが聞くと、遥は申し訳なさそうに答えてアーサーに頭を深々と下げる。
「貴様……オイ! 掃除は、まだ終わっていないぞ!」
ホロックが遥に説教しようと立ち上がると同時に悠里は駆け足で出て行き、残された一同はポカンとしていた。
「へ、ちょろいもんだぜ……」
「そこの食い逃げ男!」
食い逃げをした男が得意げに走っていると、後ろから必死な顔でお盆を持った悠里が追いかけて来た。
「何の事だよ?」
「とぼけんな! 『アルトリア』で散々飲み食いしたくせに!」
「俺がやったって証拠あるのかよ?」
「やっぱり、そうか!」
憶測を確信に変えて、悠里は食い逃げ犯を追うスピードを増す。
「卑怯だぞ! 誘導尋問なんて!」
「ウルサイ! 犯罪者に言われたくないわよ!」
頭に血が上った悠里は手に持っていたお盆を投げ飛て、お盆は食い逃げ犯に向かって勢い良く飛んで行く。
「それでも食らって反省していろ!」
「甘いな」
お盆が当たる直前に、食い逃げ犯は振り返って受け止めた。
「ざけんじゃねーぞ……女だからって、キレないと思ったら大間違いだ!」
食い逃げ犯はお盆を悠里に投げ返す。自分に向かい飛んで来るそれに、悠里は思わず頭を抱えてうずくまる。
「ハッ!」
気合の入った声と共にお盆は2つに割られ、地面に落ちた。悠里が恐る恐る目を開けると、包丁を持った元春が鬼のような形相で食い逃げ犯を見ていた。
「食い逃げだけでなく、女に手を上げるとは……貴様のような馬鹿にかける言葉は無い! この結城少輔次郎元春が成敗してくれる!」
「ヒィ!」
怒り狂った元春の目は食い逃げ犯を真っ直ぐ見て、恐怖を感じた食い逃げ犯は、慌てて逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
元春の怒声と共に包丁が飛び、食い逃げ犯の背中に当たり、激痛のあまり、その場で倒れ震えていた。
「安心せい。みね打ちじゃ」
「今、思い出したけど。あたし、これでバイト先クビになったけど、元春さんは平気なの?」
悠里に言われて元春は固まり、ぎごちない動きで振り向く。
「そうだった、こんな事をしたら……」
「皿を割ったなんて、レベルじゃないですよね。2人で謝りに行きましょう」
「その必要は無い」
元春と悠里が行こうとした時、アーサーは2人の前に立って、腕を組んで見下ろしていた。
「も……申し訳ありません! アーサー殿! つい感情が高ぶり……」
「あ、あたしも! でも食い逃げって聞いたら許せなくて、その……」
元春も悠里もアーサーに誠心誠意、頭を下げ謝る。
「顔を上げなさい」
そんな2人をアーサーは冷静な口調で対応し、2人の頭に手を置き、まっすぐ顔を見て話し出す。
「君達のした事は正しい事だ。自分が信じた事を簡単に否定してはいけない。それよりも仕事に戻って欲しい。まだまだやる事は山ほどあるからな」
それだけを言うと、アルトリアに帰って行った。その後姿を悠里はキョトンとした目で見て、元春は尊敬の念がこもった目で見ていた。
「素晴らしい! あれこそ王の姿だ!」
「そうだね。あ! 遅れたけど、ありがとね。助けてくれて」
アーサーの姿に目を輝かせていた元春に、悠里は元春に擦り寄ってお礼を言う。
「かっこよかったよ」
「はぅぁ! し、仕事に戻るぞ!」
悠里の格好・仕草・表情に、元春は冷静さを失い、逃げるようにアルトリアへ戻った。
「待ってよ。もう〜」
元春を追うように、悠里も戻った。
「さんまを3枚に下ろし〜」
元春が飛び出して人間は薺1人だが、薺は鼻歌交じりで楽しげに調理していた。
「漬け汁に付け、片栗粉をまぶし、フラ〜イパンで焼〜く」
小声で歌いながら、薺は作業を笑顔で楽しげにこなす。
「ネギを添えたら、出来上がり〜」
「オイ」
薺が料理を完成させると同時に、厨房で働いていたブライが話しかける。
「その歌なんだがな……」
「な! 何です?」
慌てながら聞く薺に、ブライは淡々とした口調で話す。
「『漬け汁に付け』の所は、もう少しトーンを下げた方が良くないか?」
「え?」
全く予想していなかった言葉に、薺は間抜けな声を上げる。
「いや、だから、今のままだと全体的に抜けた感じになるから、もう少しこう……」
「そうだな。オレもそう思った」
ブライの話にバルターも乗っかって話し出す。
「お前の歌はテンポが悪すぎる。あれではウキウキ、ドキドキは来ない」
「バルターの言う通りだ。だから、例えば……」
バルターが加わった事で、ブライもテンションが上がり、歌い始める。
「さんまを3っまいに〜下ろし、漬け汁に付け〜、片栗粉をまぶし〜」
ブライは周りを気にせず、声を大にして歌いだし、バルターも歌に合わせ、自分の膝を叩いて、ブライの歌を盛り上げた。
「私よりうまい……」
ブライの歌声は厨房に響き、そこに居た全員の心を和ませ、薺も歌声に聞き惚れ、周りが盛り上がっているのを感じたブライは、更に声を大きくして歌う。
「フライパンで〜」
「じゃねーよ! このボケ!」
ブライが気持ちよく歌っている所に、ドーガがフライパンで思い切りブライの頭を思い切り叩き黙らせる。
「歌ってんじゃねーよ! とっとと仕事しろ! テメェらもだよ!」
ドーガは怒鳴りながらフライパンを振り回した。
「思ったんですけど。ドーガさんの態度ってどうかと思います」
1週間働いて、薺はドーガの態度を不快に思い、それを始めてバルターに話した。
「まぁ、アイツは人間と働くのを最後まで反対したからな。元々がキレっぽい奴で、アーサー王も手を焼いていたぞ……」
バルターは薺の話を聞き、小声で話した。
「本当ですか?」
「ああ、けどアイツは舌が……」
「くっちゃべってねーで、仕事しろボケが!」
ドーガの怒声と共にフライパンが投げられ、それはバルターの頭に当たり、鈍い音が響く。
「クソが!」
ドーガは頭を抱えて痛がっているバルターを無視して、イライラを全身から発しながら、不機嫌そうに歩いている。
(私、決めた!)
薺は何かを決心し、バルターの頭をさすりながら、まっすぐドーガを見ていた。
食事の時間になり、フロアの人間も一緒になって厨房で食事が始まる。
「全員、並べ!」
ドーガの声が響き、スタッフは彼の前に並ぶ。ドーガは寸胴鍋の中身をおたまでかき混ぜながら、皿を持ってやってくるスタッフに与える。
「ほれ、ほれ、ほれ」
ドーガは機械的に、出される皿に料理を盛って行く。盛っている料理は、魚介類がたっぷり使われたリゾットで、臭いだけで食欲をそそられる一品だった。
「全員に行き届いたな? 良し食え!」
「美味しい!」
「薺さんもそう思う? 私も!」
リゾットを頬張りながら、薺と遥は友達同士、楽しく話しながら食べ。
(これは! フロアに出しても通用する味だぞ……)
元春は米を一粒一粒、味わって噛みしめ。
「おいし〜い! おかわり、ちょうだ〜い!」
「ニーチェちゃん! 口の周りが大変な事になっているから……」
悠里はスキップでおかわりをしようとするニーチェを止め、持っていたハンカチでニーチェの口の周りを拭こうとする。
「ブライさん、少し良いですか?」
食べ終わった薺は、食べているブライに真剣な表情で話しかける。
「何? 休憩しなくて良いの?」
「今日の料理の事で話があります」
「マズかった?」
「その逆ですよ! 何でこれだけ美味しい物作れるのに、お客様にそれを出そうとしないんですか?」
薺の声で、そこに居た全員が静まって、2人に注目した。
「それはな……」
「1週間、ここで食べましたけど、ドーガさんの料理、凄く美味しいですよ。それなのに何で店で出す料理はあんなに雑なんですか?」
薺が言うように、この店で客に出す料理は火を通し、食べられる程度に仕上げた物でしかなく、高いレベルを持っているにも関わらず、それを店で出さない事に薺はずっと不満に感じていた。
「もっと料理の水準を高めて、出しましょうよ。そうすれば……」
「知った風な口を聞くな!」
薺はブライに話し続けたが、ドーガが割って入り、薺の胸倉を掴んで睨み付ける。
「オレみたいに作れんのは、厨房でも数える程度なんだよ。だからな……」
「それがダメなんですよ!」
ドーガのドスが聞いた声にも薺は臆する事無く、自分の意見を話す。
「テメェ……」
「手を離して下さい。これじゃ話し合いなんて出来ません」
力がこもるドーガの手を遥が離して、2人の間に入って距離を取らせた。
「私も薺さんの意見に賛成です。これだけの技術を持っているのに、それを客に振るわないなんて、おかしいですよ、レストランって言うのは食事を楽しむ場所なんですから」
「だが一から教えてたんじゃ時間がな……」
遥の正論に先程よりは落ち着いたドーガだが、まだ納得が行っていなかった。
「大丈夫ですよ。少なくとも今よりは良くなります」
「そ、そうなのか?」
薺の自信が篭った言葉に、ドーガは押し黙り考え込む。
「だけど、それをホロックが許すか?」
「それなら問題は無い」
ブライが心配そうにドーガに言うと、後ろから声が聞こえ、全員が振り向くと、そこにはアーサーが居た。
「初めに言おう。皆、今まですまなかった!」
アーサーは正座し、地面に手を付け、額を地面に付け、一同に土下座をする。
「アーサー殿?」
アーサーの姿に、元春は間抜けな声を上げて愕然とした。
「俺は今までホロックに従う事しか出来ない、ダメな王だ。だが、このままではいけない! 人間の皆と触れ合い。話し合った事で私は分かった。今のままではダメだと言う事を、だから皆に聞きたい!」
アーサーは勢い良く立ち上がり、全員を見据え話し出す。
「自分が付きたいと思う仕事があれば、遠慮無く俺に言え、試験期間を経させ、合っているのなら、そのまま配属させる。どうだ?」
アーサーの言葉に、全員がざわめいた。
「どうだ?」
「ならオレ……」
アーサーの問い掛けに、1人の獣人が意見を言おうとする。
「ほらほら、言いたい事があるなら、言っちゃた方がいいよ〜」
「なら、オイラも……」
「あたいも……」
「ボクも……」
ニーチェに促され、1人また1人と名乗りを上げた。
「皆、俺に任せろ!」
「アーサー殿! これはどういうつもりですか?」
盛り上がる中、スタッフを掻き分け、ホロックがアーサーを睨み付ける。
「見ての通りだ。もう、お前の言いなりにはならん」
「ふざけないでください。行き当たりばったりで戦が勝てますか? 練りに練られた作戦だけが勝利をもたらす物だと……」
「では、バイトの皆に聞こう。こいつの作戦は正解だと思うか?」
アーサーの問い掛けに、バイトで雇われた5人は前に出て、ホロックを冷めた目で見ていた。
「話は遥さんから聞いたけど、ホロックさんのは偏った知識だと思うな」
「全くだ。日本人が全員、侍と言っている様な物だ」
悠里と元春は、厳しい視線でホロックを見て。
「普通に考えれば分かる事だと思うんですけど……」
「ちょっと、やりすぎかな……」
「やめろ〜!」
薺、遥、ニーチェも自分の言葉でホロックを否定した。
「そう言う事だ。悪いが異論は一切、認めん。皆、今日が本当の意味での『アルトリア』の新装開店だ!」
アーサーの雄叫びにも似た言葉と共に、一同は盛り上がり、生まれ変わった『アルトリア』が出来た。
「アルトリアです! 美味しい食事に、素晴らしい歌声、可愛いメイドさんも居ます! よろしくお願いします!」
アーサーの一言から始まり、アルトリアは再び大規模な人事異動が行われた。今までの事があり、ホロックはチーフマネージャーから、ビラ配りのヒラに格下げされ、今日も駅前でビラを配っていた。
「なぁ遥? 私は間違っていたのだろうか?」
疲れが出たホロックは、メイド服姿で一緒にビラを配っている遥に愚痴をこぼす。
「間違っていた部分もありますよ。でもホロックさんも一生懸命だった。それは事実です。大丈夫ですよ、何回でもやり直しは出来ますから」
遥は気が滅入っているホロックを元気付けるように、笑顔で答える。
「なら私のビラは何でもらってくれないんだ?」
「アルトリアです! お願いします!」
「テメェ! こんなマズイ物を客に出すつもりか?」
厨房では相変わらずドーガの怒鳴り声が響いていた。新人の獣人をフライパンで叩き、調理指導をしていて、その様子は怒りながらも、前とは違い生き生きとした様子に見えた。
「うん。私には厨房が合っているな」
ライラは厨房に戻っていて、材料の下ごしらえをしながら、慣れ親しんだ空気に穏やかな気分になっていた。
「でも良いのか? 悠里も厨房で?」
ライラは隣で皿を洗っている悠里に聞く。
「ハイ! 考えたら私にはこっちの方が合っていると思ったんで?」
「怖くない? 平気?」
「ハイ! 大丈夫です!」
悠里は笑顔で元気良く答える。。
「なら良いけど、頑張んなよ!」
「ハイ!」
ライラは悠里の元気さに安心し、鼻歌交じりに仕事を再開する。
(ふふふ。フワフワのしっぽ〜)
悠里はライラの機嫌に合わせて、ゆらゆらと動く尻尾をじっと見ていた。他にも悠里好みの尻尾はたくさんあり、それをチラチラと見ながら、幸せそうに皿を洗っていた。
フロアでは特設ステージで、ブライが自慢の歌声を披露し、バルターがピアノを弾き、客にひと時の安らぎを与えていた。そして安らぎを与えるのは2人の歌だけではなかった。
「ありがとうございました〜」
「ありがとうございます。またお越し下さい……」
元気良く見送るニーチェと、親切、丁寧にお辞儀をするシェルに帰って行く客は上機嫌だった。客が帰るとニーチェは笑顔でシェルを見た。
「だから言ったじゃん! シェルは絶対フロア向きだって!」
「ハイ。わたしのような女でも皆様に喜んでもらえるんですね……」
シェルは密かに憧れていたメイド服に身を包み、軽くはにかんでいた。
「そうだよ! 何事もチャレンジ! ほら注文取りに行くよ!」
「ハイ!」
ニーチェの後をシェルは追い、この2人は今『アルトリア』の名物になっていた。
「お待たせしました」
別のテーブルでは、巨大なマグロが一匹テーブルの上に乗せられ、それを元春が包丁一本だけを持ち、テーブルの前に立っていた。
「参ります。ハッ!」
元春の包丁は、目にも止まらぬ早業でマグロを切り、瞬く間に刺身に変わっていった。
「どうぞ、ごゆるりと……」
元春は仕事を終えると厨房へと戻り、客は元春の技術に圧倒されながらも、箸を伸ばし、マグロの美味しさに舌鼓を打った。
「盛況ですね」
「ああ、全て君達のおかげだ」
薺は様子を見に来たアーサーに話しかけ、アーサーも皆が楽しげに働いている事に満足をしていた。
「俺は今まで、皆と向き合う事が怖かったんだな。だから、皆人任せにして……」
「大丈夫ですよ。今のオーナーは、映画内でも負けない位に輝いています」
弱音を漏らそうとしているアーサーを、薺は笑顔で元気付ける。
「そうだな……俺もこれから頑張るよ」
「その意気です! オーナー、お客さんです」
薺に言われ、一同が振り向くと新しい客がアルトリアにやって来た。そこに居た全員が笑顔で客を出迎えた。
「ようこそ! アーサー王のレストラン『アルトリア』へ!」
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クリエイターコメント | 今回、初めての満席と言う事で、全身全霊を持って書き上げました。まだまだ至らない所だらけの私ですが、皆様が居るからこそ、頑張れ、成長出来る物だと思っています。
本当に参加して、読んでくれる皆様あっての私です。これからも今以上に精進して行きますので、皆様、よろしくお願いします。 |
公開日時 | 2007-11-05(月) 18:20 |
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