★ 山に響くは約束の音 ★
<オープニング>

 チリリン……チリン、リン…

 サアァァ……と細い雨が降りしきる中、杵間山山中に儚くか細い音が響き渡る。
 雨音に紛れて、時折聞こえているそれは幻聴なのだろうか?
 よくよく聴いてみれば、唄のようなものも聞こえているような気もする。 
 だが、見渡してみても、そこには鬱葱(うっそう)とした木々や草花が生えているばかり。
「気のせいか……?」
 ちょっとした登山に訪れた男は、首を捻りながらも山を下りていった。

「最近、杵間山に奇妙な現象が起こっているんです」
 銀幕市市役所内にある対策課の植村は、ここ最近、杵間山で起こっている不可解な現象について語りだした。
「山中で鈴の音を聞いたとか、大きな屋敷を見ただとか、怒鳴っている男の声を聞いたとか……。しかしながら、一瞬後にはそれら全てが幻だったかのように、跡形もなく消え失せてるそうなんです」
 続けてリオネが言う。
「あのね、男の子が助けて、って言うの。閉じ込められてるあの子を助けてって」
「どうやら山中に現れる屋敷の中に女の子が閉じ込められてるようなんです。おそらく最近実体化したムービースターのようなのですが、人によって証言がバラバラで、今一つ事態がハッキリしないんです。有志の皆さんで調査をして頂きたいのですが……」
「ねえ、お願い。助けてあげて」
 今にも泣きそうなリオネが懇願する。

種別名シナリオ 管理番号168
クリエイター摘木 遠音夜(wcbf9173)
クリエイターコメント杵間山に時折出没する大きな日本家屋。
あなた方にお願いするのは杵間山に起きる奇妙な現象の解明と少女の救出です。
少女は何故屋敷に閉じ込められてるのか、少女の救出を求めて、リオネの夢の中に現れた男の子は誰なのか。
また、少女との関係は?
日本ではお馴染みの妖怪に関係したお話です。
ちょっとしたバトルがあるかもしれません。
自身を守る武器をお持ちの方は装備されていた方が良いかもしれませんね。

参加者
トト(cbax8839) ムービースター その他 12歳 金魚使い
長谷川 コジロー(cvbe5936) ムービーファン 男 18歳 高校生
続 歌沙音(cwrb6253) エキストラ 女 19歳 フリーター
レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
<ノベル>

「ふぅ、このくらいでいいかな?」
 続歌沙音(つづき かさね)はいつもの如く、杵間山にて食材になりそうな山菜を収穫していた。Tシャツにジャージという年頃の女の子にしてはちょっと……という格好である。しかもお洒落なデザインでもブランド物でもない学校指定のジャージ、という感じの物だったので救いようがない。……が、本人は気にしてなかった。
 そろそろ帰ろうかと思った歌沙音が腰を上げたところで、
 ポッ……
 ふと、頬に何かが触れた。歌沙音はつと顔を上げる。
「雨?」
 ぽつぽつと最初は不規則だったそれが、徐々に勢いを増し、足元の土を泥へと変えていく。
「まいったな。町までは結構距離があるし、どこか雨宿りできそうなところはないだろうか?」
 辺りを見渡しながら、そういえば、と思い出す。
「たしか、もう少し先に洞窟のようなものがあったはず。行ってみるか……」
 足を山の奥へと向けた時、チリリン、と山中において不釣合いな音が響いた。
「ん?」
 空耳か? と思ったが、再度、歌沙音の耳にチリンと鈴の音が微かではあるが聞こえてくる。奇(く)しくもそれは、歌沙音が向おうとしていた洞窟から聞こえてくるようだった。
「まあ、いいか。どのみち向かう場所は同じ方向なんだし……」
 肝が据わっているのか無頓着なのか、歌沙音はあまり気にせず、雨宿りの場所を求め小走りに進んで行った。



「おや……こんな所にお屋敷なんてあったかな?」
 目指していた洞窟の辺りには、幾度となく杵間山に訪れていた彼女ですら見覚えのない日本家屋が建っていた。こんな山中に不自然極まりない。人目でそれが人為的に作られた物ではないと知れる。
「これもハザードなのかな? まぁ一年も過ごせばこういう唐突さには慣れるものだけど。……ちょうどいい、ここで雨宿りさせてもらおう」
 危険であると判断した場合は逃げればいいと思い、軒下で雨宿りする事にした。逃げ足には自信がある。大丈夫だ。
 雨が上がるまでの間、特にする事が無いので先ほど収穫した山菜を確かめながら夕食の献立を考える事にした。

 チリリィン……
 鈴の音がする。

 ゴオォォォォオオ……
 頭の中に炎に包まれる屋敷のビジョンが映る。

「……!」
 一瞬、それが過去のものと重なり、歌沙音は息を詰まらせた。
 忘れられない悲しい記憶……。
 その思い出を振り払うように軽く頭を振り、屋敷の方を振り返る。現実には燃えていないようだ。
 しかし、これは何なのだろう? ハザードにしては何者の気配も感じられない。まあ、いい。市役所の対策課に行けば何らかの情報が得られるだろう。
 空を見れば雨が終わりを告げるように、光がまばらに差し込んでいた。



 次の日、歌沙音は対策課に来ていた。
目当ての人物──植村直紀は、誰かと話をしているようだ。金髪に目の部分を全て覆うようなサングラス。夏だというのにグレーのコートを着込んでいる。暑くはないのだろうか?
「見たことのない顔だな、最近出現したムービースターだろうか?」
 少し待った方がいいのだろうか、と思案したが、歌沙音の姿を目に留めた植村が声を掛けてきた。
「どうかしましたか?」
 植村が穏やかに問いかける。
「実は……」
 歌沙音は昨日杵間山であった事を話し、対策課の方へ似たような報告がなかったか尋ねてみた。すると、植村と先ほどの人物が顔を見合わせ、苦笑する。
「ちょうど今、その現象に関する話をしていたところなんですよ。続さん以外にも似たような体験をした人がわりといましてね、調査を依頼しようとしていたところなんです」
 そこで金髪の男性が歌沙音に手を差し出しながら自己紹介をする。
「俺の名前はレイ。この町ではムービースターってのになるらしい。よろしく、お嬢さん?」
 差し出された手を一瞥した後、歌沙音が口を開く。握手をする気はないようだ。
「私は続歌沙音という。ふむ、大体の場所は分かっているから協力しよう。アレが何なのか興味があるし……」
 と、さして興味が無いように見えるポーカーフェイスで答える。
「クールなお嬢さんだね。俺はこの手を何処にやればいいのかな?」
 手のやり場に困った彼は、少しおどけた感じで言った。
「元の位置に戻せばいいだけの話だと思うけど」
 彼女のそっけない返事にレイはまいったな、と肩をすくめる。
「それじゃ、行こうか」
「待った。私はまだ詳しい話を聞いてないんだが」
「フッ、心配には及ばないさ、お嬢さん。俺の頭の中に全て記録している。道すがら話そう」
「……チッ」
 歌沙音は少し不満だったが、踵を返した。
「っと、ちょい待ち。植村さん、ちょっとパソコンを借りても?」
「ええ、かまいませんが……」
 何をするのかと二人が覗き込めば、開いているのは植物図鑑。パソコンのスロットにカードを押し込み、データをダウンロードしている。
 そんなものどうするのだろうかと、レイの方へ訝しげな視線を向ける。
「せっかく、本物の山に向かうんだから、自然を堪能しないともったいないってね」
 レイの世界では科学化が進み、自然と呼ばれるものが稀少となっており、仮想空間で疑似体験をするのが関の山だったのだ。
「よし、OK!」
 カシャンとパソコンからカードを取り出し、今度は自分の項に押し込んだ。
「……驚いたな」 
 ギョッとした歌沙音が思わず呟く。
「ん? ああ、これか。俺は体の60%がサイバー……機械なんだよ」
 さて、と立ち上がったところへ、今度は植村が思い出したように声をかける。
「あ! えっとですね、言いそびれてたのですが、あともう一人ほど、この現象の解明に協力して下さってる方がいるのですが……」
 植村が言うには、その人物は既に杵間山へと向かって行った、という事らしい。
 少し急いだ方がいいだろうと思った二人の足は自然に速くなっていた。



 空中を浮遊している、赤い金魚と黒い金魚を一匹ずつ連れた子供が、杵間山山道を歩いている。特撮邦画『アヤカシ怪奇譚』出身のムービースター、トトである。金魚に似た妖魚の名は赤い方が「アカガネ」黒い方を「クロガネ」という。
「見えたり消えたりするお屋敷なんてふしぎだね〜」
 のんびりとした口調で、妖魚に話しかけると、それに同調するようにアカガネがくるくると回った。
「でも、女の子はどうして閉じ込められちゃったんだろうねぇ?」
 さぁ? というような動作でクロガネが体を捩(よじ)る。
「ん〜、でも閉じ込められる、で思い出す仲間がいるんだけど、もしかしてその子がそうなのかなぁ? ……あれ? どうしたの、アカガネ」
 不意にアカガネがトトの側を離れ、茂みの方へと泳いで行った。
 ガサ、ガササ……
 茂みが揺れる。何かの動物がいるのだろうか?
 アカガネがそれを覗き込むように近付いていった時、
「だぁ! 何でこんなトコに迷い込むんだ、俺は!」
 声と共に一人の青年が茂みから勢いよく現れる。驚いたアカガネがその青年の目の前でぽとりと落ちた。
 青年は反射的に手を出して受け止めたものの、両手から少しばかりはみ出る普通よりかなり大きな金魚に驚き、空中へと投げ飛ばしてしまった。
「ギャアアァァァァァアア」
「うわー! アカガネー!!」
 ぶわっとクロガネが一回り大きくなって、気絶したままのアカガネを空中でワンバウンド。うまいことトトの手の中へと弾いた。
「もう、乱暴だなぁ、お兄ちゃん」
 大丈夫?とアカガネに声をかけながら、その青年に抗議する。
「悪ィ。って、子供がこんなトコで何してんの?」
「ええっとねー、このお山の調査だよ」
「お兄ちゃんは何してんの?」
「オレか? 俺は自主トレだよ」
 えへんと胸を張って言うが、頭に葉っぱやら小枝やらを突き刺した状態で言われても説得力がない。じとんと疑わしげな目で青年を見やる。
「わかった、わかったよ。正直に言えばいいんだろ? 山ん中で迷ってました! でも、トレーニングしてたってのは本当だからな」
「ふぅ〜ん。……ところで、お兄ちゃんの名前は何ていうの? ボクはね〜、トトっていうんだよ、よろしくね」
 トトはにっこりと笑って言った。アカガネがトトの手の中でぶるりと体を揺らし、ふよふよと空中に浮かぶ。どうやら気がついたようだ。
「ああ、自己紹介がまだだったか。オレは長谷川コジロー。コジローでいいぜ、よろしくな」
「うん、よろしく!」
 コジローが差し出した手を、トトが笑顔で握り返した。



「……で、私以外の人はどういう現象に出くわしたんだ?」
 早速、とばかりに歌沙音がレイに尋ねる。
「ああ、ほぼ全員に共通しているのは鈴の音が聞こえたって事と、雨、だな」
「他には?」
「君と同じく屋敷を見たと言う人、その屋敷の中から男性の怒鳴り声が聞こえたという人、鈴の音と共に微かに唄のようなものを聞いたという人がいるという位だな。気になって、もう一度山に入っても見つける事は出来なかった、と言う人もいたらしいがな」
「ふぅん。……あまり真新しいというか、役に立ちそうな情報はないんだな」
 少々、ガッガリといった感じで歌沙音が呟く。
「悪いな。まあ、この体験のほとんどが、一瞬後には最初から何も無かったように、消えていたっていうから、無理もないが」
 ふぅ、と息を吐いて歌沙音が言う。
「結局は、自分の足で調べるしかないって事だな」
「そうだな。俺としては、この現象は『迷い家』『遠野物語』に類するものじゃないかって思ってるんだがな」
「迷い家?」
「ああ、この世ではない異空間に建っている家の事で、そこの食器や調理器具なんかを持って帰ると家が富むとかいう話だ」
「へぇ」
「だが、その家の人間に見つかると元の世界に戻れなくなるとか。もっとも……」
「人の家の物を盗ろうっていう根性が信じられないな」
 レイの言葉を引き継ぐような形で歌沙音が言う。
「まったくな。で、『遠野物語』の方は子供の妖怪……神様と言った方がいいのかな? の出てくる話が今回の現象に当てはまるのではないかと思っている」
「『遠野物語』なんて言い方するから何かと思えば、要するに……あ!」
 前方に人影を認め、歌沙音は声を上げる。
 どうやら向こうにいた人物もこちらに気付いたらしく、ブンブンと手を振っている。正確には二人の内の小さい方が、なのだが。もう一人はジャージのポケットに手を突っ込み、こちらを見ている。
「おーい! お姉ちゃんたちもお山の調査?」
 駆け寄ってきた歌沙音とレイに向かってトトが問う。
「そうだよ。だけどおかしいな? 植村さんからこの調査に当たっているのは、私達の他にあと一人だけだと聞いていたんだけどな」
「オレは自主トレの最中にコイツと出会っただけッスよ。お山の調査って、一体何を調べてるんスか?」
 微妙に敬語になったコジローが問う。それにはレイが答えた。
「最近、この山で奇妙な現象が起こってるんだよ。出たり消えたりする屋敷、誰もいないはずなのに聞こえてくる鈴の音や唄、出現した屋敷から聞こえてくる怒鳴り声とかのだな。……それと、どこかの屋敷に囚われた女の子の捜索」
「ヒィィッ! ホラー系? サスペンス? ミステリー?! ……あ、でも囚われた女の子がいるんッスね? じゃあ、オレもあんたらと一緒に行くッスよ。蝶々サマも“ここは人助けよ!”って言ってるし」
「それはいいけど……蝶々サマ?」
 普段、無表情な彼女が眉間に皺を寄せ、問い返す。
「そうッスよ、蝶々サマはオレの守護神なんッス。困った時には蝶々サマに祈ればいいんッスよ。そうすればありがたい神託が降りて道が開けるッス!」
「……そう」
 力説するコジローを尻目に、黙っていればイケメンなのに、と生温かい視線を送る。
「あ、自己紹介がまだだったッスね。オレは長谷川コジロー。コジローって呼んで下さい」
 彼の言葉を皮切りに、それぞれが簡単に自己紹介を始めた。

「さて、自己紹介も済んだし、行きますかね?」
「そうだな、これらの現象は繋がりがあると見て構わないだろう。続君、君が屋敷を見たのはもう少し先かな?」
「そうだね、まだ少し先だな。……だけど、都合よく屋敷が現れてくれるかな?」
「現れるまで待ってればいいんじゃない? ボク、待てるよ」
 至極もっともなトトの意見を聞いて、苦笑する。
「それもそうだな。だが、あまり遅くまでいて暗くなってはまずい。日が落ち始める前に引き上げるぞ、いいな?」
 レイが言うと皆が頷いた。異論はないようだ。
「「それじゃあ、しゅっぱーつ!」」
 トトとコジローが元気よく叫び、一向は更に山奥へと歩みを進める。



 ――リン、チリリリン……
 あれから十分位歩いただろうか、耳に微かではあるが鈴の音が聞こえた。
「あ……」
「聞こえたッスか?」
「ああ、聞こえたな。鈴の音だった」
「キレイな音ー」
 トトだけがズレた感想を漏らしたのだが、誰も突っ込まなかった。
 ポツ……
 ポッポッ……
 サアァァァァァ……
「……雨だ」
「うわ、降ってきた。これで屋敷が現れなかったら最悪ッスね」
「そうだな。だが……」
 今までの情報を纏めると、恐らくそれは杞憂だろうとレイは思っていた。
 鈴の音、雨、とくれば次は……
「あ! 見て見てー!」
 トトが前方を指差して皆の視線を促す。
 見れば霞がかったようなぼんやりとした輪郭が浮かび上がり、徐々にその姿を色濃く映し始めた。昔の庄屋くらいの広さだろうか? かなり大きい。
 すごーい、すごーいと言いながらトトが屋敷へと走って行く。
「あ、コラ、待て!」
 コジローが慌てて後を追う。
 仕方がないという風に歌沙音とレイがその後に続いた。

「おじゃ、むぐ……」
 トトが元気良く挨拶をして入室しようとするのへ、追いついたコジローが慌ててトトの口を塞ぐ。
「シー! シー! 何が出てくるかわかんないんだから、大声を出しちゃ駄目!」
 コクコクとトトが頷くのを見て手を離す。
「そうだな、何があるか分からん。ここは慎重に行動しないとな」
 レイが二人の後ろから声をかける。
 はいはーい、とトトが手を挙げ、
「ボク、女の子を捜すよ。アカガネ、女の子を捜して」
 トトの命を受け、アカガネが普通の金魚のサイズとなり、床すれすれの低空飛行で屋敷の奥を目指して行った。なるべく人目につかないように、との配慮からだ。
「あくまでも俺達の目標は女の子の救出だ。派手に騒ぎ立てて要らん厄介を呼び込むなよ?」
「つ、続さんとトトはオレの後ろについて来るッスよ? だだだ、大丈夫ッスよ、なにかあったらオレが盾になるッスから」
 強張った顔とガクガク震えている膝で言われても、な感じである。
「いや、ここは先頭がレイさん、次にトトくん、私、コジロー君で行った方がいいんじゃないかな? 後ろから襲われるかもしれないし。まあ、今のところ人の気配はしないから大丈夫だとは思うけど……」
 言いながら歌沙音は立て掛けてあった箒(ほうき)を手に取る。
「何ッスか、それ?!」
「何かあった時の為の武器だ。転ばぬ先の杖という訳だ、気にするな」
 つまりは信用されてない訳ッスね、とコジローがガックリと肩を落とす。
「よし、じゃあ行くぞ。皆、注意を怠るなよ?」
 一行は屋敷の奥へと歩を進めた。
 ――その時、屋敷の空気がゆらりと変化した。



 ギシリ……、ミシ……
 歩くごとに床が軋む。
 ドッドッ……
 コジローの心臓は緊張で張り裂けんばかりだ。今、誰かに声を掛けられたら、間違いなく口から飛び出してしまうだろう。
 大丈夫、自分には蝶々サマがついている。大丈夫、大丈夫……と自らに暗示を掛けながら進んでいる状態だった。
 レイは周りに目を配り、左目に仕込まれたサーモグラフィーで熱反応がないか、注意深く探っていた。今のところ何も反応はないようだ。
 トトはきょろきょろと辺りを見回していたが、特に緊張している様子はない。アカガネはまだ戻って来ていない。
 歌沙音は無造作に歩いているように見えて、その実、神経を研ぎ澄まし、些細な変化も見逃さないようにしていた。……しかし、リオネに助けを求めてきた男の子とは一体何者なんだろうか?該当する人物には未だ遭遇していない。奇妙な話だ。

 それぞれが思いを馳せ、自らを叱咤・鼓舞しながら進んでいると、不意に後ろから声を掛けられた。
「あのう、もし……」
「ぅわっ、ひゃい!?」
 コジローが妙な声を上げる。
 声を掛けてきたのは五十代の女性。この家の家政婦のようだ。レイが女性に事情を説明する。無論、色々とぼやかして、だが。
「実は、この辺りで行方をくらました少女がいましてね。こちらのお屋敷に保護されていないかお尋ねしようとしていたのですが、誰もいらっしゃらないようなので、勝手ながらお邪魔させて頂きました。すみません」
「そうなんですか。生憎とそのような少女はここには来ておりませんが……」
 訝しがりながらも女性は答えた。その時ツン、とレイの袖口をトトが引っ張った。
「どうした?」
「いたよ、女の子」
 トトの足元には小さいままのアカガネが潜んでいた。
 ハッとした女性が声を張り上げる。
「旦那様! 誰か!」
「しまった!」
「こっち!」
 一同はトトの導く方向へ走って行く。
 廊下の角を曲がったところで
 ビュッ
 何かが頭を掠(かす)める。
 筋肉隆々の大男が鉈(なた)を振り落としてきたのだ。
「くそっ!」
「……チッ」
「ひぃぇあ! ち、蝶々サマ……」
「……」
 レイは吐き捨て、歌沙音は舌打ちをし、コジローは悲鳴を上げ、トトは眼前の敵を見据えた。
「うおおおおおおおおお!」
 体勢を戻した男が再び襲い掛かる。
 タン!
「こっちだ!」
 横の障子を開け、部屋を突っ切って男の背後の廊下に出る。何も真正面から攻撃を受ける事はないのだ。
 男は振り向き、すぐさま攻撃を仕掛けてくる。
 ガッ!
「行け! ここは俺が何とかする。」
 男の腕を押さえ込みながらレイが言う。
 彼の言葉を受け、全員が少女のいる奥の間へと急ぐ。……が、途中で何を思ったか、トトだけがレイの元へと戻ってきた。
 男の攻撃をかわし、受けながらレイが怒鳴る。
「何してる!!」
「クロガネ、食べろ!」
「なっ……?!」
 トトのはなった言葉にレイは目を見開く。食べろ、だと? しかし、それでは……
 ぶわっとクロガネが見る間に大男の倍もの大きさになり、バクンッと頭から飲み込んだ。口の中に入りきらなかった両足がクロガネの鋭い牙によって切断される。
「ギャアッ……!」
 男の悲鳴がクロガネの腹の中で弾けて消えた。切断された足が床に落ちるより早く消滅する。
「どう……いう事だ?!」
 レイが呆然と呟く。
「気付かなかったの?」
「そう、か。これは……」



 コジローと歌沙音の目の前に注連縄(しめなわ)の張られた部屋――納戸が現れた。戸の継ぎ目には御札が貼ってある。
「ん?!」
 コジローが通り過ぎようとするのを、歌沙音が腕を掴み、引き止める。
「ここは関係ないんじゃないッスか?」
 コジローが反論する。実は気味が悪くて、わざと見ない振りをして通り過ぎようとしていたのだ。
「シッ! 黙って」
 歌沙音は言い、納戸の扉に耳を押し付ける。
 チリン、リン……
 中からは微かな鈴の音と唄が聞こえる。――籠の中に閉じ込められた鳥の唄。
「ここだ。この中に、いる」
「ええ?! ここ? まさかそこを開けるなんて言わないッスよね?! 祟られるッスよ?」
「開けなくてどうするんだ?」
「じゃ、じゃあ、せめて蝶々サマに危険が無いか、お伺い立てていいッス、か?」
 歌沙音がじろりと睨む。表情が無いだけに一層怖い。
「……ごめんなさい」
 シュンとしたコジローを尻目に歌沙音が言う。
「開けるぞ」
 歌沙音の方がよっぽど漢らしい。
 パリ……
 御札が乾いた音を立てて裂ける。
 スゥ……
 戸は意外にも静かに開いた。
 四方を注連縄に囲まれ、その中に六歳くらいの女の子が正座している。華の模様の入った赤い着物を纏い、目には包帯が巻かれている。髪はおかっぱで、横髪を金の紐でそれぞれ結わえてある。白磁のような顔に小さな口には紅が引かれ、硬く結ばれていた。
「誰じゃ?」
 その口から漏れ出た言葉は、少々古めかしい感じがした。



 先を進む二人の前に新たな男が現れた。着物を着込んだ威風堂々たる姿から、おそらくはこの家の主であろう事が窺(うかが)い知れた。手には日本刀を提(さ)げている。
「ここは通さん」
 そう言うが早いか、スラリと鞘から刀を抜く。
「待って! ボク達は女の子を助けに来ただけなんだ。彼女を帰してくれたら出て行きます」
 トトが言う。
「ならば尚更、通す訳にはいかんな」
 スウッと刀を中段に構える。目の錯覚だろうか? 青白い霊気とも覇気とも取れるものが刀を中心に主の体から発せられる。
 レイはトトを自分の後ろに下がらせた。ジャキッと指先に仕込んだチタンカッターを出し、構える。
「いいや、連れ帰らせてもらうぞ。どの道おまえには……」
 台詞の途中で主が斬りかかってくる。レイはするりと身をかわしざま、チタンカッターで切りつける。
 ガキンッ
 それを上手く刀で受け止め、体勢を整える。一旦離れ、
「タイムリミットがあるはずだ!」
 レイが再び主の懐へと飛び込む。
 ザシッ
「ぐぬぅ……」
 レイの刃が主の胸に四筋の傷をつける。胸を押さえた主の指の隙間から血が糸を引いて流れた。
「さあ、茶番は終わりにしようぜ」
 言いざまレイは指を揃え、主の胸に衝きたてる。主にそれを避ける暇はなかった。
「ぐ……あ……」
 ズブリとレイの腕が胸を貫いた。ズルリと腕を引き抜くと、支えを失った主の体はゆっくりと床に倒れる。
「さて、あっちは上手くやってるかな? 行こうか、トト」
「うん」
 二人は倒れた主に見向きもせず、奥の部屋へと向かった。



「私は続歌沙音。こっちは長谷川コジロー。君を助けに来たんだ」
「わしを? じゃが、よくこの部屋まで来れたな。誰にも見つからなんだか?」
「見つかったッスよ。酷い目に遭ったッス」
「そうか、それは済まなんだ」
「別に君が悪い訳じゃない。さあ、行こう、ぐずぐずしている暇はない」
 歌沙音が手を差し伸べるが
「いや、わしは結界に阻まれてここを動けぬのじゃ」
「結界? こんなのは只のまやかしだ」
「しかし……」
 尚も言い募る少女に歌沙音は問う。
「君はここから出たくはないのか? 私達のやった事は要らん世話だったのか?」
「そうでは、ない」
 それまで黙っていたコジローがじれったくなったのか、口を出す。
「あーもー、結界が邪魔なんだろ? こういう時、何をすればいいのか、オレには分かってるんスから、任せて下さい」
「おい?」
 歌沙音が訝しげに声を掛けるが、コジローは構わず続ける。
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……。助けて下さい、蝶々サマ。オレに結界を解く力を与え給え! えいや!」
 掛け声と共に四隅の結界を引き剥がす。それは卓袱(ちゃぶ)台をひっくり返す動作に酷似しており、見る者を脱力させた。
 しかし、少女には効果があったようだ。
「結界が、解けた? 本当に?」
「おう! これでもう大丈夫ッス。アンタは自由の身だぜ。……ところで、その包帯は? 怪我でもしてるんッスか?」
「いや、これは只の目隠しじゃ」
「じゃあ、取るッスよ。いいッスね?」
 シュルシュルとコジローが少女の包帯を解いていく。
「さあ、ゆっくり目を開けるッスよ」
 コジローが声を掛けると少女はゆっくりと目を開く。
 レイとトトが時を同じくして少女の前に現れた。トトを見た少女が
「ユウタ?」
 と呟く。あ、と歌沙音とレイが声を漏らす。
「ううん、違うよ。ボクはトト。ゆうたじゃないよ?」
 少女が落胆する。
「そうか、そうじゃよな。……ユウタの筈が、ない」
 その時、周りの景色が歪んだ。徐々に建物の輪郭を薄くし、程なく完全に消失した。主の死体もそこから消えていた。
 代わりに現れたのは元の杵間山の風景だ。少女がいたのは納戸ではなく、岩の裂け目にできた洞窟だったのだ。
「やはり、な」
 納得したようにレイが呟くと
「どういう事っスか?」
 コジローが聞いてきた。
「……全ては、この少女が作り出した幻、ロケーションエリアだったのさ」
 息を吐くようにレイが言う。
「もしかして、彼女は自分の映画のワンシーンを繰り返してたって事?」
 確認するように歌沙音が聞く。
「ああ、この銀幕市に実体化してからずっと、な」
 そう、目隠しをされていた彼女は、自らの映画の中から弾かれ、銀幕市に実体化した事すら知らなかったのだ。
「だけど、どうして?」
 トトが疑問を口にする。
「人を待っていたのさ。あの家から連れ出してくれる人を。ユウタを、な」
 レイはこの山の調査を頼まれてから、該当しそうな映画を片端からダウンロードして観ていたのだ。その中に「ユウタ」とこの少女の物語『約束の鈴』があった。
「君の名前は鈴。……違うかい?」
「いかにも、わしの名前は鈴じゃ。ユウタが、つけてくれた。名も無き座敷童子のわしに……。この匂い袋と共に、な」
 彼女の取り出した匂い袋には小さな鈴が付いていた。山に木霊していたのはこの鈴の音だったのだ。
「ふー。じゃあ、これで一件落着ッスね。そろそろ日も暮れそうだし、帰るッスよ」
「そうだな、帰るか」
「鈴、君も行こう?」
「いや、わしはここに残る。ここで、ユウタを待ちたい」
「そうか……。町に降りた方が、銀幕市の事をよく知ることが出来るんだが、仕方ないな」
 レイも歌沙音も彼女に強要する気にはなれなかった。事情を話せば植村もわかってくれるだろう。
「じゃあ、ボクが遊びに来るよ。んで、銀幕市の事をいっぱい教えてあげる。いいよね?」
「ああ、そうだな、それがいい。俺達も暇を見て来る事にしよう」
「すまぬ……」
 申し訳なさそうに鈴が言うと
「いいッスよー。銀幕市に実体化した以上は俺達の仲間だもんな。助け合うのは当然ッスよ」
 ニカッと笑顔でコジローが言う。
 周りの面々を見れば、皆笑っている。温かい笑顔だ。
 ああ、この人達は違うのだ。私利私欲の為にわしを閉じ込めていたあの人間達とは……。ユウタと同じ、優しい人間……。
「っと、本当に帰らないとまずいな。暗くなってきた」
「じゃあ、また来るよ、鈴」
「オレも来るッスよ」
「ボクもー。またね、すず」
 手を振り、山を降りていく。
 歌沙音は町に戻ったら『約束の鈴』を見ようと思った。最初に見たあのビジョンの理由が分かるかもしれない。
 レイとトトは歩きながら山中にある草花の名前を答えあっている。
 コジローは部活の事で頭がいっぱいらしく、泳ぐポーズをとりながら歩いている。
 鈴は皆の姿が見えなくなるまで見送っていた。



 全てが解明された訳ではなかったが、取り合えずこの件は解決済みとして処理された。
 数日後、杵間山山中には、休憩所を兼ねた庵が出来たという。


                      ―了―

クリエイターコメント初めてのシナリオをお届けに参りました。
少しでも皆様のお気に召したら幸いです。
自分でも見直したのですが、何か気になる点がありましたらご指摘下さると助かります。
今回、全ての謎が解明した訳ではないので、もしかしたら、また事件(?)の解明をお願いするかもしれません。
よろしければ、また、事件の解決にご協力下さると幸いです。
暑い日が続いておりますが、お体の調子を崩されぬようお祈り申し上げます。
公開日時2007-08-12(日) 23:10
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