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<ノベル>
ウィルは焦らず、参加者が集まるのを待ち、行動した。皆、適正のあるものばかりである。この任務に望むのに、何の不安も無い。
現場までは車で向かう。人数分はすでに用意していたから、移動時間は僅かなものだった。
皇は、その少ない車の中での時間を、太助を愛でることに使った。
太助もまた、まんざらでもないようで……されるがままに、スキンシップを楽しむ。
「さ、付いたぞ」
ウィルが運転席からドアを開けると、それに従い、全員が外に出る。
犯行現場のビルは、ほんの十数メートル先にある。現場にはすでに警官たちが来ていたが、連絡がいきわたっていたのか、すんなりと受け入れられる。
「なかなか自分の運命ってものは、変え難いモノみたいね、ウィル」
「まさに。――ままならぬ、ものよな」
シャルーンが言ったように、ウィルはこの状況を、己の運命と重ね合わせていた。
平穏に行きていくつもりが、この通り、いつのまにか荒事に担ぎ出されている。これには、皮肉を感じずにはいられない。
「せっかくの別世界なんだから別の人生を楽しめばいいのになー。もったいねー」
「そうよね。皆、太助くんみたいに、可愛ければいいのにね」
太助と皇が、そう評した。
ウィルとても、その意見には賛同したい。だが、ままらなぬのが人の世であると、先ほどから痛感している。
「テロリストの要求には従わない、というのが国際社会の常識よ。それでも決闘がお望みというのなら、やってあげようじゃない」
「まあ、そうですね。しかし、ああいう手合いは、己の価値観が全てです。いつ暴発することか、予測が付きません。……こちらの意図を悟られない為にも、交渉は行なったほうが良いでしょう」
藤田の批判に、神月が応じる。相手がテロリストである以上、突発的な暴走を常に危惧しなければならない。
相手には、世間の常識というものが通じないのだ。それゆえに、柔軟な姿勢が求められる。――そこで、神月は交渉を行なうことを提案した。
「交渉、か。悪くない案だと思う。それを陽動にして、人質を確保するのが無難かな? すると、適任者は」
ハンスもそれに同意し、早速作戦を練っていった。
彼自身、爆弾解体のスキルがある。神月もその技術はあるのだが、彼は交渉役だ。これはどうしても、ハンスが出張る必要がある。
他に、人質の確保する為の人員が必要だ。ただ強いだけでは勤まらない。救出した後、守りきれるだけの能力がなければならない。
「あたしが行くわ。これでも機械拳士だもの。銃を相手にしても、真っ向から渡り合えるわ」
シャルーンがまず立候補する。敵が銃を装備している事を考えると、彼女の戦闘能力は必要だろう。敵を制圧するだけなら、彼女一人でも充分なのだが――人質の守りを考えると、まだ足りない。
「俺も行くぜ。変化すれば、気づかれずに潜入できるしな。いざとなれば、戦車にだって化けられる」
「私も一緒に行くわね。見た目は一般人だし、逃げ遅れたように見せかければ、油断だって誘えると思う。ついでに防弾チョッキを貸してくれれば、充分に盾になれると思うけど?」
太助と皇が、それに続いた。
相手は現代物のマフィア、さらに映画にこだわっている思考の硬直振りを鑑みるに、現実的な現象には気を取られる可能性が高い。太助の変身能力を用いれば、いくらでも意表を突くことが出来る。
皇については、バッキーさえ隠せば一般人に見え、尚且つ女という事で相手も油断し易い。自分を推薦するだけの根拠はあった。それに、誰か人質をすぐに守れる位置にいた方がやり易い、というのも事実。
二人の力量を考慮すれば、あながち無謀とも言えぬ。いや、むしろ現実的に有用だと考えるべきだ。
「なら、私はハンスの補助に回りましょう。工作員としての知識を総動員すれば、相手がどこに爆弾を仕掛けたのか、検討がつきそうだからね。私では、解体までは無理だから、運び出そうかと思っていたけれど。彼がその技能に長けているなら、任せられるわ」
「ああ、たぶん、大丈夫だと思う。専門家とまでは行かないが、それに準ずる程度の能力はある。……可能なら、人質を助ける前には爆発物の処理をしたい所だな」
藤田とハンスが組むことで、連中が自爆する前に処理できる可能性が跳ね上がった。これで、もう後顧の憂い無く、犯人どもをとッ捕まえられるというものだ。
「頼もしいことだ。人手が入用なら、何人か貸してやれるぞ?」
「そうね。いただけるのなら、お願いできる?」
ウィルの申し出を、藤田は受け入れた。ハンスもこれには賛成のようで、黙って頷く。
「よし、手配しよう。こちらの準備は整っているから、一声かければすぐにでも動ける」
「ああ、よろしく頼む。……失敗は、許されないからな。打てる手は、全て打っておきたい」
ハンスの意見も、もっともである。だからこそ、万全の体勢で望むべきなのだ。
話がある程度進んだところで、ウィルがこれまでの内容を整理する。
「では、まとめよう。犯人への交渉役は、神月。貴殿に任せる。出来るだけ長引かせ、注意をひきつけてもらう」
「わかりました。口で丸め込めるよう、努力します。……どうせ空約束になるのですから、何を言っても構いませんよね?」
「構わん。その判断は任せる」
市役所の人間です、とでも嘘を吐けば、乗ってくるはずだ。そこから先は、彼の話術次第だろう。
「次にビルに潜入し、人質を確保する役として……まずは皇に動いてもらおう。犯人は辺りを哨戒しているだろうから、わざと見つかるといい。そうすれば、人質のところまで案内してくれるはずだ。人数の問題から、ひとまとめにして管理することが予想されるからな。シャルーン、太助。君らは密かに彼女の後を付いていき、人質の守護に回って欲しい。太助が先行して皇のそばについていれば、突発的な出来事にも対応できるはずだ。――頼めるか?」
皇で犯人を誘い、太助が人質を守り、シャルーンの力で敵を潰す。連携が重要だが、これくらいは柔軟に対応してくれるものと、ウィルは期待している。
「任せて。女は、化物だもの。丸ごと騙して差し上げるわ」
「俺なら、スライムにでも化けて、悟られずに移動できる。防御に回るなら、俺以上に適任な奴はいねぇよな。……わかった。任せてくれ」
「――で、あたしがオフェンスね。適材適所。特に異論は無いわ」
皇は、刀など大きな武器を預け、ナイフやワイヤーなど仕込めるだけの武器をバッキーを隠し、準備は万端。
太助も腹はくくっている。その表情は自信に満ち、何の不安も感じさせない。
シャルーンとて、気迫では劣っていなかった。義手と義足は、いつでも戦闘用に切り替えられる。そのときがくれば、一気に制圧して見せよう。
「後は爆弾の処理だが――ハンスと藤田に任せたい。二人が組めば、この点に関しては心配要らないな?」
「善処する。最悪でも、ビルからは確実に運び出せると思う。これ以上は、ウィルの用意した人たちが、どこまでやってくれるか。それ次第だろう」
「信頼してくれていいわ。皆を巻き込むことはないでしょう。……いかに早く始末できるか、問題はそこね。まあ――何とかするわ」
ハンス、藤田の両名とも、専門の知識を有している。任せるに足る力を持っているのだから、これも反論などはない。
ただ、シャルーンがここで申し出た。
「爆弾が処理された事を知られないために、コピーも用意しましょうか? 材料さえあれば、すぐにでも――」
「……残念なことに、調達する時間がない、か。その好意は、ありがたく思うけれど……ここは、任せてくれ」
「そう、ね。――それに、あたしも人質の方へ回らなきゃならないし。本当に、残念。上手くいくかと思ったんだけど」
ハンスの言うとおり、この場には爆弾を構成するだけの機材が無い。急いで現場に来なければならなかった現状を踏まえると、いかにも悔しい。
「各自、自分の役目は把握したな? ――よろしい、では動くぞ」
ウィルのその言葉と共に、皆は行動を開始した。
失敗は、許されない。そして、この後にはまだ一仕事が控えているのだ。躓いては、格好が付かないというものではないか。
皇がマフィアどもの目に止まったのは、潜入してすぐのことだった。
一歩遅れれば、外部からの侵入者と看破されたかもしれない。
「何だお前は。そこでなにをしている?」
「ええと、その……」
逃げ遅れた子供が、とっさのことで、うろたえている。
そう見てくれるように、演技をした。これで騙されてくれれば、今後の展開が楽になる。
「……まあいい。撃たれたくなければ、来い。死にたいのなら話は別だが?」
「は、はい。わかり、ました」
おびえたように表情をつくろって、銃で武装した男に誘導される。
その様は、まさに一般人そのもの。だからこそ、不信感を与えずに、人質のところまで連れて行ってくれたのだ。
彼らからは見えない位置に、シャルーンが陣取り、太助がすぐ傍で監視している事にも、気付かずに。
「さぁて、ここからが本番よ? 太助、皇。貴方達の初動で、勝負が決まるといっても過言じゃないんだからね?」
右手に剣を、左手に盾を。そして足にはレールガン。
武装は整えてある。後はひそかに忍び寄り、連中が混乱する時を、待つだけだった。
その頃、ハンスと藤田の班は、爆弾の探索を行なっていた。ウィルから付けられた人員と共に、作業している。
「何としても、人質を助ける前には爆発物の処理をしたい所だな。下手をすれば自爆しかねないし、それを未然に防ぐ為にも」
「ええ。幸いに、というべきか、このビルはさほど大きくはない。いくつ仕掛けたかはわからないけれど、検討はつくわ。……そうね、可能な限り人気の少ない場所、もしくはビルの上階を優先しましょう。あとは、人海戦術ね」
これもまた、言うほど容易な仕事ではない。爆弾自体が、見え見えの状態で放置されているとも考えにくいから、隠されていると見るべきだ。いかに場所が限定されるとはいえ、最終的には手当たり次第に探りまわることになるだろう。
万一の事態を考えてのことだ。一つでも見逃せば、面白くないことになる。……ハンスであれば、爆発の衝撃にも耐えられるから、ぎりぎりまで粘ってみる必要があった。
「連中が決闘を望むなら、相手になってあげたかっただけどね。――小娘に打ち負かされるところを直に見られないのは、残念だわ」
しかし、別の小娘に、今頃はいっぱい食わされている頃だろう。そう思えば、多少は気がまぎれた。
藤田としては、マカロニウエスタンかぶれのマフィアどもに、この世の厳しさを教えてやれれば、それでいいのだ。自分が出張れない分、同姓の皇には、頑張って欲しいところであった。
「なるほど。あなた方の事情は理解しました。面子の問題など、いろいろ思うことはあるでしょうし、こちらとしても、妥協するにやぶさかではありません」
「――はっきりいいやがれ。要求に従えるのか従えないのか。犠牲者を出したくないなら、すんなり通って当たり前だと思うんだがね?」
神月は交渉役として、弁論術を披露していた。彼は、正式な市の代表……として、この場に居る。市長から交渉によって、この件を解決させるよう依頼されたのだと。もちろん、これは偽称だが、相手にそれと悟られない程度の話術は心得ている。
「真に申し訳ないのですが、あなた方に譲れない部分があるように、こちらにも体面というものがありまして。あまりにあっさり話をまとめてしまうと、かえってこちらの地位が危うくなるのです。……どうしても、この場は粘った挙句、どうしようもなくなり、やむなく屈した――と。そういう風に見せかける必要があるのですよ」
「そいつはつまり、すでに段取りは整っているってことか? 期待してもいいんだな?」
念を押すように、マフィアのボスらしき男が訪ねる。
それに神月は、ポーカーフェイスを保ったまま、答えた。
「テロリストには従えない、というのが市の見解ではあります。しかし、命には代えられない。……たかが数人でも、市民を見捨てたとあれば、やはり外聞がよろしくない」
「人質を、一人殺してやろうか? 回りくどいのは嫌いなんだ。イエスか、はい、か。確かな返答がほしいんだよ、こちらはな」
「ああすいません。はい、はい。市としての意見と、個人の感情とは別物です。――可能な限り、希望にはお応えしますので、どうか、それだけはご勘弁を」
建前が大事で、保身を考えつつも、目の前の暴力にひたすら恐れ入る小心者。
そういう『演技』を、神月は完璧にこなしていた。簡単に色よい返事が出てこないことと相まって、信憑性を感じてくれているらしい。嘘も、時と場合で、付き通せば人を救うこともある。今回が、その好例であるといえた。
神月が交渉に苦心している、ように見せかけている間に、皇は人質の所までつれて来られていた。
その数、五名。思ったよりも少ないようで、安心する。その周りを取り囲むように、八人のマフィアが彼らを見張っていた。当然のように、全員が銃で武装している。
「手を後ろに回せ。拘束する」
この憎らしい男を含めれば、敵の数は九名、ということになる。
この時点で、彼女の仕事はほぼ完了したといってよい。あとは、荒事にもまれつつ、人質を守るだけだ。
「やだ」
となれば、おとなしくしている道理はない。彼女は擬態を取り去り、戦闘体勢へ。隠し持っていたナイフを手に、その場を切り抜ける。
「なにぃ!?」
「太助くん!」
皇の呼びかけに、彼は即座に応じた。
ドアの隙間から這い出ていたスライムは、瞬時にその姿を変え――戦車となる。
「――!」
その非現実的な光景に、その場に居た者たちが驚愕した。一瞬ではあったが、それだけあれば充分である。皇は五人を戦車の陰へと寄せ、拘束から解き放つ。
「助けに来ました。もう、安心してくださいね」
彼女の言葉に安心したのか、五人は揃って気の抜けたような顔を晒す。しかし、危機が完全に去ったわけではない。ここからが、問題だ。
「太助? 人質の皆さんを」
『わかった!』
戦車が変形し、皆を内部へと押し込んだ。かなり窮屈な思いをさせてしまうだろうが、堅牢な鉄の守りの中であれば、銃ごときで傷付くことはない。
太助は、異物を腹に入れてしまったような、奇妙な感覚を覚える。しかし、これが最善の手段と解するが故に、ここは我慢せねばならなかった。
「おっと」
皇の傍を、銃弾が掠める。
すでにマフィアの連中は我に返っており、銃を太助に向けている。その射撃による跳弾、流れ弾が、彼女にも襲い掛かってきていた。
「防弾チョッキ、ねだって良かったわね」
『シャルーンの姐さん! 人質は全員収容したぜ! そろそろ遠慮なくやっちまってくれ』
言われるまでもなく、シャルーンは行動を起こす。
「まずは、挨拶よ。――食らいなさい!」
マフィアの集団に対し、義足による容赦のない砲撃を行なった。対人用の装備しか整えていない彼らでは、まともに対処することすら叶わぬ。
そして、その砲撃の反動を利用し、シャルーン自身も突貫した。義手で打ち据え、盾で防ぎ、また鈍器のように用いて昏倒させる。いまさら人質を用いようと思っても、太助に防護されてはどうしようもなく――決着は、ついた。
「……無様ね」
もとより、相手はただの人間である。一分もたたず、九名は取り押さえられた。
「シャルーンさんが、強すぎるのよ」
「というより、彼らが弱すぎたの。……この銀幕で維持を貫き通すには、相応の力が必要になる。彼らは、それを持ち合わせていなかった。まったく、それならそれで、妥協して生きればいいものを」
ウィルといい、彼らといい、やはり一度手痛くやられねば、理解できないというのだろうか。
だとしたら、なるほど。同類といって、良いのではないかと、シャルーンは思う。
「そうかもね。……後は、爆弾処理と、神月さんの交渉ね。上手く出来てるといいんだけど」
皇は連中を縛り上げながら、他の班について考えていた。爆弾はもう任せきるしかないとしても、人質を確保した以上、交渉はもう無用である。このことを、伝えに行く必要があった。
「俺が行こうか? 向こうも、いい加減こちらの異変に気付いているかもしれないし」
「太助くん、お願いできる? なら任せるわ。……じゃあ、私とシャルーンさんは、どうしましょう。皆を連れて、外に出ます?」
開放するまでが、仕事に含まれる。確保した人質は、安全な場所まで誘導しなければならない。皇は、護衛として二人はつけておくべきだと思ったのだ。
「あたしと皇さんは――そうね、脱出しましょう。途中で、また何かあったら大変だもの。最後まで、気を抜かずに行かなければね」
「じゃあ、そうしましょう。ああ、一応、外に連絡をつけなくちゃ。人質の救出は、まっさきに伝えておく必要が、あると思いますから」
皇が携帯電話を取り出して外と連絡をつける。そして報告を済ませると、また二手に分かれた。
太助は神月の元へ。皇とシャルーンは外に。これで、一つの懸念は消え去った。後は、いかに完璧に、この事件を終わらせるかである。
それを追求できる程度には、余裕が出てきていた。
神月の方も、異変を感じ取っていた。おそらく、これで人質は大丈夫だろうとあたりをつける。
あれだけ派手にやらかせば、感付かれて当然ともいえるが……マフィアの連中にとっては、驚愕ものであったらしい。
「なんだ?」
ボスが、傍らに居た男に目配せする。
「わかりません。……様子を見に行かせましょうか?」
神月の前には、マフィアの親玉と、それを取り巻くように四人の黒服が存在している。
威嚇と護衛もかねているのだろうが、それは彼を抑えるに充分な戦力ではなかった。
「すいません。話を続けてよろしいですかね?」
「――少し待て。確認したいことがある。そこの……お前でいい。人質を確認してこい」
頃合かと、神月は判断した。ここで、人質の救出(確認していないが、彼は仲間の成功を疑わない)を悟られるわけにはいかない。
彼らにとっては残念なことだが、いい加減ここらで退場してもらわねばならなかった。善良な交渉人という仮面を脱ぎ捨て、神月はその牙を剥く。
「ふッ!」
身を乗り出し、まずは目の前のボスを殴り倒す。一人が即座に対応し、銃を向けるも、射線から体をそらしながら死角より蹴撃。これで、二人が落ちる。
「こ、こいつ――」
「甘いですよ」
三人目はナイフ使いだった。刃物を前にしても、怯まずにそれを捌き、鳩尾に一撃。
「ゲッ」
残りは二人。ばらけて挟み撃ちにされたなら、神月とて負傷を覚悟しただろう。しかし、彼には幸いなことに、二人して固まってたたずんでいたので、対処は楽だった。
ナイフ使いの体を盾にしつつ、脅威の速度で踏み込み、それを投げつける。
「うぁッ」
「グ」
まさか仲間ごと打ち抜くわけにもいかず、正面から受け止める。その隙を突いて、神月はさらに接近。近接し、瞬く間に二人を制圧した。
「やはり、一対多数が性に合うな。――つうか、こいつらの根性がなさ過ぎるのか。んん?」
ほんの一時だが、『スイッチを入れた』ので、やや言葉が荒れ気味だった。
そこで、太助がドアの隙間から這い出てくる。スライムの形から、本来の姿へと戻り、改めて対面した。
「人質は救出したぜ。俺は報告ついでに加勢に来たんだが、その必要はなかったみたいだな」
「ご苦労さん。もうちょっと骨のあるやつらだったら、よかったんだがな」
これでこの部屋で意識を保っている者は、彼らだけとなる。面倒そうに、二人は気絶させた面々を拘束する作業に入った。手持ちがなかったので、ネクタイで代用するしかなかったが、構わないだろう。
携帯電話の電源を入れ、外と連絡を取る。
「交渉は終了した。――そちらの守備はどうだ?」
「神月か。さきほど、人質を救出したと言う報告が入ったぞ。……そちらの敵戦力は、全員潰したか?」
対応したのは、ウィルだった。場合によっては加勢に入ることも計算に入れていたが、その必要はなかったらしい。
「ああ。殺してはいないし、きちんと縛ってある。つっても、ネクタイで、だからな。できれば早々に引き渡したい」
「わかった。今すぐ警官を突入させよう。その後は、戻ってきて……む?」
また、ウィルの元へ報告が来たらしい。かすかに話し声が、携帯を通じて神月の耳に入る。
「すまない。新たに連絡が来たものでな」
「そうか。もしかして、爆弾処理班からか?」
ウィルからの返答は、まさに彼の求める通り。作戦成功の報であった。
「ああ、見事に解体を終えたらしい。見つけられた分は、全て処理できたそうだ。犯人からの情報と照らし合わせれば、確実だな」
ハンスと藤田が最初の爆弾を発見したのは、皇らが人質の下へたどり着いた頃だった。
「一つ目か。さっそく解体作業に入る。藤田は他の人員と共に、探索を続けてくれ」
「わかった。――ちなみに、それを解体するのに、どれくらい時間が掛かりそう?」
「……そうだな。この系統なら、五分もあればどうにかなる」
全てが同じ種類の爆弾と、限ったわけではない。だから、それ以外については保障いたしかねると、手を動かしながら答えた。
「了解。それが片付くまでには、二つか三つは見つけてあげる」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
せわしなく立ち去ろうとした藤田を、ハンスが呼び止める。怪訝に思ったが、今の彼はこの手の作業の専門家だ。無視するのは得策ではないだろう。
「見つけるのはいいんだが、うかつに触れないほうがいい。物によっては、動かしただけで爆発するものもある。――でも、そうだな。もし爆弾解体の経験がある人が居たら、代わりにやってもらってほしい。俺だけでやるとなると、結構な時間が掛かりそうだからな」
「……ウィルから借りた人員の中に、一人だけ経験のある奴がいたわ。言われるまでもなく、手伝わせるつもりだったけど――そうね、わかった」
それから約五分後、作業を終えたハンスは、また新たな作業現場に向かった。
藤田の報告は迅速かつ正確で、次々に危険物を発見してゆく。
「いざというときは、本当に心中するつもりだったんでしょう。ああ、まったく迷惑な」
動けるだけ動き回り、見つけられるだけ見つけた後、藤田はそうぼやいた。
火薬の量と、数を考えると、このビルを破壊するには過剰すぎる火力だったのである。相手もそれなりに知識があったのだろうが、運用のプロである藤田からしてみれば、無駄が多すぎた。
「それでも、大方は解除できた。見落としがあるかもしれないから、気は抜けないだろうが……仕掛けた本人に聞けば、それも解決する。とりあえず、後方へ連絡を入れよう」
「了解。……こちら、爆弾処理班。大部分の爆弾は処理出来たと思われる。そちらの進行状況はいかに?」
携帯を通じて、ウィルの居る後方へ報告を入れた。
このとき、彼は神月と会話を行なっている最中で、彼は対応する暇がなったが、他のものが情報を受け取る。
「今、取り込み中みたい。でも、必要なことは伝えたわ」
「そうか。皆は上手くやってくれていると思うが、心配だな。怪我人が出ていないと良いのだが」
少しして、ウィルと繋がると、作戦成功という嬉しい情報が飛び込んできた。
「成功よ。人質も参加者も、傷一つないってさ」
「それは良かった。これから、もう一仕事が待っているんだ。後の行動に支障がないなら、最上の結果だったといえる」
「ええ、本当に。思ったより、信頼し甲斐のある仲間みたいで、私も嬉しいわ」
こうして、マフィアの蜂起は失敗に終わった。
だが、本当に重要なのはこれからだった。これからの行動次第で、他の二つの依頼が変わる。
次は、いかに上手くサポートに入るか。それが問題になってくる。これには単純な力量ではなく、戦友を補助する能力が問われることになるだろう――。
館へ向かった班のバックアップには、【シャルーン、藤田、神月】。
ゴーレム班へのサポートには、【ハンス、太助、皇】が向かうこととなった。ウィル自身も、ゴーレム班の下へ赴き、クレアの保護に回るそうだ。彼女は手勢を連れてきているから、それらを回収する為に、出向くのだという。
「テッドの御守りは、あたしに任せなさい」
「眠っていたら、私がたたき起こしてあげるわ。――アンモニアを嗅がせても眠っていたら、ほめてあげるけど」
「医師としては、劇薬の多用は賛成しにくいのですが……状況が状況ですからね。私は、けが人の治療を行います。負傷者を見つけたら、つれてきてください」
シャルーンが鋼鉄製の棒を弄びながら答え、藤田は薬局で購入したアンモニアを手に、意気込みを語る。そして神月は、医師としての本分を、ここで発揮しようとしていた。
「多分、大丈夫だとは思うけど…心配は心配だし」
「ゴーレムの足回りをこっそりと邪魔して、動けにくくしてやろうかな。いや待てよ? ロープを張り巡らせてみたり、障害物を置いたり……まあ、上手くやってやるさ」
「私も太助くんの手伝いに回るわね。足止めをしたり、注意を逸らすくらいなら、出来ると思うから」
ハンスは知り合いの強さを承知しつつも、その慎重さから、楽観はしない。太助と皇は共に戦闘のサポートに回る。これで、あちらの班は攻撃に専念できるだろう。
「では、各自散会。お互いに無事に、再会する事を祈る」
ウィルの号令に、皆が応じる。そして、これから向かう現場を案じながらも、急行するのであった。
悪夢館に三人が着いたとき、すでに突入班は二階より先に進んでいた。一階には誰の気配もなかったから、ここまでは障害もなく来れたのだろう。
「二階に上がると、分断されてしまう。各自、覚悟はいいわね?」
ここまで来て、怖気づく者はいない。戦友を助ける為に、ここまで来たのだ。ここで退くことなど、思いもよらぬ。
藤田は、いつのまにか一人で廊下を歩いている自分に気付く。知らぬ間に、はぐれてしまっていたようだ。
「これも、館の能力なのかしら? 人の意識に訴えかける、この力。侮れないわね」
手にしたアンモニアは、自分に使うこともできる。ストックは、充分にあるのだ。
これで眠気を覚ましつつ、彼女は探索を続けた。サポート役が窮地に陥っては、本末転倒である。危険を避けるために、己の技能を総動員し、何とか一人の戦友を見つける。
「眠そうね。これは、助けてあげないと」
この依頼に参加した者の顔は、記憶してある。藤田が発見したのは、梛織、という名の男だった。
眠気に抗うも、それに敗北するのは時間の問題と思われた。膝が付き、倒れ掛かっているところを、震える腕で押さえている。頭を振り、さらに意識を保とうとするが、それも無駄だったらしい。
「――! 待ちなさい!」
これでは埒が明かぬ、と思ったのだろう。銃を取り出して、左足に向ける。何をしようとしているのか、想像が付いた。
「早まらないで、ほら、しゃきっとなさい!」
直前で駆けつけて、薬品をかがせた。あまりに唐突だったから、驚きと共に眠気は吹き飛んだ。弾みで銃も撃ってしまったが、良い具合にそれて、掠めるに留まる。
「……ぐお」
「ごめん。ちょっと乱暴だったかしら?」
アンモニアの臭気にもだえつつも、彼は立ち上がる。
「いや、助かった。恩に着る」
感謝の意を伝えると、二人はそのまま共に行動した。眠くなれば薬品をかがされてしまう。そう思えば、いくらかは気がまぎれた。
神月が二階に上がりきったとき、すでに二人の姿は見えなくなっていた。
孤立した事を自覚した彼は、とにかく仲間と合流することを優先した。バッキーが居る為、眠気も襲ってこない。悪夢がこの場に現れたとしても、バッキーに食わせてやれば済むこと。特に不安はなかった。
「おや? あれは」
しばらく歩き回っているうちに、一人発見した。
藤田と梛織である。
「上手く合流できたようで、何よりです」
「そちらもね。怪我人が居るんだけど、見てくれる?」
梛織の左足には、銃弾が掠めた痕があった。小さなものだが、この程度でも、動きは阻害される。治療するにこしたことはなかった。
「……よし、これで大丈夫。他に痛いところは?」
首を横に振って、梛織は答えた。
なら良かったと、神月は治療用具をしまう。
「私達は運良がよかった。シャルーンさんは、どこにいるんでしょう?」
「さてね。でも、彼女のことだから、簡単にはやられないでしょう」
二人に危惧されていたが、シャルーンはその目的を達しようとしていた。
首尾よくテッドを発見し、鋼鉄製の棒を渡す。彼はそれまでの戦いで武器を失っていた為、この助けは本当に絶妙だった。
「恩にきるぜ」
「気にしなくていいわ。これも、仕事だもの」
完全に裏方の仕事であったが、彼女の功績によって戦闘が楽になったことは確かである。神月は治療に、藤田は気付けにと。よく仲間をサポートした。その甲斐あってか、誰もが深刻な傷害を追うことなく、仕事を達成できたのである。
さて、所変わってゴーレムの依頼。
先行したウィルが、戦闘不能となった『ファミリー』の構成員を回収。それを追う形で、皇らがバックアップに入った。
「まず、俺が移動射撃を行ってゴーレムを牽制する。太助と皇は、その間に撹乱行動に入ってくれ」
「わかったぜ」
「うん。任せて」
ハンスの提案のままに、彼らは動いた。
この時点でも、まだ二体のゴーレムは健在である。戦闘でいくらかは傷付いているものの、班の者たちは決め手の行動に移れないようだ。
「こうなったら、私たちが頑張らないとね。表立って活躍はできないけど、こんなのも偶にはいいかな」
「おう。上手くやれたら、俺たちの功績だって大きなもんだ。――せいぜい驚かしてやろうぜ?」
息が合うもの同士の作業である。思いのほか早くに、障害物は用意できた。ロープを張り詰める作業などは、本当に地味であったが……これも補助になると思えば、耐えられるものである。
ハンスが遠方から、射撃によってゴーレムの注意をひいた。向こうの班とも連携して、上手くおびき寄せる。
「どうした、こっちだ!」
彼の精密、かつ激しい威嚇行動は、ゴーレムの不興を買うのには充分であったらしい。
皇と太助に目配せで合図し、自分の下へと誘導した。
そして――ついに、罠に掛かる。引いていたロープを次々に引きちぎりながら、微妙にバランスを崩させ、留めに配置した岩。それらが、絶妙の位置にある落とし穴へといざなった。
大きな地響きと共に、一体のゴーレムは倒れた。そして、それを追うようにやってきたもう一体も、また同じく。
「どうだ! 太助様の落とし穴は半端じゃねぇぜ?」
「……変化してまで、深く掘った甲斐があったわね。完璧じゃない」
再び響き渡る地響きに、喝采をあげた。
二人は、手を取り合って、お互いの健闘を称える。そして、班の皆が二体に止めを刺し、ここに全ての依頼は完遂された。
仕事を終えた後、ウィルは改めて自社のビルに六人を招待し、礼を述べた。
「ありがとう。君たちのおかげで、大事に至らずに済んだ。ファミリーを代表して、お礼を申し上げる」
誰もが疲れていたが、充実感もあったようで、不満のある顔つきではなかった。
それに気を良くしつつも、ウィルはけじめをわすれない。
「まあ、テッドとクレアには、あとでお灸をすえてやるさ。……とにもかくにも、ご苦労だった。報酬は、悪役会を通して支払われる。ちょっと贅沢な食事ができるくらいには、色をつけたつもりだ」
労働の対価としては、相応の報酬であった。依頼に参加した者たちは、それで納得したようで、満足げな表情で、家路に着く。
それを礼を尽くして見送ったあと、ウィルはテッド、クレアと向き合った。
「弁解があるなら聞こうか?」
厳しい表情だった。死人が出なかったからこそ良かったものの、これで誰かが犠牲になっていたとしたら。とても、穏便な処分ではすまなかっただろう。
「ああ、いや……すみません。申し訳、ありませんでした。私の、失態です」
「あたしも。頭を下げることしか、できなくて。本当に申し訳ない……」
以前のウィルであれば、迷わず処断しただろう。しかし、ここは銀幕市。彼を変えた街である。
「――以後は、気をつけるように! 禍根を残すことも許さん。いいな、仲良くしろ。今回はそれで許してやる」
きょとんとした表情を、二人は浮かべた。
それで、良いのかと。問いかけるように。
「二度は言わんぞ? わかったら、さっさと仕事に戻れ」
頭を傾げたが、己の立場もわきまえている。テッドはひたすら恐れ入りながら、職務に戻っていった。
クレアは、ただ黙って、従う。物思いに浸っていたように見えたのは、果たして錯覚だったのか。
「これで、良いだろう。これが、銀幕市に変えられた、私の流儀だ」
眼下を見下ろした。そこには、銀幕市の景色が広がっている。
映画の中で、己が手中にあった街とは違う。明らかに異質で、しかし居心地の良い世界。それが、ウィルにとっての銀幕市だった。
これからも、騒動のたびに出張ることになるだろう。それがまったく不愉快でないのは、何故なのか。この不思議な市の住人になったことが、その理由であるならば、素直に感謝することができる。
ウィルは、本心から、そう思うことが出来ていた――。
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クリエイターコメント | 三つ目の依頼、ここに完遂。 後半の描写が、やや難しいものになってしまいました。……もう、この手のシナリオの運営は、考えないかもしれません。
何とかプレイングを考慮し、まとめられたとは思いますが……意見などがあれば、お気軽に。 |
公開日時 | 2008-02-29(金) 19:20 |
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