★ 解放を求める者たち、その解は ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-7399 オファー日2009-04-13(月) 00:14
オファーPC レイ(cwpv4345) ムービースター 男 28歳 賞金稼ぎ
ゲストPC1 ジム・オーランド(chtv5098) ムービースター 男 36歳 賞金稼ぎ
ゲストPC2 コーディ(cxxy1831) ムービースター 女 7歳 電脳イルカ
<ノベル>

 レイは、自分がそれなりの実力を持っている事を、これまで実績と経験から理解していた。
 賞金稼ぎという仕事は、これに向いた才覚がなければ、やっていけぬ職業である。肉体的、精神的なタフさが求められ、強くなければ生きてはいけない。
 治安が悪化した現代では、半ば常識と化していることではあるが――そのなかであえてこの職を選ぶ以上、さらなる危険を切り抜ける覚悟は、常に持っているべきであった。

――俺も、ようやく格好がつくようになった。

 賞金稼ぎの仕事を手伝うようになって、もう数年。腐れ縁といっていい『相棒』の付き合いで始めたものだが、すでにこの業界でも、中堅程度の実力を発揮しだしている。その気になれば、単独でも仕事をこなしていけるだろう。
 現に昨日、レイは立派に単独で任務をこなし、相棒の仕事を多いに助けた。補助を専門にすれば、独立しても引く手数多。あっちこっちへ引っ張りだこになることは、目に見えた。彼自身、そういう未来を夢想しないでもない。己の力だけで、世を渡る。そこには、誰かと共にあることでは、決して得られない充足感があるはずだ。――しかし。
「最近、治安は悪くなったが、懐は暖かくなったな」
「被害者には気の毒だが、それはそれでいいことだろう。俺たちが失敗したり、仕事を引き受けずに流しちまったら、余計に被害が出る。治安が悪くなる一方、っていうと聞こえは悪いが、大口の仕事もそれだけ多くなる。これらを引き受けて解決していけば、当然収入も増えるだろうさ」
 ジム・オーランドとは、八歳の頃からの付き合いだった。数えるのも面倒なほど衝突し、口喧嘩から乱闘に至ることもしばしばだが、別に嫌いなわけではない。あからさまに好意を表すほど、素直にはなれないから、そっけいない態度を取ることもしばしばであるが。
「まったく。喜べることじゃねえが、暇を持て余すのが合う性分でもねぇ。仕事が尽きないってのは大歓迎だが、他の連中もしっかりしろよ、って言いたくなるぜ」
「同感。でも、まぁ。俺たちと同じだけの成果を、他の奴らに求めるのも酷ってもんだろう。――それより、久々の大口の報酬だ。使い道を考えないとな」
 彼は、その『相棒』から離れる必要性を感じていなかった。だから、今もこうして一緒に居る。このままでいいのだと考え、惰性のまま生き、それなりに刺激的で、その代わりに急激な変化のない日常を過ごしている。
 これが幸福、ということなのだと、レイは自覚していない。ジムのおおらかさ、大きさを知って、共にある事を受け入れた時。彼にとって、この日常は当たり前の物になり、疑問を差し挟むのは、無意識の内に制御されていたのだから。

――メール? 誰からだ……ッ!

 だから、そのメールを受け取った際。レイの受けた衝撃は、ひどく大きな物であった。
 暗号化された住所と、八桁のゼロだけが書かれたメール。これを目にした瞬間、大昔の記憶が掘り返され、暗号は勝手に頭の中で変換。数字は製造番号として、レイの脳裏から忌まわしい事実を浮き彫りにする。
「おい、どうした?」
 ジムの声さえ、今は届かない。レイが呆然としていたのは、ほんの数秒に過ぎなかったが、相棒はこの異変に気付いてしまったのだ。
「なんだ、このメール? ……こんなものが送られてくる心当たりでも、あんのか?」
「ある。……いや、あった。だが――何故、今頃……」
 ディスプレイを覗き込むジムに、レイはそれ以上答えられなかった。答えずに、ただ自分だけで動くことを、彼は決意したのだ。
 己の過去に、関わることだったから。今では思い出とさえ言えず、記憶と呼ぶのもはばかられる。単なる『記録』と呼ぶべき、幼い頃の出来事。レイは、そこに日常の象徴であるジムを、連れて行きたくはなかったのだ。



 レイは、ジムには気付かれずに、その場へたどり着けたと思っていた。
 だが目的地に足を踏み入れた時、なぜかそこには、相棒の姿があったのだ。
「俺を出し抜こうなんざ、十年早いぜ、兄弟?」
「……何が兄弟だ、クソッタレ」
「自分ひとりで抱え込むんじゃねェ。それならせめて、俺の尾行くらいは気付くようになるんだな」
 来てしまったものは、仕方がない。レイは、しぶしぶ共に行動する事を了承した。
「しっかし、えらく寂れた工場だな。一体なにを作ってたんだ?」
「工場じゃない。研究所だ。……気をつけろ、警備システムだけは、まだ生きているらしい」
 レイの左目に仕込まれた、各種センサーが警報を発している。手の届くところに、連絡用らしき端末があったので、それを操作し、システムに侵入。
「相変わらず、鮮やかじゃないか」
「数少ない、とりえの一つだからな」
 瞬く間に、大部分の警備を無効化した。流石に最深部のシステムにまでは潜り込めなかったが、少なくともそこまでは、快適に進んでいけるはずである。とりあえず、ジムが聞きたいことをレイに問いただす程度の時間は、稼げたわけだ。
「研究所、か。ここが、お前の過去に関わる場所なんだな?」
「――なぜ、そう思う?」
 奥へ、奥へと。二人は足を進めながら、口を開いた。生きているのは電子機械だけで、生物の気配はまったくない。彼らの声だけが、廊下に空しく響く。
「いつからの付き合いだと思ってる。出会ってからこれまで、お互いに隠し事なんてしたこともなかったろうが。……消去法ってやつだよ。俺が知らないってことは、俺と出会う前の話だってことだ」
「……本当に、見かけによらず、頭が回るな。感心するぜ」
「おう、じゃあ感心ついでに、答えてもらおうか。――それで結局、ここは一体なんの研究をしていたんだ?」
 地下への階段を下りながら、ジムはレイに問いかけた。はぐらかすことを許さない、厳しい視線を背後の彼から感じながら、レイは答える。
「人間は、一体どこまで進化できると思う?」
「百年後の科学者様にでも聞いてくれ。オレには興味のねぇ話題だ」
「……言い方を変えようか。人間という生物には、どこまでの改造が許されると思う? 倫理的な意味ではなく、生物学的、機械学的な意味でだ」
 これを人体実験さえ辞さず、試した企業があった。元々はサイバーパーツを取り扱う大手企業であったのだが、そこの経営陣が、ある種の狂気に侵され、その真理の探究を行ったのだという。
「脳髄だけを残し、他すべての器官を機械化された奴を見たことがある。……しまいにゃ、脳髄さえ取り去られたが、それでも一年は問題なく稼動していたらしい」
「――なんだ、そりゃ」
「そいつは最後の瞬間まで、人間の感情を備えていたらしい。笑えるだろう? まだ脳の電子化なんて、不可能だと思われてた時期にだぜ? ……筋肉を肥大化させた挙句、窒息死した奴もいたな。生後半年だったらしいが、まともに智恵が働く前に死ねたのは、ある意味幸運だったのかもな」
「……おい」
「サイバーパーツの試験で、暴走するまで無茶な機動を続ける課題もあった。あれで、何人犠牲になったやら。30人から先は、もう覚えてない。他には、そうだな……」
 問いかけたのはジムであったはずだが、途中からレイは何かに取り付かれたように、聞かれもしないことまで話し始めた。
 後ろからでは表情は見えないが、きっと恐ろしく冷たい顔をしているのだろう。ジムはそれがわかるから、思わず聞いてしまったことを後悔した。過去を掘り返すことは、古傷を切開することにもつながる。彼には、そこまでの覚悟はなかったのに――。
「もう、いい。無理に喋るな」
「……外に出られたのは、俺だけだ。後ろめたくないといえば、嘘になるさ」
 自嘲するように、レイが笑う。最深部に近づくにつれ、警備システムが稼動し出し、二人の行く手を阻んだが、結果として時間稼ぎにしかならなかった。

――いやなものを、見ることになるんだろうな。

 直視したくない現実と、これからレイは向き合わねばならない。送られてきたメール、この場へと辿り着いた自分。そこから導き出される答えは、どうしようもなく不快なもので。
「この扉を開けば、最深部か」
 最下層に侵入して、あとは少し手を加えれば、対面することになるのだ。
 己の、過去に。象徴たる、兄弟たちに。
「ジム」
「なんだ?」
「……俺は、大丈夫だ。心配しなくていい」
 レイの意図を測りかねたジムだったが、すぐに彼は理解することになる。不愉快な現実はいつだって、残酷でわかりやすい真実を突きつけてくれるのだから。


 一目で、ジムは圧倒された。
「……こいつは」
 扉の先には、カプセル型の生命維持装置が、広い部屋に等間隔で並べられていた。
 しかも外側からでも、透明な外装のおかげで、中身を知ることができている。これはまさに。
「研究用の、サンプル。この部屋全体がその陳列棚っていったら、わかり安すぎるか? ……生まれたときから変わらないな、ここは、今でも」
「生きてるのか、こいつらは」
「死んではいないだろうよ。……生命活動は、停止していない」
 警備システムが生きていたように、こちらの維持装置もなんら損傷なく稼動し続けている。研究者どころか、警備員さえ不在の、閉鎖状態といってよい状況で、不自然なことだとは思うが。
「生きてるんだな?」
「この状態を、生きていると呼んでいいものならな」
 レイの言葉は、あまりにも冷たく聞こえた。現実を知るものの悲しさが、そこにはあったのだ。
「どういうことだ?」
「見ての通り、こいつらは皆、生きているように見える。実際、肉体は維持されているからな……だが」
 サンプルは、研究の成果として保存されている。過去の実績を示す指標であり、改良すべき前段階でもあるのだが――問題は、彼ら自身が自由意志を持つ、一個の『ニンゲン』であることだ。
 その『ニンゲン』が、外に出て生きることも、自ら死を選ぶことも出来ず、こうしてカプセルの中で、無為の人生を強要させられている。
「これじゃあ、生きてるだなんて、言えたもんじゃない。ジム、お前なら、同じ境遇に置かれたとき、なにを望む?」
「自由が欲しいって、思うだろうよ。解放、してやれねぇのか?」
「してやりたいのは、やまやまだが――」
 決定的な事実を、レイが口にする直前。横から割り込むように、音声が流れてきた。

『やっと、会えたね。……僕らの、兄弟』

 会話が止まり、二人の体が硬直する。
 警備システムが作動したわけでは、ない。ただ、音声だけが出力され、大部屋に響いたのだ。……肉声ではなく、合成された、機械的な声。
「……兄弟」
「お前たちが、喋ってんのか?」
 装置内に安置された、無数の人。彼らの顔には表情すら宿らず、目は閉じられたまま。二人の言葉に反応する様さえ見られなかったが、音声は続く。
『メールは、届いたようだね。彼女に感謝しなくては。――改めて、はじめまして、レイ。もしかしたら、久しぶり、と言うべきかもしれないけれど……僕らはもう、大半の記憶を消失してしまっている。だから、はじめまして』
 疑う余地はなかった。たとえ体は動かずとも、意思はあるのだ。研究用サンプルとなって、生きるも死ぬも選べぬ身になりながら、彼らはこうして外部とのつながりを持った。
 奇跡と、賞賛すべきなのだろう。だがレイは、とても喜べたものではなかった。これから自分たちが直面する現実を、思うのであれば。
「こちらこそ、はじめまして。……用件を聞く前に、答えて欲しい。俺の居場所を、どうやって知った? これでも並のハッカーの進入を許すほど、柔なセキュリティを張っていないつもりだったんだが」
『彼女の、おかげさ。君の左後方。その、隅のほうを見てみるといい。一つの小さな、水槽があるはずだ』
 探してみれば、確かにあった。小さな水槽の中に、これまた小さなイルカがいた。
 大きさからいって、まだ子供だろう。どれほどの期間、ここにいたのかはわからないが……衰弱しきっているらしい。水槽の中を泳ぐ気力さえなく、ただ浮いている。
『電脳イルカ、コードD。最新の動物型サンプルさ。――といっても、数ヶ月も前のことだから、今はわからないけれど』
「こいつが、俺の元にメールを?」
『そうだよ。傍のスピーカーに、語り掛けてごらん。きっと応えてくれるはずだ』
 言われるままに、レイがイルカに向かって話しかける。
「聞こえるか? 俺の名はレイ。理解できたなら、返事をしてくれ」
『聞コエテイマス。レイ、貴方ノ元へメールヲ送ッタノハ、ワタシデス。ハッキングニツイテハ、ソノ方面ニ特化スルヨウ、調整ヲウケマシタ』
 彼女は、すぐに応えてくれた。若干のタイムラグはあるが、意思の疎通に問題はない。
「ここまで、研究は進んでいたのか。……しかし、放棄されている以上、データの収集だけが目的だったようだな。商品にするつもりなら、繁殖させるはずだ」
『その通り。今頃、第二世代が生まれているのかもしれない。だとしても、どうしようもないのが悔しくはあるよ。……しかし、いい加減時間も惜しくなってきた。早々に、目的を果たそうじゃないか』
 疑問が解けたところで、本題である。……レイを呼び寄せた、本来の目的。彼自身は想像がついているが、ジムはわかっていない。できれば、辛い結果を相棒に見せたくはないのだが――。

『僕らの望みは、この場からの解放。維持装置を停止させて、外に出ることだ』

 この希望に、ジムは疑問を抱かなかった。レイだけが、その顔に影を落としていた。
「いいじゃねぇか。レイ、おまえなら簡単だろう――」
「そういう問題じゃない! ……いいか、ジム。おまえは何もわかっちゃいない。こいつらの体内には、生命を維持できる器官が存在しない。肺も、心臓も、まともな働きをしちゃくれないんだ! このカプセルを外したら最後……絶対的な死が、待っている。なのにお前は、簡単にそうしてやろうって決断できるのか? ――なのにお前たちは、解放を望むって言うのか?」
 生命維持装置を体内にもたない彼らを開放するということは、イコール殺すということ。この事実を、レイはきちんとわきまえていた。
「む……どうせ、他にいい方法があるんだろうが! でなきゃ、研究者だってこんなリスクのでかい処置を施すはずがねぇだろ?」
「残念ながら、そんな夢みたいな方法はない。ここの研究者は基本的にクソッタレだ。リスクだとか何だとか、そういったまともな思考はない。データと実績さえ残れば、いつ処分してもいい。……そう考えられるから、使い捨てるようにサンプルを扱うんだ。こんな風に」
「誰がクソッタレなんぞを頼るか! てめぇなら、どうにかできるんじゃねぇのか。必要なら人工臓器でも調達して、緊急手術でも何でも手配してやればいい。得意だろ、こういうことはよ」
「そんな簡単に助けられるんなら、な。……体内にメスを入れた途端、機密保持のために仕込まれた機構が働き、体細胞が死滅していく。3分もあれば、骨どころか脳まで溶解して、手の施しようがなくなるだろう。これを止める手段は、ない。……ないから、助けられないんだよ」
 ジムはこれを知ると愕然としたが、それでもどうにかならないのかと、執拗に食い下がる。
「それなら――」
『もう、いいんです。僕らはそれでも、自由が欲しい。死をもって、すべてを終わらせる。その選択を行う、自由が』
 合成された音声にも、哀愁の響きが感じられた。彼らは、諦めている。それと同時に、決断している。
「……死ぬしかないって、なんで決め付けるんだ。もしかしたら、もしかしたら――」
『物理的に、不可能です。装置を切れば、僕らは死ぬ。体を改良しようにも、すでに僕らの体はそれに耐えられない。……仕方の、ないことなんです』
「だからよ! そんなに、達観すること、ねぇだろうが! ……なんでだ、くそッ」
 この決意に応えるためには、どうするべきか。わかっているけれど、レイもジムも、行動を起こせなかった。迷い、躊躇い……最後には、二人とも黙ってしまった。
 ここまで来ると、業を煮やした彼らが背中を押すまで、そう時間はかからない。警備システムが再び、活気を取り戻したかのように働き、二人を襲う。
『セキュリティを、作動させました。――さあ、命が惜しければ、言うとおりにしてください』
「わかっ……た」
 レイはついに、彼らの望みを受け入れる。その覚悟をした。
「おい、てめぇ!」
「……言ったろ? 俺は、大丈夫だ」
 とたんに、レイがシステムの攻撃対象から外れる。ジムだけは、まだ攻撃にさらされているが、特に心配要らないことを、彼は知っていた。
『ありがとう』
「礼など、言うな。――兄弟なんだろう? 俺たちは。……なら、最後くらい、頼ってくれたって、いいさ」
 システムに介入し、生命維持装置を停止させる。それを確認して、自らも解放の瞬間を自覚した時――彼らは、こう言い残していった。

『僕たちは、君のようになりたかった』

 セキュリティが、ジムの姿を追うのをやめた。研究所から、すべての光が消えたのも、同時期であった。
「さようなら、皆。できるなら、次の生こそ、自由に生きられますように」
 レイが目を伏せて、祈る。もし神がいるならば、この哀れな魂たちを祝福されますように……と。
 ジムも、言葉をなくして佇んでいる。この状況を受け入れるには、彼とても時間が必要であったのだろう。レイもそんな彼を見るに忍びず、視線を隅にやる。
「ん? ……このイルカ、まだ生きているのか?」
 ふと目をやれば、水槽のイルカには、まだ生命反応があった。か細く、今にも消えそうな光ではあるが、確かに生きている。
「俺は、兄弟たちを助けられなかった。……お前はどうだ? 自由を得て、死にたいか?」
『デキルナラ、生キタイ。……ミンナノ、代ワリニ』
 だが外に出る手段もなく、死に掛けている彼女の体を救う手立てはない。もしできたのなら、先ほどあそこまで悩むことはなかったのだ。
『セメテ、ワタシノ欠片ダケデモ、外ヘツレテイッテ』
「……なに?」
『ワタシハ、意識ト記憶ノ一部ヲ、電子化スルコトガデキル。ソレヲ、サイバースペースニダウンロードスレバ……』
「あるいは……か。当然、成功するとは限らないが、何もやらないよりは、マシ……だな」
 やるせない倦怠感、無力感に浸っていたレイであるが、ここで最後の希望を腐らせるほど、落ちぶれてはいない。
 結果から言えば、レイの尽力は功を奏した。うまく彼女の意識をサイバースペースに移し、解放することに成功。本当に欠片に過ぎないが、それでも彼女は生き残ったのだ。
「……助けられたと、思っていいのか?」
「どうかな。コレが本当に助けたということになるのか、俺にはわからない」
 作業の後、イルカの体から生体反応が消失した。水槽内の小さな体が、かすかにも動かなくなったところを、彼は見たのだ。
 意識は逃げ延びたとはいえ、完全な形であったとは言いがたい。複雑な思いが、二人の心を支配する。
 それでも研究所を後にし、自宅へと帰る頃には、なんとか後ろ向きな思考を振り払うことができたのだ。……ジムだけは。

 レイはなおも暗い考えを振り切れず、精神的に不安定な状況が続き、ついには薬にまで手を出すことになる。ジムは当然、これに怒り、こっぴどく叱ってから締めてやるのだが――。
 その最中、あの電脳イルカの意識がサイバースペースから現れ、さらに事態をかき乱し――。どこからか調達した少女型アンドロイドの中に入って、彼らにくっついて回るのだが、それは別の話となる。

クリエイターコメント このたびはリクエストを頂き、まことにありがとうございました。
 設定、表現などで何か問題がありましたら、ご連絡ください。
公開日時2009-05-24(日) 18:40
感想メールはこちらから