★ 伝わる想い ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-6751 オファー日2009-02-20(金) 19:26
オファーPC レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ゲストPC1 ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
ゲストPC2 ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
<ノベル>

 銀幕商店街の角に佇む昭和レトロなメディカルショップ。
 『薬局ツバキ』の看板が下げられたその店の中では、店長であり唯一のスタッフであるティモネがカウンターに座って自動ドアを挟んだ店の外をぼうっと眺めていた。
 現在、店内に客はいない。元々、一般雑貨を扱うような大型の薬局とは違い、取り扱っている品物数が多くはない(もっとも、店長の趣味なのかは分からないが用途の不明なものや怪しげな品物は多いが)『薬局ツバキ』には、本当に用事がある客しか来ない。薬剤が欲しいか、もしくはティモネに用事があるものだ。けれどもそういった客がいるからこそ、繁盛とはいかないまでも錆びれているとは言えないくらいの客足はある薬局だった。
 ティモネは先ほどから、ドアの前に人影が過ぎる度にハッと見据え、そして安堵なのか溜息なのか分からない小さな吐息を漏らす。というのを続けていた。
 勿論。ティモネが意図的にやっていることではない。ティモネはドアを過ぎった人影がとある人物だったらどうしようと意識し、それが違うと解るたびに、心の準備が出来てないという安堵と、残念だと感じる溜息。その二つが入り混じったどちらともつかない吐息を漏らしているのである。
 らしくない。
 そう、ティモネは自分自身感じていた。いつもの自分ならば、少なくとも意識していないと見せる振る舞いはそこそこ出来ているからだ。しかし今の状態は、自分でどんなに贔屓目に見たところで、意識しているという感覚が拭えない。
 原因は、ティモネ自身よく分かっていた。先日、2月の14日に行われた教会でのイベントが原因だ。もう少し正確に言うならば、そのイベントでティモネは、ある人物に向けて告白とも呼べる手紙を出したのだった。
 何度も悩み、悩みぬいた上で決意した。どのような結果になろうとも、このままの状態よりはと勇気を出して書いたのだ。
 確かにその手紙は、少しいびつな形のチョコレートと一緒に、ある人の。レイの元へと届いた筈なのだ。
 けれども、その返事が来ない。バレンタイン時期はもう過ぎ去った二月も終わり。
 その間、ティモネはレイと会っていなかった。だから日に日にその事が気になり、お茶にシュガースティックを入れて飲んでしまったり、商品の発注をミスして変なものを大量に入荷してしまったり。どうにも落ち着かない日々を過ごしている。最近なんて危うく調合ミスした薬剤を売ってしまうところだった。
 これじゃあ駄目だ。
 そう決意したティモネは、『薬局ツバキ』に臨時休業のプレートを下げ、レイの住んでいる所へと向かう事にした。
 自動ドアの電源を落とし、プレートを下げると、ガラスがティモネの姿を映した。思わず髪を直すティモネ。
「あら……何をしているのかしら」
 そんな自分に気がつき、恥ずかしさからわざと口に出す。そうして首もとのネックレスに一度だけ触れる。緑色の宝石。グリーンオニキスのネックレス。これはレイにプレゼントされたものだ。
 そうしてレイの家へと歩き出したティモネ。しかし色々と立派に言ってみたものの、実はティモネにはレイのところへ行くもう一つの大きな理由があった。
 レイは定期的に『薬局ツバキ』に通っている。それはレイの酷い頭痛が原因で、ティモネに頭痛薬を貰いに来るのだ。
 ティモネは、何日にどのくらいの薬をレイに渡したかを憶えている。だからレイの手元の頭痛薬はとっくに無くなっている事を知っている。勿論、代わりの誰かが取りに来たという事もない。
 要するに、ティモネはレイが心配だったのだ。


「なぁ」
「……?」
 突然の声に、レイはソファーに座っていた身体を捻って声の方向に振り向く。
 玄関からの通路を抜けてリビングへの入り口。声の主はこの部屋のもう一人の住人であるジム・オーランドだった。いつの間に戻ってきたのだろうか。二メートル超えのデカイ身体を潜らせるようにしてリビングへと入ってくる。そしてそのまま壁に肘を付いてジムは続ける。
「今日も行かねぇのか?」
 言ったジムの表情から、その感情は読み取れない。怒っているようにも見えるが、それは元々の顔のつくりだろう。その分、笑った時には際立つのだが、そうでないときは一般の人には怖がられてしまうのがジムの悩みでもあった。この街で暮らしていくにはほんの少しだけ不便な部分だ。
「何処にだよ。見当もつかねーな」
 わざとらしく鼻で笑って見せて、レイはジムから視線を外して再び前を向く。視線の先にはテレビがあったが、レイはテレビを見ている訳ではない。当たり前だ、テレビは点いていないのだから。
「ティモネちゃんとこに決まってんだろうよ」
 ジムの言葉に、レイは不機嫌そうにジムを振り向く。
「別に何かしろって言ってる訳じゃねぇよ。けどおめぇ……最近ひでぇみたいじゃねぇか」
 言葉どおりに、ジムはレイとティモネ、二人の事にはあまり口を出すつもりは無かった。ジムが今言っているのはレイの頭痛の事だ。手持ちの薬はとっくに切れているし、レイはあまり酷くないように見せているが、実際はかなり頭痛に苦しんでいるのをジムは知っているからだ。
「…………」
 言葉を返す事が出来ずに、レイはジムを睨みつける。
「…………」
 ジムも目を逸らさない。
 しかしその睨み合いは長く続く事は無かった。来客を示すチャイムが鳴ったのだ。
「……チッ」
 玄関に近かったジムが舌打ちしながら踵を返してドアへと向かう。レイは再び点いていないテレビへと向き直る。十数秒の後、後ろからのジムの声。
「おめぇにお客さんだ」
「……誰だ?」
 振り向かずに、レイはジムに訪ねる。
「ティモネちゃんだ。どこかのグズに変わって薬を持ってきてくれたみたいだぜ」
 やや挑発的にジム。そんなジムを、レイは一瞥してから答える。
「追い返してくれ……いや、入れてくれ」
「……あ? あぁ。あがってくれー」
 玄関に向かって大声でジム。程なくして「お邪魔します」と声がしてティモネが現れる。
「わざわざ悪りぃな、こいつが取りに行か――」
「――何しに来たんだよ」
 はは、と笑いながら言ったジムの声を掻き消すように、レイがティモネに向かって言う。抑揚の無い冷たい声だった。
「何しに来たって……レイさん。全然薬を取りに来ないから届けに来たんじゃない」
 予想していなかったレイの口調に戸惑ったティモネだったが、かろうじていつもの様に返す事が出来たのは、いつも以上に自分の振る舞いを意識していたからだ。
「誰が頼んだ? 余計な事するんじゃねぇよ。鬱陶しい」
「おい……おめぇそんな言い方」
「あんたは関係ないだろう。少し黙ってろよ!」
 仲介に入ろうとしたジムに叫んで返すレイ。ジムは一瞬ムッとしてレイを睨みつけるが、レイはテレビのほうを向いたまま振り返らないので、仕方なくティモネの方に視線を向ける。
「あら。せっかくお見舞いに来たのに、失礼ね」
 ふぅ。と小さく一つ息を吐いて。ティモネは少しおどけた様に言う。冗談だろうか、本気だろうかと判断する心を先延ばしにし、頭痛薬の入った紙袋を抱く腕は微かに震えていた。
「だから、誰が見舞いに来てくれと頼んだんだよ。目障りなんだよ。二度と来るんじゃねぇ!」
 レイの口から出たその言葉は、少なくともティモネにはまるで冗談には聞こえなかった。
「本当に……そう思っているの?」
 真顔で、ティモネはレイの背に訊ねる。
 何の躊躇も、考える間すらなく。決まりきった答えを告げるかのように、返事は帰ってきた。
「何度も言わせるなよ。目障りなんだよ、おまえ」
「…………」
 真顔のままに、ティモネはただ、レイの背中から目を逸らした。そして最後の力で押し出すように、言う。
「そう……分かったわ」
 背を向けて、ティモネは玄関へと歩き出す。一歩一歩、ゆっくりと。
 涙を流さなかったのは意地だったのだろう。それでも、きっとあと一秒背を向けるのが遅かったら泣き出してしまっていたかもしれない。きっと走って去ったのなら涙が零れてしまったかもしれない。
 しん、と静まり返った部屋の中。パタリというドアが閉じる音だけが、いやに響いた。


 ――ガァン。
 ティモネが去った部屋の沈黙を破ったのは、リビングから別の部屋を仕切っていた壁の吹き飛ぶ音だった。やったのはジムだ。ジムは音に振り向いたレイに向かって明らかに怒気をはらんだ声で言う。
「ふざけるなよ、てめぇ」
「…………」
 レイは答えない。
 ジムはギリギリと歯を鳴らし、今にもレイに殴りかかりそうな声で続ける。
「オレは別に、おめぇとティモネちゃんの事に口出しするつもりはねぇ……。どうなったとしても、おめぇらが決めた事ならそれでいいと思ってる」
「……」
 黙ったまま、レイは聞く。
「けどなぁ。そうするならそうするで、もっと言い方ってもんがあるだろうよ。なんで無駄にティモネちゃんを傷つける必要があんだよ」
「…………」
 レイは答えない。
「レイ!」
「…………」
「……クソッ!」
 毒づいて、ジムは部屋を飛び出す。ティモネを追うのだ。このままじゃティモネがあまりにも可哀想だと。
 走り去ったジムの背を見送ったレイは、そのまましばらくジムが消えていったドアへの通路を見ていた。
 と、その床に何かを見つけ、それに視線を向ける。それは小さな紙袋。『薬局ツバキ』の文字がプリントされたものだ。
「……チッ」
 小さく舌打ちして、レイは立ち上がり戸棚へと向かう。そしてその引き出しから一通の封筒を取り出す。
 それはティモネからレイへと宛てた手紙だった。レイは封筒から手紙を取り出し、その両端に手を掛ける。
「性質の悪い男にひっかかってひどい目にあったと思えば、俺のことなんてさっさと忘れてくれるだろうさ」
 口に出したのは、迷いがあったからだ。
 自分と一緒になるのは、ティモネの為ではない。だからティモネを突き放す。そうレイは決意したのだ。
 そうしてレイは、手紙を持った両手に力を入れた。


 一方、ティモネを追ったジムが彼女を見つけたのは、丁度二人の家の中間ぐらいの位置だった。どうやらティモネはレイ達の家を出たあとは走っていたようだった。
「おーい、ちょっと、待ってくれ」
 追いついたジムがティモネに言う。立ち止まったティモネの目は僅かに赤くなっていたが、ジムはそれに気がつかない振りをした。
「悪いな、ティモネちゃん。レイの奴、ここんとこ頭痛が酷いらしくて気が立ってるんだ」
 ははっと笑って、ジム。そのジムの気遣いがティモネにも分かったから、ティモネはいつもの調子を装って返す事が出来た。
「そのようですね」
 ふふ、と笑い返した顔は、一目で嘘だと分かるくらいだったが、ジムはやはり気がつかない振りで続ける。
「それでよ、悪りぃんだけど、もう一度レイに会ってやってくれねぇか。あいつも今頃後悔してるはずだからよ」
 勿論、レイがそう漏らした訳でもジムにティモネを連れて来てくれと頼んだわけでもなかったが、ジムはレイを信じていた。あそこまで言って気がつかない奴ではないと。本当はレイだって、ティモネを傷つけたい訳ではないのだと。
「……いえ」
 少し考え、首を振るティモネ。が、すぐにジムに懇願されてしまう。
「なっ、頼むよ。このとーりだ」
 拝んでみせるジム。これは断れないかなと判断したティモネは、ジムと一緒にレイの所へと戻る事にする。しかしそれは、必ずしも仲直りをする為では、少なくともティモネの中ではそういう気持ちで戻るわけではなかった。はっきりさせようと。場合によっては二度と会わなくなるかもしれないという覚悟で、もう一度レイに会う決意をしたのだ。
 そうティモネに思わせるほどに、先ほどのレイの言葉はティモネには堪えたのだった。


「よぉ。戻ったぜ」
 再びティモネを連れて来たジム。部屋の中に声を掛け、ティモネを部屋に上げる。
「レイ。ティモネちゃん連れて来たぜ」
 大声で叫ぶジム。これでもまだティモネを傷つけることを言うのなら、思い切りレイを殴ると、ジムは心に決めていた。遠ざけるのならば遠ざけるで、それなりの言い方があるのだ。
「……? レイ? お前まだ――」
 返事をしないレイに、まだ分かってないのかとリビングへと張った時、ジムは床に突っ伏して倒れているレイを見つけた。
「おい……レイ、おめぇ……」
 リビングに入ったところで立ち止まったジムの声と、床へと向いている視線で。ティモネは何かを察してジムの横を抜けてリビングへと足を踏み入れる。そして倒れているレイを見つけてすぐに駆け寄る。
「レイさん……? レイさん!?」
 ティモネが呼びかけてみるが、返事は無い。ティモネは直ぐに応急的な確認をし、ジムに救急車を呼ぶようにと頼む。
「レイさん、最近の頭痛はそんなに酷かったんですか?」
 恐らくは酷い頭痛で意識を失ったのだと、ティモネはジムに言う。
「みたいだな、あのバカ。あまり見せないようにしてたからなぁ」
 そう言ってジムは倒れているレイを抱き上げる。
「悪りぃ、ティモネちゃん。オレらの場合、普通の医師じゃちょいと厳しい。俺は走って先にコイツを見れる医師がいるとこに連れてくから、後からここに来てくれ」
 そう言ってジムはテーブルの上にあった名刺をティモネに渡す。『デニス若林』と書いてあるその名刺は、サイバネティクス医師と、その下に小さくパーツアーティストとも書いてあった。
「これは……?」
 聞き返すティモネ。勤務地として書いてある病院名は銀幕市にある病院名だったので、恐らくは銀幕市に住んでいる誰かなのだろう。サイバネティクス医師とあるから、もしかしたらムービースターなのかもしれないとティモネは考えた。
「最近この街に実体化したらしい、オレらの映画内の知り合いだ。この前偶然会った時に渡されたんだ」
 それじゃ、先に行ってるぜ。とレイを抱えたまま窓から飛び降りるジム。少しの間を置いてドシンという大きな音がする。
「ここ、何階かしら……」
 そう呟いて立ち上がったティモネの視界に、それは映った。
 見覚えのある清楚な封筒。
 ティモネがレイに送った手紙だった。
 ――ドクン。
 一瞬にして心臓が高鳴ったのを、ティモネは感じた。
 ほとんど無意識的に、その封筒へと手を伸ばす。
 指が、震える。
 嘘みたいなほど動揺している。
 中を見るのが、怖い……。
 そしてティモネは、その封筒を手に取った。


 ジムがレイを連れて病院のロビーに入った時、タイミングよくジムの探し人がそのロビーを通りかかった所だった。
「あらぁ〜。ジムじゃぁい。やっと来てくれたの、ね。寂しかったわぁ〜ん」
 思わず力の抜けるような間延びした声の主は、指を組んだ手の甲をあごの下に持って行った妙なポーズで嬉しそうにジムに駆け寄ってきた。良く見ればその指の爪には綺麗なピンクのネイルが施されている。
「ああ。デニーか、よかった。レイが倒れた。ちょっと見てやってくれねぇか」
 ジムにデニーと呼ばれたこの医師こそ、ジムの探していた同じ映画出身のサイバネティクス医師。デニス若林だ。数週間ほど前に実体化した彼は、この病院で働いていた。主にSF関連のスターを診る事が多いようだ。ちなみに、彼と表現したが、デニス若林はれっきとした男性である。顔も声も男性のそれであるのだが、その立ち振る舞いや言動はどちらかというと女性より。いわゆるオネェマンというやつだ。
「あら、レイちゃんが? うん、分かったわ。それじゃあアタシの部屋に、キ・テ」
 うふふ。とデニー。嬉しそうにジムの胸板を指で弄りながら言う。それに顔をしかめるジムだったが、レイを抱きかかえているし、デニーのこれはいつものことだったので、顔をしかめただけで他には何も言わずに着いて行く。
 診察室に入り、レイを診察台に乗せると、流石に医師。急に顔つきが真面目なものへと変わる。レイの瞳を覗き込んだり、幾つかのパーツを外してみたりしながら診察していく。
 そうして一通り診た後に、外したパーツを戻してデニーが言う。もう大丈夫なのか、真面目な顔つきはいつの間にかなくなっていた。
「んー。典型的なメンテナンス不足ね。パーツに負担がかかっちゃって損傷してるのがいくつか。レイちゃん、最近どこかでメンテナンスした?」
「さぁ。レイからはそんなこと聞いてないが」
 顎に手を当てて考えながらジム。
「やっぱりね。ダメよ、特にレイちゃんの場合、サイバー化の割合が高いんだし。定期的にメンテナンスしないと」
「あぁ……そうだな」
 少し反省したようにジムが呟く。無理矢理にでも、自分がレイを連れて来ていれば今回のような事は回避できたのかもしれないと。
「っま、治療すれば治る程度で命に別状は無いから安心しなさいな。ついでにジム。アナタも診せていきなさい。サービスしてあげるから」
「……や、オレはまだ大丈夫…………」
 デニーの提案に渋い表情でジム。しかしデニーはそんなことは聞く耳持たないと続ける。
「だーめ。アナタだっていつも無茶ばかりしてるんでしょ? いいからアタシに任せなさい。優しくしてあげるから」
「ちょ……ちょっと待て、オレは平気……平気だって」
 及び腰で、ジムは言うのだった。


 ティモネが病院に着いた時には、レイの治療は既に始まっていた。
 とは言っても、主に治療が必要な部分は左目と両手で、それらは一度レイの身体から外して治療を行う為、レイ自身はメンテナンス中だった。
 ティモネが案内されたのはメンテナンス室という部屋で、そこは普通の個室の病室と大差ないような部屋だ。そこでレイはベッドに横たわるようにして眠っている。治療中の左目と、それに両手が外されているので、見た目は痛々しいものがある。
 レイの眠っている枕元の椅子へと腰掛けるティモネ。しばらくレイの顔をじっと眺めている。
 思い出すのは今までのレイとの思い出。色々な事を話し、沢山の事を感じ。それらは多分、幸せと呼べるものだった。
 ティモネはバッグに手を入れ、清楚な封筒を取り出す。そして中から手紙を取り出す。
「……破るなら、破ればいいのに」
 ぽつり、誰に言うというわけでもなく呟く。
 その手紙は、両端が力を込めたようにくしゃりとしているのに、破れ目はどこにも無かった。きちんと綺麗に繋がっている。
 *―――…―………―…―――…―………―…――――…――…――――…―
 * 先日は有難う御座いました。
 * 悔しい事に、私にとっては掛け替えの無い日になってしまいました。
 * 
 * 明日に全てが消えようとも――貴方に出会えて本当に良かった。
 * ご迷惑を承知で、こうして筆を認めました。
 * この手紙が貴方の心を乱すようであれば、どうか破り捨て、忘れて下さい。
 * 
 *        貴方を慕ってしまった見る目の無い女より
 *―――…―………―…―――…―………―…――――…――…――――…―
「この手紙が貴方の心を乱すようならば、どうか破り捨てて…………忘れてください」
 そっと、その手紙を読み返す。
 手紙は……破れてはいなかった。破ろうとした痕跡はあったが、破れてはいなかった。
 もしもこの手紙が破れた状態で見つかったのならば、恐らくティモネは二度とレイには近づかない。そう思えたのだ。けれど、破れてはいなかった。そのことがティモネには、レイの優しさと、それと同じくらい残酷に思えた。
「馬鹿みたい……。いつも人のことからかって。私のことなんか、なんとも思ってないくせに……」
 ティモネは気がついていた。レイが自分を避けていることを。好きでもなんでもないくせに、中途半端な態度ばかりで。好きでもなんでもないくせに、からかってくるし。
「貴方なんか……大嫌い」
 言葉にしたら、思いがけず涙が溢れてきた。
 手紙が破れていなかったことが。
 中途半端なこの状態が。
 レイのことを想っていると。
 嬉しくて。辛くて。苦しくて。
 どうしようもないくらいに、涙が溢れてきた。


 ぼんやりとした意識の中に、レイはいた。
 目の前には良く見えない何かがある。
 いや……。良く見えないけど、レイにはそれがティモネだと分かった。
 そういえば……。レイは意識が途絶えた時の事を思い出す。
 ティモネに酷い言葉を吐いて。手紙を破ろうとして。でも出来なくて。
 そのうちに酷い頭痛がきて、意識を失う瞬間にまるで走馬灯のように見たのは、ティモネだった。
 笑った顔。怒った顔。拗ねた顔。そして涙。
 そういえば自分は、ティモネを怒らせてばかりだったかもしれない。わざと嫌がることをしたり、怒らせたり。
 可笑しな話だなぁ。レイは思う。
 だって自分はこんなにもティモネのことが――なのに。
 それなのに自分は……。挙句、こうしてティモネを泣かせて。
 目の前でティモネが泣いている。涙を拭いてあげたいのに、どういう訳か両の手とも動かない。
 この夢なら。素直になれる気がした。素直になっても、いい気がした。
 だからレイは言ったのだ――。

「――泣くなよ。ティモネが泣いていると、俺は辛い。本当は俺は、お前が……ティモネが好きなんだ」
「――っっ!?」
 不意の言葉に、ティモネが目を見開く。そしてじっと、レイを見つめる。
「……ぇ?」
 突然にレイは気がついた。カメラの入っている左目が無いのだ。今は右目だけになっているから、こんなにも視界が悪い。
 そして同時に、夢だと思っていたことが現実だという事にも気がついた。
「ち……ちがう! これは……涙はサイバー化している身体に良くないから……っ! そのっ」
 涙を流したままきょとんとしているティモネに、物凄い勢いでレイは慌てて言い訳を始める。
「……ふふ」
 嬉しそうな含み笑いで、ティモネ。
「別の女性だと……看護師の人と間違えたんだ。ここの看護師は綺麗だから」
「へぇ〜。ティモネ、っていう名前の看護師さんが、この病院にはいるんですか」
 可笑しそうに、ティモネ。レイは中々巧い言い訳が思いつかずに、いや。違う。と繰り返している。
「……そう。じゃあ、嘘なのね…………」
 何度かのレイの言い訳の後、ティモネがしゅんとして言う。悲しげな声に顔だ。
「……っ! いや、嘘じゃない。本当だけど、その……」
 そんなティモネを見てレイは慌てて言う。するとティモネはおどけた様に笑う。
「ふふ……」
 ようやくそれが演技だったと気がついたレイは、苦笑い。
「それで、本当は……どっちなのかしら?」
 演技の延長のようにさらりと言ったティモネのその言葉は、ティモネが一番知りたい本音の言葉だった。ティモネは僅かに震える手をレイからは見えない膝元でキュッと握り、真っ直ぐにレイを見て答えを待つ。
「…………」
 じっと、レイもティモネを見返す。目がよく見えなくても、ティモネが冗談無しにそれを言っているというのがレイにも分かっていた。
「俺は……ムービースターだ。いずれ消えるであろう存在だ」
 静かに喋りだしたレイに、ティモネはこくりと頷く。
「いつかは分からない。明日かもしれないし、もう少し先かもしれない。でも、恐らくは避けようの無いことだ」
「…………」
「覚悟は、出来ているのか? 情を通わせれば通わせるだけ、ティモネは泣く事になるかもしれない。それでも……いいのか?」
 言い切ったレイは、今度はティモネの答えを待つ。ティモネはそっと瞼を伏せる。
「そんなの……」
 考えた事がない訳が無い。レイとの別れは、どんな形であるかは分からないが必ず来る。ティモネだからこそ、それは痛いほどに分かっている。それでも何度も何度も考えて、結論なんてとっくに出ていた。
 瞼を上げたティモネの瞳は、迷いの無い。綺麗な瞳だった。
「いいに決まってます」
 はっと息を呑むレイ。時間が止まったような感覚の中、ティモネは続けて話していく。
「別れはいつか来る。それは分かってます。覚悟が出来ているかと問われれば、本当の意味での覚悟が私にあるのかは分かりません。恐らく泣いてしまうし、悲しむでしょうし、もしかしたらもっと酷い状態になってしまうかもしれない。でも、だからといって今の幸せまで我慢してまで予防線を張るなんて、そんなの…………悲しすぎるじゃないですか」
 答えたその声は、決意に満ちていて。でも震えていた。泣く事も悲しむ事も全部許容して、それでもティモネはいいと答えたのだ。確かに残る幸せが、愛があると、信じているから。
「だから……いいに決まってます」
「……」
 言葉が……レイには出せなかった。
 自分が心配していた事。不安だった事。そういうこと全てを、ティモネは考えて。自分がどれ程のダメージを受けるかも全て見通して。
 それでも、いい、と。そう言ってくれたのだ。
「……ティモネ」
 どれくらい経ったろうか。ようやっとレイは言葉を出す事が出来た。
「……はい?」
 返すティモネを見て、レイは続けた。
「ありがとう。俺はティモネのことが、好きだ」
「――っ!」
 レイのその言葉を聞いた瞬間。ティモネは声にならない声で涙が溢れてきた。
「本当は、俺のほうからしてあげたいんだが、ご覧の通りに腕が無い」
 変わりに抱きしめてくれないか? 言い終わる前に、ティモネがレイを抱きしめた。何よりも温かく。重ねられた肌から肌へと熱が通うように、二人の心が通う。
「――っっ」
 言葉にならない声で、ティモネはレイの胸の中で何かを叫ぶ。
「……色々、済まなかったな。酷い事言って、辛い思いもさせちまった。これからはもう、辛い思いはさせない」
 何度も何度も、ティモネはレイの胸の中で頷いていた。


 少し場面が変わってメンテナンス室のドアの外。そこではジムが、二人の会話を聞いていた。勿論ジムに言わせると盗み聞きではない。たまたま通りかかって、そのまま部屋に入れないでいただけだ。
「……よかった」
 小声で呟き、ほっと胸を撫で下ろす。ジムは二人の関係に口を出すつもりは無かったが、こうなって欲しいとは思っていた。何故か。それは単純だ。こうなることが一番、二人の笑顔が見ることが出来るからだ。
「あら。入らないの?」
 鼻歌を歌いながらやってきたデニーがジムの隣に立って言う。そして直ぐにジムの様子から察し、そっとドアの隙間からメンテナンス室をのぞき見る。
 そこには抱き合ったままのレイとティモネ。
「……あら」
 口に手を当てて、にんまりと笑うデニー。
「治療が終わったのだけど、ここで入るのは野暮ってものね」
「そうだな」
 デニーの言葉に、自分のことのように嬉しそうにジムが返す。
「それにしても……羨ましいわねぇ」
 ちらちらとジムを見ながらデニーが言う。
「あん? いいじゃねぇか。二人とも今まで苦労してきたんだ」
「うーん……そうじゃなくって……」
 言いかけたデニーだったが、ふぅと小さな溜息を吐いて止めた。まぁ、いいか。と小声で呟いて。
「……?」
 そんなデニーを、ジムは不思議そうに見ていた。


「……ねぇ」
「ん?」
 長い間抱き合い、ようやく離れたところでティモネがレイに言う。
「もう一度言ってくださらない? 私の事が好きだ。っていう、さっきの言葉」
 わざとらしい笑みだ。
「――っ!」
 慌てたように返すレイ。その返事はきちんとした言葉にはなっていなかった。
「な、なんで?」
 恐る恐る訊ねたレイに、「聞きたいから」という単純明快なティモネの答え。
「……いや、それは」
 しどろもどろになるレイに、ティモネは悪戯っぽく笑って言う。
「あら、どうして? 他の方々には何度も言っているのでしょう? 私だけ一回……二回だったかしら。だけなんて、ずるいわ」
 にこにこと笑顔でティモネ。どういう意図で言ったのかはレイには判断がつかなかった。
「……ダメ、なの?」
 しゅんとしてティモネ。それが演技だと言うのは、さっきのことからも勿論レイには分かっていたが、それでも言わないわけにはいかなかった。
「あー……その、まぁ、いいか」
「あら、言ってくださるのね。ティモネ嬉しい」
 途端に元気になったティモネ。おどけたように言う。
 すぅと息を吸うレイ。コホンと何度も咳払いをして数分を過ごした後、ふっと優しげに微笑んでティモネを見る。
「愛してるよ」
 好き。という言葉を想定していたティモネ。完全に予想外だったのだが、すらりと返事を返す事が出来た。
「私も、愛してます」
 眩しく夕日差す病室の中で、二人は口付けをした。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにあがりました。

はい。前回に引き続き、ラブですね。ラブ。
いやぁ、なんというか。ラブものの後のクリエイターコメントは、照れますね。あはは。
私が照れてもしょうがないですけどね。

さて。例の如く長くなるお話は後ほど、あとがきという形でブログに綴らせていただくとして、此処では少し。

デニス若林さん。なんか完全に自由に書いてしまいましたけど、あれでよかったのでしょうか……。オネェマンと言われてああいう印象しかでない私……。テレビの見なさすぎかも知れません。

あとは、呼称や気持ち的な部分。
気になる点がありましたら、お気軽に!

そうそう。あと大事な部分。
このノベルの一部分。手紙の部分なんですけど、
神無月まりばなWRさまのパーティノベル【告白 〜St. Valentine's Dayに寄せて〜】の一部分を引用させていただきました。
この場での報告となってしまい、申しわけありません。

さて。最後となりましたが、
この度は、素敵なプライベートノベルのオファー、有難うございました。
ラブ分補給。うれし楽しく書かせていただきました。

と、それではこの辺で。
PLさま。ゲストさま。そして読んでくださった誰か一人でも、ほんの一瞬だけでも、幸せな時間だったと感じてくださったなら。
私はとても嬉しく思います。
公開日時2009-03-26(木) 19:00
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