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<ノベル>
「つまり! ……らぶらぶになりたいんだな? ひゅーひゅー! 吸血鬼のすけべー♪」
「うう、すけべじゃなーいアリスン」
「素直になれよー」
「そんなのじゃナイデアリンス。みんなが行けというので行ってやるんでヤンスヨ」
「またまたー」
狸姿の太助にからかわれて吸血鬼は言い返さずにむっつりとした。何をどう言ってもからかわれるからだ。
太助は今回、聖女との吸血鬼のデートに一役買ってくれる大切な戦友だ。――戦友、女の子のデートは戦いだ。この言い方は決して間違っていないだろう。
しかし、太助は完全に子供のからかいモードなのに吸血鬼は拗ねてしまっていた。
「で、どこがいいと思う」
からかいつつもちゃんとデートが上手くいくように太助は役所から市内観光MAPなどを取り寄せていた。それを吸血鬼の前に差し出した。デートは当人同士のことなので、アドバイスはしても決めるのは吸血鬼に任せようと思っているのだ。
太助が目の前に出したデートの資料に吸血鬼はぷいっと首を逸らした。
「……俺は、そんなの見ないでアリンス」
こきゅ。――太助が吸血鬼の両頬にそっと手を添えて、目の前の市内観光MAPへと向けさせる。
「見るんだぞ。ほら、女性に人気の喫茶店ははずせないだろう。あと、遊園地も」
「……逃げるっていう選択肢は俺にないでアリンスか」
「ない」
きっぱりといわれて吸血鬼はがっくりとうな垂れた。
いやがる吸血鬼をしっかりと押さえ込み、なんとか正統派デートコースとして遊園地と最近女性に人気だという喫茶店に行くというものが決まった。
「もう、無理でアリンスよ。干からびるぅ、トマトぉ〜」
「まだ、デート前だぞ」
デートを決めるだけで、ぐったり、うんざりの吸血鬼。
太助は吸血鬼をひっぱて、デートの待ち合わせの駅前に訪れた。せっかくのデートなので、待ち合わせも外でということになったのだ。そして、そこから遊園地に行く運びとなっている。。
デートということで、しっかりとした服装といわれて吸血鬼は白のシャツに黒のマント。
聖女は黒のドレスである。
遊園地に訪れ、太助がリサーチした恋人同士定番の乗り物である観覧車やメリーゴーランドなどをまわっていった。
太助は終始、狸姿のままである。
さすがに他人のデートで人の姿に化けたらお邪魔虫だろうという配慮からだ。
狸姿のまま吸血鬼に肩車されている。いたいけで無害な狸である。
しかし、それには大変なる理由があった。
女の子大好きな吸血鬼が人が多い遊園地で、他の女の子を見るのを我慢できるわけがない。つい聖女から視線を逸らして他の女の子を見ようとすると、吸血鬼の肩にのっていた太助が頭をしっかりと持ち、こきゃっと音をたてて聖女のほうに視線を向けさせ、とどめとばかりに耳元で囁いた。
「正統派吸血鬼特訓フルコースを受けさせっぞ?」
「……スイマセン、それだけは灰になっても勘弁シテクダサイ」
聖女に気がつかれない様に吸血鬼の浮気防止に太助は一役買っていたのだ。
そんなおかげでデートはつつかなく進行し、遊園地をまわって疲れた聖女と肩にいる太助をベンチに座らせ吸血鬼は飲み物を買いにいった。
ベンチに残された聖女からはムラムラとした後光が出始めていた。ちなみに片手にはなぜか杭が握られている。デートがあまりにも普通に過ぎていくことに感動して感情が昂ぶっているらしい。――今までこんなまともなデートなど聖女は経験したことがなかったのだ。
「吸血鬼な、お淑やかな女の子が好きだぞ」
太助は出来る限りさりげなく声を大きくしていうと、はっとした聖女が太助を見つめた。
「そ、そうね。そうよね……私、吸血鬼に好きになってほしいの」
「うーん、嫌いじゃないと思うぞ」
「本当!」
かっと聖女から後光が溢れたのに太助は眩しそうに目を細めた。
「うん。落ち着いたお嬢様になったら、吸血鬼がもっと好きになるかもしれないぞ」
「落ち着いた?」
「たとえば浄化しないとか、いきなり襲わないとか、後光出さないとか」
その言葉に聖女の後光がふっと消えた。
「……がんばってみるわ。……いきなり投げ技とかは」
「我慢したほうがいいと思うぞ」
「がんばるわ。杭を打たず、投げ飛ばさず、とび蹴りもしない」
「がんばれ」
「うん」
それは本当にがんばらないといけない類のものかというとかなり謎であるが、この世界にはお転婆という言葉もある。ちょっとお転婆な女の子が聖女なんだと納得しつつ、太助は、はっとなんかよからぬ気配を感じた。ふいっと振り返ると、聖女と同じ顔をした聖職者が建物の端からこちらを見ているのだ。
太助はそっと懐から手鏡を取り出すと――狸の姿のどこに、隠してあったのかは謎である。――わざとらしく手鏡を聖職者の近くにポロリと落として見せた。
地上最強のナルシストであることを自称する聖職者だけあって足元に落ちた手鏡を無視することも出来ずに、鏡を手にうっとりと自分に悦ている。
「ほら、行くぞ」
「え、ええ?」
聖女が気がついていない間に太助は飲み物を買ってきた吸血鬼と合流して遊園地をあとにした。そのあと昼ごはんといってランチを喫茶店ですませた。そのときも太助は吸血鬼の浮気防止ついでに聖女を見つつ、こそこそと店内に不審な翳を見た。
聖職者だ。
太助は再び懐から――一体、狸姿のどこにしまわれているのか。それはやはり謎だ。取り出した折りたたみ式の手鏡をわざとらしく自分たちの前の席にそっとおいておいた。斧を片手にもった聖職者は悲しきナルシストの性からついそちらへとふらふらと足を運んでゆく。
「さ、飯も食べたし。買い物でもいくか」
「まだ買い物にいくのかって……!」
目の前で鏡を持てうっとりとしている聖職者の存在に気がついた吸血鬼が叫ぼうと開いた口にぽむっと尻尾で塞いで太助はにっこりと笑った。
「さ、いくぞ。いくぞ」
「も、もがぁああ」
吸血鬼はなにかしら文句を口にしたが、それはもふもふの尻尾に邪魔されて結局言葉にはならず、喫茶店を出ると街中へと出た。女の子の好きそうな洋服の並んだ店は、ほとんどが鏡張りである。つまるところは、聖職者の足止めが容易いと考えたからだ。
「おい、太助」
「ん、どーしたよ。楽しめよ。聖女、がんばってるんだぞっ! お前のためなんだぞ。惚れ直しただろう」
「……いや、後ろの人がすごく睨んでる」
太助はちらりと見ると、周りの硝子を見ないようにと涙ぐましい努力している聖職者の姿があった。
「しかたねーなぁー」
太助はひょいと吸血鬼の肩から降りると、聖職者の前まで歩いていた。狸がなにかするなどと考えてない。おかげで聖職者の前に太助は歩いて行くことができた。
聖職者の目の前に来ると太助はくいくいとズボンをひっぱった。
「なんだ、狸が」
聖職者が太助に気がつき、なぜ街中に狸と思ったそのときだ。
にっこりと太助は笑った瞬間、ぽんっと姿見に化けた。
その瞬間、聖職者は己の全身の美しさに酔いしれ、美しい鼻血を噴出して、その場に崩れた。
「ただいまー」
にっこりと笑って太助が戻ってきたのに吸血鬼は怪訝とした顔をした。
「おかえり……聖職者は?」
「姿見に化けたら自分のこときれいだーとかなんとかいいながら鼻血吹いて、倒れた」
「……へー」
「なぁ、お前さ、聖女のこと好きなんだろう?」
「……俺は吸血鬼なんだぞ」
「いーじゃんいーじゃん。素直になっちまえよ、吸血鬼。ここは「映画」じゃないんだから」
「けどなぁ」
「今日、聖女と何もなかっただろう。ふつーの恋人同士みたいだったぜ」
太助の言葉に吸血鬼は困った顔をしてちらりと聖女を見た。
「そ、そうか?」
「おう」
太助の笑顔に吸血鬼は意を決したように楽しそうに店を見ている聖女を見た。
「聖女! 話がありまするよ」
「なぁに、吸血鬼?」
「……と、友達からなら付き合ってもいいで、アリンスよ」
「吸血鬼! い、いいの? わ、私、がんばるから。襲わないし、浄化もしないように、がんばるからっ!」
顔を真っ赤にして嬉しそうに笑う聖女に吸血鬼も微笑み、二人はどちらかともなく手を自然と普通の恋人同士のようにとりあった。
「ありがとう。太助さん……私たちのラブアイテムは、狸さんね。ねっ、狸さんのぬいぐるみを買いましょう。二人の愛の証よ」
「だから、まだ友達ダト……いいでアリンスよ。太助に似たやつを買うでアリンス……太助、付き合うでアリンスよ。今日はとことん!」
「いいぜー。いいぜー。けど邪魔じゃねーの。二人のー。俺、邪魔者はいやだぜ」
太助の言葉に聖女と吸血鬼はほとんど同時に真っ赤になった。
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クリエイターコメント | 参加、ありがとうございました。 吸血鬼、ヤツはツンデレだったようです。 ただ、これからはデレデレツンになるかもしれません。 |
公開日時 | 2009-04-09(木) 21:30 |
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