★ 【万聖節前夜祭にて】今日も銀幕市は騒がしく ★
<オープニング>

「……やれやれ」
 その男――片岡清十郎は今日も溜息をついていた。町は神様学童の再来か、という賑わいをみせている。
 店のショーウィンドーはオレンジと緑と黒のモノで占拠され、町のあちこちでは、子供達の声が響いている。――その中に大人の声も混じっているような気がするのは気のせいか?

 ハァ……

 俯(うつむ)いて溜息をつき、顔を上げると、賑やかしい子供の集団と目が合ってしまった。子供はともすれば冷ややかに見える清十郎の眼差しをものともせずに笑う。
「トリック オア トリート!」
 この日、何度目かの言葉を投げかけられ、清十郎は諦めたようにスーパーのビニール袋をガサゴソと漁(あさ)る。
「ほら」
 個別に綺麗にラッピングされたお菓子を人数分差し出すと、子供達は歓声を上げ、走り去って行った。そんな様子を苦笑と共に見送り、また歩き出す。

 今日はハロウィン。
 子供達の暴虐無尽な振る舞いも、この日ばかりは大目に見られるようだった。仮装した子供の群れに混じって、ホラームービーのスター達もちらほら見受けられる。
「この分では、家に帰ってもゆっくりできそうにないな」
 だけど、こんなお祭り騒ぎも嫌いじゃない。何となくわくわくするのだ。ふと、清十郎は呟いてみた。

 ――Trick or treat

種別名シナリオ 管理番号247
クリエイター摘木 遠音夜(wcbf9173)
クリエイターコメントOPではわがNPC、片岡清十郎が出張ってますが、本編ではそれほど出番はないはず。
今回のシナリオは、皆様のプレイングが主体になると思って下さい。
つきましては以下の点を含んだプレイングをお願い致します。
・脅かす側に回るのか、脅かされる側に回るのか。
・子供達と一緒になって、夜の町を練り歩くのか、住居で子供達の来訪を待つのか。
※住居で待たれる方は、住んでいるところの詳細もお願い致します。
また、これ以外でも楽しい展開を思いつかれましたら、ご記入下さると幸いです。
NPCの片岡と絡みたい方は、そっと書き添えて下さると、もしかしたら絡む機会があるかもしれません。
今回はできるだけ賑やかになればいいな、と、枠を多めに設けております。
皆様のご参加をお待ちしております。

参加者
秋山 真之(cmny8909) ムービーファン 男 15歳 高校生
ルドルフ(csmc6272) ムービースター 男 48歳 トナカイ
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
浅間 縁(czdc6711) ムービーファン 女 18歳 高校生
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
白木 純一(curm1472) ムービーファン 男 20歳 作家志望のフリーター
<ノベル>

 1. 準備をしよう♪

 本日の銀幕市はとても賑やかだ。
 子供達の「トリック オア トリート!」という声が其処此処響いている。学校帰りの秋山真之(アキヤマ・サネユキ)はそわそわしていた。早く家に帰って、子供達と一緒にハロウィンを楽しみたかったのだ。
 だけどそれには準備が必要。仮装用の衣装と子供達に配るお菓子を用意しなければ! 自分もまだ子供という部類に入る事は、この際棚に上げておく。
「ふふふ、この町のハロウィンってどんな感じなのかな? 楽しみだね」
 鼻歌を歌いながら、今宵の準備の為に百貨店へと入っていった。

 ★

「フンフンフ〜ン♪」
 鏡の前でおめかししているのはルドルフという名のトナカイ。
「フフフ、このカボチャパンツでカワイ子ちゃんのハートを鷲掴みにするゼ」
 それに下心もある。今年のXmas用に資金稼ぎをしようという腹であった。
「年に一度の大仕事にゃ、結構金も掛かるんだぜコレが」
 鏡の中の自分に向かってニヒルに笑う。

 ★

 梛織(ナオ)は買い物に町へ出ていた。一人暮らしは何かと忙しく、とてもハロウィンどころじゃなかった。参加するつもりも勿論ない。しかし……
「トリック オア トリート!」
 店を出たところで子供達に捕まった。子供からしてみれば、大人(少なくとも自分よりは年上の人間)の都合など関係ないのだ。
「悪いな、生憎とお菓子の持ち合わせはないんだ」
 梛織の台詞を聞いた子供達は、
「え〜、ないの〜? じゃあ、悪戯の刑だ。覚悟しな!」
 とりゃー、と一人が梛織の背中に張り付くと、もう一人は腕にぶら下がった。わあわあと子供達が梛織に群がる。
「うわ、ちょっと待てって! 荷物荷物!」
 梛織が荷物を落としかけると
「じゃあ、わたしが持ってあげる」
 と妖精の格好をした女の子が、彼の荷物を手に取った。
「あー、もうしょうがないなぁ。とにかく、荷物が邪魔だから一旦家に帰るぜ?」
「お兄ちゃん家には、お菓子ある?」
「そりゃあ、少しは置いてるさ」
「よーし、じゃあ、しゅっぱーつ!」
 と、いつの間にか肩までよじ登った子供が言った。いわゆる肩車状態というやつだ。
「おい? それって俺のおやつを狙ってるって事か? 勘弁してくれよ」
 言いながら、梛織の足は止まらない。それどころか段々とスピードが増してきた様子。
「わーははは! ガキンチョ共よ、俺のおやつが欲しければ根性でついて来やがれ」
 半ばやけくそ。肩車の少年は梛織の頭にしがみついている。腕にぶら下がっていた子供はとっくの昔に地面にダイブしていた。妖精の女の子は……どこだ? 
 梛織は自分の荷物の事なんかすっかり忘れて走っている。どうするつもりだよ? 君。

 ★

 此処はダウンタウン北の一般的な一軒家。家屋の外と中では異なった馨(かぐわ)しい匂いが漂っていた。家の外では庭に植えられた金木犀の香りが、室内には母と作った南瓜クッキーとスイートポテトが甘く香っていた。
「ん〜ん、いい匂い。これで準備はOK! 後は子供達が訪れるのを待つだけね」
 サマーセーターとホットパンツを身に着けた浅間縁(アサマ・エニシ)が、満足げに言う。
「ふっふっふ。どこからでもかかって来なさい、子供達!」
 何故か挑発的なポーズを取って意気込んでいる。いや、格闘技じゃないんだから!

 ★

「まあ、困りましたわ。フード付きの黒マントがありませんでしたわ。」
 とんがり帽子に胸元がセクシーに開いているミニのワンピース、首にはレースのチョーカー。それが今の彼女──北条レイラ(ホウジョウ・レイラ)の服装だった。もちろん色は暗闇を表す黒。
「そうだわ、おばあさまの家に丁度良い黒い布がありましたわ! これで魔女の仮装も完璧ですわね」
 嬉しそうにレイラは言う。彼女のバッキー、“サムライ”もお揃いの服を着せられている。名前がオスっぽいのだが、お揃い?! いや、気にしてはいけない。
「そうと決まったら、早速おばあさまの家に行きましょう」
 パン!と両手を叩いて出かける準備をする。
「あ、そうそう。これを忘れたらいけませんわね。道すがら、子供達に出会うかもしれませんもの」
 そう言って彼女が手にしたのは、手作りのお菓子。レイラは折り返しのついたロングブーツを履き、祖母の家へと向かった。

 ★

「よおっし、これでOK! このカボチャの被り物をすれば、誰も大人だとは思うまい」
 フフフ、と自信たっぷりに独り言を言っているのは白木純一(シラキ・ジュンイチ)。実はこの男、甘い物が大好きで子供達に交じって町を練り歩き、あわよくば、おこぼれに預かろうという算段であった。
「さあ、お前もこれを被って、お茶目さをアッピールするんだ」
 そう言って取り出したのは、これまたカボチャの形をした被り物。最初はイヤイヤしていたバッキーのシルキーだが、
「ほぉ〜ら、可愛いぞ、シルキー。これでお前も人気者だな」
 と鏡を取り出して姿を映すと、どうやら気に入ったらしく、ご満悦の様子。フッ、チョロイもんだぜ。と、純一は心中でほくそ笑んだ。

 ★

「トリック オア トリート!」
 珍しく定時で仕事が終わり、たまには家でゆっくりしようと家路を急いでいると、唐突にそう言葉をかけられた。様々な仮装をした子供達が、キラキラと目を輝かして自分を見ている。
 ……そうか、会社が定時で終わったのはこのせいか。
 この瞬間、片岡清十郎は全てを悟った。
 今、清十郎が働いているのは普通の商社だったが、社長から一般社員に至るまで、無類のお祭り好きなのだ。イベント事があれば会社は定時で終わり、全員が全力で楽しむのだ。
 ハァ、と溜息をつき鞄やポケットを漁るも、出てきたのは飴が三つ。当然足りないし、子供達も納得しないだろう。それを見ていた子供達が
「悪戯の刑だ!」
 と、詰め寄ってきたので、
「ちょっと待て、五分だけ待て!」
 と近くにあったコンビニに駆け込んだ。店内から外の様子を窺うと、子供達が期待の眼差しで見ていた。ハロウィン仕様のお菓子は置いてあるが、通常よりも高く値段設定されている為、購入する気にならない。
 どうしたものかと店内を見回すと、いいものが目に入った。
「これでいいか……」
 それを三つほど購入し、子供達の待つ店外に出る。
 ガサガサと買い物袋からその一つを取り出し、封を開けようとすると
「ケチケチすんなよなー。そのまんまくれよ」
 となかば強引に奪われてしまった。
「え、ちょ、待て……!」
 清十郎は抗議の声を上げるが、子供達はお構いなしに歓声を上げて走り去ってしまった。 周りを見渡せば、あちらこちらに仮装した子供達がいる。
「この調子でいくと、破産するぞ」
 少し対策を練らねばならないようだった。清十郎は溜息をつくと、スーパーまるぎんへと向かった。勿論、お菓子を購入する為に。





 2. 飛び込め! 町の喧騒へ

 一旦家に帰り、白いシャツに黒ジャケット、紺のジーンズといった私服に着替えた真之は、再び町中へと戻っていた。仮装用の衣装は購入したものの、恥ずかしくて着れなかった。だけど着ないのももったいなくて、未練がましくお菓子と一緒に持ってきてしまっていた。
 溜息をつきつつ佇(たたず)んでいると、
「トリック オア トリート?」
 という控え目な声が掛かってきた。
「ああ、お菓子だね。どうぞ」
 にこっと笑って、人数分のお菓子を渡す。だが、やにわに真之の顔が曇る。
「あれ? おかしいな、もっと沢山用意してたんだけど……」
 お菓子の減りが異常に早い。何故だ? と首を傾げていると、ビニール袋から彼のバッキー――“そら”が顔を覗かせた。口をもぐもぐさせ、菓子くずも貼り付いている。
 まさか、いや、そんなはずは……
「どうしたのー?」
 と、子供達が不思議そうな顔で問う。
「うーん、それがね、お菓子がいつの間にか無くなってたんだ。バッキーが食べちゃったって事はないよねぇ?」
「えー、バッキーて夢しか食べないって聞いた事あるぜ」
「でも、時々私たちと同じものを食べるバッキーもいるって、聞いたよ?」
「お兄ちゃんの勘違いじゃない? 本当はもう、ちょっとしかなかったとか」
「ははは、おかしいねぇ。う〜ん、勘違いかなぁ? そうだね、きっと気付かないうちに沢山あげてたんだろうね」
 真之は苦笑した。ちょっと困ったような寂しそうな顔を見て、一人の子供が提案する。
「ねーねー、お兄ちゃんも一緒に回ろうよ。きっと楽しいよ?」
「え、いいの? じゃあ、着替えてくるから待っててくれるかな?」
 子供達の思わぬ提案に破顔して答え、近くの公衆トイレへ駆け込む。持ってきた衣裳が無駄にならなくてよかった。

「お待たせー!」
 身支度を終えて出てきた真之を見て、子供達は驚いた。そこには赤く染めた髪をツンツンに立ち上げ、口に牙を生やし、真黒なマントを羽織った少年がいた。さしずめパンク風の吸血鬼といったところだろうか。
「じゃ、じゃあ、行こうぜ」
「うん」
 若干引き攣っている子供の様子に気付かず、真之は上機嫌で子供達の後を付いて行く。

 ☆
 
「えー? 何だよこれ〜」
「あーん? なんか文句あんのか? 再利用だ、リサイクルだ、地球に優しいだろう?」
 子供達の決まり文句に、ルドルフが差し出したのは去年のXmasブーツ。
「大丈夫だ、心配するな。賞味期限は切れてねぇ。いらねぇって言うなよ? お菓子貰ってくれなきゃフゴフゴするゼ? 野郎には蹄キックをみぞおちにくれてやろう」
 と半ば無理やり押しつける。子供達がお菓子を受け取るや否や
「よーし、受け取ったな? それじゃあ取引だ、両親を連れて来な。なぁに、ちょいと企画の誘いをするだけさ。あんた等も損はしねぇゼ」
「でも家まで帰るの面倒くさーい」
 と子供達が渋ると
「それじゃあ、そこらの大人でもいいゼ。今日はハロウィン。多少強引に引っ張って来ても文句は言わないさ。いや、俺が言わせねぇ」
 とニヒルに決める。
「そぉら、行った。十分以内に戻って来なけりゃ、フゴフゴ&蹄キックをお見舞いするゼ」
「ええー? むちゃだよ〜」
 と文句を言いながらも、子供達は散っていく。別にそのままバックレてもいい訳だが、子供達はそこまで頭が回らなかった。

 ☆

「うおー、兄ちゃん衣装持ち〜!」
「あ、コラ! 勝手に人ん家漁るなよ」
 梛織のスピードにかろうじてついて来れた数人の子供達が、クローゼットや、引き出しなどを勝手に開けて回っている。冷蔵庫を開けた子供が
「ねーねー、お菓子は? あ、ジュース発見!」
 とお菓子をねだると共に、中に入っていたジュースを取り出す。
「ああ、もうほら、大人しくしろって!」
 と言いつつ、隠してあったポテトチップスを放る。
「やったー!」
 と早速子供達は袋を開け、食べ始める。ジュースもちゃっかり手元に置いて。
「えーっと、何しに戻ったんだっけ?」
「荷物置きに来たんだろ?」
「あ、そうそう、荷物」
 そこで梛織はようやく自分の失態に気が付いた。
「しまった。……なぁ、あの妖精の格好をした女の子は? ついて来て……ないみたいだな」
 ぐるりと子供達の顔を見渡して、ガックリと肩を落とす。
「まあ、心配すんなって、兄ちゃん。町に戻ったらそのうち会えるさ」
「そうだな……」
 脱力しつつ、梛織は答えた。結局、子供達と一緒に行動するハメになったのだが、仮装して出かける事となった。
 目だけ隠すタイプの仮面にタキシード、小道具としてステッキを持つ。怪盗もしくは快盗と言った風情になってしまったが、関係ない。町は既に混沌とし、何の仮装をしているかなんて、突っ込む人などいないだろうから。

 ☆

「これで、いいですわね」
 鏡の前でくるりと一回転をして、レイラが言う。祖母の家にあった黒い布で、素早くマントをミシンで縫い上げたのだ。
「あら、わたくしとした事が、うっかりしていましたわ。箒の事をすっかり忘れましたわね。でも、わたくしにはこれがあるから、問題ありませんわね」
 レイラが取り出したのは、両親に貰った二丁の拳銃。
「箒は魔女の武器のようなものですし、驚かせばこちらの勝ちですもの」
 うふふ、とレイラは可憐に笑う。多少勘違いが入っているようだが、そこはご愛嬌。
「さあ、戦闘開始ですわね。Trick or treat!」

 ☆

 町を歩いていると、時折子供に混じって大人も一緒に練り歩いてる光景が見られた。白木純一がそうだ。カボチャの被り物に黒マント、黒タキシードに赤い蝶ネクタイという微妙な格好だった。バッキーのシルキーにもカボチャの被り物をつけていた。
 彼はわざわざ子供達にお菓子という名の賄賂を渡し、一緒に行動していたのだが、未だに目当ての物は手に入っていない。
「う〜ん、おかしいなぁ。子供達と一緒にいるのに、何故お菓子が貰えないんだ?」
 彼は首を捻っているが、それはあれだ。大人にお年玉をやりたくない、という心理と同じものが働いているのではないかと思うんだがな。どうだろう?
「いいや、粘っていれば、きっと望みの物は手に入るはず! 頑張れ俺、負けるな俺!」
 と、自らを鼓舞しながら歩いている。
「ねえ、今度は住宅街へ行ってみない?」
 子供の一人が提案した。
「そうだねー。それいいかも、って元々は町中を練り歩くんじゃなくて、人ん家回って歩くんじゃなかったっけ? ハロウィンって」
 他の子供が突っ込む。
「ああ、そういや、そうだったな」
 一拍遅れて純一が言う。子供達の視線が冷たいものに変わる。
「大人の癖に気付かなかったのかよ? 使えねーな」
 と容赦のない一言が飛んだ。
「ぐお! 俺のせい? それって俺のせいなのか?」
 最初のコンタクトの仕方が悪かったのか、子供達より格下に見られてしまっている純一。
 ともあれ、純一含む子供達の集団は住宅街へと移動する事にしたのだ。運命の出会い(?)はこの後。





 3. 邂逅 〜袖触れ合うも、なんとやら?

 カチャリ……

「ホールドアップ!」
 真之は頭に押し付けられた冷たい感触と音に、背筋を凍らせる。
 頭の中は既にパニックで、俺、人に恨まれるような事何かした? それとも騒ぎに紛れて現れた強盗? 俺、殺されるの? 短い人生だったなぁ、とそんな考えが浮かんでは消えていた。
 けれども、その後に聞こえてきたのは、クスクスと可笑しそうに笑う女性の声。銃を突付けられ、反射的に肩の位置まで手を上げた真之は、そのままの格好でゆっくりと横を向く。
 そこにいたのは魔女の格好をした女性、北条レイラであった。
「あら、ごめんなさい。そんな格好をしているから、わたくし、ヴィランズと勘違いしてしまいましたわ。驚かせてしまいましたわね」
 嘘だ、確信犯だ。と真之は思ったが、相手は可憐な女性。悪態をつく訳にもいかなかった。
「お詫びに、これをどうぞ」
 そう言って彼女が取り出したのはマドレーヌ。
「おばあさま直伝のマドレーヌよ。宜しかったら召し上がって下さいな」
「あ、ありがとう」
 綺麗に笑う彼女の笑顔に見とれていると、子供達が茶々を入れた。
「鼻の下伸びってっぞー、兄ちゃん」
「惚れちゃったんじゃないの? ヒューヒュー」
「ば、馬鹿!何言って……!」
 慌てて取り繕うが、子供達は既にお菓子の方へと興味が移っていた。
「あ、俺もそれちょうだい」
「あー、ずるい。私も欲しいのに」
「うふふ、慌てないで、まだ沢山ありますわよ」
 にこにことレイラは子供達にお菓子を渡している。意を決したように、真之が声を掛けた。
「あ、あの、もし宜しければ、一緒に歩きませんか?」
 子供達がニヤニヤと笑っている。真之は急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「まあ、宜しいんですの? 是非、ご一緒させて下さいな」
 レイラは手を叩いて、嬉しそうにそう言った。

 ★

 トボトボと妖精の仮装をした女の子が、ルドルフの前を横切った。
「どうした? バンシーちゃん」
「友達とはぐれちゃった」
「おう、そりゃいけねーな。訳あって、今はこの場所を動くわけにはいかねーんだ。もう少し待ちな、一緒に探してやるからよ」
「本当? ありがとう」
 とたんに涙目になった女の子を見て、ルドルフが慌ててハンカチとお菓子を差し出す。
「カワイ子ちゃんを泣かすたぁ、悪いヤツだな。ん? その荷物はなんだ? 友達のか?」
「ううん、さっきまで一緒にいたお兄ちゃんの」
「ふうん。よくわかんねーが、重いだろ。ソリに乗せな」
 女の子は素直に頷き、荷物をソリに乗せた。
「そろそろ時間だな。戻ってくるかな、あいつ等。カモをつれて」
 ルドルフが呟くと、遠くから子供の声が聞こえてきた。
「連れて来たぜ、トナカイ」
 そう言った子供の顔に、ルドルフが前足で軽く蹴りを入れた。
「俺にはルドルフって立派な名前があるんだよ。名前で呼びな」
「痛ってーな。せっかく大人を連れて来たってのに」
 言われてそちらに視線を移すと、片岡清十郎がそこにいた。徳用のお菓子を買い込み、数個ずつラッピングしたものを、子供にせびられるまま渡していたところを捕獲されたのだ。
「チッ、一人かよ。まあいい、ソリに乗りな。そこのバンシーちゃんもな」
「俺達はー?」
 と子供達が聞くと、ルドルフはちらりと清十郎を見やり
「いいぜ、乗りな」
 ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

 ★

 白木純一と子供達は住宅街の家を一軒一軒回っていた。おかげで貰ったお菓子はかなりの量になっていた。
「あー、さすがにもうこれ以上持ちきれないや」
「俺も、もういい」
「私も疲れちゃった」
「んじゃ、あと一軒回ったら終わりにしようぜ」
 お菓子の量も結構あったが、移動距離もなかなかのものである。疲れるのも無理はない。逆に純一は元気だった。いや、燃えていた。相変わらずお菓子を貰えてなかったのだ。全く貰えなかった訳ではないが、子供達が貰った量と比べれば、月とスッポン、雀の涙ほどしかなかった。
 何が何でも貰ってやる! 半ば意地になっていた。
 最後の一軒に選ばれたのは、カーキの壁に濃灰屋根の一般的な一戸建て。低く積まれた煉瓦で仕切られた庭に、金木犀と花壇、そして小規模ではあるが、家庭菜園もやっているようであった。
「わぁ、いい匂い」
 鼻をくすぐる金木犀の芳香に、子供達はうっとりとする。地面に落ちた花弁も夢のように綺麗に見える。暫し香りを楽しんだ後、インターフォンを鳴らした。疲れは少し軽くなったような気がする。
 ガチャリと扉が開いた瞬間、
「トリック オア トリート!」
 と子供達の元気な声が響いた。次いで純一が叫ぶ。
「見た目は青年、頭脳は子供、白木純一とは俺のことだ! トリック オア トリート!」
 玄関から顔を出した浅間縁は、純一に向かって指に挟んだ複数のクラッカーを連射した。
 
パパ・パパパパパン!
 
 と小気味良い音が辺りに響く。
「ちょっと、お嬢さん、何すんだ? クラッカーを人に向けて発射してはいけませんって学校で習わなかったかなぁ?」
 ふいと視線を純一から外し、呟く。
「……なんか大人が混じってるような気がするんだけど、私の気のせいかな?」
「気のせいって、あなた、思いっきりクラッカーかましたでしょうが!」
 子供達は暫く二人の漫才を見ていたが、
「お菓子……」
 とボソリと言う。
「ああ、ごめんごめん、お菓子ね。OK、ちょっと待ってて」
 縁が踵を返すと、後ろで子供が座り込んだ。それに気付いた彼女は
「あれ? 何かお疲れ?」
 と子供達に声を掛ける。
「まあ、ずっと歩きっぱなしだったからな」
 と純一が子供に代わって答えた。
「じゃあ、うちで休んでいきなよ。その代わり、後で私に付き合ってもらうけど」
 その言葉を聞いて、子供達は縁の家へと次々にあがり込んだ。やっぱり少し疲れていたようだ。





 4. 皆、集合!

 夜の町へと戻りながら、梛織と子供達は「トリック オア トリート!」と大人達からお菓子を巻き上げていた。なかなかお菓子を渡そうとしない大人には
「Trick or treat? 大の大人ならガキに夢見せてやれよ、な?」
 とステッキの先を相手の眼前に据え、凄んで見せた。仮装の効果もあってか、渋々ながらも大人はお菓子を提供していった。
「しかし、なかなか見つかんねーな。」
 梛織が零すと、
「うーん、家に帰っちゃったのかなぁ?」
 と子供の一人が答えた。
「ええ?! それじゃあ、俺の荷物は?」
 不安げに梛織が言うと
「心配すんなって、明日学校で貰えばいいんだからよ。明日の放課後に俺等の学校に来ればいいじゃん」
 と答える。
「そうだな、そうするか」
 梛織が諦めてそう呟くと、何やら頭の方でシャンシャンと音がした。不思議に思って顔を上に上げると、頭上をソリが横断した。
「あ!」
 ソリの上と下で同時に声が上がる。
「いたいた! いたよ!」
 やっとはぐれていた友達と再会する事が出来たのだ。
「行こうぜ!」
 と、ソリが向かって行った先へと梛織と子供達は駆け出した。

 ☆

 時を同じくして、レイラと真之も頭上を飛ぶソリとトナカイを見ていた。
「まあ、ソリが空を飛ぶなんて素敵ですわね。ソリが向かった方へ行ってみませんか?」
「うん、行く行くー!」
 レイラが提案すると、子供達は一斉に駆け出した。
「さあ、あなたも行きましょう」
 真之に向かってそう言うと、レイラはひらりと身を翻し子供達と共に駆けて行った。

 ☆

 縁の家で休憩をしていた子供達は、夜道を歩いていた。休んだお陰で元気を取り戻したらしく、今は元気に歌を歌いながら歩いていた。先導する縁は、演劇部で拝借した魔女帽子とブーツを着用してる。
「なぁ、一体どこに行くんだ?」
 こっそりと純一が問う。
「それは着いてからの、お楽しみ〜♪」
 縁はさり気なくかわした。言ってしまっては面白くない、驚かせたいのだから。

 ☆

 真之・ルドルフ・梛織・縁・レイラ・純一+子供達が向かった先は偶然にも同じだった。ルドルフは着地するのに適当な広い場所を求め、真之・レイラ・梛織はルドルフを追い、縁と純一は目的の場所を目指しただけだった。
 一足先にそこに辿り着いた縁は、唐突にカウントダウンを始めた。
「いっくよー! テン・ナイン・エイト・セブン……」
 何事が始まったのかわからない純一達は、ただ、呆然と佇んでいた。
「ファイブ・フォー・スリー……」
 ルドルフや他の面々がこの場所にほぼ同時に辿り着く。
「トゥー・ワン・ゼロー!!」
 パチンと縁が指を鳴らすと校舎がライトアップされると共に、次々と明かりが放射線状に灯されていく。
「ハッピーハロウィン!」
 パンパンパン、とあちこちでクラッカーが鳴り、風船が一斉に飛ばされた。明かりが点けられると、意外にも沢山の人がそこにいた事が分かる。
 様々な仮装をした学生達が出店を出していた。
「私は待ち伏せタイプの案内係なの。よかったら、うちの学校の売り上げに貢献してってくれない?」
 縁が種明かしをする。
「おお、こりゃいいや。俺も便乗して稼がせてもらおうか」
 俄然張り切ったのはルドルフ。
「さーあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。ソリに乗って『ハロウィンナイト☆遊覧飛行』としゃれ込まないかい? お子様たちは無料だゼ。そこらの大人から巻き上げるから遠慮は無用だ。さあさあ、乗った乗った」
 嫌な予感を覚えた片岡清十郎は、ルドルフに尋ねた。
「もしかして、さっきの飛行料金は……」
「勿論、あんた持ちだゼ。さあ、払ってもらおうか」
 ルドルフがズイっと顔を寄せて凄む。
「理不尽だ……」
 と言いつつも、清十郎はきっちり払った。思わぬ出費に苦い顔をする。
「まあ、そうしょげなさんな。子供達は出店の方に行っちまったみたいだな。しょうがないからあんた達を遊覧飛行に招待するゼ」
 その場にいた七人を見やってルドルフは言う。
「待ってくれ、この料金は誰が払うんだ?」
「心配すんな、今度のはサービスだ」
 それを聞いた清十郎は安堵する。真之・梛織・縁・レイラ・真之・清十郎がルドルフのソリに乗り込む。
 レイラが清十郎に声を掛けた。
「宜しければ、これどうぞ」
 差し出されたのはマドレーヌ。
「ああ、すまないな。いただくよ」
 清十郎はマドレーヌを受け取り、口の中へ入れる。
「うん、美味い」
「よかったですわ。おばあさま直伝なんですのよ」
「ふむ、一族伝来の味と言うやつか」
 清十郎が感心したように呟く。
「さあ、出発するゼ。振り落とされんなよ?」
 不穏な台詞を吐いて、ルドルフは空へと駆け上がる。上昇する度に学校の、そして銀幕市のイルミネーションが目に飛び込んでくる。それはキラキラと眩しかった、美しかった。陳腐な台詞と言われようとも、それが素直な感想だった。
「あっそうだ」
 縁が鞄を漁りながら提案する。
「記念写真撮ろうよ。こんな経験滅多にないしさ」
「お、いいねー」
「そうね、素敵ですわ」
 反対の意見は出なかった。
 何故かソリの中には三脚が転がっていた。縁はそれにデジカメを取り付け、三脚が倒れたりしないよう、ソリに固定した。
 タイマーをセットして皆がフレームに納まるよう身を寄せ合う。
 ジー、とタイマーの動く音がして、ちょうど学校を飾るイルミネーションがバックに来たところで、シャッターがおりた。フラッシュが眩しくて、一瞬、目を細める。目を完全に瞑った状態で写ってしまった人もいるかもしれないが、それも後となってはいい思い出になるだろう。
 ちゃんと撮れたかどうか、縁が確認すると、そこには本物の……
「ジャック・オー・ランタン!!」
 が写っていた。しかもカメラ目線でピースしている。

 今日ももう終わる。
 楽しい時間はあっという間だ。
 来年は一体どんな事が起こるだろうか?
 その次は……?
 誰もがきっと思っているだろう。
 願わくば、この楽しい時がずっと続きますように。



                       ―了―

クリエイターコメント遅くなってすみません。
今回はいつもと違う感じになりました(そうでもない?!)が、いかがでしょうか?
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
何か間違えなどがありましたら、こっそり教えて下さると助かります。
また、ご縁がありましたら、よろしくお願いします。
公開日時2007-11-01(木) 09:50
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