★ ザ・リベンジャーズ ─真昼の難─ ★
クリエイター冬城カナエ(wdab2518)
管理番号106-8440 オファー日2009-06-27(土) 03:10
オファーPC 佐藤 きよ江(cscz9530) エキストラ 女 47歳 主婦
<ノベル>

 佐藤きよ江は、最近、映画にハマッた。
 いや、今さら、と言い換えてもいいかもしれない。
 何しろこの街の魔法は解ける寸前だ。きよ江はずっとこの銀幕市に暮らしているのに、今まで映画に触れることはほとんどなかったのだ。
 それが、今際(いまわ)のこの時になって、さまざまな映画を見始めたのだった。
 きっかけは、6月1日から始まった、パニックシネマでのミニ映画祭『さよならリオネ〜実体化したムービーハザード〜』だったかもしれない。
 それとも水曜日がレディース・ディになり、千円で映画が見られるようになったことかもしれない。
 本当のことは誰にも──本人にも分からなかった。

 重要なことは、その日きよ江がパニックシネマでスパイ映画『エレガント・エージェント』を観たことであり、彼女は目を輝かせながら、寝ることもなくそれを最後まで鑑賞したことだった。


 * * *


「やっぱりレディMは、素敵ね〜」
「でもあんなボディ・スーツ。着てたら息が詰まるわよ」
「きっと特注よ」
「夜に敵の人が彼女の部屋に入ってきちゃうシーンがあるじゃない? あそこびっくりしたわ〜」
「まさかマイクが裏切るなんてね」
「マイクも見る目がないわね、あんな赤毛の女より、レディMの方が絶対イイ女よ〜」
「でもでも、あの夜のシーン、変じゃない?」
「何が?」
「だって寝る時、普通メイク落とすでしょ〜。彼女バリバリ化粧してたわよ〜」
 きよ江は友人たちと盛んにトークしながら映画館の階段を登って外へ向かう。すれ違ったカップルが、ネタバレ感想に顔をしかめても、そんなことはお構いなしだ。
「じゃあね、また来週」
 映画館の前で解散する主婦たち。さて、と声を上げてきよ江は自分の腰に手を当てた。
 これから何をしようかしら。買い物? それとも一人でお茶?
 友人たちには、みな予定があるそうで。映画の後はいつもカフェに寄ってケーキセットとお喋りを楽しんでいたのだが、それが無いとなると変に時間が空いてしまう。
「お買い物でもして帰りましょ」
 やがて、そう独りごちながら、きよ江。向こう側に渡ろうと車道をぶらぶらと歩き出す。
 ──その時だった。
 角を車が猛スピードで曲がってきたのだ。あら、ときよ江は渡るのをやめて身を退く。するともう一台の車が、その車を追いかけてきた。
 二台ともクラシックな車だった。前の方はミニ──いわゆる初代ローバー・ミニで、一人の青年が肩を怒らせてハンドルにしがみついている。後ろの方は、もっと大きな黒塗りの車──メルセデス・ベンツ770Kで、男が3人。手に拳銃を持って、前の車に発砲している。
 銀幕市内では、意外によく見られる光景だった。
 あらあら、ときよ江がつぶやいたその瞬間、追っ手側の銃撃が当たって、ミニのタイヤがパンクした。

「チッ──!」
 
 青年が舌打ちし、ハンドルを切る。さすがのきよ江も息を呑んだ。まさに、自分に向かって車が突っ込んできたのだから。
 その瞬間、ミニから“世界”が変わった。
 車からすべてのタイヤが外れ、そこから炎が吹き出す。車はグンッとスピードを上げて、きよ江に迫った。
「キャー!」
 彼女は悲鳴を上げて、目を閉じる。運転席の青年も、今にして彼女に気づいて目を見開いた。

 もう駄目だ、轢かれた──と思った、次の瞬間。

 きよ江はミニの助手席に収まっていた。
「えっ?」
 手に何かを持っている。フッと上げて見てみれば、それはピカピカ光る銀色のリボルバーだった。右手にも左手にも、同じものが手にある。
「ちょっ──!」
 隣りにいた青年が、こちらを見て目を剥いた。
 きよ江も自分の姿を見て、目を丸くした。身体にぴったりフィットした服──黒革のボディスーツ。ヒールの高いブーツに太腿に装備された細身のナイフ。
「だ、だれ、あんたー!?」
「イヤー! これレディMみたいじゃないのー!?」
 驚愕の声と、歓喜の声が重なった。
 この青年が展開したロケーションエリアに巻き込まれ、きよ江は即席スパイになったわけなのだが、とにかく、彼女にはそんなことはどうでも良かった。
「悪い奴に追われてるんでしょ、お兄さん」
「え、いや、その」
「あれでしょ、ウーン、そうだ! ナチでしょ、ナチスでしょ?」
「はい、まあそうなんですけど、あの」
「そうだと思ったのよ〜。おばちゃん、助けてあげる!」
 そう言い終えるや否や、彼女は窓から顔を出して、後ろに向かって銃の引き金を引いた。バン! バン!
 背後からの悲鳴にギョッとして、青年が振り返ると、敵のベンツのフロントガラスが割れていて蒼白になった運転手の顔が見えた。
「当たったー!」
無邪気に喜ぶ、きよ江。空になった右手を振りながら、「でも、銃って撃つと手が痛いのね〜。おっかしいわねえ、レディMはもっとバンバン撃ってたのに」
「あの、銃はどうしたんですか!?」
「落としちゃったわ」
 でも、大丈夫。と、きよ江はもう一つのリボルバーを取り出してみせた。
「今度はタイヤに当ててみせるわね。おばちゃん、がんばるわー」
「や、やめてくださいィ!」
 青年は左手で、きよ江の銃を奪い、右手で器用にハンドルを切った。

 彼の名前はジョン・スピードといい、イギリスのMI6に所属する諜報部員だった。医師だった父親がナチスに殺され、それで仇敵であるドクター何某を追ってスパイになったそうで、パートナーには美女スパイがいるのだが、実体化しておらず、敵に追われ苦労しているのだそうだ。
 きよ江にはMI6とか諜報部員などの意味はよく分からなかったが、彼女はとにかく理解していた。
 ジョンはスパイで。ドイツ軍の悪い奴に狙われているのだと。 
「分かったわ、おばちゃんに任せて!」
 きよ江は意気揚々とリボルバーを取り出し、またジョンに奪われた。
「あなたは静かに座ってて下さい」
「どうしてよ、パートナーじゃないの」
「違います。断じて違います!」
 むげなことを言うジョンだが、きよ江はめげなかった。
「あっ、いいこと思いついた。そこ、右に曲がって!」
「何ですか今度は」
「やぁねえ、あんた地元民を信じなさいよー」
 きよ江はパタパタと手を振りながら言う。
「あいつらをどうにかすればいいんでしょ、おばちゃんに任せなさいって」
 ジョンは眉間にくっきりと二本の皺を寄せ──やがて、あきらめたようにうなづいた。
 数分後。
 ミニとベンツは銃撃戦を繰り広げながら倉庫街の方にやってきていた。
 きよ江の誘導にしたがって、ジョンはジェットエンジン稼動中のミニを操りハンドルから手が離せない状態だ。
「大丈夫なんですか!? あと数分しかエンジンはもたない──」
「任せてっていったでしょ、あんたはドーンと構えてればいいの」
 大汗をかいているジョンに、何か考えがあるきよ江は余裕の表情だ。
「もう一回、すごいスピード出せる?」
「? どうして、ですか?」
「一瞬でいいのよ。あいつらを撒くの」
 きよ江はにっこりと微笑んでみせた。

 一方、大きな倉庫の角を曲がって、もっとも海岸よりの道に躍り出たベンツは、ミニが忽然と姿を消していることに気づいた。
「何!?」
 3人の男は驚いてスピードを緩めたものの、脇道に潜んでいるのではないかと銃器を手に注意深く道を走り出した。
 グォン、グォン、グォン……。
 すると突然、何か大きな機械の駆動音が、港に鳴り響いた。驚いた男たちは、さらに車のスピードを緩めた。
「ど、どこだ!?」
 ついに彼らは車から身を乗り出し、何が起こっているのか把握しようとした。
 だが──もう遅かった。

 ガゴッ!

 何に体当たりされたかのように車がひどく揺れ、彼らはバランスを崩し、車内へと倒れこんだ。
「まさか、上か!」
 しかし、彼らが再度、車から顔を出したときには、手遅れだった。
 黒塗りのベンツは、あろうことか地上高く吊り上げられ、空中に宙ぶらりんになっていたのだった。
 廃車を輸出入する業者の、強力な磁石つきのクレーンに捕まってしまったのだ。
「くそっ!」
 銃器を手に、あたりの状況を掴もうと男たちは車窓から顔を出す。
 そして、眼下の光景に動きを止めた。

 地上で、ショットガンを構えた二人のスパイ──ジョンときよ江の姿に。

「さあ、もう観念して、おばちゃんの言うこと聞きなさいね」
 ヴィランズたちは、銃器を窓から投げ出して、手を上げた。彼らは、ちょっと無理のある女スパイの姿に観念したのかもしれなかったが、すべては結果オーライだ。
 とにかくこの事件は、銀幕市内に住む一人の主婦のおかげで片付いたのだった。


「まあまあ、ゆっくりしていってね。うちの旦那はねえ、今夜遅いみたいだから会えないかもしれないけど、でも気にしないでちょうだいね。さっき電話で話したら、ゆっくりしていってもらいなさいって言ってたから〜」
 その後。
 ジョンとナチスの3人は、きよ江の自宅に招かれ、鍋を囲んでいた。
「ごめんなさいねえ。まさか今日、人を招くことになると思わなかったから。汚い家でしょ〜」
「い、いえ」
 気をつけ、のポーズで固まっているヴィランズが汗をたらしながら言う。
「あら、暑い? うち、あんまりクーラー入れないもんだから。もっと強くしましょうか……」
「あ、いえ、お、お構いなく」
「あら、これどうやって使うのかしら、こうかしら、えいっ」
「ちょ、ちょっと貸してみてください」
 エアコンのリモコンと格闘しはじめるきよ江に、ジョンが助け船を出すように、やんわりとそれを彼女の手から奪った。
「暖房になってますよ」
「あらーいやだ」
 一人で笑う、きよ江。他の四人は口端をひきつらせて笑った。
「はい、じゃあ食べて食べて。ジャパニーズ・ナベよ」
一人ひとりに取り皿と箸を手渡しながら、ニコニコと笑うきよ江。「こうやって鍋にしちゃえばたくさん野菜が食べられるでしょう? あんたたち、絶対野菜不足よ。うちもねえ、今は息子が独り暮らし始めちゃったからアレなんだけど、普段の日も、ついついお鍋にしちゃうのよねえ。楽だし」
 やっぱりきよ江は一人で笑っている。
 男たちは、もそもそと遠慮がちに鍋をつついた。
「あら、あなたたち笑顔がないわね〜。もしかして美味しくない?」
「いえ、そんな滅相な!」
「ははは、美味しいな〜」


 * * *


 そんなわけで、鍋を囲んだこの日以来、ジョンとヴィランズたちは仲直り(?)して、国家機密に関わることをやめ、市内にそれぞれアパートを借りて住み始めたのだそうだ。
 きよ江は、足しげくそのアパートに通い、夕食にこれを食べろとおかずを押し付けたりしながらせっせと世話を焼き、就職を世話したりもした。何しろ彼らの運転技術は超一級である。何人かはタクシー運転手になった。
 数日後、きよ江は彼らのアパートを訪ね、そこが空き室になっていたことに気づいた。
 隣りの住民が通りかかったので尋ねると、数日前から魔法がなくなったでしょ、とひと言だけ告げられた。
 ああ、そうか。
 きよ江は手元の四人分のおかずを見下ろした。

「また、映画見に行きましょっと」
 
 
 
                  (了)
 

クリエイターコメント楽しいオファーをありがとうございました!

願わくば、みんなの愛すべき、おばちゃんが、魔法が解けたあとの銀幕市で暮らしながら、映画をぞんぶんに楽しんでいただけますように。

では、お元気で!
公開日時2009-07-10(金) 18:20
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