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<ノベル>
「ただいまー」
七海 遥 (ナナウミ ハルカ)がそれを見つけたのは、レストラン『アルトリア』のアルバイトから帰ってリビングを通った時だった。
「……?」
どこか見覚えのあるチラシがテーブルの上に置いてあったので、遥はそのチラシを手にとって覗き込む。
『第二回 銀幕 大 夏祭り!』
一番上に大きく書かれたその文字を見て、遥はピンと閃く。
「……あ!」
そしてそのままチラシを手に、自分の部屋へと走る。
えーっと……。と呟きながら、遥は本棚に並ぶファイルの中から一冊を手に取り、座り込んでページを進めていく。
「あった」
目的の物を見つけて嬉しそうな声の遥。その視線の先のファイルには、手に持ったチラシと似たようなチラシ。
『銀幕 大 夏祭り! 〜夏の最後を締めくくる夏祭り。騒ぎたい奴ぁ集まりな〜』
二枚のチラシを横に並べて見比べる遥。
「やっぱり! わぁ、このお祭り今年もあるんだぁ」
去年も開かれたそのお祭りに、遥は参加していた。その時の事を思い出し、楽しかったなぁ。と頬が緩む。
「すごーい。色々増えてる」
アトラクションの説明を見比べながら去年の事を思い出していると、横からバッキーのシオンが顔を出す。
「るぅ」
「あ。シオンはどれを回りたいー?」
そんなことを話しながら、しばらくチラシに没頭する遥とシオン。一通り全部見終わったところで、シオンを肩に乗せてバッと立ち上がる。
「よーし、回れる限り全部回っちゃおっと!」
「るぅ」
「あれ? 仙蔵さん。何処かに行くんですか?」
「おお。鎮殿か。……丁度良かった。今からこの祭りに行こうと思っていたのだが、一緒に行かぬか?」
薄野 鎮(すすきの まもる)が外出から戻って家のドアを開けようとした時、千曲 仙蔵(ちくま せんぞう)は出掛ける為にドアを開けた所だった。
「ん。お祭り……?」
仙蔵が差し出したチラシを、薄野は何気なく受け取り、目を向ける。
「なんでも、杵間神社で大きな夏祭りがあるそうだ」
「へぇ。この時期に夏祭り。あ、もしかして仙蔵さんは主君探しに?」
薄野の言葉に、うむ。と仙蔵。
「午後の4時からかー……。後でちょっと買出しに行こうと思ってたんだけど」
流し読みながら言う薄野。それを聞いて仙蔵は返事を返す。
「むぅ。仕方がない。では俺一人で」
「――っ!!」
背を向けて行こうとしていた仙蔵の肩を、突然に薄野が掴んだ。勢い良く掴まれた肩に仙蔵が振り向く。
「ま……鎮ど、の?」
その様子に目を見開いて仙蔵。薄野はチラシを凝視したまま腕だけを伸ばして仙蔵の肩を掴んでいた。
そしてゆっくりとあげられた薄野の表情は、満面の笑み。
「仙蔵さん。僕も行きます」
こくり。と、返事の変わりに仙蔵は頷く。横着したわけではない、一瞬、声が出なかったのだ。冷や汗が一筋頬を伝う。
準備してきます。と薄野は下駄箱の上にチラシを置いて家の中へと入っていく。
開催場所と時間だけを見て、チラシの中身を見ていなかった仙蔵。何が薄野をそんなふうにさせたのかと思い、チラシを手に取る。
「……成る程」
すぐに納得する仙蔵。目を向けたのは『甘味王の集い』のアトラクション。
甘味の無料食べ放題。甘味の大好きな薄野の心を惹き付けるには十分な催し。それに、よくよくみればこの甘味を提供しているという会社は、以前、甘味雑誌を読んでいた薄野の口から出た会社名ではなかっただろうか。
仙蔵は頭の中の記憶をよくよく思い出して、チラシの社名と比較する。
「やはり、そうだ」
記憶にある文字と書かれている文字が完全に一致して、仙蔵は呟く。
「この大会……大丈夫だろうか」
仙蔵は色々な意味を込めて、そう漏らした。
「お、お腹すいたぁー……」
暮れはじめた市内をよろよろと歩く一人の女性がいた。
粗い白黒チェックの浴衣にはもみじが優雅に咲き誇り、アップにしたライトブラウンの髪と良く似合う。
彼女の名前は二階堂 美樹(ニカイドウ ミキ)。彼女がお腹を空かせて歩いていているのには理由があった。
「も、もうすこし……!」
はるか先にうっすらと見える、杵間神社への石段を見据え、一歩、一歩と歩く美樹。
そう。美樹は本日開かれる夏祭りに参加する為に杵間神社へと向かっているのだ。そして空腹の理由は、夏祭りのアトラクションである『甘味王の集い』の為である。
美樹はこの日のために前日からご飯を抜いてきたし、甘味に至っては一週間も前から口にしてはいなかったのだ。
「ショートケーキ……モンブラン……ショコラ……シフォン……」
譫言のように呟く美樹。頭の中をもわんもわんと甘味達が通ってゆく映像を、美樹は見ていた。
「飴……あめ〜」
十数メートル横の方を歩いていた子供の持っていたロリポップキャンディーを見て、ついふらふらと美樹。途中、はっと気が付いて立ち止まると、頭を左右に振る。
「だめ。もう少しで、お腹一杯食べれるんだから」
言い聞かせるように呟いて、再び歩き出す。
しかし今度はチラチラと視界に入る自分の浴衣の生地に思考を奪われる。
「もみじ、もみじ……もみじまんじゅう〜」
浴衣のもみじ柄を何度も掴もうとする美樹。その作業に没頭していた時、後ろから誰かが美樹にぶつかった。
「あいったぁ」
転びそうになりながらも、なんとか堪えて後ろを振り向く美樹。見ると美樹にぶつかったのは金髪のツインテールに黒のゴシックドレスの小学生くらいの少女だった。
ごめんなさい。と少女が美樹に謝り、美樹もこちらこそ。と返す。そこにもう一つの声が掛けられた。
「悪いな。怪我はないか? あんた」
人狼王(ジンロウオウ)だった。先に美樹にぶつかったのは人狼王の義娘だったのだ。
「あんたも夏祭りか? なかなか似合ってるぜ、浴衣」
空返事をする美樹に、にっと笑って人狼王。そうして娘に向き直る。
「そろそろ人が増えてくるから、気をつけてあるけよ」
優しい声の人狼王の言葉に、娘が嬉しそうに返事をしてその手を握る。そしてそのまま神社のほうへと歩いていく。
「親子って…………いいわねぇ」
だんだんと小さくなっていくスーツとゴシックドレスの親子の繋がれた手を見ながら、美樹は頭の中のスイッチが妄想モードに切り替わって呟いた。
「ちょっと。提灯はこの高さでいいの?」
まるで天使の様に美麗な羽を広げ、ゴスロリファッションのうさぎ(?)が、高く飛びながら提灯を取り付けていた。
そこは夏祭り会場の杵間神社。開催時間直前。ボランティアスタッフ達の準備も最終段階へ向かっていた。
「おう。そのへんそのへん。ありがとな、嬢ちゃん」
企画者である大男が指示を出し、提灯を取り付けていたうさぎ(?)が降りてくるのを見届けてからお礼を言う。
「おほほほほっ。こんなの、聖なるうさぎ様のあたしにかかれば簡単よ、簡単。さあ、次はどこに取り付ければいいの?」
満足そうに笑ううさぎは、どうやら只のうさぎではないらしい。なんといっても聖なるうさぎだ。そしてその名はレモンといった。
夏祭りの噂を聞きつけてやってきたレモン。開催場所に来て見るとまだ準備中だったので、ボランティアスタッフとして手伝いに混じっていたのだ。
「おおう」
指示を受け、その羽を生かして次々と提灯を取り付けていくレモンに、大男が感嘆して呟く。
「さすが聖なるうさぎの嬢ちゃんだ。いやぁ助かるぜ」
「そ、そう? ま、当然よ。あんた良く解ってるじゃない」
ストレートに言われて気をよくするレモン。腕を組んでうんうんと頷く。
「さぁて、そろそろ開催時間だ」
ポケットから取り出した時計に目をやって大男。またすぐに時計を仕舞いこむ。
「随分と嬉しそうじゃない」
大男の顔を見たレモンが言う。
「んぁ? ははっ。隠すつもりもねぇが、嬉しくて仕方がねぇ」
言葉どおりの顔で、大男は答える。
「さて。ボチボチ出店も開き始めるし、もすこししたらイベントもある。嬢ちゃんも、スタッフなんてことは忘れて、めいっぱい楽しんでくれよな」
歩き出しながら、大男。
「おほほ。勿論よっ! 出店クイーンと呼ばれたあたしが、全ての出店を泣かせ回ってあげるわっ!」
メラメラとバックに炎でも見えそうな勢いでレモンが答える。
「そいつぁおっかねえ。屋台の店主たちに気をつけるように言っておかないとな。ははっ」
片手を挙げて、んじゃ、楽しんでくれ。と言い残して歩き出す大男。しばらくあたりを見て回って、準備が済んでいるから確かめていく。
そしてスタッフの待機場所の仮設テントに戻り、各場所の現場リーダーからの報告を受けて、開催に必要なすべての準備が整った事を確認する。
「よっし、それじゃあ」
羽織ったハッピをパッと整え、捻り鉢巻をキリッと締めなおし。大男は続ける。
「銀幕 大 夏祭り。開催だ!」
「む。なかなかに賑わっているな」
仙蔵と薄野が祭り会場の杵間神社に着いたのは、アトラクション『甘味王の集い』の始まる15分程前だった。場所を確認してすぐさま向かった薄野に、折角だから自分も少し食べていこうと仙蔵も供にしたのだ。そして今、甘味王の会場の人だかりを見てその人の多さに驚いた所だった。
「それはそうよ。『sweet dolce』といえば甘味好きの中でも最近一気に人気が出てきたスイーツブランド。あそこのフォンダンショコラは至高の一品と称えられているほどよ。それに、『甘味処 和楽』も根強い人気の老舗ブランド……。そんな有名なブランドが無料食べ放題だなんて……何かあるわね」
手にあごを乗せて、考える仕草の薄野。仙蔵が横目に見て言う。
「……鎮殿。これは事件とは無関係な気が」
「はは。なんとなく言ってみただけですよ、仙蔵さん。それと、今日はマモル子と呼んでくださいね」
しー。と、口に人差し指を当てて薄野が言う。実は薄野。今日は女装をしての登場だった。薄野マモル子という偽名を名乗って来たのだが、以前演劇でその名前の名探偵役を演じた時の事を思い出し、思わずやってしまったのだった。
今日の薄野の姿は、黒地に白の紫陽花を咲かせた女物の浴衣。薄く化粧をした薄野には驚くほど良く似合っている。
対する仙蔵は、普段と変わらぬ着流し姿。しかし、祭りの場ではその普段着が違和感なく溶け込んでいた。
「うむ。気をつけよう……」
ほんの少し困ったような顔を見せて仙蔵。続けて言う。
「しかし、何故その姿で?」
「ん?」
その問いかけにはてな顔で返す薄野。何故ならば薄野は、外で甘味を食べるのには女装だ。という不思議な思い込みをしていたからだ。
「さーて。そろそろ『甘味王の集い』が開催されます。みなさま、どうかお好きなものを手にとってお味わいくださいませ。尚、30分を過ぎると、今回のメインイベント。『甘味王』を決める戦いが始まります。そちらにご参加くださる方は、こちらの特別席でもうしばらくお待ちください。では、今回甘味を提供してくださったブランドのご紹介に〜〜」
会場にアナウンスが流れ、薄野は特別席、仙蔵は空いている席を探して確保する。
提供ブランドの社長のメッセージ等を読み、時間を潰した所でいよいよ開催される。一般席はバイキング方式で数箇所設置されたテーブルに自分たちで取りにいく形となる。特別席の方は30分を過ぎた時から食べ始め、その皿の枚数をカウントしていく。こちらは商品名を言えば、別の場所からウエイターが持ってきてくれる仕組みだ。
「あのー」
特別席に座った薄野。近くに待機している係員に問いかける。
「今から食べちゃっても、問題ないんですよね?」
にっこりと微笑んで言う薄野に、男性係員が少し照れたようにして返す。
「あ、ええ。勿論問題ありませんよ。しかし、30分以前に食べた皿の枚数はカウントされませんが……」
「はい。構いません。では、フォンダンショコラを一ついただけますか」
はぁ。と、無線でウエイターに伝える係員。
少しして薄野前にフォンダンショコラが運ばれる。
「……あぁ。この香り」
強いカカオの香りを楽しむ薄野。特別席に座る他の参加者は、揃いも揃って甘味好きなのだが、本戦まではお腹に入れないつもりなのだろう。頼む事はしなかった。
「ちょ……ちょっとあなた」
薄野の向かいに座っていた美樹が、苦しそうに言う。
「その香りは、反則! 我慢が……」
なんとか本番まではと我慢していた美樹。しかし、向かいの席に座っていた薄野が頼んだショコラの香りに我慢の糸が切れそうになる。
「我慢……?」
なんのことだろう? と、薄野。食べないのですか? と問いかける。
「今食べ始めちゃうときっと止まらなくなっちゃうから」
悪いけど、優勝はいただくわ。と美樹。もったいないなあ。と薄野が呟く。
「一時間しかないのに、もったいないなぁ」
十分に香りを楽しんだ後、薄野はてフォークでさっと割ってみる。するととろりと溶けたチョコレートが見え、香りを一層強くする。
「うぐぐぐぅ……」
呻く美樹を見てくすりと薄野。
「いただきます」
食べ始める薄野。ゆっくり、でもあっという間に食べ終え、次の注文に入る。
「ん。フォンダンショコラも堪能したし、次はブルーベリーソースのフロマージュ。ミックスベリーのタルトに、モンブラン。あと黒ゴマシフォンもお願いします」
メニューも見ずに次々と頼んでいく薄野。甘味通の薄野。『sweet dolce』のメニューなんて全て頭の中に入っているのだ。
ペースを落とすことなく食べ続ける薄野。必死に誘惑を耐える美樹。一般席で噂のフォンダンショコラを味わってみる仙蔵。それぞれが思い思いに過ごしている中、会場に突然の乱入者が現れた。
「ちょっとちょっとー! なにこれなんなのよこれ」
一瞬、会場の殆どの人が手を止めるくらいの大きな声。見てみると、そこには聖なるうさぎ様、レモンの姿があった。レモンは注目を集めていることも気にせず、話を続ける。
「みんなで美味しそうなもの食べてるじゃない。あたしにも……。え? 無料? ほんとなの?」
途中、係員が説明に入り、アトラクションを理解するレモン。無料と聞いてさっそく席に着く。
「無料と聞いたら食べるっきゃないじゃない! 甘味王? 勿論参加するわよ。全部あたしが食べつくしてあげるわっ!」
意気揚々とレモン。そのレモンが座った隣では、美樹が顔を覆って何かを唱えていた。
「後輩……執事……兄妹」
甘味の誘惑を、萌え設定の妄想で吹き飛ばしていたのだ。
「とりあえずメニューのここからここまで持ってきてちょうだいっ!」
これ、一度言ってみたかったのよねぇ。とレモン。
「ん? この声」
一方、妄想の世界へと入っていた美樹。隣で響いたレモンの声にぴくりと顔を上げる。
「あ、レモンさぁぁん!」
がしぃ。と隣のレモンに抱きつく美樹。あら。とレモンも気が付く。
「美樹じゃない。あんたもいたのね」
「ええ。レモンさんも参加していたとは……って! レモンさんも今から食べるんですか!?」
レモンの元に運ばれてきたメニューを見てビックリしたように美樹。
「当然じゃない。全部食べつくすんだから!」
いただきまーす。と、もりもり食べ始めるレモン。
「無料のわりに随分美味しいわね」
至福の笑みでレモン。
10分、20分と時間が過ぎてゆく。薄野はやっぱり変わらぬペースで幸せそうな笑みを浮かべて食べ続ける。もう一人、やっぱり変わらずに誘惑に耐えている美樹。仙蔵は2品ほど食べた後は、座って辺りを観察していた。幸せそうに食べている者。マナーがしっかり身に付いている者など、様々な事を観察している。レモンは、メニューの4分の3ほどを食べ終え、ややペースが落ちてきた。
そして、30分が経った。
「お待たせしました。それではこれより、メインイベント。甘味王の集い、本戦を行います! 特別席の皿を全て片付け、これから食べた枚数の一番多い方が甘味王となります」
そのアナウンスに、場内が一気に盛り上がる。それまで我慢していた数名のツワモノ達が一斉にオーダーを開始する。
少し前まで誘惑と戦って呻いていた美樹も、がらりと雰囲気が変わっていた。姿勢を正し、すぅと何度か深呼吸をして、オーダーを頼んだ。
まずは我慢した自分へのご褒美にフォンダンショコラ。約一分をかけて食べる。
「あぁ……しあわせ」
恍惚の表情で美樹。そして十分に堪能した後、頭のスイッチを本気モードに切り替える。
大量のオーダーを頼み、沢山食べれるようにと事前に浴衣の中に入れていたバスタオルを抜き取ってバックに仕舞う。そのついでにバックから中華街で手に入れた漢方ドリンクを取り出す。胃薬代わりに飲むのだ。
かなり本気で勝ちを狙っている美樹。ご飯を抜いたり様々な準備の他にも、実は職場で壮行会まで開いてもらっていた。
「美樹ちゃんならいけるよ」
科捜研の仕事仲間の応援を思い出す美樹。うん。今なら誰にも負ける気がしない。と。
そうして美樹は、運ばれてきた二皿目に手を伸ばした。
一方。同時刻に開催された『サバイバルアクション』では人狼王が参加していた。
参加者は説明を聞いた後、一箇所に集められ、そこでロケーションエリアが展開される。すると辺りはアスレチックフィールドに変わり、そこを進んでいくというものだ。
参加者は人狼王を含めて11名。フィールドは館の中のような場所になり、エリア内にいる人間の風景が変わる。
「パパーぁ。頑張ってぇ〜」
エリア外から聞こえる無邪気な声援に、人狼王は振り返って笑い掛ける。
「それでは、スタートです」
アナウンスでの開始の合図と共に、参加者それぞれ立っている床のタイルが穴へと変わる。
人狼王は床の違和感にすぐさま別の床に飛び移ったが、この仕掛けで参加者のうち2人が避けれずに落ちていった。
落ちていった参加者達は、落下の衝撃で自身の耐久値以上のダメージを受けたとみなされ、エリア外に弾き出される。それがこのロケーションエリアの効果だった。中に居る者は、ダメージを受けても怪我を負わない代わりに、そのダメージが自身の耐久値を上回った時点でエリアから弾き出されてしまうのだ。
「なかなか楽しめそうなアトラクションだな」
不敵に笑ったままに、3つあった入り口の真ん中を進んでいく人狼王。
「お、おい。その道を行くのか?」
別の参加者が人狼王の背に声を掛ける。面倒そうに人狼王は振り向かずに返す。
「それぞれ好きに進めばいいじゃねーか。協力して、なんて考えてる奴ぁ少ねぇだろ」
人狼王のその言葉に、残りの8人がそれぞれ動く。左に2人。中央に2人。右に4人と別れ、人狼王の選んだ中央の道は3人となった。
「あんた結構強そうだな。どうだ? これが終わったら手合わせしてみねぇか? 楽しそうだ」
同じ道を選んだ他の参加者の内、一目で強いと解った一人に話しかける人狼王。黒いローブを纏ったその男は、ふっと小さく笑って答える。
「止めておくよ。娘に怒られてしまう」
「そーだな。そういえば俺も同じだった」
可笑しそうに笑う人狼王。
――ビュウ。
その時、前方から幾つもの矢が飛んでくる。
しかしこの程度の矢などに、人狼王は当たる事はない。全て叩き落そうと身構えた時、黒ローブの男が一歩前に出た。
――ヒュン。
一瞬、ローブの中からキラリと銀色に光る刃を見えたと思えば、次の瞬間には飛んできた矢が細切れになって落ちていた。
「見事なもんだな」
呟く人狼王。その声に次いで、今度は大きな地響きが起こる。すると前方から、道を塞ぐように大きな鉄球が転がってきた。
「んじゃあ。今度は俺が」
人狼王のその言葉に、黒ローブの男が後ろにステップする。入れ替わり前に出た人狼王は、転がってきた鉄球に拳を打ちつけ、粉々に粉砕する。八極拳の剛の技だ。
「お見事」
黒ローブの男が、お返しのようにそう呟いた。
遥が甘味王の集いの会場に顔を出した時、アトラクションは終盤を迎えていた。
空色の生地に白で花火が描かれている浴衣は、バッキーのシオンとお揃い。色々な露天を渡り歩いて楽しんでいた遥。終わる前に何か少し食べようと思い、会場に顔を出したのだった。
一般席に座り、メニューを見る遥。オススメのシールが付いていたフォンダンショコラを頼む。
時間の所為か、一般席で甘味を食べている人は数えるほどしかいない。変わりに、特別席は遠目からでは中の様子が伺えないくらいに人だかりが出来て盛り上がっていた。
「あ、おいし」
一口食べて、遥。テーブルに座っているシオンに一欠け落としてあげる。
「さぁ盛り上がって参りました。勝者は果たして……!」
場内に響いたアナウンスに、遥は人だかりの中の出来事を理解する。腕時計を見て時間を確認すると、終了までもう5分くらいしかない。
急いでショコラを食べる遥。シオンを肩に乗せ、人だかりへと混じっていく。が、そこはまさに人の壁のような人だかりで、とてもじゃないが中に入っていくことは難しそうだった。
試しに後ろで飛び跳ねて中を見ようと試みる遥。勿論中の様子は見えはしない。ぴょんぴょんと跳躍に合わせて左右で編んだ髪が揺れる。
「……ん?」
その時、人ごみに紛れていた仙蔵が、自分の後ろで大きく動いている気配に気が付いた。すぐに飛び跳ねている遥が目に入る。仙蔵は、周りの人を少し押しのけて、人が入れるスペースを作る。そうして遥の視線を捕まえると、目で合図する。
遥もすぐ仙蔵に気がつき、仙蔵の隣のスペースに入っていく。
「ありがとうございます」
仙蔵にだけ聞こえるくらいの小声でお礼を言う遥。そして視線をテーブルへと向ける。そこには、美味しそうに甘味を食べる薄野と美樹の姿があった。
「しかし、優勝を競る二人が共にムービーファンの方というのは、誰が予想できたでしょうか。しかも、共に女性」
興奮したように実況。
「一人は科捜研期待の新人。二階堂 美樹! 驚くほどのハイペースにも関わらず、丁寧に食べるその姿勢は、やはりデリケートなものを扱っているという習慣によるものでしょうか!」
どこでそんな情報を手に入れてきたのか、しかもまるで関係ないような内容だ。
「対するは注目の若手女優。薄野 マモル子! 若干個人的なことで恐縮ですが、以前演劇を見た時からの大ファンです。後でサインいただけないでしょうか? と、コホン。やはりこちらも、女優としてのマナーでしょうか、食べ方が綺麗です」
訳のわからない実況に、しかも自分が女優として紹介されている事に驚いて咳き込みそうになる薄野。小さく咳払いをして再び食べる。
「現在。約二枚の差で美樹選手がリード。しかし若干ペースの落ちてきた美樹選手に対し、マモル子選手は本戦前からまったく変わらないペース。これはどうなるかわからない!」
他の選手はもう殆ど箸が止まっている中、二人は食べ続ける。
「うぅ〜」
美樹の横で机に突っ伏して呻いているのはレモンだ。レモンは本戦前に飛ばして食べ過ぎた為、本戦開始から10分ほど、すべてのメニューを一巡したところでリタイアしていた。
「時間の方は、残り3分……! 徐々に徐々に追い上げるマモル子選手」
まわりの人だかりからお互いを応援する声が大音量で響く。
「しかし、この終盤で。両選手ともこんなに幸せそうに食べているとは、やはり甘味は人を幸せにする。ということなのでしょうか」
「さぁ。残り30秒! 枚数は並んだ。若干、美樹選手のリードでしょうか。枚数が同じ場合は、グラム計測で勝敗を決めます」
接戦に、会場のボルテージが最高潮に達する。
「さぁ……そして。終了ー!」
終了を告げる笛に、美樹と薄野がフォークを置く。
「――うおぉぉぉぉぉぉ」
会場が沸く。目に見える形で、勝敗は決していた。
お互いの皿は綺麗になっている。と、思われたが。
美樹の皿に、ほんの一口まだ残ったいた。
「優勝は、薄野 マモル子選手うぅぅぅ!」
「……完敗だわ」
湧き上がる観客の声の中、美樹が席を立って向かいに座る薄野に握手を求める。立ち上がって薄野も握手に応じる。
「いえ、勝敗なんてないですよ」
二人、笑顔で握手をした瞬間。大量のフラッシュが焚かれる。
「――激しい戦いの末、甘味女王(クイーン)がここに誕生しました!!」
「楽しかったし、いつもより美味しかった気がするわ。今度一緒にスイーツバイキングにでも行きましょう」
「ふふ。いいですね。是非に」
盛り上がる実況の中、美樹と薄野は店側としては非常に物騒な言葉を残して、甘味王の集いは幕を閉じた。
サバイバルアクションも、タイムアップが近づいてきていた。ロケーションエリアでのアトラクションなので、30分でタイムアップが設定されているのだ。
現在、まだ残って進んでいるのは、真ん中の道を選んだ人狼王のグループの3人。そして右の道を選んだグループの内の1人の計4人だった。
隠し階段。迫ってくる壁などの罠をくぐり抜けてようやく拓けた場所へと着いた人狼王達。しかし広間に入った瞬間。3人はそれぞれ別の場所へと強制的に飛ばされた。
「なるほど。はなっから団体行動じゃクリア出来ないようになってる訳か」
1人になったところで目の前に現れた恐竜のようなモンスターを見上げて人狼王は呟く。他の二人も、恐らくは似たような状況になっているんだろうと。
「――クワァァァ」
高らかに吼えるモンスターに、人狼王は先手必勝で一気に間合いを詰める。すぐさまモンスターは反応し、長い尻尾を振り回す。自身の身体以上に太い尻尾が人狼王を襲う。
その攻撃を、人狼王は容易に避ける事は出来たが、敢えて両手を広げて受け止める。叩きつけられる重量を受け、床がみしりと音を立てる。
「おあぁぁ」
そして受け止めた尻尾を勢い良く回して、その巨大な体ごと反対側へと投げ飛ばす。ぶつかった壁が轟音を立てて崩れる。
「ほら……来いよ。こんなんじゃねぇだろ」
ちょいちょいと人差し指で挑発する人狼王。挑発が伝わったのか、モンスターが吼え猛って頭から突進してくる。
ドシンドシン。地震のように床を揺らしながら走ってくるモンスター。それを動かずに迎える人狼王。
その突進が人狼王に当たる。と、思われたとき。人狼王は高く跳躍し、モンスターの頭に手をついてクルリとその首に着地する。
そして右腕を高く上げたかと思うと、一気に振り下ろす。
――ゴオォォン。
モンスターが歩いた時より、壁にぶつかった時よりも大きな揺れ。少し遅れて倒れこむモンスター。
人狼王が打ち抜いた一撃で、モンスターは昏倒したのだ。
すると人狼王はまた別の場所に飛ばされ、そこにはこのロケーションエリアを展開したスターが立っていた。
「おめでとう。クリアだ。この先に行けばエリア外に出られる」
スターの言葉に、楽しかったぜ。と返して歩いていく人狼王。エリア外に出て、係りの人から屋台の無料券を数枚渡される。受け取り、娘の方へと向かう。
「パパー!」
後ろからも同時に呼ばれた声に違和感を感じて振り返る人狼王。見てみるともう1人、少女が同じ言葉を言って手を振っている。
まさか。と思い、辺りを見てみる人狼王。するとすぐ近くに黒ローブの男が屋台の無料券を持って少女に手を振っていた。
「はっは。それじゃ、お互い祭りを楽しもうぜ」
ひらひらと無料券を振りながら、人狼王。
「そうだな」
黒ローブの返事を背中で聞きながら、人狼王は娘の元へと歩いていった。
『映画体験ツアー』の会場は、開催前からかなりの人間が訪れていた。
さすが銀幕市とあって、映画好きな人が多い。スター、ファン、一般市民を問わず、沢山の人がツアーの参加を希望していた。遥もその中の一人だった。
ジャンルを問わず映画が大好きな遥。チラシを見た時から一番に気になっていたのがこの映画体験ツアーだった。
しかしその時からずっと、どの映画のツアーを希望するかを、遥はアトラクションを前にしても未だに決めかねていた。
「うーん。やっぱりあれかなぁ。あ、でも。あっちも素敵だし。ん〜、好きな映画が多すぎて迷っちゃう……」
頭の中であれこれと思い描きながら遥。あれがいい。と思い立てば、別の映画の好きなシーンなどが思い浮かび、なかなか一つに決まらないのだ。
開催の10分前には映画タイトルと交換したい役を決めて係員にお伝えください。そんな注意書きを眺めながら、時間がない。と慌てて絞り込んでいる。
そんな風に遥がピンチを迎えている時、会場にレモンと美樹がやってきた。
甘味王の集いで食べ過ぎてしばらくダウンしていたレモン。美樹と雑談しながら時間を過ごし、回復してきた所で楽しみにしていた映画体験ツアーへ一緒にやってきたのだった。
「あたしはそうね。西部劇のカッコイイ正義のヒロイ……あら?」
美樹と一緒に希望する映画の話をしていたレモン。ふと何かに気がついて首を傾げる。レモンの視線の先には、希望映画で悩む遥の姿。
「……あ! あんたは!」
ずささ。と遥の前に走っていくレモン。急に目の前に現れたレモンに驚いている遥。
遥は、レモンが良く出入りしている家の家主の友達だったのだ。一方遥も、ムービースターとしてレモンを知っていた。
「あっ! トゥルー・ラーズ作品の聖なるうさぎ様! レモンさんですよね!?」
レモンが続きの言葉を継げるより先に遥がそう叫んだものだから、レモンは少しばかり気分が良くなって言う。
「あら。あたしのことを知ってるの? ふふん。そうよっ! あたしは聖なるうさぎ様よ! おほほほほっ」
本人の確認も取れて、はしゃいだように喜ぶ遥。
「トゥルー・ラーズ作品、大好きなんです! あ、サインお願いできませんか……!?」
いつも持ち歩いているサイン帳を出して遥。そこまで言われる事は滅多にないレモンは、少し嬉しそうにしてサインを書く。
そしてレモンが遥にサイン帳を返したとき、アナウンスが流れる。
「開催時間が迫ってきましたので、参加希望者でタイトル及び、交換したい役をまだ伝えていない方は、至急係員までお伝えください」
そのアナウンスに、まだ済ませていない遥、レモン、美樹の三人は急いで近くの係員に名前と映画タイトル、交換したい役を伝える。
遥は散々迷ったすえ、ほのぼの雰囲気のファンタジー映画のタイトルで、魔法使い役。
レモンは先ほど途中まで話していた通り、最近見た西部劇のタイトル、ヒロイン役。
美樹は家でさんざんDVD鑑賞して選んできたハードボイルド系スパイアクションのタイトル、謎の美女役。
希望を伝えた三人は、待機場所で開催時間を待つ。その間に自己紹介と挨拶を済ませた遥と美樹。遥が感心したように美樹に話し掛ける。
「それにしても、二階堂さん、珍しいですね。本物の方じゃなくてパロディの方を希望するなんて」
「……ん? なんのこと……?」
意味が分からずに問い返す美樹。よくよく聞いていくと、美樹が希望した映画タイトルの話だった。
「え、私は本物の方を希望した……はず、だけど……?」
つまりはこういうことだった。時間がなくて焦っていた美樹。希望していた本命映画のタイトルではなくて、本命映画と一文字違いのパロディ映画のタイトルを口にしてしまった。ということだった。
「そ、そんな……」
映画体験ツアーの企画を知ったときから楽しみでしょうがなく、何度も何度も家出DVDを見て予行演習を行ってきた美樹。落胆の色を隠さずに呟く。まるで絶望を目の当たりにしたような声だ。
その落ち込んだ声を聞いて、言わない方が良かったかな……。と遥も心配になる。
「それでは、開催時間になりましたので、これよりロケーションエリアを展開します。みなさまは、このロケーションエリアの効果により、一種の催眠状態に陥り、先ほど希望した映画の疑似体験をできるようになります。簡単に言いますと、夢を見ているような感覚ですので、怪我などの心配はありませんのでご安心ください」
無情にもアナウンスが流れ、ロケーションエリアが展開される。そしてそれぞれは映画の夢へと意識を飛ばす。
美樹は、半ば絶望に似た気持ちを抱えていた。
目の前で展開されるのは、大好きな映画を主軸にしたパロディ映画。感動する様々なシーンは、殆ど全てギャグで進み、意味の分からないお色気シーンに不条理な展開。しかもそのお色気シーンの担当は大半が自分なのだ。
例えばこうだ。
橋が切れて落ちそうになる美女を、不安定に揺れるヘリからロープでぶら下がった渋くて格好いい二枚目俳優が演じる主人公が手を伸ばして助けてくれるシーン。落ちるすんでの所で美女は主人公に助けられ、二人はそのまま空中で熱い抱擁を交わすのだ。
そんな感動的なシーンが、こうなる。
橋が切れて落ちそうになっている美樹を、不安定に揺れるヘリからロープでぶら下がった三枚目なコメディアンが演じる主人公が手を伸ばして助けようとする。が、すんでの所で美樹は落ち、ついでにロープが切れたコメディアンも落ちる。その後なぜか下にはトランポリンがあって、美樹とコメディアンはその上でびょんびょん跳ねながら抱き合っているのだ。
例えばこうだ。
主人公と美女が電話で仕事の話をしている場面。美女は泡風呂の中で身体を洗いながら主人公を挑発するように電話で話していく。
そんなセクシーなシーンが、こうなる。
コメディアンと美樹が電話で仕事の話をしている。美樹は泡風呂の中で身体を洗いながらコメディアンと話をしていたら、何故か家の壁を突き破ってコメディアンが携帯電話片手に浴室へと乱入してくる。そして意味も分からずに浴槽が壊れる。まぁ、美樹はその場面、水着を着ているのだけれど。
そんな感じで、美樹は泣きそうになりながら、開催時間の30分を過ごしていった。
遥が希望したのは、知る人ぞ知る良作映画。ファンタジーを軸にほのぼのと話が展開される映画だった。
話のあらすじはこうだ。
入院中の少女、ナギが、ある日不思議な世界に迷い込む。
どうにかして戻ろうとするナギは、その不思議な世界で出来た魔法使いの友達と一緒に元の世界へ戻る方法を探していく。
そして元に戻る為には色々な人の手助けをしないといけないと分かり、ナギと魔法使いは人々の手助けをしていく。その手助けと言うのは、窓ガラスを割ってしまった少年に、正直に謝る勇気をあげたり、恋に悩む少女に告白する勇気をあげたり。人々に勇気を出させる手助けばかりだった。
やがてナギは元の世界に戻ることになるのだが、ナギは友達になった魔法使いとの別れに涙する。それでもやっぱり元の世界に戻った時、不思議の世界で自分を手伝ってくれた魔法使いは、ずっと病室で一緒に過ごしたクマのぬいぐるみだったという事に、そしてそのぬいぐるみが、手術を怖がっている自分に勇気を持たせる為に不思議の世界へ連れて行ってくれたのだと、ナギは気がつく。
勇気を持って手術を受けるナギだが、手術が成功して病室へ戻る時には、魔法の力を使ったクマのぬいぐるみはその存在を消してしまう。
という物語だ。
その物語の終盤。ナギと魔法使いの別れの場面を、丁度、遥は魔法使いになって演じている。
「ナギ。ごめんね。本当は僕、ナギの世界には行けないんだ」
ぼろぼろに泣きそうになるのを堪えながら、魔法使いの遥はナギに言う。
「やだよ。約束したじゃない! 一緒に私の世界に行ってくれるって」
やだやだ。と泣きながら言うナギを、遥は優しい目で見つめて言う。
「ナギ。覚えておいて。ナギがみんなにあげた勇気のこと。その結果、どうなったか。絶対に忘れないでね。お願いだよ、ナギ」
「うん。忘れないよ。だから、いつか絶対に。今じゃなくていいから、いつか絶対に遊びに来てね。待ってるから」
またね。と、涙を流す笑顔で手を振りあう二人。いつまでも、いつまでも。お互いの姿が見えなくなるまで、二人は手を振りあっていた。
「奴がきたぞー!」
敵襲を告げる声に、レモンは馬の手綱を操って護衛対象の馬車と敵の間に自分の馬を割り込ませる。
「やっぱり……君は僕の前に立ちはだかるのかい?」
現れた敵、主人公がレモンを向いて悲しそうに笑う。
「こうしないと……あたしはあたしでいられなくなってしまうわ。例え……あんたが相手でもっ!」
きっ。と、力強い決意の目で主人公を睨みつけるレモン。
保安官として馬車の護衛の任務についたレモンと、盗賊の若頭の一騎打ちの場面。レモンは銃を抜き、片手で構えて主人公に向ける。対する主人公もレモンに銃口を合わせる。
――パァン。
重なった銃声を合図に、打ち合いが始まる。
馬を駆りながらの不安定な状態での打ち合い、早々簡単に当てれるものではない。主人公は銃の弾丸を撃ちきり、腰縄をに手を掛けてそれを振り回して投擲する。
レモンは上手に馬を操りそれを避け、主人公に銃口を向ける。まるで時間が止まったように、お互いは見つめ合う。
「……撃たないのかい?」
レモンの銃に込められた銃弾はあと1発。これを外せば、主人公は再び銃弾を込めて撃ってくるだろう。
「……くぅ」
「僕を撃つ事は出来ないかい? 子兎ちゃん」
引き金を引くのを躊躇っているレモンに、主人公が言う。改めて、主人公の格好よさにクラリと意識を失いかけるレモン。
しかしなんとか持ち直し、レモンはそっとを目を伏せ、ゆっくりと息を吸い込む。そして。
「……なめんじゃないわよ!!」
――パァン。
響く銃声。そして馬から落ちる主人公。
レモンは馬車から離れ、主人公の元へと馬を走らせる。馬を降り、倒れこんでいる主人公を見てレモンは言う。
「あんた……わざと」
「やっぱり……僕には、き……きみを撃つ事なんて、出来なかったようだ、よ」
ごほっ。と、血を吐き出しながら主人公。
「馬鹿……。あんた本当に、大馬鹿……!」
泣きながら、レモンが叫ぶ。
「は……はっ。仕方、ないさ。あの時、君に出逢ってしまった、ん、だから……」
そういい残して息を引き取った主人公の亡骸を馬に乗せ、レモンは馬車とは逆の方向へと馬を走らせるのだった。
「いいものねーぇ。ほんと、映画っていいものだわね」
映画体験ツアーを終えて、レモンがしみじみと言う。
「ですねー。素敵だったなぁ」
遥の相槌。
「…………」
無言で涙する美樹。
「えーとぉ。次は……あっ! 肝試し!」
パンフレットを見て遥が叫ぶ。
「これ去年楽しかったなぁ。あ、レモンさんと二階堂さんも行きます?」
「いいわね。おもしろそ……むむっ」
遥の言葉に、返事を返すレモン。が、途中で何か考え込む素振りを見せる。美樹のほうはまだショックが抜け切らずに聞こえていないようだ。
「むっふっふー。あ、あたしはちょっと用事が出来たから行くわね! おほほほほほっ」
突然に高笑いをながら走り去るレモン。呆然と見送る遥。
「なんだか楽しそうでしたね。二階堂さんは肝試し……あれ?」
小さく笑いながら美樹を向く遥。いつの間にか美樹も姿を消していた。
「うーん。別のアトラクションに行ったのかな」
そう結論を出して、遥は肝試し会場の方向へと歩いていった。
仮設ステージから伸びるパイプ椅子に座って、仙蔵はステージ上をぼんやりと眺めていた。
ここは『フリーステージ』の会場。誰でも思い思いにステージを使って何かを出来る場だ。
純粋に祭りを楽しむ。という目的も確かにあったが、仙蔵が祭りに来た一番の目的は違う所にあった。
『主君探し』。仙蔵は出身映画の中でずっと自らが心から仕えることの出来る主君を探し続けている。
それは銀幕市に来てからも同じことで、行く先々で常に周囲の人を観察しているのだ。自らが心から使えることの出来る主君を探して。
しかし、この祭りに限らず、いつまで経っても相応の誰かは見つからない。生涯でたった一人、心から仕える主君を見つけるというのだから、そう易々とは見つからない事くらいは仙蔵も分かってはいるのだが、やはり焦りや不安の類の感情は生まれてくる。
良い。と思える部分を持つ者ならば、ごまんといる。しかし、それだけでは駄目なのだ。良いと思う部分だけで選ぶなら、同じ要素を持つ者は恐らく沢山居る。その者でなければならない、なんらかの理由が必要なのだ。
ちらりと、ステージ上を見る仙蔵。ステージでは今、仙蔵の知らぬ誰かが歌を披露している。
例えば。今ステージで歌を歌っている者にしても、好ましいと思える部分はある。
こんな大勢の人間の前で歌を披露できる自信や行動力といったものは、なかなか持つことの難しいものだ。
ではその自信や行動力を持っているから、この者を主君としよう。というのは誰が聞いてもおかしいと分かるだろう。つまりはそういうことだった。
だからこそ、一つの習性を捉えるだけではなく、その者の持つ全てを見ようと、仙蔵は丹念に観察を続けるのだ。
「別の場所へ行ってみるか」
出来るだけ多くの場所で多くの者を見たいと、仙蔵はあまり一箇所にずっと留まる事をしない。
立ち上がり、仙蔵は歩き出した。
「たこ焼き一つ頼むわ」
「あいよっ」
威勢のいい声を張り上げて返事をする屋台の店主は、商品と引き換えに渡された屋台の無料券を見て、お。と小さく呟いた。
「にいちゃん、サバイバルアクションをクリアしたんかい。へえぇ。やるじゃねえかい」
店主は屋台の中から顔をくぐらせて、その顔をよく見ようとする。
黒のスーツに白い髪。人狼王だ。
「まぁな」
人狼王はそう答えてたこ焼きを受け取ると、娘の手を引いて歩く。
「ん? 今食べるのか?」
うん。と頷いた娘に、人狼王は繋いでいた手を離し、娘の持っていた荷物を引き受ける。お互いに片手に荷物を持って片手を繋いでいた為だ。
「火傷しないように気をつけろよ」
両手に荷物をぶら下げ、人狼王は、嬉しそうにたこ焼きのパックを開ける娘に言う。
パックを開けると、出来立ての証である湯気が飛び出し、すでにかけられている鰹節がたこ焼きの上で踊っている。
人狼王は娘が火傷してしまわないようにその様子を見ていると、たこ焼きに楊枝を刺した娘が、それを人狼王に差し出した。
「んぁ?」
予想外の事に、思わず問い返す人狼王。
「パパががんばったから、パパから。あーん」
そんなことを言われ、思わず横目で周囲を確認してしまう人狼王。
ま、いっか。
祭りの最中、勿論周囲は人だらけだったが、人狼王は気にせずに、袋を持った手で二度ほどこめかみを掻いてから、口を開けてそのたこ焼きを食べた。
嬉しそうな顔で、おいしい? と聞く娘を見ながら。
「あぁ。美味いぜ」
と微笑むのだった。
ドタドタと慌ただしい人の入れ替え。スタッフ待機場所の仮設テントでは、ひっきりなしに人が動き回っていた。
「あぁ済まねぇ。Bエリア付近で装飾が落ちちまってるらしい。誰か見に行ってくんねぇか」
「肝試しの脅かし役に数人回して欲しいってよ。誰か得意な奴いねえかい?」
「んぁ? 迷子? おう、こっち来いこっち来い。今、放送かけちゃるからな。かーちゃんくるまでちょいと俺と遊んでような」
息つく暇もなく、次々と起こるトラブルに対処していく大男。テント内のスタッフにも疲労の色が目に見え始めていた。
「ふぅ。ちいと落ち着いてきたか?」
手持ちの問題を全て片付け、大男はどっしりと椅子に座る。
「お疲れ様です。お茶、どうぞ」
「お? 悪りぃね嬢ちゃん。嬢ちゃんも色々見て回ってきてもいんだぜ」
「いえ。私はもう目的のアトラクションは参加してきましたので」
大男の言葉ににっこりと笑って答えたのは、薄野だった。
「ぉ。そいつあ良かった。何に参加したんだぁ? っと、嬢ちゃんなら、甘味王の集い。ってとこか?」
甘味王の集いが終わってから、薄野はずっとボランティアスタッフとして運営の手伝いに参加していた。
「ふふ。当たりです」
「ははっ。甘いものを喰った後は動かなきゃ。ってか?」
およそデリカシーのかけらもなく、大男は豪快に笑う。薄野も別段その言葉を気にはしないで、笑い返す。
「でも、驚きましたよ。あんな有名ブランドの甘味が無料食べ放題というのは。張り切って一か月分は食べてしまいましたよ」
あの場に居たものがここに居れば、あれで一か月分だったのかい! というツッコミが入りそうなことを、薄野はさらりと言う。
「お。嬢ちゃん分かるかぃ。実はあのブランド。ダメモトで頼みにいったらOK貰えてよ。いやぁ嬉しいもんだねい。こう、嬢ちゃんみたいなべっぴんさんの笑顔が見れるなら頼みに行った甲斐もあるってもんよ」
ふふ。と笑う薄野。大男は完全に薄野を女性と勘違いしている。
「こんにちわ〜ぁ」
そこへ、ひょっこりとテントに頭を覗かせて遥が現れる。
「おう。どしたい……ん? 嬢ちゃん。確か去年も会ったよな?」
見覚えのある遥の顔に、大男が記憶を引っ張り出しながら言う。
「あ、はいっ! 覚えていてくれたんですか!」
予想外の事に遥が喜んで言う。
「勿論よお。めんこい嬢ちゃんってのは一度見たら忘れないぜぇ俺は。たしかー、向日葵柄の浴衣だったよな。今日みたいにバッキーとお揃いにして」
「あははっ。ありがとうございます」
笑いながら言う遥に、大男は、それで、なんかあったかぃ? ともう一度訊ねる。
「いえ。近くを通ったから、いるかなーと思って。素敵なお祭りの開催、ありがとうございます!」
遥の言葉に、きょとんと大男。
「夏祭りって沢山あるけど、主催者さんによって全然違うお祭りになるから。私、大男さんのお祭り大好きです! 来年も楽しみにしていますね! ……あ、まだまだこれから楽しみますけど」
「そうですね。私も、すごく楽しんでます。ありがとうございます」
そう言って幸せそうに笑う遥と薄野を見て、大男は嬉しさでいっぱいになる。
「いやぁ、はは。まいったね。そう改まって言われると、ほっぺたが赤くなっちまうぜ」
冗談っぽく笑った後に、ありがとな。と大男。
「あ、それでは、肝試しが終わる前に行ってきますね!」
そういい残して走っていく遥。
「――大男さん。花火の準備の方、もう少し人数回して欲しいみたいです」
「――酔っ払い同士の喧嘩です」
そして平穏を崩すかのように、一気にトラブルが発生する。薄野と大男はお互いに顔を見合わせて、小さく笑う。
「さって。もうひと頑張りしますかい」
「ですね」
「ふっふっふー」
妖しい笑みで、レモンはにたりと笑った。
ここは『超肝試し大会in銀幕』の舞台裏。先ほど遥と話をしていたレモン。その話中に唐突に思いついて、レモンは今、肝試しの脅かし役としてアトラクションに参加していた。
「今日は、聖なる幽霊うさぎ様となって、脅かしまくってあげるわよ! おほほほほっ」
一方。少し離れた場所では人狼王も脅かし役として待機していた。
心底楽しそうに笑う二人は、開催の時を今か今かと待っていた。
やがて開催時間が過ぎ、最初の客たちがやってくる。
この肝試しは、いくつものルートがあって参加者が自ら選んで進める設計になっているのだ。
その客たちは不幸にも(幸運にも?)人狼王の待機しているルートを歩いてきた。
4、5人でやってきた女性集団。それまでにも何度も驚かされて来たのだろう。その足取りはおっかなびっくりで、その顔は今にも泣き出しそうだった。
人狼王の仕掛けたのはこうだった。
まず、一本道の脇に事故車と思われる車を置いておく。その助手席からは、娘がガラスを取り外したボンネットに突っ伏している。
そして、客が通り過ぎたのを見計らって、エンジン音のテープを流し、人狼王が車を押して客に迫る。その時、娘がタイミングを見計らって顔を上げると、特殊メイクで血まみれになった顔がみれるという仕掛けだ。
「ねぇ……。この車絶対なにかあるよぅ」
一人がそう漏らし、何度も車をちらちらと見ながらその横を通り抜けていく。その様子を影から見ていた人狼王は、笑いを堪えてもう少し先に行くのを待つ。
「肝試しなんだから当然でしょ」
と、別の一人。
「臆病だなぁ。何か起きたって人為的なものなんだから。気楽にいこーよ」
「でもぉ……」
程よく進んだ所で、人狼王はエンジン音を流す。びくっとして集団は振り返る。
そして人狼王は車を押して迫るわけだが、先ほどの会話に、予定よりもスピードを増す。
「ちょっと……え!?」
迫り来る事故車に驚く集団。そこに人狼王の娘ががばっと顔を上げる。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」
一番に怖がっていた一人が大声を上げて走り。その悲鳴につられた他も悲鳴を上げて逃げ出す。
遠くなっていく叫び声。そしてそこでもう一度絶叫。これが肝試しの恐怖の連鎖である。何かに驚いて足を速めた先に、別の仕掛けがあるのだ。
人狼王は、振り向いた娘と軽くサムズアップして、成功を小さく笑いあい、次の客に備えて準備を始めた。
「……はぁ」
どうしてこうなってしまったのだろう。と、美樹は考える。
映画体験ツアーでへこんでた美樹だったが、折角だから楽しまなくちゃと復活したのが、10分ほど前。その時、お祭り前に見かけた親子の微笑ましい光景(たこ焼きをあーんしている場面)を見かけて、妄想モードのままふらふらと追いかけてきて見失ったのが5分ほど前。我にかえってみると、そこは肝試し会場の目の前だった。
怖いものが苦手な美樹は、すぐにその場を離れようとしたのだが、その狼狽ぶりを見た入り口の係員に、怖いの? と話しかけられたのがまずかった。そんな訳ないでしょ! と、半ば意地と勢いで美樹は肝試しに参加してしまったのだった。
「うぅぅ」
入ってしまった以上、進むしかない。入ってきた入り口を出て行くなんてことは、それだけは絶対に出来ない。隣にいるさっきの係員になんと言われることか。
さっきの係員は、今は美樹の隣を歩いていた。なんでも、最初の方は道が複雑だから案内ということらしい。
最後まで案内してくれないかな。出来れば何もない道を。なんてことを美樹は思いながら、歩いてゆく。
「それでは、私はここまでです。この先はご自由に道を選んでいって下さい」
丁寧に案内してくれた係員にお礼を言い、歩き出す美樹。
「あ、そうそう」
いい忘れました、と後ろからの声に、美樹はなんだろうと振り向く。
「気をつけてくださいね」
「――きゃあああああああ!!!」
振り向いた係員が何故かゾンビになっていて、美樹は一目散に駆け出していく。
実はこの案内係り、ムービースターであり、人間の姿とゾンビの姿、好きな時に変身出来るのだ。
「――いやぁぁぁぁぁ!」
絶叫したまま走り続ける美樹。あっという間に次の仕掛けへと飛び込む、恐怖の連鎖に簡単に引っかかってしまう。
いくつもの仕掛けのたびに進路を変え、走り続ける美樹。家屋内を走っていたとき、突然にピタリと足を止めた。
「……ここ、通るの?」
うっすらと赤いライトで示されている道の目の前には、明らかに怪しげな日本人形。絶対に動く。あれは動く。と、美樹の勘が告げる。しかし避けて歩こうにも、道が狭くて数十センチ横をぎりぎりに通れるくらいだ。
「あぁ。でも引き返したらさっきの……」
覚悟を決めて、おそるおそる美樹は進む。
絶対に動く。絶対に動く。動いた瞬間ひっぱたいてやるんだから。
そんなことを頭の中で繰り返しながら進む美樹。そして日本人形の真横を通って警戒も最高潮に達した時。
――ぐにゃり。
不意に、足元が揺らいだ。
「ひぃぃ」
自分でも情けない声をあげてふにゃりと膝をつく美樹。すぐに立ち上がって叫びながら走り去っていく。
日本人形に気をとらせて足元の感触で脅かす。そういう仕掛けだったのだ。
「きゃぁぁああぁ!」
近づいてきた絶叫に、レモンはしめしめとほくそえむ。もう何度も脅かして、その感覚が病みつきになりつつあった。
「あれ。この声、美樹じゃないかしら」
絶叫に耳を澄ませ、聞き分けるレモン。叫び声が美樹だと確信すると、レモンはにやりとより一層口元に怪しい笑みを見せる。そして脅かす準備に取り掛かる。
レモンが選んだ方法は、古典的で、でも古来より効果は実証済みの方法。真っ白なお化けシーツに、釣竿から針金で吊るしたこんにゃく+火の玉。
それで美樹を脅かそうと配置につくレモン。すぐに絶叫しながら美樹が近づいてくる。
「いやぁぁぁぁぁ!」
よし、ここでまず火の玉を。と、前方に釣竿で火の玉を吊るしてゆらゆらと動かす。
が、美樹は止まらない。
「え、ちょ……ちょっと、止まりなさいよ!」
全速力で通り過ぎる美樹。その風圧で揺れた火の玉がレモンの被ったシーツに触れる。
「あ……」
こんなことならリアリティを求めて本物の火なんて使わなければ良かった。悠長にそんなことを頭の中で考えていたレモン。あっという間にシーツに火がまわる。
パニックになった時と言うのはなかなか冷静な判断が下せないもので、レモンはすぐに脱ぎ捨てればいいものを、パニックに叫びながらそのまま美樹を追いかける。その叫び声に気がついた美樹が振り返り、その光景にさらに叫んで逃げる。
「きゃあああああああ!」
後ろを向きながら走っていた美樹。そのまま前方にあった池に突っ込んでいき、レモンも同じように池に飛び込む。火が消えて安心したレモン。シーツを脱ぎ捨てると、その池に居た脅かし役が客が来たのかと間違えて脅かしに入る。
「ぐおぉぉ」
半身がドロドロに溶けた怪物が唸り声をあげながら池から出てくる。そこ容姿の気味の悪さに、レモンと美樹が同時に叫ぶ。
「いやあぁぁぁぁぁ」
そしてすぐさま二人でダッシュ。
怪物が見えなくなるくらいまで走ってようやく息をつく二人。そこでお互いの存在に気がつく。
「あ、レモンさん。……なにしてるんです? こんな所で」
レモンが脅かし役だったなんて気がつきもしなかった美樹。とりあえず知り合いと会えた安堵感に少し気が楽になる。
「べ、別に怖くなんてないわよ! 逆に挑んでやるんだから!」
いつの間にか脅かす側から脅かされる側になっていたレモン。叫び声を聞かれた気まずさからか、高らかに宣言する。辺りが暗かったので美樹には見えなかったが、心なしか涙目だった。
「そうですよね! こんなの別に怖くなんてないですよね! ささっ、ぱーっと突破しちゃいましょう」
一人じゃなくなって気が大きくなった美樹。
気合を入れてずんずんと進んでいった二人だったが、この後数分間は、叫び声が絶えることはなかったらしい。
「……む」
肝試し会場へとやってきた仙蔵は、屋内から響く大音量の絶叫を聞きながら、辺りを眺めていた。
前に知り合いと話をしている時に、お化け屋敷で待ち伏せしてれば、肝の据わった主君が見つかるのではないか。という話になったのを思い出し、肝試し会場へと訪れてみたのだ。
「参加をご希望でしょうか?」
入り口を見ていた仙蔵に、係員が話し掛ける。
「いや。どのような者が、入っていくのかと思ってな」
「はぁ……」
仙蔵の返事が予想外の答えだったのか、気の抜けた声で係員。
その時、通りから一直線に肝試し会場目掛けてぱたぱたと駆けてくる少女。
「はぁ……はぁ。遅くなっちゃった」
空色の浴衣に綺麗な白い花火を咲かせた少女。遥だった。
映画体験ツアー終了後、肝試しに向かっていた遥だったが、大男所に行ったり好きな映画のムービースターを見かけてサインをお願いしたりしにいってるうちに、大分遅れてしまったのだ。
「あの少女は、先ほどの」
甘味王の集いでの出来事を思い出す仙蔵。あのような少女が、肝試しに。と少し意外そうな顔をする。
「すいませーん。まだ大丈夫ですか?」
仙蔵の元にいた係員を呼ぶ遥。その際、仙蔵に気がついて会釈をする。
同じように会釈を返し、動向を観察する仙蔵。
やがて係員に案内されて中へと入っていく遥。その嬉々とした表情を見ながら仙蔵は考える。
あのような年端のいかぬ少女でも、自ら死地へと赴く覚悟をもっているのか。やはり人というのは、その外見だけではまことを知る事は出来ぬものだ。と。
最初に来た時に大音量の絶叫を聞いたものだから、肝試しとはそうとう危険な場所なのだろうと思い込んでしまった仙蔵。もっともっと観察眼を養わなければいけないと、自分を戒め、その場を去っていった。
肝試しの脅かし役の現場リーダーは、満足そうにモニターを眺めていた。
そこは肝試し会場の中枢で、現場リーダーはそこから会場全体を随時チェックしていた。
もう少しでこのアトラクションも終わる。今年は大成功だった。と感慨深げに頷いている。
彼は去年の夏祭りでも現場リーダーをしていたのだが、なんといっても去年は酷かった。考えに考え抜いた全ての仕掛けを物ともせずに、挙句笑いながら進んでいく一人の少女。いや、まるで悪魔。天使の顔をした悪魔だ。その少女は最後の秘策だった本物の幽霊である現場リーダーの存在すらも意に介さず、最後まで笑いながら肝試しを進んでいった。
その悪夢というトラウマに怯えながら開催した今回の夏祭り。大成功に終わりそうだと浮かれていた現場リーダーに、急遽報告が入った。
「リーダー。手強い少女がいます……! 至急応援を」
その報告を聞いたとき、リーダーはひやりと冷や汗がたれるのを感じた。本物の幽霊にもそういうことはあるのだ。
リーダーは、去年とまったく同じ報告に、恐る恐るモニターを確認する。
「……………………悪魔だ」
呆然とそう呟き、足のない身体で膝をついたポーズをする。
モニターには、一人の少女。去年の夏祭りで現場リーダーのプライドをずたずたに切り裂いた少女。遥の姿が映し出されていた。
遥は不思議な現象が起こればそのことに笑い。怪物のスターが現れればサインをねだり。人肉や人魂などの小道具が現れればその完成度に感心し。心底楽しそうな表情をして進んでいた。
その様子をモニター越しに見た現場リーダーは、自分じゃどうやってもあの少女を怖がらせる事など出来ないと項垂れる。
しかし、本当にそうだろうか? 現場リーダーの心にほんのささやかな灯りがともる。
自分は現場リーダーだ。自分が諦めてどうする。自分にはまだ奥の手がある。去年は使えなかった奥の手が。
それは、ロケーションエリアだった。去年は舞台を作るのにロケーションエリアを使用していたから自分も使用すると危険なので禁止されていたが、今年はそのようなことはない。
「出来る……! 今の私なら、悪魔を……いや、あの少女を、怖がらせる事が出来る!」
意気揚々と拳を固く握り。現場リーダーは遥の元へと歩き出した。
肝試しを楽しんでいた遥は、自分の周りの景色が急激に変化した事に気がついた。
「なにこれ! すっごーい。凝った仕掛け!」
遥の近くでロケーションエリアを展開した現場リーダー。この程度で驚くとは思っていなかったので、まだ想定内である。
辺りは墓地へと景色を変え、リーダーの手には一冊の本が現れる。
『怪奇の書』その本は死者を自由に操れるという本だ。墓地への変化と怪奇の書の使用が、現場リーダーのエリア効果だった。
リーダーは早速怪奇の書を使って墓地に眠る使者を掘り起こす。すると遥の回りの数個の墓地から、白骨の手が生えてきて、塀でも登ってくるように徐々に人の形になっていく。
その様子を目を丸くして見ている遥。流石にやりすぎたかな。と嬉しそうに現場リーダーが笑う。
「これ、本物……? あ、本物だ! 映像とかじゃないのにこんなに再現できるなんて!」
しかし遥は嬉しそうに墓の一つに駆け寄って、中から出てきた白骨をぺたぺたと触っていく。
くっ。とリーダーは毒づき、次の行動に移る。すると周りの骸骨の頭が不気味に揺れだす。
――カタカタカタカタカタカタ。
小刻みに揺れる頭、骨と骨がぶつかり軽快な音が気味の悪い印象を与える。
はずだった。のだが、遥は、変な踊りー。と笑い飛ばす。
次にリーダーは、別の墓から犬の骨を動かし、先ほどの人間のほねと混ぜて蘇生させる。あっという間に人面犬の完成だ。
「――!」
びくっとした様子を見せた遥に、トドメとばかりにリーダーが書をかざして命令を下す。
「人面犬だワン!」
「……」
言葉を失うリーダー。遠吠えをさせようと思っていたのだけれど、あろう事か人間と犬の言葉が微妙に混じって変な言葉を発してしまった。
「あははっ。おもしろーい」
普通に考えれば、それでも怖いはずだ。なんといっても、そのまんま犬の身体に人の頭がついているのだから。
しかし遥は怖がるどころか、嬉しそうに笑う。
その時、はっとしてリーダーは気がついた。自分が笑っている事に。そしてそれは悪巧みの笑みではなく、嬉しさから来る笑みだと。
「あぁ……そうか」
現場リーダーは、ロケーションエリアを解き、物陰から身を出して遥の前へと歩いていく。
「あ、去年の幽霊さん!」
すぐに気がつく遥。現場リーダーは頷いて、言う。
「やぁ。今年の肝試しはどうだったかな?」
「今年もすっごく楽しかったです! ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして遥。
「そうか、楽しんでもらえたならよかった」
その後2,3会話をして、遥は出口へと向かう。この後も頑張ってくださーい。と言って。
遥が去り、現場リーダーは幸せそうに微笑む。
そうだ。なにも怖がらせる為にこんなことをしている訳じゃなかったのだ。
そういう思いをして、後になってから、あの時は怖かったねー。と、幸せそうに笑いながら、そう話をしてもらいたくて、自分たちは肝試しを開いていたのだと。
幸せそうに楽しむ遥を見て、現場リーダーはその事に気づかされたのだった。
こうして、夏の終わりの祭りの時間はあっという間に過ぎてゆく。
そして気がつけば、最後のアトラクションへとなっていた。
――ヒュウゥゥゥゥ。
空に向かって伸びていく芽のように、闇の空へと光りが上ってゆく。
――パァン。
そしてその芽は、綺麗すぎるほどの大輪の光の花を夜空に咲かせる。
打ち上げられる花火を、美樹は少し離れた場所から一人座って見ていた。
屋台で買った少し季節のずれたカキ氷を口に運びながら次々と舞い上がる花火に歓声を上げる美樹。
いろいろあったけど、楽しかったな。
甘味王を目指して食べた事も。映画のタイトルをいい間違えて散々な思いをした事も。意地で入った肝試しで最高に怖い思いをしたことも。
間違いなく、全部がいい思い出になる。と。
「そうね……唯一つ、悔いがあるのなら」
美樹はそっと呟いて、キョロキョロと辺りに人がいないことを確認すと。
――パァァァァァァン。
「来年こそは恋人と一緒に来るんだから!」
大きく撃ちあがった花火に重ねて、思いっきり叫んだ。
「んー」
そしてすっきりしたように立ち上がって伸びをして、家への道を歩いていった。
――パァァン。
「……花火か」
打ち上げられた花火に、仙蔵は席を立つ。
今日一日、色々な場所を回って観察を続けていた仙蔵。
結局一番の目的である主君を見つけることは出来なかった。
まぁ。焦ってどうなるものでもない。
「いつか、必ず」
決意の為の言葉を、仙蔵は口にする。
焦るべきものではない。けれど、自分の主君となる人物は絶対に何処かにいて、そしていつか必ず、逢うことが出来ると。
そんな決意と、願いを込めて。
すぅ。と大きく数回の深呼吸をして立ち上がった仙蔵、家への道を歩き出す。
――パパァン。
「綺麗なものだな」
色とりどりの光りをばら撒いて散っていく花火を見ながら、仙蔵は呟いた。
――パパァァン。
「いよいよ祭りも締めか」
杵間神社の石段を一歩一歩降りながら、打ち上げ感覚の短くなってきた花火を見上げて、人狼王は呟いた。
背中に負ぶった娘が目を覚まさないように、ゆっくりと。
「ったく。一番いいとこを見逃しちまうんだからな」
花火を見るって起きていたのに、最初の数発をみてすぐにうとうとしてしまった娘を振り返りながら、はは。と小さく笑う人狼王。
「うぅん……パパぁ」
呼ばれたと思い、ん? と振り返る人狼王。が、すぐにそれが寝言だと気がつく。
ポスターを見て行きたいとせがまれて参加した夏祭り。
今日いっぱい。娘の幸せそうな顔が見れた。
それは人狼王にとって何よりも嬉しい事だった。
そして自分も。
――パァァァァァァン。
一段と大きな花火を見上げながら。
ほんの僅かに、微笑んだ。
――ヒュゥゥゥ。
ベンチに座り、遥は花火を見上げていた。
「覚えてる? シオン」
膝の上に乗せたシオンに遥は言う。シオンが遥を見上げる。
「去年も、お祭りの最後にこうしてシオンと花火見たんだよね」
――パァァン。
一面に咲いた花に、にこりと微笑んで遥は続ける。
「今年もシオンと一緒に来れて。この花火を眺める事が出来て、すっごく嬉しい」
「るぅ」
シオンの返事に、本当に分かってる〜? と冗談交じりに指先で突付く遥。
一通りそうしたあと、遥はくすりと小さく笑って、だから。と、続ける。
それは、去年と同じ願いの魔法。
「来年もまた、絶対に一緒に来ようね……!」
終わる事のない夢への願いを言葉の魔法にのせて、遥は言った。
「るぅ」
返事をするように鳴いたシオンと目を合わせ、遥は微笑んだ。
――パァァァァァァン!
他の場所よりも一段と大きな音の聞こえるそこに、レモンはいた。
そこは花火の打ち上げ場所だった。
セッティングや打ち出しの手伝いを、レモンはしていたのだ。
色々な角度から打ち出したり、素早く連続で打ち出したり、見ている誰かを飽きさせないようにと趣向を凝らして打ち出していくレモン。
そして頃合を見計らって、一つの花火を取り出す。それは開催前の空き時間に、レモンが職人からノウハウを教えてもらって作らせて貰った花火だった。
ふっふー。と嬉しそうにその花火をセットして打ち上げ準備をするレモン。
――ヒュウウウ…………パァァァァン!
「たーまやーーー!」
花火に合わせて大声で叫ぶレモン。が、しかし。
「あ、ちょっと! なにあれ!!」
レモンの顔をハートで囲うような形に作ったはずなのに、見てみるとなんだか良く分からない形になっていた。辛うじて見えたのは横に広がったハートの様なもの。
「覚悟してなさい! 来年こそは、もっともっと上手に作ってやるんだからっ!!」
レモンの叫び声が花火と一緒に夜空に響いた。
花火が始まった時、石段を上がってすぐ、横に伸びる森へと大男が入っていくのを、薄野は見た。
大男のその顔は、無表情。何かを思わせるその表情の理由を、薄野は知っていた。
大男は森の奥へと進み、ある所で立ち止まる。そして地面に封を切ったリンゴ飴を突き刺し、呟き始める。
「すまねぇな。あんたの幸せを奪っちまったのに、俺らばっか幸せになって」
その後も何かを呟いている大男を、薄野はじっと遠くから見ていた。
以前。杵間神社で起こった百鬼夜行の事件。その事件の事を、大男が悔いているというのを、薄野は知っていた。何故なら、その時同じ事件を担当するものとして同じ場所にいたからだ。
しかし、大男は薄野 鎮と薄野 マモル子が同一人物と気がついていない。
しばらくして、大男が立ち上がって戻ってくる。
薄野はたまたま通りかかったように装い、大男に話しかける。
「ここにいたんですか」
「んぁ? ああ。ちょいとぶらりとな」
ははっと笑う大男。そんな辛い笑いを見るのが、薄野は嫌だった。
「夏祭り、楽しかったですね。みんな笑顔で」
「ん? ああ。まぁ、そうだな……」
何気なく振舞う大男だったが、思わず語尾が小さくなる。薄野は、そんな大男の目をしっかりと見て、微笑んだ。
「大男さんがつくった、幸せですよ」
その言葉に息を呑む大男。
「今日、ここに溢れていた沢山の幸せ。私が感じた沢山の幸せ。大男さんのくれた、幸せですからね」
続く言葉に、思わず目を覆う大男。
「……ありがとな」
ポタリ、ポタリと。地面を濡らす。
一際大きな花火が、空を彩っていた。
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クリエイターコメント | こんにちは、依戒です。 季節外れの夏祭り、お届けにまいりましたー。
あぁ。楽しかったなぁ。 今回もプレイングか凝っていて、考え、組み立てていくのが楽しくて幸せでした。 それに、大男も愛してくださって。感謝です……!
みなさまも楽しんでいただけたなら、幸いです。
さて。いつものように長くなるお話は、後ほどブログの方にてあとがきを綴るとして。 ここでは心配事を一つ。
ええと、呼称とか、よろしかったでしょうか……? 若干不安な部分も、なきにしもなんとか。 間違えている部分があれば、修正いたしますので、お気軽に〜。
それでは、最後になりましたが。 シナリオに参加くださったPLの方々、そしてシナリオを読んでくださった全ての方が、ほんのひと時でも幸せな時間だと感じて下さったならば。 私はその事を嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-10-08(水) 22:00 |
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