★ a winter day for ★
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
管理番号96-3023 オファー日2008-05-05(月) 01:08
オファーPC 悠里(cxcu5129) エキストラ 女 20歳 家出娘
ゲストPC1 寺島 信夫(cwrx5489) ムービーファン 男 36歳 自由業
<ノベル>

 無料配布されていた求人雑誌を見て訪ねてみたその店は、主に関東圏を中心として展開しているチェーン店の中に組み込まれている店だった。なんでも、銀幕市ではこの店が第一号になるらしい。
 悠里を迎えてくれた社員はどうやら機嫌が良かったらしく、訊いてもいないことをベラベラと説明してくれた。それによれば、どうやら銀幕市における第一号店であるこの店には相応の力も入っているらしい。確かに、外観内装キャストの接客態度などどれを見ても、彼の言葉は真実なのだろうと肯ける。
 雑誌によれば、業種は接客を主とした内容となるはずだった。が、悠里は異様なほどに気負ってしまい、かっちりとしたスーツを身につけて来てしまった。社員に「ジーパンでよかったのに」と笑われてしまった。気恥ずかしく思いながらも、けれど悠里は内心に思う。
 しょうじきなところ、このしばらく無職で過ごしてきた。なけなしの貯金やへそくりの豚貯金箱を泣く泣く切り崩してやりくりし、地道な就活はしてきたつもりだった。でも、どうも相性が良くなかったのか――あるいは縁がなかっただけなのかもしれないが、なんにせよ、どれも結果に結びつくことはないままに終わった。だからよけいに気負ってしまったのだと、悠里は内心小さくガッツポーズを作る。
 だいじょうぶ、今度こそ……!
「ああ、そうだ。今日はもうひとり面接希望のひとがいるんだよ。悪いけど、ちょっとここで一緒に待っててもらっていいかな」
 言い残し、社員は慌しく場を後にした。どうやら急な仕事を頼まれてしまったらしい。悠里は彼に小さな会釈をみせて、案内された控え室――事務所だろうか。事務的なデスクが置かれた一室へと踏み入れた。
 その中には確かに先客がいて、それはパイプ椅子の上でそわそわと所在なさげにしているスーツ姿の男だった。
 スーツを着こんできてしまったのが自分だけでないのを知って、悠里はとても安堵した。そうして小走り気味に男に寄って、ぺこりと腰を折り曲げる。
「あのう、こんにちは。あなたもここでお仕事するんですか?」
 声をかけつつ男の顔を覗きこむ。
 男は悠里よりも年上らしい見目に――たぶん、三十過ぎぐらいだろうか――、気弱そうな面持ちを浮かべていた。
 悠里に声をかけられて驚いたのか、身体を大きく震わせて目を丸くさせ、それから改めて悠里の顔を見上げると、男は腰掛けていた椅子から飛び跳ねるようにして立ち上がり、深々と頭をさげる。
「は、はははい、こんにちはッ!」
 うわずった声で返し、次いで手慣れた動きでスーツのジャケットのポケットから名刺いれを取り出す。差し伸べられたそれは個人的に依頼して作ったものらしい、名前と携帯番号しか書かれていない、ひどくシンプルなものだった。
「てらしま、さん」
 差し伸べられた名刺を受け取って、そこに書かれてあった名前を読み上げる。呼ばれた男はにこりと頬を緩め、うなずく。
「はい。寺島信夫といいます」
「信じるに夫って書いてしのぶさんって言うんだ。あ、あたし、悠里です。悠然の悠に里でゆうり。あたしたち同期になるんですよね。よろしくです」
 寺島の表情がやわらぎ、穏やかなものになったのが嬉しくて、悠里は親しげな笑みを浮かべて手を差し伸べる。
 寺島は悠里の手を見て少し躊躇したような顔を浮かべたが、
「よろしくお願いします」
 ほどなく軽く手を握り、ゆるゆると表情を緩めて首をかしげた。

 
 寺島は、一応は副店長候補として営業に従事することになっていたようだ。悠里は一般キャストとして就いたが、いずれにせよ、ふたりとも見習いという位置からスタートすることに変わりはなかった。
 覚えることは案外と多かった。接客時の注意点、店の方針、緊急時の応対、言葉遣いエトセトラ。忙しくくるくると動き回り、休憩時にはふたりともへとへとだ。
 来るのは良い客ばかりではなく、性質の悪いクレーマーも、中にはいる。そういった客には寺島が応対し、ただひたすらに頭をさげ続けなくてはならない。
「すごいへこみますね」
 休憩時に一緒になったとき、寺島がそうボヤいたのを悠里は聞いた。
「ぼくにはこの仕事、向いてないのかもしれません」
「どうしたの、寺島さん」
 わざとらしいぐらいにうなだれている寺島の横に座り、悠里は昼食のおにぎりをほおばる。それを寺島が横目に羨ましげな顔で見ていたのに気がついて、いくつか買っておいたうちのひとつを差し伸べた。
「たまに、すごく怖いひととか来るじゃないですか」
 差し出されたおにぎりを受け取って深々と頭をさげた後、寺島は再びぽつりぽつりと言葉を告げた。
「そういうひとを前にすると、ぼく、どうしても萎縮しちゃうんですよ」
「……あー」
 そういえば、と、悠里はぼんやりと思い出す。
 そういえば昨日、見るからに性質の悪そうな人相の男が店に来ていた。コーヒーのお替りはできるのかと訊いてきて、できませんと答えたキャストに対し、怒号を撒き散らしていた。あれに対応したのも寺島だった。
「でも、寺島さんがんばってるよね。あたしも、なんかいっつも失敗ばっかしちゃうんだよね」
 言いながら、悠里は小さなため息を落とす。
 この仕事が向かないのではと思っているのは寺島だけじゃない。実際、悠里自身、口外していなかっただけで、内心そういった事を考えていたりもした。
 もちろん、努力はしている。従業員たちはキャストも社員も関係なく皆仲良くしていて、居心地も良い。客の中には常連もぱらぱらといて、悠里を覚えていて声をかけてくれるような優しい者もいる。寺島が気に病んでいるようなクレーマーばかり来るわけではなく、むしろそういった客はほんの時々、稀にしか現れないほうだ。
 しかし、努力だけではどうしても拭いきれない部分というのは、確かに存在するものだ。
 悠里は、これまで、一体何度”失敗”を重ねてきたか、自分でももはや定かでない。
 水をこぼす、運んでいた途中の料理を引っくり返す。飲み物を客の洋服にひっかけてしまいそうになったときには、さすがに心底ひやりとした。失敗で済めばまだいい。ともすれば思っている以上に大騒ぎなことになってしまいかねない。
 否。
 実のところ、ふたりとも、もうレッドカードを渡されている身なのだ。次に何かやらかしたら即クビだと、それぞれに申し渡されている。
 思い出してがっくりと肩を落とし、悠里は再び大きなため息を落とす。
「ぼくもです」
 寺島も悠里と同様、肩を落とし、深々とため息をついた。
「ねえ、寺島さん。今日、アップする時間一緒ぐらいだったよね。あたし待ってるから、終わったら一緒にご飯とか食べ行こうよ。カラオケとかさ」
「ああ、いいですねえ……でもぼく歌える歌すごく少ないですよ」
 返して弱々しく笑った寺島を見つめ、悠里はゆるゆると頬を緩める。
「じゃあ、また後でね」

 休憩時間も終わり、ふたりで仕事に戻った。給料日後という事情もあってか、営業は思いのほか混みあっている。客はひっきりなしに訪れ、厨房の中も外も皆が忙しく立ち回っていた。
 フロア内で来客をテーブルに案内している寺島を時々視界にいれながら、悠里は頭をフルに動かしつつレジを打つ。機械のように「ありがとうございました」を唱え続け、そうして、ふと、店内の一郭に生じていた異変を目にとめた。

 見たことのない男が、自分のテーブルまわりをきょろきょろと見回している。食事はもう終えているらしい。テーブルの上の食器にはナイフとフォークしか残っていなかった。
 覚えのない顔だ。ということは少なくとも常連ではない。もしかすると過去一、二度ぐらいは来ていたのかもしれないが、少なくとも、悠里はその男の顔に見覚えはなかった。
 フロア内は賑わい、全面ガラス張りの大きな窓の向こうには冬の終わりを報せるやわらかな陽光が降り注ぎ、その中を通行人が多く行きかっている。
 悠里以外、男の異変に気がついていないようだ。
 もっとも、悠里も、その男が放っている異変の正体がなんなのかを認知できなかった。それよりも会計に並ぶ客の対応をするのが先決だったし、食事を終えたなら男もレジに並ぶのだから、それを済ませてしまえば頭の隅にあるもやもやとした何かも消えてなくなるに違いない。
 数分。男がレジ前に並ばないのを不思議に思い、悠里は横目にフロアを確かめる。男がいたテーブルには、もう男の姿はなかった。キャストがテーブルを片付け始めている。――ということは、やはり、男は食事を終えているのだ。
「……?」
 首をかしげ、レジ前を検める。やはり男はいない。不穏な予感が頭をもたげ、悠里は急ぎ店内を見回して男を捜した。そうして、見つけた。
「……あぁ〜!」
 悠里は思わず意味をなさない声を叫び、次の瞬間、レジを放って駆け出していた。
 男は食事を終え、レジを無視して、混雑に乗じて店外に出ようとしていたのだ。――つまり、それは無銭飲食を意味している。いわゆる食い逃げだ。
「ち、ちょっと待ってくださいっ!」
 言いながら男を追う。男は悠里に気がついたのか、慌てて走り出した。そのまま店外に走り出そうとして、ドアの近くにいた寺島に大きくぶつかった。
「わわっ、すみませっ」
 慌てて体勢を整えた寺島は自分にぶつかった拍子に転げそうになっていた男を目にとめ、そそくさと手を差し伸べる。
 それを目にした悠里は寺島を呼び、次いで叫んだ。
「そ、そそのひと、食い逃げですっ!」
 捕まえて!
 そう続けた悠里の声に、店の中が一瞬しんと静まり返る。寺島はぽかんとした顔で悠里を見つめ、それから自分のすぐ傍でまごまごしている男に顔を向けて首をかしげた。
 男は店内の誰もが自分に注目しているのに気がついて、顔を真っ赤に染めて寺島の手を払いのけ、悠里に向き直って声を荒げる。
「テメェ! テメェが言いがかりつけっから!」
 言いながら悠里の襟を掴もうとする男の手を寺島が押さえる。悠里は咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせて首から上をかばった。殴られる――そう思ったのだ。
 が、いつまで経っても悠里には男の拳どころか指一本ですら触れてこない。そろそろと目を開けてみると、そこには必死に男を押さえ込んでいる寺島の顔があった。
 店内は騒然としている。他のキャストたちは皆一様に不安にかられた顔をして、けれど手を貸してくるでもなく、ただ遠巻きにこちらを見ているばかりだ。それは店内にいる客たちも同様で、厄介事に巻き込まれないようにと己を守っているのが見てとれた。
「け、警察……」
 呟くと、途端に、ぼんやりしていた頭が動き出す。
「警察に連絡!」
 叫ぶ。悠里のその声に、どこか蚊帳の外といった風でいた店内中が、水を打ったような静寂に包まれた。
 寺島は小さく呻きながら、やはりまだ男を押さえ込んでいる。男は悠里のことはさておき、「警察」という名前におののいたのか、今は逃げの体勢をとっていた。
 慌ててポケットを探るが、仕事中は携帯電話は事務所のロッカーにしまったままにしている。
 ――と、その時、寺島の手を振り切った男が転げるような体で店のドアに向かった。男に振り切られた拍子に体勢を崩したのか、寺島は大きくよろけて後ろの柱に頭をぶつけている。
「――ああ!」
 気がつくと、悠里は手近にあったトレイの中に手を突っ込んでいた。フォークやスプーンなんかをおさめておくためのものだ。
「ち、ちょっと! ちょっと待ちなさいよぉ!」
 男を追いかけて、引っつかんだフォークを投げつける。ナイフがなかったのは色々な意味で幸いだったかもしれない。が、フォークでも充分に凶器になりうる。周囲が再び騒然としたが、悠里にはそれを気にかけている余裕などなかった。
「食い逃げするつもりだったくせに、あんたなんか警察に行きなさいよぉ!」
 言いながらフォークを投げる。スプーンを投げつける。トレイを引っつかんでそれを投げつける。ぽかんと軽い音と共に男にあたり、床に落ちた。 
「ゆ、悠里さん!」
 寺島が慌てて悠里を止めにはいるが、悠里の耳は寺島の声をも受け入れはしない。とにかく男が逃げないように留めておかなくてはと、そればかりが頭の中にあった。
「悠里さん、落ち着いて」
 さっきまで男を押さえ込んでいた寺島が、今度は悠里を制止している。悠里は両腕を寺島に抑えられ自由を押さえ込まれてようやく、急に自我を取り戻して寺島を仰いだ。
「……落ち着いて、悠里さん」
 我に戻った悠里にやんわりとした笑みを見せてうなずき、それから急ぎきびすを返した寺島は、そのまま男を追っていった。
 男は寺島が悠里にかまけている隙に店外に逃げ出していたのだ。
「……あ」
 ぺたりと床に座り込んだ悠里を残し、寺島はそのまま店の外に姿を消す。
「警察…………」
 ぼんやりと呟いた悠里の周りで、キャストたちや客たちがようやく動き出していた。

 男は案外すんなりと捕まった。――否、駆けつけた警察に、自ら出頭してきたのだという。
 殺される、助けてくれ、早く警察に連れて行ってくれ
 男は必死になってそう訴えてきたというが、その詳細までは聞こえてこないままだった。

「――クビになっちゃいましたね」
 銀幕広場の噴水にほど近いベンチの上、寺島は缶コーヒーを開けながらぼんやりと呟いた。
 悠里はがっくりと肩を落とし、両手で包み持ったままのミルクティーを見つめる。
 食い逃げ男は、実はそこここで同じような真似を繰り返していた常習犯だった。こまごまとした窃盗なんかもしていたらしく、叩けば小さなホコリがちらほらと出てきているらしい。
 男の逮捕に一役かった悠里と寺島は、けれど、フタを開けてみれば、即日クビという結果を辿るはめになった。騒ぎを大きくしたのは間違いのないことだし、もう少し穏便に事をおさめる術だってあったはずなのだ。
 大きなため息を落とした悠里に、寺島は「コンビニでもらってきました」と言いながら求人雑誌を差し伸べた。
「次ですよ、次。――僕も、今度はちゃんと社員になろうかなあ」
 言いながら、どこか困ったような笑みで頬を緩める。
 悠里はぼんやりと頭を持ち上げて周りの景色を見やり、まだ咲く気配のない桜の木々を見つめながら首をかしげた。
「……春ぐらいには落ち着けるかなあ」
「悠里さんなら大丈夫ですよ」
「そうかなあ」
 そうですよとうなずく寺島を横目に見やり、悠里は再び肩を落とす。
「寺島さんは? 他に何かお仕事とかしてるの?」
「派遣に登録してますよ。最近はあんまり声かかりませんけど。――あと、それとは別の仕事もしてますし」
「そうなんだぁ。……あーあ、また貯金切り崩さないとなあ」
「住む場所さえあればどうにかなりますって。……あ、ちょっと失礼します」
 スーツのポケットから携帯を取り出してベンチを離れた寺島の背を一瞥する。次いで空を仰ぎ、ぼんやりとした青さに目をすがめた。
「……がんばろうっと」
 独りごち、ミルクティーの缶に指をかける。
 軽い音を立てて開いた缶から漂う甘い香りに頬を緩め、悠里は大きく深呼吸をした。 


 
continues to spring beginning  
  

クリエイターコメントまずは大変にお待たせしてしまいましたこと、心よりお詫びいたします。本当にお待たせしてしまいました。お待たせしましたぶん、少しでもお楽しみいただければよいのですが。

今回は「八重匂う〜」へつながる話をということでしたので、舞台中、季節設定は冬の終わりを組んでいます。リアルではもう夏ですね。暑い…。
裏寺島に関しても、お言葉通り、少しだけもりこんでみましたが、いかがでしたでしょうか。

これにこりず、またいずれご縁をいただければと思います。ずうずうしくてすみません。
ご発注ありがとうございました。
公開日時2008-07-07(月) 19:30
感想メールはこちらから