★ 掃討し、援護する ★
<オープニング>

 この銀幕市には、実に色々な悪役たちが住んでいる。彼らは分をわきまえ、秩序を受け入れて、平穏に過ごしている。それでも何か騒動があれば駆けつけ、解決の為に一肌脱ぐ。……この市において、悪役と主役は、同じ志を持った仲間でもあるのだ。
 だが、中には悪役同士でいがみ合うものもいる。元が好戦的であったり、設定上仲が悪かったりと、どうしようもない部分はあるのだが――。それで迷惑をかけられる方は、たまったものではない。
 これは、そんな二人のムービースターを発端とした、厄介な事件である。


 クレアとテッドは、犬猿の仲といってよい。以前、揃って騒動を起こしたときは、一時的に協力したこともある。しかし、それでも虫が好かない。気に喰わない、という部分は、どうしたって消えずに残るものだ。
 問題は、二人がそれなりの力を持ったムービースターである、ということだ。『ファミリー』という組織の幹部であり、当人の力量もさることながら、人員まで投入できる立場にある。頭領のウィルにこそ頭が上がらないが、それでも多くを望まなければ、大抵の欲望は満たすことが出来た。――むろん、法に触れない範囲で、である。

 彼らは、ウィルの組織の中でも勢力を二分している。すでにファミリーの大半が、銀幕市に現れているし、彼らが悪役会に及ぼす影響もそれなりに大きい。全体としてみれば、大勢力というわけでもないが……その中の二つの集団が、お互いに嫌いあっているという状況は、どう考えても危険であった。
 今でこそ分をわきまえて動いているが、いつ暴発してもおかしくないだろう。得に、クレアは最近情緒が不安定で、ちょっとした刺激でも、過敏に反応しかねない。ウィルとて、その辺りは考慮して、仕事を配分していた。
 とはいえ、かつての映画の中とは違い、ウィルは銀幕市の支配者ではない。彼の上には悪役会が存在し、そちらから委託される業務もある。そうそう内輪ばかりに目を向けてもいられない。……つまり、二人が目の届かないところで暗躍していたとしても、気付くのが遅れてしまうのだ。
 よって、今回おきた事件は、こうした不備が重なった結果によるもの――と、捉えるべきであったろう。どこか一点でも改善されていれば、ここまで慌ただしい事には、ならなかったはずであるから。


 原因は、ウィルの執務室にクレアが出向いたことだ。彼女は、以前の事件後、再びウィルの部下として活躍していた。だから、こうして上司の下へ顔を出しに行くのも、不自然ではない。
 彼女はただ、雑務の報告に来ただけに過ぎないのだが、間が悪かった。この時、ウィルは席を外しており、代わりにテッドが代行していたのだ。
「……あんたか。ウィル様は外出中だぜ?」
「みたいね。――ああ、この書類、ウィルに渡しておいて」
 ほとんど投げやりに、書類を放る。彼女にとっては、他愛もない仕事であったのだから、ついぞんざいに扱ってしまったのだろう。
「礼儀ってもんが、なってねぇな。一応、あんたはウィル様の部下で、私の舎弟のはずなんだが」
 だが、その態度が、嫌にテッドの癇に障った。彼とて、不向きなデスクワークに奮戦していたのだ。ウィルの命だからと、無理もしている。ゆえに、クレアの行動が、いつになく不快に思えて、仕方がない。
「舎弟になった覚えはないわ。ただ、貴方が先任ってだけでしょ……って、ああ、そう。つまり――あたしに嫉妬してるのね?」
「何ぃ? どうしてそうなる」
「だって、貴方が手間取る書類も、あたしに掛かればすぐに処理できる。荒事だけしかできない人が、何でも出来る人を妬むのは、世の常ですからね。だから、つい、どうでもいいことで難癖をつけたがる。――そうでしょう?」
 そうして、二人の口論が始まった。喧々囂々と、やかましい声が周囲に鳴り響く。暴力に打って出なかったのは、両者に一抹の理性があったからだろう。流石にもう、銀幕市を敵に回す気にはなれない。
 だが、穏便に済まそうにも、二人は熱くなりすぎていた。どうしてくれようか……と、奇妙な共感さえ覚えた、その時。まさに、天啓とでも言うべき答えが、テッドの脳裏にひらめいた。
「……決着をつけようぜ。このままじゃあ、お互いに納得できねぇだろ」
「そうね。どちらが有能か、ここではっきり決めるのも悪くないわ。――で、自ら言い出すくらいだから、案はあるんでしょうね?」
 ぎろりと、クレアの目が獰猛な光を放つ。なければ、本気で見下してやると、そういわんばかりの剣幕であった。
「もちろん。ちょうど、仕事が二件入った所でよ。こいつを手分けして担当し、より早く解決した方が勝ち。それで、どうだ?」
 その仕事というのは、本来は公募し、参加者を募って参加すべきものであるのだが……頭に血が上った彼は、それを無視する。クレアもまた、理解していながら、挑発を受けた。
「いいわ。――ついでに、敗者は勝者に従う、っていうことで、どう?」
「ほう、面白いじゃねぇか。……受けた! 負けたときの言い訳を考えておくんだな」
「貴方こそ、あたしに土下座する心の準備を整えておくことね。……せいぜい、今のうちに強がるが良いわ」
 しばし睨み合った後、二人は別れた。テッドは悪霊の済む館へと赴き、クレアは石像潰しに出かける。
 彼らは、この軽率な行動をウィルがどう評価するか、頭からすっかり抜け落ちていた。競争心が、それを忘れさせていたのだ。



 まるで頭痛に悩まされているかのように、ウィルはこめかみを押さえている。心なしか、表情も苦く、引きつっているように見えた。
「……集まってもらったのは、他でもない。真に心苦しい限りだが――少し、厄介な仕事を頼みたいのだ」
 示された書類は、三枚。これは、仕事が三つ存在する事を意味する。いかに銀幕市の住人といえど、複数の仕事を平行して行なえるはずがない。集った者たちの中には、困惑を隠しきれない者もいた。
「順を追って、説明しよう。これから示す三つの依頼は、お互いが関連しあっている。一見、ばらばらの事件に見えるが、部下が先走ってな。……独断で、二つの依頼に向かった。可能ならば、彼らも助けて欲しいのだ」
 ウィルの表情に、もう焦燥の色はない。それ所ではないと、本能で理解したのだ。何よりまず、協力を得ること。それが、もっとも重要だった。改めて、依頼の説明に入る。




 三つ目の依頼は、あるマフィアの掃討依頼。
 これには、ウィルが指名されている。というのも、事件を起こした連中が要求したからだ。
 映画『郡狼の宴』から、数人のマフィアが銀幕市に現れた。平穏に過ごしてくれれば良かったのだが、彼らは挑戦的だった。ウィルが出演した映画とは、同じジャンルで、しかも公開日時まで同時期。ゆえに勝手にライバル視し、呼びつけてきたのだ。それも、ビルに立てこもり、一般人を人質にして。
 要求は、ウィルとの決戦と、さらに多額の金銭に、逃走用の車。当然だが、銀幕市はこれを拒否することにしている。この依頼を担当する者は、マフィアを討ち、なおかつ人質も無傷で救出せねばならない。
 人質の人数は、三名。全員が犯人の居る、一階の部屋に集められている。

 また、自爆用の爆発物が、ビル内部に仕掛けられている可能性がある。これは最後の最後まで温存するだろうが、状況次第でどう転ぶかわからない。何しろ、相手は人質を取ってまで、自分の言い分を通そうとする男たちだ。
 無駄に頑固で、意地が突っ張っている。そんな手合いに、まっとうな判断など望めない。現場では、柔軟な対処が求められるだろう。


「上手く行けば、この仕事は三つのうちで、一番速く片付けられるだろう。結果次第では、他の二班の元へ、援護に行けるかもしれない」
 むしろ、この部分こそが本作戦の主眼であろう。人質の救出を最優先することが大前提だが、それくらいは出来て当たり前だとウィルは思っている。
 なにしろ、目の前にいるのは、いずれ劣らぬつわもの揃い。不安などあるはずもなかった。
「悪夢館の討伐と、ゴーレム退治。どちらのサポートに赴くかは、個々の判断で決めてくれ。人数に偏りがあった場合はこちらで調整するが、なるべく考慮する。……出来れば、知り合いを助けたいと思うのは、当たり前の反応だからな」
 どちらも、苦戦する可能性の高い仕事だ。途中からでも、助けが入るのはありがたいだろう。
 あるいは、このサポートが大きな役割を果たすかもしれない。決して、軽視できる部分ではないのだ。




 ……全ての依頼の説明を終えた後。ウィルは一息つき、集まった者たちを見回した。
 誰も彼もが、やる気に満ちている。これなら、心配あるまい。
「出来れば今すぐにでも駆けつけたい所だが、急いては事を仕損じる、という。くどいようだが、くれぐれも慎重に決めてくれ」


種別名シナリオ 管理番号389
クリエイター西(wfrd4929)
クリエイターコメント 同時期に起きた、一つ目の依頼。
 この依頼は、三つの中でも異色のシナリオに出来ています。

 前半部は、マフィアの掃討依頼。
 ビル内部の爆発物は、参加者で対応できないようなら、ウィルの方で勝利しますので、ご安心を。
 人質に関しては、きちんと守る行動を記してくだされば、大丈夫です。

 後半部は、『潜入し、討伐する』『同調し、破壊する』のシナリオの、バックアップとして参加する描写になります。
 本格的な戦闘、調査はあちらの方々に任せますが、それを影ながらサポートし、助けとなるよう動きます。

 半ば、横から割り込む形になりますが、あまり派手な行動は出来ないものと思ってください。
 あくまでも、解決は向こうの班が行なうべき――と。
 それを頭に入れた上で、サポートのプレイングを記してください。


・潜入し、討伐する
・同調し、破壊する
・掃討し、援護する
 これら三つのシナリオは、すべて同時期に起こっていることになりますので、同一PCでの複数シナリオへの参加はご遠慮ください。

参加者
シャルーン(catd7169) ムービースター 女 17歳 機械拳士
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
皇 香月(cxxz9440) ムービーファン 女 17歳 学生
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
<ノベル>

 ウィルは焦らず、参加者が集まるのを待ち、行動した。皆、適正のあるものばかりである。この任務に望むのに、何の不安も無い。
 現場までは車で向かう。人数分はすでに用意していたから、移動時間は僅かなものだった。
 皇は、その少ない車の中での時間を、太助を愛でることに使った。
 太助もまた、まんざらでもないようで……されるがままに、スキンシップを楽しむ。
「さ、付いたぞ」
 ウィルが運転席からドアを開けると、それに従い、全員が外に出る。
 犯行現場のビルは、ほんの十数メートル先にある。現場にはすでに警官たちが来ていたが、連絡がいきわたっていたのか、すんなりと受け入れられる。
「なかなか自分の運命ってものは、変え難いモノみたいね、ウィル」
「まさに。――ままならぬ、ものよな」
 シャルーンが言ったように、ウィルはこの状況を、己の運命と重ね合わせていた。
 平穏に行きていくつもりが、この通り、いつのまにか荒事に担ぎ出されている。これには、皮肉を感じずにはいられない。
「せっかくの別世界なんだから別の人生を楽しめばいいのになー。もったいねー」
「そうよね。皆、太助くんみたいに、可愛ければいいのにね」
 太助と皇が、そう評した。
 ウィルとても、その意見には賛同したい。だが、ままらなぬのが人の世であると、先ほどから痛感している。
「テロリストの要求には従わない、というのが国際社会の常識よ。それでも決闘がお望みというのなら、やってあげようじゃない」
「まあ、そうですね。しかし、ああいう手合いは、己の価値観が全てです。いつ暴発することか、予測が付きません。……こちらの意図を悟られない為にも、交渉は行なったほうが良いでしょう」
 藤田の批判に、神月が応じる。相手がテロリストである以上、突発的な暴走を常に危惧しなければならない。
 相手には、世間の常識というものが通じないのだ。それゆえに、柔軟な姿勢が求められる。――そこで、神月は交渉を行なうことを提案した。
「交渉、か。悪くない案だと思う。それを陽動にして、人質を確保するのが無難かな? すると、適任者は」
 ハンスもそれに同意し、早速作戦を練っていった。
 彼自身、爆弾解体のスキルがある。神月もその技術はあるのだが、彼は交渉役だ。これはどうしても、ハンスが出張る必要がある。
 他に、人質の確保する為の人員が必要だ。ただ強いだけでは勤まらない。救出した後、守りきれるだけの能力がなければならない。
「あたしが行くわ。これでも機械拳士だもの。銃を相手にしても、真っ向から渡り合えるわ」
 シャルーンがまず立候補する。敵が銃を装備している事を考えると、彼女の戦闘能力は必要だろう。敵を制圧するだけなら、彼女一人でも充分なのだが――人質の守りを考えると、まだ足りない。
「俺も行くぜ。変化すれば、気づかれずに潜入できるしな。いざとなれば、戦車にだって化けられる」
「私も一緒に行くわね。見た目は一般人だし、逃げ遅れたように見せかければ、油断だって誘えると思う。ついでに防弾チョッキを貸してくれれば、充分に盾になれると思うけど?」
 太助と皇が、それに続いた。
 相手は現代物のマフィア、さらに映画にこだわっている思考の硬直振りを鑑みるに、現実的な現象には気を取られる可能性が高い。太助の変身能力を用いれば、いくらでも意表を突くことが出来る。
 皇については、バッキーさえ隠せば一般人に見え、尚且つ女という事で相手も油断し易い。自分を推薦するだけの根拠はあった。それに、誰か人質をすぐに守れる位置にいた方がやり易い、というのも事実。
 二人の力量を考慮すれば、あながち無謀とも言えぬ。いや、むしろ現実的に有用だと考えるべきだ。
「なら、私はハンスの補助に回りましょう。工作員としての知識を総動員すれば、相手がどこに爆弾を仕掛けたのか、検討がつきそうだからね。私では、解体までは無理だから、運び出そうかと思っていたけれど。彼がその技能に長けているなら、任せられるわ」
「ああ、たぶん、大丈夫だと思う。専門家とまでは行かないが、それに準ずる程度の能力はある。……可能なら、人質を助ける前には爆発物の処理をしたい所だな」
 藤田とハンスが組むことで、連中が自爆する前に処理できる可能性が跳ね上がった。これで、もう後顧の憂い無く、犯人どもをとッ捕まえられるというものだ。
「頼もしいことだ。人手が入用なら、何人か貸してやれるぞ?」
「そうね。いただけるのなら、お願いできる?」
 ウィルの申し出を、藤田は受け入れた。ハンスもこれには賛成のようで、黙って頷く。
「よし、手配しよう。こちらの準備は整っているから、一声かければすぐにでも動ける」
「ああ、よろしく頼む。……失敗は、許されないからな。打てる手は、全て打っておきたい」
 ハンスの意見も、もっともである。だからこそ、万全の体勢で望むべきなのだ。

 話がある程度進んだところで、ウィルがこれまでの内容を整理する。
「では、まとめよう。犯人への交渉役は、神月。貴殿に任せる。出来るだけ長引かせ、注意をひきつけてもらう」
「わかりました。口で丸め込めるよう、努力します。……どうせ空約束になるのですから、何を言っても構いませんよね?」
「構わん。その判断は任せる」
 市役所の人間です、とでも嘘を吐けば、乗ってくるはずだ。そこから先は、彼の話術次第だろう。
「次にビルに潜入し、人質を確保する役として……まずは皇に動いてもらおう。犯人は辺りを哨戒しているだろうから、わざと見つかるといい。そうすれば、人質のところまで案内してくれるはずだ。人数の問題から、ひとまとめにして管理することが予想されるからな。シャルーン、太助。君らは密かに彼女の後を付いていき、人質の守護に回って欲しい。太助が先行して皇のそばについていれば、突発的な出来事にも対応できるはずだ。――頼めるか?」
 皇で犯人を誘い、太助が人質を守り、シャルーンの力で敵を潰す。連携が重要だが、これくらいは柔軟に対応してくれるものと、ウィルは期待している。
「任せて。女は、化物だもの。丸ごと騙して差し上げるわ」
「俺なら、スライムにでも化けて、悟られずに移動できる。防御に回るなら、俺以上に適任な奴はいねぇよな。……わかった。任せてくれ」
「――で、あたしがオフェンスね。適材適所。特に異論は無いわ」
 皇は、刀など大きな武器を預け、ナイフやワイヤーなど仕込めるだけの武器をバッキーを隠し、準備は万端。
 太助も腹はくくっている。その表情は自信に満ち、何の不安も感じさせない。
 シャルーンとて、気迫では劣っていなかった。義手と義足は、いつでも戦闘用に切り替えられる。そのときがくれば、一気に制圧して見せよう。
「後は爆弾の処理だが――ハンスと藤田に任せたい。二人が組めば、この点に関しては心配要らないな?」
「善処する。最悪でも、ビルからは確実に運び出せると思う。これ以上は、ウィルの用意した人たちが、どこまでやってくれるか。それ次第だろう」
「信頼してくれていいわ。皆を巻き込むことはないでしょう。……いかに早く始末できるか、問題はそこね。まあ――何とかするわ」
 ハンス、藤田の両名とも、専門の知識を有している。任せるに足る力を持っているのだから、これも反論などはない。
 ただ、シャルーンがここで申し出た。
「爆弾が処理された事を知られないために、コピーも用意しましょうか? 材料さえあれば、すぐにでも――」
「……残念なことに、調達する時間がない、か。その好意は、ありがたく思うけれど……ここは、任せてくれ」
「そう、ね。――それに、あたしも人質の方へ回らなきゃならないし。本当に、残念。上手くいくかと思ったんだけど」
 ハンスの言うとおり、この場には爆弾を構成するだけの機材が無い。急いで現場に来なければならなかった現状を踏まえると、いかにも悔しい。
「各自、自分の役目は把握したな? ――よろしい、では動くぞ」
 ウィルのその言葉と共に、皆は行動を開始した。
 失敗は、許されない。そして、この後にはまだ一仕事が控えているのだ。躓いては、格好が付かないというものではないか。



 皇がマフィアどもの目に止まったのは、潜入してすぐのことだった。
 一歩遅れれば、外部からの侵入者と看破されたかもしれない。
「何だお前は。そこでなにをしている?」
「ええと、その……」
 逃げ遅れた子供が、とっさのことで、うろたえている。
 そう見てくれるように、演技をした。これで騙されてくれれば、今後の展開が楽になる。
「……まあいい。撃たれたくなければ、来い。死にたいのなら話は別だが?」
「は、はい。わかり、ました」
 おびえたように表情をつくろって、銃で武装した男に誘導される。
 その様は、まさに一般人そのもの。だからこそ、不信感を与えずに、人質のところまで連れて行ってくれたのだ。
 彼らからは見えない位置に、シャルーンが陣取り、太助がすぐ傍で監視している事にも、気付かずに。
「さぁて、ここからが本番よ? 太助、皇。貴方達の初動で、勝負が決まるといっても過言じゃないんだからね?」
 右手に剣を、左手に盾を。そして足にはレールガン。
 武装は整えてある。後はひそかに忍び寄り、連中が混乱する時を、待つだけだった。


 その頃、ハンスと藤田の班は、爆弾の探索を行なっていた。ウィルから付けられた人員と共に、作業している。
「何としても、人質を助ける前には爆発物の処理をしたい所だな。下手をすれば自爆しかねないし、それを未然に防ぐ為にも」
「ええ。幸いに、というべきか、このビルはさほど大きくはない。いくつ仕掛けたかはわからないけれど、検討はつくわ。……そうね、可能な限り人気の少ない場所、もしくはビルの上階を優先しましょう。あとは、人海戦術ね」
 これもまた、言うほど容易な仕事ではない。爆弾自体が、見え見えの状態で放置されているとも考えにくいから、隠されていると見るべきだ。いかに場所が限定されるとはいえ、最終的には手当たり次第に探りまわることになるだろう。
 万一の事態を考えてのことだ。一つでも見逃せば、面白くないことになる。……ハンスであれば、爆発の衝撃にも耐えられるから、ぎりぎりまで粘ってみる必要があった。
「連中が決闘を望むなら、相手になってあげたかっただけどね。――小娘に打ち負かされるところを直に見られないのは、残念だわ」
 しかし、別の小娘に、今頃はいっぱい食わされている頃だろう。そう思えば、多少は気がまぎれた。
 藤田としては、マカロニウエスタンかぶれのマフィアどもに、この世の厳しさを教えてやれれば、それでいいのだ。自分が出張れない分、同姓の皇には、頑張って欲しいところであった。


「なるほど。あなた方の事情は理解しました。面子の問題など、いろいろ思うことはあるでしょうし、こちらとしても、妥協するにやぶさかではありません」
「――はっきりいいやがれ。要求に従えるのか従えないのか。犠牲者を出したくないなら、すんなり通って当たり前だと思うんだがね?」
 神月は交渉役として、弁論術を披露していた。彼は、正式な市の代表……として、この場に居る。市長から交渉によって、この件を解決させるよう依頼されたのだと。もちろん、これは偽称だが、相手にそれと悟られない程度の話術は心得ている。
「真に申し訳ないのですが、あなた方に譲れない部分があるように、こちらにも体面というものがありまして。あまりにあっさり話をまとめてしまうと、かえってこちらの地位が危うくなるのです。……どうしても、この場は粘った挙句、どうしようもなくなり、やむなく屈した――と。そういう風に見せかける必要があるのですよ」
「そいつはつまり、すでに段取りは整っているってことか? 期待してもいいんだな?」
 念を押すように、マフィアのボスらしき男が訪ねる。
 それに神月は、ポーカーフェイスを保ったまま、答えた。
「テロリストには従えない、というのが市の見解ではあります。しかし、命には代えられない。……たかが数人でも、市民を見捨てたとあれば、やはり外聞がよろしくない」
「人質を、一人殺してやろうか? 回りくどいのは嫌いなんだ。イエスか、はい、か。確かな返答がほしいんだよ、こちらはな」
「ああすいません。はい、はい。市としての意見と、個人の感情とは別物です。――可能な限り、希望にはお応えしますので、どうか、それだけはご勘弁を」
 建前が大事で、保身を考えつつも、目の前の暴力にひたすら恐れ入る小心者。
 そういう『演技』を、神月は完璧にこなしていた。簡単に色よい返事が出てこないことと相まって、信憑性を感じてくれているらしい。嘘も、時と場合で、付き通せば人を救うこともある。今回が、その好例であるといえた。

 神月が交渉に苦心している、ように見せかけている間に、皇は人質の所までつれて来られていた。
 その数、五名。思ったよりも少ないようで、安心する。その周りを取り囲むように、八人のマフィアが彼らを見張っていた。当然のように、全員が銃で武装している。
「手を後ろに回せ。拘束する」
 この憎らしい男を含めれば、敵の数は九名、ということになる。
 この時点で、彼女の仕事はほぼ完了したといってよい。あとは、荒事にもまれつつ、人質を守るだけだ。
「やだ」
 となれば、おとなしくしている道理はない。彼女は擬態を取り去り、戦闘体勢へ。隠し持っていたナイフを手に、その場を切り抜ける。
「なにぃ!?」
「太助くん!」
 皇の呼びかけに、彼は即座に応じた。
 ドアの隙間から這い出ていたスライムは、瞬時にその姿を変え――戦車となる。
「――!」
 その非現実的な光景に、その場に居た者たちが驚愕した。一瞬ではあったが、それだけあれば充分である。皇は五人を戦車の陰へと寄せ、拘束から解き放つ。
「助けに来ました。もう、安心してくださいね」
 彼女の言葉に安心したのか、五人は揃って気の抜けたような顔を晒す。しかし、危機が完全に去ったわけではない。ここからが、問題だ。
「太助? 人質の皆さんを」
『わかった!』
 戦車が変形し、皆を内部へと押し込んだ。かなり窮屈な思いをさせてしまうだろうが、堅牢な鉄の守りの中であれば、銃ごときで傷付くことはない。
 太助は、異物を腹に入れてしまったような、奇妙な感覚を覚える。しかし、これが最善の手段と解するが故に、ここは我慢せねばならなかった。
「おっと」
 皇の傍を、銃弾が掠める。
 すでにマフィアの連中は我に返っており、銃を太助に向けている。その射撃による跳弾、流れ弾が、彼女にも襲い掛かってきていた。
「防弾チョッキ、ねだって良かったわね」
『シャルーンの姐さん! 人質は全員収容したぜ! そろそろ遠慮なくやっちまってくれ』
 言われるまでもなく、シャルーンは行動を起こす。
「まずは、挨拶よ。――食らいなさい!」
 マフィアの集団に対し、義足による容赦のない砲撃を行なった。対人用の装備しか整えていない彼らでは、まともに対処することすら叶わぬ。
 そして、その砲撃の反動を利用し、シャルーン自身も突貫した。義手で打ち据え、盾で防ぎ、また鈍器のように用いて昏倒させる。いまさら人質を用いようと思っても、太助に防護されてはどうしようもなく――決着は、ついた。
「……無様ね」
 もとより、相手はただの人間である。一分もたたず、九名は取り押さえられた。
「シャルーンさんが、強すぎるのよ」
「というより、彼らが弱すぎたの。……この銀幕で維持を貫き通すには、相応の力が必要になる。彼らは、それを持ち合わせていなかった。まったく、それならそれで、妥協して生きればいいものを」
 ウィルといい、彼らといい、やはり一度手痛くやられねば、理解できないというのだろうか。
 だとしたら、なるほど。同類といって、良いのではないかと、シャルーンは思う。
「そうかもね。……後は、爆弾処理と、神月さんの交渉ね。上手く出来てるといいんだけど」
 皇は連中を縛り上げながら、他の班について考えていた。爆弾はもう任せきるしかないとしても、人質を確保した以上、交渉はもう無用である。このことを、伝えに行く必要があった。
「俺が行こうか? 向こうも、いい加減こちらの異変に気付いているかもしれないし」
「太助くん、お願いできる? なら任せるわ。……じゃあ、私とシャルーンさんは、どうしましょう。皆を連れて、外に出ます?」
 開放するまでが、仕事に含まれる。確保した人質は、安全な場所まで誘導しなければならない。皇は、護衛として二人はつけておくべきだと思ったのだ。
「あたしと皇さんは――そうね、脱出しましょう。途中で、また何かあったら大変だもの。最後まで、気を抜かずに行かなければね」
「じゃあ、そうしましょう。ああ、一応、外に連絡をつけなくちゃ。人質の救出は、まっさきに伝えておく必要が、あると思いますから」
 皇が携帯電話を取り出して外と連絡をつける。そして報告を済ませると、また二手に分かれた。
 太助は神月の元へ。皇とシャルーンは外に。これで、一つの懸念は消え去った。後は、いかに完璧に、この事件を終わらせるかである。
 それを追求できる程度には、余裕が出てきていた。


 神月の方も、異変を感じ取っていた。おそらく、これで人質は大丈夫だろうとあたりをつける。
 あれだけ派手にやらかせば、感付かれて当然ともいえるが……マフィアの連中にとっては、驚愕ものであったらしい。
「なんだ?」
 ボスが、傍らに居た男に目配せする。
「わかりません。……様子を見に行かせましょうか?」
 神月の前には、マフィアの親玉と、それを取り巻くように四人の黒服が存在している。
 威嚇と護衛もかねているのだろうが、それは彼を抑えるに充分な戦力ではなかった。
「すいません。話を続けてよろしいですかね?」
「――少し待て。確認したいことがある。そこの……お前でいい。人質を確認してこい」
 頃合かと、神月は判断した。ここで、人質の救出(確認していないが、彼は仲間の成功を疑わない)を悟られるわけにはいかない。
 彼らにとっては残念なことだが、いい加減ここらで退場してもらわねばならなかった。善良な交渉人という仮面を脱ぎ捨て、神月はその牙を剥く。
「ふッ!」
 身を乗り出し、まずは目の前のボスを殴り倒す。一人が即座に対応し、銃を向けるも、射線から体をそらしながら死角より蹴撃。これで、二人が落ちる。
「こ、こいつ――」
「甘いですよ」
 三人目はナイフ使いだった。刃物を前にしても、怯まずにそれを捌き、鳩尾に一撃。
「ゲッ」
 残りは二人。ばらけて挟み撃ちにされたなら、神月とて負傷を覚悟しただろう。しかし、彼には幸いなことに、二人して固まってたたずんでいたので、対処は楽だった。
 ナイフ使いの体を盾にしつつ、脅威の速度で踏み込み、それを投げつける。
「うぁッ」
「グ」
 まさか仲間ごと打ち抜くわけにもいかず、正面から受け止める。その隙を突いて、神月はさらに接近。近接し、瞬く間に二人を制圧した。
「やはり、一対多数が性に合うな。――つうか、こいつらの根性がなさ過ぎるのか。んん?」
 ほんの一時だが、『スイッチを入れた』ので、やや言葉が荒れ気味だった。
 そこで、太助がドアの隙間から這い出てくる。スライムの形から、本来の姿へと戻り、改めて対面した。
「人質は救出したぜ。俺は報告ついでに加勢に来たんだが、その必要はなかったみたいだな」
「ご苦労さん。もうちょっと骨のあるやつらだったら、よかったんだがな」
 これでこの部屋で意識を保っている者は、彼らだけとなる。面倒そうに、二人は気絶させた面々を拘束する作業に入った。手持ちがなかったので、ネクタイで代用するしかなかったが、構わないだろう。
 携帯電話の電源を入れ、外と連絡を取る。
「交渉は終了した。――そちらの守備はどうだ?」
「神月か。さきほど、人質を救出したと言う報告が入ったぞ。……そちらの敵戦力は、全員潰したか?」
 対応したのは、ウィルだった。場合によっては加勢に入ることも計算に入れていたが、その必要はなかったらしい。
「ああ。殺してはいないし、きちんと縛ってある。つっても、ネクタイで、だからな。できれば早々に引き渡したい」
「わかった。今すぐ警官を突入させよう。その後は、戻ってきて……む?」
 また、ウィルの元へ報告が来たらしい。かすかに話し声が、携帯を通じて神月の耳に入る。
「すまない。新たに連絡が来たものでな」
「そうか。もしかして、爆弾処理班からか?」
 ウィルからの返答は、まさに彼の求める通り。作戦成功の報であった。
「ああ、見事に解体を終えたらしい。見つけられた分は、全て処理できたそうだ。犯人からの情報と照らし合わせれば、確実だな」



 ハンスと藤田が最初の爆弾を発見したのは、皇らが人質の下へたどり着いた頃だった。
「一つ目か。さっそく解体作業に入る。藤田は他の人員と共に、探索を続けてくれ」
「わかった。――ちなみに、それを解体するのに、どれくらい時間が掛かりそう?」
「……そうだな。この系統なら、五分もあればどうにかなる」
 全てが同じ種類の爆弾と、限ったわけではない。だから、それ以外については保障いたしかねると、手を動かしながら答えた。
「了解。それが片付くまでには、二つか三つは見つけてあげる」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 せわしなく立ち去ろうとした藤田を、ハンスが呼び止める。怪訝に思ったが、今の彼はこの手の作業の専門家だ。無視するのは得策ではないだろう。
「見つけるのはいいんだが、うかつに触れないほうがいい。物によっては、動かしただけで爆発するものもある。――でも、そうだな。もし爆弾解体の経験がある人が居たら、代わりにやってもらってほしい。俺だけでやるとなると、結構な時間が掛かりそうだからな」
「……ウィルから借りた人員の中に、一人だけ経験のある奴がいたわ。言われるまでもなく、手伝わせるつもりだったけど――そうね、わかった」
 それから約五分後、作業を終えたハンスは、また新たな作業現場に向かった。
 藤田の報告は迅速かつ正確で、次々に危険物を発見してゆく。
「いざというときは、本当に心中するつもりだったんでしょう。ああ、まったく迷惑な」
 動けるだけ動き回り、見つけられるだけ見つけた後、藤田はそうぼやいた。
 火薬の量と、数を考えると、このビルを破壊するには過剰すぎる火力だったのである。相手もそれなりに知識があったのだろうが、運用のプロである藤田からしてみれば、無駄が多すぎた。
「それでも、大方は解除できた。見落としがあるかもしれないから、気は抜けないだろうが……仕掛けた本人に聞けば、それも解決する。とりあえず、後方へ連絡を入れよう」
「了解。……こちら、爆弾処理班。大部分の爆弾は処理出来たと思われる。そちらの進行状況はいかに?」
 携帯を通じて、ウィルの居る後方へ報告を入れた。
 このとき、彼は神月と会話を行なっている最中で、彼は対応する暇がなったが、他のものが情報を受け取る。
「今、取り込み中みたい。でも、必要なことは伝えたわ」
「そうか。皆は上手くやってくれていると思うが、心配だな。怪我人が出ていないと良いのだが」
 少しして、ウィルと繋がると、作戦成功という嬉しい情報が飛び込んできた。
「成功よ。人質も参加者も、傷一つないってさ」
「それは良かった。これから、もう一仕事が待っているんだ。後の行動に支障がないなら、最上の結果だったといえる」
「ええ、本当に。思ったより、信頼し甲斐のある仲間みたいで、私も嬉しいわ」
 こうして、マフィアの蜂起は失敗に終わった。
 だが、本当に重要なのはこれからだった。これからの行動次第で、他の二つの依頼が変わる。
 次は、いかに上手くサポートに入るか。それが問題になってくる。これには単純な力量ではなく、戦友を補助する能力が問われることになるだろう――。




 館へ向かった班のバックアップには、【シャルーン、藤田、神月】。
 ゴーレム班へのサポートには、【ハンス、太助、皇】が向かうこととなった。ウィル自身も、ゴーレム班の下へ赴き、クレアの保護に回るそうだ。彼女は手勢を連れてきているから、それらを回収する為に、出向くのだという。
「テッドの御守りは、あたしに任せなさい」
「眠っていたら、私がたたき起こしてあげるわ。――アンモニアを嗅がせても眠っていたら、ほめてあげるけど」
「医師としては、劇薬の多用は賛成しにくいのですが……状況が状況ですからね。私は、けが人の治療を行います。負傷者を見つけたら、つれてきてください」
 シャルーンが鋼鉄製の棒を弄びながら答え、藤田は薬局で購入したアンモニアを手に、意気込みを語る。そして神月は、医師としての本分を、ここで発揮しようとしていた。
「多分、大丈夫だとは思うけど…心配は心配だし」
「ゴーレムの足回りをこっそりと邪魔して、動けにくくしてやろうかな。いや待てよ? ロープを張り巡らせてみたり、障害物を置いたり……まあ、上手くやってやるさ」
「私も太助くんの手伝いに回るわね。足止めをしたり、注意を逸らすくらいなら、出来ると思うから」
 ハンスは知り合いの強さを承知しつつも、その慎重さから、楽観はしない。太助と皇は共に戦闘のサポートに回る。これで、あちらの班は攻撃に専念できるだろう。
「では、各自散会。お互いに無事に、再会する事を祈る」
 ウィルの号令に、皆が応じる。そして、これから向かう現場を案じながらも、急行するのであった。




 悪夢館に三人が着いたとき、すでに突入班は二階より先に進んでいた。一階には誰の気配もなかったから、ここまでは障害もなく来れたのだろう。
「二階に上がると、分断されてしまう。各自、覚悟はいいわね?」
 ここまで来て、怖気づく者はいない。戦友を助ける為に、ここまで来たのだ。ここで退くことなど、思いもよらぬ。

 藤田は、いつのまにか一人で廊下を歩いている自分に気付く。知らぬ間に、はぐれてしまっていたようだ。
「これも、館の能力なのかしら? 人の意識に訴えかける、この力。侮れないわね」
 手にしたアンモニアは、自分に使うこともできる。ストックは、充分にあるのだ。
 これで眠気を覚ましつつ、彼女は探索を続けた。サポート役が窮地に陥っては、本末転倒である。危険を避けるために、己の技能を総動員し、何とか一人の戦友を見つける。
「眠そうね。これは、助けてあげないと」
 この依頼に参加した者の顔は、記憶してある。藤田が発見したのは、梛織、という名の男だった。
 眠気に抗うも、それに敗北するのは時間の問題と思われた。膝が付き、倒れ掛かっているところを、震える腕で押さえている。頭を振り、さらに意識を保とうとするが、それも無駄だったらしい。
「――! 待ちなさい!」
 これでは埒が明かぬ、と思ったのだろう。銃を取り出して、左足に向ける。何をしようとしているのか、想像が付いた。
「早まらないで、ほら、しゃきっとなさい!」
 直前で駆けつけて、薬品をかがせた。あまりに唐突だったから、驚きと共に眠気は吹き飛んだ。弾みで銃も撃ってしまったが、良い具合にそれて、掠めるに留まる。
「……ぐお」
「ごめん。ちょっと乱暴だったかしら?」
 アンモニアの臭気にもだえつつも、彼は立ち上がる。
「いや、助かった。恩に着る」
 感謝の意を伝えると、二人はそのまま共に行動した。眠くなれば薬品をかがされてしまう。そう思えば、いくらかは気がまぎれた。


 神月が二階に上がりきったとき、すでに二人の姿は見えなくなっていた。
 孤立した事を自覚した彼は、とにかく仲間と合流することを優先した。バッキーが居る為、眠気も襲ってこない。悪夢がこの場に現れたとしても、バッキーに食わせてやれば済むこと。特に不安はなかった。
「おや? あれは」
 しばらく歩き回っているうちに、一人発見した。
 藤田と梛織である。
「上手く合流できたようで、何よりです」
「そちらもね。怪我人が居るんだけど、見てくれる?」
 梛織の左足には、銃弾が掠めた痕があった。小さなものだが、この程度でも、動きは阻害される。治療するにこしたことはなかった。
「……よし、これで大丈夫。他に痛いところは?」
 首を横に振って、梛織は答えた。
 なら良かったと、神月は治療用具をしまう。
「私達は運良がよかった。シャルーンさんは、どこにいるんでしょう?」
「さてね。でも、彼女のことだから、簡単にはやられないでしょう」


 二人に危惧されていたが、シャルーンはその目的を達しようとしていた。
 首尾よくテッドを発見し、鋼鉄製の棒を渡す。彼はそれまでの戦いで武器を失っていた為、この助けは本当に絶妙だった。
「恩にきるぜ」
「気にしなくていいわ。これも、仕事だもの」
 完全に裏方の仕事であったが、彼女の功績によって戦闘が楽になったことは確かである。神月は治療に、藤田は気付けにと。よく仲間をサポートした。その甲斐あってか、誰もが深刻な傷害を追うことなく、仕事を達成できたのである。





 さて、所変わってゴーレムの依頼。
 先行したウィルが、戦闘不能となった『ファミリー』の構成員を回収。それを追う形で、皇らがバックアップに入った。
「まず、俺が移動射撃を行ってゴーレムを牽制する。太助と皇は、その間に撹乱行動に入ってくれ」
「わかったぜ」
「うん。任せて」
 ハンスの提案のままに、彼らは動いた。
 この時点でも、まだ二体のゴーレムは健在である。戦闘でいくらかは傷付いているものの、班の者たちは決め手の行動に移れないようだ。
「こうなったら、私たちが頑張らないとね。表立って活躍はできないけど、こんなのも偶にはいいかな」
「おう。上手くやれたら、俺たちの功績だって大きなもんだ。――せいぜい驚かしてやろうぜ?」
 息が合うもの同士の作業である。思いのほか早くに、障害物は用意できた。ロープを張り詰める作業などは、本当に地味であったが……これも補助になると思えば、耐えられるものである。
 ハンスが遠方から、射撃によってゴーレムの注意をひいた。向こうの班とも連携して、上手くおびき寄せる。
「どうした、こっちだ!」
 彼の精密、かつ激しい威嚇行動は、ゴーレムの不興を買うのには充分であったらしい。
 皇と太助に目配せで合図し、自分の下へと誘導した。
 そして――ついに、罠に掛かる。引いていたロープを次々に引きちぎりながら、微妙にバランスを崩させ、留めに配置した岩。それらが、絶妙の位置にある落とし穴へといざなった。

 大きな地響きと共に、一体のゴーレムは倒れた。そして、それを追うようにやってきたもう一体も、また同じく。

「どうだ! 太助様の落とし穴は半端じゃねぇぜ?」
「……変化してまで、深く掘った甲斐があったわね。完璧じゃない」
 再び響き渡る地響きに、喝采をあげた。
 二人は、手を取り合って、お互いの健闘を称える。そして、班の皆が二体に止めを刺し、ここに全ての依頼は完遂された。




 仕事を終えた後、ウィルは改めて自社のビルに六人を招待し、礼を述べた。
「ありがとう。君たちのおかげで、大事に至らずに済んだ。ファミリーを代表して、お礼を申し上げる」
 誰もが疲れていたが、充実感もあったようで、不満のある顔つきではなかった。
 それに気を良くしつつも、ウィルはけじめをわすれない。
「まあ、テッドとクレアには、あとでお灸をすえてやるさ。……とにもかくにも、ご苦労だった。報酬は、悪役会を通して支払われる。ちょっと贅沢な食事ができるくらいには、色をつけたつもりだ」
 労働の対価としては、相応の報酬であった。依頼に参加した者たちは、それで納得したようで、満足げな表情で、家路に着く。
 それを礼を尽くして見送ったあと、ウィルはテッド、クレアと向き合った。
「弁解があるなら聞こうか?」
 厳しい表情だった。死人が出なかったからこそ良かったものの、これで誰かが犠牲になっていたとしたら。とても、穏便な処分ではすまなかっただろう。
「ああ、いや……すみません。申し訳、ありませんでした。私の、失態です」
「あたしも。頭を下げることしか、できなくて。本当に申し訳ない……」
 以前のウィルであれば、迷わず処断しただろう。しかし、ここは銀幕市。彼を変えた街である。
「――以後は、気をつけるように! 禍根を残すことも許さん。いいな、仲良くしろ。今回はそれで許してやる」
 きょとんとした表情を、二人は浮かべた。
 それで、良いのかと。問いかけるように。
「二度は言わんぞ? わかったら、さっさと仕事に戻れ」
 頭を傾げたが、己の立場もわきまえている。テッドはひたすら恐れ入りながら、職務に戻っていった。
 クレアは、ただ黙って、従う。物思いに浸っていたように見えたのは、果たして錯覚だったのか。
「これで、良いだろう。これが、銀幕市に変えられた、私の流儀だ」
 眼下を見下ろした。そこには、銀幕市の景色が広がっている。
 映画の中で、己が手中にあった街とは違う。明らかに異質で、しかし居心地の良い世界。それが、ウィルにとっての銀幕市だった。
 これからも、騒動のたびに出張ることになるだろう。それがまったく不愉快でないのは、何故なのか。この不思議な市の住人になったことが、その理由であるならば、素直に感謝することができる。
 ウィルは、本心から、そう思うことが出来ていた――。

クリエイターコメント 三つ目の依頼、ここに完遂。
 後半の描写が、やや難しいものになってしまいました。……もう、この手のシナリオの運営は、考えないかもしれません。

 何とかプレイングを考慮し、まとめられたとは思いますが……意見などがあれば、お気軽に。
公開日時2008-02-29(金) 19:20
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