★ 夏・百花繚乱 ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-3627 オファー日2008-06-24(火) 23:03
オファーPC 薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
ゲストPC1 レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ゲストPC2 ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
ゲストPC3 佐藤 英秋(ccss5991) ムービーファン 男 41歳 俳優
ゲストPC4 柚峰 咲菜(cdpm6050) ムービーファン 女 16歳 高校生
ゲストPC5 小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
ゲストPC6 神撫手 早雪(crcd9021) ムービースター 男 18歳 魂を喰らうもの
ゲストPC7 フェルヴェルム・サザーランド(cpne6441) ムービースター 男 10歳 爆炎の呼び子
ゲストPC8 森部 達彦(cdcu5290) ムービースター 男 14歳 中学生+殺し屋見習い
ゲストPC9 古辺 郁斗(cmsh8951) ムービースター 男 16歳 高校生+殺し屋見習い
<ノベル>

「夏祭り?」
 薄野鎮が聞き返すと、森部達彦と古辺郁斗が目をキラキラとさせて頷いた。
「海辺近くのちっこい神社で、今度の日曜日に夏祭りをやるそうなんです」
「それで、行きたいんですけど」
「行けば?」
 ひらひらと手を振る鎮に、二人は涙目でひしっとしがみついた。
「鎮さうぅっ!!」
「わかってるよ、冗談だって」
 にこにこと眼鏡の奥で微笑み、ぽんぽんとその頭を撫でてやる。
「郁斗さんずるい、お兄ちゃん私も!」
「ぐえ」
 郁斗の後ろからどかんとぶつかってきたのは、深紅の髪をしたフェルヴェルム・サザーランドだ。
「はは、元気だね、フェル」
 よしよしと撫でてやるとフェルヴェルムは満足そうに眼を細めた。
 猫かてめぇは! と言ってやりたいが、如何せんこの体制、跳ね起きたら鎮の手を払ってしまうことになる。それだけはできない。
「なに、なんの遊びー?」
「うわっ」
 だるーんと達彦の背中にのし掛かったのは、神撫手早雪である。
 いつものにこにことした笑顔を崩さぬままちらりとフェルヴェルムを見やる。それに小首をかしげて笑い返すフェルヴェルム。うん、一見ほのぼのした二人。その彼らに下敷きとされている殺し屋見習いにとっては、なかなかの試練だ。
「何やってんだ、おまえら……って、鎮さんに何してんだ!」
 べりべりと鎮から四人を引きはがしたのは、小暮八雲。達彦と郁斗の師匠、つまりは一流の殺し屋である。
「何してる、はないんじゃないのか、八雲」
 微妙に普段の鎮よりも高い声で、どこか凄むよう声で言う鎮に、ぴきん、と八雲は固まった。
「あ、あの、鎮さ……」
「お祭り」
「へ」
 緊張感を伴った空気の間にそぐわない単語が耳に入って、八雲は空気が抜け風船のように間抜けな声を出していた。それににっこりと微笑んで、鎮は眼鏡の奥で笑った。
「可愛い弟子達が夏祭りに行きたいと言っているんだ。もちろん、行くよな、八雲?」
 ぐぐ、と八雲は息を詰まらせ、がくぅっと地に膝をついた。
 駄目だ、やっぱりどうしても師匠の影が消えてくれない。
 ぎりぎりと歯噛みする八雲の隣で、フェルヴェルムと早雪がきょとんとした顔をしている。
「お祭りってなに?」
「うん、海辺近くのちっこい神社でやるんだ」
「屋台がいっぱい並ぶんだそうですよぉ」
 キラキラとした目で熱く語る二人。屋台、と小さく早雪が呟くと、ああ、と鎮が補足した。
「食べ物を売る出店のことだよ」
「いく」
 早雪、即答である。今にもよだれが垂れそうな具合だ。気のせいだろうか、お腹が鳴ったような気もする。
「あ、わ、私も行きたいです!」
 はいはいっ! と手を挙げるフェルヴェルムの頭を撫でて、そうだな、と鎮は顎に手をやった。
「せっかくだから、もっと大勢の方が良いよね」
 達彦と郁斗は顔を見合わせ、それから歓喜の声を上げた。

 ◆ ◆ ◆

 夜。目に鮮やかなのは、無数に並び飾られた赤や黄色のちょうちん。
 耳には活気あふれる人々のざわめきと、どんどん、と和太鼓の音。その合間に笛の音や鉦の音も聞こえ、さらにその合間を縫って波のさざめきが聞こえた。
「あっ……ルシファさん、こっちですよー!」
 子供用のストライプが入った黒い甚兵衛を着たフェルヴェルムがぶんぶんと手を振ると、赤地に桜の花が散った浴衣を身に纏ったルシファが手を振り返す。そのたびに手に持った赤の巾着が手首で揺れた。帯はくすみがかったピンクの幅広の兵児帯で、背中に花が咲いたような蝶結びである。いつもは二つに結んで下ろしている髪を、今日はお団子にして浴衣と同じ赤いリボンでくくっている。
 ルシファと手をつないで一緒に駆けてくるのは、双子と見まごう柚峰咲菜だ。それも当然そのはずで、ルシファを演じたのが咲菜だったからである。咲菜は桜色の浴衣に赤い花火のような花が散り、帯は鮮やかな赤で、裏地は白。羽根の左右のバランスを微妙に変えた、動きのあるマリーゴールドという可愛らしい表情の帯結びである。髪もそれに合わせたのか、茶の髪をお団子にして、左右で長さの違う三つ編みにしていた。彼女のバッキー、ののは、桜色の巾着の中に収まってちょこんと顔を出している。
「わあ、二人とも、かわいいね」
 黒地に鯉と月の模様が入った浴衣の鎮がふわりと微笑む。元々華奢な鎮である、男物の浴衣ではあるはずだが、優雅に着こなしていた。その肩では彼のミッドナイトのバッキー、雨天が真っ黒な瞳でルシファたちを見下ろしている。隣では黒無地の浴衣を乱暴に着崩した八雲が憮然とした顔で腕を組み、慣れない浴衣に四苦八苦した跡が見える濃紺無地の浴衣の早雪が軽く手を挙げている。
「この浴衣、佐藤さんが作ってくれたんです」
「レイドのはね、佐藤さんのお下がりだって」
 ふわふわと微笑む二人の後ろで、落ち着いた枯茶色の浴衣をゆったりと着た佐藤英秋と、さらにその後ろから浪の模様が入った濃藍の浴衣のレイドが仏頂面を下げて来た。まるで正反対な表情の彼らだが、見た目はそっくりである。それというのも、咲菜同様、レイドを演じたのは佐藤英秋その人だからだ。レイドは「全っ然似てない」と否定を繰り返しているが、それは目つきの差というやつである。
 レイドが何が気に入らないかって、そりゃあ佐藤英秋が一緒に夏祭りに参加するとかいうことになったことである。ルシファと咲菜が一緒なのはいい。だからってなんで英秋が付いてくるのか。いや、浴衣の提供は英秋なのだし、自分も英秋に浴衣を借りているのだから仕方がないというか当然の結果といえばそうなのだけれども。それもこれも、英秋が浴衣を作るなんてことをしたせいだ。ルシファが英秋に見せる笑顔がなんだかとっても腹立たしい。世間一般ではそれを嫉妬と呼ぶのだが、レイドはまるで気付いた様子もないのであった。
「やあ、今日はお誘いありがとうね」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
 にこりと微笑み交わす二人は、うん、大人組って感じ。だってレイドと八雲はなんか肩たたき合ってるから。その中で、早雪はマイペースを崩さない。しかし少し浮かれてはいるのか、いつもよりもほんの少しだけふわふわと浮いた体は高度を増しているように感じる。
「皆さん、そろったことですし」
「早速行こうぜ!」
 早く早くと駆け出す濃紺無地の甚平を着た達彦と、黒のかすり縞柄の甚平を着た郁斗。それにフェルヴェルム、ルシファ、咲菜と続いて、彼らの夏祭りは始まったのであった。

「あ」
 フェルヴェルムが足を止めると、ルシファと咲菜が足を止め、自然と全員が足を止めた。
「わーぁ、金魚がいっぱいいますー!」
「かわいーっ!」
 フェルヴェルムとルシファが目をキラキラとさせると、屋台のおっちゃんは上機嫌に笑った。
「はっはっはっ、いっちょやってみるかい? 掬えた数だけ持って帰ってもいいよ」
「ほんと!」
 腕まくりをして張り切るフェルヴェルム。ポイとおわんとを受け取り、早速レッツトライ。
 わくわくと舟をのぞき込む横で、ルシファと咲菜が並んでぐっと拳を握っている。ポイを水の中に入れると、さっと金魚たちは離れていく。それを追いかけているうちに、紙が破れてしまった。
「ぅ……」
 破れたポイを見る後ろで、レイドと八雲が笑った。じろりと見やると、英秋がにっこり笑って頑張って、となだめた。
「ふー君、ポイはね、水に入れると破れやすくなっちゃうだ。だから、どの金魚にするか決めてから、もう一回やってごらん」
 二つ目のポイを受け取りながら、フェルヴェルムはこくりと頷く。
 どうせ取るなら元気のいい子がいい。元気の良い小さな赤い金魚に狙いを定める。自分の前を横切るところで、ポイを水中に入れ、追いかけて、救う!
「やっ……あ、わぷっ!!」
 ばっちゃん、と音を立てて、赤い金魚は舟の中に戻ってしまった。
「おしかったね」
「もうちょっとだったのに」
「ああっ、ふー君、目、こすらないで」
 跳ねた勢いで水が目に入ってしまったようだ。英秋が慌ててハンカチを取り出し、フェルヴェルムの顔を拭いてやる。
「ありがとう、佐藤パパ」
「どういたしまして」
 英秋はにこりと微笑んだ。
「あの赤い金魚がいいの?」
 後ろから覗いていた鎮が小銭を渡しながらしゃがんだ。
「え?」
 鎮がポイを斜めに差し入れたかと思うと、左手に持ったおわんの中で赤い金魚がキョトンとこちらを見上げていた。
「おっ、兄ちゃんうまいねぇ」
「まもちゃん、すごーい!」
 おっちゃんが感心したように笑い、ルシファが目をキラキラとさせた。
 フェルヴェルムはボスンと鎮に抱きつく。それから耳元で何事か呟いてうつむいた。鎮はにこりと笑うと、ポイとおわんをフェルヴェルムに渡し、ごにょごにょと耳打ちする。フェルヴェルムは真顔で頷きながら、ポイをでんでん太鼓のように回して見たり、テニスのラケットのように振ってみたりした。やがて鎮が立ち上がると、真剣な顔で舟に向かった。ルシファと咲菜がそれを見守っている。
「どうしたんです?」
 立ち上がってきた鎮に八雲が聞くと、鎮はふふ、と笑った。
「フェルも男の子だなぁって思って」
 くすくすと微笑む鎮に、八雲は首をかしげた。口を開きかけたところで、わっと声が上がった。
「すごい、二匹同時に!」
「へへ、まぐれですよ」
 微かに頬を赤くさせたフェルヴェルムが持つおわんの中では、小赤と姉金が新たに加えられた三匹がきょろきょろと動き回っている。丁度おわんに二匹を入れたところでポイは破れてしまったので、おじちゃんに返した。
「……あ、すみません、一匹ずつ別にしてもらえますか?」
「あいよ──ほい、ありがとさん」
 ぽん、とフェルヴェルムの頭を叩きながら、おじちゃんがそれぞれ金魚の入った三つの袋を渡す。受け取って、フェルヴェルムは鎮を振り返った。小赤の入った水袋を差し出しながら、
「お兄ちゃん、ありがとう」
「いいの、僕がもらって」
 聞くと、フェルヴェルムは頷く。
「コツ教えて貰いましたし……あ、これは私が取った方です」
 鎮は微笑んで、小赤の金魚袋を受け取った。くしゃくしゃと頭を撫でつける。
 それから、フェルヴェルムはルシファを振り返った。
「はい」
「ほえ?」
 姉金が入った袋を差し出して、フェルヴェルムは笑った。
「ルシファさんに、あげます」
 きょとんと見つめる先で、赤い金魚がくるりと回る。ルシファは金魚とフェルヴェルムとを見比べて、それからふわりと笑った。
「ありがとう、フェル君! 大事にするね!」
「はい!」

「いやぁ、いいねぇ、和むねぇ」
「そうですねぇ」
 ほわほわと花を飛ばしているように見えるフェルヴェルムとルシファを、見守る英秋と咲菜。ルシファとレイドの出身映画『願い』で共演して以来、親子のような間柄である二人だ。
 咲菜は、ルシファの嬉しそうな笑顔を見て思わず顔をほころばせた。フェルヴェルムが、ルシファと咲菜をきちんと別の人間として感じていることも、咲菜には嬉しかった。銀幕市の、映画の実体化という不可思議な現象の中で、ルシファという自分が演じた役ではあるけれども、存在する一人の人間として、良い友達になれたことを純粋に心から嬉しく思っている。だから、夏祭りに誘われた時は嬉しかった。手をつないで、笑い合って、今日の出来事が心から楽しかったと思える、素敵な思い出にあるよう願う。
「咲菜ちゃーん、早く早く!」
 ルシファが大きく手を振っている。カラコロと下駄を鳴らして、咲菜は駆け寄った。

 さて、そんな和やかな雰囲気の中で、面白くないのはやっぱりレイドであった。背を向けて歩き出したのを横目に、金魚すくいの舟の前に座った。
「……おやじ、一本」
「あいよ」
 笑いを噛みしめているおじちゃんにガリガリと頭を掻いて、ポイとおわんとを受け取る。じっと泳ぎ回る金魚を見やり、隻眼を鋭くさせる。
 気合い一閃!
 ──ぽっちゃん。
 穴の開いたポイを切なく見やって、レイドは力なく立ち上がった。
 そのがっくりと落とした肩をぽん、と叩く手があった。振り返ると、八雲が親指を立てて泣いていた。なんだかイラッと来て、げしっと蹴飛ばして、ルシファ達の後を追った。
 ずりずりとゾンビのように追ってくる八雲のことは、気にしないことにした。

「あっ、これ……」
 次に足を止めたのは、ルシファだった。色とりどりの水風船がぷかぷかと浮いている。いわゆるヨーヨー釣りだ。
「きれいですね」
 フェルヴェルムが言うと、ルシファはとても良いことを思いついたようにぴょこん、と座った。
「おじさん、私やりたい! どうやるの?」
「おう、やりかたな。水風船に、糸ゴムがついてるだろう。この先に、わっかになってる部分がある。ここに、こよりの先に付いた釣り針を引っかけて、釣り上げるんだ。で、こよりが切れたらおしまい。一回で二本やるから、頑張れや」
 ふむふむと頷いて、こより片手に早速レッツトライ。
 まずは色を決める。黄色に赤やピンクの横縞が入ったものに狙いを定める。それから伸びている糸ゴムの輪にそっと釣り針を引っかけ、慎重に上に持ち上げていく。こよりから水風船の重みを感じながら、水から持ち上がったのを確認して、パッと手に取った。
「わあ、ルシファちゃん上手!」
「すごいです!」
 咲菜とフェルヴェルムが手を叩いて喜んだ。ルシファはくすぐったそうに笑う。
「やるねぇ、嬢ちゃん。ほい、もう一回」
「ふえ? もう一回やってもいいの?」
「こよりが切れるまでは、何度やってもいいんだよ」
 言われて、ルシファの目が輝いた。気合いを入れるように、ぐっと手を握って、今度は淡いピンクに白や赤や黄色の水玉模様を釣り上げた。わっと再び拍手が起きて、釣り針をゴムから外したところでこよりが切れた。
「私もやります、お願いします!」
「おー、こっちの嬢ちゃんも元気がいいなぁ」
 笑いながらこよりを渡すおじちゃん。今度は咲菜が挑戦だ。
 赤に白や黄色の斑点模様のヨーヨーを狙って、咲菜はそっと釣り針を差し入れる。しかし、なかなか思うように輪に引っかからず、引き上げようと少し負荷が掛かった途端に、こよりが切れてしまった。
「はっは、残念だったなぁ」
「もう少しだよ、咲菜ちゃん!」
「そうです、おしかったです!」
 ルシファとフェルヴェルムに励まされ、咲菜、もう一度レッツトライ。模様は少し違うが、窮屈そうにしている所ではなく、少し間のあいた場所を選ぶ。今度はうまく釣れた! その横では、ルシファが二本目のこよりでオレンジ色のヨーヨーを釣り上げている。負けじと今度は藍色のヨーヨーを釣り上げ、結果的にはルシファ四つ、咲菜三つという結果になった。
「二人ともすごいですー!」
 フェルヴェルムが興奮したように手を叩いた。鎮も八雲も、感心したようにそれを見ていた。
 ルシファはフェルヴェルムに、最初に釣り上げた黄色いヨーヨーを差し出した。
「はいっ、フェル君!」
「え?」
「さっき、金魚さんもらったから」
 言うと、フェルヴェルムは照れたように微笑み、それから受け取った。
「そうだっ、まもちゃんにも、はい!」
 黒に白や黄色の星が散ったようなヨーヨーを鎮に渡す。お面の時のように、雨天の色に合わせているようである。それを察してか、単純に微笑ましくてか、鎮はにこりと微笑んで受け取った。
「ありがとう」

「いやぁ、和むねぇ」
「そうですね。はい、佐藤さん」
 咲菜は白いヨーヨーを手渡した。
「白玉ちゃんみたいに真っ白だったので」
「わあ、本当だ。ありがとう、咲菜ちゃん。ほらほら、白玉ー」
 肩に乗ったピュアスノーのバッキー白玉に、英秋は真っ白のヨーヨーを見せてやる。白玉はくりくりとした目でそれを見つめ、首をかしげるような動作をしてぷえー、と鳴いた。

「咲菜ちゃん、はい!」
「ルシファちゃん、はい!」
 二人同時に声がそろって、ルシファはピンクの、咲菜は赤のヨーヨーを互いに差し出した。一瞬、二人そろってきょとんとして、それから同時に笑った。
『交換こね』

 さて、こんな和やかな雰囲気だと面白くないのはやっぱりレイドで。腕を組んでぶつぶつと何かを呟いている。
「レイド!」
「うわっ」
 ぴょこん、と差し出した手には、オレンジ色のヨーヨー。
「?」
「レイドにあげる!」
 えへへ、と笑うルシファに、レイドは目が点になった。力なくしたように座り込む。
「わわ、レイド? 大丈夫?」
 ルシファが心配そうにしゃがみ込む。
 ああ、まったく。
 レイドはルシファのおでこにデコピンを食らわした。
「うひゃっ?!」
「ありがとな」
 言ったレイドの手には、オレンジのヨーヨーがあった。
 それを見ていると、面白くないのが八雲である。そんな八雲の袖を引くものがあった。振り返ると、にこりと微笑む咲菜。
「はい、八雲さん」
 差し出されたのは、藍色のヨーヨーだ。
「……俺に?」
「はい」
「……なんで?」
「ふえ、あ、えと、その……ご、ご迷惑でしたか?」
「や、違う! けど、まあ、その、なんだ、えーと、どうも」
 しどろもどろになりながらも受け取ると、咲菜はふわりと微笑んだ。
 それを見てにやつく影が一つ。それを見ていたものは、ミッドナイトのバッキーのみである。

「先生ー!」
「見てください、この戦利品!!」
 達彦と郁斗が両手にお菓子やらぬいぐるみやらを抱えて走ってきた。
「おまえら、どこに行ってたんだよ」
 八雲が言うと、郁斗が興奮したように笑った。
「射的があったんで、つい夢中になってましたっ」
「本格的なライフルだったんですよぉ! 玉はコルク玉でしたけど、楽しかったですぅ」
 頬を上気させて目を輝かせる二人を見て、八雲はふと微笑んだ。殺し屋見習いとして弟子にしているが、やっぱりまだ中学生や高校生の子供なのだ。こういう笑顔を見ると、なんだかほっとすると同時に、少しばかり不安にも思った。殺し屋には情けは無用、仲間であっても、殺し合うことはあるのだ。
 もの思いに耽っていると、ふと鎮が口を開いた。
「射的かぁ。そう言えば、八雲さんたちは射撃訓練もしてるみたいだけど、誰が一番射撃が上手いの?」
 誰が一番射撃が上手いの?
 誰が一番射撃が上手いの?
 誰が一番射撃が上手いの?
 誰が一番
    一番
 射撃が
    射撃が
 上手いの?
    上手いの?
          上手いの?
                  上手いの──?

「もちろん、師匠であるこの俺様に決まってるよなぁ」
「俺には風読みがあるんです、先生には負けませんよ」
「ぼ、僕だって負けませんよぉ」
「ほほう、俺に勝てるとでも?」
「勝ちます!」
「勝手見せますぅ!」
「それじゃ勝負するか」
「受けて立ちますっ、お相手お願いします、先生!」
「お願いしますっ」
 こうして殺し屋達による本気と書いてマジと読む、射的ナンバーワン決定戦が勃発したのであった。
 ごくりと固唾を呑む傍らで。

 ぐぎゅるるるぅうくきゅるきゅるきゅるぐぅううううう。

 盛大な腹の虫の鳴く音が聞こえた。
 振り返ると、早雪が若干遠い目でレイドを見つめている。
 これは。
「め、飯っ、飯食いに行こうかっ!?」
 身の危険を感じたレイドは、声をひっくり返しながら提案する。
「でも、やっくんとたつくんといっくん……」
「あああああいつらなんか集中してるみたいだし! なっ! ほらっ、早雪の腹の音も聞こえねぇくらいに! なっ、なっ!?」
 レイドの必死の説得が通じたのか、鎮がそうだねぇ、と顎に手をやった。
「まあ、しばらく八雲さん達に声が届かないだろう事は確かだし、僕らだけで行こうか」
『わぁいっ!』
 ……と、喜んだ子供達の中で、一番喜んだのは大人組であるはずのレイドだったとかそうでないとか。

「お祭りと言ったら、やっぱりたこ焼きとか焼きそばは欠かせないよね」
「定番ですね」
 食べ歩き決行と決まれば、率先してお財布係になるのは子供大好き囲まれて幸せな佐藤英秋パパである。
「佐藤さん、自分の分くらい自分で出せますよ?」
 そう言ったのは生真面目な咲菜で、ルシファもフェルヴェルムも隣に同じく頷いたが、そこはもちろんほんわり微笑んでやんわり断り自分が支払うのが、英秋パパのクオリティ。可愛い子供達のためならエンヤコラである。
「こういう時は、おじさんの言うことを聞きなさい」
 自分がこしらえた可愛い浴衣を可愛く着こなしてくれて、笑顔を見せてくれるならば、英秋にとってこれ以上の幸せもないのだ。
「あ、早雪君、食べるの早いなぁ。もっと食べる?」
「……食べる」
 こっくりと頷いて空になった器を英秋に渡す。
「あ、これに大盛りでおかわりお願いね」
「ははっ、よく食うガキだな。ほい、大盛り! リサイクルしてくれたから、十円安くしちゃる」
「子供は元気が一番だよ。あ、本当? ありがとう、おにーさん」
「おにーさんたぁ、まったく上手いもんだぜ。よしっ、ワンパック持ってけ!」
「ええ、だって若いじゃない。わぁ、ありがとう、喜ぶよ!」
 ほくほくと戻ると、早雪が今か今かと待っていた。大盛りの焼きそばに更にワンパックついて、変化が分かりにくいが確かに嬉しそうにした。英秋は目を細くして眺める。ああ、至福の時。
「そうだ、他に食べたいものは? 何でも言ってよ、遠慮なんかしなくていいんだから」
 英秋の言に、フェルヴェルムとルシファ、咲菜は顔を見合わせた。
「あまーい」
「おいしい!」
「ふわふわですー」
「……ん、おいしい」
 三人のリクエストは、わたあめとリンゴ飴だ。
「確かに、わたあめもお祭りの定番だよね」
 鎮はリンゴ飴を口に運びながら、くっついちゃった、とか、おひげー、とか言って笑い合っている四人を眺めながら、英秋を振り返る。……が、リンゴ飴を持ったままてれーんと子供達を見つめる英秋にはまるで聞こえていないようである。
「……佐藤さん」
「ぇ、あ、なに? 鎮君も何か食べたいものがあった?」
「いや、そういうわけじゃ……」
 言いかけて、ふと鎮は笑った。
「冷たいーっ」
「頭キーンってしますー」
「でもおいしーい!」
「……もう一杯。次はいちごで」
 やってきたのはかき氷だ。フェルヴェルムやルシファ、レイドは物珍しそうに氷が削られるのを見ていた。
「わっ、フェル君、ベロが真っ青だよ、病気っ?」
「なにっ、ルシファは真っ赤だぞ!?」
「レイドさんは真緑ですー」
 こういった反応も、彼らならではかもしれない。それをも微笑ましく見守って、英秋は幸せ気分一杯である。
 ぐきゅるぐるぐるきゅう。
 早雪のお腹はこの程度では満たされないらしい。
「つぎっ、次行こう……っ!!」
 レイド、必死である。
 それから輪投げや穴あけ宝箱などを楽しみつつ、お好み焼き、イカ焼き、クレープ、チョコバナナ、焼きトウモロコシ、ソースせんべい、水あめ、クレープ、ポップコーン、ハニーカステラと露天を制覇しつつ、賑やかに食べ歩きは続いた。ちなみに、早雪は皆の二倍は軽く食べている。
 もちろん、代金はすべて英秋持ちである。そんな英秋に尊敬の目を向け始めるルシファと咲菜に、面白くないのはやっぱりこの人、レイドである。かと言って、彼の財布が温かいわけでもなく、食べるものはちゃっかりと食べながらもなんだか面白くない。
 そんなレイドを、鎮が見逃すはずもなく。これはまた一つ、からかう良いネタが出来たとほくそ笑むのであった。
「……飽きたな」
 誰にも気付かれぬほどの小さな声で、ぽつり、呟いたのは早雪だ。
 何が飽きたって、人の二倍、時には三倍も食べておいて、しかもほとんどの屋台のものを食べ尽くしてしまった早雪だったが、彼の空腹はそれぐらいじゃ収まらない。そもそも、彼の空腹はいわゆる空腹とは似て非なるものなのだ。
 食べ応えがあって、空腹が満たされるもの。
 自然、視線は某氏に向かう。
 さっきはじっと見つめていて気付かれてしまったから、今度はさりげなく近づこう。
 もきゅもきゅとイカ焼きを頬張りながら、つつつ、と不自然ではないように祭りの様子を見ているようにしながら、レイドとの距離を詰めていく。イカの足をもきゅもきゅと噛み、ごくりと飲み込む。ちらりと視線だけレイドの腕にやって、周囲に目をやった。誰も見ていない。きゅる、と早雪のお腹が鳴った。ごちそうだ──!
「早雪テメェーッ!!」
 今にも齧り付こうとした早雪の頭を、レイドの拳がゴンッと襲った。
「……ちっ」
「テメッ……今、舌打ちしたなっ!? しやがったなっ!? 食う気満々だったろっ!?」
「……。」
「黙るなーっ!!」
 ぶるぶると震えるレイドの腕を押さえ、宥めるのは英秋だ。
「まあまあ、レイド君」
「うるせぇっ、テメェは黙ってろ!」
 ぐわっと敵意剥き出して怒鳴りつけるレイド。困ったように笑いながら両手を上げる英秋の後ろから、ルシファと咲菜が加勢に出た。
「レイドさん、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか」
「そうだよ! レイド、佐藤さんに八つ当たりしないで」
 ぴきーん。
「ま、まあまあ、二人とも。そんな風に言わないの」
「でも……」
「もちろん、仲良くなりたいとは思っているけれど、強制するものでもないし、……ね?」
 しゅんと素直に従うルシファと咲菜。
 ぴきぴきーん。
 ……と来たが、今ここで怒鳴っては逆効果である。ああ、面白くない! それに、ルシファだけでも手一杯だってのに、この三人、ルシファ、咲菜、英秋が三人そろうと最強もとい最凶である。妙に団結しているし、妙に気が合うし、怒ってる自分が馬鹿らしく、しかし怒鳴らずにはいられない。ああ、ジレンマ!
 ぐおぉ、と唸っているレイドの横で、鎮が困ったように笑いながら早雪の肩に手を置いた。
「早雪さん」
「……ん」
 二、三度と瞬きをして、早雪はいつものにこにことした笑みを浮かべた。
「ほんとには、食べないよ。……面倒かけるけど、ここに居たいから」
 それに、鎮はにっこりとした笑みで答えた。
「……ん。美味しそうだな、って思うだけで、我慢する」
 それには、小さく苦笑したけれど。
「たまにはそうやって、おどかしてやってもいいよ。楽しいから」
「ん」
 大事な大事な、家族だと思う。

 ◆ ◆ ◆

 早雪のお腹もそこそこ満たされてきたところで、本気と書いてマジと読む射的ナンバーワン決定戦を繰り広げていた三人を回収した。
「すごい景品の数だね」
 鎮が呆れを通り越して感心したように言う。ルシファと咲菜は目を点にし、フェルヴェルムはぽかんとそれを見やった。早雪がその中からお菓子の景品を探し出し、自分のものにしている。
 三人で両手に抱えきれないほどのそれは、露天のおっちゃんが袋をくれたのだろう、ビニール袋にぱんぱんに入っている。それもそのはずで、なかなか勝負がつかず、射的という射的の露天を回りに回って今に至っているからだ。周りも面白半分で見物していたものだから、この人出の中でもすぐに見つけられた。
「どうするの、こんなに取っちゃって」
「「「うっ」」」
 鎮の至極真っ当な言に、殺し屋三人は言葉を失った。ゲーム機といった自分で楽しめそうなものはもちろん手元に残すとして、お菓子類は早雪が片付けるとして、幼児向けっぽいおもちゃやらぬいぐるみやらも大量にあるわけで。
「あ、このうさぎさんのぬいぐるみ可愛い!」
「こっちはねこさんですね」
 大量のおもちゃの中にそれらを見つけて、ルシファと咲菜の目が輝いた。
「ああ、欲しきゃやるよ」
「本当に! ありがとう、いっくん!」
「いいんですか?」
「もらってくれるとありがたい」
 八雲の方は切実そうな顔で言うものだから、思わず笑みがこぼれた。ちょいちょい、と袖を引かれて、達彦が振り返るとフェルヴェルム。
「あの、その」
「?」
 達彦は自分の持っている袋を見る。ひょっこりと、長い鼻が見えた。
「これですか? ちょっと待ってください……と、わ、わっ、あ、わわっ」
 埋もれていたものを取り出そうとしたせいで、上に詰め込まれた景品がボロボロと落ちる。それを英秋が拾い集めながら、達彦はようやくそれを取り出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
 フェルヴェルムは嬉しそうに、ぎゅっとぞうのぬいぐるみを抱きしめた。
「あっ」
 郁斗が声をあげ、駆けていく。
「お面! お面が売ってるぞ、達彦!」
「色々ありますねぇ」
 きらきらと目を輝かせて、二人は期待にあふれた目で八雲を振り返る。思わず後退る八雲。その脇を抜けてすっと前へ出たのは、英秋だ。
「どれが欲しいの?」
 にこりと微笑むと、達彦と郁斗はええと、と照れくさそうにしながらミッドナイトのバッキーのお面を指さした。
「おじさん、ミッドナイトのバッキー仮面、二つください」
「バッキー仮面って」
「テレビに出てきそうだな」
 レイドと八雲の呟きをよそに、屋台のおじさんは笑顔で黒いバッキーの仮面を二つ外した。
「ミッドナイトのバッキー仮面二つね、まいどっ」
 それを受け取って、英秋はお金を払うと、達彦と郁斗に渡す。
「はい」
「あ、ありがとう……ござい、ます」
 最後は消え入りそうになりながらも言い切ると、英秋はにこりと微笑んだ。 
「おい、あいつもバッキー仮面とか言ったぞ」
「熱に浮かされてんじゃねぇのか」
「何こそこそしてんの」
 二人の間に鎮がにょいっと現れ、二人はびびくんっと飛び跳ねた。
「ま、まもっ……鎮さんっ!?」
「なっ、なんでもねぇよ、突然現れんな、脅かしやがっ……て?」
 はたとしたレイドが見たものは、ミッドナイトのバッキー仮面を頭に付けた鎮であった。振り返れば、早雪も頭に付けている。見れば、ルシファや咲菜やフェルヴェルムや、果ては英秋まで付けている。ちなみにルシファと咲菜とフェルヴェルムはお揃いのピーチ、英秋はピュアスノーだ。
「……アホだ」
「アホがいる」
 もちろん、このアホとは英秋のことである。英秋としては、可愛い子供達に囲まれて幸せ気分一杯で、しかも笑顔で佐藤さんもつけましょー? と可愛らしく微笑まれたら、もちろん付けないわけがない。呆然とした二人に、ルシファと咲菜とフェルヴェルムがにっこりと微笑んでお面を差し出した。
「……何のマネだ、これは」
「佐藤さんもまもちゃんも買ったから、レイドとやっくんにも!」
「レイドさんはココアにしてみました」
 にこにこと微笑む二人。レイドはうぐ、と詰まる。二人の背後にきらきらとした期待に満ちあふれた星が見える。お面を受け取り、受け取るだけでは飽きたらず頭に被ってみせるまで、この視線がやむことはないだろう。もし断りでもしたら、まるで世界が終わりでもしたかのような悲しげな顔が待っているに違いないのだ。しかもダブルで。レイドはがくぅ、とうな垂れた。
「八雲さんは仕方がないのでお揃いのミッドナイトです」
「仕方がないってなんだ!」
「八雲」
 鎮がぴしゃりと言い放つ。その声音に、八雲はびくりと体を震わせた。
「もちろん、被るだろう、八雲」
 口元に婉然とした笑みを浮かべる鎮をそろりと振り返り、八雲は冷や汗を浮かべて低く唸った。
 八雲は、師匠にまったく頭が上がらない。そして、鎮はその師匠と瓜二つであった。ある出来事があって以来、事有る毎に師匠の口真似をしては八雲をからかい遊んでいる。何度やめてくれと頼んでも、いつも師匠の真似をされては何も言えずにはぐらかされてしまう。
「お祭り満喫! って感じだねぇ」
「お揃い、お揃い!」
 きゃっきゃとはしゃぐルシファ達を前に、お面を被った悪魔と殺し屋は魂でも吐き出しそうだ。
「そうだ、そろそろ時間だ」
「あっ、そうですねぇ、行かないと!」
 達彦と郁斗が早く早くと七人を急がせた。
「どうしたの?」
「いいからいいから!」
「こちらですぅ」
 九人は祭りの雑踏を抜け、海が見える丘へと登っていった。

「よし、達彦、誰もいないぞ」
「やりましたねぇ、特等席独占ですよぉ」
「特等席?」
 鎮が聞くと、達彦と郁斗は笑った。
 すると、高い、尾を引くようなひゅるるる、という音が真っ暗な海の方から聞こえてきた。細く消えたかと思うと、どん、という音と共に夜空に大輪の花が咲いた。それを始めとして、次々と様々の色の大輪が夜空に踊った。
「花火!」
 誰かが叫んだ。
 平割、芯割、八重芯とオーソドックスなものから、光の尾を円に引いて散っていくもの菊先や、爆発した先から外にむかって星が円形状に外へ向かって移動していく牡丹。金の花を咲かせたかと思うと花弁が垂れ下がって滝のように流れていく錦冠。まるで蜂が巣から飛び出してきたような青蜂や銀蜂。光を放ちながら天に昇り、どんと音を発したかと思うとたくさんの小さな花が咲き乱れる千輪。
 花火が一つ、また一つと打ち上げられるたびに、歓声が上がった。
 達彦と郁斗は、顔を見合わせて笑う。
 みんなの楽しそうな笑顔が、嬉しかった。

 空に放たれた大輪の花が、暗い夜空を照らす。
 その光が海にも映って花を咲かせた。
 少し遠いところからも歓声が聞こえる。
 じっとりと肌を濡らす湿気も、今この時には気にならない。
 はしゃぐような高い歓声。
 穏やかな満たされた表情で見上げる人々。
 この幸福な時間が、ずっと続けばいい。
 夏はもうすぐ終わるけれど、楽しい日々がこれからも続くことを願う。
 ひゅるひゅると音を上げながら、光の尾が天に向かって昇っていく。
 光がはじける。
 夏。
 百花繚乱。

クリエイターコメント大変大変長らくお待たせいたしました……っ!
大人数での夏祭りは、満喫していただけましたでしょうか。
楽しく賑やかで幸福なひとときを届けられたなら、幸いに思います。

口調や設定など、何かお気付きの点がございましたらば、なんなりとお申し付けくださいませ。
此度はありがとうございました!
公開日時2008-08-24(日) 11:40
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