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<ノベル>
私は記録者である。よって名は秘す。
さて。
このところ無性に『渋い年代の殿方の記事を書きたいぞ病』が勃発し、あろうことか『ドキッ! オヤジだらけ999名の年末年始大宴会』のイベント記事担当にご指名いただく夢を見てしまい、喜びの奇声を発して飛び起きて、自分の末期症状に戦慄した次第である。念のため編集部に確認したところ平成20年12月20日現在、そんな企画はないようだ。
しかたなく涙をこらえ、頼まれてもいないのに我らが編集長の記事を書こうとつけまわしていたところ、すぐにげっそり憔悴した顔で、大変申し訳ないことながら、取材対象から外してもらえるとありがたいのだが、と、ものっそ丁重に懇願されてしまった。
……怒鳴られるより怖かった。
涙目の記録者に編集長は、そんなにオヤジの記事を書きたいならカレー屋店主槌谷悟郎45歳バツイチの24時間密着取材をしやがれ何ならそのままカレー屋にいついてもかまわんもう編集部に帰ってくるな、とまくしたて、ジャーナルに寄せられた感想コメントを見せる。
「この前ジャーナルに載ってたカレー屋GOROさんの冷蔵庫のお話、読みました♪ ステキな文章を書かれる記録者さんですね。もうすっかりゴロさんのファンです。再婚は考えてないのかしら……。きゃッ☆ カフェ店員25歳より」
……むむ。やるな編集長。自分の身代わりに犠牲者をあてがう算段に出たばかりか、無名の記録者など足元にも及ばぬ人気と実力のある記録者の記事をさりげなく意識させるという、高度な技を仕掛けてきやがった。
くっ、ま、負けるもんですか。わ、私だってゴロさんとは深〜〜いご縁があるんですからねッ!
なんたって、例のカレークエストのアレ、キラキラスプーンがまばゆいカレー王子に『銀幕市カレー』を献上する緊急プロジェクトチームが招聘されたとき、ゴロさんが参加したチームを取材させてもらったことがあるのだ。……物陰から一方的にだけど。
あのとき考案された【新鮮野菜とトロピカルフルーツの空中浮遊カレー】は、現在はカレー屋GOROのダントツ人気メニューになっていると聞き及ぶ。是非いちど試食したいと思っていたし、取材ついでに食べてみるのも悪くない。そんでもってジャーナル編集部宛に領収書切ってもらって取材経費で落としちゃうんだへへ〜ん。
すっかり食欲に目がくらんだ記録者は、いつものサングラス+黒ショールの真知子巻き+めっきり寒くなってきたので黒のコートなどを着込み、いそいそとカレー屋に赴いたのである、が。
◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
お昼どきのこととあって、鮮烈なスパイスの香り漂う店内は混雑していた。
客層は幅広い。OLさん、 学生さん、若奥様、ファンタジー系ムービースター、ガテン系な殿方などなど。
カレーの美味しさもさることながら、店主目当てのお客様も多いと推察される。皆さん、ゴロさんを見る目が熱い。
そろ〜っと入ってみたものの、すみっこの席がふさがっていたので、大胆にも店内ど真ん中の席に陣取ることにした。皆さんに負けじと、記録者も熱っぽい視線をゴロさんに送ってみる。
「店主〜! 空中浮遊カレー大盛りでお願いしますぅ〜!」
店内でも黒コートを脱がずサングラスを外さず真知子巻きな記録者に、ゴロさんは顔を強ばらせた。
客商売のこととてあからさまに嫌な顔はしないものの、どうもコイツあやしい、関わり合いになると危ない、というセンサーが働いたものらしい。
「あの〜、私、怪しいものじゃないですよ?」
「本当に怪しくないひとは、そんなことは言わないよ?」
ふっ、さすがは元敏腕プロデューサー。いい勘してるぜ。
こうなったら仕方がない。直球勝負だ。
「えっとお、実は私、名もない記録者なんですけどぉ、ゴロさんのこと記事にしたくってぇ、取材許可を」
「断る」
「うわいきなり何それ。ひっどぉい」
記録者と聞いたとたん、ゴロさんには感じるものがあったようだ。すなわち、私が過去どんな記事を書いてきたか、ピーンと来ちゃったぽいんである。
「夏の終わりに起こった、あのわけのわからない学園ムービーハザードを、大げさな表現で面白おかしく大量の捏造を加えて書いたのはきみだね?」
「やーん、ばれちゃった。筋肉表現フェチな美術教師の槌谷先生、稀に見る大反響でしたよぅ?」
「……困るんだよ。あの記事のせいで、ごく一部であらぬ誤解を招いてしまって。おまけにここの客層が……」
ゴロさんにひときわホットな視線を送っている筋肉ムキムキなガテン系殿方をちらっと見て、声を潜める。
「……バラエティ豊かになったじゃないか」
「いいじゃないですかぁ。お客様は大事にしないと。ところで私のカレーまだ?」
「…………」
ゴロさんはしばし無言で思案していたが、やがてすたすたと厨房に戻った。
すぐに、どう見ても巨大どんぶりとおぼしき器にてんこ盛りにしたカレーを持って、戻ってくる。
「お待たせしました。お代は結構です。他のお客様のご迷惑になりますので、外でどうぞ」
(う〜ん。ゴロさん、ガード固いわぁ)
結局記録者は、スプーンを突っ込んだどんぶりカレーを持たされ、つまみ出されてしまった。
せっかくなのでカレーはしっかり完食した。ものすごく美味しかった。
いきなり身体が宙に浮いたけど気にしない。
なんか顔が劇画調になった気もするけど、サングラスかけてるから無問題。
どんぶりを抱えて空中をふわふわ漂いながら、記録者は考える。
さてさて、どうしたものか。
ゴロさんがカレー屋店主である以上、いわゆるお客様向けの顔であればいつでもレポートできる。営業時間内に店に行きさえすれば。……こんなふうに追い出される懸念はあるにせよ。
しかし、ジャーナル読者が求めているのは槌谷悟郎氏の素顔というか、もっとプライベートに踏み込んだエピソードであろう。
かといって、これ以上食い下がるのも各方面に問題が生じる。
たとえば、ゴロさんが店を終えて帰ってくるのを先回りして自宅の玄関先で待ちかまえ、「うふ……♪ 来ちゃった★」などとやらかした日には速攻で通報され、記録者は銀幕署で夜明かしをする羽目になりかねない。
とすると打開策は――
(……よし。ここはひとつ、『猫の手』を借りよう)
どこぞの神父もしょっちゅう借りてる最終兵器『猫の手』。それはすなわち、面倒見の良いスーパー子猫まぁ・みぃ・むぅをその正義に燃える心につけこんで利用、じゃなくて、極上きはだマグロ缶1週間分と引き替えに助力をこいねがうということである。
さいわいにもというか、子猫たちは外見だけは普通の猫に見える。よるべない迷い猫のふりをすれば、ゴロさんは部屋に上げてくれるだろう。
そして私は3匹の中から、ツンデレな茶トラ「みぃ」に白羽の矢を立てた。
みぃをチョイスしたことに深い意味はないが、ツンデレとおじさまってロマンじゃん?
――その夜、何が起こったか。
以下、みぃの証言をもとに、ゴロさんちでのひとときを再現してみよう。
◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
「……んにゃあ」
店じまいを終え、帰りついたときには既に真っ暗だった。空気はしんと冷え、吐く息が白い。
子猫の声が聞こえたのは、悟郎が玄関扉に鍵をさし込んだときだ。振り向けば植え込みの影から、可愛らしく顔を覗かせているのが見える。悟郎と目が合った瞬間、子猫は嬉しそうに鳴き、とっとこ駆け寄ってきた。
「……捨て猫……じゃなさそうだね。毛並みがきれいだし」
「にゃあお」
人なつこく小さな頭を擦りよせてくるのを抱き上げてみる。ぱっちりと利口そうな目の茶トラだ。
「迷い猫かな? きみの飼い主は心配してるだろうね?」
「んにゃー」
「市役所に行けば、何かわかるかも知れないな。でももう遅いから、明日連れて行くとして……、今日のところは家」
で預かるとするか、と、言うや言わずのうちに、子猫は嬉しそうに「ぐるにゃーん♪」とひと声鳴いて腕をすり抜け、すととととと、と、中に入ってしまった。
リビングのソファには、柔らかそうなブランケットが無造作に丸められていた。その上にちゃっかり飛び乗るやいなや、まるで自分の指定席でもあるかのように、ぴったり前脚を揃えて座る。
さらに、「にゃあん、にゃあおぅ〜」と、何かをねだるような声。
悟郎は苦笑する。
「そうか。お腹、すいてるのかな?」
「うにゃん♪」
「うーん。食べ物は常備してないんだよね。夕食はたいてい、店のまかないですませてしまうし」
などと言いながら、悟郎は小さな冷蔵庫を開ける。
妻と暮らしていたときに家にあったものは、今は店の備品として使っている。これは後から購入したものだ。単身者用1Kマンションの備え付けのような、生活感に欠ける小さなサイズである。
見事に、飲み物しか入っていない。
それも、プレミアムソーダ、ジンジャエール、トニックウォーターその他というラインナップ。棚のうえにずらっと並べてあるウイスキーコレクションをハーフロックやハイボールで飲むためのものである。かろうじて食べ物といえるのは、香りづけ用のレモンピールとバジルが少々というありさまだ。
「お、ジャージー牛乳発見。そうだった、ホットウィスキー用に買ってあったんだ。……きみ、うちの冷蔵庫にミルクがあるのは奇跡的なことなんだよ」
「んにゃー」
あたためたミルクをカフェオレ・ボウルに入れ――このカフェオレ・ボウルは本来の用途には使っておらず、普段は乾きもの系おつまみを入れる器となりはてているようだ――床に置く。
鼻をひくつかせた子猫は、ソファから降りる。心得顔で、美味しそうに飲み始めた。
「何だかきみは不思議な猫だね。わたしの言葉を理解したうえで、気まぐれにふるまっている感じがする」
「Σんにゃ。けほっ」
子猫はなぜかびくりとし、ミルクにむせた。取り繕うように顔を前脚でこすっている。
「だけど、猫というのはそんなものかも知れないな。自然な感じで距離を置いてくれるのはありがたい。犬のように真剣でひたむきだと、こちらがつらくなるときもあるからね」
再びミルクを飲んでいる子猫に、自由に過ごしてかまわないよ、と、言い置いて、悟郎は自分用にホットウイスキーを作った。
グラスを手にソファに腰掛け、DVDをセットする。
60インチの大きなモニタに、精悍な男の横顔と、異形の生き物のすがたに似た戦闘機が映し出される。
10年ほど前にヒットしたアニメーション映画だった。
長引く戦乱のさなか、大空を自由に飛ぶことだけを望む男がいた。
戦闘機乗りを志した彼は、しかし視力が足りず、不適格者として要員から外されかけた。どうしてもと食い下がる彼に与えられたのは、呪われた機体。
これに乗るものは、家族を、友人を、恋人を、すべて失う。
だが、この機体は、機上する者だけは守る。
敵がどんな武器を放とうと、この機にだけは命中しない。他の機体が撃ち落とされようと、この機だけは悠々と飛翔を続ける。
この戦闘機は、大空の上では無敵なのだ。
いつも、彼だけが生き残る。
地上に戻った彼をあたたかく迎えてくれるものは、誰もいない。
「ふにゃあ〜」
この物語は意外な結末を迎えるのだが、子猫は興味なさそうに大あくびをした。
「はは。退屈かい?」
「……にゃう」
「これは、男性視点と女性視点では評価の分かれる作品らしい。妻もこの映画があまり好きではなかったはずなんだけど、ぼくにつきあって最後まで見てくれていた――きみのように正直にあくびをしてくれれば良かったのにね」
「にゃあ……」
節のある大きな手が、子猫の頭を撫でる。
子猫は喉を鳴らし、ソファの上にくるんと丸まった。
やがて。
映画がエンドロールを迎えるころ、悟郎は空になったグラスを手にしたまま眠ってしまい――
すっかり和んでしまった子猫もまた、うとうとしはじめ――
空が白み始めるころ。
子猫は窓からそっと、悟郎の家を後にした。
未だソファで寝息を立てている悟郎に、ブランケットを口でくわえて引っ張って、掛けてやってから。
◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆
あれれ?
ここまで書いて、記録者はふと首を捻る。
なんかこれ、いい話になっちゃってますか?
はたして読者のご要望に、応えられていますでしょうか?
ちなみに、みぃ曰く。
「んにゃっ。にゃあ。にゃああー!(訳:べ、別にあたし、素性を隠したまんまゴロさんちの猫になっちゃおうか、なんて思ってないんだからね!」
……だそうである。
――Fin.
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クリエイターコメント | このたびはステキオファーと大盛りカレーをありがとうございました。ごちそうさまでした。 あの……、また、カレー屋GOROに行ってもいいですか……あああ(つまみだされた模様)
悟郎さまのお住いが何となく一軒家ふうになってますが、すみません、ペット可マンションでしたね。 (庭付きマンションの1階というのは苦しいでしょうか?) 離婚なすったあと、引っ越した可能性もあることに今(今かよ)思い至りました。 リテイク等ございましたらば、事務局様経由にてお気軽にプリーズ〜。 |
公開日時 | 2008-12-21(日) 17:20 |
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