★ 夢か現か幻か ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-7685 オファー日2009-05-28(木) 00:09
オファーPC 梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
ゲストPC1 クライシス(cppc3478) ムービースター 男 28歳 万事屋
<ノベル>

 良い香りがする。
 梛織は、鼻腔を擽る匂いに、うとうとと目を開く。
 珈琲の香りがした。インスタントではなく、ちゃんと豆から挽いた珈琲の香り。それに、パンを焼くバターの香りがした。
 口の中に、涎がたまる。
(朝ごはん、かな)
 ぼんやりとした頭で、思う。
(誰が用意してくれたんだろ……お腹空いてきたなぁ……)
 梛織は、むっくりと起き上がる。大きく伸びをすると、良い匂いが更に体の中に入ってくる。匂いだけで、満たされそうだ。
「本当に、いい匂い……って、いい匂い?」
 徐々に目覚めてきた頭は、疑問も同時に浮かばせる。
 朝食の匂いがする。これは、まあ、いい。今は朝だから、してもおかしくはない。
 だが、それがどうして梛織が何もしていない状態でするのか、というのが問題なのだ。朝食を作るのはいつも梛織であり、梛織の同居人であるクライシスが作った事など、一度たりともないのだ。
「まだ、寝ぼけてるとか」
 梛織は、呟く。
 そうだ、まだ朝起きたばかりで、頭がはっきりとはしていない。この匂いは我が家ではなく、そう、別の家から流れてきた匂いなのかもしれない。妙に鮮明だけど。
 きっとそうに違いない、と梛織は立ち上がる。むしろ、朝食を作らなければ、と。
 そうして、リビングへと向かう。良い匂いはリビングに入ると、より一層強くなる。
「……え?」
 テーブルを見て、梛織は唖然とする。
 真ん中には大皿に盛り付けられたサラダがあり、傍には自家製らしいドレッシングが置いてある。カリカリに焼かれたベーコンに、ぷるんと半熟に焼かれた目玉焼きが乗っかっている。フルーツが食べやすい一口サイズに切られ、ヨーグルトの中に入っている。
「おはよう、梛織」
「へ?」
 声をかけられて振り返ると、そこにはエプロンをつけたクライシスがお盆を持って立っていた。盆の上には、焼かれたばかりのトーストが乗っており、とろりと溶けるバターがついている。
 それはそれで十分な驚きなのだが、それ以上に梛織を驚かせたのはクライシスの表情だった。
 笑顔。
 笑っている。
 超笑っている……!
「何、これ?」
 梛織は呆然とする。「ドッキリ?!」
「は?」
 クライシスがパンをテーブルに置きながら、怪訝そうに尋ね返す。
「そ、そうか、新手の嫌がらせだな?」
「何をごちゃごちゃと」
 焦る梛織に対し、クライシスは気にする事無く、珈琲カップに珈琲を注ぐ。
「あ、熱でもあるのか? 大丈夫か?」
「だから、何を」
「そうか、今流行りの新型インフルだな? 病院行く?!」
 慌てて次々に言葉を発する梛織に、クライシスは「五月蝿いナ!」と一喝する。
「朝から五月蝿いナ、梛織! さっさと座れ!」
「だだだ、だって」
「だって、じゃねぇ! 飯が冷めるだろ、馬鹿!」
 怒鳴られ、梛織は慌てて椅子に座る。そして、少しだけ安心する。
 この怒鳴りっぷりは、間違いなくいつものクライシスだ。いつも通りのお姑さん。
 それでも何処か拭いきれぬ違和感を押さえつつ、梛織は朝食の席に着いた。クライシスが笑顔で用意した品々は、大変不安を抱かせたものの、美味しかった。


 梛織は、買い物袋を抱えながら呟く。
「何か、おかしい」
 おかしい原因は分かっている。クライシスだ。
 驚きでいっぱいだった朝食を食べ終えた後、いつものように食器を洗おうとするとスポンジを取り上げられた。
 何事かと思う梛織に、クライシスは「俺がやる」とだけ言い、もくもくと食器を洗い始めた。怖かった。
 ならば、と掃除機をかけようとすると、何時の間にか食器を洗い終えたクライシスが現れ、掃除機を持つ手を止められた。
 何かやらかしたか、と恐れる梛織に、再びクライシスは「俺がやる」と言った。梛織が断ろうとすると「俺がするって言ってるんだから、貸せよナ!」と怒鳴られた。
 怒鳴るのはいつも通り。でも、やっている事がおかしい。
「おかしい、おかしすぎる」
 ぎり、と何処と無く胃が痛い。すっきりしない、といえばいいだろうか。
 今まで全てを梛織任せにしていたはずの家事を、やってくれる事は嬉しい。少し怖いけれど、良い事ではある。あるのだが。
「……おい」
 梛織は、びくりと体を震わせて止まる。危うく、買い物のビニール袋を落としそうになりながら。
「な、なんだよ、クライシス」
「買い物に行ったのか」
「ああ。丁度掃除機かけてたから、聞こえなかったんだな」
「言えば良かったのに」
「……は?」
 思わず梛織は聞き返す。どくどくと、心臓が鳴っているのが分かる。
「まあ、いい。それなら、それを貸せ」
 それ、とクライシスが指差すのは梛織の持っている買い物袋だ。
「いや、いいよ」
「貸せ」
 ぐい、とクライシスが買い物袋を引っ張る。
「や、ヤバイよ、お姑さん、病気だよ!」
 梛織はびくびくしながら叫ぶ。クライシスは「阿呆か!」と怒鳴り、梛織の手から無理矢理買い物袋をひったくった。
 ひったくって、そのまま家へと持っていってくれている。
「ヤバイ」
 ぽつり、と梛織は呟き、胃の辺りを無意識に掴む。
 言いようもない吐き気が、じわじわと広がっていた。心臓が無駄にどくどくと響き、むかむかと体の中を駆け巡る。
 なんといえばいいのかすら、分からない。
 ただ、何となく怖くて、吐き気がした。
「……待て、よ」
 言いようもない吐き気を抑え付けつつ、梛織は「はっ」と気付く。
「これって、チャンス、じゃないか?」
 いつもいつも、クライシスにこき使われている。ご飯の準備から、家事まで一通り。買い物に行っても荷物を持ってくれるなんてことは無く、寧ろ「持て」という命令まで下るはず。
 それが今、完全に逆転している。何故か、本当に何故か分からないが、優しい。
「これは……これはイイ! 日ごろの恨みィ!」
 ぐっと、梛織は手を握り締める。クライシスが病気ではないかと心配したが、どうやらそうではないらしい。何処と無く嫌な感じはするが、それを差し置いても今の状態はチャンスとも言える。
 日ごろの恨みを晴らすための、チャンス。
 家に戻ると、早速梛織は「クライシス」と呼ぶ。
「あ、あのさ、珈琲が飲みたいんだけど」
 ドキドキと心臓を鳴らしつつ、頼んでみる。クライシスは「分かった」と素直に頷き、台所へと向かう。
 そうして、暫くすると再びあのちゃんと豆から挽いた珈琲が出てきた。ついでに、お菓子までついている。
「この、お菓子は?」
「ついでだから、作ってみた」
(ついで? あのクライシスが、ついでに作った?)
 ついでとは思えぬ、綺麗な形をしたお菓子だ。梛織はごくりと唾を飲み、恐る恐る口に運ぶ。
(うまい)
 素直に、感想がもれた。
 クライシスが作ったお菓子は、見た目から想像する通りの、甘く上品な味がした。三ツ星レストランで出てくるのでは、と思えるほど。
 そういえば、と梛織は気付く。珈琲だって、淹れ方が上手い。珈琲ならではの味わいが、しっかりと生きているのだ。
(なんだ、お姑さん。家事とかばっちりできるんじゃん)
 珈琲とお菓子に夢中になっていると、クライシスが「どうだ?」と聞いてくる。
「すっげ美味い! びっくりした」
「そうか。そりゃ、良かったな」
 ふ、とクライシスは笑う。まだ、その笑顔には慣れないけれど、最初ほど「怖い」という感情は薄れていた。
「あ、これ、コピーとり忘れてた」
「俺がとってきてやる」
「あの資料、何処やったっけ?」
「そこにファイリングしてある」
 梛織の言葉に対し、クライシスは完璧な答えを返す。喉が渇けば飲み物が出てくるし、小腹が空けば腹も心も満たす軽食が出てくる。
 どれもこれも完璧で、そして、優しい笑みとともに返ってくる。
(悪くないかも)
 じわじわと思ってくる梛織は、ちらりとクライシスを見る。クライシスは「何だ?」と優しく返してくる。
「あの、さ。流石に肩までは、揉んでくれないよね」
「肩くらい、いくらでも揉んでやる」
 言うが速いか、クライシスは梛織の肩を優しく揉み始める。力も丁度良く、気持ちよい。
(悪くないな)
 梛織は改めて、自らの肩を揉んでくれるクライシスを見上げる。クライシスは梛織の視線に気付き「何だ?」と返す。
 優しい笑顔と共に。
「いや、別に」
「変な奴だナ!」
「別に!」
 揉まれる肩が心地よい。流れる空気も心地よい。全てが心地よく、満たされて、幸せで……。

――ごんっ!

 突如、頭に激痛が走った。
 何事かと梛織は飛び起きる。すると、目の前にはクライシスの渋い顔があった。
「おい、早く飯を作れ、ノロマ!」
 浴びせられるいつもの罵声に、梛織は痛む頭をさすりながらゆっくりと辺りを見回す。
 いつもの自分の部屋で、いつもの風景で、いつものクライシス。
(夢、か)
 先程までの心地よさと幸福感は、全てが夢。
 梛織は「ですよねー……」と言って苦笑する。
「何が『ですよねー』だ。そんな暇があるんなら」
「飯だろ、飯。分かってるって」
 ははは、と乾いた笑いを浮かべつつ、梛織はベッドから起き上がるのだった。


 変な夢だったなぁ、と買い物袋を持ちながら、梛織は思う。
 普段とは真逆の行動を取っていた、クライシス。何処と無く変な気持ちだったけど、どこか幸福感で満たされていた。
「あの夢だと、この買い物袋も……」
 そこまで梛織が言った所で、突如手が軽くなった。見れば、クライシスが梛織から買い物袋を無言で奪い取り、すたすたと歩いていた。
「え、あれ? 何で?」
 動揺する梛織に、クライシスはちらりと梛織の方を見ただけで、何も言わずに歩き続けた。
「夢みたいだな」
 ぽつりと呟き、梛織はぐっと胃の辺りを持つ。夢と同じく、何ともいえぬ気持ち悪さがあった。
「何が夢だ。疑うんなら、現実と思い知らせてやるから安心しナ!」
 がすがす、と荷物を持ったまま、クライシスが梛織を蹴り始める。
 痛い。
 流石にこれは、夢ではない。現実だ。
「わわわ、分かったから、分かったから!」
 必死で叫ぶ梛織の口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
 そして、あの内臓を吐き出してしまうのではと思わせた気持ち悪さも、いつしか消えてしまっているのであった。


<答え:夢でした。・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度は再びお二人のコンビを書かせていただきまして、有難うございます。

 お二人の掛け合いを書くのが大変楽しかったです。特に、夢部分のクライシスさんと、それにびびったりする梛織さんの掛け合いが、書いていてわくわくしました。
 いつしかそんなクライシスさんに、いや、そのままのクライシスさんでいて欲しいです。

 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想など、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時間まで。
公開日時2009-06-08(月) 19:10
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