★ Chaotic Battle ★
クリエイター西向く侍(wref9746)
管理番号252-2067 オファー日2008-02-10(日) 12:41
オファーPC レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ゲストPC1 ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
<ノベル>

 鶏が先か、卵が先か?
 その問いに答えはない。どちらが先かわからない事象を、たとえる際に使われる言葉なのだから、答えがなくて当然だ。そして、レイとジムの恒例行事もまた、その類のものだった。
「ここに置いといた酒はどこだ? まさか、おめぇ、飲んだんじゃねぇだろうな?」
 ジムが先にそう言ったのかもしれない。
「たまにはあんたも部屋の掃除くらいしたらどうなんだ?」
 レイが先にそう言ったのかもしれない。
 それは誰にも知りようのないことで、当の本人たちにしか判断できないことであったし、当の本人たちにすら判断できないことでもあった。
 そういった些細な出来事から毎度毎度の大喧嘩が始まるのだが、しかし、
「おめぇ、なんだその態度は?」
 ジムが拳を振り下ろし、テーブルを破壊した衝撃で、ビル全体が震度三弱の揺れに襲われても。
「いい加減、その、人の話を聞かない癖をなおしやがれ!」
 レイが周辺の電子機器にハッキングをかけ、様々なトラップを仕掛けた影響で、周辺の家電製品に異常が現れても。
 実は彼らは廃ビルを賃借したうえで、改装して住居にしており、まわりに迷惑をかけるということはあまりなかった。
 そんな彼らが近隣住民に対して悪名を誇るきっかけとなる事件が起こったのは、陽は差すものの吹く風が冷たい、二月のとある午後のことだった。
 ぶーんと電子レンジの作動音が響く室内に、緊迫した空気が充満していた。
「なんのことだか、さっぱりわからねぇな」
 レイは片手で器用に割り箸をわると、逆の手で弁当の容器の四辺を指先でなぞった。爪に仕込んであるチタンカッターがいとも容易くプラスティックを斬り裂く。ぴんと人差し指でフタを跳ね上げると、温かそうな湯気が冷たい空気に拡散した。部屋の中でもかけたままのサングラスが白く曇り、彼は少しだけ顔をしかめた。
 その様子を、彼の相棒であるジム・オーランドは苛立たしげに睨みつけていた。額に浮いているのは怒りの青筋だ。身長二メートルの大男が、あぐらをかいて身をかがめる姿には恐ろしいほどの威圧感があった。筋肉で膨れあがった胸板や二の腕は、グレイのトレーナーを突き破らんばかりだ。
「もう一度だけ訊くぜ。本当になにも知らねぇんだな?」
 ドスを利かせた声音は、小悪党程度ならそれだけで諸手をあげて降参するほどの威力を秘めていた。対して、レイは無言で焼きシャケをほおばっている。今日の昼食は、いわゆるシャケ弁だった。
 ぶーんと台所から電子レンジの音だけが流れる。
 しびれを切らしたジムが、前のめりに身を乗り出しかけたとき、ようやくレイが焼きシャケを嚥下した。
「俺ももう一度だけ言うぜ。なんのことだか、さっぱりわからねぇよ」
 今度は弁当を抱え上げ、ほかほかの白米をかきこむ。そのとき、手にしていたはずの弁当がぱっと視界から消えた。右手に残った箸が、かちかちと空をつかんだ。
「飯なんか食ってないで、きちんとオレの話を聞きやがれ」
 レイの手から消失したシャケ弁は、いつの間にかジムの手の平の上に乗っていた。その巨体から鈍重なイメージを受ける彼だったが、人工筋肉と各種補助モーターのおかげで常人にはないスピードで動くことができる。
 レイはというと……ジムの方など見ていなかった。どこか少し遠くを、ジムの脇の床のあたりを見つめていた。
「おい、俺たちのいた世界にはこんな美味い飯――シャケ弁なんてものはなかったよな?」
 突然まったく違う話題をふられ、動揺したジムは思わず素直に答えてしまった。
「お、おう。クソマズイ栄養補助ペーストやらサプリメントやら、まぁ、今考えると食えたもんじゃねぇな」
 ぶーんと電子レンジがうなる。
「だろ? だったら……」
 レイがちゃぶ台をひっくり返しながらおもむろに立ち上がった。
「そんな美味い食べ物を、粗末に扱うんじゃねぇよ!」
 指さす先に、米とシャケの残骸と漬け物とが散乱していた。ジムが弁当の容器を奪った際に、超高速に耐えきれず中身が外に飛び散ったのだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前の結果だ。
 レイの弾劾に、ジムはへの字に唇を結んで黙り込んでしまった。レイの言っていることが正しいと納得してしまったからだ。弁当に罪はない。これでは八つ当たりだ。ただ、そのことを素直に認めてレイに謝罪することはできなかった。そもそも素直になれるようなら、最初からこのような事態に陥ってなどいない。
 何か反撃手段はないものかと苦慮するジムを救ったのは、天にまします神様ならぬ、電子レンジだった。
 ちーんという電子音が温めが完了したことを告げた。
「お、おっと。オレの可愛い焼きそばパンが温まったみてぇだな」
 それを口実にして、そそくさと台所に足を向ける。自分に不利な気まずい雰囲気を、くつがえすためのアイディアをひねり出す時間が欲しかった。
 レイはただムスっと立って腕を組んでいた。
「やっぱりパンだよな。うん。オレは飯よりはパンが……」
 レンジの扉を開けた体勢で、ジムは固まってしまった。
 にやりとレイの口元が歪んだ。右手をひらひらさせると、タートルネックのセーターの袖からコードが伸びているのが見えた。
「おめぇ! オレの焼きそばパンに何しやがった?!」
 レンジから取り出された焼きそばパンは、見るも無残にその体積を著しく減少させていた。もっと簡単に言えば、加熱しすぎて水分が蒸発、しわしわのかちかちになっていたということだ。レンジを使ってパンを温めようとして、誰もが一度は経験する悲劇だ。
「電子レンジだけじゃない。今やすべての電化製品にマイクロコンピュータが組み込まれている。まぁ、この世界のコンピュータは時代遅れでハッキングし放題なわけだ。レンジの加熱時間を二十秒ほど延長させてもらったぜ」
 言葉どおりレイのコードは電子レンジの電源コード部分に接続されていた。そこから、ハッキングを行ったのだろう。
「うぐっ! 最初のムスっとした顔はフェイクか?! い、陰湿な真似しやがって! もう勘弁ならねぇ!」
 ジムがいきり立つ。
「そいつは、こっちの台詞だぜ!」
 レイもまた受けて立つ。
 言い争いの原因はともかく、騒動に発展するきっかけは食べ物だった。食い物の恨みは恐ろしい。こうして、近隣住民によって長らく語り継がれることになる史上最悪の親子喧嘩が始まったのだった。



 ジムの身体の四十パーセントは機械だ。彼の場合、近接戦闘に特化したサイバネティクス・オペを受けているため、筋肉や神経伝達系の増強がその主なものになる。彼の人工筋肉は、高分子素材であるソフト・アクチュエーターと各所に埋め込まれたアクチュアル・モーターのおかげで、柔軟かつ力強い動きを可能にしていた。
 ジムの拳速は肉眼では到底とらえきれない。普通の人間には、拳が消えたように見えるだろう。
 ところが、レイは難なくその一撃をよけた。彼の瞳もまたサイバネティクス技術の恩恵を受けていたからだ。左目の義眼が、コンマ数秒の間にあらゆる情報を取り入れる。そこから計算された拳の軌跡に交わらないように、身体を動かしたのだ。
 一転してレイの反撃が始まる。
 相手の機械的な弱点はわかり過ぎていた。十数年ともに過ごしてきた家族だ。幾度となく闘った経験がある。
 一瞬で決着をつけるには、伸びきった右腕の関節部分、そこにある駆動系を、爪に仕込んだチタンカッターで切断するのが一番早い。狙い澄まして、レイの手刀が振り下ろされる。
 ぐらりとレイの上体がかしいだ。息が詰まる。視線を落とすと、ジムの膝が脇腹に突き刺さっていた。痛みはまだ来ないが、時間の問題だ。まったく気づかなかったが、それこそ最初のパンチはフェイクだったようだ。
 ここは一度体勢を立て直すべく、レイは咄嗟に後方に跳び距離をとった。
 ジムがふふんと鼻で笑った。
「おいおい、まさか忘れちまったんじゃねぇだろうな。おめぇに格闘を仕込んだのはオレだぜ?」
 レイは悔しそうに歯ぎしりしている。
「いつも言ってんだろうが。目に頼るんじゃねぇ。流れを感じろ。機械に依存すっからそうなるんだよ」
「うっせぇ。その台詞は聞き飽きたぜ」
 レイが痛みを吐き捨てるように唾棄した。
「ちょっと待て! 部屋の中で唾を吐くな! 行儀がわりぃぞ」
 目くじら立てるジムに、レイは悠然と言い放つ。
「どうせ、掃除するのは俺だ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
 再び距離を縮める二人。レイがまず畳の上に転がったちゃぶ台を蹴り飛ばした。ジムの視界が遮られる。よけてしまえば思うつぼと、ジムは左腕でちゃぶ台をたたき落とした。
「どこにいきやがった?!」
 レイの姿がない。
「上か?!」
 他に隠れる場所などない。顔を上げると、天井に指を突き立ててぶら下がっているレイがいた。体重を支えきれず、天井がぎしぎしと音を立てている。
「そのとおりだよ!」
 レイがぶら下がったまま空中で放った蹴りを、ジムが両手で受け止めた。
「バカっ! 天井に穴開けてどうすんだ!」
「どうせ、修理するのは俺だ!」
「だから、そういう問題じゃねぇって!」
 ジムが、つかんだ足をひねりながらレイの身体を投げ飛ばす。当然、盛大な音を立てて天板が剥がれ落ちた。
「ほれ、見ろ。天井が破れちまっただろうが」
「あんたが投げたからだろう!」
 猫のようにくるりと転がり起きて、レイが再度突進する。ジムも構えをとった。
 と、大音量がジムの鼓膜をつんざいた。
「――本日のゲストは女優でもありコメディアンでもあり歌手でもある――」
 テレビだ。テレビの電源が気づかないうちにオンになっていた。しかも、ボリュームが最大になっている。反射的に耳を塞ぎたくなったが、そうしないだけの状況判断はできた。それでも、気が散ったことだけは確かだ。意識を再び敵に向けたときには遅かった。
「油断大敵、ってな」
 レイが拳を振り上げ、ジムの頬をしたたかに殴りつけた。
 レイも、相棒ほどではないが筋力強化を施術済みだ。ジムの巨体が畳に叩きつけられた。衝撃で食器棚や箪笥が倒れる。彼の体重は0.15トンもあり、ちょっとした震源地となりうる。尻餅をついた下で、床が丸く陥没した。
「ぐっ、おめぇよくも」
 ジムが唇から流れる血を手の甲でふき取った。レイは得意満面で、ズレたサングラスの位置を戻した。
「テレビのチャンネルなんてのはただの赤外線装置だからな。自由自在だぜ」
 そう言われれば、レイはいつもテレビのチャンネルやボリュームを、それこそ指先一つ動かさずに変えていた。
 相棒の言葉どおり、油断していた自分に腹が立つ。いや、それより何より、レイに殴り飛ばされたことに対するショックが、ジムの胸中に津波のように押し寄せた。レイはただの相棒ではない。八才のときに拾ってから今まで面倒を見てきた、いわば息子のようなものだ。少なくともジムはそう思っていた。
 息子に力負けしたときの親の気持ちなど、息子にはわかりはしまい。それは父親の矜持に最大級の傷を与える。だから、ジムは動転するあまり普段なら絶対に言わないことを口走ってしまった。
「おめぇ! 親に向かってなんてことしやがる!」
 一瞬の沈黙。
「あんたなんか親だなんて思ってねぇよ!」
 さっと、二人の脳内から一切の雑音が消え去った。さっきまでの喧噪が嘘のような静寂が訪れる。
 このときのレイとジムの反応は何から何までまったく同じだった。まずはジムの台詞のあと、お互いに顔を紅潮させた。ジムはジムで言ってから「しまった」と後悔したし、レイはレイで羞恥心がわき上がってくるのを感じた。
 そして、レイの台詞のあと、お互いに顔を青ざめさせた。ジムはそのひと言にショックを受け、レイは激しい後悔の念に襲われたのだ。
 気まずい空気が濃霧のように停滞して、どうしても晴れない。
 先に動いたのはレイだった。くるりとジムに背中を向けると、壁に掛けてあったいつものコートを手に取った。
「どこへ行く気だ?」
 ジムが呼んでも、返事は「うるせぇ」と素っ気ない。そのまま、外へ通じる窓を開けると、事もあろうに跳び出してしまった。彼らの部屋はビルの三階だったが、レイは常人ではないので、怪我をすることはないだろう。ジムがそのあとを追ったのは、別の心配からだった。



 ここに三人のヴィランズがいる。
 三人とも人型ではあるのだが、どこかしら人外の様相を有していた。たとえば、ひとりは四本の腕を持っていた。うち二本は普通の人間にも付いているような腕で、もう二本は肩口から伸びておりいかにも機械という見た目だ。たとえば、ひとりは身体の各所に対衝撃装甲を装着していた。ぱっと見だとロボットに見えなくもない。たとえば、ひとりは背中に奇妙なかたちのバックパックを背負っていた。そこからノズルのようなものが四方に突き出ていた。
 奇妙奇天烈な格好の三人組だったが、ここ銀幕市では特に目立った存在ではなかった。だから、彼らが廃ビルの前で密談していようと、通行人は誰も気にかけなかった。
「さて、誰から行く?」
 四本腕の男がビルの三階を睨みつけた。かすかに震えているのは、寒さからか恐怖からか。
「おい、リー。てめぇならあそこまで飛んで行けるだろ」
 装甲男が顎をしゃくる。リーと呼ばれたバックパックの男は、ぶるんぶるんと首を振った。
「俺の特技は射撃だぜ。相手が建物の中にいたんじゃ役に立たねぇ」
 自らを役立たずと称するこの男、それなりの矜持を持ち合わせているはずだが、今は胸の奥のどこかに隠れてしまっているらしい。
「リー、ロボフスキー、俺たちは奴らに復讐するんじゃなかったのか?」
 四本腕が言った。
「んなこと言ってもよぉ、ジャック」
 装甲男――ロボフスキーは頭をかいた。リーも何気なく目をそらした。
 彼らは映画『Dark blue city』から実体化したムービースターだった。『Dark blue city』といえば、レイやジムが出演していた映画でもある。ついでに言えば、映画内で彼らにブタバコ送りにされてしまうのがこの三人の役所だった。
「あのときは作戦が間違ってたんだ。今度は大丈夫。問題ねぇ」
 ジャックが握り拳で力説する。要するに彼らは、実体化したこの銀幕市で、映画の復讐を企てたというわけだ。懲りない面々だった。
「でもよぉ」
 なおも及び腰のロボフスキーに、ジャックがキレた。
「てめぇ、このまま負け犬人生でいいのか――」
 そこまで言ったとき、これぞ神の采配か、標的の住んでいる部屋の窓が内側から開いた。グレーのコートがはためく。そこからひらりと飛び出してきたのは、まさしくレイだ。彼は映画そのものの姿だったので、容易に判別できた。しかも、後を追うようにジム・オーランドまでが現れたではないか。
 逃げ出しそうになる仲間を、ジャックが叱りつけた。
「ここで会ったが百年目、だろ?」
 やたら古い言い回しを知っているサイボーグだ。
 ジャックは電子脳内で戦闘用プログラムを起動した。リーの背負ったバックパックから金属の骨組みが突出し、それに薄い皮膜がかかる。ロボフスキーもまた覚悟を決めて、拳を構えた。
 忘れもしないジム・オーランドの声が、彼らの耳朶を打った。
「どこに行くつもりだって訊いてんだよ」
 両脚に仕込んだショック・アブソーバーのおかげで無事に着地したジムが、レイの肩をつかもうとする。
「どこだっていいだろう」
 レイはジムの手を振り払う。
「どこだってよくねぇよ」
「あんたはいつだってその台詞だ」
「おめぇがいつも同じことするからだろ」
「人を成長しないみたいに言うな」
 そして、取り残される三人組……
「ちょ、ちょっと待てっ!」
 あわててジャックが四本の腕を振った。レイとジムが一斉に振り返り、殺気のこもった視線に三人ともが一歩後じさった。
「なんだ、てめぇら?」
 ジムが不機嫌そうにメンチを切った。まるで不良学生だ。正確に表現すれば不良親父だが。
「俺たちのことを忘れたとは言わせねぇぜ!」
 ジャックが三人を代表して胸を張った。
「レイ! まだ話は終わってねぇよ。待ちやがれ」
 さっさとレイを追いかけようとするジム。
「って、俺の話を聞けっ!」
 ジャックのマシン・アームがジムを捕らえようと動いた。ジムは背後から迫る四本の腕を、振り向きつつ器用にすり抜けると「うるせぇ」のひと言とともに、ジャックのみぞおちに鉄拳を叩き込んだ。
 それを合図にリーもロボフスキーも戦闘を開始した。ロボフスキーが猪突猛進、豪快に突進する。リーは背中のノズルから推進炎を吹き出し、空へと舞い上がった。皮膜は羽だったようだ。
「てめぇの相手はこの俺だ!」
 ロボフスキーが横合いからジムにがっぷりよっつで組み付いた。
「くっ! 放しやがれ!」
 さしものジムもパワータイプのサイボーグに固められては、そう簡単には抜け出せない。そこに、空中からリーが狙いを定めた。右の手首が垂直に折れ曲がり、内部から銃身が現れる。腕に内臓された白熱光線銃――いわゆるビームライフルだ。
 このままでは良いように狙い撃ちされてしまう。
「油断大敵って、さっきも言ったぜ」
 いつの間にか戻ってきたレイが、コートの内ポケットから取り出したドライバーをリー向かって投げつけた。リーの腕に命中し、狙撃が妨げられる。
「おめぇにゃ言われたくねぇよ」
 ジムが不意に上体を沈めた。つられて前のめりになってしまったロボフスキーの顎めがけて、頭突きをお見舞いする。痛みに腕がゆるんだところを上手く抜け出した。
「こいつは一つ貸しだからな」
 レイが仏頂面のまま言うと、ジムもまた負けないくらいの仏頂面で「その話はまたあとだ」と戦闘態勢をとった。
「そろそろボケ始めてんだから、ちゃんと覚えておけよ」
 レイも自然体ながら闘気を放つ。
「ボケ始めだと? オレはまだそんな年じゃねぇ」
「はて、どうだか……」
「お、オレのどこがボケてるってんだ?!」
「おいアレ取ってくれ、だの、アイツだよアイツ、だの、代名詞が多くなってきたらボケた証拠だぜ」
「オレのどこが代名詞が多いってんだ!」
 いがみ合う二人の間に、呼吸困難からようやく立ち直ったジャックが割って入った。
「だーかーら、てめぇら俺たちを無視すんじゃねぇよ!」
「あんたら、さっきからうっせぇんだよ!!」
「てめぇら、さっきからうっせぇんだよ!!」
 レイとジムがほぼ同時に叫んだ。
 それが戦闘開始のゴングとなった。



「あれって、ほら、そこの廃ビルに住んでる二人じゃない?」
「まぁ、ホント。いっつも怒鳴り声が聞こえてくるけど、今度はなになに?」
「ロボットだ! ママ、ロボットがいるよ」
 好き放題言い交わす通行人たちに見守られ、レイとジムは三人組と狭い道路で対峙していた。レイの敵として四本腕のジャックが、ジムの敵としてアーマー装備のロボフスキーが、上空ではリーが様子をうかがっていた。この布陣は三人組の作戦でもあった。もともと映画内では、ジャックがジムの力技に敗れ、ロボフスキーとリーがレイの撹乱戦法により同士討ちとなっていた。その反省を生かし、対戦する相手を変えたのだ。
「絞め殺す!」
 ロボフスキーがかけ声とともに、ジムにタックルをつっかけた。
「あめぇんだよ」
 ジムは巨体のわりに素早い動作で、横に跳びのいた。
 ジムとロボフスキーでは格闘スタイルが違う。ロボフスキーは旧ソ連で開発されたサンボの使い手だった。『Dark blue city』は近未来という設定であったので、その時代にロシアという国が存続していたかは定かではない。ただロボフスキーという名が示すように、彼はロシア人種の流れをくむ男のようだった。
 それに対して、ジムは雑食で、興味のある格闘技は一通り試していた。言うなれば彼のスタイルは総合格闘術ということになるだろう。タックルをかわした足捌きはボクシングのものだった。
「タックルなんてのは捕まらなきゃたいしたことねぇんだよ」
 ひょいひょいと軽やかにステップを踏みながら、相手を挑発する。ロボフスキーは頭に血を上らせて闇雲にタックルで迫った。このとき、ジムの動きは巧みで、空にいるリーと自分との間にロボフスキーの巨体を割り込ませるように動いていた。つまり、リーからジムへとビームライフルの射線が通らないことになる。
 それこそ、映画で同士討ち――ロボフスキーを撃ってしまった経験があるリーは、同じ轍は踏むまいと慎重になっていた。もっと近づかなければ死角をなくすことはできないだろう。ゆっくりと高度を下げていく。
「こンの、ちょこまかと!」
 ロボフスキーの動作が雑になったのを、ジムは見逃さなかった。低い姿勢で突っ込んできたところに、さらに低い姿勢で懐へ潜り込んだ。強靱な足腰がなければ不可能な行動だ。
 まさかタックルの体勢で懐をとられるとは思ってもいなかったロボフスキーだったが、とっさの判断でそのままジムに覆い被さるようにした。自重で潰してしまおうという魂胆だ。
 だがその攻撃は無駄に終わった。地面すれすれを走ったジムの拳が、アーマーの間隙を縫って、腹部に命中したのだ。ひねりを加えたそれは、なんとロボフスキーの巨体を重装甲ごと宙へ浮かせた。
「雄ぉおおおおおおぉぉぉおおおっ!!」
 インパクトの瞬間、全エネルギーをパンチに集中する。ぐぐぐっと重苦しい時が流れ、力の本流を解放するように、ロボフスキーが弾け飛んだ。
「なっ?! 馬鹿な!」
 驚いたのはリーだ。ロボフスキーが真っ直ぐに彼目がけて飛んできたのだから。逃げる暇などなかった。
 二人のサイボーグはくんずほぐれつ、複雑に絡み合いながら地面に向かって落下していった。
「たいしたことねぇな」
 ジムは楽しそうに大笑した。
 時を同じくして、レイとジャックの対決も終わりを迎えようとしていた。
「どうした。もう終わりか?」
 レイは呑気にハンカチでサングラスの汚れを拭いていた。彼の身体のどこにも負傷の跡はない。着衣の乱れすらなかった。
「てめぇは情報処理担当のはずだ。なんでこんな……」
 ジャックは口元から血を流していた。いや、それだけではない。四本の腕のうち二本は肘関節から折られており、内部のメカニズムが露出していたし、着ている服は埃まみれだ。
「俺が弱いって誰から聞いたんだ?」
 人間の右目と機械の左目がそれぞれ違った色を放つ。ただ、どちらに含まれる殺気も同等だ。黒いレンズによって再び眼光が遮られたとき、ジャックは心の底から絶望を感じた。
 レイは闘えないのではない。闘わないのだ。それは遠い日にジムと交わした約束によるのだが、本人はあまりそのことに触れたくないらしく、知っている者は少なかった。ジャックが知らずとも無理はないのだ。
「クソっ! ここまできて、やられっぱなしでいられるかよ!」
 ジャックがやけっぱちといった感じで攻撃を再開した。かろうじで動く四本の腕を駆使して、四方からつかみかかる。レイはすべての攻撃の軌道を予測すると、最小限の動作で的確に反撃した。つまり、動作の鈍っている壊れた二本はあとにまわし、残りの二本の肘関節にそれぞれチタンカッターの手刀を打ち込んだ。
「ぎゃっ!」
 ジャックが痛みに悶絶する。
 あとは、後回しにした二本を完全に破壊するだけだ。それで相手は戦闘不能になる。
 流れるような所作で続けて攻撃を繰り出す。が、狙い違わずヒットするはずの指先が不意に標的を見失った。敵の身体が不自然に後退したのだ。見ると、ジムがジャックの襟首をつかんで引き寄せたところだった。
「てめぇもいっしょにあっちでノビてな」
 ジムが力任せにジャックを放り投げた。その先には、ロボフスキーとリーが折り重なって気絶していた。
 どさりと、ジャックの身体がさらにその上に積み重なった。
「まったく、いらん運動だったぜ」
 ぱんぱんと手の平をはたき合わせながら、ジムが毒づいた。
「おい、どういうつもりだ? 俺は助けてくれなんて言ってねぇぞ」
 レイが食ってかかる。彼一人でも余裕で処理できたはずだった。獲物を横取りされた気分だ。そんなレイに、ジムはさっさと背を向けると、わざとらしくどうでもよさそうな調子で言い捨てた。
「おめぇは闘わなくていいんだよ」
 一瞬、きょとんとしてしまったが、すぐにレイの脳裏に幼い頃の記憶がよみがえった。敵を瞬殺し、無感動に立ち尽くす血まみれの自分。その肩をぐっと抱いて、今と同じようにジムが力強く言ったのだ。「おめぇはもう人殺しなんざするな。俺がしなくていいようにしてやる」と。だからこそ、彼は情報処理という仕事に徹していた。力を振るうことを無意識にしろ抑えてきたのだ。
 それをここで持ち出されては、レイにはどうすることもできない。さらに、さっきの台詞の仕返しなんじゃないかと邪推してしまい、なおさら何も言えなくなった。素直に、卑怯だと思った。
 すると、それを察したのかどうなのか、ジムがにやりと顔だけ振り向いて、
「さっきの貸しはこれでおあいこだな」
 といつものように憎まれ口を叩いた。ふっと、レイは気が楽になるのを感じた。
「ボケ始めにしちゃあ、ちゃんと覚えてたじゃないか」
「だから、オレのどこがボケてるってんだよ?」
「だから、代名詞が多くなってきたらボケた証拠だって言ってんだろ」
「だから、オレのどこが代名詞が多いってんだ。ん? ところで、結局こいつら何者だ?」
「ほら見ろ、覚えてねぇじゃねぇか」
「いやいやいや、覚えてるっての。ええっと、こいつらアレだよアレ。ほら、アレだろ」
「やけに代名詞が多いじゃねぇか」
「うるせぇ!」
 二人はいつの間にか笑っていた。なんだかすべてがどうでもよくなっている。きっとこうして何気なく水に流せるということは、幸せということなのだろう。
「あんたら! 大事に使うって言うから貸してやったのに! さっそくボロボロにしてるじゃないか!!」
 そのとき、背後から聞いたことのある声で怒鳴られ、レイもジムも首をすくめた。おそるおそる振り返ると、ビルのオーナーである老婆が箒を手に割烹着姿で仁王立ちしていた。まさしく鬼の形相だ。齢八十になろうかというお婆ちゃんだったが、その迫力は偉丈夫であるジムを圧倒する。
「やべっ! 逃げるぞ、レイ……って、オレを置いてくなっ!」
 ジムが声をかけるまでもなく、レイは遁走している。
「さっさと走らねぇと知らねぇぞ!」
 ジムがあわてて追いかける。
「ちょっと待ちな! あんたたち、修理代がいくらかかると思ってるんだい! 自分たちで直すんだよ!」
 年甲斐もなく、老婆もさらに二人を追いかける。
「よし、喉も渇いたしこのまま飲みに行くか」
 ジムが走りながら提案すると、
「その案に、異論はないね」
 レイも走りながら同意した。
 言い争いの原因も判明しないまま、食べ物の恨みもいつしか忘れて、二人は寒空の下の銀幕市を、聖林通りを目指して駆け抜けていった。鶏が先か、卵が先か? その問いに答えはないのだ。
 こうして、近隣住民によって長らく語り継がれることになる史上最悪の親子喧嘩は終結し――
「おい、ちょっと待て。酒といえば、台所の下に置いといた酒はどうしたんだ? まさか、おめぇ、飲んだんじゃねぇだろうな?」
「はぁ? そんなの知らねぇよ。それより、帰ったら、あんたも部屋の修理を手伝うんだろうな?」
 ――そうにもなかった。

クリエイターコメントこのたびは二度目のオファーありがとうございます。
前回に引き続き、レイの物語を描かせていただき、楽しんで書くことができました。

そして、ついにジムが登場ですよ(^^)
自分が親父なので、親父は書きやすくてしょうがないですw

気をつけて書いたつもりですが、キャラクターの口調等で気になる部分があれば、遠慮無くダメ出しをお願いします。
公開日時2008-02-17(日) 15:10
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