★ スーパータイムセールサンバマーチ! ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-645 オファー日2007-07-18(水) 23:37
オファーPC クロノ(cudx9012) ムービースター その他 5歳 時間の神さま
ゲストPC1 ノリン提督(ccaz7554) ムービースター その他 8歳 ノリの妖精
<ノベル>

 なぜか勇ましい軍艦マーチが流れていた。ここはパチンコ店ではなくスーパー、銀幕市で最も大きな規模を誇る銀幕スーパーだ。だがそこに軍艦マーチ。要するに軍歌。
 もちろんこのスーパーの店内では常に軍艦マーチが流れているわけではない。いつもならキーボード四つ打ちのチープな音楽だ。この闘争心とギャンブル心を奮い立たせるマーチが流れるのは、金曜の午後5時から6時までの1時間だけだった。
 午後4時半あたりから、スーパー内をうろつく主婦たちの目つきが変わり始める。
 午後4時50分をすぎれば、総毛立ちそうな殺気まで漂う。
 午後4時55分までには、呑気な男性客と無力な子供が店外か生活雑貨売り場や本屋に避難する。それでも食品売り場をぼんやりうろつく客がいれば、そいつは救いようのないバカかヒーローばりの命知らずのどちらかだ。
 午後4時58分、がるるるるるる。
 午後4時59分、ぶるんぶるんぶるんぶるんぶぶぶばばばばばぶるん。

 午後5時 ちょうどを お知らせします。

「ギャー!」「キャアアアア」「痛い痛い痛い痛いああああ」「足ッわたしの足ッあっ」「ニンジンっニンジンがっ」「ギャアアアやったあああ」「大根ッ大根ッわたしッ」「手が、手がアアア」「ぅギャー!」「豚肉ッ細切れあたしっ豚っ」「た……たすけ……て……」「みぎゃあー!」「サンマ25円! サンマ25円! サンマあああ」「手がッ腕がッちぎれるアルッ」「やった! うひゃひゃひゃひゃゲットしたぞっ見たかっマグロだっイチキュッパのマグロっひへへへへあたしのモンだあああああ」「ちくしょうッわたしの髪がっ目がっあっ」「キャアアアアア」「死ぬっいやっ死ぬっ」「たまごー! ああああッたったまごー! Lサイズ88円っギャハッ」「死にたく……ない……」「やめてえッ押さないでッつぶれるッギャッ」「ひへへへへやった! やったぜばんごはん! 大根の煮付け!」「ヒイイイイイイ」「ぎゃにゃっ」「ぐぉあアルッ」「今日はす・き・や・き(はぁと)」「痛いっアッギャー!」

 魚の首が、大根の葉が、血肉が乱れ飛んだ。血肉はもちろん豚や牛や鶏のものだがたまーにヒトの血も混じっていた。悲鳴は渦を巻いた。おばちゃんの怒号と唾は弾丸だ。マーチのあるところ、それは戦場なのである。軍歌なんだから当たり前だろ。
 有体に言えばこれはタイムセールだ。月に二度、日曜の朝9時でも開催されているのだが、早朝はさすがにおばちゃんがたのパワーも落ちると見える。ひどいのはやはり金曜午後5時のこのタイムセールだった。
「ぇらっしゃいませーぇらっしゃいませーただいま恒例金曜ファイブオクロックタイムセール開催中でございまぁすサンマ25円塩鮭48円大根68円ニンジン10円あーもちろん1本の値段ですよ豚こま100グラム38円そうめんイボの糸88円卵Lサイズ1パック88円でのご奉仕でございまぁすぇらっしゃいませーぇえヒヒヒ踊れ踊れ貧民ども」
 店長が流す拡声器ごしの口上に、なぜか悪魔の嘲笑が混じっているような気がしたがおそらく幻聴だろう。
 凄まじいパワーが、棚で碁盤の目状に区切られた食品売り場を埋め尽くす。力尽きた敗者はみじめな骸をさらしていた。だがその屍と野菜クズの中を、よろよろと這いずる小さな影があった。
 主婦の立派な体格と比べれば、その影はほんのネコほどの大きさでしかない。つーかそれつまりネコってことですよね。銀幕市でこんな無謀をはたらく影のように黒いネコと言えば、それは時間の神様たるクロノしかありえなかった。
「ぐ……ぐにゅううう……ま、まけるものか……ちくしょうバチ当たりどもめ神をにゃんだと思っているのにゃ……」
 自慢の毛並みも礼服もすっかりぼろぼろで、尻尾の先の白い毛はだいぶ抜けてしまっていた。
 瀕死の身体は、しかし確実に、鮮魚売り場を目指していた。棚と棚の間で繰り広げられている争奪戦も、クロノの体格なら足元をすり抜けられる。逆に踏み潰される危険も大きいのでどっこいどっこいか。
 幸い二度踏まれただけで、クロノは午後5時4分(そう、たった4分間でクロノの体力ゲージは点滅状態だった)、目当ての鮮魚売り場にたどり着いていた。
 一尾25円のサンマプール周辺は、氷と魚くさい液体と血と目玉が乱れ飛び、とてもクロノが入りこむ余地はない。主婦の多くはサンマ狩りにやっきになっていて、一切れ48円の塩鮭にはさほど熱心ではなかった。
 だが歴戦の主婦は侮れない。サンマがてら鮭もすでにカゴの中に入れている者も多く、クロノがワゴンによじのぼったときには、塩鮭もあと1パック(ふた切れ入りなので96円也)しか残っていなかった。
「ふにゃはははは、いただきだにゃあ!」
 ジゃきーん!
 振り上げられたクロノの右手から、鋭い爪が伸びた。
 爪はひらめき、塩鮭パックのラップに食いこむ。次の瞬間、パックはクロノの小脇に抱えられる――はずであった。
「うにゅ!?」
 動かない。
 塩鮭パックが、引っ張っても引っ張ってもクロノの胸元に飛びこまない。クロノは主婦たちの隙をついていた。誰も塩鮭パックには手を伸ばしていない。――ように、見える。
「ま……まさか!」
 クロノが目を見開いた。何もない空間から、クロノをあざける含み笑いが漏れてくる……。
『クックックック……やっと気づいたアルか……クックックッ』
 塩鮭パックが積まれていたワゴンの上に、ぽひ、と海賊ルックの小人が現れた。神出鬼没、小さな大型台風、泣く子も踊ると二つ名の、その妖精は!
「ノリン提督!」
「ィエーーース!! 呼ばれて飛び出てノリン提督! 今日もノリノリアルよー!」
 くるくるくる、海賊帽が回る回る。もしかしたら首まで回っているのかもしれないが相変わらずかれの顔は見えない。びし、とノリン提督は左手の人差し指を天井に向けた。キマッた。
 キメている間にもその右手は塩鮭パックをガッチリつかんでおり、クロノは毛とヒゲを逆立てながらフウフウ唸っていた。
 ッカァァァアアアアンン!
 どこで誰が鳴らしたものか、鮮魚売り場の一画にゴングの音色が響きわたる。とたんに、にゃあにゃあアルアルと凄まじい屁理屈が飛び交い始めた。
「この塩鮭は我輩のものですにゃ! 我輩が先に手をつけたのは明らかですにゃ」
「みんなとクロノの目には見えなかっただけで、ボクが先に手をつけてたアルよ!」
「勝負は見られていにゃければ成立しにゃいにゃ! 無効無効! ノリン提督は失格ですにゃ! はにゃせぇえええ!」
 むぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
 ネコと妖精は互いに一歩も譲らない。
 そして突然クロノが目を見開き、声高に叫んだ。
「うにゃっ、この国は民主主義ゆえ多数決で判定するべきですにゃ!」
 クロノは懐からベルを取り出し、目を血走らせ、激しく打ち鳴らした。まわりの主婦が、「なに抽選!?」「どこでやってるの!」「景品なに景品!」と騒ぎたてる。その混乱の合間から、モーニングに身を包んだ黒猫がわさわさ集まってきた。その数およそ50。
「クロノが先に取ったと思う人ぉ!」
「「「「はーいハイはいはいハイはーいはいはいはーいひっこめ提督ハァーイはいはーいはいクロノばんざーいハーイはいはい失せろ提督ハーイハァーイHiはいはいはあーッ!!」」」」
 当然だがほぼ全クロノがクロノを指示した。ノリン提督が圧倒されたのはほんの2秒ほどであった。
「ボクが孤立無援だと思うんじゃねえアルよ! ノリン提督が先に取ったと思う人ぉおおお!」
「「「「ハァーイイェーイうぉーいはーいハイハイはーいわははははハーイはいはいハーイはいハイハイhighうひひひいぇーいヒャッホーィはーいはいはいはいニャーはーいはいハイハイうわははは!!」」」」
 ノリだった。周囲にいた修羅場中の主婦と従業員がついにキレてノッて諸手を挙げ、びょんびょん飛びながらわめき散らす。なんか飛んでるよなんか。サンマとかお菓子とか。ノリがあるなら何でもできる!
「元気アルかァーーーッッ!! いーち! にー! さーん!」
「「「アルーーーーーッッ!!」」」
「に、にゃにィィィーッ! うにゅにゅにゅにゅッ、こ、このままではぁッ!」
「うははは、みんなノリノリアルよーッ!!」
 ピィーーーーーププププピィーーーーー!
 おおこの音色はサンバ! 名前わかんないけどサンバのカーニバルでよく聞くアレじゃん! ノってきたスーパーノッてきたマジで! すげえよこれなにコレ!? みんな踊ってんぜ!? おとなもこどもも店長さんも!
「や、やりやがりましたにゃあッ!?」
 ノリン提督のロケーションエリアだ! これ以降はイクスクラメーションマークが句点になるぜ! でも読んでて血管切れそうになるだろ! バカみてーな気分になるだろ! だからたまに句点も使う。
 ノリン提督のロケーションエリアは強烈! 悪質! 陽気! 号令ひとつでどこでもそこはカーニバルエリア! つまり普段シリアスなダーティヒーローも、真面目な店員も血眼になっていた主婦も、皆サンバのリズムで踊りだしてしまうという寸法だ。
 クロノ提督あ間違ったノリン提督はどさくさにまぎれることにかけては天才で、このノリノリのサンバの中でも、虎視眈々と塩鮭パックを狙っている!
「そー来るならこー行くにゃ! 好きにはさせませんにゃあ!」
 クロノは気づいていたか、それとも単にノセられてしまっていたか。どこからともなく大きな砂時計を取り出して、どかん、とワゴンの上に置いた。
 おおっとここでクロノもロケーションエリアを展開したァーーーッ!?
「愚民どもめ! 神の肉球の上でサンバでも踊るがいいにゃ。にゃっはっはっはっはァ!」
 ジゃきーん!
 爪を伸ばした手を、クロノが高く掲げる!
 たちまち、一尾25円のサンマが息を吹き返した。主婦のカゴのビニール袋の中でのたうち、袋の口をとめていたゴムをブッちぎった。氷まみれのサンマプールに漬けられてガチガチになっていたサンマが、いまやぴちぴち。サンバのリズムで踊っている。
 みぎゃー(はぁと)!
 数多の時間軸から呼び出された50のクロノがいっぺんに発狂した。活きのいいサンマの青いテカリめがけて突進した。お魚くわえて逃げだすクロノを、サンダルをすっ飛ばしたおばちゃんが裸足で追いかける。
 あれ、オイ、おばちゃんがたの8割がギラギラのビキニ姿でフリフリの羽根飾りつけてんですけどッ!? まぶしい笑顔、魅惑的な胸騒ぎの腰つき、揺れるぜえにく! やめてくれ目が曲がる! ああっでもやめないでっおねがいっおねがいだからっ!
「おォーッッ!! 夏にはやっぱりこのノリアルよ! クロノ! もっともっと気合入れてノるアル!」
「にゃはははは、まかせてほしいですにゃ! おらおら魚はサンマだけじゃにぇええじゃろうがッ!」
 パックの中の塩鮭が、特に安くなっていなかったサバが、マグロの赤身が、すいすい空中を泳ぎだす。ノリン提督はワゴンの上でホウレン草をうちわにして踊っている。ワゴンはスーパーの店員が神輿のように担いでいた。ワッショイワッショイワッショイワッショイ!! ぶもー! なんだその音!? 振り返ればウシがいる。
 そう、クロノの力は細切れの肉の時間まで巻き戻してしまったのだ。豚が鶏が牛が、きれいに並べられた陳列棚を倒した。馬刺しも売られていたので馬までいたし、どうもスペインからはるばる輸入された牛肉まであったようでさすが闘牛の国の牛ものすごく獰猛。ほんとにすごい鼻息。クロノの1匹が真っ赤な赤身のでっかいブロックをくわえて走り回っていたので、スペイン出身の牛がそこに突進していった。赤いからね。


 ――すでに店内は銀幕スーパーでもブラジルでもなくなっていました。わたしがいたところはアマゾンでした。みんなばんごはんのことやタイムセールのことを忘れて、すっかり踊り狂っていたんですよ……。
                              銀幕市在住・Aさん談

 ――まず、まわりの人々を落ち着かせるのが私の仕事だと思いました。
                           銀幕スーパー店員・Bさん談

 ――もう、誰ひとり……冷静なんかじゃなかったよ。だってふたつのロケーションエリアが広がる前から、そこは戦場だったんだぜ? もう……めちゃくちゃだった。オレの足元で、ばあさんが倒れながら踊っていたんだよ……。うっ、悪い……思い出しちまって、ううっうっぶひゃはははは
                              銀幕市在住・Cさん談

 ――アラビア圏のアザーンを聞きました。あと花火とかいいですよね。水に漬けたやつ。
                           銀幕スーパー店長・Dさん談


「うぉぉぉぉおおおーッ、いいカンジアルよ! いいノリになってきたアル! あと15分はノれるアルよ、そりゃそりゃサンバアル!」
 もうこれ以上どうノれというのだろうか。ノリン提督が騎乗する神輿ワゴンは店内を縦横無尽に駆けずり回っていた。50匹クロノちゃんは自由意志で大行進していた。
 殺気と闘気で目をギラつかせていた主婦は、みんなきらびやかなビキニで踊り狂っている。みんな笑顔。
 店員は店員で、Lサイズの卵が88円なんて原価割れしてんじゃねーか消費期限実は切れてたりしてーと騒ぎながら生卵ドッヂに明け暮れていた。誰が作ったのかクリームパイも飛んでいる。そんな理不尽な暴力を一心に受け止めながら、店長は拡声器で唯一神を讃えていた。彼は非暴力主義者なのだ。
 ノリン提督の神輿は青果売り場に入っていった。それが運の尽きだったのかもしれない。いや運があろうとなかろうと、いつかはそうなる運命だった。ノリン提督を乗せていた神輿がヤシの木にブチ当たり、盛大に転倒したのだ。
「ごわーーーー!!」
「あいやーーーーー!!」
 なんでヤシの木。見れば青果売り場はジャングルと化していた。マンゴーとヤシの実とパイナップルとパッションフルーツが出荷前の状態に戻っていて、南国の植物が自由な感じで枝葉を伸ばしている。
 スイカもゴロゴロしていたし、常夏な雰囲気の植物の間で、ミニトマトやナスが控えめに実をつけていた。踊っていた主婦が群生しているキャベツにけつまずいて転んだ。
 有機野菜の葉の裏についていた虫の卵が孵っていて、チョウチョとハチもバリバリ飛んでいる。1パック88円の卵も、戦争に徴兵されなかったものは無事にヒヨコになっていて、そこら辺に生えまくっている落花生をついばんでいた。
 ホウレン草と小松菜の腰ミノをつけた男女が、火をつけたバーベキュー用木炭のまわりをまわっていた。サンバのリズムで踊りながら。火の上の網に乗せられて、クロノの1匹がジャイブを踊っている。
「おぢゃっあぢゃっみぎゃっぎゃっうぎゅっあぢっ動物虐待! 動物虐待!」
「ダははははは、いいザマアルねクロノ!」
「ふぎゃああッ提督ぅー! うしろーッ! うしろー!」
「その手にはノらないアルよいくらボクでもあああッ!?」
 クロノにノせられ、結局提督は振り返っていた。
 なんとそこには、ワニがいた。
「なななな、なんでワニアルかーーーッ!?」
 ここで思い出してほしい。このスーパーはヤシの実とスペイン産の牛肉を輸入しているほどバラエティに富んだ品揃えを誇っているということを。ワニ肉が置いてあったとしてもそれはぜんぜんまったくちっともおかしくないというわけだ! ワニってちゃんと食えるし!
 ワニにとってノリン提督は実に手ごろな大きさだった。1メートル弱の身体だから、パクリとひと呑みにできる。加えて海賊の風体だ、ワニと海賊と言えば片手がフックの御大だ! 耳をすませば聞こえてくるぞ、ワニの腹から、チクタクチクタク――
「あいやーーー!!」
 ばっくり!
 ワニは、せんちょうを、たべてしまいました。
 そのあと、めをしろくろさせて、ぺっとなにかをはきだしました。それは、しんちゅうの、かいちゅうどけいでした。じかんのかみさまが、このバカさわぎのなかで、いつのまにかなくしてしまった、ふしぎなとけいです。
「み、見つけたにゃあああ!」
 網の上で踊っていたクロノが颯爽と飛び降り、ワニが吐き出した懐中時計に向かって疾走する。ワニがギロリとまばたきした。皆さんご存知のようにワニのまばたきって不気味なんですよホラこんなふうに――
 ばっくり!
 くいしんぼうなワニは、じかんのかみさまも、ひとのみにしてしまいました。
 やっとまんぷくになったワニは、のそのそ、おさかなうりばへあるいていきます。みずのにおいにさそわれたのかもしれません。
 でも、そこも、おおさわぎでした。
「みギャー! どくんだにゃー! どいてくださいにゃー! にゃんで、にゃんでサメがいるんだにゃああああ!?」
「そりゃおまえ、キャビアもあるしカマボコもあるから」
「うにゃあああ、貴方は誰にゃ?」
「うにゃー! どくんだにゃあ、どくんだ我輩ぃい!」
 サメだ!
 無表情なサメが何匹も、床でびちびちはねている。どうやら腹を空かせているらしく、手ごろな大きさのクロノをぱくぱく食べては片づけていった。図体がデカいサメはワニと取っ組み合いを始めている。
 ノリン提督はもういない。クロノもどんどん数が減っている。だがサンバと戦争は続いていた。音楽もやまないし、動物も肉には戻りたくないようだ。
 熱帯の植物は伸び続けた。リンゴとミカンの樹もどっさり生えて森を形成している。森の中のレジには行列ができていた。カゴの中に一尾25円のサンマとネコと10円のニンジンをぎゅうぎゅうに詰めたビキニのおばちゃんが並んでいる。
「ちょっと早く会計してよ遅いわねまったくもー!」
「早くしなさいよぜんぜん進んでないじゃないのなにしてんのー!」
「うるせーてめーらネコなんかバーコードどこについてんだバカヤロー!」
「ねーおねーさんこのウシいくら?」
「知るかボケ! チーフ呼べ!」
「チーフなら豆腐の角で頭打ってそのへんに倒れてますよ」
「チッ使えねーな!」
「ねえねえおねえさんこのサンマやっぱりいいわぁ活きが悪いし返品したいんだけど」
「てめーの目はフシアナかババア!!」
「返品作業がどんくらいめんどくせーか知らねーからンなこと言えンだババア!」
「死ねどいつもこいつも二度といらっしゃらないでください!」
「だ……大混乱ですにゃ。会計ができにゃいのではお買い物しても意味がないにゃ……」
 いまさらではあるがクロノが我に返った。ノリン提督がワニに食われていなくなっているから、彼のロケーションエリアが発揮する謎のノリも勢力を若干弱めている。
 ごそごそ懐やポケットを探って、虎の子の懐中時計を探す。見つからない。この騒ぎの中で落としたのだ。無理もないだろう。
「うぎゃうぎゃうぎゃ我輩どくんだにゃー!」
「ふがっ!」
 クロノはクロノに突き飛ばされた。サメがものすごい勢いでクロノを追っている。クロノは床に散らばっている銀色の紙ふぶきとサンマで足を滑らせ、盛大に転んだ。ポケットから真鍮の懐中時計が転がり落ち、サンバを踊るおばちゃんに蹴られ、突き飛ばされてすっ転んだクロノの前に飛んできた。
「にょっしゃーーー!!」
 ジゃきーん!
 収納爪みたび!
 クロノは勝ちどきを上げてネコパンチを繰り出した。
 ばげ、と懐中時計がブッ潰れた。
「にゃんですとーーー!?」
 クロノの悲鳴がこだまする。しかし、懐中時計で今すぐ時を戻す必要はなかった。そろそろ……、そろそろ、5時35分だから。潰す前の文字盤を、クロノが確かめる余裕はなかった。だから、突然サンバのリズムが終わって、スーパーの中に夕陽が射しこんできた理由が、いまいちよくわからなかった。


 午後5時半の夕焼けだ……。なぜか、スーパーの中は地獄から茜色に染まる川原へと場所を移していた。
「クロノ」
 土手に這いつくばって打ちひしがれていたクロノの背に、聞き慣れた声が投げかけられる。振り返ってみれば、そこにはぼろぼろのノリン提督がいて、真鍮の懐中時計をぶら下げていた。
「ノリン提督……ど、どこでそれを……」
「どこだっていいアルよ」
 クロノは懐中時計を受け取った。なんらかの液体でべたべたぬるぬるしていた。だが、ちゃんと動いている。針は間もなく、5時35分を示そうとしていた。
「ふみゅ……ありがとう、提督……」
「クロノ。見事だったアルよ。でも……、でも、神様に挑んだ妖精の力も、なかなかのものだったでアろ?」
「もちろん。もちろんですにゃ。ノリン提督は最高の……妖精ですにゃ。神がしかとその力、見届けましたにゃ!」
 ひし! 1メートル弱の小さな身体が、そこで熱い抱擁をかわす。ヘンな意味の抱擁じゃないぞ、友情のハグってやつだぜ。好きなBGMを流してくれブラザー!
 夕焼け色に染まった感動のラストシーンを、カーニバル衣装の観客たちが拍手で飾る。カーニバル衣装のおばちゃんだけではない、生卵とクリームまみれの店員、ほとんど死体同然の敗者、ワニと魚とウシ……、皆、神様と妖精さんの友情を祝福していた。この雰囲気にノらないやつはろくでなしのクソッタレだ。
 遠くの鉄橋を列車が通っている。川を泳いでいるのはサメとサンマと塩鮭の切り身。ああワニもいる。美しい、マンゴーの香りがどこからか……。
 夕陽は消えていった。
 午後5時35分だ。
 クロノとノリン提督は誰かに首根っこをつかまれ、銀幕スーパーの中から軽々と放り出された。


 軍艦マーチがむなしく流れ続けている。
 碁盤の目状に並んでいた陳列棚もすっかり乱れ、倒れ、壊れていた。商品に埋もれた主婦が白目を剥いてピクピク痙攣している。
 あああああ。あああああう。
 生卵とクリームにまみれた店員と店長は、瀕死のゾンビのようにうめきながら這いずっていた。誰がクロノとノリン提督をつまみ出したのかはわからない。
 牛や豚も残らずロース肉298円や挽肉58円に戻っていて、その辺の床や死体の上に散らばっていた。一尾25円のサンマはどんよりした目で店中に転がっている。中にはなぜかカマボコに突き刺さっているものもあった。
 塩鮭パックが、ワゴンの中にぽつねんとひとつだけ残されている。
 幸い警備室およびバックヤードにはあまり被害がなかったため、対策課が駆けつけてくれたが、店は営業どころの騒ぎではなくなっていた。というより対策課到着すんの遅かったし、間に合っていたとしても一体何ができたっていうんだ。どうせサンバ踊らされるだけだっただろう。
「どうして……、ううっ、どうしてこんなことに……」
 スーパーの従業員のひとりが涙を流す。
 防犯カメラの映像を確認した対策課の人間が、答えを出した。
「ムービースターのクロノとノリン提督。たったひとりだけでも店やイベントをひとつ潰せる能力の持ち主です。そのふたりがよりにもよって顔を合わせてしまったからですよ。お気の毒ですが……」
 銀幕スーパーは一ヶ月間店内の清掃と整備もかねて、営業を自粛すると市民に打診した。しかし、おばちゃんを筆頭にした銀幕市民の熱いエールと寛大な意見により、わずか3日間で体勢を整え、営業を再開する運びとなった。
 魔法がかかってからというもの、銀幕市では日常的にお祭り騒ぎや命にかかわる大事件が頻発している。しかし市民はその騒動を踏み台にし、確実に成長してきた。要するに、原因を追究し、即座にその対策を講じることで、自分たちの身を守るようになっていたのだ。たくましい人々だった。本当に――。


「にゃーん。うにゃーん」
「愛らしい声出してもダメです」
「アルー。アルー」
「火星人の真似してもムダです」
「か、火星人じゃないアル、妖精アルよ!」
「ネコさんと妖精さんはこちらの貼り紙をごらんください。まあそういうことですんで」
「……にゃーん」
「ダメです」
「……アルー」
「ダメだっつってんだろ火星人」



 『 ネコと妖精の入店は固くお断りいたします  銀幕スーパー店長 』



 『 P.S.お詫びセールはやりたいんですけど怖いからやりません 』




〈了〉

クリエイターコメント つかれ まし ばひ。
公開日時2007-07-27(金) 19:50
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