★ 【小さな神の手】「わくわくバッキー大運動会」準備局 ★
<オープニング>

「あなたは泣くのよ。泣いて泣いて反省するのよ、オネイロス様にあやまるのよ。ひどいことになった街を見て、苦しまなくちゃならないの」

 ともだちは言った。
 言葉通りに、リオネは泣いたし苦しんだ、と思う。
 それですべてが贖えたわけではないことは、彼女がまだ銀幕市に暮らしていることが何よりの証拠。

「おまえの魔法に踊らされ、傷つき、死んでいる者は山ほどいる。おまえが思っているよりもはるかに多いと思え」

 誰かがそう告げたように、彼女の罪は本当に重いものなのだろう。
 先日の、あの恐ろしく、哀しい出来事も、それゆえに起こってしまったことなのだ。まさしく悪夢のような一件だった。いまだ、市民たちのなかには、深い哀しみと、負った傷の痛みから逃れられないものがいる。

 だがそれでも、季節はうつろう――。

「今度は……ほんとうに、みんなのためになることをしたい。魔法をつかうのじゃなくて、このまちで、泣いているひとが笑ってくれるようなこと。リオネがやらなくちゃいけないこと。……また間違ってるかもしれないけど、今はそうしたいと思うの。ねえ、ミダス、どう思う?」
「神子の御意のままにされるがよろしかろう」
 生ける彫像の答は、思いのほかそっけないものだったが、止めはしなかった。
 ならばやはりそれは、為すべきことなのだと……リオネは考えたのである。
 銀幕市には、彼女がやってきて二度目の春が巡ってこようとしていた。

 ★ ★ ★

「『わくわくバッキー大運動会』、ですか……?」
「はいっ!」
 対策課に回ってきた書類の中の一文を困惑気味に読み上げる植村に、その企画を提出した市職員は威勢の良い声で頷いた。
「ワンちゃんの運動会のように、バッキーが競技に参加するイベントです! バッキーの徒競走とか、バッキーの障害物競走とか。ムービーファンの皆さんには各競技にバッキーをエントリーしてもらって、市民はそれを応援したり、観戦したり……。ともかく皆で楽しもう、という企画です!」
「ハァ……」
 今年の4月、学校を出たばかりで採用された新規職員の彼はフレッシュなエネルギーに満ちていた。輝く瞳で企画について熱弁をふるわれても、植村としては曖昧な相槌しか返す事が出来ない。
 それを何故、彼は自分の所に持ってきたのだろうか?
「ムービーファン、バッキーといえば対策課じゃないですか! 是非主催をお願いしますっ!」
「ええっ、ちょっと待ってください!」
 突然大きなイベントの運営をほぼ丸投げされ、植村は悲鳴のような声を上げた。
 日々様々な事件が舞い込んでくる対策課。
 それでなくても『穴』に関する調査や、先日起こった悲しい事件の影響から増える転居、人口流出の事務処理など、対策課の抱える仕事は多い。
 とてもじゃないが、この時期にイベントの主催運営など出来る筈がない。
「無理ですよ! こっちにもそんな余裕は……!」
「余裕のない時こそ、活気ある明るいイベント、です! 絶対皆喜んで参加してくれますって! あ、ねえリオネちゃん。君も見たいよね、バッキーの運動会」
「運動会……?」
 新入職員は突然植村の手から自分の企画書をひったくると、今度はそれをその日たまたま対策課に来ていたリオネに突きつけた。
 小さな女の子の賛同を得よう、という魂胆らしい。
「楽しそうでしょう? 運動会だよ。出店なんかもいっぱい呼んでね。皆喜んでくれると思うんだ。どうかな?」
「……運動会。……できたら楽しい、かな?」
「うんうん、もちろんだよ」
「……みんな、喜んでくれる、かな?」
「うんうん、喜ぶよ皆」
 無責任な職員の返しに、リオネは次第にその瞳に強い力を宿し、何かを決心するように大きく頷いた。
「うん。リオネやる。みんなの笑顔が見たいから。運動会の準備、お手伝いする!」
「えっ!?」
 思い掛けない展開に慌てる職員の後ろで、植村はリオネを見詰めていた。
 小さな彼女がここ最近、この街の為に何か自分に出来る事はないかと懸命に動き回っている事は植村も知っていた。恐らくは、リオネなりに自分の罪を心から悔い、償いたいと思っているその意識のあらわれなのだろう。
 小さな神の子の決意に、植村の顔も自然と綻ぶ。
「それじゃあ、リオネちゃんにお願いしましょうか」
「ええっ!?」
 植村の言葉に、たちまちリオネの顔が輝く。
「もちろん、他の皆さんにも協力をお願いしましょう。いいですか? イベントの広報宣伝、実際行う競技の選定、会場の準備、やる事はまだまだたくさんありますよ?」
 出来ますか? と膝を折り問えば、リオネは上気した頬で元気よく頷いた。
「はいっ!!」

種別名シナリオ 管理番号576
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
クリエイターコメントシナリオ3作目、今回のシナリオは皆さんに運動会の準備をお願いしたいと思います。

後日イベント当日として、パーティーシナリオ「わくわくバッキー大運動会」の運営を予定しています。
このシナリオは、そのパーティシナリオの事前準備会となります。

リオネと行うイベント準備と一緒に、プレイングには「実際の競技案」や「イベント当日の企画」「出店案」その他運動会を盛り上げる様々の事柄を広く募集します。
全てではありませんがシナリオで決まった事柄は、後日のパーティシナリオに反映される予定です。

皆さんで、バッキー運動会を盛り上げてください。
それではご参加、お待ちしています!

参加者
三月 薺(cuhu9939) ムービーファン 女 18歳 専門学校生
黒瀬 一夜(cahm8754) ムービーファン 男 21歳 大学生
水無月 時雨(cnrr7926) ムービーファン 男 24歳 歌手
サエキ(cyas7129) エキストラ 男 21歳 映研所属の理系大学生
コキーユ・ラマカンタ(cwuy4966) ムービースター 男 21歳 ギャリック海賊団
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
<ノベル>

「えっ、マジでー?」
「マジマジ。ホントオススメだから、一度食いに来てよ。サービスしちゃうぜぇ?」
 会うなりイキナリ意気投合し、廊下の端まで響き渡る大きな声で笑いながら会議室のドアを開けた新規職員 山西と、今回の準備会に『俺様が一肌脱ぐゼ!』と名乗り出たムービースターのコキーユ・ラマカンタは、
「あはは、やりー……、ととっ」
 一斉に向けられた複数の視線に気圧され軽く仰け反った。
 市役所内にある会議室の一室である。
 休日の穏やかな陽気が大きく取られた背後のガラス窓から差し込み、室内の彼らの表情をくらませている。
 メンバーは既に揃い踏みのようだ。
「お待たせしましたっ!」
 コキに対する気安く軽い態度とは打って変わり、山西が明るく元気な声を上げた。
「ほんま待たされたわ」
「遅いですよ先輩」
 すぐさま二方向から突っ込みが入る。
 長く美しい黒髪を一つに束ね後ろに流し、入り口近くの壁を背に不機嫌そうな表情で腕を組むのは、市内で鍵屋を営む針上 小瑠璃 (シンジョウ コルリ)。
 そして、会議室の一番奥の席から立ち上がったのは、山西の知り合いであるらしい黒瀬 一夜 (クロセ イチヤ)だ。
「集合は一時間前だってのに、ほんっと先輩は昔から……」
「わりーわりー」
 山西は悪びれず笑顔で会議室内に小走りで入ると、奥から抱えていたプリントを配り始めた。
 戸口に残されたコキは、改めてぐるりと室内を見渡した。
 奥のホワイトボードの前には、大学生のサエキ。賑やかな山西と一夜の様子を気にするでもなく、あまり動かない表情のまま白板に何やら書き込んでいる。
 こちらに向け、笑顔で頭を下げたのは三月 薺 (ミツキ ナズナ)だ。テーブルの下から、彼女の膝の上でそれまで大人しくしていたラベンダー色のバッキーがぴょこんと顔を覗かせた。
 そして、一番奥の席でどこか硬い表情のまま静かに腰掛けているのは、今回のイベント準備会の発起人でもある、リオネだった。
「これで全員か?」
「いえ、まだ水無月さんが……」
「戻りました。あ、揃ったみたいですね」
 ビニール袋を下げ入室してきた水無月 時雨 (ミナヅキ シグレ)は、失礼、とコキの前を横切ると机の上に買ってきたペットボトルを並べ始めた。
「薺さんが差し入れを持ってきてくださったので、飲み物買ってきました」
「皆さんのお口に合うといいんですけど」
 はにかみながら薺が差し出したバスケットには、様々な種類の美味しそうなクッキーが詰められている。
 カゴの中を覗きこむなり、コキが歓声を上げた。
「もしかして手作り? すげぇじゃん、美味そう〜。いっただき…………だっ!」
 アイサツもまだの初対面にも関わらず、小瑠璃の素早い平手がスナップを効かせパシッとコキの頭に炸裂した。
「立ったままがっつかない! 行儀悪いで!」
「あははっ、し〜ましぇ〜ん……」
「あっれぇ? いっちんともう1人、呼んだ筈なんだけど?」
 プリントを配り終えた山西が改めて揃ったメンバーを見渡し、首を傾げる。
「……ちょっと先輩。勝手に人の事、変なあだ名で呼ぶの止めてくれませんか、いい加減」
「あ、たぶん俺」
 心底嫌そうに顔を歪める一夜の隣で、サエキが手を上げた。
「バッキー持ちの友人が急な用事でどうしても来られないから、代わりに協力してくれって言われて来ました」
 しかし、と言葉を切り、どこか呆れたようにサエキは手渡されたプリントに目を落とした。
「まさか企画案からとは、な……」
 その呟きにつられ、一夜が深いため息をつく。
 余白の多いその企画書には、タイトルと日時、簡単なイベント内容のみが数行記されているだけだった。
「まあ、来たからには」
 手伝う、と。
 再びホワイトボードに向き直ると、サエキはその一番上に大きな文字で今回の企画名を書き始めた。
「やれやれ、これは先が思いやられるわ」
 乱暴に頭を掻きながらぼやく小瑠璃の表情は、しかし先程より幾分楽しそうだ。
「ふふふ…これはポリフェノールを…あ、いやいや、バッキーを活躍させるチャンスですからね。精一杯頑張らせていただきます。ねぇ、ポリフェノー……うわっ!」
 肩にしがみ付くココア色のバッキーを撫でようと手を伸ばすも危うく噛まれそうになり、時雨は慌ててその手を引っ込めた。
「よっしゃ! 祭だ、楽しもうぜ!」
 左の掌に、反対の拳を打ちつけコキが気合を入れる。
 立ち上がった薺がポンッと両手を優しくリオネの肩に置いた。
「リオネちゃんと一緒に、皆で頑張りましょう!」

 タン、と音を立て、サエキが最後の文字を書き終えた。
 それを揃って見上げる。

――「わくわくバッキー大運動会」準備局

 事前準備会のメンバーは、この部屋に集った8人だ。



 それぞれ簡単な自己紹介を終えた後、一番初めに手を上げたのは小瑠璃だった。
「ちょっとええかな。初めに確認っつーか言っておきたいんやけど」
 改まり、コホン小さな咳払いをひとつ、小瑠璃はテーブルに手をつくとグッと前に身を乗り出した。
「今回のイベントやけど、ファンやバッキーの運動会だけやのぉて、一般市民にも楽しんで貰いたいと思わへん?」
「あ、それ私も同じ事考えていました!」
 小瑠璃の言葉に、薺も瞳を輝かせる。
「……うん。バッキーだけじゃなく、バッキーとファンが一緒になって参加出来る競技。バッキーとスターやエキストラ、市民全員が楽しめる企画、って事ですね」
 一夜の確認に、そうや、と小瑠璃が頷き、サエキがそれを無言でホワイトボードに書き留めていく。
「今色々大変な時期やけど、こんな時こそ市民に楽しんで貰わななぁ! どうやろ?」
「いいですね」
「異議ナーシ。それで行こうぜ、どうせならパーッと派手によ!」
「あっ、はいっ! もちろんいいと思いますっ!」
 時雨とコキが賛同し、遅れ山西が頷いた。
 方向性は決まったようだ。
「あのー、質問です」
 続いて薺が控え目に手を上げる。
「この企画書ですけど。日時は書いてあるんですが、肝心の場所が……」
「うわ、ホンマや」
「普通舞台でも最低半年前には会場押さえますよ? 開催何時でしたっけ……え、1ヶ月後!?」
「今から場所なんか取れんのかよ!?」
「えっ、えっ? やっぱマズイですかっ!?」
 口々に上がる悲鳴の中、慌てる山西の横で、1人冷静な一夜が皆を制した。
「大丈夫。さっき綺羅星学園に確認を取りました。初等部の校庭を貸してくれるそうです」
 張り詰めた室内が、一斉に安堵の空気に変わる。
 脱力する周囲のため息に、一夜は口の中で乾いた笑いを零した。
 山西は、高校時代の一夜の部活の先輩だった。
 当時から、行動力と周りを引き込むパワーだけはあるものの、計画性も実行力もない山西は、周囲を巻き込み何だかんだといつも騒ぎを起こしていた。
 真面目で面倒見の良い一夜は、そんな山西のフォローに何度と無く回らされた。
 地元を離れ、現在は銀幕市で大学に通う為1人暮らしをしている一夜だったが、まさか卒業後まで、しかもこんな学区外で、かつてのようにこの男の起こす騒動に巻き込まれるとは。夢にも思わなかった一夜である。
「まあ、先輩のことだから、と思って話聞いてすぐに学園に確認取っておいて本当に良かったですよ」
「さっすがいっちん、頼りになる〜」
「だからそのあだ名……」 
「さてと。競技だけど」
 タン、タン、タン、タンと小気味よく、サエキがボードを叩く。
「こんなもんかな」
 白いボードの上には既に幾つかの競技案が記されていた。

■競技
 バッキー徒競走(バッキー&ムービーファン)
 バッキー借り物競争(バッキー&ムービーファン)
 バッキーの鬼ごっこ(バッキー、スター、ファン、エキストラ)
 バッキーの色当てゲーム(バッキー、スター、ファン、エキストラ)
 バッキー相撲(バッキー)
 バッキー障害物競走(バッキー)

「コキさんと山西さんが来られる前に、少し皆さんと話し合ってたんですよ」
 ね? と薺が周りに笑顔を向ける。
「かけっこ…徒競走は、ゴールに飼い主がいて『こっちだよー』って呼びかけて走らせる感じです。色当てゲームって言うのは、私の案なんですけど。誰でも参加オッケーで、目隠しして、バッキーの色を当てる競技です。もちろんスターの人は透視能力ある方もいると思うので、その辺はNGで」
「バッキーの鬼ごっこはうちが提案した。参加は誰でも可、自由や。バッキーはひたすら逃げて、鬼はバッキーを指定のバックに入れていく。逃げられないようにしながらな。制限時間設けて、捕まらず逃げ切れば残ったバッキーの勝利。いっぱい捕獲した鬼側の参加者には賞品、て寸法や」
 いいねー、とコキが小瑠璃の『賞品』の単語に手を叩く。
「やっぱ賞品は欲しいやろ、俄然やる気の度合いが変わってくる。あとは……、借り物競争。飼い主が引いた紙に書いてある物を、バッキーが指示通り借りてくる、とかな。もちろん借りモンにはお約束の『○○な人』なんか入れて、観客を巻き込むんや」
「ああ、『眼鏡の人』とかですね」
「美少女」
「『ムービースター』とか『ムービーファン』なんてのもいいかもしれませんね。スター疑惑の人達が巻き込まれて面白そう!」
「ペス殿」
「職業でも面白くねぇか? 『海賊』とか『吸血鬼』とかよ。スターで実体化した割合の多い種族なんてのもいいんじゃね?」
「猫耳メイドの飼い主…サンバ衣裳の飼い主……」
「……」
「…………」
「………………」
 合間合間に呟かれる謎の単語に、一同は言葉を止めた。
 突然室内に不思議な空気を作り上げた張本人であるサエキは、変わらず無表情で皆に背を向けたまま意見の出た借り物案を書き出している。
 一見常識人っぽいインテリ学生のサエキは、どうやらその外見とは違い少々変わり者のようだ。
「電卓」
「……え?」
「貸してください」
「……あっ、はいっ!」
 突然にゅっと目の前に手を出され、山西は慌てて机の上のそれをサエキに手渡した。
 周囲の視線を特に気にする事無く、サエキは何やらホワイトボードに数字を書き込みながら1人電卓を叩き出した。
「………………。あ、えっと。あとは……」
「障害物競走。マットとか平均台とか。あと小さな迷路なんかコース上に配置したらどうだろう。バッキーの体は小さいから、迷路は簡単に作れると思うし」
「うん、それいいね」
 一夜の冷静な声に、次第会議室は元の空気を取り戻した。
「このバッキー相撲、は?」
「もちろんトーナメント制です!」
 それまで柔和な笑みを浮かべ、控え目に会議に参加していた時雨が大きな声を上げた。
 トン、と机の上に置いたのは、彼のバッキー ポリフェノールである。
「最強のバッキーを決める、バッキートーナメント! ルールは簡単。決められたリングから相手を押し出すか、気絶させれば勝ち、です」
 ふふふふふ、と時雨が楽しげにやや怪しげに、肩を震わせ笑う。
「バッキー相撲! バッキーボクシング! バッキーレスリング! バッキーデスマッチ! ……ああ、血が騒ぎますね! うわっ!」
 身振り手振りを交えながら熱弁していた時雨に、気の荒いポリフェノールが突如ガブリと噛み付いた。
 今回の準備会メンバーで唯一ムービースターであるコキが、ガタンッと大げさに慄き距離を取る。
「ででで、でぇじょうぶか、アンタ……」
「ははは、大丈夫です。いつもの事なので」
 噛まれた手を擦りながら、時雨は弱い笑みを浮かべた。


「次は、当日の出店だな」
 プリントの出店の項目を指で弾きながら、コキが人懐っこい顔に浮べるその笑みを深くした。
「出店は、一般から出店者を募集する事になるだろうか」
 一夜の言葉に、薺も頷く。
「そうですね。銀幕市はお店をやってる市民の方も多いですし、やっぱり個人で好きな店を出店出来るようにしたら盛り上がると思います」
「はいはい! 俺そーゆーの得意!」
 勢いよく手を上げながらコキが得意げに胸をそらす。
「酒の肴系とか、辛いモンとかは任せてよ。あとさ、考えたんだけど。各ムービー毎の名物料理なんか出店して貰うっての、どう?」
「あ、楽しそうですねー!」
「だろだろ?」
 同じ料理好き同士、コキと薺が揃って盛り上がる。
「それと、当日の企画。私考えたんですけど。イベントの一環としてバッキーをイメージした創作料理のコンテストを催してはどうでしょうか? 出店の出店者でも、当日それだけ作ってきての参加でも可能、という事にして」
「うん、ええんやない? 面白そうで」
「こっちの、ファッションショーは誰の案ですか?」
「あ、それも私です」
 再び薺が手を上げた。
「そっちは裁縫のコンテストで。洋服とか、仮装とか、バッキー用の衣装を作るんです。誰でも参加可、ムービーファンからバッキーを借りてのエントリーもオッケーという事にして。いかにバッキーを輝かせるか、の勝負です」
「あはは、それも面白いやん」
「実際個性的な格好をしたバッキーも多いしな」
「よしっと、それも決まり!」
 コキの言葉に、サエキが新たに企画案をホワイトボードに書き足していく。

■出店
 スターファンエキストラ問わず、一般から広く募集
■企画
 バッキーをテーマにした創作料理コンテスト
 バッキーファッションショー

 こりゃ盛り上がるぜぇ〜、と弾んだ声のコキに肩を叩かれ、薺は嬉しそうに笑みを返した。


「さてと。大体出揃ったかな?」
 皆でホワイトボードに並んだ案を眺め、一息つく。
 それぞれ飲み物や、薺のクッキーに手を伸ばしながら、一休みの緩やかな空気が流れる中、そうや、と小瑠璃が声を上げた。
「チーム分けはどうするんや?」
「ああ」
 肝心の運動会のルールについて、今更ながら上がった確認に一同は声を漏らす。
「それは俺も考えていました」
 小瑠璃に向け頷きながら、一夜が意見を発す。
「やっぱり運動会のように組み分けした方が、ルールも明確に分かっていいと思うんだが」
「まあ、団体戦の方が盛り上がるっちゃ盛り上がるわなー?」
「あーそれなんだけどー」
 誰よりも薺のクッキーを貪り食べていた山西が、口の端のクズを拭いながら間延びした声を上げた。
「今回は組み分けはナシで」
「え?」
「そりゃまた、どうして」
 当然の疑問に、山西は彼にしては落ち着いた声で手元の資料を捲った。
「うん、今回のイベントは朝から夕方まで結構長い時間開催予定なんだけど。気軽に楽しんで貰いたいんですよ、市民の皆さんに。もちろん全競技出場してもいいし、気軽に一種目だけ出て、あとは出店とか企画とか他の事楽しんでもいいし。それに運動会のメインはやっぱりバッキーで、きっちりチーム分けしちゃったらスターやエキストラの人は入れないでしょう。だから皆で楽しむ事を考えたら、チーム分けはしない方がいいかなって……」
「なるほど……」
 その説明に、元気だけが取り柄の山西にしては考える所はちゃんと考えているんだな、と誰もが感心しかけた。
 しかし。
「……って。植村さんが言ってました!」
「だああぁぁぁっ」
「や、やっぱり……」
「そんなこったろーと思ったぜ」
 あっさりオチをつけられ、一同一斉に脱力する。
「んじゃ、ひとまずチーム分け、組み分けはナシって事で」
「受付作って、バッキーエントリー制にして、競技への参加は各自自由、だな」
「自分のバッキーが解らんようなるファンはおらへんと思うけど。念のため、エントリーナンバー入りのリストバンド付けて貰おか。バッキーにも、おそろいのタグなんか作ってな」
「ミサンガなんかどうでしょう。リストバンドと同じ色にして編みこんだ組み紐。バッキーの首や腕や足に付けて貰うんです」
「よし、そうしよか」
「ちょっと、バッキー持ちに確認してもいいか?」
 それまで一言も発さず、ずっとホワイトボードの数字を腕組みのまま眺めていたサエキが突如振り返った。
「ハイ、なんでしょうか?」
「バッキーの走る速さってどれ位だろう?」
 ボードに書かれた楕円と数字から、どうやらサエキが計算していたのは、バッキーサイズの競技用トラックの実際の大きさだったようだ。
 突然の確認に、ムービーファンの3人は互いに顔を見合わせた。
「えー……っと。実際計った事ないので……」
「俺んトコのは動き鈍いな……」
「結構個体差、ありますからね。私のバッキーは気性荒いですし。それぞれではないでしょうか?」
「うーん……」
 その答えに、サエキは眉を寄せた。
「一度実際に走らせて平均出す必要があるな、これは。でないと、トラックもそうだけど、実際競技に掛かる時間も分からない」
「ま、必要やろうね」
「あと、もう一個」
「ハイ?」
「バッキーは、ダンスは踊れるか?」
「え?」
 マジックでサエキがボードの上指し示したのは、開会式と閉会式の項目だった。
「運動会といえば、開会式の後に体操で、シメはフォークダンスだろう?」
「あー……」
 バッキー同士のフォークダンスを想像し、その可愛らしい姿に一同は思わず吐息をもらす。
「でもな」
 しかし残念そうに、机の上で腹ばいになる自分のバッキーを撫でながら、一夜は言った。
「たぶん、難しいだろうな。バッキーはそんなに難しい事は出来ないんだ。走ることとか、簡単な命令ならきくけど、ダンスを教えるとなると……」
「難しいでしょうね」
 時雨も同じ表情で頷く。
「そうか……」
 呟いたサエキは顎に手を当てしばらく無言だったが、突如顔を上げ謎の言葉を発した。
「そうだ、コスチュームBアル」
「は?」
 サエキの語尾もアレだが、突然飛び出したファングッズの名称には、一同驚き目を丸くした。
「開会式後は、飼い主同伴、要コスチュームB着用でラジオ体操アル!」
「ええええっ!!!」
 一斉に声を上げたのはムービーファン達だ。
 ロケーションエリアの効果を軽減するというバッキー着ぐるみ型のあのファングッズは、人前で着るにはかなり恥ずかしく、かなり勇気がいる。
 慌てて止めようとしたファン達の横から、明らかに面白がった横槍が入る。
「いーんじゃねぇ、それ。見てる分には面白いと思うぜぇ!」
「あはは、ええやない。バッキーの運動会っぽいてウケるわ。是非それやろやない」
 コスチュームの着用が出来ないコキと、小瑠璃である。
 自分達に矛先が向かないと分かるやいなや、無責任に盛り上がる。
「や、でも! 数に限りがあるだろうし……!」
「まあ、その辺は先着順って事で。でもイッチョンとナズナンとシグレンは準備会だから当然着るアルよ?」
「ちょっと待て、何だその変な呼び名は…、いやそーでなくっ!」
「イッチンの上位機種、イッチョン」
「いや、機種て!?」
「あはは、いっちんカッコイイー!!」
「うん、ヨシ。決定」
「ちょ」
「や」
「え」
「えええええーっ!!??」
 勢い、とコキと小瑠璃の後押しにより、バッキー体操はコスチュームB着用で決定した。
 同時に、準備局のムービーファン3人は、強制参加が決定されてしまった。
「うわー」
 当日の自分達の姿を思い描き、3人はそれぞれ深い息をついた。
「フォークダンスはどうアルか?」
「だから無理だって!」
 これ以上変な事をやらせようとしないでくれ、と必死にファン達が訴える。
 しかし変なスイッチの入ってしまったサエキは、あまり動かない表情のまま、しかしどこかノリノリで変な語尾で、1人静かに暴走する。
「無理なら作るアル。皆で踊れるバッキーダンス」
 いいぞいいぞやれやれ、と手を叩き大ウケではやし立てるのはコキと小瑠璃。
「まあ、確かに、運動会の終わりに皆でダンス踊ったら、盛り上がるとは思いますが……」
「いやでも、作るって、そんな……!」
 薺の上げた悲鳴に、あ、と一夜が声を零した。
「彼女、音楽科の学生だ」
「ええっ!?」
「ハイ、決定アル!」
「ハーイ、こっちの人ミュージカルなんかにも出演してるプロの歌手やでー」
「えっ」
「ハイ、こっちも決定!」
 薺と時雨、2人にビシッと指をつきつけると、サエキは可笑しなテンションで勢いに任せ言い放った。
「2人で、バッキーダンスを作ってくるアルッ!!!」
「えええええーーーっっ!!!???」
 2人の悲鳴が会議室内に響き渡った。


「あとはイベントの宣伝活動ですね……」
 先程の騒ぎも落ち着き、しかしどこかくたびれた感じの時雨が魂の抜けたような呆けた表情のまま息をつく。
 彼の頭は今、突然押し付けられた無理難題でいっぱいのようだ。
 それは同じ表情で、隣に座る薺も一緒だった。
「あのー、宣伝用にバッキーの形をした風船なんか作ったらどうでしょう……?」
 それでも自分の仕事は投げ出さずに、薺は果敢に手を上げた。
「それと一緒に手作りのビラ配れば宣伝になるんじゃないかと思います」
「でも風船作るって、どうやって?」
「その辺は任しとき」
 ドン、と小瑠璃が胸を叩いた。
「うちの知り合いの業者に掛け合ってみるわ。リストバントにしたって、発注せなならんわけやし。どうせなら、ポスターやチラシ関係も皆印刷に回してしまわへん? それでなくてもやらにゃあかん事山積みやしなぁ。どやろ?」
「それは是非、お願いします」
「ただなぁ……」
 黒縁の眼鏡を指で押し上げながら、小瑠璃が口許を歪めた。
「問題はデザインやな」
「あっれ? リオネちゃん。そーいやずっと何持ってんだ?」
「え?」
 それまでずっと大人しく会議に参加していたリオネにふと目を向け、コキは彼女の抱えるそのノートに目を留めた。
「あ、これは……」
 おずおずと差し出すリオネの手に皆の視線が集まる。
「運動会のおしらせ、みんなにしようと思って。チラシ用にバッキーかいてきたの」
 真っ白の画用紙に描かれていたのは、リオネがクレヨンで一所懸命描いたバッキーのイラストだった。
「あ」
「うん」
「いいね、コレ」
「え?」
 頷く大人達に、リオネが不思議そうに顔を上げる。
「よし。じゃ、行動開始って事で!」

 こうして競技内容、出店、当日企画、その他広報活動関連、全ての事柄を決定した準備会は、いよいよイベントに向け動き出した。



「よーい……どんっ!」
 パァン、と。校庭に乾いた破裂音が高らかに響き渡った。
 火薬の臭いが立ち込める中、飼い主達が一斉に声を上げる。
「来い、ルピナ!」
「おいで、ポリフェノール」
「ばっくん、こっちだよー」
 ゴールで自分を呼ぶ声に、しかし正しく反応を示したのは薺のばっくんだけだった。
 一夜のバッキー ピーチ色のルピナは、のんびりと顔を上げただけで、時雨のポリフェノールに至っては物凄い勢いで反対方向に駆けていった。その後を慌てて時雨が追いかける。
「お帰りばっくんー」
 まっしぐらにゴールに向け駆けてきたばっくんは、薺の胸に飛び込んだ。
 その瞬間、ピ、とサエキがストップウォッチを止める。
 スタートの遅れたルピナはその数秒後、時雨にようやく捕獲されたポリフェノールは数分遅れでそれぞれゴールした。
 バッキーの性質や個性によって、そのスピードは様々のようだ。
「こんなもんか」
 競技テストの為、準備会のメンバーは実際の会場となる綺羅星学園初等部のグランドに来ていた。
 3回程同じテストを行いその平均のタイムを出したサエキは、次いで物凄い速さで電卓を叩きながら実際競技にかかる時間の計算を始めた。
「ルピナちゃんって言うんですね」
 腕の中、ばっくんを抱え薺が一夜に笑いかける。
「ああ。妹が名づけてくれた」
 そう言って僅かに笑みを浮べる一夜の視線の先には、遠く校舎の方で出店のスペースを測る小瑠璃と山西、そしてリオネの姿がある。
 片手でルピナを抱き上げ、肩に乗せた一夜は優しげに両目を細めた。リオネは、一夜の妹と同じ年であるらしい。
 先輩に言われた事もあるが、今回一夜は皆の為一所懸命頑張るリオネを思い、準備会への参加を決めていた。
「借り物競争のテストもやるんだろー?」
 スターター用のピストルに新たに火薬を詰めながら、コキがスタートラインから駆けてきた。
「これ、作ってきた借り物競争用の封筒。コースの真ん中にセットしてくれ」
「まかしとけぃ」
 サエキからそれらを受け取り、再びコキは軽快な動きでスタート位置に戻っていく。
「準備出来たぜぇ〜」
「じゃあ、次。ファンの3人はバッキーを抱えて封筒まで走って、実際に中の借り物をバッキーの命令してみてくれ」
「わかりました」
「了解」
「次も頑張ろうね、ばっくん」
 スタートの音と共に、一斉に3人が本番さながら走り出す。
 地面の封筒を拾い上げると、中の紙を読み取り、飼い主達はほぼ同時にバッキーに向け声をかけた。
「ばっくん」
「ルピナ」
「ポリフェノール」
「ムービースターだよ!」
「ムービースターだ!」
「ムービースターです!」
「……アレ?」
 結果。
「ぎゃっ、ヤメロ、来んな、俺を食おうとするなあぁぁっ!!」
 徒競走のテストではバラバラだったのに、何故かこの時だけは迷う事無く、3匹のバッキー達は一斉に、この場で唯一のスターであるコキに向け駆け出した。
 元々喰われたらどーしよ、なんてドキドキしていたコキにしては堪ったもんじゃない。
 悲鳴を上げグランド中を駆け回る、そんな1人と3匹を眺めながら、
「あ、テスト用の封筒こっちだったアル」
 特に慌てた様子も無く、サエキは『ストラマイザー10』と書かれた紙と、実際の薬の箱を手に取った。
 コキがバッキー達に捕まり、背中に山積み状態の馬乗りにされるのは、その数秒後のことである。
「ぎゃああぁぁぁっっっ!!!」


「ホント最近はどこ行っても禁煙で堪らんわ」
「ですね。でも俺、ノリで吸ってるだけだし。いつでも止めれるし」
「嘘つけ。そーゆー奴に限って、何時までも止められないんやで」
 会議室の端の窓を開け、こっそり喫煙する小瑠璃とサエキ。
 リオネは3匹のバッキーを抱え遊んでおり、そんなリオネを気にしながらもコキはさり気無く距離を取っている。
「これが出店希望者のリストです。こっちがイベント本番時のボランティアスタッフの名簿。あと、食べ物の店出すんで、保健所への申請と、当日は花火も上げるんで消防署への連絡ですね」
「ふんふん」
 一夜と山西はテーブルに座り打ち合わせを行っている。
 初めの会議から数日。
 再び市役所の一室に集合した準備会のメンバーは、時雨と薺を待っていた。
 先日唐突に決定した、イベント終盤のシメのダンス。それが完成したというのだ。
「お、来たんやない?」
 扉の向こうの影に、慌てて小瑠璃が携帯灰皿に煙草を捻じ込む。
 中々入ってこない2人に、痺れを切らしコキが扉を開けた。
「お待たせしました……」
「…………」
 2人は、それぞれ飼うバッキーの体色と同じ、ココアとラベンダーのコスチュームBを着用していた。
「は、恥ずかしい……」
 赤い顔のまま、両手にポータブルプレイヤーを持った薺が呟いた。
 時雨は既に諦めたようだ。悟りきったような穏やかな微笑を顔に張り付かせ、しかしその目は決して笑ってはいない。
「よっ、待ってましたー!」
「さっそく発表会といこうやないか」
 会議室の机を脇に寄せながら、一夜と山西が2人が踊れるようスペースを作る。
「あ、そんな激しいダンスじゃないんで」
 2人の作業を時雨が苦笑いで制した。
「……えっと。音楽は私が作曲しました」
「振り付けの方は、ミュージカルの仕事仲間と一緒に私が」
 手を上げた時雨は一度俯き目を瞑り、再び顔を上げた時にはもういつもの笑顔だった。
 流石はプロといったところか。
 薺が、スイッチを押す。ポップで明るい曲調の前奏が始まる。
「ダンスは簡単です。年齢関係なく、子供も、大人も、バッキーも。誰でも楽しく踊れるよう単純な振りになっています」
 両手を腰に当て、その場で時雨は床に足を付けたまま足踏みを始めた。
 隣で恥ずかしそうに、薺が並んで同じ動きを始める。
 突然始まった音楽に、3匹のバッキーが顔を上げた。
「イチ、ニイ、サン、シ、ゴー、ロク、シチ、ハチ。テンポは四拍子」
 前奏が終わり、曲が始まる。拍に合わせ、時雨が動く。
「基本のポーズは2つです。腰と、頭の上に両手。手は指をそろえたまま伸ばして、こう。バッキーの耳の形です」
 薺の作曲した音楽も、自然体が動くような分かりやすく楽しい曲だった。
 既にノリの良いコキと山西は、体でリズムを刻んでいる。
「右、左、右、左。基本は全部右からです。右耳、左耳、右腰、左腰。右耳、左耳、右腰、左腰。この繰り返し」
 時雨の手が、頭と腰を往復する。
 リオネもその動きを真似して踊り出した。
「右耳、左耳、右腰、左腰。慣れてきたら、腰も左右に動かしながら。右、左、右、左。右、左、右、左。その場で足踏みするような感じで」
「あはっ」
「おお!」
 リオネの動きに合わせ、足元にいた3匹のバッキー達が立ち上がり揺れ出した。
 リオネを真似て前足を上に上げ、バンザイのままゆらゆら動く。
 動きはバラバラだが、それは明らかに音楽に合わせ踊っていた。
 バッキーダンスだ。
「次、その場でジャンプしながら! 手は両手とも頭の上のまま!」
 サビの部分に突入したのか、曲が盛り上がりを見せる。
 ピョンピョン飛び跳ねると、バッキーと人の耳も上下に揺れる。
「今度は片足でケンケンしながら」
「わわっと」
「コレは、結構、疲れる……っ」
「あはは、楽しいーっ!」
 いつの間にか踊りの輪は、皆に広がっていた。
「ハイ、今度は反対の足! 次はジャンプしながら、回転して! 右回り…、ハイ左回り……!」
 息が上がる。心臓が跳ねる。
 でも、何だか楽しくて仕方がない。
「最後、足を広げてバンザイしてー。で、オシマイ……!!」
 ジャン、と最後の音を高らかに奏で、曲が終了した。
 荒い呼吸の中、不思議と充実感が室内に満ちている。
「ハ、ハァ…、やっぱり、コスチュームBを着て、踊るのは…ハァ、キツイです、ね……」
 汗を拭い一息つくと、顔を上げ時雨は笑った。
「こんな感じで、どうでしょうか?」
 想像する。市民皆で踊る姿を。
 ドキドキした。わくわくした。
 きっと、楽しいだろう。絶対、楽しいだろう。
「すっげぇ……! やるじゃん、アンタ!! もうバッチリ、最高!」
「これは凄いわ!」
「もうノリノリアル」
「これ皆で踊ったら……、うわ、楽しそう〜!!」
「リオネも楽しかった!」
「うん、これは盛り上がりそうだな」
 初めはどうなる事かと思ったけど。
 口々に上がる絶賛の声に、時雨と薺は2人顔を見合わせて笑った。
 それは最高の笑顔だった。


「おおっ、すっげ!」
「いい出来栄えですね」
「わぁ、色も綺麗! ホラ、リオネちゃん見てみて!」
 市役所に届けられた、出来上がったばかりのイベントグッズのダンボールを開け、一同は歓声を上げた。
 チラシにポスター、当日のプログラム。宣伝用に作ったバッキー型の風船もある。
 それらのグッズの真ん中を色鮮やかに飾るのは、もちろんはリオネが描いた皆のバッキーのイラストだ。
「よしよし、ちゃーんと揃ってるな。……ん、こっちもオッケーっと」
 発注書と実際の納品物を照らし合わせながら確認しているのは、今回この発注を一手に引き受けた小瑠璃だ。
 古くから銀幕市で店を構える鍵屋『カミワザ』の店主である小瑠璃。彼女自身が師匠である先代の店主から店を受け継いだのは数年前であるが、店の信用と顔の広さから、今回のグッズも格安で作る事が出来た。
 まさに、地元市民の力ならではといえる。
「さてと」
 バッキー色のエントリー用リストバンドを全色両腕につけふざけながら喜んでいる山西とコキの頭を軽く叩くと、出来上がったポスターを数枚手に取り、小瑠璃は皆を促した。
「さっそく宣伝活動といこうか」
「私、駅前の銀幕広場で風船配ってきます」
「俺、チラシ係やるアル」
「対策課のカウンターにもビラ置かせて貰えないか、植村さんに頼んでみよう」
「それじゃあ私は、会館やホールにポスターとチラシお願いしてきますね」
「えっと…リオネは……」
 小瑠璃の号令にそれぞれがそれぞれの役目を担い歩き出す中。リオネは1人、周りの大人達を見上げ動けないでいた。
 皆の為に頑張りたい、自分に出来る事をやりたい。そう思い運動会の手伝いを始めたリオネだったが、でもいざ始めようとすると、何をしたらいいのか分からない。
「えっと…えっとぉ……」
 気持ちだけが先走り、焦り、泣きそうになる。
 そんな中、声をかけてくれたのは、小瑠璃とコキだ。
「アンタの仕事は、うちらと一緒に商店街でポスター貼りや」
「行こうぜ、リオネちゃん」
 手を差し伸べられ、リオネは紫色のその瞳を大きく見開いた。
「いいかい、リオネ。ポスター握り締めて、店の前でもじもじしているだけじゃ駄目やで? ちゃーんとイベントの事を説明して、店に貼らせて貰えるようお願いするんや。分かったか?」
 小瑠璃の口調はキツイが、眼鏡の奥の瞳は子供でも甘やかさない、そんな厳しい優しさで溢れている。
「この俺様もいっしょなんだ、でぇーじょーぶだってぇ! 祭なんだからよ。笑顔で楽しい雰囲気出さにゃ。な? 笑顔笑顔―、ほうらリオネちゃん笑って笑って!」
 勢いよくリオネを上に持ち上げて肩車をしてくれたコキは、出会った時からいつでも優しくて、いつでもリオネの味方だった。
「ありがと……」
 何故だろう。嬉しいのに、涙が出そうになる。
 コキの頭に顔を埋めながら、リオネは懸命に目を擦って笑顔を作った。
 皆を笑顔にしたい。皆に楽しんで貰いたい。
 大好きなこの人達と一緒に。
「運動会、ぜったい成功させようね? 頑張ろうね?」
 リオネの新たな決意に、
「もちろん」
「ああ」
 2人は、笑顔で頷いた。



 いよいよ差し迫ったイベント前日。
「オーラーイ、オーラーイィー」
「それこっちのスペースにお願いしますー!」
「もうちょっと右。そうそ、そのまま押さえてて」
「出店ブースNO.Aの2、搬入品届きました」
 運動会本番を明日に控え、綺羅星学園の校庭ではイベント設営が行われていた。
 一夜の提案で、前日と当日には増員された大勢のスタッフが働く中、準備会のメンバーも忙しそうに動き回っている。
「よっとォ!」
 カン、と小気味良い音が校舎横のスペースから上がった。
 自ら出店ゾーンの設営作業を買って出たコキは、器用に金づちを回しつつ、目印の看板に釘を打ち付けている。
「どうよコレ! この俺様の美的センス! 中々のモンだと思わねぇ?」
「えー…と……。ははは、派手ですね」
 脚立の上から、丁度下を通りかかった時雨に対し、コキは得意げに声をかけた。
 腰まで伸びたさらさらの黒髪を、今は作業の為邪魔なのか後ろで括っている時雨は、曖昧な笑みを浮べた。
 時雨が言葉を濁すのも当然で、コキの作り上げた看板は鮮やかな複数の色を用い、形もトゲトゲのギザギザ。どこか中華っぽい雰囲気を醸し出すそれは看板というよりオブジェに近い感じで、明らかにその空間だけ浮いていた。
「えー? コレでも控えめにした方だゼ? ホラ、バッキーの色も全色使って賑やかでいいだろ?」
 にしし、と歯をむき出しで笑うコキは拳で鼻を擦り上げた。
 実際使っている色は淡いバッキーの体色とは程遠い、色濃い原色であるのだが。
「あー、いいんじゃないでしょーかー……。ははは」
 曖昧に言葉を濁した時雨は笑ってその場は誤魔化した。
「つーか、ソレ。本部に持ってくのか?」
「ええ」
 時雨が運んでいたのは、大きめのスピーカーだ。
 今回のイベントで使用する音響関係の機材のほとんどは、仕事のツテを使い時雨が借りてきた。
「手伝うか?」
「こう見えて、力仕事は人並みに出来るんですよ。大丈夫です、ありがとうございます」
 細身の身体に中世的な顔立ちの時雨は、穏やかな雰囲気と髪型も手伝ってたまに女性に間違われる事もあるが、れっきとした男である。
 掛け声と共に再び機材を持ち上げ歩き出した時雨の後ろを、やはり心配なのか脚立から飛び降りたコキが続いた。
 辿り着いたイベント本部である中央のテントでは、何故か準備会のメンバーが集まっていた。
「ああ、お帰り。ご苦労さん」
「どうしたんですか、皆集まって」
 首を傾げる時雨に、笑いながら小瑠璃が後ろを肩越しに親指で指差す。
「あ、お疲れ様ですー」
「コキちゃんコキちゃん、見てみてコレ!」
「あははっ、すっげ。何だソリャ! バッキーの耳かぁ?」
 ジャーン、と効果音付きで前に出た薺とリオネの女の子2人組の頭には、左右に垂れたバッキーの耳付きカチューシャがあった。
「良いじゃん良いじゃん、可愛いじゃねぇか。薺ちゃんはラベンダーで、リオネちゃんはピーチか。似合ってるぜぇ、2人とも…………あん?」
 肩を叩かれ首を巡らせ、コキは両目を細めた。
 振り返った先には、ピュアスノーの耳を付けたサエキが、無言で無表情のまま自分の頭を指し示している。
「……あーハイハイ。アンタも似合ってるよ、似合ってるっつーの」
 積上げられた箱を見上げ、時雨が疑問の声を投げかける。
「どうしたんですか、これ?」
「うちの商店街の連中がな、作ってくれたんや。バッキーのカチューシャに手袋、同じ素材のケープもあるで」
「全色ですか! これは凄い……!」
 ダンボールの中から、ココア色のカチューシャを手に取り、時雨が眉を上げる。
「イベントを頑張って成功させてくれって、言ってたわ。皆応援してくれてるんやな……」
 設営中のグランドを眺めながら嬉しそうに微笑む小瑠璃に釣られ、時雨も顔を上げた。
 たくさんの人がいた。
 機材の運搬に、看板の設置、テントの設営、出店の準備。
 運動会会場にはたくさんの銀幕市民の姿があった。
 初めは8人だった。
 競技も、会場さえも何も決まっておらず、本当に出来るのだろうかと正直思った。
 でも、今はこんなにもたくさんの人が集まり、明日の為動き回っている。
 胸に湧き上がる感慨もひとしおだった。
「あの子がな」
 リオネを見ながら小瑠璃が言う。
「バッキーグッズの売り上げは、病院や施設に寄付しようって。自分から言うたわ」
「そうですか」
「山西とも相談して、そうしようかと思ってる」
「そうですね。それがいいですね」
 揃って出来上がりつつある会場を見渡しながら、小瑠璃の隣、時雨は静かに頷いた。

 しかし束の間の穏やかな空気は、突如駆け込んできた一夜によって破られた。
「先輩! 山西先輩いませんかッ!?」
 一夜のそのただならぬ様子に、集まっていたメンバーは騒然とする。
「どうした?」
「え? いっちん何々―?」
 薺やリオネらと一緒に、カチューシャや手袋をつけ遊んでいた山西がのん気に顔を上げた。
 険しい表情のまま、一夜が言い募る。
「申請書!」
「うん?」
「消防署に提出する、申請書! 書いて提出するようにって、俺先輩に言いましたよね!? 今市役所の植村さんから、消防署の方から申請書提出されていないって連絡が……!」
「えー?」
 俺確かに申請書書いたよ? と、首を捻った山西は、
「……アレ?」
 ピタリとそのまま固まると、預かり所の自分の荷物に飛んでいき、その紙を取り出した。
「……あった。俺のカバンの中に」
「だあああぁぁぁっ!!!」
 悲鳴と怒号が一斉に上がる。
「またアンタは……!」
「ああもう、最後の最後まで!!」
「……コレ、ヤバイんじゃないか?」
「えっええーっ? どうしよう、大丈夫なんですか!?」
 頭にバッキーのカチューシャをつけたまま項垂れる山西の姿は、その情けなさを倍増させている。
「先輩、それ貸して!!」
 山西から申請書を受け取ると、一夜は自分のバイクに飛び乗り、爆音を轟かせながら急ぎ消防署へと向かった。
 何とか間に合い許可がおりた、と一夜から連絡が入ったのは、彼のバイクの後姿を見送ったその30分後の事であった。
 一同は、一斉に安堵の息をついた。



――そして。

 いよいよ迎えた、イベント当日その日。

 晴れ渡る快晴の青空の下。
 準備会のメンバーは揃って校門前に設置された、バッキーの形を模したゲートを見上げた。
「遂にここまできたなぁ」
「あっという間でしたね……」
「色々ありましたねー」
「有り過ぎだぜ、ホント! でも楽しかったよな」
「喉元過ぎれば、だな」
 看板には、大運動会の文字が皆を迎えてくれている。
「楽しんでくれるかな……?」
 リオネがポツリと小さな声で呟いた。
「皆、喜んでくれるかなぁ……?」
「大丈夫だよ」
 小さな少女の頭に手を乗せ、一夜が優しく銀の髪を撫でる。
「さぁ、行こう。そろそろ開会の合図だ」
 頭上のスピーカーからは、先程からイベント案内の山西の声が流れている。
 揃って移動した先は、校庭の隅。
「よっしゃ。火ィ、つけるぜぇ?」
 準備されていた打ち上げ花火に歩み寄り、周りを見回すとコキが改めて確認する。
 両手で耳を塞ぎ、鼓動を弾ませながら。
 薺が、時雨が、サエキが、小瑠璃が。
 リオネの手を引く一夜が。
 その時を待つ。

 長かった。色々あった。
 大変だった準備期間も終わり。
 今日、これから。遂に始まる。運動会!

 コキの声と共に、
「行くぞ……、点火っ!」

――タタンッ、タン、タタンッ

 綺羅星学園の青空に、合図の白煙が打ち上げられた。
 同時に、スピーカーより開催宣言が響き渡る。
 
『お待たせいたしました。それでは、ただ今より「わくわくバッキー大運動会」を開催いたします!!』

クリエイターコメント【小さな神の手】「わくわくバッキー大運動会」準備局、お届けいたします。
この度はご参加本当にありがとうございました。
準備会に参加してくださった皆様のお陰で、競技、企画も盛りだくさんの、とても楽しい運動会となりました。
私も力の限り詰め込んで、とても楽しく書かせて頂きました!
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

運動会当日は、後日パーティシナリオ「わくわくバッキー大運動会」として公開予定です。
そちらもよろしくお願いいたします。
公開日時2008-06-04(水) 23:00
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