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<ノベル>
毒舌をどうにかしたい、というセリカの思いと、送られてくる「あの毒舌をなんとかできないものか」という投書に対応している市役所の思いは、見事合致した。市役所は小さな会議室を一日貸切状態にし、堂々とその会合の名前を黒板に書き込んだ。
島田 セリカの毒舌を何とかするの会。
それが、何処と無く物悲しくなる会合の名称であった。
セリカは会議室にちょこんと座り、ぼんやりと珈琲を啜る。
「珈琲まで用意しているなんて、市役所は違うわね。さすが、市民の血税を吸い上げているだけあるわ」
ふふ、とセリカは笑う。ゆらりと立ち昇る湯気を眺めていると、ガチャ、と扉が開く。
「毒舌をどうにかする会場というのは、ここか?」
現れたのは、犬神警部(イヌガミケイブ)であった。
「そうよ、良く来てくれたわね。こんなわけの分からない会合に」
それはそうだけれども。
犬神警部は軽くたじろぎながら、自己紹介をする。
「そ、それは君が困っていると聞いたから」
「そう、それはありがたいわ。この毒舌のお陰で、友達一人作れないのよ。あなたみたいに」
ぴきん。
「じ、自分には友達の一人くらい」
「いるの? それは失礼したわ。見るからに友達がいないように見えたのよ」
にっこりと微笑むセリカ。美しい笑みとは対照的な、固まった犬神警部。
「友達の一人くらい」
「さっきからそればかりね。本当にいるの?」
「いるとも!」
「なら、どうしてさっきから動揺をしているの? 友達がいるならば堂々としていればいいじゃない。例え、あなたの脳内友人だとしても」
「の、脳内友人?」
「ああ、いいの。否定も肯定もいらないわ。要するに、あなたが勝手ながらでも友達と思っている人が一人でもいるのならば、私の言葉に惑わされる事無く、堂々とその薄っぺらな自信を持っているといいわって言っているだけだから」
セリカが言うと、犬神警部はぐぐっと言葉に詰まる。反論すればするほど、深みにはまっているような気がするのは何故だろうか。
何かを言おうと決心し、口を開こうとした瞬間、ドアが開く。
中に入ってきたのは、クレイ ブランハム。口を開けたまま固まる犬神警部と、涼しい顔をしているセリカを交互に見てから「ふむ」と呟く。
「毒舌を治したいというのは、貴様か?」
びしっと犬神警部を指差す。どことなく、セリカから目線を外しているのは気のせいか。
「ち、違う! 治して欲しいといっているのは、こっちだ!」
慌てたように犬神警部はいい、セリカを指差す。セリカは微笑み「よろしく」と言いながら、クレイに近づく。
クレイはびくりと身体を震わせ、一歩後ろに下がりつつ「あ、ああ」と頷く。
「あら、どうして逃げるのかしら?」
「逃げてなどおらん。貴様が近づくから、下がっただけだ」
「それを逃げたというのではないかしら?」
「逃げるつもりならば、背を向けてこの場から去っている」
それをしないのは、逃げるつもりが無いからだと、クレイは主張する。セリカは「ふうん」と言ってから、つややかに引かれた口紅をきらめかせる。
「それにしても、個性的なファッションね。一歩先に行ってしまった雰囲気だわ」
「ほほう、お褒めに預かり光栄だな」
「白衣とレイピアだなんて、ミスマッチすぎてどうしていいのか分からないほどよ。頭脳派か肉体派か、どちらか一つに絞った方がいいんじゃないかしら」
「どちらも私の専門内なのだから仕方があるまい」
ふふん、とクレイは言う。セリカの毒舌と、ほぼ互角に渡り合っているといっても過言ではない。傍で聞いていた犬神警部は、思わず感心する。
「しかし……何故、さっきから目線があさっての方向なんだ?」
犬神警部は小首をかしげる。クレイの目線は、セリカを捕らえてはいない。セリカの方は、興味津々にクレイを見つめているというのに。その所為で、クレイがセリカに押されているようにも見える。
「こんにちは」
突如かけられた言葉に、皆がびくりと身体を震わせ、声の方向へと目線を移す。そこには、香我美 真名実(カガミ マナミ)が立っていた。
「初めまして、香我美 真名実です。こっちは、バッキーの聖です。宜しくお願いしますね」
ぺこり、と真名実は頭を下げる。犬神警部はにこやかに自己紹介をして「宜しく」と言ったが、クレイは小さく頭を下げただけで、一歩後ろに下がってしまった。
「物好きな人がまた来たのね。ありがたいけれど、本当に良かったのかしら?」
「あなたがセリカさんですね。市役所に来たら、いきなり此処に来るように言われたんですけれど、何をしたらいいんでしょうか?」
「内容、知らないの?」
「ええ、来たら分かるといわれたんです」
「分からずに来るなんて、更に物好きさが上がったわね。そんな風に何でも引き受けていると、自分を滅ぼすわよ」
セリカの言葉に、きょとん、としたまま、真名実は考える。
(今のって、嫌味かしら?)
小さく考えつつも、にこ、と笑い返す。そうじゃないわよね、注意してくれたんだわ、と思いなおしつつ。
「ありがとうございます」
にっこりと笑いながら礼を言う真名実に、今度はセリカがきょとんとする番だった。その様子を見ていた犬神警部は「おおー」と感心の声を漏らし、クレイは眉間に皺を寄せた。相変わらず、クレイの視線はあさっての方向にある。
「毒舌治そうとする会、というのはここでいいの?」
コンコン、とノックの後に声が響いた。続 歌沙音(ツヅキ カサネ)である。歌沙音は、にこにことする真名実、うんうんと感心している犬神警部、苦い顔をしたままのクレイ、呆気に取られているセリカを一通り見る。
「毒舌治そうとする会?」
小首を傾げつつ、真名実が聞き返す。
「毒舌を気にしているから、それを治す為に集まっているんじゃないのかい?」
歌沙音の言葉に、真名実は「ああ」と言って微笑む。
「さっきのは自然に出た毒舌だったんですね」
「分からなかったのは、あなたが言葉に対する警戒心がないからね。ぼんやりしているんじゃない?」
セリカが言うと、真名実は「そうですね」と言って微笑む。
「急いては事を仕損じる、と言いますから」
何か違う。
セリカは苦笑交じりに息を吐き出し、歌沙音の方に向く。
「あなたもこんな場所に集うなんて、よっぽど暇なのかしら?」
「うん、まあ」
「学校は?」
「フリーターだから、関係ない」
「見えないわね。高校生、ううん、中学生かと思ったわ」
セリカの言葉に、歌沙音は「ふうん」と言って頷く。
「ある意味、素晴らしい」
「そうかしら。こんな言葉が素晴らしいだなんて感じるようでは、この世の中は素晴らしいことだらけよ」
「そんなに毒舌が思いつくのが、すごい」
歌沙音は、涼しい顔で答える。セリカの言葉に動じる様子は全くない。
その様子に、犬神警部は「どちらも凄いな」と感心する。
「感心してばかりだと、自分のやるべき事がおろそかになるんじゃなくて?」
犬神警部が感心する様子を見て、びしっとセリカが突っ込む。
「そういわれても」
「いつぞやのキノコ騒動のようになられたら、困るのよ」
ぴきん。
綺麗に固まる。
「キノコ騒動で、何かやられたんですか?」
真名実が尋ねると、犬神警部は俯き「ちょ、ちょっと色々あって」と呟く。
「キノコに関して、今はどうでもいい。今は、毒舌を何とかするほうが先だろう」
犬神警部の方を見ながら、クレイは言う。
「あら、犬神警部は直視できるのね。男色なの?」
真面目な顔で、セリカが尋ねる。クレイは「違う」ときっぱり否定する。
「短絡思考にも程がある。単細胞である事を、今更知らせなくて良い」
「自分が違うとでも言っているようね」
セリカの言葉に、クレイは相変わらず目線をあわさずに「そう言っている」と返した。
「そんな事言っていても、話が進みませんよ。そろそろ毒舌を何とかする方法を考えませんか?」
真名実はそう言って、皆をとりなす。すると、歌沙音も「確かに」と言いながら頷く。
「毒舌大会をしているのならば、別にいいけど。今は、それを治そうとしているのだからな」
「そ、そうだそうだ! 君は中々見所があるぞ」
嬉しそうに犬神警部が褒める。しかし、歌沙音は「何の見所だ?」と、いまいち良く分かってはいない。
「ならば、これを服用するといい」
クレイはそう言いながら、薬を机の上に置いた。深いブルーの錠剤だ。
「何の薬?」
「毒舌を治す薬だ」
セリカは「ふうん」と言いながら、薬をつまむ。相変わらずクレイはセリカと目を合わせない。
「もしかして、あなたが作ったの?」
セリカの問に、こっくりとクレイが頷く。
「毒舌って、薬で治せるんですね」
感心したように、真名実は言う。「ただちょっと、怪しい色ですけど」と付け加えながら。
「凄い色だが、原材料は何なんだ?」
犬神警部が興味津々に薬を見る。真っ青な錠剤なんて、中々見られない。カキ氷のブルーハワイを彷彿と思い出させる。
「毒などは使っていない」
多分、とクレイは小さく付け加えたのを、セリカは聞き逃さない。
「なら、あなたもが飲んでみてくれないかしら」
「何故だ?」
「自分の作ったものに自信を持っているんでしょう? ならば、ここは堂々と飲み干して欲しいところね」
「水の心配なら要らない。近くに冷水機があったからな」
歌沙音はそういうと、クレイが止める暇も無く、紙コップに水を入れて戻ってきた。それをクレイに手渡そうとすると、クレイがびくっと身体を震わせて後ずさった。
「ん、どうした?」
「女が怖いみたいなのよ。白衣にレイピアっていう格好の方が、よっぽど怖いと思うんだけど」
セリカが言うと、クレイは「そうでもない」と反論する。歌沙音は「なるほど」と頷き、紙コップを机の上に置いた。クレイは仕方なく紙コップを手に取り、青い薬を掴む。
「流石だな」
はっはっは、と笑いながら、犬神警部はぽんとクレイの肩を叩く。
「あ」
その衝撃で、クレイの手から薬が落ちた。ぽちゃん、と。よりにもよって、紙コップの中に。
「凄い、綺麗ですね」
みるみる真っ青になっていく紙コップの中を見て、真名実が言った。
「うがい薬のようだな」
ふむ、と続けて歌沙音も言う。
「本当に凄い色だが……本当に飲んでいいものなのか? それは」
犬神警部が尋ねる。すると、クレイはじっとコップの中を見つめた後、そっと机の上に置いた。
「失敗だ」
「失敗したものを飲ませようとするなんて、恐ろしい人ね」
「気にするな。失敗から学べることだって大いにある」
セリカの言葉に、さらりとクレイは返す。相変わらず、目線はあわさない。
「喋る前に内容を考えてから喋ったらどうでしょうか」
薬云々は無かった事にし、真名実が提案する。
「考えていたら、話題が終わってしまわないかしら?」
「言ってしまったら、後でフォローを入れるとか」
真名実の言葉に、セリカは「フォローねぇ」と呟く。
「いっそ相手を褒め称えたらどうかな。そんなに毒舌が思いつくんだったら、難しくないと思うけど」
続けて歌沙音が提案する。犬神警部が「それはいい」と褒める。
「それならば、実害が少なくて済みそうじゃないか」
「そういわれても、今まで言った事のない言葉を喋るのは中々難しいわね。何せ、褒めるということに関して、私には難しい事だから」
セリカの言葉に、歌沙音は「例えば」と言いながら、じっとセリカを見つめる。淡い微笑を浮かべながら。
「なんて美しいんだろう。君のこの胸に突き刺さるような言葉の数々は、君の魅力を損なうどころかますます高めていくようだよ。私は棘のない飾られた薔薇より、野に咲く可憐な薔薇の方が愛おしいと思う」
「……大丈夫?」
歌沙音の言葉に、セリカは真顔で尋ねる。歌沙音は無表情に戻り、自分の言動を思い出しながら「まだまだかな」と呟いた。
「それもいい考えだな。まずは考え、褒めるように努力して喋り、言ってしまったらフォローを入れる」
犬神警部がまとめる。
「そんな事が、貴様に出来るのか?」
ふん、と鼻で笑いながらクレイは言う。
「クレイよりかマシにできるんじゃないかしら」
「何故、そう断言する」
「私は少なくとも、異性の目を見て喋られるから」
「かといって、言えるかどうかはまた別の話であろう」
「ならば、私の顔を見て言ったらいかが? 怖いなんて、言わせないわよ」
セリカはにっこりと微笑む。満面の笑みだ。クレイは「怖くなどない」と言ったまま、何故か犬神警部の方を見た。見られた犬神警部は「何だ?」と不思議そうに小首をかしげた。
「やっぱり出ちゃってますね、毒舌」
真名実はそう言って、苦笑する。
「しかも、フォローもないな」
犬神警部もそう言って、笑う。
「そうは言うけれど、やれといわれてすぐにできるようなら、練習だとか挫折だとかいう言葉は出てこないわ。体験なら、イヤと言うほどしているでしょう?」
セリカの言葉に、歌沙音は「よし」と言って、手をぽんと叩く。
「ならば、訓練をしよう。セリカはここにいる皆にナンパをするんだ」
「何で?」
即座にセリカが尋ね返すが、犬神警部は「なるほど」と言って頷く。
「そうすれば、考えて喋らないといけないな」
「相手を褒めるように言わなければいけないし、毒舌を吐いてもフォローをしますね」
真名実も頷く。
一人、クレイだけが「反対だ」と呟いたが、多数決であっさりナンパ案が決定された。尚も反論をしようとするクレイに、セリカは「いいじゃない」と言って微笑む。
「何事も試す事が大事よ。失敗から学ぶ事がたくさんあるみたいだし」
セリカの言葉に、クレイは机の上においてある紙コップに目をやった後、小さく「失敗すると分かっていてやるのはどうであろうか」と呟いたが、誰の耳にも届かなかった。
簡単なくじを作成した結果、犬神警部、真名実、クレイ、歌沙音の順番になった。
「自分からだな」
犬神警部は嬉しそうにセリカの前に行く。セリカは怪訝そうに犬神警部を見つめ、小首を傾げつつ「なんだか嬉しそうね」と言う。
「そんなに、私に愛を語ってほしいの?」
「辛いのは黙殺だ。たとえ毒舌でも、構ってもらえる方が幸せだ」
「年頃の娘さんがいたら、敬遠されそうな発言ね」
セリカの言葉に、犬神警部は「う」と小さく唸る。軽く涙目になっている。
「じ、自分にも君くらいの年頃の娘がいて」
「本当にいたの? そう、いたの。なら、今あるがままを幸せだと思いなさい。敬遠されたっていいじゃない。そうさせる寒さがあるのだから」
セリカが言うと、真名実から「セリカさん、毒舌になってますよー」と注意が入った。セリカは小さく考え込み、再び口を開く。
「寒いって言うのは、気温じゃないわよ。あなた自身の事よ。誇りなさい、自らの個性に」
「微妙なフォローだな」
歌沙音がぼそりと呟く。
「自分の個性……」
「こうやって私と話すだけで幸せを感じる人だって中々いないわ。素敵じゃない。寒くて敬遠されても尚、幸せを感じるなんて」
「褒めている部分が、素敵、という言葉くらいしか見つからないのだが」
ぼそ、とクレイが呟く。
「寒くても 敬遠されても いいじゃない」
セリカはそう言って犬神警部の肩を叩いた。犬神警部は「何かが違う」と呟きつつ、頷くのだった。
次は真名実だ。真名実は「宜しくお願いします」と言って、にこっと笑う。
「アクセサリーが好きなのね。あんまりじゃらじゃらつけていると、煩くないかしら?」
「煩くないですよ。あんまりじゃらじゃら言うものをつけていませんから」
「長い黒髪だけど、髪を洗ったりするのが面倒でしょう。何か願掛けでもしているみたい。失恋したら切るのかしら?」
「あまり気にした事は無いですよ。あと、ちょっとだけ毒舌入りましたから、注意です」
にこにこ、と真名実は返す。時折ちらりと入ってくる毒舌も、なんのそのだ。
「セリカ君の毒舌だが、あまり気にしていないようだな」
犬神警部の言葉に、歌沙音は「そうだな」と言って頷く。
「ああいうタイプの人が相手なら、うまくいくんじゃないか?」
「本が好きみたいだけど、暗いって思われない?」
「人の観点は様々ですから、気にしませんよ。ほら、フォロー入れてください」
「……読書は、人生の肥やしよね」
「後一声欲しいです」
「ゆ、豊かにするわね」
セリカの言葉に、真名実はにっこりと笑う。その調子、といわんばかりに。
「あなた、私の毒舌を気にしないのね。言葉が脳まで到達していないの?」
「気にしないだけですよ。セリカさん、フォローを」
真名実の言葉に、セリカは「う」と呻く。
「……毒舌も 気にされなければ 意味がない」
「うーん、素晴らしい」
困った末での川柳に、歌沙音は感嘆を漏らした。真名実は苦悩するセリカに「仕方ないですね」と言って、フォローを諦めた。ほっとセリカが息を吐いた。
「フォローくらいできないのか」
クレイがくつくつと笑いながら、セリカに言う。
「あなたこそ、目を見れないの?」
「それは関係ないであろう。今は、フォローの有無について言っているのだ」
「あら、関係ない事もないわよ。フォローできるかできないかは、相手にもよるし」
「それよりも、私をナンパするのではなかったのか?」
クレイの言葉に、セリカは「そうね」と言ってから、クレイを上から下までじっくりと見る。
「……白衣とレイピアは、どうかと思うわ」
「考えてから、喋るのではなかったのか」
「考えたわ。その結果よ」
「セリカさん、フォロー」
真名実の言葉に、びく、とセリカが身体を震わせた。そうして、暫く考えてからゆっくりと口を開く。
「個性的ね」
「褒めているとは到底思えぬ言葉であるな」
「ブルーハワイも裸足で逃げ出す薬を作るというのも、笑いのツボを抑えていると思うわ」
「ツボは求めていなかったのであるが」
「そういわれると、案外面白かったかもしれないな」
犬神警部が呟く。
「なかなかあそこまで青い液体って、見れませんよね」
真名実も頷く。
「いずれにしても、褒め言葉にはなっていないが」
歌沙音はそう言って、肩をすくめる。
「職質を される勢い 持っている」
「……一言も褒め言葉が出ていないことを、理解しておらぬであろう?」
クレイはセリカに突っ込む。勿論、少し離れたところから。
「仕方ないじゃない。ええと……白衣にレイピアって、個性的なんだし」
「前に同じ台詞が出ている。記憶障害であるか?」
「強烈な印象に、記憶が飛んだのかもしれないわ」
そう言って、セリカはにっこりと微笑んだ。
「セリカさん、フォローがありませんよ」
真名実が突っ込むが、セリカは考え込んだまま何も言わない。フォローの言葉が見つからないのだろう。
歌沙音は「仕方ないな」と言いながら、セリカに近づく。クレイにも近づいたことになったため、クレイはびくりと身体を震わせてから、二人から離れた場所に向かった。
「交代しよう。さあ、ナンパしてみてくれ」
歌沙音の言葉に、セリカはじっと歌沙音を見つめる。
「さっきの台詞、壮絶だったわ」
「何、君が言う事になる台詞だ」
「あそこまで歯の浮く……凄い……驚く……」
セリカは何度も何度も言い直し、最終的に「甘い」と言う。
「甘い台詞は、言えないわ」
「物事は練習すれば何とかなる。このナンパも、その訓練だ」
「訓練になっているのか、甚だ疑問なんだけれど」
「なっている。ほら、さっきみたいな台詞を言ってみたらどうだ?」
歌沙音に促され、セリカはじっと考え込む。
「言えますかね、セリカさん」
真名実の言葉に、犬神警部は「どうだろう」と言って考える。
「言えたら、毒舌を少しは克服したといえるかもしれないがね」
「毒舌も、歯の浮く台詞も、ごめんである」
眉間に皺を寄せ、クレイが呟く。
「甘い台詞を言っているのも素敵だったけれど、今そうやって無表情でいるのも素敵よ。素でいられる気がして」
「褒めているのか?」
歌沙音の突っ込みに、セリカは暫し考え込む。
「素敵って言ってみたんだけど、駄目だったかしら?」
「もっと具体的に言ってみたらどうだ?」
セリカは「具体的」と呟き、再び考え込む。
「浮かばない 言葉の壁が 聳え立つ……」
「やっぱり、素晴らしい」
歯の浮く台詞の代わりに浮かんだ川柳を、褒められた。セリカは苦笑する。
「有難う」
「そうやって気にするところから始めたらいいさ」
歌沙音が言うと、犬神警部も頷く。
「そうだな。まずは、そうやって気にする事が大事だ」
「気にしようがしていまいが、どうせ毒舌を吐き出すのだ。ならば多少気にしている方が、マシなのではないか」
クレイの言葉に、セリカは「あなたも気にしないと」と言って笑う。
「その調子でいれば、だんだん毒舌も治っていきますよ」
真名実がそういうと、セリカは「そうかしら」と言って小首をかしげる。
「治るさ。私は、誰かを傷つける言葉より、誰かを勇気付ける言葉の方が尊いと思う」
歌沙音の言葉に、セリカは小さく「勇気付ける言葉」と呟く。
「まあ、美辞麗句と毒舌じゃ、どっちもどっちかと思うけどね」
「そうね……本当に、そう」
セリカは何度も「そう」を繰り返し、四人に向かって微笑む。
「そのために、まずは私と友達になってくれないかしら? 私の毒舌に動じない、勇気ある人たち」
「美人で若い娘さんと仲良くなれるなんて、願ったり叶ったりだ」
犬神警部はそう言い、にっと笑う。
「敬遠される娘さんとも、仲良くなれるといいわね」
セリカは、一言多い。
「貴様でも、多少は私の女性嫌いを克服する手助けになりそうだからな」
クレイはそう言い、ふん、と鼻で笑う。
「相変わらず目は見れないのね」
セリカは、余計な事を言う。
「私でよければ、いつでもフォローコールしますよ」
真名実はそう言い、ふふ、と笑う。
「あまり言われると、トラウマになりそうだわ」
セリカは、口が悪い。
「褒め称えられるまで、何度だってナンパに付き合うよ」
歌沙音はそう言い、無表情のままこっくりと頷く。
「あなたみたいに歯の浮く台詞は言えないわ」
セリカは、今はまだ相変わらずだ。
それでもいつしか、毒舌を吐かなくなる日がくるかもしれない。毒舌を治す為に、付き合ってくれる人たちがいるから。毒舌を気にかけるように、提言してくれる人たちがいてくれるから。
「友達と なったからには とことんと」
ぽつり、とセリカは呟いた。呟いた川柳に、四人はただならぬものを感じ、恐る恐るセリカを見る。クレイだけは、セリカの後ろの壁を見たのだが。
セリカは、にっこりと笑っていた。
完璧なままの状態の、完璧な美を誇ったまま、美しい微笑で。
<憂鬱は 浮かんだ笑みに かき消され・了>
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クリエイターコメント | この度は「毒舌探偵の憂鬱」にご参加いただき有難うございます。 いかがでしたでしょうか。 相変わらずの締め切りギリギリ納品で、お待たせしてしまいました。すいません。
>犬神警部様 参加していただきまして、有難うございます。 なんていじりがいがあるんだろう、とドキドキしました。 本当に好きに動かさせていただきました。
>クレイ ブランハム様 参加していただきまして、有難うございます。 同じ毒舌家と言うことで、張り合いのようになってしまいました。 薬の原材料が知りたいです。
>香我美 真名実様 参加いただきまして、有難うございます。 ポジティブな思考と、気にしない様子なのが素敵でした。 おそらく、セリカの頭があがらない方になると思います。
>続 歌沙音様 参加いただきまして、有難うございます。 無表情な雰囲気と、歯の浮く台詞が素敵でした。 毒舌と川柳を素晴らしいと言って頂けたので、恐らく川柳はやめないと思われます。
少しでも気に入っていただけると嬉しいです。 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。 それでは、またお会いできるその時迄。 |
公開日時 | 2007-10-14(日) 11:40 |
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