★ ぼくたちとお姉さんの5時間戦争 ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-7579 オファー日2009-05-11(月) 12:29
オファーPC 太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ゲストPC1 小山 ヒオウ(crcp1073) ムービースター 女 17歳 妹(高校生)
ゲストPC2 ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
<ノベル>

 ある朝のことでした。
 ご飯を食べた太助は、遊びに行こうと外へ出ました。
 今日はぽかぽか陽気の日曜日。最高の日です。
 ばーちゃんに「いってきます」の声をかけて家を出ると、使い魔が道路で泣き崩れていました。
「どうしたつっちー!」
「ぷぎゅ……」
 太助は駆け寄りました。金色のおめめを涙でうるませた使い魔は、太助に説明します。
「きゅ、ぷぎゅぎゅむ、ぷゅ」(メイドさんが楽しそうににづくりしていたです。ぼくもいっしょにりょこう、行きたいとおもったです)
「りょこうか、いいな! どこに行くんだ?」
 太助が聞くと、使い魔はいっそう激しく泣きました。
「ぷっぷ……」(ご主人さまもみんなもいっしょなのに、ぼくだけダメって言われたです……)
「仲間はずれか、そうか……」
 太助は使い魔の頭をなでました。
「ぷっぎゅむ!」(だからぼく、トランクに隠れたです。着いたらおどろくです)
「そうだな。それでそれで?」
「ぷ」(ねてたです)
「うんうん、暗くて静かだと眠くなるよな。それで、どうなったんだ?」
「ぷぎゅうう」(明るくなって起きたです。メイドさんがいたからあいさつしたです。でもメイドさん、『えまーじぇんしー!』って叫んで、ぼくを投げたです)
 さる筋の目撃談によると、窓から飛び出した使い魔は時速二百キロを超える黒い魔球のようでした。
 太助はあまりの仕打ちを聞いて、怒りに毛並みを震わせました。
「つっちーだけ留守番なんてつまんないな! よし、俺と一緒におしかけちゃおうぜ!」
「ぷっぎゅ!」
「場所はどこだ?」
「ぷぷ!」
 二人は手をつないで、ご主人さま――ブラックウッドのいる場所へ向かいました。

◎ ◎ ◎

 ……ところで。
 この日、銀幕市の一角で「小さいものオンリー」という同人誌即売会が開催されていました。扱うジャンルは「小さいものクラブ」。彼らを愛でて愛でて、小さいものは正義! と叫ぶ催しです。
 ちなみに黒木邸メイドは銀幕同人界の重鎮でした。市内のイベントにはサークル参加で皆勤賞、毎回新刊発行という歪みねえ活動具合です。
 もちろん本日も、イベント会場の壁際にいます。最近ではご主人さまことブラックウッドが売り子に加わるのが当たり前になっています。
 つまり、ご主人さまとメイドとその他同居人が揃って出かけるのは、家族旅行なんて微笑ましいものではなく――

「すごい人だ……」
 会場前で、二人は呆然と立ち尽くしました。
 若い女性を中心とした人々が、長い行列を作っていました。その人達は皆、手に冊子を持っていました。表紙には太助や使い魔、それに友達の絵が描かれています。
 ブラックウッドやメイドは会場の中にいます。何をするのかまったくわかりませんが、仲間に入るには会場に入る必要があります。
 しかしどうやら、『開場時間』にならないと中に入れないようでした。他にも入るためには条件があるようです。
「困ったぞ……」
 腕を組んで太助は悩みます。きょろきょろしていた使い魔は、太助の風呂敷マントを引っ張りました。
「ぷ!」
「お! ぐうぜんだなー。聞いてみるか」
 二人はとことこと移動します。
「本物?」「コス?」「いやコスはないだろ」「じゃ本物?」「ピンチ?」「大ピンチ」
 行列の真横を通るものだから、静かな混乱が発生します。
 彼らが向かった先には、スタッフ腕章をつけた小山ヒオウがいました。
「パンフレットの販売はこちらで――」
「ひおっち! ぽよんす」
「ぷきゅんむ!」
 彼女はバナナの皮で滑ったかのように転びました。すぐに立ち上がって、挨拶を返します。
「ななななたたたすー隊長につっちー、こんにちは」
「なーなー、中に入りたいんだ。どうしたらいいんだ?」
「きゅ?」
 華麗なる連続攻撃です。『ダブルぽよんす』から『上目遣いの無垢な瞳×4』。これは鼻の粘膜に大ダメージです。
 ヒオウは理性と美少女キャラ(一応)を保ちつつ、加勢してくれる人を探します。
 他のスタッフは、物陰からサムズアップしたり、行列整理したり、釣り銭チェックを張り切ったり、それぞれに忙しそうでした。
「教えてくれよう」
 太助はヒオウの服を掴みます。
「ぷっぷぷ?」
 太助の頭に使い魔が乗ります。しょげた使い魔はだらしねえ形になっていたため、まるで帽子のようでした。
 たすー隊長+つっちーキャップ。それだけで行列から失神者が現れます。開場前に救護班が出動します。
「中に入るには、パンフレットを買わなきゃいけないわ」
 ヒオウは太助に言いました。
 他のスタッフは顔色を変え、小声で『アウト! 小山さんアウアウ!』と叫びます。サークルカット自体は見られても言い逃れが出来ますが、会場内で何かを目撃された場合に責任が取れません。
「パンフレット?」
「ここ、これよ。……言っておくけれど、とても高いのよ!」
 ヒオウの嘘に、太助はビビりました。それでもがま口を取り出し、値段を聞きます。
「いくらだ?」
「一冊三百円になります。あっ……!」
 反射的に正規の価格を答えたヒオウは、スタッフの一人に襟首を掴まれて裏へ連れて行かれました。
 太助はがま口を握りしめ、一歩ずつ会計スタッフに近づきました。
「一冊ください」
 へそくりの五百円玉を差し出します。三百円は大金ですが、使い魔のためならケチってなどいられません。
 会計スタッフは、アルカイックスマイルで答えました。
「申し訳ありませんお客様、ただいま釣り銭を切らしております。五百円玉でのお買い物はご遠慮くださいませ」
「ええー!」
「ぷゅー!」
「「「おおおっ!」」」
 太助と使い魔は落ち込みました。反対に、行列およびスタッフは盛り上がって拍手をしています。
 丸めた背中に哀愁を漂わせ、太助はがま口の中身を確認しました。
 百円玉が二枚。五十円玉が一枚。十円玉がひいふうみい……四枚。
「ってことは、いくらだ?」
「ぷぷゅむぴゅーむーむ」
「二百九十円か! つっちーは賢いな……ってダメだ!」
 十円足りません。
 太助はがっくりと膝をつきました。最後の可能性に賭けて、会計スタッフに言います。
「なあ、中に知り合いがいるんだ。十円貸してくれって伝えてくれないか?」
「申し訳ありませんお客様、当方では借金の仲介は請け負いかねます」
「しゃっ……! そんな、うわああああ!」
 あんまりな表現に、太助は泣きながら走り去りました。
 残された会計スタッフは、「鬼畜」「ドS」と賞賛されました。

◎ ◎ ◎

 しかし、コンビニなどで買い物をすれば、五百円玉を細かくできるのでした。
「待ってろよ!」
「っぷ!」
 おやつの十円チョコと勇気をほっぺに入れて、太助と使い魔は会場へ向かいます。
 開場時間が過ぎて、行列はどんどん中へ吸い込まれていきます。
「パンフレットの販ば……」
 太助と使い魔は、ヒオウの前に立ちました。彼女の笑顔が瞬間冷凍されます。
「一冊ください!」
「ぷ!」
「お金ならあるぞ!」
「ぷっぎゅ!」
 太助は百円玉三枚を掲げます。ヒオウは苦しい言い訳をしました。
「パンフレット一冊で入れるのは一人だけなのよ」
「つっちーは幼児だろ? 幼児の入場料も取るのか?」
「ぷぎゅ?」
 汚れを知らない使い魔の瞳を見ていると、一人前の料金を取るなんて悪逆非道な真似はできません。
 太助の全財産は六百円以上ありますが、細かいつっこみは割愛します。
「……ありがとうございまーす」
 ヒオウは滝のような涙を流しながら、パンフレットを太助に、大切な何かを悪魔に売りました。
「小山さん、こっち手伝ってもらえる?」
 あんのじょう、青筋を浮かべた微笑みの主催に呼ばれて奥へと消えました。
「第一関門、クリアだな!」
「ぷっぷぷー、ぷっぷっぷっぷ、ぷっぷぷー!」
 目的が最初と違っている気もしますが、とにかく二人は会場入り口に立ちました。
 ――しかし。
「お客様、ペットの連れ込みは厳禁です」
「つっちーはペットじゃないぞ!」
「いえ、お連れ様よりむしろ……」
「俺はペットじゃねーぞ。れっきとしたタヌキだ」
「タヌキですね」
「そうだ」
「動物でございますね」
「……しまった!」
 開場前に会計をしていたスタッフにより、二人は追い返されてしまいました。

◎ ◎ ◎

「つっちー、もうだめかもしれない」
「ぎゅーむむ、ぷ……」
 お昼の時間になりました。二人は会場外のベンチで休憩しています。
 おにぎりや三色だんごや、インスタントのお味噌汁など。お昼ご飯が横に置かれています。すべて貢ぎ物でした。
 お金がない時は、カフェで動物好きに甘えておごってもらう……なんて悪質な手段を知っている太助ですが、今日はつぶらな瞳に涙を浮かべているだけでこの戦果です。
 なぜなら、イベント会場に来ているのは小さいものが大好きな人達だからです。
「きっとあの中で、『さばと』やってるんだ。だから俺やつっちーが行っちゃダメなんだ」
「ぷぎゅと?」
「大人の宴会、らしーぞ?」
 当たらずとも遠からずです。
「つっちー、無理だよもう……」
「ぷぃ!」
 諦めかけた太助とは対照的に、使い魔はご主人さまのところへ行く気満々でした。『子どもは来ちゃらめえええ!』なんてことを毎回言われたら、逆に意地になります。
「ぷ! ぷぷ! ぷっぷぷぎゅうう!」
 使い魔は翼をばたばたさせて、太助をはげまします。
「けどよー……」
「情けない若者じゃのう」
 そこに、サラリーマンが通りがかりました。
 グレーのスーツを来た、おじさんでした。風通しの良さそうな頭部、安心感のある腹部。すり減った革靴は歩いてきた人生の証明、ぺたんこの鞄はそのボディに営業活動の過酷さを刻んでいます。
 ――今日は日曜日ですが。
「儂の若い頃は、鉄砲を持った猟師に追っかけられても諦めんかったわい。仲間は何匹か狸鍋になったがの」
 外見に似合わない個性的な口調で言い、ほっほ、と笑います。
「狸鍋……おっちゃんもタヌキか!」
「そうじゃ。わしゃ企業戦士のふりをしたタヌキじゃ」
「ぷぎゅーぷっぷ?」
「おっちゃん、俺らを助けてくれ!」
 太助は狸生の先輩にお願いしました。そして簡単に説明します。
 入りたい場所があること。スタッフのディフェンスが鉄壁なこと。
 おっちゃんは腹を叩きました。
「ほっほ……」
 鞄から大きな葉っぱを取り出し、太助と使い魔の頭に乗せます。
「人は見た目でごまかされるのじゃ。ちょいちょいのちょい、と化かせばよかろう」
「その通りだ!」
 太助は瞳に輝きを取り戻し、くるっと後方にトンボをきりました。
 どろん。
 ふわもこラブリーなタヌキの姿から、人間の姿になります。
「つっちーもやってみろよ」
「ぷぎゅ」
 使い魔も真似して、くるんと一回転します。
 どろん。
 ふにゃむにゅラブリーなコウモリの姿から、人間の姿になります。
「ほっほっほ……グッドラック」
 おっちゃんは親指を立て、片目をつぶって、どこかへ行ってしまいました。
「よーし、これで行けるぞ!」
「ぷぎゅっきゅ!」

◎ ◎ ◎

 みたび、太助と使い魔は会場前に立ちました。
 その姿を見た来場者から、いつもと違う悲鳴が上がりました。
 太助はいつものやんちゃ少年から補正が入り、元気なクラスの人気者へ。
 短く刈った黒髪とこんがり焼けた肌、輝く笑顔が眩しい見た目になりました。衣装もデニムジャケットにTシャツ、ハーフパンツと都会風にチェンジです。
 使い魔は愛くるしい子どもに変身していました。
 透けるような白い肌に金色の瞳。うなじで結わえた癖毛は、先っぽがくるんと丸まっています。
 フリル付きのシャツにブレイシーズ、黒いズボンというクラシカルな正統派スタイルでした。
「ぷ……」
 集まる視線に照れて、太助の背中に隠れます。ぷるぷる震えるおててと長いまつげは、ご主人さまと並ぶ吸引力がありました。
 そんな風に見た目がすっかり変わってしまったものですから、通行証のパンフレットさえあれば、会場に入るのは簡単でした。件の鉄壁鬼畜スタッフがメシ休憩中だったせいかもしれません。
「完璧だな、つっ――」
「ぷ……」
 名前を呼んだり、答えたりするとバレてしまいます。二人は顔を見合わせ、人差し指を口に当てました。
「しー」
「ぅー」
 凶悪な光景に、周囲で失神者が続出しました。
「エマージェンシー!」「誰か『ななな』さんに連絡を!」「保護者出てこい……愛してる!」
 たいへんな騒ぎです。
 太助と使い魔はきょろきょろびくびく、ブラックウッドの姿を探して奥へと進みます。
 しかし会場には大きなお姉さんやお兄さんがいっぱいで、小さな二人は歩くだけで大変です。
 それでもがんばって歩く太助を、誰かが後ろから抱きとめました。
「ひゃっ!?」
 太助は思わず悲鳴を上げました。視界をふさぐ手のひらが、とても冷たかったのです。
「おやおや……誰が来たのかと思えば、君達かね」
「その声はブラックウッドだな! ぽよんす」
「ぷきゅんむ!」
 ブラックウッドはため息をつきました。
「来てはいけないと言っただろう」
「ぷっぷー、ぷーぷー……」
 たしなめられた使い魔は、まつげを涙に濡らして訴えました。いやいやをするように首を横に振ります。
 太助は使い魔のぶんも怒りました。
「仲間はずれって、すごくさみしいんだぞ! つっちーはずっと我慢してきたんだぞ!」
「ふむ……」
 ブラックウッドはコートにしがみついた使い魔の頭を撫でて、ギャラリー(主に魂を萌やしてスケッチするメイド)向けサービスに太助の頬を撫でました。
「わっ、冷てえ!」
「しかし残念ながら、君達はこの場にいてはいけないのだよ」
「子どもはダメってやつだろ。納得できねーぞ」
「幼いから駄目だというのではないよ。君達が知るには、この闇は少し――深すぎる」
 ブラックウッドは太助の耳元で囁きます。
「ぷぎゅ?」
 使い魔は『闇』という言葉が出たので、首を傾げました。
「そうだね、わかりやすく説明するのは難しいのだけれども。根本的な構成が違う『闇』なのだよ」
「ぷ……」
 難しいことを言われた使い魔は、よくわからなくて頭の中が焼け焦げてしまいました。
 ブラックウッドは使い魔に、慈しむような眼差しをそそぎます。
「今の話を理解できるぐらい大人になったら、また改めて話そうね」
「ぷぎゅ」
「もっと賢くなると、ブラックウッドが言ってることがわかるんだな……」
 太助も、黒木家総出で何をしているのか、知るのを諦めました。
「あ、だけどな! つっちーをひとりぼっちにするのはもうダメだからな!」
「わかったよ。私の可愛い子に寂しい思いをさせないと約束しよう」
 ブラックウッドは使い魔の小さな手を取り、指に口づけました。
「ぷぎゅむ!」
 使い魔は満面の笑顔で、ブラックウッドに抱きつきました。
「それにしても、よく二人でここまで来られたね」
「すごいだろ! 
「ぷぎゅ」
「そうだね。ご褒美に『楽園』でアフタヌーンティーはどうかね?」
「わーい! やったなつっちー!」
「ぷっぎゅっ!」
 ブラックウッドは太助と使い魔を連れて、会場を後にしました。
 結局二人には、ご主人さまやメイドが何をしているのかはわかりませんでした。でも、いいのです。もう使い魔が寂しい思いをすることはなくなったのですから。
 美味しいおやつも食べることができて、幸せいっぱいの日曜日となりました。


 ――会場に残った死屍累々については、あえて語りません。
 他にも、ヒオウがどんな目にあったかなど。
 語らない方がお互いに幸せだと思います。

クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
お言葉に甘えて暴走と捏造の限りを尽くしました。
小さいものは可愛い、可愛いは正義。

お気に召していただければ幸いです。
公開日時2009-05-29(金) 22:20
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