★ 機械少女と縁日の悪魔 ★
<オープニング>

 ある日の対策課にて。

 植村直紀が、ひとりの女性職員のそばで腕を組んで唸っていた。
 先ほどから彼らが話題にしてるのは、数日前に実体化が確認され、市役所に保護されたムービースターの少女についてだ。
「彼女、ええと、ゲルダさんでしたっけ」
「ええ。ゲルダ・E・ブランケンハイム 。映画『Bedtime Stories』シリーズに登場する少女型のアンドロイドです」
 映画内では『童話の語り手』として登場していた少女型のアンドロイドで、一見するとどこにでもいる年頃の女の子だ。
「その少女の面倒を見て欲しいと?」
 植村の声に頷き、女性職員が嘆息する。
 現在は女性職員の家に居候をしている状態なのだが、その少女がある要求をしてきたらしい。
「どうやら彼女、縁日に行ってみたいらしくて」
 すでに夏と呼んで差し支えないこの時期、祭りといえば今も各地で開催されている。
 浴衣姿の市民が頻繁に行き来するのを見て、実体化したばかりの少女が祭りに興味を持ったとしても不思議はない。
「ちょうど週末に近所の公園で小さな縁日がありますから、そこに彼女を連れて行ってあげようと思うんですが……。あいにくその日は別の予定が入っていて」
 保護者として同行をしたいが、どうしてもその用事を優先させたい。という状況らしい。
 おおかたデートか何かなのだろう。
「植村さんなら顔が広いでしょうから、市民のみなさんに協力を頼んでもらえませんか」
 ねっ、この通り。と、女性職員が顔の前で両手を付き合わせる。
 頼み込まれると嫌とは言えないのが植村の性格である。
 それに、ゲルダという少女が少しでも早くこの町に慣れるためにも、市民に同行してもらうというのは悪くない案だ。
「わかりました。善処してみます」
 植村はその日からさっそく、市役所を訪れた者たちに声をかけることにした。


「――というわけで、ムービースターの少女・ゲルダさんに同行して、週末の縁日を案内してあげて欲しいんです」
 そのまま簡単に縁日の場所と開催時間を説明し、植村が続ける。
 その表情が、少し不安げなものに変わった。
「ただ、リオネちゃんが気になる予知をしています。ゲルダさんを狙って、『くろいあくまがやってくる』と言うんです。たぶん、彼女の出身映画から実体化したモンスターではないかと思うんですが……」
 そうだとすれば、現れるのは映画に登場する『黒い影の悪魔』ということになる。
 映画には主人公とゲルダを狙って姿を現す、霧状の姿をした影が登場するのだ。
 それは叩いたり斬りつけたりすることで簡単に霧散して消える、煙のようなモンスターだった。
「出現するとすれば狙いはゲルダさんを連れ去ることでしょう。彼女のそばにいれば、守ることも簡単だと思います」
 ともあれ、せっかくの縁日ですから。
「良ければみなさんも一緒に、楽しんできてください」
 そういって笑うと、植村は話を締めくくった。

種別名シナリオ 管理番号152
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメントはじめまして、こんにちは。
新規ライターの西荻悠(にしおぎ・ゆう)と申します。
銀幕市初のご案内は、季節に合わせてのお祭りネタをご用意してみました。

お祭りは市役所の女性職員の家の近くの公園で、お昼前から夜九時ごろまで開催される予定です。
参加タイミングを指定していただければ、お祭りに行く前からのプレイングも可能です。
特に指定がなければ、縁日のある公園で落ち合うという描写になります。

ワタアメや焼きそばなど食べ物の屋台を回るも良し。
射的や金魚すくい、ヨーヨー釣りなどのゲームに参加するも良し。
お面やおもちゃを買って回るのも楽しいかもしれません。
縁日ですので色々な出店・屋台があります。
何を見るのも初めてのゲルダに、縁日の楽しみ方を教えてあげてください。

なお『黒い影の悪魔』は、OPにある通り簡単に倒せるモンスターです。
特に戦闘能力のない方でも、その辺の棒を持って振り回せば撃退できるとお考えください。

NPCのゲルダは、無愛想なアンドロイドの少女です。
まだ実体化したばかりなので知り合いもいないため、普段あまり遊びに行ったりすることがありません。
宜しければぜひ、この機会にお相手をしてやってくださいませ。


銀幕市でのお仕事は初めてのため、製作期間を長めにいただいています。
参加者さまが楽しく過ごせるお話をご案内できればと思います。
みなさまのご参加をお待ちしております。

参加者
沢渡 ラクシュミ(cuxe9258) ムービーファン 女 16歳 高校生
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
冬月 真(cyaf7549) エキストラ 男 35歳 探偵
<ノベル>

●開幕は昼下がりの午後に

 セミの鳴き声が辺りに満ちていた。
 空は快晴。
 陽光は容赦なく肌を焼き、アスファルトの照り返しが気力を奪う。
 時おり吹きつける風は微弱だが、それでもないよりはあった方が心地よい。
 立っているだけでも汗がにじむような暑さだ。
 その熱気の中、黒髪の少女がマンションのベランダから地面を見おろしていた。
 ゲルダ・E・ブランケンハイム。
 この町に具現化したばかりの機械少女だ。
 見下ろす先には、マンションの玄関口があった。
 浴衣姿の少女が建物の入り口へ向かって歩くのを目で追う。
 呼び鈴の音が鳴るまで、彼女はそうして外を眺め続けていた。
 ただ、無心に。

「家まで迎えに行くよ!」
 という宣言通り、沢渡ラクシュミは女性職員の家を訪れていた。
 玄関で彼女を迎えたのは、今回の依頼人である女性職員だ。
 訪問者がラクシュミであることを認めると、笑顔で迎え入れる。
「ゲルダちゃん、お迎えが来たわよ」
 部屋の奥へ向かってかけられた言葉に、ラクシュミも顔を向ける。
 日の照るベランダに、黒衣の少女が立っていた。
 色白の肌に背中まである漆黒の髪。
 その表情は眠たそうにも、たいくつそうにも見える。
「こんにちは」
 抑揚のない声で、彼女は口を開いた。
 ラクシュミは挨拶を返すより前に、注意すべき点を口にしていた。
「紫外線防止服? ……じゃなくて、まさかその格好で行くつもり?」
 自身は金魚柄の浴衣姿で、シトラスのバッキーを肩に乗せている。
「お祭りに行くんならやっぱり浴衣だよね。つか、浴衣は着用義務」
 告げるなり、手にしていた紙袋を突きつける。
「ないんならあたしの着て?」
 中身は浴衣一式であるらしい。
 ゲルダは紙袋を受け取ろうとせず、保護者である女性へと視線を向ける。
 準備が良いのねぇと感心した女性職員が、にんまりと笑った。

 一時間も経つころには、なでしこ柄の浴衣を着たゲルダの姿があった。
 ラクシュミも帯飾りや髪飾りを色々と付けてもらったようだ。
 装う小物の数がいくつか増えている。
 これから外出するという女性職員と一緒にマンションを出ると、ゲルダとラクシュミは待ち合わせの公園へと向かった。



●顔合わせは縁日の公園で

 昼というには遅く、夕方というには少し早い時間。
 公園ではすでに数多くの出店が並び、近所の子どもたちや家族連れ、カップルなどでにぎわっている。
 その入り口に、四名の人物が集まっていた。
 シャノン・ヴォルムスが暑さに辟易しつつ、うちわを片手に周囲に視線を向けている。
 彼は深い緑色の浴衣に、七宝と竜紋の描かれた浴衣を着ていた。
 反物の色合いは控えめとはいえ、元々の容姿と金髪があいまって目をひく存在感がある。
「縁日……か。日本の伝統文化ってやつだな」
 続いて、背中合わせに立っていた冬月真が短く口を開く。
「到着したようだ」
 元刑事という経歴のせいか、ひとの多い場所で目的の人物を探し出すことに大して苦労はしない。
 浴衣姿でそろって現れたゲルダとラクシュミを認め、無言で迎える。
「どう? 可愛いでしょ」
 挨拶もそこそこに、ラクシュミが自分とゲルダの浴衣を見せびらかすようにしている。
 当のゲルダはされるがまま、無表情だ。
「まあ、雰囲気は出るな」
 自身も浴衣を着ているシャノンが答えた。
 その場で一番にゲルダに声をかけたのは、七海遥だった。
「きゃー♪ 『Bedtime Stories』のゲルダさん! 縁日巡りにご一緒出来るなんて感激ですっ。素敵な思い出を作れるように思いっきり楽しんじゃいましょうね♪ あ、サインお願いしちゃってもいいですか!?」
 勢い良くまくしたてる彼女もまた、朝顔の柄の浴衣で装っている。
 見れば頭の上に乗っているバッキーも、お揃いの浴衣を着ている。
 契約書や本人確認以外の用途で『サインをする』という行動が、ゲルダには良くわからなかったらしい。
 しかし拒否する理由があるわけでもない。
 ゲルダは遥に乞われるままサインをした。
 そこに並んでいたのは、印字したように美しい、模範的なドイツ語アルファベットだ。
「ごめんね、こんな格好で。仕事帰りに来たもんだから……」
 華やかに装った少女三人のとなりで、身長2メートルの巨漢を持つレオ・ガレジスタが、機械油のついた作業服姿で申し訳なさそうに頭をさげた。
 勤め先の整備工場からそのまま足を運んだらしい。
 本日の主賓であるゲルダが、彼に対して答える。
「問題ないわ」
 実に率直な感想であった。

 人混みの多い場所へいくということもあって、一同は一通りきちんと自己紹介を済ませておいた。
 万一はぐれたとして、探す相手の名前を知らないでは笑い事では済まない。
 お互いを把握したところで、縁日を楽しむ番だ。
「まずは手が空いているうちに食べ物系の屋台を回りましょうっ」
 初めて縁日に来たわけでもないのだが、遥はテンション高くはしゃいでいる。
 屋台と聞いてゲルダがつぶやいた。
「あたしは、お金を持っていないわ」
 まだ町に慣れず、あまり外へ出ないゲルダのこと。
 女性職員からは用事があるときにお金を借りるだけで、彼女自身が自由にできるお金というものは持っていなかった。
 ラクシュミが答える。
「財布? 心配しなくて大丈夫。なんたって今日は、素敵なお兄様方がついてるから!」
「オニイサマガタ?」
 淡泊なゲルダの声に、ラクシュミと遥の視線が男性三名に注がれた。
 シャノンにレオ、真が顔を見合わせる。
 その視線の意味するところがわからないわけではない。
 しかし否定にしろ肯定にしろ、口にしたが最後、という気配がしていた。
「さぁ、まずは何を食べたいですか、ゲルダさん」
「ゲルダちゃんはどの屋台を見たいの?」
 少女三人は早々に屋台巡りをするつもりらしい。
 主賓であるゲルダを挟むように少女二人が腕を組み、先陣をきって歩く。
 男三名は仕方なく、少女たちの後をついて行くことにした。


 これから夜にかけて遊ぶのだから、まずは今のうちに腹ごしらえだ。
 道沿いに連なる屋台は、公園中どこを歩いても絶えることがない。
 ゲルダと同じく、日本の祭りには縁がなかったシャノンやレオにとっても、居並ぶ屋台は珍しいものだった。
「ワタアメとやらには興味あるな。見た事はあるが食べた事はないからな……なんか、美味そうだ。他にはカキ氷とかも美味そうだな」
 眼前で行われるわたあめ職人の熟練した手つきに、シャノンが感心したように見入っている。
 それなら後でかき氷を食べましょうよ、と遥。
「あんず飴や焼きそば、たこ焼きも良いですよねっ♪」
「はずしちゃいけないポイントは、キワモノっぽい屋台よね。どんなゲテでも試す価値あり! 値切り交渉も華かな」
 同じ食べ物を扱う屋台が多数出ている中で、少しでも値段の安い屋台、値引き交渉をしやすそうな屋台を探しているらしい。
 ラクシュミが入念に辺りの屋台を見定めている。
「合成食品じゃない食べ物っていうの、ここに来てはじめて知ったよ。ゲルダさんも突然知らない場所に来てびっくりだと思うけど、すぐ慣れると思うよー」
 その様子を物珍しそうに眺めていたレオが、傍らのゲルダに向かって微笑む。
 ゲルダはその声に対し、素直に頷いた。
「今、すべて記憶しているところよ」
 ゲルダは見慣れないものを自動的に長期記憶する機能を持っていた。
 未知の用語や情報を自動的に蓄積していく機能だ。
 ゲルダにとって『慣れる』ということは、『知らないことが減っていく』ということなのだろう。
 機械少女の感覚ではそういうことなのかもしれない。
 結局、シャノンがわたあめを購入したらしい。
 ビニールの袋に詰められたものを一袋まるまる買ったらしく、さすがに量が多いと皆で分けることになった。
「冬月さんも、どうですか?」
 先ほどから何も口にせず、皆から少し離れた場所にいた真を見かね、遥が声をかけた。
「いや、いい」
 真はそっけなく言い放ち、わたあめを手にするゲルダに視線を向ける。
 遥は真の分と持っていたわたあめの行き場をなくし、「じゃあ、別のひとと分けちゃいますよ?」と、元いた場所へ戻っていく。
 遥はこの時失念していたのだ。
 植村が危惧していた『黒い悪魔』の存在を。
 そしてゲルダと出会った時から、真はひとり、その存在を警戒し続けていた。



●黒い悪魔と心の在りか

 ひととおり腹ごなしを終えた頃には、辺りは薄暗くなり始めていた。
 どこかで盆踊りも始まったらしく、太鼓の音に合わせて軽快な祭り囃子が響いてくる。
 出店屋台の並びにも提灯型の明かりがともされ、先ほどとはうってかわってあたりは幻想的な雰囲気だ。
 食べた後は遊ぶに尽きる。
 一同は屋台の並びを離れ、ゲームやおもちゃなどの出店を見て回ることにした。
 レオのいた世界には機械しかなかったとあって、先ほどからそこかしこで泳ぎ回る金魚が気になっているようだ。
「銀幕市ってすごいよねぇ。この『きんぎょ』っていうの、生き物なんでしょ? 僕のいた世界には人間以外の動物はいなかったから」
 それと同時に、ゲルダの姿を見て感心する。
「反対に、ゲルダさんみたいな機械もなかったよ。人間そっくりだね。どんな人が作ったのかなあ」
 レオは先ほどから感心してばかりいた。
 今日だけで何度「すごい」を言ったかわからないくらいだ。
「ヨーヨー釣りとか、輪投げとか、射的とか……せっかくだから皆で競争とかしてみたいです!」
 遥は手にしていたかき氷を手に提案する。
 すぐさま、ラクシュミが賛同した。
「あたし、射的の腕はなかなかのものだよ。だって家に本物が――」
 と、言いかけて慌てて口をつぐんだ。
 不思議そうなゲルダの視線に、ラクシュミが何でもないとぱたぱた手を振る。
 家庭の事情というものは、時として秘密にしておいた方が良いこともあるのだ。
「屋台のは初挑戦だが……まあ挑戦してみるか。ゲルダが欲しい物でもあれば、狙って取るが」
 職業柄二挺拳銃を扱うシャノンも、銃の扱いに長けている。
 ゲルダに伺いをたてると、彼女は賞品のひとつを示して言った。
「あれ。ラクシュミとハルカが連れている動物よね」
 賞品棚に並んでいる、バッキーを模したぬいぐるみだった。
 さすがに射的の弾でぬいぐるみを撃ち落とすのは無理がある。
 実際の的は【バッキー(小)】と描かれた箱になっていた。
 ぬいぐるみの大きさに合わせて、箱の大きさも大きく、重たくなるようだ。
 「なるほど」とシャノンが了解し、さっそく銃を手に構える。
「どの大きさが良いんだ」
「小さいもの」
 ゲルダが答えると、すぐにシャノンが引き金を引いた。
 ポンッという威勢の良い音とともに、【バッキー(小)】の箱がぱたりと倒れる。
 出店の主人が箱を拾いあげ、兄ちゃん良い腕をしてるねぇと口笛を吹いた。
「好きな色を選びな」
 言われてゲルダは沈黙したが、少しして真っ白いものを選んだ。
 ぬいぐるみを手に、ラクシュミと遥のバッキーとじっくり見比べる。
 二匹のバッキーは、それを不思議そうに眺めていた。
「じゃああたしは、中くらいのバッキーを狙うわ」
 ラクシュミは浴衣の袖をまくりあげ、やる気満々である。
「私は小さいのをいくつか狙ってみますね!」
 遥も銃を手に狙いを定める。
 シャノンは次に【バッキー(特大)】と書かれた的を狙っているが、そもそも射的の銃は弾の威力が弱々しいのだ。
 何発か撃って、落とせずに追加料金を払っては主人を喜ばせていた。
 それならばとレオが加わり、シャノンの狙っていた的を続けて撃ちはじめる。

 ゲルダはその様子を、やはり無表情に見つめていた。
 ふいに、すぐそばに佇んでいた男に視線を移す。
「シンは、やらないの」
 ゲルダの突然の問いかけに、真は小さく首を振った。
 真はゲルダについて何も知らない。
 先ほどから誰よりも少女の様子に気を配っているつもりだったが、それでも、少女の心の在りかを明確にとらえることはできなかった。
 機械仕掛けの少女は、楽しい事を楽しいと思えるのだろうか。
 機械仕掛けの少女に、喜怒哀楽がわかるのだろうか。
 彼女のために集まった者たちは、皆楽しそうにしている。
 しかし、それを見つめている少女は何を感じているのだろうか。
 縁日の華やかな様子を見つめているこの少女は、一体何を思っているのか。
「おまえに感情があるのかどうかは知らん」
 冷たく言い放つ。
 素直に慣れない人とは、真を評した妻の言である。
 だがあいにく、それを変えることはできない。
 自分には嫌われ役が似合っているのだ。
「だから、好きなようにしろ」
 おまえがすることを邪魔する奴は、俺みたいなやつが駆逐してやる。
 だから、好きなように生きてみろ。
 いくつもの言葉を重ねるよりも、時に行動がそれを物語ることがある。
 ゲルダは、こくりと頷いた。
「そうするわ」
 あまりにもそっけない物言いに、真は思わず拍子ぬけた。
 外観は人間の少女と変わりないにも関わらず、感情だけがぽっかりと空ろな少女。
 縁日に来たいと言った少女。
 バッキーのぬいぐるみを望んだ少女。
 その想いの在りかは、一体どこにあるのだろう――。


 真が改めてその思いに至ったとき、眼前のゲルダが身をこわばらせたのがわかった。
 少女の視線が、ある一点を見つめたまま動かなくなったのだ。
「どうした」
 声をかけようとして、その視線の先にあるものに気づく。
 人混みに紛れ、狐面が中に浮いている。
 いや、黒い影のようなものが、狐面をかぶって佇んでいるのだ。
(……げるだ、みぃつけた)
 変声器でゆがめたような奇妙な声が、真の脳裏にも響く。
 周囲の闇がいっそう濃さを増したように感じられ、喧噪が急速に遠のいていく。
 次の瞬間、影の腕がゲルダめがけて一斉に伸びた。
 真はすぐに植村の言っていたことを思い出し、拳を突き出す。
――影は叩いたり斬りつけたりすることで、簡単に消える!
 殴りつけた影の腕は、あっけないほど簡単に霧散する。
 打ち払った部位が再生する、ということはないようだ。
 狐面は腕を失ったことに気づき、ゆっくりと前進をはじめる。
 と、その面に向かってラクシュミの蹴りが飛んだ。
 浴衣からのぞく褐色の脚が美しい。
 ……という間もなく、狐面が吹っ飛び、本体であった影が霧散する。
「あたしが腕を放したスキに現れるなんて!」
 先ほどからゲルダと腕を組んでいたのは、影が現れた際の対抗策でもあったのだ。
「わ、私、『黒い悪魔』のことすっかり忘れてました……!」
 遥はひとまずゲルダのそばに身を寄せている。
 撃退するだけの力があるかどうかわからないが、もしも、万が一という時、くっついていたら何かできるかもしれない。
 昨今の騒ぎの多さに、一般人もトラブルの際の対処法は心得ているらしい。
 無関係の人間が、ラクシュミの跳び蹴りに異変を感じ、避難しはじめた。
 他のメンバーも射的を放り出して周囲の警戒にあたる。
「銃は使わないで良いだろう。弾の無駄だ」
 シャノンは落ち着いた様子で、別の場所に現れた影を蹴り払った。
 彼の格闘術をもってすれば、銃を持っていたとしても影相手に使う必要はないだろう。
 気がつけば、ひとけの無くなった路上に、沸きあがるようにして何体もの影が浮かび上がっている。
 今度は狐面を着けていない、煙のような黒い姿だけだ。
「出たなー!」
 レオがゲルダを守るように立ちはだかり、スパナを武器に影を打ち払う。
 ラクシュミは浴衣がはだけるのも構わずに、やはり跳び蹴りで影に向かっていく。
 真がレオの反対側に立ち、接近してきた影を倒していった。
 シャノンは戦い慣れた経験を生かし、遊撃するように影を追う。

 いったいどれだけの影を打ち払ったのか。
 やがて倒した影たちは空気に溶け、そのまま姿が戻ることはなかった。
 射的の銃を手にゲルダにくっついていた遥が、ほっと息をつく。
「い、いなくなりました、よね?」
 その言葉に、ゲルダがこくりと頷く。
 ラクシュミがすぐさまゲルダに飛びついた。
「次はもう、帰るまで腕を放さないでおくよ!」
 レオが振り返り、ゲルダの無事を確かめる。
「……怪我しなかった? 故障があったら教えて! ゲルダさんみたいな精密な機械はあんまり触ったことないけど、たぶん、なんとかなると思う」
 シャノンはその様子を見てやれやれと肩をすくめた。
「さて、引き続き出店を楽しむとするか」
 一同が改めて射的の銃を手にしたときだ。
 なにげなく銃を手にした真の弾が、【バッキー(特大)】の箱を落とした。
 先ほどから、シャノンとレオが狙い続けていた箱だ。
 影との戦いを出店の棚から隠れるようにして見ていた店の主人が、祝い用のタンバリンを華やかに打ち鳴らす。
「ダンナ! 【バッキー(特大)】お持ち帰り〜!」
 賑やかなその音に惹かれ、避難していた客たちもわっと戻ってきた。
 真は何がなにやらわからぬうちに、どでかいバッキーのぬいぐるみを押しつけられる。
 行き過ぎるこどもたちが、羨ましそうに超特大バッキーを見つめている。
 渋面になった真に向かって、ゲルダが言った。
 手にしていた小さな白バッキーを見せる。
「おそろいよ」
 その時、真は少しだけ、ゲルダが笑っているように見えた。



●閉幕は花火とともに

「花火セットを買って空いてる場所で花火をしませんか? 一日の締めくくりにはもってこいだと思うんです」
 遥の提案に賛同し、一同は花火を手に公園の空き地へと来ていた。
 日が暮れ、すでに夕刻を過ぎた公園は、昼間とはすっかり違った様相を見せている。
 遥は新しい出会いと、夏の一日を想い、手にした花火の先に火を付けた。
「こんなものを持っていては何もできん」
 真は特大バッキーを手にしたまま、少し離れた場所からその様子を見守っていた。
 ぬいぐるみはゲルダが受け取ることになっている。
 花火の火で焦がしたくないというのが、真の思いでもあるのだろう。
 シャノンはこれも一興とばかりに、いくつもの花火を手に火を付けている。
「あんまり、こういう機会はないからな。こんな日があっても良いだろう」
 多くの時間を戦いに身を置いてきた彼にとって、今日という一日は日常を体感する良い機会になったようだ。
「楽しかったー。また遊びにいこうねー」
 仕事帰りに寄ったというレオは、また次の再開を願ってゲルダに声をかける。
 元いた世界とは少し違った『機械』ではあるが、レオは彼女に親近感を抱いたようだ。
「今日だけじゃなくてさ。もしゲルダちゃんがよかったらだけど、また遊んだり、家に行ったり来てもらったり、していい?」
 ゲルダはそれらの言葉に、静かに頷き返す。
「レオと、ラクシュミが良ければ」
 相変わらず無表情ではあったが、その言葉は心からのものであると彼らには感じられた。


 ゲルダの手にしていた線香花火が、柔らかなオレンジの華を散らして、静かに落ちた。
 暑気を払うように、ひやりとした夜の風が吹き抜ける。
 夏の一日が終わろうとしていた。



 了


クリエイターコメント 大変お待たせいたしました。

 届いたプレイングを読んで感動していました。
 少ない情報の中から、NPCについてこんなにも考えてくださるということが、
 本当に嬉しく、ありがたかったのです。
 ご参加いただいた皆さまに、深く感謝いたします。

 想いは素直であるように。

 傾けていただいたお気持ちの分、
 お届けした一日が少しでも楽しい記憶となるように願って。
公開日時2007-08-20(月) 10:10
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