★ あかいはな ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7085 オファー日2009-03-14(土) 21:49
オファーPC 湯森 奏(ctmd8008) ムービースター 女 17歳 復讐少女
<ノベル>

 知ってるのよ
   あなたがここにいるのは

          わたしのためじゃない

      あなたのため あなた自身のためだって

                            知ってるの  よ


「ユモリカナデ?」
 声を掛けられ、少女は振り返る。腰まで編まれた二房の三つ編みが蛇のようにうねくった。
 少女の灰色の瞳には、人当たりの良さそうな好青年が映った。見たこともない知らない青年に軽く小首を傾げれば、青年は慌てたように笑顔を繕う。
「俺、あんたの大ファンなんだ。実体化してたんだ」
 ファン。
 そう言われて、少女は目を眇めた。
 振り上げていた手を下ろして、手に掴んでいたそれを放った。小さな呻きと共に、ごつ、とこぶし大の石がアスファルトとぶつかる音。
 湯森奏。
 それは少女の名前である。
 少女は丁度、下卑た笑みで声を掛けてきた男二人に「お仕置き中」であった。その背中に掛けられた声。奏は急速に興味を失ったように、路地を抜けて青年の脇を通り抜けた。
「あ、ちょっと……」
 青年の声にも振り返らず、奏は賑やかな町へと繰り出した。
 特別な目的はない。
 強いて言うならば、どこかに面白いことが無いかを探している。
 銀幕市に実体化して、どれだけが経ったろう。
 しかし、それすらも奏には意味もない事であった。
 魔法のことを聞いたが、特別な驚きもない。
 いつもと、同じ。
 むなしさが心の中で疼き、復讐の為に振り上げられる腕。
 この街も、同じ。
 奏が探す面白いこと、それはもめ事のような、醜い姿だ。
 他人が他人に向ける悪意。
 それは、どこであろうが同じだ。

「足音、足音、おんなじ早さで足音足音」
 黄昏時の中を、奏はいつもの寝床へと戻ってきた。本日の散策は、下卑た男二人の「お仕置き」で終わった。不満のまま段ボール新聞紙を捲る。
「いつまで? いつまで付いてくるの」
 言いながら、振り返った。そこには、変わらず微笑む青年。
「言っただろ、俺あんたの大ファンなんだって」
「ファン? ファンだって、あは。ファンだから? それからねぇ、どうしたいの?」
 青年は視線を空へ投げた。奏は金切り声を上げる。
「わたしの事可哀相だとか、自分が寂しいから紛らわすために付いてきてるの知ってるよ!」
 手近に落ちていた石を投げつけて、奏は布団に潜り込む。

 目が覚めて、そこにはやっぱり青年が居た。
「あ、目が覚めた? お腹空いてるんじゃないかと思って」
 青年はコンビニ袋を差し出した。
「心配したの?」
「うん」
 にこやかに頷く青年に、奏はふっと真顔になる。
「心配、ホントは、してないくせに。心配なんかホントはしてないくせに、心配してるふりしないで。お腹空いてないよ。ホントは心配したくないくせに、してない、してないくせに、きゃはは、あは、ふふふ」
 段ボール新聞紙の布団をはね除けて、奏は街へと繰り出した。
 後ろからは足音、足音。
 お仕置き中も、お仕置き中も、足音足音足音足音。
「心配してなくても、心配するふりする人はいっぱいいるんだよ。あなたもそう、あは、わかってるよ。ねえ、それとも「お仕置き」されたい? きゃは、あはは」
 青年は微笑みながら、ついてくる。
 それがどれだけ続いたろう。
 奏はそれを見た。

 その日は青年がついてくるようになってから初めて、青年の姿がなかった。
 足取りも軽やかに街をふらついていた。
 面白いこと、ないかしら?
 醜いやり取り、ないかしら?
 そうしてふっと顔を上げた時。
 何かが見えた。
 そこは、大通りを外れた所にある、今はもう使われていないビルの上。
 追い詰める人。
 追い詰められる人。
 あれは。
「あ」
 灰色の瞳の中で、それは引っかかり。
 引っかかっているそれを、その人はただ見下ろしている。
 それは。
 それは、どこかで。
 引っかかっているそれは、やがて剥がれ。
 ゆっくりゆっくり、落ちてきた。
 落ちて、落ちて。
 奏の足下で、血肉をはね散らかした。
 灰色の瞳に、見下ろす顔が映る。
 それは驚いたような、顔をして。
 それは。
 それは、あの。
「ああーあ」
 うっすらとその口元に笑みが浮かぶ。
 瞬間、そこは湯森奏のテリトリーとなった。

「ふふ、うふふあはははは、ふふ」
 悲鳴が響いている。
 奏はとんとんとん、と階段を上った。
 上って、上って、上りきったところで。
 それはまるでウサギのように震えていた。
「どうしてだ、どうしてなんだ、ああ、お前の為に俺は!」
 それには何が見えているのか。
 血の海の中に、愛した女でもいるのか。
「ふふ、やぁっぱり嘘。心配なんかしてない、してないしてないうふふ、あは、ははは」
 奏は楽しげに笑う。それに振り返ったのは、あの青年。
 その眼にはただ怯えがある。
「ねーえ、言った通りでしょ? ふふ、自分のためじゃない、やっぱりね。知ってたよ」
 鞄をまさぐり、割れた手鏡を取り出す。
 青年は喉の奥で悲鳴を上げた。
「あなたファンなんでしょ、ファンでしょ、知ってるのよ、だから怖い。きゃは、怖いのね」
 青年が目を見開く。
 次にはその視界は真っ赤に染まった。
 奏の高い笑い声。
「ガツンってやったらおしまい? おしまいじゃないよぉ、まだ大丈夫。人って案外頑丈なんだから、きゃはは、知ってるよぉ」
 灰色の瞳を大きく開いて、奏はその手を振り上げ、振り下ろす。
 ガツンガツン。
「あれ?」
 やがて動かなくなった青年に、奏は目を眇めてしゃがみ込む。
 つんつんと突っついて、小首を傾げる。
 途端。
 視界がぐるんと回って、強かに背中を打ち付けた。
 驚いて顔を上げれば、青年があの笑みを浮かべていた。
「いい気になって、殴りやがって。お前なんかのファンいるかよ。狂った女が実体化して、嬉しいかよ」
 吐き捨てる声に、奏は目を眇める。
「知ってたよ、おまえこの辺りにすぐ来るだろう。丁の良いスケープゴートだよ、ぴったりだ」
 青年は奏の首を掴んだまま、フェンスのない屋上を端まで行く。
「丁度良いよね、誰もいない。残るは気狂い女一人だ」
 ひょおひょおと風が吹く。
 青年はその顔を歪めた。
「じゃあね、カナデちゃん」
 落ちる。
 落ちていく。
 その顔が、小さくなっていく。
 その眼が。
 あの時の視線と重なって。
 目の前が真っ黒になった。

 青年は赤いシミ二つを眺めて、踵を返した。
 思い切り殴られた頭が痛い。
 目眩と吐き気。
 先ほど見せられた幻は、奏を突き飛ばしたところで消えた。
 まったく、趣味の悪い。
 ああ、頭がぐらぐらする。
 殴られた場所に手をやれば、生温い赤がべったりと張り付いた。
 これは病院に行かないと不味いかもしれない。
 階段を下りて、降りて、降りきって。
 青年は目を見開いた。
 シミが、一つ。
 一つしか、ない。
 もう一つは。
 もう一つは、どこへ。
 全身が震えた。
 喉がカラカラに渇いた。
 脂汗が滲む。
 瞬きも出来なかった。
 呼吸が荒くなる。
 喉が焼けるように痛い。
 何処だ、何処へ行った。
 どこへ。
「あはははは! 何でもないよぉ」
 ひた、と冷たい手が首に触れて。
 全身から汗が噴き出した。
「ねーぇ、他人が谷へ向ける悪意って、面白いよねぇ。醜いそれって見てると楽しいよねぇ」
 くつくつと笑う声が聞こえる。
 それは、後ろから。
「ねーぇ、でもねぇ、落ちるのって怖いんだよぉ。わたしでもねぇ、うふあははは」
 冷たい手が、徐々に力を増していく。
 青年の膝は経っているのがやっと。
 さあさ、大変。
 ここにはだぁれもたすけてくれる人は、いないんだよぉ。
「ねーぇ、あなたも落ちてみる? きゃははははは!」

 やがて警察の赤灯がその廃ビルを照らす。
 そこには真っ赤なシミが、一つ、二つ、さて幾つ?

 奏は足取り軽やかに、三つ編み揺らして街を歩く。
「楽しいことはないかしら?」

クリエイターコメントお待たせ致しました。
木原雨月です。

「付いてくる人間」をどのような人物にしようかとあれこれ考えた末、このようになりましたが、いかがでしょうか。
お気に召していただければ、幸いです。
何かお気づきの点などがございましたら、どうぞ遠慮無くご連絡くださいませ。
この度はオファーをありがとうございました!
公開日時2009-04-06(月) 18:20
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