★ 【神さまたちの夏休み】君と過ごした夏 ★
<オープニング>

それは、何の前触れもなく、唐突にやってきた。

 銀幕市タウンミーティングがいったん終了となり、アズマ研究所の件はいまだ片付かないものの、あとはどうあれ先方の出方もある。
 そんなときである。リオネが勢い込んで、柊邸の書斎に飛び込んできたのは。
「みんなが来てくれるんだってー!」
 瞳をきらきらさせて、リオネは言った。嬉しそうに彼女が示したのは、見たところ洋書簡のようだった。しかし郵便局の消印もなければ、宛名書きらしきものも、見たことのない文字か記号のようなものなのだ。
「……これは?」
「お手紙ー」
 市長は中をあらためてみた。やはり謎の文字が書かれた紙が一枚、入っているだけだった。
「あの……、これ、私には読めないようなんだけど……」
「神さまの言葉だもん」
「……。もしかして、お家から届いたの? なんて書いてあるのかな」
「みんなが夏休みに遊びに来てくれるって!」
「みんなとは?」
「ともだちー。神さま小学校の!」
「……」
 どう受け取るべきか、市長は迷った。しかし、実のところ、リオネの言葉はまったく文字通りのものだったのだ。
 神さま小学校の学童たちが、大挙して銀幕市を訪れたのは、その数日後のことであった。

★ ★ ★

 その日、銀幕市内はいつも以上に賑やかだった。子供達が其処此処に溢れかえっているのだ。どうやら夏休みだから、という理由だけではないらしい。

 幾人かの銀幕市民を前にして、「映画実体化問題対策課」の植村直紀が申し訳なさそうに、事態を説明した。
「実は夏休みを利用して、リオネくんも通っていた「神さま小学校」の学童たちがこの銀幕市に遊びに来ているんです。ホームステイ先などが決まっている子達はいいのですが、中には何の準備もなく訪れた子もいまして……」
 更に頭を垂れて植村は言う。
「すみませんが、この子をあずかっていただける方と、遊び相手になって下さる方はいませでしょうか?」
 恐縮する植村の横からぴょこんと黒い頭が覗く。
「こんにちは! 私、テティメラっていうの。よろしくね!」
 褐色の肌に透き通ったアイスブルーの瞳。カールした艶やかな黒髪をツインテールにした、元気いっぱいの女の子が笑顔で挨拶する。
「くれぐれも、魔法は使わないようにして下さいね」
「だーいじょうぶよー。わかってるって!」
 念を押す植村の背中をバシバシ叩きつつ、テティメラが答える。
 はぁ、と溜息をつきつつ植村はこちらを向いて言葉を続ける。
「一応、親御さんから魔法は使うなと言い遣っているようなのですが、不測の事態が起こるかもしれません。充分、注意して下さい。よろしくお願いします」

種別名シナリオ 管理番号188
クリエイター摘木 遠音夜(wcbf9173)
クリエイターコメント・彼女が銀幕市に滞在している間、お世話をお願いします。
・彼女を家に泊めるのか、遊ぶだけなのか書いて下さると助かります。
・彼女を泊めて下さる方が数人いらしたら、持ち回りでお願いする事になります。
・魔法は一応禁止されてますが、我儘が通らずつい使ってしまうかも。
・しかもコントロールが上手くいかない場合があり、掛けた魔法を解く事がなかなか出来なかったりします。
・色々とご迷惑を掛けると思いますが、彼女をお願いします。

参加者
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
香我美 真名実(ctuv3476) ムービーファン 女 18歳 学生
<ノベル>

 ――その日、銀幕市はいつにも増して騒がしかった。
 夏休みという時節柄、観光客が多いという事もあったのだが、どうやらそれだけではないらしい事を、所用の為、市役所に訪れていたシャノン・ヴォルムスは知った。
 今、彼の――いや、彼等の目の前には、申し訳なさそうな顔で頭を垂れている植村直紀がいる。そしてシャノンの隣には香我美真名実(かがみ まなみ)という女性がいた。バッキーを連れている事から、ムービーファンだという事がわかる。
 そして、その場にはもう一人、テティメラという少女がいた。彼女は項垂(うなだ)れる植村とは対照的に、ニコニコとしている。
「つまり、この娘をここに滞在する間、預かればいいんだな?」
「はい。それと、遊び相手になって頂ければと……」
「あ、私も大丈夫です。預かれます」
 と手を上げて真名実が言う。
「初めまして、香我美真名実です。こっちはバッキーの聖よ。よろしくね、テティメラちゃん」
「俺はシャノン・ヴォルムスだ。魔法を使わなければ家に泊めてやってもいい」
 真名実は笑顔で、シャノンはぶっきらぼうに言い放つ。
「うん! よろしく! へーえ、これがバッキーかぁ。可愛い〜、抱っこしてもいい?」
「いいわよ、はい」
 真名実は肩に乗っていたバッキーをテティメラに渡す。
「わーい」
 とテティメラはバッキーを抱きしめ、その感触を楽しむ。
「うふふ」
 そんな様子のテティメラを見て笑みがこぼれる。
 ひとしきりバッキーの感触を楽しんだ後、二人の方へ向き直り
「ね、どこ連れて行ってくれるの?」
 と、テティメラは二人に飛びついた。
 随分と人懐っこい子だな、とシャノンは思い苦笑し、楽しくなりそうだわ、と真名実は思った。


 ☆


「さて、これからどうするか……」
 預かるとは言ったものの、正直シャノンはどうしたらいいのかわからなかった。遊ぶにしても、この年頃の子は何が好きなのやら見当がつかない。
 シャノンが逡巡していると真名実が口を開いた。
「テティメラちゃんはどこか行きたい所とかあるかしら?」
 するとテティメラは
「呼び捨てでいいよー。私も真名実って呼びたいし。シャノンはシャノンね。いーい?」
 と聞いてきた。
「ええ、いいわよ」
「まあ、構わんが……」
 相変わらず真名実は笑顔で対応している。テティメラもそんな彼女の様子に上機嫌のようだ。この調子だと何も問題は起こりそうにないな、とシャノンは思う。
「さて、どこに行く?」
 シャノンの問いに対して、テティメラは二人の手を握りながら、うーんとね、と考え込むが、ふと真名実の指にはめてある指輪やブレスレットなどを見て感嘆の声を上げた。
「わぁ、真名実のつけてるアクセサリー、素敵ね」
「うふふ、ありがとう。じゃあ、アクセサリーショップへ行ってみる?」
「うん!」
 真ん中にテティメラ、左にシャノン、右に真名実という並びで三人は手を繋いで目的の店へと向かう。傍から見ると彼等はどのように映っているだろうか? 歳の離れた兄妹? それとも……。
 
「わー、キレイ! あ、これも素敵!」
 キャッ、キャッとテティメラが目を輝かせながら色とりどりのアクセサリーを見て回っている。そんな様子を見て
「やはり、女というものは、何歳でもこういった物に目がないのだな」
 と、こぼした。しかし
「あら、それは偏見よ? 女だからって必ずしもそうとは限らないわ。それに、綺麗な物には男女関係なく、大概心を奪われるものではないかしら?」
 真名実がチクリと反論する。
「……そうだな」
 シャノンが溜息をつきつつ言うと、向こうからテティメラが彼等を呼んだ。
 何かと思って二人が向かうと、上目使いで彼女が言った。
「ねえ、これ買って? 私、すごく気に入ったの。ダメ〜?」
 と、どこかのお姉様のような台詞を言う。
 どれどれ、と覗くと、確かに女の子が好みそうな、可憐なデザインのネックレスが置いてあった。しかし、値札を見てギョッとする。桁が違う。成人女性にねだられても躊躇するような値段だった。
 さすがにこれは高すぎるのではないかと思ったシャノンが、
「それはちょっと子供が持つにしては高いんじゃないか? こっちのでは駄目なのか?」
 と、似たようなデザインの少し安めの物を指し示す。だが、どちらにしても高価なのには変わりなく、真名実は呆気にとられる。
「う〜ん、こっちでもいいけど……」
「ちょっと待って! あなた達、一体どういう金銭感覚しているの?」
 キョトンとした顔で、テティメラとシャノンが真名実を見る。突っ込みを入れた自分が馬鹿だったのかと一瞬思いはしたのだが、
「わかったわ、こうしましょう。私がビーズでテティメラのアクセサリーを作ります。気に入らなかったら、シャノンさんがプレゼントする。これでどうかしら?」
 と、気を取り直して提案してみる。
「本当?! 作ってくれるの? 真名実」
「ええ。せっかくだから今から手芸店に寄って、テティメラの好きなビーズを購入するわね。」
 パアッとテティメラの表情が明るくなる。逆にシャノンの表情が暗くなったのは気のせいだろうか?

 手芸店に行った三人だが、シャノンは手持ち無沙汰だった。しかし、色とりどりのビーズや天然石を眼にした彼はある事を思いつく。
「ふむ。こんなのもあるのか、綺麗なものだな」
 と、天然石を取り上げ、しげしげと眺めていた。テティメラと真名実はあれがいい、これがいいと仲良く並んでビーズやパーツを選んでいる。
 ようやく購入するものが決まったのか、二人はレジへと向かった。
「あら?」
「あれ?」
 女性二人組みがそろって声を上げる。レジには先客――シャノンがいたのだ。
「決まったのか?」
「ええ。シャノンさんも何か購入されたんですか?」
「ちょっと、な」
 真名実の問いに対してシャノンは薄く笑い、曖昧に答えた。
「さて、腹も減ったし、飯でも食うか?」
「さんせーい!」
「そうね、もうお昼を過ぎてしまったわね」
 時計を見れば14時を回っていた。よほど夢中になってたらしい。
 時間を意識すると、とたんにお空腹を意識したのか、テティメラのお腹がきゅるきゅると可愛らしい音を立てた。
「さあ、行きましょう」
「うん」
 くすくすと笑いながら真名実がテティメラを促す。
 いつも殺伐とした依頼をこなしている彼だが、たまにはこういうのも悪くないなとシャノンは思った。
 
 食事の後、公園を散歩したりアイスを食べたりして三人は過ごしていた。
 昼食をとるのが遅かったせいか、あっという間に黄昏を迎える時刻になっていた。
「日が暮れるわね」
「ああ……」
「キレイ……」
 夕日が周りの景色を茜色に染め上げる。どことなく寂しくなるような風景が眼前に広がっていた。三人はそれをそれぞれの感慨を抱いて見つめていた。
「さて、今日はどちらの家に泊まりたい? テティメラ」
「う……ん」
 テティメラは少々困った顔で二人の顔を見比べている。どちらを選んでも何となく片方に悪い気がして、なかなか答えを出す事ができない。
 そんな彼女の心情を察してか、真名実が口を開く。
「あら、こういう時は多少強引でも自分の家に誘うものよ、シャノンさん。私はうっかり家族に連絡し忘れてたから、お泊りは明日になるけど……。いいかしら? テティメラ」
「うん!」
「決まりね。それじゃあ、また明日」
 真名実はにっこりと笑い、じゃあ、と手を上げて去って行った。
 去り行く彼女の姿を見送りながら、テティメラは心の中でありがとうと呟いた。
「さあ、行こうか」
 シャノンはそう言うと彼女の手をぎゅっと握り、歩き始める。
 テティメラはシャノンを見上げ、小さく微笑んだ。


 ☆ ☆


「しまった……」
 シャノンの住むマンションに着き、冷蔵庫を覗いた彼の口から最初に出た台詞がこれだ。冷蔵庫には、おつまみ程度のチーズやハム、卵などが申し訳程度に入っているだけだった。後はドリンク類のみ。普段から家事をほとんどしない彼は、酒のつまみになりそうなものしか置いていなかったのだ。
 テティメラはシャノンの部屋を見て暫くぽかんとしていた――彼の部屋にはありとあらゆる武器が陳列されていた――のだが、
「どうしたの?」
 と、シャノンの側にやってきた。
「すまん、食い物が無かった……」
「あ、なんだ、そんな事?」
 じゃあ、私が。と言うので何をするのかと思って見ていれば、彼女はおもむろに片手を高く上げ、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
 ハッとしたシャノンが、高く上げられた彼女の手を掴んだ。
 瞬間、

 バチッ

「キャア……!」
「……くっ!」
 二人の体に電流でも通されたような、小さな衝撃が走った。
「お前、今、何をしようとした? 魔法は禁じられているんだろう?!」
 肩で息をしているシャノンに厳しい顔で詰め寄られ、テティメラがガチガチと震えながら答える。
「わた、私、シャノン、に食事、を……」
 失敗した魔法の衝撃と、シャノンに強く窘(たしな)められたショックで、テティメラの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れた。
 シャノンが息を吐き、彼女向かって静かに言う。
「いいか、大きな力っていうのは、そう易々(やすやす)と使っていいもんじゃないんだ。ここで魔法を禁じられているのには理由がある。もちろんお前達が悪戯に使用しないようにする為でもあるだろう。だが、それだけじゃない。……お前はこの力に責任が持てるのか?」
「せき……にん?」
「ああ、そうだ」
 テティメラは揺れる瞳でシャノンを見つめた。シャノンもテティメラの瞳を真正面から見つめる。
 一時、両者とも微動だにせずに見詰め合っていたのだが、不意にシャノンが表情を緩め、テティメラを抱きしめる。
「まだ、わからないかな? だが、いずれ俺の言った意味がわかる日が来るだろう。それまで、心に刻み込んで忘れるんじゃないぞ。……悪かったな、驚かせて」
「ん……」
 テティメラはぎゅっとシャノンの服を握った。
「さあ、飯にしよう。ピザでいいかな?」
 シャノンはテティメラを腕の中から開放すると、軽く頭を撫で、デリバリーのピザを注文する為、受話器を取った。そんな彼をテティメラはじっと見つめていた。
 
 程なくして、デリバリーピザが届き、テーブルに広げる。
「……」
 テティメラは一瞬絶句する。見事なまでに野菜を排除したチョイス。
 チキンと照り焼きソースのピザ、シーフードピザ、カルボナーラピザ。デザートにアップルパイとアイスクリーム、ジュース数種類。唯一あった野菜サラダはテティメラの前へと置かれた。
「ねえ、これ……」
「好きなの取って食べろ、遠慮はいらん。」
「明らかに野菜の量が少ないと思うんだけど……」
「気のせいだ」
 反論は許さんとばかりにピシャリと言ってのける。
 微妙な顔をしながらもピザを食べる。テティメラが最初に選んだのはカルボナーラピザ、飲み物はコーラ。シャノンはワインをグラスに注ぎ、チキンと照り焼きソースのピザを一切れ取った。
「いただきます」
 もそもそと口に含んだピザを咀嚼しながらテティメラは、これがさっき自分に説教をした人物と同じ人間なのかと胡乱(うろん)に思う。

 夜も更け、先にテティメラを休ませた後、シャノンは月を見ながらワイングラスを傾けていた。
 コト、と小さな物音に気付き、シャノンが部屋の方に顔を戻すと、タオルケットを抱えたテティメラが立っているではないか。
「どうした? 眠れないのか?」
「うん……」
 おずおずとテティメラはシャノンの側に寄り、抱きつく。
「しょうがないな」
 シャノンはグラスをテーブルに置き、テティメラを抱き上げ、寝室へと向かう。
 テティメラと一緒のベッドに横になり、子守唄代わりにと賛美歌を歌う。彼が人の為に歌を歌うなんて、久しくなかった事だ。
 すうっと息を吸い込み、紡ぎ出される天上の旋律。テティメラにとって珍しくもなんともない日常の音楽だったが、シャノンの中から溢れ出るそれは、何故だか胸が締め付けられるほど、切なく優しい。
 静かに胸に染み入る歌に浸されて、テティメラは夢の世界へと誘(いざな)われていった。


 ☆ ☆ ☆


「シャノン、シャノンってば〜」
 ゆさゆさとシャノンの体を揺するが
「う〜ん、もうちょっと……」
 と、先ほどから似たような台詞を言い、なかなか起きようとはしない。
「んも〜」
 時刻は既に十時を回っている。テティメラは八時半には一度起きていたのだが、シャノンが寝ていた事もあり二度寝したのだ。が、九時過ぎには再び目が覚めてしまっていた。
 なかなか起きないシャノンを尻目に、テティメラは昨日の残りのピザを朝食にと温めて食べていた。
「真名実が来ちゃうよ〜?」
 それでも起きようとはしないシャノンに、おもいっきりダイブしてやろうかと身構えたその時、チャイムが鳴った。
 ピンポーン……
「はーい」
 玄関を開けるとそこには先ほど噂していた人物――真名実がいた。
「おはよう、テティメラ。シャノンさんは?」
「まだ寝てて起きないの〜」
「あら、困ったわね。ちょっとお邪魔してもいいかしら?」
 靴を脱いだ真名実はすたすたとシャノンの寝室へと向かう。
 二言三言、シャノンと言葉を交わした真名実が溜息をつきながら出てくる。
「駄目だわ、全然起きようとしないわね。……今日は私の家でお菓子でも作りましょうか」
「お菓子! 作る!」
 わーいとテティメラがはしゃぐ。
「じゃあ、書置きをして行きましょうね」
 サラサラとメモ用紙に自分の住所と電話番号を書き、一言「今日はうちで預かります」と書いてテーブルに置いた。
「さあ、行きましょうか。材料も買って帰らなくてはね」
「うん!」
 二人は笑みを交わし、手を繋いでシャノンのマンションを後にする。

 ピリリリリリ……
 スーパーで買い物をしていると、真名実の携帯に電話が掛かってきた。
「はい、香我美ですけど……。あら、シャノンさん。ええ……まあ、そうなんですか?」
 シャノン? とテティメラが寄って来る。
「……わかりました。仕方がありませんものね、お仕事頑張って下さい」
 キラキラと輝いていた瞳が、真名実の言葉を聞いて曇ってくる。
「シャノン、どうしたの?」
 不安そうな顔でテティメラが聞いてくる。
「急なお仕事が入ったんですって」
「そう……」
 明らかに落胆した声で呟く。
「仕事じゃ仕方ないもんね……」

 真名実の家に着いてお菓子作りの材料を広げるも、いまひとつテティメラの表情はうかない様子。
「テティメラ?」
 心配になった真名実が声を掛けると
「ううん、何でもないよ」
 と笑って見せる。少し妬けるわね、と真名実は笑みを返しながら思う。
 今回のお菓子作りに選んだのはパウンドケーキにマフィン。簡単で失敗が少ないうえ、材料次第で色々なバリエーションが楽しめるからだ。
 最初にパウンドケーキを作る事にした二人は、まず材料の分量を量り、粉をふるいにかける。更に振るった粉を分け、抹茶やココアなどをそれぞれ混ぜ合わせる。
 別のボールで室温に戻したバターを練り、砂糖を加え白っぽくなるまでさらに混ぜる。卵を入れて混ぜ、粉を入れる。この時、ドライフルーツや胡桃なども一緒に入れてさっくりと混ぜ合わせる。後はバターを塗り軽く打ち粉をした型に入れてならし、台に数回打ちつけてオーブンで焼くだけ。これを材料ごとに分けてやればいいのだ。実に簡単である。
 マフィンも大体似たようなもので、簡単に作れる。パウンドケーキを焼いている間にマフィンの生地を作っていく。
 真名実は作業の合間にテティメラの顔を伺い見ていた。今はお菓子作りに夢中になっているようなので安心する。
 パウンドケーキが焼き上がるにつれ、甘く、食欲を誘う匂いが部屋を満たしていく。
「うわー、いい匂い。わ、おもしろーい、どんどん膨らんでいくね」
 テティメラが感嘆の声を上げる。
「うふふ、本当にいい匂い」
 相槌をうちながら真名実はマフィン型の準備をする。
 焼きあがったパウンドケーキを取り出し、今度はマフィンをオーブンに入れ焼いていく。
「ね、できたてのケーキって美味しいのよ。マフィンが焼けるあいだに味見しない?」
「本当?! 食べる!」
 テティメラの返事を聞いて、真名実は荒熱を取ったパウンドケーキを型から外し、少しずつ切り分ける。
「じゃあ、これをそこのテーブルに運んでくれるかしら?」
「はーい」
 テティメラが切り分けたケーキを運んでいる間に、紅茶の用意をする。
 ティーポットとカップをお盆に載せ、テーブルへと運ぶ。
「ねぇ、これ……」
「あら、ごめんなさい。出しっぱなしだったわね」
 テーブルの上には制作途中のビーズアクセサリーが置いてあった。
 真名実がそれを片付けながら言う。
「テティメラはビーズのアクセサリーを作ったことはある? 後で作ってみる?」
「え? いいの? うん、作ってみたい」
 テティメラは目を輝かせて言った。

 パウンドケーキを試食した後、二人はマフィンも一個ずつ食べ、昼食には真名実お手製のスパゲッティーとポテトサラダを食べた。少し食べ過ぎのような気もしたが、そこはそれ、言いっこなしである。
 食事の後、先ほどの約束通りにビーズの材料を広げ、テティメラに作り方を教えながら、真名実は自分の制作途中のアクセサリーを作製していった。
「テティメラ?」
 ふいに大人しくなったテティメラを見ると、こくりこくりとビーズを通したテグスを手にしたまま、船を漕いでいた。
「あらあら、お腹がいっぱいになって眠くなったのね」
 くすりと笑い、枕とタオルケットを用意し、テティメラを寝かせる。側にはバッキーの聖が寄り添い、一緒になって眠っている。
 真夏にしては珍しく、涼しく気持ちのいい風が窓から入って、彼女達の髪を優しく撫でていった。

「ん……」
 テティメラが目をごしごし擦りながら起き上がると、真名実の声がした。
「目が覚めた?」
 外を見ると日が暮れかかっていた。随分と眠っていたようだ。
「ごめんなさい、寝ちゃった」
「ふふ、いいわよ。買物がてら散歩しましょうか。……その前に、髪を直しましょうね」
 見れば眠っていたテティメラの髪は、かなり乱れていた。
 真名実は一旦ツインテールにしていたテティメラの髪を解き、丁寧にブラッシングしていく。再びツインテールに結い上げ、ゴムでとめる。よくよく見れば、ゴムには加工されたビーズがつけてあった。
「真名実、これ……」
「うふふ、プレゼントよ」
 テティメラのイメージで作った向日葵の花。
「良く似合ってるわ」
 真名実がにこりと微笑みながら言う。
「……ありがとう」
 何となくくすぐったい気持ちになったテティメラは、頬を少し赤らめながら礼を言う。
「明日はケーキを持ってシャノンの事務所に行きましょうね」
「うん!」
 明日、シャノンに会えるかと思うと心が弾んだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 シャノンの事務所に訪れた彼女等に開口一番、
「……悪い」
 と彼は言った。
「どうも今回頼まれた依頼が長引きそうなんだ」
「つまり?」
「テティメラの世話を全面的に真名実に頼みたい。すまんな、テティメラ。遊んでやれなくて」
「いいよ、お仕事なんでしょ? 仕方ないもん」
 そう言いながら、明らかにテティメラはむくれていた。
「暇が出来たら、顔を見に行くから、な?」
 シャノンは言い、テティメラの頭を撫でる。
「これ、昨日、テティメラと私が作ったんです。よろしかったら、召し上がって下さいね」
 パウンドケーキとマフィンの入った袋を差し出して真名実が言う。
「ありがとう、後で食べるよ」
 シャノンは微笑し、礼を述べる。
「さあ、行きましょう、テティメラ」
「うん……お仕事がんばってね、シャノン」
 ちらりとシャノンの方を振り返り、言う。少し声が暗い。

「さあ、今日はどうしましょうか? ビーズの続きする?」
「うん。ビーズ、する」
 元気のないテティメラを真名実がぎゅっと抱きしめた。
「テティメラ……」
 何か彼女を励ます言葉をかけたかったのだが、いい言葉が見つからない。
「わかってるよ」
 逆に気遣わしげな言葉をかけられる。
 駄目だな、私……。真名実は心の中でこぼす。

 結局その後、シャノンが二人の前に姿を現す事はなかった。明日にはもう帰らなくてはならないテティメラ。
 ショッピングや、アクセサリー作り、お菓子作りに花火。それなりに楽しい時間を過ごしたはずなのだが、時折テティメラの顔から表情が無くなっていた。真名実にはそれが気掛かりだった。
「男の人って、そんなに仕事が大事なのかな? 家族よりも?」
 ぽつりとテティメラがもらす。
 二人は公園のブランコに腰掛け、時折揺らしながらお喋りしていた。
「そうね。家族の事は大事だけど、お仕事しなくちゃ人間は生活できないのよ。どちらかを選ぶのは、現実的に言って難しいわね」
 子供には理解し辛い事かもしれなかったが、真名実は思った事をあえてそのまま口にした。
「パパもね、お仕事が大変だからって、あんまり家に帰って来ないの。でも本当はお仕事じゃない事をしてたりするの」
「お仕事じゃない事?」
「グランパと女の人をどう口説き落とすか相談してたりするのよ、信じらんない。……ママがいるのに」
 そういえば、神様の貞操観念は少々希薄だったような……と思い出す。特に男性神は。
「テティメラのお父様って、どなたなの?」
「パパは……」
 テティメラが言いかけたところで、公園の入り口に逢いたかった人の姿を認め、駆け出した。
「シャノーン!」
 テティメラはシャノンにしがみついた。
「お仕事終わったの? 私と一緒にいてくれる?」
「いや、まだだ。ここを通りがかったら二人の姿が見えてな。寄ってみただけなんだ」
 シャノンの言葉を聞いたテティメラの表情がみるみる歪み、大粒の涙が零れ落ちた。
「シャノンのバカ! 私、明日には帰るのよ? それなのに仕事の方が大事なの?」
「テティメラ……」
 シャノンがテティメラを抱きしめようと手を伸ばす。テティメラはその手を撥ね除け、
「きらい、大っ嫌い! シャノンのバカー!」
 ドンッ! とテティメラの感情の爆発に呼応するように、空気が震える。
 衝撃波が二人を襲った。
「キャア!」
「くっ!」
 真名実は地面に叩きつけられ、シャノンは衝撃に耐えはしたものの、体は数メートル後方へと引きずられる。
「テティメラ……!」
 シャノンが声を掛けるが彼女には届いていない様子だった。
 目を見開き、流れる涙はそのままに、彼女は叫び、力の激流が渦巻いていた。
「あああああああああ! きらい、キライ、ミンナ、みんな……!」
 ゴオオォォォォオオオ
 激情は風を呼び、渦巻き、二人に襲い掛かる。
 カマイタチとなった空気の歪が肌を容赦なく切り裂く。
「きゃっ……!」
「くそっ」
 自分はまだいいが、真名実は生身の人間だ。彼女だけでも安全な場所に避難させなければ!
 そう思ったシャノンは足に力を入れ、勢い良く地面を蹴った。上手く風の切れ目を狙い、真名実の元へと疾走する。
 彼女を庇いながらシャノンは叫ぶ。
「テティメラ、目を覚ませ! お前は今、何をしている? 目を凝らし、自分のやっている事を見るがいい!」
 シャノンの言葉にテティメラはゆっくりと彼等の方に向き直る。
「……」
「テティメラ!」
再度、シャノンは叫んだ。
自分の名を呼ぶ彼の声音にビクリと体が揺れる。
「あ……」
 徐々に焦点が合ってきた彼女の目に飛び込んできたのは、顔や腕など剥き出しの部分に無数の傷を負ったシャノン達の姿だった。いや、よく見れば服も裂かれ、下の肌にもうっすらと血が滲んでいる。
「シャ、ノン? 真名実?」
 正気に戻ったテティメラに
「テティメラ! 今すぐ力の行使を止めるんだ!」
「ちから……」
 言われて周りの異変に気付く。轟々と風は吹き乱れ、自らの髪をも弄んでいる。
「早く!」
 テティメラはシャノンの言う通りに、力を止めようとした。だが……
「ダメ……。出来ない……、力が止まらないよぅ」
 テティメラがカタカタと震えながら力なく言う。
「どうしよう、シャノン。ああ、真名実も傷がいっぱい……」
 テティメラは半ばパニック状態に陥る。
「テティ、メラ……」
 真名実がテティメラの名前を呼ぶ。爆風に声は遮られ、掠れて聞こえる。
「止まらない、止まらない。どうしよう、どうしよう……」
「落ち着け、テティメラ! 落ち着くんだ!」
 だが、再び感情の渦に巻き込まれた彼女は、力を止めるどころか、逆に増幅させてしまう。
 ぶわりと彼女の周りをまばゆい光が押し包み、膨れ上がっていく。
 まずい! とシャノンは思ったがどうする事も出来ない。
「イヤ、イヤ……」
 あああ、とうわごとのように繰り返す。
「チッ!」
 せめて真名実だけは、とシャノンは全身で庇う。
 グググと限界まで光が広がり、力が暴発するその瞬間、シャノンは真名実を庇う腕に力を入れ、目を瞑る。
 シャノンは来るべき衝撃に備えた。

 ……?

 ――だが、何時まで経っても何も起こらない。
 そろりと目を開き、テティメラを見る。
 テティメラを包んでいた光が彼女の胸元に向かって吸い込まれていく。
「一体、何が……?」
 シャノンは呆然と呟く。
 光が全て吸い込まれると、テティメラは力なくその場に頽(くずお)れた。
「大丈夫か? 真名実」
「ええ、私は大丈夫よ。それよりテティメラを……」
 シャノンは真名実からそっと手を離し、倒れているテティメラの元へと向かう。
「テティメラ……」
 彼女の胸元で小さな光が明滅し、そのうち完全に消えた。
 疑問に思った彼はそっと胸元に手をやる。
「何かあるな」
 ゴリッという感触。テティメラの首を見ればネックレスの鎖が見えている。シャノンはそれをそっと手繰って服の中から引き抜く。
 ペンダントトップは丸い石。スモークのようなゆらゆらと揺れる模様がある。いや、石の中で煙が渦巻いているのか。
「これが力を吸収したのか?」
 それは万が一の時の為に、彼女の父親が持たせた物だった。魔力を一時的に封じ込める事ができる守護石なのだ。
「ん……」
 テティメラが薄く目を開く。
「気が付いたか?」
「シャノン……私……」
 テティメラはハッとして周りを見渡す。
「真名実は?」
「大丈夫よ、掠り傷だし、なんでもないわ」
 傷だらけの彼女を見て、テティメラは眉を寄せる。
「ごめんなさい。真名実、シャノン」
「いいさ」
「いいのよ」
 じわ、とまた涙を浮かべてテティメラはシャノンに抱きつく。
「怖かった……、怖かったよぅ」
 力のコントロールが出来なかったことが、大事な人達を傷つける力が恐ろしかった。前にシャノンが言っていたことの意味が少し解った気がした。

 最後の夜はシャノンの家で過ごした。
 相変わらず冷蔵庫の中には何も無くて、デリバリーで済ましたけど。
 寝る時は何も言わなかったのに添い寝してくれた。嬉しかった。
「明日はちゃんと起きてね?」
「わかってるよ」
 私がそう言うと、シャノンはちょっと拗ねたような顔をして、それからおでこにキスをしてくれた。
 色々あったけど楽しかったよ?
 もし、許されるのならまたこの町に来たいと思った。
 シャノンと真名実に、逢えてよかった……


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、真名実」
 くすりと笑って真名実が言う。
「今日はちゃんと起きれたんですね」
「ま、今日ぐらいはな」
 軽口を交わしながら、三人は並んで歩く。手を繋いで。
 お別れまであと少し。
「あ!」
 唐突に真名実が声を上げる。
「どうした?」
「どうしたの?」
「忘れるところだったわ。はい、テティメラ」
 バックの中から小さな紙袋を出し、テティメラに渡す。
「なあに?」
 テティメラが袋を開けると、花の形のビーズをふんだんに使用したネックレスとブレスレットが入っていた。パールも所々使用されている。
「わぁ、ありがとう。キレイ、可愛い」
 テティメラはそれを早速身につける。
「どう?」
「可愛いわ、似合ってる」
 にっこりと笑って真名実が言う。うふふとテティメラも笑う。
「ああ、俺も渡す物があったんだった。ほら」
 と、シャノンは剥き出しのままのそれをテティメラに渡した。
 天然石を通しただけのブレスレット。しかも石に纏まりがない。シャノンが綺麗だと思った石を片っ端から通したのだ。
 ともすればバランスが悪く見える代物だったが、それでもテティメラは嬉しかった。
「ありがとう、シャノン。私も二人に渡す物があるの。はい」
 テティメラが取り出したのはストラップ。
 ビーズで作った十字架と三日月とハートの形をしたビーズをつけているものをシャノンに、真っ黒のバッキーとハート形のビーズをつけた物を真名実に手渡す。十字架の交わっている部分にはアイスブルーのビーズが一つ取り付けられていた。――それはテティメラの瞳を意味していた。
 ふっ、と笑ってシャノンが言う。
「ありがとう、テティメラ。大事にするよ」
「うん。シャノン、真名実、お世話になりました」
 ぺこりと頭を下げてテティメラが言う。
「ああ」
「どういたしまして。またね、テティメラ」
「うん、また」
「またな」
 また会うことがあるのかどうか分からないが、“またね”。
 さよならではなく……

 駆け出したテティメラがぴたりと止まり、振り向く。
「シャノーン。嫌いなんて言ってごめんなさい。本当は大好き。真名実も、二人とも大好きよ」
 ぶんぶんと手を振ってまた駆け出す。
 ふと、彼女の靴に目が留まった。今まで気付かなかったのだが、踵の部分に小さな翼がついている。
「ねえ、もしかして彼女の父親って……」
「ん? 誰でもいいさ、彼女は彼女だ」
「そうね。それじゃあ……」
「ああ、またな」
 二人は手を振って別れた。



 夏が過ぎる。
 君と過ごした夏が……
 忘れない、忘れられない思い出となって――。



                  ―了―

クリエイターコメントこの度は、私のシナリオに参加して下さって、ありがとうございました。
まるで日常の一コマのような(一部非日常が混じってますが)内容になりました。
お二人にとって、少しでも心に残るような、そんな物語になっていれば幸いです。
また、ご縁がありましたら、よろしくお願い致します。
公開日時2007-08-23(木) 19:30
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