★ セイサン ★
<オープニング>

 さああ、と公園内にある噴水で、水が流れている。
 蝶也(チョウヤ)は、流れる水をぼんやりと眺めつつ、呟く。「美花」と。
 映画「君と共に」のヒロインである彼女は、蝶也の目の前で息を引き取っている。その瞬間が、彼の網膜から離れないのだ。
 ムービースターとして、銀幕市に存在している。だがそれは、自分だけ。
 蝶也はぐっと拳を握り締める。そうして、止め処なく水が流れている噴水へと目をやる。
「似ている」
 蝶也が美花に初めて告白したという、思い出の場所にあったものに、その噴水は酷似していた。目の前の噴水自体を、思い出の場所にしてしまっても良いくらいに。
 美しき思い出の場所に。
「……フィルム、フィルムが落ちているぞ!」
 突如声が響き、蝶也はびくりと身体を震わせてから、そちらを見る。辺りにいる人々が、ばたばたと慌しく声がする方へと向かっていっていた。
「これで何人目だ?」
「3人目じゃなかったか。くそ、油断していた隙に」
 呟きつつ、彼らが過ぎ去る。そのうちの一人が、蝶也に声をかけてきた。
「ここで、何をしているんだ?」
「俺は、ただ、この噴水に……」
 蝶也がそこまで言うと、彼は「ああ」と納得する。蝶也の映画を観ているのだろう。
「物騒な事件が起こっている。あまり、ここに近寄らない方がいい」
 彼はそう言い、目を伏せた。「ムービースターが、立て続けにやられている」
「……ムービースターが?」
「今はまだ、女性のムービースターだけだ。だが、まだ女性だけが狙われているとは限らないからね」
 彼はそう言い、更に「気をつけてくれ」と付け加えた。そうして、再び声がした方へと向かおうとする。
「……待ってください。俺も、手伝いたい」
「え?」
「ここは俺と美花の思い出の場所によく似ている。そんな場所を、汚されたくない」
 せめてここくらい、美しい思い出として在って欲しい。眉間に皺を寄せ、蝶也は彼に言い放つ。
 暫くし、彼は諦めを含んだように「わかった」と頷く。
「私は対策課の人間だ。明日、市役所の方にきてくれ」
 蝶也はにっこりと笑い、はい、と頷いた。


 しかし、穢されたくないという蝶也の思いとは裏腹に、ムービースターがフィルム化させられる事件は続いた。
 それも、女性ばかり。
「まだ、穢され続けている……」
 ぐっと拳を握り締め、蝶也は下唇を噛み締めた。
「しかも、だんだん間隔まで狭まっている」
 公園を見張る蝶也たちをあざ笑うかのように、被害者の数は増え続けていた。事件と事件の間の日数は減っていくのに、被害者の数はどんどん増え続けている。
「穢される……穢されてしまう」
 悔しそうなその呟きが、市役所の対策課内に静かに響いた。

種別名シナリオ 管理番号353
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント<補足情報>
・今までにフィルムと化したムービースターは全部で7人。その全てが女性。
・いずれも噴水のある公園内。時間に共通点はない(夜やら昼やら、様々)
・被害者は、たまたま通りかかった者、事件解決の手助けをしようとした者等、様々。
・上記の件において、更に詳しい情報は植村に聞けば分かります。

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。

新年早々、シリアスなものにしてみました。
皆様のご参加、心よりお待ちしております。

参加者
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
李 黒月(cast1963) ムービースター 男 20歳 半人狼
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
小春(cfds6440) ムービースター 女 25歳 幽霊メイド
続 那戯(ctvc3272) ムービーファン 男 32歳 山賊
<ノベル>

 対策課の手伝いを申し出た人たちのため、植村は会議室の一つを使って皆を集めた。蝶也もそれに参加する。自分も、現場にいた者として。
「……以上が、これまでに起こった事件のあらましになります」
 植村はそういって、皆を見回した。簡単に自己紹介をした後、今まで起こった7件についての大よその情報を皆に提供したのだ。
 全員女性のムービースターで、公園内で起こり、間隔が狭まってきている。
 簡単に言ってしまうと、それくらいしか情報はなかったが。
「何故、女性のムービースターばかりが狙われているんでしょうか」
 李 黒月(リ コクヅキ)は、疑問を口にした。淡々と、無愛想な表情から言葉がつむがれる様子に、植村は「分かりません」と首を振る。
「たまたま、という数じゃないですからね」
「時間はばらばらでも、手口は統一性ないのか?」
 スルト・レイゼンが尋ねる。表情は限りなく硬い。事件を解決しようとしたがフィルム化されてしまった女性の中に、知り合いがいたのだ。
「統一性といえるかは不明ですが、女性のムービースターが一人でいる時、と言えるでしょう。二人以上が同時にフィルム化した事は、まだありません」
「そういえば、私の時も一人でいた時でした」
 小春(コハル)はそう言い、記憶の糸を辿る。対策課に「犯人らしき者に襲われたかもしれない」と申し出ていたのだ。
「買い物の帰りでした。公園の近くを歩いていた時、いきなり襲われたんです」
 皆の視線が、小春に向けられる。蝶也は目を大きく見開き、ゆっくりと口を開く。
「よく、無事でしたね」
「もともと死んでいるからじゃないでしょうか。ほら、こんな風に」
 小春はそう言い、血まみれの姿になる。ひらりとたくし上げたスカートの中には、足がない。
「反撃しても良かったんですけれど、卵が割れたら困るので逃げました」
 ふふ、と笑う小春に、蝶也は小さく「そうですか」と頷く。
「それ、いつの話?」
 今まで黙っていた、続 那戯(ツヅキ ナギ)が口を開く。
「ええと……ちょうど二週間前の夕方、ですけど」
「その頃、事件起こってないの?」
 那戯に尋ねられ、植村は「ええと」と呟きながら資料をめくる。
「……確か、4件目があったんじゃなかったですっけ。13日前ですから、小春さんが襲われた次の日だと」
 蝶也が口を開く。
「詳しく覚えているな、あんた」
 スルトが感心したように言うと、蝶也は顔を翳らせながら俯いた。そんな蝶也の様子に、キュキュが「どうしましたか?」と尋ねる。
「顔色が良くありませんよ」
 キュキュがぐいっと覗き込むように顔を寄せると、蝶也は「うわっ」と声を上げ、びくりとして一歩後ろに下がる。
「驚かせちゃいましたか」
「い、いえ」
 くすくすと笑うキュキュに、蝶也は「すいません」と謝る。
「そういえば、被害者の方達はどのようにやられているんでしょうか」
 黒月が植村に尋ねる。植村は「そうですね」といいながら、ぱらぱらと資料をめくる。
「どのような方法でフィルム化しているかは、分かっていません。何しろ、発見されるのは決まってフィルムなんです」
「暗殺方法は未だ解明されずって事か。ナカナカ興味深い事件だな」
 那戯はそう言って、くつくつと笑う。
「時間はばらばらでも、手口に統一性があると思っていたんだが
 スルトはそう言い、ため息をつく。
「場所も公園内というだけで、場所もばらばらですから」
 植村はそう言って苦笑する。今までフィルムが発見されたのが、いずれも公園の敷地内であることは間違いないが、決まった場所という訳ではない。噴水を中心とした、それなりの広さがある公園だ。
「それなら、公園を殺害現場とした映画はどうですか?」
 キュキュが尋ねると、植村はしばらく考えてから首を振る。
「すべてが公園で、という映画は心当たりありません。連続殺人があり、そのうちの一つが公園、というものならばたくさんありそうですが、それ以上にたくさんありすぎて絞る事は無理だと思います」
「となると、犯人を探す方法としては見張りが手っ取り早いか。後、囮捜査と併せれば一番だが」
 そう言いながら、スルトは皆を見渡す。囮捜査が有効であろうことは分かるが、危ないと分かっているのに立候補してくれるだろうか。
 しばらくの沈黙の後、すっとキュキュの手が挙げられる。
「と、とりあえず囮立候補です!」
 その声にはっとしたように、小春の手も挙がる。
「私も立候補をします」
 キュキュと小春は顔を見合わせ、互いに笑いあう。
「お揃いですね!」
 小春は、ひらりとメイド服のスカートを揺らす。
「同じ、メイド仲間ですものね」
 キュキュも嬉しそうにに、メイド服のスカートの裾をつまんだ。
「気を付けて下さい。相手は、女性のムービースターばかりを狙っているのですから」
 黒月はそう言い、キュキュと小春を見る。被害者共通事項である、女性のムービースターという点に二人は当てはまっている。加えて言うと、小春は襲われたばかりなのだ。
 その言葉に、キュキュは「大丈夫です」といって微笑む。
「今までは、一人のところを狙われていると思うんです。だから、二人になれば安全度が増すかもしれません」
「でも、それでは犯人が警戒して来ないかもしれねぇぜ?」
 にやりと笑いながら那戯が言うと、小春が「それなら」と言ってすっと自らの体を透明にしてみせる。
「私がこうやって、囮になられたキュキュさんの傍で待機していたらどうでしょう」
「それなら犯人は油断するかもしれませんね」
 植村はそう言って頷き、続けて「それでも、気をつけて下さいね」と付け加えた。
「勿論、俺達も見張りますし。何も起こらないように」
 蝶也はそう言い、ちらりと時計を見る。
「そろそろ交代の時間ですね。よろしければ、一緒に行きませんか?」
 蝶也の呼びかけに、皆が顔を見合わせる。
「あ、俺様はまだちょーっと植村に用があるからパス」
 那戯だけが、にっと笑いながらそう言った。蝶也は「それでは」と言って、キュキュ、小春、スルト、黒月の四人と共に会議室を後にした。


 四人が出て行ったのを見送った後、不思議そうな植村に那戯は口を開く。
「蝶也の映画って、どんなんだ?」
「え? 蝶也さんの、ですか」
「そ。恋愛物とは聞いたけど、詳しくは聞いてねぇからな」
 那戯が言うと、植村は「はあ」と言いながら、資料をめくる。
 植村によれば、映画「君と共に」は、美花という病気のヒロインと、彼女を支える恋人の蝶也の恋愛映画なのだという。美花の病気が分かる以前に蝶也が噴水で告白をし、恋人同士となる。だが、美花の病気が発覚。死に至る病と分かり、美花は絶望して蝶也に辛く当たったり、別れを告げたりする。だが、蝶也の愛で美花は希望を取り戻し、やがて幸せな時間の中で息を引き取る。その後、蝶也は美花の写真を抱きしめ、告白した噴水の前で「ずっと君と一緒だ」と呟く。
 たった、それだけの物語。
「その噴水って、別に映画の中の場所じゃないんだろ?」
「ええ。それでも、蝶也さんによれば大変よく似ているそうです」
 植村はそう言い、パンフレットを見つけて那戯に手渡す。蝶也と美花が見詰め合うような表紙に、タイトルである「君と共に」の文字があり、その下に小さく「蝶は花と共に生きる」というキャッチフレーズが書いてある。
「ふうん」
 那戯は植村からパンフレットを受け取り、ぱらぱらとめくる。なるほど、植村から教えてもらったあらすじと同じような内容が、書かれている。
「これ、借りていくぜ」
「それは構いませんが、どうしてですか?」
 不思議そうに尋ねる植村に、那戯はにっと笑いながら「ケース収集」とだけ答える。そして、ポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出しつつ、立ち上がる。
「じゃあ、俺様も公園にゴーすっか」
 くつくつと笑いながら、小さく呟く。その際、携帯電話が通話状態になったらしく「もしもし。俺様俺様」と話しかけた。
「ちょっと話を聞きたい。後、見張っとけ。何って、公園だ。……うっせぇな、さっさと行きやがれ」
 那戯はそれだけ言うと、ぷちっと通話を終えた。


 蝶也と共に公園にやってきた四人は、そこで見張っていた対策課の人たちと簡単に顔合わせをする。
「後もう一人、続 那戯さんという方が合流されると思います」
「そうですか。ご協力、ありがとうございます」
 にこやかに挨拶をする対策課の人に、蝶也は「ご苦労様です」と頭を下げた。
「今から見張るのは、俺たち以外に誰がいるんだ?」
 スルトが尋ねると、対策課の人は「そうですね」と言いながら辺りを見回して確認する。
「対策課の人間が4、5人といったところでしょうか。後、お手伝いをしてくれるムービースターの方が1人」
「ムービースターですか。性別は?」
「女性です。なんでも、囮になってくださるとかで。ええと……あの方ですね」
 黒月の問いに彼はそう答え、少し離れた場所を歩いていた女性に手を振る。彼女は「何か用ですか?」と言いながら近づいてきた。
「ムービースターのハルミさんです」
 ハルミは「よろしくね」と言いながら、ぺこりと頭を下げた。年は20歳くらいだろうか。かわいらしい雰囲気の女性だ。皆が自己紹介をすると、ハルミはにこっと笑う。
「囮になっているんで、いざという時は助けてね」
「何かあったら、すぐに逃げてください」
 黒月が言うと、ハルミは「ありがとう」と礼を言い、また再び公園内を歩く為に皆に背を向ける。警戒しつつ、公園内を移動する。それが囮として志願した彼女の役目だ。
 そんなハルミの様子を、じっと蝶也は見つめていた。
「何かあるのか?」
 スルトが尋ねると、はっとしたように蝶也は「あ」と声を上げた。しかしすぐに平静を取り戻し、にこやかに「いえ」と答える。
「何でもないんです」
「何かあるなら、些細な事でも教えてもらった方がいいんですが」
 黒月の言葉に、再び蝶也は「何でもないんです」と答える。それ以上は口をつぐんだまま、答えない。
「それじゃあ、私達も行きましょうか」
 小春がそう言って沈黙を破って姿を消そうとすると、キュキュが「待ってください」と止める。そして、小さな声で呪文を唱え、自分と小春に魔法をかける。
「何の魔法ですか? キュキュさん」
「刺属性無効魔法です。飛び道具でしたら確実性が薄くなるから、姿を消しての刺殺ではないかと思って」
 物理攻撃以外ならば対処不能ですけど、とキュキュは付け加える。
「いいえ。魔法がかかっていると、ちょっと安心できます」
 小春はそう言って微笑むと、すう、と姿を透明にした。これでキュキュと共に行動し、囮として行動するのだ。
 見た目は一人にしか見えず、気配も二人ともが女性のムービースター。囮として十分だろう。
「今、囮となっているのはキュキュさんと小春さん、それにハルミさんの三人ですね」
 蝶也の言葉に、スルトが「視覚的には二人だけどな」と付け加える。
「ハルミが心配だ。キュキュと小春は二人でいるが、ハルミは一人だからな」
「それなら、分かれて行動しませんか。公園内は、広いですし」
 スルトの言葉を受けて、蝶也が提案する。スルトはちらりと視線を蝶也に向けたが、誰もそれには気づかなかった。
「分かりました。では、気をつけて」
 黒月はそう言い、歩き始める。キュキュと小春も「それでは」と言って、公園内を歩き始めた。
「それじゃあ、俺も」
 蝶也がそう言ってスルトに軽く頭を下げる。スルトは「ああ」と頷き、小さくため息をついた。
 そうして、ゆっくりと歩き始める。ハルミが歩いている方向へと向かって。


 那戯は公園前に辿り着く。ちらりと公園内を見ると、ちらほらとあたりを気にしつつ歩いている人たちがいる。おそらくは、対策課の人間だろう。
「あ、お疲れ様です」
 声をかけられてそちらを見ると、那戯の手下が立っていた。那戯の指示通り、公園で待っていたのだ。
「それで、話ってなんですか?」
「ここ最近に起こっている、ムービースターのフィルム化について、ユーは何か知らないか?」
 那戯の言葉に、手下は「ええと」と呟く。
「対策課の人たちが知っている以上の事は、こっちも分かりません」
「目撃者くらい、いるんじゃねぇのか?」
「俺らの中に、対策課の人たちと一緒に見張ってみた者もいたみたいです。ですが、残念ながら目撃はしていないようで」
 那戯は「ふん」と鼻で笑う。情報が少なすぎる。一人くらい、現場を見ていてもおかしくはない。偶然誰かが見ていた、でもいい。いずれにしろ、町中に手下がいるのだから、誰かが見ていれば噂として耳に入ってくるはずだ。
 だが、それがない。
 絶対的な情報不足なのだ。
「仕方ねぇ。人海戦術でいくか」
 ため息をつき、那戯はそう言って手下を見る。
「この公園を、見張れ。後、出入り口はしっかり固めとけ。誰が行き来したかチェックしろ」
「それなら、対策課の人も」
 やっている、と言おうとしたが、那戯がじろりと睨んだために言葉はそこで途切れた。手下は「分かりました」と答え、早速他の仲間たちに連絡をする。
「俺様は、合流するか」
 那戯はそう呟き、公園へと足を踏み入れた。


 キュキュと小春は、公園内をゆっくりと歩いていた。小春は透明になっているので、見た目にはキュキュ一人で歩いているかのようだ。
「中々、現れてくださいませんね」
 ふう、とため息をつきながらキュキュは言う。
「そうですわね。……ああ、キュキュさん。あちらのベンチで少し休まれませんか?」
 小春はそう言い、近場のベンチを示す。もっとも、姿が見えないので言葉だけで指し示しているが。
 キュキュは頷き、ベンチに腰掛ける。その隣に、小春も透明なままで座る。
「もし、犯人が現れたらどうします?」
 小春が尋ねると、キュキュは「そうですね」と言ってそっと微笑む。
「下半身を触手にして、押しつぶして捕縛してみます」
 ふふ、と笑いながらキュキュは言う。小春は「頼もしいですわ」と言って頷く。
「そういう小春さんは、どうしますか?」
「そうですわね……ロケーションエリアで捕らえて、締め上げちゃいます」
 ぐっと力強く言う小春に、キュキュは「素敵ですね」と言って微笑む。
「お互い、頑張りましょうね」
「ええ、頑張りましょう」
 二人は顔を見合わせて笑う。そうして再び、囮としての役割を全うするため、ベンチから立ち上がった。


 黒月は公園内を注意深く見渡しつつ、歩いていた。特に、女性とすれ違う際は警戒を強めた。女性のムービースターが狙われているのだから、もしかしたらその付近に犯人が潜んでいても、おかしくない。
(まあ尤も、この公園内を無防備に女性のムービースターが歩いているとは思えないが)
 ここ最近に起こっている事件を、女性のムービースターが知らないはずはない。公園の出入り口で、対策課が注意を呼びかけているだろう。とすれば、この公園内にいる女性のムービースターといえば、対策課に協力する者くらいと言っていい。
(つまり、この公園にいる女性は、囮として協力する女性ムービースターか、ムービースターではない者だろう)
 いずれにしても、警戒している女性たちばかりだ。対策課の人間だって、たくさんいる。
(こんな中で、果たして犯行が行われると言うのか?)
 黒月はトンファーを軽く握り締める。
「いずれにしても、何かあれば対処するまでだ」
 再び辺りに警戒をしつつ、黒月は歩き始めた。


 スルトは、公園内の目に付いた場所に感覚玉を置いて行く。スルトの感覚と繋がっている為、玉の置かれている範囲内の悪意をスルトが感知することが可能になる。そうして、悪意や殺意と言った負の感情に反応する呪いを近くに置く。
「こうすれば、負の感情が発生したらすぐに分かるはずだ」
 スルトは呟き、ため息をつく。
(疑いたくはないんだが)
 蝶也の様子を思い返し、スルトは思う。ハルミを見て、大きく目を見開いていた。あれは何かしらを彼女に感じたということに違いないだろう。
――だが、何を。
 スルトはため息をつき、無意識に蝶也の姿を探す。蝶也は少しだけ離れたところで、辺りを見張っている。その真剣なまなざしは、心からこの公園で起こる事件を防ぎたいと思っているとしか思えない。
(やはり、違うか)
 犯人が蝶也である可能性を、スルトは否定する。いや、否定したかったのだ。
 今だって、あんなにも真剣に何事も起こらぬように頑張っているのだから。
「あれは」
 ふと、気づけば公園の入り口の方に那戯の姿が見えた。きょろきょろと辺りを見回している。
 スルトは「まだ何も起こってないぞ」と声をかけつつ、近づく。
「だろうな。起こってたら、こんな風に見回ってねぇだろうからな」
 那戯はそう言って笑う。
「用事は終わったのか?」
「ま、ね。それより、女性のムービースターって、囮立候補したあの二人だけ?」
「いや、もう一人……ああ、彼女だ」
 スルトはそう言い、ちょうどすぐそこを歩いていたハルミを指し示す。彼女を見て、那戯は訝しげに見つめる。
「ハルミが、どうかしたのか?」
「ハルミって言うのか。……なるほど」
 くつくつと笑う那戯に、スルトは「何だ?」と尋ねる。那戯はそれに答えず、すっとパンフレットをスルトに渡す。植村から預かった、蝶也の出ている映画「君と共に」のパンフレットだ。
 その表紙を見て、スルトははっと息を呑む。ヒロインである美花の顔が、ハルミによく似ていた。雰囲気こそ違えど、同一人物と言ってもおかしくない。
「まさか、ハルミとこの美花は」
「同一女優が演じたんだろうな。別に珍しいことじゃねぇが、何だかディスティニーを感じるね」
 那戯はそう言い、小さく「フェイトの方が近いか」と付け加える。
「だから、あの時」
 ぽつりとスルトは呟く。美花によく似ていたから、蝶也はハルミを見たときに目を大きく見開いたのだ。
「それで、噂の蝶也は何処にいるんだ?」
 那戯はそう言って、きょろきょろと辺りを見回す。
「さっきまで、あっちに」
 スルトがそこまで言った瞬間、噴水近くに置いていた感覚玉に反応があった。何者かが、悪意を発していると。
「どうした?」
 スルトの様子に気づき、那戯が尋ねる。
「出た。何者かが、悪意を」
 それだけ答え、スルトは走り出す。悪意に反応した呪いは、噴水の方で反応している。いやな予感がしてたまらない。
「ハルミは?」
「いない。さっき歩いていた方向は、噴水の方だから……」
「犯人と遭遇しているか」
 那戯はぽつりと言うと、走り出したスルトについて走り出した。口元は、小さく笑んでいた。


 噴水には、ハルミがいた。その後ろから手が伸びてきて、ハルミの首を絞めていた。
 一見すると、愛しい人を抱き締めているかのような雰囲気だった。
 しかし、そこにあるのは確かな殺意。
「やめろ!」
 苦しそうに呻くハルミの姿を一番先に見つけたのは、スルトだった。噴水近くに置いていた感覚玉と悪意に反応する呪いが、彼に知らせたのだ。
「何故?」
 声が響き、ハルミの首が強く締められる。呻き声から、声なき声に変わる。
「ユーの美花じゃねぇからだよ」
 スルトに続いてきたのは、那戯だった。「てめぇだったんだな、蝶也」
 蝶也は微笑んだ。手が緩められることはない。彼に迷いはまったくなく、スルトと那戯の言葉にも揺るぐことなく、ハルミの首を絞めている。
「美花は死んでしまったのに、どうしてこの人は生きている? 不公平じゃないか」
「あんたが決めることじゃない」
「人の価値観なんて聞いてないよ。俺は、俺の価値観だけでいい」
 ぐっと、蝶也は手に力をさらにこめる。
――がっ。
 そんな音のような声が響き、ハルミは全身の力が抜ける。いや、抜かされた。
 ぐったりとして、ばたりとその場に倒れた。そうして、ハルミの体は一瞬のうちにフィルムと化す。
 たった、一巻のフィルムに……!
「どうして、誰も来ない」
 ぽつり、と那戯が呟く。蝶也はフィルムには目もくれず、やわらかく微笑む。
「俺のロケーションエリアだよ。二人だけの世界。これを展開すれば、余程意識しない限り、邪魔に入れないんだ」
 蝶也はそう言って、ロケーションエリアを解く。途端、異常を感知した周りから人が集ってくる。
 そう、すぐに集って来られるほど、この噴水の周りには人がたくさんいたのだ。
「だから、一日に一人、か」
 スルトはそう言って、ぎゅっと拳を握り締める。小春が襲われた際、その同じ日に他のムービースターが狙われることは無かった。事件が起こったのは、次の日。
 蝶也がロケーションエリアを使ったのならば、納得がいく。ムービースターは一日に一度しか、ロケーションエリアを展開することが出来ないのだから。
 小春とキュキュ、それに黒月も噴水の方へとやってきた。
「こ、これはどういう事ですか?」
 体を透明にしていた小春が、姿を現して叫ぶ。やわらかく微笑む蝶也、その足元にあるフィルム。
 それが意味するのは、ただ一つだけ。
「そんな……美しい思い出の場所を汚されたくないから、犯人探しを手伝っていたんじゃないですか?」
 キュキュが少しだけ声を震わせながら、蝶也に尋ねる。
「汚されたくなかったよ。だって、美花がいるべき場所に、他の人がきたら汚れるでしょう?」
「何故、女性のムービースターばかり狙った?」
 トンファーを構えながら、黒月が尋ねる。
「女性のムービースターは、本当は美花だけでいいんだ。同じようなものなのに、違うって言うのは大きいだろう」
「それを言うなら、私や小春さんだってそうじゃないですか。それなのに、どうして貴方は」
 キュキュが言うと、蝶也は肩をすくめる。
「見た目には一人でも、二人いるって分かっていたからね」
 蝶也はそう言い、小春の方を見て笑う。「前、しくじっちゃったし」
「何も、殺すことは無かったんじゃないのか?」
 スルトの言葉に、蝶也は「そうだね」と頷く。
「最初は良く分からなかったんだよ、俺も。だけど、だんだんどうでもよくなって行ったんだ。不思議だろう? 本当に、どうでもいいんだよ」
 あははははは、と突如蝶也は笑い始める。
「どうでもいい、そう、どうでもいい! ムービースターは俺と美花だけでよくて、いや、もうどうだっていい! 美花はいないんだから。なら、もういい。もういらない。全ていらない。何もいらない。他に、もう、何も何も何も何も……」
 あはははははは!!!
 笑い声が響く。静まり返った公園で、水の音だけが流れる噴水の前で、大声で笑う超屋の声だけが響く。
「いらない!」
 うおおおおお、と蝶也が叫んだ。何処から声が出ているのかすら分からぬ、体の奥底から出ている咆哮。
 黒月はトンファーを構え、地を蹴って蝶也に向かう。そして、一振りで蝶也の左腕の骨を折る。
「あははははは、痛い、痛いね!」
「おいたが過ぎましてよ……!」
 小春はそう言って、ロケーションエリアを展開しようとする。……が、はっと気づく。
 周りには、たくさんの人がいる。
 ロケーションエリアを展開すれば、出口の無い洋館が現れて閉じ込める。もしこの場で展開すれば、他の人たちまで影響を受けることとなるのだ。
 今、小春のロケーションエリアを展開するわけにはいかない。
「賢明だね」
 蝶也は笑み、キュキュに向かっていく。折れていない右の拳が、強く握られている。
「刺属性の攻撃は効かないんだったね……!」
「危ない!」
 スルトはそう言って、蝶也の両足に呪いをかける。足を硬直させる呪いを。
 蝶也は「うわ」と小さく叫び、その場に倒れる。
「い、今ですね!」
 キュキュはそう言い、下半身を触手へと変え、蝶也の上に覆いかぶさる。大物量による押しつぶしでの、捕縛だ。
「は、はははは、はははははは!」
 蝶也は笑う。小春のロケーションエリアは防いだものの、黒月に左腕の骨を折られ、スルトに両足の自由を奪われ、キュキュによって全身の自由まで奪われた。
 キュキュの触手の下で笑う蝶也に、那戯は近づく。肩にはバッキー、オーエンが乗っている。
「で、結局なんであんなに殺したんだ?」
「み、美花がいない。他はどうでもいい。俺は、噴水を汚されたくない。大事。全て。どうでもいい」
 かみ合わぬ言葉の羅列を、蝶也は口にする。目は焦点が合っておらず、体中に走っているはずの痛みすら感じてはいないようだ。
「だけど……分からない」
 一瞬だけ、蝶也の目に光が戻る。
「俺は、何処で間違ったんだろう。美花のいない世界が、俺は」
 ゆるりと、蝶也は皆を見回した。すまなそうな顔をして。
 そうして最後に、オーエンを見た。見て、微笑む。やさしい、柔らかな、パンフレットの表紙にあるような笑みを。
「俺は、花が無ければ生きていけない。蝶、だから」
 それだけいい、再び笑い始めた。もう目に光は無い。焦点のあっていない、何も写さぬ虚ろな目。
「……オーエン」
 那戯に言われ、オーエンは蝶也を食べる。蝶也は一瞬だけ笑い声を止め、小さく微笑んだようだった。
 蝶也を完全に食べた後、オーエンは動きを止める。ふるふると震え、縮こまる。
「どうした、オーエン」
 那戯が問いかけると、オーエンはぶる、と大きく震えてからプレミアフィルムを吐き出す。
「あ……フィルムが!」
 小春が声をあげる。
 オーエンが吐き出したのは、プレミアフィルムではなかった。黒い、ボロボロのフィルムだったのだ。
「これは」
 一同が息を呑む中、フィルムはすぐに風化して崩れ去ってしまったのだった。


 公園は厳戒態勢をやめ、いつも通りの状態となった。
 小春は公園を通り抜けながら、思わず噴水を見つめる。
「もう、卵はないんですけれど」
 買い物籠の中身を確認して、小さく笑った。

 キュキュは公園内にあるベンチに座る。小春と二人、話したのが遠い昔の出来事のような気がする。
「いつしか『君と共に』を観たくなりますね」
 小さく呟き、微笑む。ぴゅう、と吹き抜ける風が、何処と無く冷たかった。

 黒月はトンファーの手入れをしつつ、ふと思い出す。
「あれは、何だったんだ?」
 すぐに風化した黒いフィルム。噂では聞いていたが、一体どうして。
 ぎゅっとトンファーを握り締める。未だに、蝶也の笑い声が思い出されてならない。

 那戯はパンフレットを植村に返し、今回起こった事件を軽くまとめてメモに書いた。
「ナカナカ興味深いケースだったな」
 にっと笑う。もともと、今回調査に参加したのは、事象の実態を知りたかったからだ。研究目的だった為、今回のケースは実に有意義だったと言える。
「風化する黒いフィルム、か」
 なるほど、と小さく那戯は呟いた。

 スルトは花と胡麻団子を持って噴水を訪れた。さわさわと相変わらず水が流れている。
「今頃は、花と一緒にいるのか?」
 そっと手向け、呟く。最後の瞬間、蝶也は笑んでいたように見えた。いや、きっと笑んでいたに違いない。
 ざわ、と風が吹き、噴水に手向けた花が揺れた。


<星の惨劇はこれにて終わり・了>

クリエイターコメント この度は「セイサン」にご参加いただきありがとうございます。
 ギリギリ納品ですいません。

 こんな結末になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
 皆様の能力を生かしきれているかどうか、ドッキドキです。
 黒いボロボロのフィルムに関して、久々に銀幕の設定を一から見直したり、今まで起こった事件を確認したりしたので、改めて銀幕の面白さを確認したような気がします。

 少しでも気にって下さると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
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公開日時2008-02-06(水) 23:30
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