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<ノベル>
清清しい青い空、周囲を照らす優しい陽差し、何だか空気も新鮮な感じがする。
アルはいわゆる吸血鬼であったが、始祖の血を吸ったため、太陽の光という弱点は克服していた。シャノン・ヴォルムスも始祖であるため、太陽の光も平気であった。
2人とも普通の人間とは感覚が違うとは言え、普通の人間が幸せを感じる天気だというのは分かる。
アルも天気とは別の理由で幸せであった。恋人のシャノンと一緒にいられるのだから、幸せに決まっている。でも、隣を歩くシャノンの表情は不機嫌そうだった。
――僕と一緒なのが、嫌なのでしょうか?
アルは段々心配になり、おどおどとシャノンの表情を窺った。
やがてシャノンは気乗りしない口調で、呟いた。
「……下水道か……依頼でなければ入りたくない所だな」
「えっ……えっ……? でも……受けたときはあんなに嬉しそうだったじゃないですか?」
アルは不思議に思う。
今、アルたちは対策課より、一つの依頼を受けて、下水道に向かっていた。今日、シャノンの経営しているヴォルムス・セキュリティへ、下水道にいるヴィランズを退治して欲しい、という依頼が舞い込んだのだ。
その場にいたアルに声をかけて、シャノンは下水道へ向かう途中であった。
「あれは、報酬が良かったからだ。報酬自体は悪い仕事じゃないからな」
「じゃあ、何が気に入らないのですか?」
アルは不思議そうにシャノンの顔を見上げる。シャノンは大袈裟に溜息を吐き出す。
「……条件は悪くないんだが……ただ、下水道、というところが気に入らないんだ」
「……そうなのですか?」
シャノンがどうして、下水道をそんなに嫌うのか、アルにはよく分からない。知識としては下水道が臭いと聞いていたものの、我慢できないほど臭いとは思えなかったからだ。幾らなんでも、臭いには限界があるんじゃないかな。とアルは思った。
でも、シャノンは本当に嫌そうだ。アルはシャノンへ少し笑みを浮かべてみせた。
「仕方ないです。頑張りましょう」
「そうだな……まあ……アルと一緒なら、どこにいても、俺は幸せだしな」
シャノンは隣を歩くアルの頭を抱き寄せると、くしゃくしゃと撫で回した。アルはちょっと困ってしまい、また、戸惑ってもしまう。素直に好意を向けられることに、あんまり慣れていなかったからだ。それでも、シャノンにこうされるのは嫌ではなかった。むしろもっとして欲しい、と心の中では思ってしまう。でも、微妙に恥かしいという気持ちもあった。
アルはこの気持ちをどう伝えていいか分からず、上目遣いで、チラリとシャノンを見上げた。
「あ、あの……」
「何だ?」
「いえ、その……」
「うん? 照れてるのか?」
シャノンは口から笑みを零す。照れくさいと言われ、その気持ちがどんなものか、よく分からず、アルは首をブンブン振った。
「照れてるって、僕がですか? その……よく分かりませんけど……」
「違うのか? じゃあ、何でそんなに身体を硬くしているんだ? 俺が嫌か?」
「違います! 嫌なんかじゃないです!」
アルはそれだけは違う、と断言できたので、はっきり否定する。
「なら……好きなんだな」
シャノンはアルの頬に軽くキスをした。アルは顔を赤くして、下を向いてしまう。やっぱり何かよく分からないけど、気恥ずかしい。そんなアルの手をシャノンはぎゅっと握ると、強く引っ張った。
「さあ……行くぞ」
アルはシャノンに手を引っ張られる。アルの背中を見ながら、急に不安になってきた。幸せ、というものは、たやすく崩れてしまうものだと、アルは知っていたからだ。今日、この仕事で、幸せは崩れてしまう可能性だってあるのだ。
アルはシャノンの手をひっぱり返した。そして振り返ったシャノンへ、一生懸命、言った。
「無茶はしないでくださいね……本当に……」
アルはじっとシャノンの顔を見つめる。その視線を受け止めつつも、あえてシャノンはアルの心配を笑い飛ばす。
「俺を誰だと思ってるんだ。アルは心配性だな」
「でも……でも……シャノンに万が一のことがあったら……僕……」
それでもアルの不安は消えない。何故かシャノンは、そんなアルを嬉しそうに見ていたが、やがて唇でそっとアルの言葉を遮った。
「あっ……」
「分かった、分かったから……」
アルはその言葉を聞いて、シャノンの言葉を待つ。シャノンはアルを安心させるように微笑んでみせた。
「それでお前が安心してくれるなら、幾らでも、約束するよ。無茶はしない、とな。だから、そんな泣きそうな不安そうな顔をするな」
「はい」
アルは嬉しくなって、頷いた。再び、シャノンはアルの手を掴む。今度はそれに逆らわず、素直にシャノンの後に続いて、目的地へと向かった。
自宅のマンションの部屋で、里村桃子は灯りも付けず、クッションを抱いて、虚空を見つめていた。
――もう……お嫁にいけない……。
くすん、と桃子は涙を流す。どうしてあんな仕事、受けちゃったんだろう……桃子は後悔する。でも、幾ら後悔しても、過ぎた時はもう戻らない。
玄関のチャイムが鳴った。勿論、桃子は出るつもりはない。まだ誰とも会いたくない。しばらくは1人で泣いて暮らすつもりだった。
扉の開く音がして、誰かが入ってくる。その気配に桃子は驚いて、クッションで身を庇うように、立ち上がった。
「だ、だれ!?」
「ボクはノリン提督アル!」
ちっちゃい、海賊服を着用した人物が入ってくる。桃子は驚いて、今まで座っていたソファの背後に隠れた。
「だから、誰よ、それっ!? どうやって入ってきたのよ!?」
「管理人にお願いしたら、合鍵貸してくれたアル」
――あの管理人め……。
桃子は怒りでカーッと頭が真っ白になる。
うら若き乙女の部屋の鍵をほいほい見知らぬ人に貸すなーっ!
でも、怒ってもこの状況はどうしようもならない。それどころか、桃子は今、ノーブラのキャミソールにホットパンツという際どい格好をしているのに気づいた。さすがに身の危険を感じた。
桃子は対策課の職員とは言え、本来は事務が専門だ。危険にどう対処していいかなど、全然分からない。じり……じり……と携帯電話の載っている箪笥に寄っていく。携帯があれば助けが呼べる、と考えたのだ。
しかし、ノリン提督は無造作に桃子との距離を詰めると、ぎゅっと桃子の両手を握った。
「さてと、じゃあ、早速下水道に行くアル」
そして手を引っ張って、そのまま外に連れ出そうとする。桃子はその手を必死に振り払う。
「な、何であたしが……また下水道にいかないといけないのよ!」
その言葉でノリン提督がここに来た理由を察し、身の危険を感じた警戒心は和らいだものの、またあんなところに行くのは冗談じゃない。
しかしノリン提督は不思議そうに聞き返す。
「何でアル? 行ったら何かまずいアルか?」
「べ、別に……何もまずいことなんて……ないわよ!!」
「なら、行くアル。まずいことないなら、行くアル」
「それは……いやっ! 何でまたあんなところ……いかないといけないのよ!」
「案内するアル。タコのいる場所、案内があれば、直ぐ見つかるアル」
「タ、タコ……」
タコという言葉を聞いて桃子はカーッと赤くなる。どきどき……心臓が高鳴って、身体に激しい衝動が湧いてくる。
「ど、どうしたアル?」
ノリン提督が覗き込んでくるが、桃子は口ごもり、上手く声が出ない。ノリン提督はそのまま桃子の背中を押す。
「さあさあ、行くアル、行くアル」
扉から外に出て、桃子はようやく正気に戻った。
「ちょっと!? こんな格好で外は歩けないわよ!?」
「じゃあ、これなら問題ないアル」
ノリン提督はロケーションエリアの能力を使った。サンバの音楽がどこからともなく流れ、桃子の服がボンと赤いビキニになる。
「な、何よ、これ!?」
さっきの格好よりは確かに恥かしく……ううん、十分、恥かしい! この日本の寒い季節に、しかも海岸近くではない場所をお祭りでもないのに、水着姿で歩くのは誰だって恥かしいはず。
「ちょ、嫌よ、放してよっ!?」
「これで万事解決アル。さっ、行くアルよ」
「解決してないわよー!!」
桃子の叫びはマンションの廊下に虚しく木霊する。
ノリン提督に手を引っ張られて、桃子はずるずると外へ連れて行かれた。
懐中電灯の灯りを頼りに、一行は前進した。
下水道の中は想像以上に臭かった。耐えられる限界を超えた臭さか存在することを、アルははじめて悟った。
でも、やがて臭さに慣れてくると、今度は周囲の汚さが眼に付いた。色々言葉にできないものが、周囲に存在している。もしシャノンが一緒じゃなければ、こんなところ、早く出たかった。シャノンが下水道を嫌がっていた理由が、今更ながら分かった。
――ごめんなさい……シャノンの言う通りです……。
こっそりアルはシャノンの背中に謝る。
そのシャノンはというと、さっきからクールそうな外見の男――ブライム・デューンと何か話をしていた。
「でも……タコ、美味しそうだよな、タコ。茹でたり、中にご飯詰めたり、ソーメンにしたり……あ、海賊団の皆にもお土産にもって帰ってやろう」
「ソーメンって、それ……イカじゃないないのか?」
シャノンは冷静に突っ込みを入れる。しかし、ブライムは動じた様子を見せない。
「あれ? あれ? そうだっけ? まあ、いいや。タコでも、イカでも似たようなものさ」
「似てるって、何処が似てるんだ?」
シャノンは呆れて、溜息を吐き出した。そこにクロノが割って入る。
「イカもタコも苦手だにゃ。我輩、イカを食べて、死にそうになったことがあるにゃ」
クロノの言葉を聞いて、シャノンは納得したように呟く。
「それは猫はイカは食べたら毒だからな……」
しかしブライムはのんきにクロノの頭をぽんぽんと食べた。
「食わず嫌いは駄目だぞ? 俺が美味しく調理してやるよ。俺、調理は得意なんだ。だから、皆で美味しく食べようぜ」
「だから、猫にはイカは毒なんだってば。タコは知らないけどな」
一応、シャノンが突っ込んだが、ブライムはどうタコを調理しようか悩んでいて、シャノンの言葉が聞こえていないみたいだった。
アルはそれまで話を聞き流していたが、でも、今、ふと冷静に考えると、こんな下水道にいるタコを食べるなど、絶対嫌だ。タコに汚さが染み付いてそうである。
それから一緒に来ている桃子が心配になって、後ろを振り返ると桃子はちゃんと付いてきていた。桃子も何だかげんなりした顔をしているのを見ると、タコを食べるのが嫌というアルの意見と同意見なのだろう。
何故か桃子は赤い際どいビキニを着ていた。どうしてそんな格好しているのか、疑問に思うものの、桃子とはあんまり親しくないので、とりあえずアルは何も聞かなかった。
とそのとき、桃子の隣を歩いているノリン提督が、何かにハッと気づいたように大声を出した。
「あっ……そろそろ30分経つアル……」
桃子が不思議そうに顔を横に向け、ノリン提督を見下ろす。その瞬間、桃子の服装が赤いビキニから、キャミソールとホットパンツに変った。しかも……ノーブラみたいである。
ノリン提督の声を聞いて、シャノンとクロノとブライムもノリン提督と桃子の方を見る。そして桃子を見て、クロノが不思議そうに言った。
「おや? いつの間に着替えたのかにゃ?」
桃子は皆に注目されて、不思議そうに自分の身体を見下ろした。そして……自分の格好に気づいて、慌てて胸を押さえて、悲鳴をあげた。
「きゃぁぁぁ!? 何よ、これっ!?」
「うん? おおっ、目の保養になるな……」
そんな桃子を見て、のほほんとブライムは言う。桃子はきゃあきゃあうるさく悲鳴を上げながら、その場にしゃがみこんでしまった。
さすがにアルは冷静に突っ込む。
「あの……あんまり騒がないでください……。こんなにさわいじゃ、相手が逃げてしまいますよ……」
「だって……だって……」
くすんくすんと桃子は泣く。やれやれと溜息を吐いて、アルは自分の来ている上着を桃子にかけてあげた。
「これで大丈夫だよね?」
アルに優しく言われて、桃子はコクンと頷く。その様子を見て、シャノンはムッとした顔でアルを抱き寄せた。
「駄目だぞ? アルは俺のだからな?」
「シャ、シャノン……」
堂々と宣言されて、アルは顔を赤くする。何だか自分でも分からないけど……居心地の悪い感じがすると同時に、幸せな感じがする。そんなアルたちを見て、何がおかしかったのか、桃子はクスクスと笑っていた。
「熱いにゃ……ここだけ夏みたいだにゃ」
クロノもそんなアルたちを見て、ニヤニヤ笑っていた。
「羨ましいなら、貴様も連れ合いを探すんだな」
シャノンは抜け抜けと言い放つ。アルは居心地が悪くて、つい、どんとシャノンを突き飛ばしてしまった。
「……アル?」
「い、いきましょう!」
何だか、胸がどきどきしている感じがする。何だか理由は分からないけど、身体が熱い。アルはシャノンから目を逸らすと、シャノンと顔を合わせないように、そそくさと歩き出した。
最初は気にならなかった。でも……次第にそれが気になるようになってきた。
シャノンがアルへ近づこうとする度に、アルはシャノンから微妙に距離を取る。まるで、シャノンの傍にいたくない、という感じである。
シャノンはアルが好きだ。愛していた。そしてアルがシャノンを好きだという気持ちも、永遠に変らない、絶対のものだと思っていた。だから、こういう避けるような態度を取られるのはショックだ。
そんなことはありえないと思いつつ、もしかして……嫌われたのかな、と考えてしまう。嫌われたとしたら、原因は何だろう……? 馴れ馴れしくしたのが原因かもしれない。少しアルと距離を置いた方がいいのかな、とも考えてしまう。
そのとき、ゴゴゴッと頭上から変な音がした。シャノンは頭上を見上げる。何だか、ピンクの液体みたいなのが振ってきた。
「危ないっ!?」
シャノンはアルを押し倒し、身体で庇う。シャノンが激しい勢いでアルを突き飛ばしたから、2人とも液体は掛からなかった。しかし逃げるのが遅れたクロノには派手に液体が掛かった。
「自慢の毛並みが汚れるにゃー!?」
クロノは派手に騒ぐ。桃子は顔を顰めて、クロノから離れた。
「ちょっと! あたしには近寄らないでよ! 何の液体か、分からないし!」
その桃子をがしっと後ろからノリン提督が押さえ込む。
「さあ……クロノ、やってしまうアル」
「や、やめてよ……ちょっと……本当に嫌なんだってば!!」
桃子は泣きそうな顔で暴れる。
そこにブライムは思いついたように全然関係ない話題をのんびり振っている。
「タコ、どうしようか……タコ? どう料理するのが美味しいかなぁ? やっぱり刺身かなぁ?」
シャノンは、その騒ぎを横目で見ながら、アルの顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫か?」
アルは赤い顔をして、俯いている。
「は、離してください……」
シャノンにとってショックな言葉を、アルは投げかけてくる。シャノンはカーッと頭に血が上った。
「嫌だ!」
ぎゅっと……アルの身体を抱きしめた。アルは驚いた顔でシャノンを見る。
「シャ……ノン?」
「知らずにアルの嫌がることしていたなら謝る。だから……嫌わないでくれ」
シャノンはこれ以上アルの心が離れないように、必死でぎゅっとアルの身体にしがみついた。
アルもシャノンがこれだけ辛い思いをしていたのを知って、ショックだったみたいだ。やがてぎゅっとシャノンの身体を抱き返してくる。
「嫌じゃないんです……ただ……よく分からないけど……居心地が悪くて……」
「本当に……それたけなのか? 嫌いになったんじゃないのか?」
「本当に嫌っていた訳じゃないんです! ただ、本当に居心地が悪かっただけで……」
アルは居心地悪そうに、ごそごそと身体を動かした。アルのしなやかな身体の感覚が、シャノンへと伝わる。
アルの言葉を聞いて、シャノンはアルの気持ちを理解した。シャノンはクスッと笑い、アルの鼻を突っついた。
「そっか……また照れてただけなんだな……」
「シャノンがそういうのでしたら……そうかもしれないです……」
「やっぱりアル……可愛いな」
シャノンは嬉しくなって、アルにキスした。アルは俺のものだ、と全世界に伝えたい気分だった。
「にゃんともはや……全員、我輩のこと、完全に忘れているにゃ……」
クロノは恨みがましい視線で周囲を見回す。
釣られてシャノンも周囲を見ると、桃子とノリン提督はまだきゃあきゃあわーわー騒いでいる。ブライムはさっきから必死にタコの調理の仕方を捲くし立てている。
それらの様子を見て、シャノンとアルは顔を見合わせてからお互いに笑みをこぼし、身体を離した。
またしても液体が振ってきた。今度は茶色の液体だ。それをブライムはまともに被ってしまう。
「きゃぁ!?」
桃子が慌ててブライムから飛びずさる。いかにも、近寄るな、という嫌そうな顔を見せる。
そんな風に若い娘に嫌悪の表情を向けられたら、普通は傷つくだろう。しかし、その様子を見ても、ブライムは特に傷ついた顔をせず、のんきに呟いた。
「あーあ……しまったな……また団員に怒られる……」
「団員……?」
桃子はブライムから距離を置きつつ、恐る恐る尋ねる。
「ああ、洗濯係の凸凹コンビのシノンやフィズやジュテームとかに、叱られないかな、と。あ、俺、ギャリック海賊団のメンバーなんだよ」
「ああ……あの……」
桃子は納得する。ギャリック海賊団の噂は桃子も聞いていた。それから再びブライムの姿を見て、やっぱり嫌悪を隠しきれないように眉を顰めたものの、一応取り繕うように桃子は言う。
「それはともかく、いきましょう」
そのとき、前方より、チューチューという声が聞こえた。桃子は目を凝らして、前方に視線を向ける。そこにいたのはネズミだった。ネズミの大群がこちらに接近してきていた。
「きゃぁぁ!」
桃子は慌ててブライムの背後に隠れた。ブライムはネズミへ短刀を投げて牽制する。そして再び、短刀を取り出して、投げようと構える。それをシャノンは止める。
「おいおい、影響を受けているだけなら、殺さなくても平気だろう?」
しかし、今度はそのシャノンへ、ネズミは襲いかかってきた。アルはシャノンとネズミの間に入る。
「危ない!!」
警告の声を発しつつ、アルは目の前の空間に炎を生み出した。ネズミは怯んで、立ちすくむ。そこに異様に目を輝かせたクロノが、しっぽをピンと逆立てて狂喜し、ネズミに飛び掛った。その様子は日頃、紳士を自負しているようにはとても見えない。
「ネズミにゃ、ネズミにゃ」
「無茶です!」
アルはクロノへ叫んだ。幾ら猫でも、あんなに沢山のネズミに襲われたら、一溜まりもないだろう……。
だが、そこでアルは目を見張る。クロノは一匹ではなく、何匹……いや、何十匹もいた。これはクロノの能力の「全員集合」だ。クロノはベルを鳴らし、違う時のクロノを沢山呼び出したのだ。
ネズミは瞬く間に蹴散らされる。
桃子はふぅと安堵の息を吐き出した。それから自分がノーブラの状態で、ブライムと身体を密着させていることに気づいた。
「あっ……きゃぁ!?」
桃子は慌ててブライムから飛び離れる。ブライムはそんな桃子を不思議そうに見下ろす。そして桃子の背後にそれがいるのに、気づいた。
「おー……」
「えっ?」
桃子はブライムの視線を追って振り返る。そこにゴ○ブリの大群を見つけて、身体を硬直させた。
「ひぃぃ……」
辛うじて桃子は声にならない叫びを上げる。
ブライムは桃子を庇って、短刀を構える。
シャノンもゴ○ブリの大群に気付く。まさに前門のネズミ、後門のゴ○ブリだ。
「やれやれ……さすがにアレは、生理的に受け付けん。……とは言え、怯む訳にはいかないか」
二丁の拳銃を抜き放ち、シャノンも構えた。
ブライムは大声で言った。
「正面を突破しよう。戦う必要があるならともかく、そうでないなら、さすがにアレとは戦いたくないしな」
「ああ、分かった」
その意見にシャノンも同意した。
しかしアルは、しんがりに立とうしたシャノンを押しのけて、自分がしんがりに立った。驚いた顔をするシャノンへ、アルは冷静に言う。
「ここは僕に任せて、早く行ってください」
「分かった……任せたぞ!」
シャノンはアルの顔をもう一度じっと見ると、直ぐに踵を返した。
その様子を見ていた桃子は、びっくりしてシャノンに問い正した。
「いいの!? 恋人を1人残していっても!?」
「いいんだ……あいつのことは信頼しているからな。これくらいなら、全然問題ない」
シャノンは桃子へ、自信満々にニッと笑ってみせる。
アルは無造作にゴ○ブリの群れへ歩み寄る。ゴ○ブリはアルへ、もぞもぞと襲い掛かり、たちまちアルの身体はゴ○ブリで覆い尽くされた。
「きゃぁ!?」
桃子は悲鳴を上げる。
しかし、アルに取り付いたゴ○ブリは次々と動きを止め、地面へ落ちていった。
桃子は驚いて、説明を求めて、シャノンへ目を向ける。
「これは……? 一体何をしたの?」
「ゴ○ブリの生気を奪ったのさ。アルは……そういうことが出来るんだ」
「すごーい」
素直に桃子は感心する。それから怪我がないか、遠くから、アルを窺う。全然平気そうに、アルはきょとんと桃子を見返す。
桃子は安堵の息を漏らした。
「よかった……」
それから今度はブライムを窺う。
「あ……えっと……その……」
「……?」
ブライムもきょとんと桃子を見返す。桃子はそんなブライムにぺこんと頭を下げた。
「ごめんね……」
それからカーッと顔を赤くして、そっぽを向く。
そんな桃子をブライムはさらに不思議そうに見ていた。
桃子はそそくさとブライムの目線から逃れるようにシャノンに近づくと、その腕を取っていきましょうと引っ張った。
クロノは何処からともなく、岡持ちを取り出す。それからティーセット一式とテーブルとイスを取り出し、その場に広げた。
ノリンはそんなクロノを不思議そうに覗き込む。
「何しているアル?」
「もう歩き回るのに疲れたにゃ。ここで一休みするにゃ」
クロノはイスに座って、肉球で器用にカップを持って、紅茶を啜った。
「じゃあ、ボクも一緒するアル」
クロノの正面に座ると、ノリン提督も紅茶を啜りだす。
クロノは周囲にいる皆を見回し、イスに座るように促した。
桃子は呆れたように言う。
「もう……こんな汚いところで紅茶なんて飲む気しないわよ。それより、さっさとアレを退治して、ここを出ましょう!」
シャノンはそれに同意して頷く。
「ほら、桃子もそう言ってるし、さっさといこうぜ」
ひょいとクロノの首根っこを持って摘み上げる。
クロノは暴れてシャノンの手を逃れた。
「無礼者にゃ。我輩はこの退屈さを何とかしよう、としただけにゃ
「わざわざお茶会なんてしなくたって、別の方法があるだろ?」
「それなら……我輩の踊りをみるにゃ」
クロノはうねうねとタコ踊りを踊り始める。
さすがにそれは止める気も起きず、桃子は呆れて見ている。するといつの間にか、クロノが一匹、二匹……沢山と増えていた。
ノリン提督も一緒に踊りだす。2人はシンクロしているみたいに、ピッタリと息が合っていた。そして踊りはどんどん白熱していく。
「あれ? あれあれ?」
言いながらも、桃子も不思議とクロノたちのノリに釣られて踊り出してしまった。
本当は踊りたくない、踊りたくないのに、身体は勝手に反応してしまう。激しい踊りに釣られて、胸が大きく揺れる。その感触が自分に伝わってきて、桃子はさらに恥かしい。
「いやっ……助けてーっ!!」
桃子は恥かしさのあまり、悲鳴を上げた。
アルは呆れて、クロノたちへ注意した。
「もう……静かにしてくださいよ。こんなに騒がしいと、タコに気づかれて、逃げられてしまいますよ」
タコと聞いて、桃子の身体の芯がカーッと熱くなる。踊ろうとする以上の感情がうちからこみ上げてきて、思わず踊りをやめて、もじもじとしてしまう。
そんな桃子をアルは不思議そうに見つめる。
とそのとき、アルはソレが近づいてくる気配に気づいた。
「きますっ!?」
水面を見て、アルは叫ぶ。
下水道の中から無数の触手が現れた。触手は何匹かのクロノたちを絡め取る。掴まったクロノたちは悲鳴を上げて、まだ掴まっていないクロノたちに助けを求めた。しかし掴まってないクロノたちはタコを恐れて、皆、元の自分たちの時間へ戻っていく。
「そんな、薄情だにゃ!?」
掴まっているクロノたちは騒ぐものの、他のクロノたちは皆、逃げてしまった。
踊っていたノリン提督もタコに掴まった。そしてタコの口まで運ばれ、パクッと飲み込まれる。
ノリン提督が飲み込まれたのを見て、桃子は悲鳴を上げた。
「きゃぁ!?」
慌てて桃子はノリン提督を助けるためにタコに駆け寄る。
しかし桃子の助けを借りるまでもなく、タコのお腹を割って、ノリン提督はタコのお腹の外に出てきた。
「やれやれ……危なかったアル」
「よ、よかったぁ……」
桃子はペタンとその場に座り込む。しかし、そのとき、桃子は気づいた。
「ノリン提督……帽子は?」
ノリン提督の帽子がいつの間にか、なくなっていた。顔は髪に隠れてよく見えないが、これまで帽子で隠れていた顔が少しでも見えるのは、違和感を凄く感じた。
「おや? しまったタコのお腹に置き忘れたアル」
ノリン提督はタコの方を振り返った。髪が翻る。桃子からはよく見えなかったが、ノリン提督とタコの目が合ったようだ。
ノリン提督の、目が合うと、目が合った相手とまったく同じに変身してしまう、という特殊能力が発現する。ノリン提督は2匹目のタコになった。
「ノ、ノリン提督!?」
再び桃子は悲鳴をあげた。ノリン提督だったタコは、悲鳴をあげた桃子に意識を向けて、うねうねと桃子に触手を伸ばす。
「あ……あ……」
桃子は赤くなって動けない。触手は桃子に絡みつく。
「きゃぁ!?」
桃子は叫んだ。
その様子を呆然と見ていたブライムは、呆れたようにシャノンに尋ねた。
「どうする……あれも倒さないと駄目かな?」
「俺もそうした気満々だが、さすがにそれはまずいだろう。桃子はとりあえず実害はなさそうだし、とりあえず本物から倒しちまおうぜ」
シャノンは答えて、銃を構えた。
アルは魔力を足下に集め、浮雲の能力を使い、水の上を滑るように高速移動し、タコに接近する。そのままタコへ蹴りを放つものの、タコの表面はぬめっていて、攻撃が思うように決まらない。
タコはアルへ無数の触手を伸ばしてくる。
アルは一回転しつつ、それをよけ、回転している途中の頭が下の状態で、両手を突き出し、両手より火球を生み出し、放った。しかし火球はタコを怯ませたものの、水があるので、倒すまでにはいかない。
反動でアルは回転し、再び水の上の着地する。さらにタコは触手を伸ばしてくる。
触手とアルの間に、ブライムが割って入る。
「危ない! ここは任せろ!」
ブライムはサーベルで向かってきたタコの触手を切り落した。
シャノンはアルを庇うように前に立ちはだかり、火炎弾をタコへ連射する。火炎弾の威力は調整してあったので、水の中でもある程度は効果があったみたいだ。
2人の援護を受け、アルは下水道内を縦横無尽に走り回った。そして魔力で血を糸状にし、それを四方に伸ばし、紅の牢獄を作り出し、タコの身体を絡め取って動きを封じた。そして血の糸を通して、徐々にタコの生気を吸い取っていく。
タコの動きが鈍くなる。
「今ですっ!!」
「おう!」
アルの声に答えてブライムは魔術の電撃を放つ。
「くたばれ!」
シャノンも霊撃弾を電撃の効果にし、タコへ放った。
ブライムとシャノンの攻撃を浴びて、タコは身体を痙攣させる。
そして弱っているため鈍い動きで、身体が糸で切り刻まれるのすら構わず、逃げようとした。
クロノは放り出される。クロノはくるんと三回転して、地面に着地する。直ぐ近くに先ほど広げたティーセットがあったので、そのままクロノは傍のイスに座り込んだ。
「やれやれ、酷い目にあったにゃ……」
クロノは呟きつつ、飲み掛けの紅茶を一口啜る。そしてクロノは、タコの時間を止めた。
タコはピタリと動きを止める。
その機に乗じて、シャノンは火炎と電撃を交互に放つ。ブライムも再びサーベルで触手を切り刻む。
「これぞほんとの蛸殴りですにゃね」
ボコボコにされているタコを見て、茶を啜り寛ぎながら、クロノはのんびりと評した。
さらにアルは、タコが逃げないようにロケーションエリアを展開する。
下水道が緑豊かな丘の風景に変った。そして世界干渉の力を発し、思っただけで一気に周囲を灼熱地獄と化し、そこにタコを叩き込んだ。
タコは瞬く間に灰と化した。
シャノンはアルの隣に立つ。
「終わったか?」
「はい……」
こくん、とアルは頷く。
それからシャノンはもう一匹のタコを見る。ノリン提督が変身したタコだ。
「……とりあえず、あれ、どうするか……」
タコの触手は、桃子を束縛し、桃子の身体の上でうねうねと蠢いていた。桃子はさっきから顔を真っ赤にして、苦しそうに息を吐き出している。
「えっと……どうしようといわれても……」
アルは困惑した顔で、その様子を見守る。
仕方なしにシャノンは結論を下した。
「……退治しちまう訳にもいかないし……まあ、ほっとくか。いたぶるのに飽きたら、元に戻るだろう」
クロノは緑の丘の下、ティーセットを広げて、皆を手招きする。
「今度こそ、お茶会をするにゃ。今日の紅茶はアールグレイだにゃ」
「あ、はい、そうですね。ここなら、下水道の中、という感じがしませんし、別に構わないですよね?」
アルは返事して、シャノンの方へ一応意見を伺うように視線を向ける。
シャノンもアルに答えて頷く。
「ああ、そうだな」
その和やかな様子を見て、桃子は情けない悲鳴をあげる。
「ちょっと!? ほっとかないでよ、助けてよ〜!!」
結局、桃子が解放されたのは、それからずっと後のことだった。
下水道を出て、対策課に行くと、お風呂の支度が出来ていた。正直、アルは下水道での汚れを早く落としたかったので、お風呂に直ぐにでも入りたかった。
「じゃあ、僕、お風呂に入ってきますね」
アルはそう言って、お風呂場へ向かう。しかし、そのアルをシャノンは呼び止める。
「まてよ、アル? 一緒に入ろうぜ?」
「え……えっ……? 一緒に……?」
カーッとアルは赤くなる。どうしようか、と周囲を見回すと、ノリン提督もクロノもブライムも一緒に入るつもりらしい。シャノンと一緒にお風呂に入ってドキドキしている様子を皆に見られるのは、さらに恥かしい。
アルは断ろう、と口を開きかける。
しかしシャノンはアルが何か言う前に強引に腕を掴んで引っ張った。
「さっ、行こうぜ」
「ちょ、ちょっと!? シャノン!?」
抵抗むなしくアルは脱衣所まで連れて来られる。
シャノンは豪快に服を脱ぎ始める。シャノンの方を見ると、それを意識してしまいそうなので、アルはシャノンとは反対側のロッカーを使うことにして、極力シャノンや皆へ背中を向けて、服を脱ぐ。そして慌てて腰にタオルを巻く。意識を集中して、シャノンの気配を探った。シャノンが浴室に入る気配がするとようやく、振り返り、ドキドキしながら浴室の扉を開ける。
目の前にはシャノンの背中があった。そのまま背中にダイブしてしまう。シャノンの逞しい背中を肌越しに感じ、アルはカーッと全身が熱くなる。
「あ、あ……ごめんなさい!?」
アルはシャノンから離れると、ちょっと恥かしくてもじもじする。
シャノンはそんなアルの様子に首を傾げると、アルの手を引っ張って洗い場へ歩き出した。
「ほら、洗ってやるよ。全身……くまなく」
「駄目ですってば!?」
――そんなこと、困りますってば!?
アルは慌てて、近くにいたクロノを掴んだ。
「僕はクロノさんを洗いたいですから」
クロノはコテンと首を傾げる。そんなクロノの手をアルは引っ張って、シャノンから離れた。
危なかった、とアルは思う。
クロノの毛並みに触りたいと思ったのは確かだった。でも、アルは他にシャノンに身体を洗われたら困る理由があったのだ。
アルはしっかり前をタオルで隠し、クロノの後ろに座ると、クロノの身体を洗い始めた。
洗っているうちに、直ぐにクロノの毛並みに夢中になり、恥かしい気持ちも薄らいでいった。
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クリエイターコメント | こんにちは、相羽まおです。今回はこのシナリオにご参加していただいて、有難うございました。
今回も楽しく執筆させて頂きました。アルさまにシャノンさまのカップル、クロノさまとノリン提督のナイスコンビ、ギャリック海賊団のブライムさまなど、魅力的な面々の様子が書けて、本当に幸せでした。
もし機会があれば、また皆さん、参加してくださいね。どうか、よろしくお願いいたします♪。 |
公開日時 | 2008-04-28(月) 19:30 |
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