★ 犬神警部の事件簿・あるいは小日向悟の休日 ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-1103 オファー日2007-11-01(木) 13:12
オファーPC 小日向 悟(cuxb4756) ムービーファン 男 20歳 大学生
ゲストPC1 犬神警部(cshm8352) ムービースター 男 46歳 警視庁捜査一課警部
<ノベル>

 よろしいのですね?
 この扉の向こうでは、『謎』が貴方がたをお迎えします。
 決して、たやすく解けるものではありません。

 ああ、しかし、ご安心ください。
 いかにもその名を冠しているとはいえ、謎が解けなくとも、
 伝説のスフィンクスのごとく貴方がたを貪り喰ったりは
 いたしません。ただ……

 解けない謎は、いつまでも、貴方の中の抜けない棘として
 残り続けるでしょう。
 それを避けるには……、解き明かすしかないのです。
 見事、『謎』を解いて、再び戻られますことを。

 それでは、扉を開きましょう。

 ようこそ、
 ホテル・スフィンクスへ――

  ★

 濃厚な、血の匂いであった。
「ひどいもんだ」
 犬神警部は、バスタブの中でとうに絶命している女の様子をのぞきこみ、そしてかるく合掌してから、物慣れた様子で検分をはじめた。
「死因は……刺創からの失血死――かね、ここじゃ正確な検死はムリだが、まあ、この様子なら間違いあるまい。凶器は当然、今も胸に突き立ったままのこのナイフ。それはまだいいが、問題は――」
 そこまで言ってから、警部は言葉を切って、ちらりと連れのほうを振り向いた。
「……なんだ、ヒナくん。さすがのプロファイラー志望も本物の惨殺体を前に怖気づいたか」
「いえ、そういうわけでもないんですけど」
 小日向悟は、さらりと答えると、正直に言っていいものかどうかちょっと迷った素振りを見せつつも――
「雪之丞さん、本当に刑事さんだったんだなあって」
 そう言って、くすりと笑った。
「おいおい、傷つくこと言ってくれるなよ」
 壮年の警部はがくりとおおげさにうなだれて見せた。
「冗談ですよ。雪之丞さんの――犬神警部の活躍はDVD−BOXですべてチェック済です。……茶々入れてすみません。検視を続けて下さい」
「……ゴホン。えー、我輩の見たところはだね、ワトスンくん」
 犬神警部は気取った声を出した。
「この事件の焦点は、この顔の傷だ。見ろ。ナイフで口を切り裂いているじゃないか」
 そう――
 なにやらのんびりした掛け合いが繰り広げられているが、ふたりの前には、無残な死体がよこたわっているのである。女は、口の両端から頬にかけてを刃物で切り割かれ、あふれた血で全身が真っ赤に染まっていた。
「なぜこんな酷いことをする必要があったのか、だ。……ヒナくんの意見を聞かせてもらおうじゃないか」
「わかりません」
 あっさりと、即答する。
 警部が拍子抜けしたような顔になるのへ、
「いや、だって、まだ断定するのは早すぎますよ。ですけど、雪之丞さんの言う通り、この行為に意味があるのは確かでしょうね」
 そう言って、肩をすくめ、悟は犠牲者の部屋を見回す。
 ホテルの部屋であるから、自身のそれとも大差はない。
 ただ、彼女は長逗留のようで、着替えがいくつかクローゼットにかかっていたり、ライティングデスクにはスマートなノートPCがあったり、と、いくぶんの生活臭が立ち現われはじめていた。
「宇田川優子、30歳。職業、エステティシャン、か。べっぴんさんも台無しだな、こりゃ。……む! ひらめいた。美貌への嫉妬か! 犯人は女!?」
「可能性としてはありますけどね。現に第一の犠牲者も女性でしたし」
「おお、そうだ。あの娘も、なかなか可愛いらしかったしな! まあ、ちょっと派手な感じではあったが……金髪に、耳にはピアスをじゃらじゃらつけて――ああ、いや、それはこの際、関係ないか」
「根室さんといいましたね。彼女は、錐で目を潰されていました」
「やはりそうだ、犯人は顔を傷つけることを目的にしている!」
「……」
 悟は答えず、かわりに、視線を、ドアのほうへ投げた。
「! ……誰だ!」
「うわあ」
 警部が急にドアを開けたので、そこで様子をうかがっていた男が驚いて尻もちをつく。
「君は確か……」
「た、大河です。あ、あの、すいません、立ち聞きするつもりじゃあ」
「あやしいやつだな」
 ぎろり、と犬神警部のこわもてが、細面の青年をねめつけた。
「大河クンは犯人じゃありません! 私が……同室ですし、アリバイを証明できます」
 青年と同年代の、娘があらわれて、彼をかばった。
「ふん。……君たちはどういう関係?」
「え――」
「身内の表現は証拠にならんのだがねえ」
「ええと……」
「まあ、警部。いったん、ロビーに戻って、よく考えてみましょう」
 悟が場に割って入った。

  ★

 その日の『ホテル・スフィンクス』の宿泊客は10名だ。

 根室美紀・25歳・アクセアリー店勤務 
 →第一の犠牲者。錐で目を潰されていた

 宇田川優子・30歳・エステティシャン
 →第二の犠牲者。ナイフで口を切り裂かれていた

 大河流水・20歳・大学生
 →挙動が不審?

 後崎めぐみ・20歳・大学生
 →大河のガールフレンド。同室。
 
 猿渡望・33歳・システムエンジニア

 稲孫十郎・70歳・無職

 猪飼猛・32歳・スポーツジムのインストラクター

 立田翔子・19歳・ハンバーガー店勤務

 大木賢治・35歳・高校教師

 馬方誠・40歳・介護士

「この中に犯人がいるっていうのか?」
 犬神警部は、ホテルのボーイが差し出したメモを見て、唸り声を漏らす。
「そういうルールみたいですね」
「ホテルの従業員はあやしくないのか? だいたい、現場の根室美紀・宇田川優子の部屋はどちらも密室だったわけだが、ホテルの従業員ならキーが……」
「オートロックですよ、部屋の鍵は。自動的に閉まります。それから従業員とかは除外されるのがしきたりというやつで」
「……む」
「降参します?」
 いたずらっぽく、悟は笑った。
「バカ言うな。まだはじまったばかり……」
 そのとおりだった。
 ボーイのひとりが血相変えて駆け寄ってくる。
「お、お客様が……!!」

  ★

「第三の犠牲者です。しかしこんどは『密室』じゃないですねえ」
 壮年の介護士は、エレベーターホールの電話コーナーの前で息絶えていた。受話器から外れた電話がぶらりぶらりと揺れており、絨毯に吸い込まれた血はまだ乾き切っていない。
「凶器はナタ、か」
「この犯人は一度ずつ凶器を変えて、それを現場に残していきますね。意味があるんでしょうか」
 犠牲者は、頭部の右側面をナタで一突きされていた。
 宿泊客たちが、不安げに、様子を見守っている中、犬神警部は腕組みをし、ひとしきり考えこむと……
「わかったぁあああああああ!!」
 と絶叫する。
 悟の瞳が輝いた。
 きた、あれだ。――それはお気に入りの映画の、クライマックスのお約束を見るファンの目に他ならない。

「犯人は、おまえだああああああああああ!」

「えっ」
 眼鏡をかけた、いかにも善良そうな小男だった。
「……」
 悟は、感無量といった表情である。ナマで見た。犬神警部のキメ台詞。
「いいか、これは……見立て殺人なんだよ!」
「!?」
 登場人物たちのあいだに動揺が走った(ような気がした)。
「気がつかれていたんですね、雪之丞さん」
「もちろんだ。第一の犠牲者は目を、第二の犠牲者は口を……そしてこの死体は耳を傷つけられている。これすなわち、『見ざる・言わざる・聞かざる』! 犯人はおまえだ、『猿』渡望っ!」
「そ、そんな理由で!?」
 猿渡が抗議の声をあげる。
「文句があるか!?」
「大ありですよっ。だいたい、なんで犯人が自分の名前を思わせる見立てをするんですか!」
「そ、それは……」
「それに動機は? ぼくはこの人達とは初対面ですよ?」
「う……」
 耐えかねて、犬神警部は悟を振り返った。
 悟は肩をすくめただけだった。

  ★

「違うってわかってんなら、教えてくれんかね」
「いや、まあ……あの台詞を聞きたかったっていうか――ああ、いや、すいません。でも、オレもこれは見立てだと思うんですよ」
「だろう?」
「馬方さんの利き手がわかればいいんですけど……たぶん、左手で受話器を持ってたんじゃないかな。それで、振り向くとすると、右から向きますよね。その瞬間をやられた。あの死体はそういうことだと思います。だからポイントは耳が傷ついていることじゃなくてですね……『彼は電話をしていた』ということだと思うんですよ」
「はあ?」
「……動機がまだつかめませんが、モチーフはなんとなく……。……さっきのふたり――大河さんたちに話を聞いてみませんか? かれらは何か知っていそうです」
 ふたりは、大学生カップルの部屋へと向かう。
 その途中。
「ん。あのじいさんは……たしかイナマゴとかいう――あんなところで何を……」
 犬神警部は、稲孫十郎の姿を見かけた。
 悟は、ちらりと一瞥をくれただけで、先を急ぐようだった。
「すこし心配ですね。かれらは『カップル』でしょう? もしかすると……」
 その悟の不安は的中したようだった。
 そのときすでに、若い男女は無残な死体になり果てていたのだから。

  ★

「斧で頭を割られている。凶器は4種類目。いったい何なんだ」
 がしがしと、警部は頭を掻いた。
「……それはたぶん関係ないと思います」
 悟は、デスクの上のノートPCをいじっていた。
「なんだそれ?」
 肩越しにのぞきこんだ犬神警部が顔色を失う。
「こ、これ……人を殺したときのどうのこうのって……は、犯人の告白文か!? こいつらが犯人で、罪を告白してのこれは自殺なのか!」
「違います。これは小説ですよ」
「……なにぃ?」
「彼、小説を書く人だったみたいですねえ。ほら、見てください――『哭鳴館殺人事件 大河流水』」
「人騒がせな……」
「ちょっと失礼して……なにか身分証明を持ってないでしょうか。ああ、あった、免許証です」
「んん? これは? ……ああ、そうか」
「これは面白いですね」
「何が?」
「まあ、でも……これは見つけなくてもいいヒントだったかも」
「???」
「だいたいわかってきました」
「何がだッ! さっぱりわからんぞ、ヒナくん」
「これは見立て殺人です」
「だから何の?」
「それはですね……」

  ★

「わかったぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 再び、犬神警部の叫び声がホテルを震わせた。
 そしてロビーに全員が集められる。
「犯人はおまえだああああ、立田翔子っ!!」
 警部の太い指が、びしり!と最年少の人物を指した。
「そ、そんな……あたしが……?」
 警部は、間違ってないよな?といった風な顔で悟の顔を盗み見たが、例によって彼は「警部萌え〜」的な表情でへんにゃり微笑んでいただけなので、果たして望んだ答は得られなかった。
 それでも警部は、力説する。
「いいか、これは『都市伝説』をモチーフにした見立て殺人だったんだ!」

「目を潰された根室美紀は耳にいっぱいのピアスをしていた。これは『ピアスの穴から出てきた糸を切ったら、それが実は視神経で目が見えなくなってしまった』という都市伝説の見立て!」
 ざわ……っ、と、今度こそてごたえをもって、場がどよめく。
「口の端を切り裂かれた宇田川優子はむろん『口裂け女』だっ!」
「電話をしていた殺された馬方はちょっとわかりづらいが『メリーさんの電話』。人形のメリーさんから電話がかかってきて、最後は『今、あなたの後ろにいるわ』っていうアレだ!」
「斧で殺されたカップルは『ベッドの下の斧男』!」

「……以上のことから、犯人はバカバカしい都市伝説を殺人にでっちあげちまった。そう……バカバカしい……、犯人の動機は、都市伝説を否定することにある。立田翔子! おまえはハンバーガー店勤務だろ! 『××バーガーの肉はミミズの肉だ』という都市伝説による風評被害を食い止めるのがおまえの動機だああああああ!!」
「惜しい!」
 悟が心底悔しそうに言った。
「え。惜しい、ってことは違うのか?」
「バカバカしいのはおじさんの推理よ。なんでそんな理由で人殺しなんかしなきゃいけないの!」
 ぷい、とそっぽを向いて、場を立ち去る翔子。
 あとの面々も、苦笑を浮かべての散会となる。
「あ、いや、その……」
 あとには、肩を落とした犬神警部と、警部のそこが萌えだ的な顔で感極まった風の悟だけが残された。

  ★

「で」
「次に殺されたのが、その立田翔子さんなわけですが」
「『ムラサキ鏡』だな」
「二十歳になるまで『ムラサキカガミ』という言葉を覚えていたら死ぬ。彼女、今日が誕生日だったそうです。まさに都市伝説そのままですよ。この紫に塗られた部屋の鏡といい……」
 言いながら、悟は、部屋の様子をあらためていく。
「ファーストフード店のお給料ってどうなんですかね」
「なに?」
「ほら、彼女もノートパソコンを持ってる。これ結構、高いやつですよ」
「それが……?」
 怪訝な顔で、相棒の横顔を見る。
 次に悟が言った一言に、犬神警部は腰を抜かしそうになった。

「犯人が、わかったかもしれません」


  ★ ★ ★

「と、いうわけで、ここで『読者への挑戦』です」
「今、生き残っているこの4人の中に、犯人がいるっていうのか!?」

 猿渡望・33歳・システムエンジニア
 稲孫十郎・70歳・無職
 猪飼猛・32歳・スポーツジムのインストラクター
 大木賢治・35歳・高校教師

「はい、そうです」
「ひ、ヒントをくれええええ」
「そうですね。これは普通に考えてはダメです。現実に警察が捜査する事件じゃないですからね。だからこういう偶然も許されるというか。……ヒントは『仲間外れ』。『仲間外れ』の人が犯人です。動機とかは気にせず、『仲間外れ』を探して下さい」
「うおおおおおお、わ、わからん!!」
「では、よく考えて、答を決めてから、先に進んで下さいね」




















  ★ ★ ★

「もうひとつヒント。このホテルには、お客は10人ですけど、従業員は別にしても、もっと人がいますよね?」

  ★ ★ ★




















  ★ ★ ★

「わかったぞおおおおおおおおおお!!」
 三度、響く犬神警部の咆哮。
「犯人は――おまえだああっ、猪飼猛!」
「俺か!?」
「ああ、おまえだ。いちばん体格もいいし、顔も悪人ヅラだっ!」
「どんだけ言いがかりなんだよ!」
「違いますよ、雪之丞さん」
「な、なに? それじゃあ……、じ、じいさんか! そういえば、さっき廊下で見かけたぞ!」
「いいえ」
「そ、それも違う? じゃあ……」
 くくく、と忍び笑いが漏れる。
「私が犯人だと仰りたいようですね」
 酷薄そうな薄い唇に、笑みがのぼった。
「ええ、そうですよ」
 悟もまた、満面の、やわらかな笑顔で応じる。
「あなたが犯人です――大木賢治さん」
「それはまたどうして」
「物語の外と内から、あなたは名指しされているんです。まず『外』から説明しましょう。あなただけ、『仲間外れ』なんですよ。ほらね」
 悟は、その紙片を取り出してみせる。

 根室美紀→→→「ネ」ムロ・ミキ
 後崎めぐみ→→「ウシ」ロザキ・メグミ
 大河流水→→→「タイガ(―)」・リュウスイ
 宇田川優子→→「ウ」ダガワ・ユウコ
 立田翔子→→→「タツ」タ・ショウコ
 大木賢治→→→×
 馬方誠→→→→「ウマ」カタ・マコト
 稲孫十郎→→→「ヒツジ」・ジュウロウ
 猿渡望→→→→「サル」ワタリ・ノゾム
 小日向悟→→→コヒナタ・サ「トリ」
 犬神雪之丞→→「イヌ」ガミ・ユキノジョウ
 猪飼猛→→→→「イ」カイ・タケシ

「ちなみに、『大河』→『タイガー』は若干苦しいですが、大河はペンネームで、彼の本名は『虎井大介(「トラ」イ・ダイスケ)』というそうです。それなら無理ありませんよね」
「……おい、ヒナくん、『ヒツジ』って何だ?」
「だから稲孫(ひつじ)さん」
「い、イナマゴって読むのじゃないのか……!!」
 衝撃を受けている警部をよそに、悟は続ける。
「次に物語の『内』から解き明かしていきましょうか。大河流水こと虎井くんは小説を書いていました。作家志望だったんでしょう。部屋にあったパソコンに書きかけのミステリ小説がありました。ところで、立田さん、宇田川さんの部屋にもパソコンがありました。たぶんその中にも、小説があるんじゃないかな」
「な、なんだって!?」
 警部が声をあげた。
「それと、根室さんも、小説を書くでしょう。馬方さんもです。後崎さんだけはどうかわからないけれど……。そしてむろん、大木さん、あなたもです」
「…………だったら?」
「それが動機です。あなたたちはその創作サークルのメンバーだったんだ。今月末に締切の小説賞に応募するため、このホテルに缶詰になりにきたんだから」
「ちょ――、ヒナくん、まさかこいつは、賞のライバルを減らすために……?」
「ライバルだと。バカを言わないでくれ」
 つめたい声音で、大木賢治は言った。
「かれらは、よってたかって、私の作品をバカにした。『都市伝説殺人事件』なんてちんけなプロットだって。だがどうだ。実際は、誰も謎を解くことができずに、次々殺されていったじゃないか……!」
「それじゃあおまえが!」
「それはどうですかね、警部さん。わたしが犯人だという確証があるんですか?」
「ありますよ」
 悟が、静かに告げた。
「生きている人の中で、あなただけじゃないですか。雪之丞さんが犯人だと指摘しなかったのは。知らないんですか? 犬神警部は『必ず、真犯人ではない人物を、犯人だと指摘する』んです。消去法により、あなたが犯人だと確定します」
 悟の眼光が、男を射た。
「『仲間外れ』で足りないのは『巳』。あなたこそ、大木の影にひそみ毒牙を研ぐ蛇だったんだ!」
 その告発が、合図であったか。
 雷鳴が、轟いた。
 窓からの白光が、殺人者の歪んだ笑みを浮かびあがらせる。次の瞬間、犯人は駆けだしている。
「待てぇええい!」
 警部が追った。
 ロビーを突っ切り、ボーイを突き飛ばし、男は走る。目指すは入口の回転ドア。だがそこへ、犬神警部のタックルが迫り――
 ごう――
 ホテルの外は、猛吹雪だった。
 もつれあい、厚く積もった雪の中に、犯人と警部は倒れ込む。
「観念しろ!」
 警部は咆えた。そう、彼のロケーションエリア<吹雪の山荘>は文字通りのクローズドサークル。ここからは誰も逃げ出せないのだ。事件が、解決するまでは。

  ★

 照明があがり、舞台は、拍手に包まれる。
 すべての登場人物が――殺されたものたちも含めて――、見事、謎を解き、事件を解決したふたりに、惜しみないスタンディングオベーションを贈っていた。
 そして、ゆっくりと、扉が開いた。


  ★ ★ ★

「おつかれさまでした、雪之丞さん」
「なんだかなあ。ああいうのはトンデモミステリっていうんじゃないのか……」
「でも楽しかったですよね?」
 小日向悟と犬神警部――歳の離れた友人たちは今しがたまで、かれらがその内にいた、洋館をふりかえる。
 ひと月ほどまえ、銀幕市自然公園のはずれにあらわれたこのムービーハザードは、とあるミステリ映画から実体化したものだという。好事家だけにしか評価されない映画の、雑多な設定がどこかで混乱し、その内部に足を踏み入れたものは否応なく物語の舞台に立たされるのだが、それはあくまで物語に過ぎない。
 これが無害といえるのかどうかわからないが、ともあれ、ほとんどアトラクションとして楽しまれているこの場所へ、警部を誘ったのは悟のほうだった。
「なんか釈然としないような」
「でも大活躍だったじゃないですか。お手柄ですよ」
「むう……」
「あ、そうだ、カフェ・スキャンダルに寄って行きましょう。お茶でも飲みながら、もう一度、あの事件についてゆっくりと語り合いませんか……?」
 上機嫌な悟と、今いち座りが悪いながらも、いつしか、まあいいかといった表情に頬をゆるめた犬神警部は、黄昏の色に染まり始めた銀幕市の街並みへ、連れだって歩き出すのだった。

(了)

クリエイターコメントお待たせしました。『犬神警部の事件簿・あるいは小日向悟の休日』をお届けします。ちょっと、無理矢理にもほどがありますが(笑)、いろいろ詰め込んでみました。暗号ものになってしまったのは自分でも予想外でしたが、古式ゆかしく読者への挑戦なぞつけてみたりして。

お楽しみいただけましたらさいわいです。
公開日時2007-11-20(火) 00:50
感想メールはこちらから